取扱説明書  ▼「読み物」  イラスト展示場  小話と生態  トップ頁  サイト入口 



モンスターハンター カシワの書 上位編(25)


 BACK / TOP / NEXT




それから一行はすぐに狩猟に向かい直した。陸に上がったガノトトスは、水竜の名を失念したかのように浅瀬の上で元気よく動き回る。
走ることはもちろん、先のような凶悪な威力を持つタックルや這いずり、睡眠毒を付与する噛みつきなど、自分の身体構造を理解したような動きが多かった。
雌火竜や毒怪鳥のようにぐるんと脚を軸に回転されたときには、アルフォートは頭を抱えて水面に這いつくばるしかなかった。
頭上を物凄い風切り音が過ぎていく。たまたまこの場で苔を食していたブルファンゴが水竜の尾ヒレに弾き飛ばされていくのを見たとき、オトモメラルーは
何故この巨大魚竜が緊急クエストのターゲットとして名指しされることになったのか……ほんの少しだけ分かったような気がした。ツバを飲み、立ち上がる。

「そぉい!」

その間も偽ニャンコックの手は止まらなかった。牙の一撃を一歩飛び退き紙一重で避け、力を込めた斬撃とともに鋭く踏み出し反撃に臨む。
積極的に斬り込む反面、彼は退くときは明確に退いていた。タックルや突進の折には武器を納めて大きく跳び、ガノトトスの立ち直りと同時に体勢を整える。
明るい刃からは火が噴いて止まない。山々や水源の匂いに混ざって、魚竜の鱗や肉が焼ける臭いが絶えず宙に解けていた。

(……凄いニャ。あなたは一体、何者なんですニャ?)

見とれてばかりではいけない。ガノトトスが着ぐるみ男に夢中になっているのに乗じて、金色ラッパを吹き鳴らす。
途端に水竜がこちらを振り向くも、その横顔を偽ニャンコックの盾とリンクの剣が殴りつけていた。ふらつく顔面に続けて連続斬りが注がれる。

「ニャンコックさんっ、『オトモ鼓舞』ですニャ! ゴーゴー! ですニャ!!」
「はっはー。やるじゃぁないか、アルフォートくん!」
「ニャニャニャー! ボクもいるのニャ!」

一網打尽とはこのことだ。ヒレを裂かれ、鱗を削がれ、ガノトトスはゆらゆらと体を大きくふらつかせながらもなんとかその場に踏み留まる。
白い眼があたりを見渡し、自分を取り囲む小さな二足歩行の生き物たちをぐると見下ろした。何か言いたげな、どこか口惜しそうな、そんな表情にも見えた。
とどめ、とばかりに偽ニャンコックの片腕が振るわれる。アルフォートは、彼の片腕の盾を踏み台にしてぽんと高く宙に跳び上がった。
途端、リンクの歓声と着ぐるみ男の口笛が耳を突く――雇用主に同じく、オトモメラルーもまた、カリスタやチャイロから様々な技能を学んでいたのだ。

「でぇいっ、ですニャ!」

ディノバルドの断片がガノトトスの背ビレに大胆に傷を残す。ジャリッと火が熾り、裂傷が走る音がして、次いで黒毛の手が背ビレの一部を鷲掴みにした。
ぶぉん、と世界が揺れる、体が振り落とされそうになる。一気に高くなった視界に眼を白黒させながら、アルフォートはガノトトスの背中にしがみついた。

「エア回避ー、からの、『乗り攻防』ニャ! カリスマタイプの特権ニャ! アルフォート、手を離しちゃダメニャー!!」
「天下の『龍歴院つき』か……やるなあ。狩猟技術も、ずいぶん発展したもんだ」

