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モンスターハンター カシワの書 上位編(24) BACK / TOP / NEXT |
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オトモメラルー、アルフォートはいたく困惑していた。 ……話は半日ほど前に遡る。ポッケ村でクリノスらの帰還を待つ際、龍歴院から各々の雇用主宛に急ぎの狩猟依頼が届けられたのだ。 主人不在という理由で断ろうとしたところ、何故かリンクが眼を輝かせてこう言った。「代わりに受注して旦那さんを喜ばせてあげればいい」と。 ニャンター――龍歴院が認可するオトモへのハンター資格の付与制度だ――であるチャイロの活躍を見ていることもあり、試すには絶好の機会だと彼は言う。 確かに、ニャンターは憧れの制度だ。「狩りに生きる」にもハンター顔負けの狩猟技能で一躍有名になる獣人も出始めている、と特集が組まれるほどだった。 『でもリンクさん、ボクにガノトトスが狩れますかニャ。それに勝手に緊急クエストを受注したりして、旦那さん困りませんかニャ?』 『困るわけないニャ! カシワさんはガノトトス特集にビビってたし……この依頼をこなしてハンターランクを上げておけば、旦那さんたちも安心ニャ!』 『び、ビビってないですニャ、そんなことなかったはずなのニャ。ボクが旦那さんの無実を証明してみせますニャ!』 そんなこんなで、アルフォートはリンクとともに意気揚々と登録を済ませて飛行船に乗り込んだ。目的地は南南東。ユクモ地方、温暖期を迎えた渓流だ―― 「さあっ、紳士淑女の皆々様諸君! はりきって『ガノトトス』を狩りに行くぞぉ!! ……行くニャ!! ニャーッス!!」 「ニャニャニャ、『ニャンコックさん』はそんな口調じゃないニャ! 全然似てないニャー!!」 ――ここで、時間軸は「現在」に巻き進む。アルフォートは目の前で繰り広げられる光景に改めて、ニャイィ……と小声で戸惑った。 リンクに指を差されているのは、龍歴院の集会所でシェフを務めるニャンコック――もとい、彼にそっくり瓜二つな着ぐるみを着た謎のハンターさんである。 彼はポッケ村のクエストカウンターで依頼を受注した折、ちゃっかりと参加を追加申請してきた全く見知らぬ人物だった。そのまま居着かれてしまっている。 人間用の防具として加工された着ぐるみは、でぷんとしたフォルムはモデルの体型そのままに、毛並み、色艶などが忠実に再現されていた。 見た目はかなり重そうな造りをしている。だというのに、偽ニャンコックはやたらときびきびとした動きでオトモアイルーたちの前をうろちょろしていた。 「……おっかしいなぁ。こういうのが好みだ、って聞いたから急いで作ってきたのに」 「誰の話ニャ? まさか旦那さんを狙ってるのニャ? ダメダメニャ、ハンターさん、全然似てないニャ。それじゃあ、旦那さんは落とせないニャ!」 「ややっ、それは困るな! ……トレビアーン、セラヴィ、ジュヴゼェーム。ミィのチーズは世界一でござりますニャ」 「まだまだ口調がおかしいニャー。ニャンコックさんのチーズに対する情熱も感じられないし……やっぱり、ニセモノで決定ニャ!」 「なんとぉ!? いやいやいや、よーく見てごらん、リンクくん。こんなにソックリな体でニセモノだなんて、そんなことあるはずないと思うんだよなぁ」 何者であるのか話を聞こうとしても、こうだ。はぐらかされ、筋を逸らされ、まともな会話が成立しない。 「中の人などいない」と豪語する偽ニャンコックに対して、「全然似てないニャー」とリンクが全否定を下すばかりだった。 彼らの漫才(?)のおかげで狩猟エリアには未だに到達できていない。アルフォートは受注書の控えを広げて、ルートを再確認し始めた。 緊急クエスト、渓流の水竜。居着きつつある魚竜を早急に狩猟せよ、という要旨だが、相手は何人かのハンターを追い返した強靭な個体だと聞かされている。 「ガノトトスは淡水、冷水お構いなしに、水源があるところならどこからでも入り込める魚竜ですニャ。脚力も泳力もあるから、活動区域が広がりがちで」 「へえ! これは感心。勉強、きちんと頑張っているんだなぁ。アルフォートくんは」 「そ、そんな、リンクさんやチャイロさんより全然……それより、そろそろ川岸に急がないと。逃げられたら大変ですニャ」 狩猟対象については多少の予備知識がある。今回、得物は雇い主が以前に用意してくれた斬竜の剣に変え、防具はリンクがボックスをひっくり返して(?) 