見下ろした先に水竜の眼は見えない。彼の眼は――魚竜種というだけあって――頭の横に広がってついているので、頭上からでは眼を合わせようがないのだ。
ガノトトスは、背中の小さな影を振り落とそうともがき続けた。これに対しアルフォートは、歯を食いしばり爪を鱗に突き刺した。
……オトモ鼓舞の音色がまだ耳に残っている。雇用主のカシワと何度も耳にしてきた、誇らしい自分の音だ。
今でも心臓が早鐘のように鳴り、振り落とされた後、もしくは乗りに成功した後も、この魚竜にすぐさま襲われる光景が容易に想像できてしまう。
怖い、いつだって、狩りが、モンスターが怖い。しかし……彼らに挑む勇気なら、あの背中から何度も受け取っている。

「旦那さんっ、のっ、お役に立つのニャ! ボクだって、ボクだって……!!」

燃える心のままに、オトモメラルーは腰からオトモ専用の剥ぎ取りナイフを抜き、水竜の背ビレを斬りつけた。
血飛沫が上がると同時にガノトトスの巨体が大きく揺らぎ、駄目押しとばかりに微細な傷にナイフを突き立てる。その瞬間、視界が大きく傾いだ。

「うわっ、わわ……!」
「――ナイス、アルフォートくん! あとは任せなさーい!!」
「ニャニャニャー!!」

ぽーん、と放り出されたアルフォートと入れ替わるようにして、偽ニャンコックとリンクがどうっと倒れた長躯に走り寄る。
成功だ、成功したのだ――緊張と興奮、恐怖がない交ぜになって震え上がるメラルーの目の前で、先輩オトモたちが足掻く水竜に猛烈な追撃を入れている。
無数の傷が増え、白い眼に動揺の色が浮かんだ。ほうほうの体で立ち上がったガノトトスは、振り向きもせずに南の方角へ遁走する。

「……うん、あとは寝るだけだろう。捕獲して終了としようか」
「ニャイ……ボク、やれたのニャ? ちゃんと……狩れそう、なんですかニャ」
「アルフォート。頑張ったニャ、やれば出来る子なのニャー。さっ、ボクの毒々落とし穴で捕まえにいくニャ!」

「狩りが果たせる」。たちまち湧き上がる歓喜と達成感、誇らしさに、アルフォートは毛を逆立てると同時にパタパタとその場で足踏みした。
それだと怒ってるようにしか見えんよ、偽ニャンコックが笑いながら頭を撫でにかかり、帰って旦那さんに褒めてもらうニャ、リンクはエヘンと胸を反らす。
柔らかく暖かな繊維の感触に頬を緩めた。その後、オトモメラルーはふたりに促され、南方に広がる瀑布、その奥に位置する鍾乳洞に足を急がせる。
カシワが喜んでくれるかどうか……自分なりに懸命にやったのだ。成果を聞いた雇用主の顔を想像するだけで、胸が弾むようだった。






「ニャ? アルフォートの旦那さんがどんなハンターか、って?」
「そうそう。あんなに一生懸命に尽くそうとするなんて、よっぽど素敵な人なのかなあと思ってさ」

鍾乳洞の奥、傷を癒すために眠りに就いた――立ったまま俯いて寝るという器用な寝姿ではあったが――ガノトトスを無事に捕獲して、しばらくの後。
一行の姿はユクモ村の公共足湯にあった。なんてことはない、ベルナ村行きの飛行船の待ち時間の間の暇つぶしである。
偽ニャンコックは居直ったのか、ここにきて堂々と脚装備を外していた。筋肉質かつ年齢を感じさせる足を湯に浸し、温泉卵を食べ寛ぎ体勢に突入している。
リンクは仕事漬けのユカよろしくすぐ出立できるように気を張って、湯には浸からず爪先で水面をぱしゃぱしゃ蹴って遊んでいた。
なお、アルフォートは首まで湯に浸かった上にレンタル浮き輪まで借りてきて沈めては浮かばせ、沈めては浮かばせ、とすっかり旅行気分を満喫している。