上物の端材を調達してくれた。勝手をしたことは申し訳なく思えたが、今は手触りのいい青色の毛皮が自分たちの身を護ってくれていることに安堵している。 ふと目の前を淡い色合いの光が過り、アルフォートはぱっと顔を上げた。このあたりでよく見られる、雷光虫の群れだ。 アオアシラを模した頭防具をきゅっと被り直し、気を引き締める。そのとき、偽ニャンコックが迷いもせずにまっすぐ浅瀬の上を北上していく姿が見えた。 「あの人、あんなに速く歩けたんですかニャ。渓流での狩りに慣れてるんですかニャァ……」 「アルフォート! あの人は今ニャンコックさんに成りきってるから、ちゃんと話を合わせてあげなきゃダメニャ!」 「えぇー……」 フンスと得意げに胸を張る先輩オトモの横顔を盗み見て、後輩オトモは受注書の控えをポーチにしまいつつ眼をショボショボさせる。 偽ニャンコックは、先ほどと打って変わりこちらに見向きもしない。はたと気になり金時計を確認してみると、すでに時針が一目盛り分を差していた。 「ニャイィ!? リンクさんっ。結構、時間おしてますニャ!」 「ここで喋ってたからニャ! あの人、多分手練れニャ。だから大丈夫ニャ」 「そっ、そんなこと分かるんですかニャ? ボクにはさっぱり……とにかく急ぎますニャ!」 何故か能天気に構えるリンクを急かして、偽物の背を追う。明るい満月が、みっつの影を青白く平等に照らしていた。 「おっ。来たなー、紳士淑女の諸君。では、ぼちぼち始めようかあ」 渓流、最北の第七番エリア。川の岸辺にて、先の着ぐるみ男は何者かから身を隠すように背の高い枯れ草の隙間に屈んでいた。 獣人たちの姿を見るや否や、待ってましたとばかりに親指を立てる。そのまま彼は自然な動作で川の中流あたりを指差した。水面に巨大な、背ビレが見える。 頷きながらもアルフォートは息切れしてしまっていた。一方、途中でどこかに寄り道していたらしいリンクは、やや遅れて偽ニャンコックの横に駆けつける。 「あれは、本当にガノトトスですニャ。こんな近くにくるなんて……」 「やっぱり、一回引きずり出しておかないといけないかな。だったらトッテオキの出番だ」 黄色毛並みが差し出してきた物体を、着ぐるみ男は「ナイス!」と感心した様子で丁寧に受け取った。 そのままポーチにしまうのかと思いきや、おもむろに狩猟道具の中から釣り竿を取り出して、慣れた手つきで素早く針の先に呈上品をくくりつける。 「ニャニャ、あいつでっかいニャー。でも旦那さんの手を煩わせるほどでもなさそうニャ!」 「うむ、そーだねい……よし、準備完了っと」 「あの、それって一体……? って、ぅわ、ニャア!?」 「おっと、お静かに頼むよぉアルフォートくん。こいつは『釣りカエル』さ、活きがよくて最高だねい。リンクくん、グッジョブッ」 はたしてどこから調達してきたカエルなのか。出所は不明だが、捕りたてのド派手な両生類はびたんびちんと暴れている。 ビシ、と親指を立てて労い合う偽物とオトモアイルーのふたりだったが、アルフォートは生き餌の勢いにすっかりビビりきっていた。 そのままなんの躊躇いもなく、偽ニャンコックは釣りカエルごと糸を川に放る。いわゆるキャスティングだ。カエル一匹で「大物」を釣る気満々である。 「え、えぇー……そんな簡単に、ガノトトスが釣れますかニャ?」 「奴はカエルがお好みなのさ。ということでレッツニャンス、ショアフィッシンッ! さーて、お願いしますよぉ~」 「ニャイ、もう口調がめちゃくちゃニャー。色々諦めたのニャ?」 「うぅ、釣りカエル……そ、そういえば、ステラさんもモガの森でやってた気がしますニャ……」 何故か、この偽物男は楽しげだった。狩りをするのが楽しくて仕方ない、着ぐるみ越しにそう言いたげな笑みの気配が伝わってくる。 そのとき、不意に空が陰りを帯びた。はっと顔を上げたオトモメラルーの耳に、生温い風が木葉のさざめきを連れてくる。葦が揺れ、月光が俄に閉ざされた。 「……!」 何か、来る――思わず武器を構えた獣人の青眼が、川の中ほど、水面にのぞいていたヒレが凄まじい速度で岸辺に接近する様を凝視する。 水流などものともせず、一直線に釣り糸の元に肉薄したその巨影は、一瞬の迷いもなく赤色目玉のカエルに食いついた。 「どぉっせい! 来たぞおっ!!」 「ニャニャニャー!! 爆弾チャンス、百パーセントニャ!」 「あ、わ、あわわ……!」 猛烈な水飛沫が飛ぶ。ぐぅん、と偽ニャンコックが両腕を振りきると同時、恐るべき巨体が川岸の奥へと吹き飛ばされていったのだ。 地鳴り、震動、魚臭。