「アルフォートの旦那さんは……アルフォートにソックリニャ。飼いアイルーは雇用主に似る、って昔から言うニャ?」
「そうかなあ。それじゃあ、俺の質問への答えになってないんでないかな。優秀サポーターのリンクくん」
「おだてたってダメニャ、ボクを褒め殺しできるのは旦那さんだけなのニャー。それにボクがあの人のことを語るとどうしてもマイナス補正がかかるのニャ」

温暖期。山間に位置するユクモ村の気候は風が涼しく、日は暖かい。長湯をしていると湯あたりしてしまいそうになるくらいだ。
ちらと盗み見た先で、着ぐるみ男は近場の温泉を管理するアイルーから買ったという体が堅くなるおまじないつきの玄米茶をチビチビやり、喉を潤していた。

「マイナス補正? 君はカシワくんのことが嫌いなのかい?」

かぶりもの越しに、どこか鋭い視線がこちらに返される。オトモアイルーはそれに気がついていない振りをした。

「そんなことないニャ、別にフツーニャ。旦那さんに悪いことしないから……でも、あの人はハンターとしてはダメダメなのニャ」
「ダメダメ? なんだい、そんなに腕が悪いのかい? それともクリノスちゃんに寄生してるとか?」
「違うニャ。ちゃんと龍歴院に籍を置いてハンターやってるニャ、物欲センサーには負けてるけど……そうじゃなくて、距離感の話をボクはしてるのニャ」

ぐいぐいくる詰問じみた質問にリンクはそっと息を吐く。村に着いた途端に、これだ。「正体を怪しむな、探るな」と言う方が無理な話である。
偽ニャンコックが何故ここまでカシワのことを気に掛けるのか、どうして自身の身柄を明かせずにいるのか、想像もつかない。
あの後輩狩人の知り合いならばさっさと名と正体を明かしてしまった方が楽だろうに、とさえ思ってしまう。
かといって聞いてもはぐらかされそうだし、男の事情に深入りしてやる義理もない。この場に主人がいれば、頭装備を強奪してしまうような気がした。
いっそ正体バレちゃえばいいのニャ、スッキリするニャ――男に奢ってもらった瓶入りの頑固ミルクをゴクリとやると、ようやく一息ついた心地になった。

「よく見るニャ。ここからここまではボクの領域。で、そっちは自称ニャンコックさんの領域ニャ」

手近に転がっていた木の枝を手に取って、ガリガリと地面に線を引く。偽ニャンコックとリンクの境界に、ヒト一歩分の距離が開いた。

「はっはー、自称。自称ときたか……ややっ、これは陣取りゲームかな? 結構得意なんだよぉ」
「ちっがうニャ、最後まで聞くニャ! ……ボクとニャンコックさんは違う生き物ニャ、そこは分かるニャ? この際『中の人』のことはどうでもいいニャ」
「……、……ウン。ま、いいだろう。それで?」
「ボクたちは人間の言葉を話せるニャ。意思疎通ができるから一緒に暮らしていけるのニャ。でも、それでもボクたちは違う生き物ニャ」

たどたどしい言い回しだが、きっとこの男には伝わるはず……ともに狩りに出たからこそ得られた信用が、ほんの僅かでも双方の距離を縮めてくれる。
オトモアイルーは、透き通る銀の眼で着ぐるみの向こうを見つめた。対して、男は常のように茶化さず黙って獣人の言葉を待っている。
全てでなくても構わない、少しでも伝わればそれでいい。少なくとも、この男は主人の相棒に悪いようにはしないはずだ――リンクは小さく、頭を振った。

「ボクたちアイルーはモンスターニャ、自然の一部ニャ。モンスターと人間は分けて考えなきゃいけないのニャー。それがお互いを守るモラルってやつニャ」
「それが君の言う『距離感』かい、リンクくん。カシワくんは、それを見誤っていると?」
「そういうことニャ。もし旦那さんが巻き添えでも喰らったら……ボク、あの人のこと嫌いになるニャ。恨むニャー」

さわさわと心地よく木葉が揺れる。木漏れ日をじっと見上げて、リンクはのどかさにうっとりと眼を閉じた。

「普通は周りがモンスターに近寄りすぎないように、って教えるはずニャ。親御さんがどんな教え方をしたのか……聞いてみたいくらいニャ」
「えぇと……いやあ、ふ、普通じゃないかなァ~? それにちゃんとハンターを勤めていられるなら、そのへんの線引きは出来てるってことじゃあないのかな」
「なんで自称ニャンコックさんが焦るのニャ? ボクはアルフォートの旦那さんのことを言ってるのニャー」
「そっ、それは……はっはー、な、なんとなくってやつさ! ま、大丈夫だろう。話を聞く限り狩りはちゃんとしているらしいし、なにより……」

男の眼差しに倣って眼を動かす。二人の視線の先には、変わらず足湯でひとりはしゃぐアルフォートの姿があった。
どういう意味か、と見上げた先、アイルーシェフのかぶりものの内側が微笑ましく笑んでいるような気がして、オトモアイルーはパチリと眼を瞬かせる。

「昔から『アイルー、メラルーに好かれるハンターはいいハンター』って言うからな。大丈夫さ……きっと」

フッと笑みがこぼれた音がした。改めて「なんで着ぐるみ着てるのかニャー」と一瞬思う。あくまで一瞬だが。
リンクにとっての興味関心は雇用主にしか向けられないのだから、これは仕方のないことだ。
なにより、男の言う「好かれるハンター」とやらがどんな人間を差しているのか、今ひとつ分からなかった。

「そうは言うけど、このままだとそのうち怪我するニャ。オストガロアのときだって……もし旦那さんが巻き込まれたら、たまったもんじゃないニャー」
「ううっ、辛辣だなあ。ま、言いたくもなるか。経験豊富なんだね、リンクくんは」
「……ボクは、世界中を旅して回ってきたから。色んな生き物と話をしたし、戦ったニャ。良いやつも悪いやつもいたニャ」
「ウン? 君がオトモアイルーになる前の話かい」
「そうニャ。アイルーだからって可愛がるだけ、見下すだけ、使えないヤツ扱いする人間も見てきたニャ。全部が全部そうじゃないって知ってるニャ、でも」

オトモたちに求められる、ハンターにとって有益な資質とはなんなのだろう。使えない、使える……誰がそれを判断するというのだろう。
ふと考える。自分はクリノスに恥じないよう、訓練や勉強を絶やしたことがない。鍛錬が苦にならないことも理由の一つだ。
しかし、この男やカシワは同じく未熟なアルフォートのこともいいオトモだと認めている。あのメラルーが努力家であり、光る素質があることも確かな話だ。
もし「好かれるハンター」とやらが「オトモに応えてくれる雇用主」と同義だというのであれば、クリノスとカシワは十分それに相応しい人だと、そう思う。

「でも、ボクは旦那さんと会えて良かったと思ってるニャ。旦那さんはボクの誇りニャ。初対面のときボクが凄いニャンターになれる、って見抜いたニャ」
「おお、それは……それはとっても誇らしいことだねい。クリノスちゃん……ふふふふふふ、噂通りデキる娘だなッ」
「とーぜんニャ、なんたってボクの旦那さんニャ? 『カシワさん』とは違うのニャー」

……ここでリンクは、先ほどからずっと気になっていたことをついに口に出してみることにした。
くると男に向き直り、手で遊ばせていた木の枝を鼻先に突きつける。偽ニャンコックは、途端にびくりと体を強張らせた。

「ところで、自称ニャンコックさん。ボクは今まで一度だって『カシワさんの名前を言った覚えはなかった』ニャ。どこでその名前を知ったのニャ?」

木々が揺れる音が強まった気がする。獲物を見つけたモンスターってこんな気持ちなのかニャー、とリンクは片眼を細めた。

「……言ってることが、よく分からないなあ。あっ、そうだ! 確かアルフォートくんが、」
「アルフォートはカシワさんのこと旦那さんってしか呼んでなかったニャ。ボクの旦那さんがクリノスっていう話はしてたけど」
「うぅ、それは……そ、そう! 君たちのご主人様たちは龍歴院の有望株だって有名だからさ! ネッ!? 特にそのオトモサンは優秀有能だって……」
「むー、旦那さん以外の人に褒められたって嬉しくないニャ。それにボクが凄いのはさっきの渓流での狩りで伝わったはずニャ」
「う、うぅ……それはそうなんだけど。いやーん……」

オトモアイルーの指摘に着ぐるみ男はたじたじだ。狩りの最中に見せた優れた狩猟技術が、まるで幻獣の足取りのようである。
そのとき、訝しむように顔をしかめたリンクの足先を何かがちょんちょんと突っついてきた。
見れば、浮き輪遊びに夢中になっていたはずのアルフォートが足湯のふち近くまで戻ってきている。いつからか二人の会話や様子を見守っていたようだった。

「アルフォート。どうしたのニャ?」
「あの、リンクさん。今ならニャンコックさんの頭、盗れると思いますニャ」

場が凍る。裏切り、手のひら返し、飼いガルクに手を噛まれる……つまりはこのことだ。
メラルー側の提案にアイルー側は一瞬硬直した。彼もまた、メラルーという生き物だったのだ――実のところ、端から中身が気になっていたのに違いない。
青い眼が好奇心に抗えない、と訴えかけてくる。メラルー種はアイルー種よりその感性が強いのだから、これは致し方ないことだろう。
そう、仕方のないことなのだ。「ここは先輩オトモとしてやってやるしかない」。
くるりと振り向いたオトモアイルーを前に、ぎくりと後退しかけた偽ニャンコック。逃げ出そうとしたその頭に、リンクは躊躇せずに飛び掛かった。

「おわーっダメダメダメ! やめやめやめ!!」
「リンクさん、『オトモ鼓舞』ですニャ! ゴーゴー! ですニャ!!」
「ナイスニャ、アルフォート!」
「アイーッ!! 拠点でそゆこと、やっちゃダメーッ! やめなっさーい、ふたりともォー!!」

いつかやってやろうと思っていたが、まさかアルフォートから「盗み」を提案されるとは。敵がどこに潜んでいるか、分からないものである。
しばし、ユクモ村には哀しい(?)男の声が響いていた。この攻防はこれより五分後に届く飛行船到着の一報がくるまでの間、延々と続いていたという――






――ところ変わって賑わいの古都、ドンドルマ。
ポッケ村近辺に出現したティガレックスの件と、渓流に留まっていたガノトトスの狩猟達成の件は、ほぼ同時期、秘密裏にハンターズギルドに報告された。
タイミングが前後したのは他でもない、この件に関わった龍歴院つきのハンターとニャンターが双方雇用関係にあったためだ。
「あまりにもタイミングがよすぎる」。誰がそう言ったのか、別件で慌ただしく騒然としていたギルドは、ますます混乱の最中にあった。

「……チャイロが? それは事実か。今、どうしてる」

ハンターズギルド、ドンドルマ支部。大衆酒場として昼夜問わず人の往来が激しい施設の奥、人気のない書類倉庫の中で、一人の男が声を裏返した。
手にした書類には確かに雪山の一件が簡潔にまとめられている。報告を上げた男のうち、軽装のガンナーが片目をつぶって抗議した。

「いやさー、ペッコ。それより先に、苦労して情報もぎ取ってきたオレらに言わなきゃいけないこと、あるんでない?」
「ローラン……それも、そうだな。『先生』相手では聞き出すにも苦心しただろう。お疲れだったな」
「おいおい、ユカ。大丈夫か。顔色悪いぞ……」

いつもの軽口、いつもの冗談のつもりだった。だというのに、目の前の男の反応はいつも以上に重く、鈍い。
報告主の二人は眼前の黒色洋装の同業だった。就任時期は男より早く先輩の立場にあたるが、補佐として動く手足変わりになっている。
長いつきあい故にときにシビアな条件を提示し合うこともあるが、そこはお互い様だ。離れて任務にあたることもあるが、それなりの信頼関係を築けていた。
だからこそ、要請を受けた際にはすぐに求められた情報を仕入れ、精査し、正確に提供できるよう努めてきたのだ。今回も同様である。
……情報屋ローランとディエゴは互いに目配せした。依頼主の反応がここまで渋いのは、珍しいことだったからだ。

「チャイロちゃんってペッコのオトモなんだっけ? 凄いニャンターだって聞いてたのに、なんで怪我なんてしたんだろー」
「俺が知るか。それを知るのは、手当てに携わった師匠か先生のどちらかだろう」
「落ち着けよ、ユカ。ローランも急かすな。……クリノスちゃんが同行してたって話だったよな? お前、行ってやらなくていいのか。ここにいていいのか」

そう、長いつきあいではあるものの、二人はユカというギルドナイトの過去までは把握していない。銀朱の騎士自身が守秘義務を厳守していることもある。
故に、彼が「同朋」であるチャイロをどれほど案じているのか……仕事仲間という繋がりを持つ彼らでさえ、知らないこともあったのだ。

「別で急ぎの仕事が入っている。それが終わるまでは、ここを離れるつもりはない」
「なんだって? おいおい、チャイロはお前が拾ってきたんだろ! ケアだって一任されてたじゃないか、クリノスちゃんのことも放っとく気か!?」

ディエゴは、ユカの声に強い怒気が滲んでいることに気がつかなかった。

「ちょいちょい、ディエゴも落ち着きなってー。じゃあ、いっそのこと他の人に委任したら? ペッコの頼みなら誰か一人くらいは聞いてくれるでしょー」

そしてローランは、ユカがこの一件にどれだけ執着しているのか、知る由もなかった。

「お前たちには悪いが、この件は俺が一人で請け負うと決めている。余計な口を挟むな」
「……は? え、なに、どーしたの急に。なんでいきなりキレてんの?」
「ローラン。ユカ、お前少しおかしいぞ。ドンドルマで何かあったのか」
「おかしいか、俺が? そうだな……忘れろ、お前たちには関わりのないことだ。それに、お前たちの方こそ長旅で疲れているだろう。少し休め」

このとき、ユカの元には彼らが運んできた情報以外にも様々な報告が挙がってきていた。紛うことなき過労状態だが、それに甘んじている猶予はなかった。
……片付けなければならない男がいる。長い間追い続けてきた足取りを、やっと捉えることが出来た男だ。逃がすつもりは毛頭なかった。
それに付随して、助けてやらなければならない男もいる。恐らく、今も呑気にモップ片手に暗室と収監先とを行き来しているはずの男だ。
「あれを助け出さない限り、あの天色髪に顔向けすることさえできない」。疲労と睡眠不足も相まって、ユカは使命感と義務感にがんじがらめになっていた。

「ペッコ? ちょっと、ペッコ! ……あー、もう。人の話、全然聞かないしー」
「ったく、ああなると厄介だな。なにか気掛かりなことでもあるんだろうが……ちょいと、探ってみるか」
「休んだ方がいいのはどっちだ、って話じゃんね。どーせカシワのおにーさんのことで悩んでるんでしょー? 情報屋の網、舐めないで欲しいよねー」

仕事に戻る、それだけ言い残して書類片手に消えた騎士の背を、二人の友人は不安げな眼差しで見送った。
言っても聞く耳持たない気質だと、端から理解しているからだ。止めたところで意固地になられることも目に見えている。
嘆息混じりの仲間の心に、ユカは最後まで振り向かなかった。いつものように硬く凜とした靴音だけが、静かな土間に響いていく。




 BACK / TOP / NEXT
 UP:23/11/10