たたらを踏むアルフォートを余所に、リンク、次いで着ぐるみ男が猛然と――文字通り、釣り上げられたガノトトスの元へ駆け出した。 水竜ガノトトス。その名の通り水中を意のままに泳ぎ、人間はもちろん水棲生物、甲虫、草食種と、ありとあらゆる生物を捕食する魚竜種の筆頭格だ。 その巨体もあり、大陸の西の地域では空の王者ことリオレウスに倣ってか……水の王者の異名を付与され、恐れられていたこともあるという。 「爆弾どーん!! アルフォートくん、小タル爆弾で着火! お願いできるかな!?」 「はっ……はいですニャ、すぐに!」 偽ニャンコックたちが岩陰に隠していた大タル爆弾を次から次へと運び、ショックで眼を白黒(!)させてのたうつガノトトスの頭部が樽で囲まれきった頃。 オトモメラルーは急かされるままに小型のタル爆弾を投擲し、全員でその場に伏せた。空をつんざく衝撃と爆音が響き、瞬時に焦げついた臭いが漂う。 だがしかし、水竜は――未だ軽症だった。爆弾のダメージ自体は通っているのか、頭を覆う瑠璃色の鱗がどす黒く焼けている。 「――ヒュォウウッ」 長躯を傾げ、よろめきながらもなんとか立ち上がったとき。彼の竜は一度だけ首を傾けて、左右の両翼を上下に打ち鳴らした。 ……どう見ても、威嚇か宣戦布告にしか見えない。ギラリと凶悪に月明かりを跳ね返す鋭い牙が、獣人種一同を睨め下ろして鈍く歯噛みした。 「ニャンコックさんっ!」 「よしよし、よろしい。初手としては十分!」 ぐっ、と水竜が身を退がらせる。跳ね起きると同時にブーメランを抜ききったアルフォートに、着ぐるみ男は一時待て、と片手で手早く指示を飛ばした。 直後、力を溜めたガノトトスの長身が横殴りに空を切る。空中、地上の生き物全てを弾き飛ばす強烈なタックルだ。当たればひとたまりもない。 間一髪、着ぐるみ男はまだ間合いを詰めずにいた。頃合いを見計らうようにして、今、駆け出したところでようやく得物が抜かれる。 「……『借りる』ぞ、リオレウス」 ほの暗い夜陰に赤い軌跡を描くのは、猛火そのものを塗り固めたような刀身の小剣だった。暗がりを照らすようにして赤熱した刃が燃えている。 「あれは……リオレウスの」 「アルフォート、どうしたニャ? ボクたちも行くニャ!」 「リンクさん……ニャイ、はいですニャ!」 その色と熱に、アルフォートは灼熱の刃ことディノバルドの尾刃を思い出していた。 偽ニャンコックの武器は彼の大剣に同じく、武器、刃としての形状はそのままに、大型モンスターの特性、性質を余すことなく継がせた一級品だ。 眼前、男はガノトトスの二度目のタックルを片腕の盾で強引に防ぐ。ざりざりと泥の上で踏ん張って、返す刀を頭部に振り下ろした。 どう動けば次の手が打てるのか、端から理解しているかのような立ち回りだ。明るい切っ先が竜鱗に触れた瞬間、激しい閃光と火の粉が散る。 「むゥんっ!!」 気合いの一声とともに横薙ぎの一閃が払われる。次いで、刃がうねりを上げて返され、立て続けに偽ニャンコックの体が自転した。流れるような連続斬りだ。 ……これがカシワであれば、突進、ジャンプを駆使して距離を詰めながらの攻撃となっていたはずだ。男の動きは彼とまるで違っている。 アルフォートはブーメランに力を溜め込みながら、どう攻めるべきか考えていた。呼吸の間、得物の差し込み方と……無意識にその動きに「見とれてしまう」。 (リンクさんの言った通りですニャ……この人、とっても強いニャ!) その足さばきは、得物の軌道は、神楽か剣舞のようだった。ぐるんと体が回りひねられる度、面白いくらいに水竜の攻撃はさばかれ、その身が削られていく。 不意に、走り出したリンクの鉱石製の剣がガノトトスの脚に食い込んだ。偽ニャンコックの太刀筋と重なって、宙に濃い血臭が走る。 「アルフォート! ぼーっとしてたら、危ないニャ!」 「……はっ、」 「混乱でもしてたかな!? 大丈夫っ、狩りはまだ始まったばかりだぞぉ!」 両足で地を踏み込み、垂直に剣を振り下ろして――体は水竜に向いたまま、視線だけで男はメラルーに振り向いた。 「その余裕はどこから来るのか」、アルフォートは思わず叫びそうになる。焦りが募るばかりで、オトモメラルーは水竜に未だ近寄れずにいた。 (怖くない、怖くないニャ……) 水竜ガノトトス……彼は、火竜同様モガの森ではよく見かけたモンスターだった。ステラや奇面族の子どもたちが懸命に狩っていたのを見かけたこともある。 怒ったとき、疲労したとき、つまりは餌を捕食する意欲が沸いたとき。彼はよく海沿いの陸地に現れ、水生獣の類を海中に引きずり込んでいた。 その巨体は、水中でより動けるように進化した果ての姿だと学んでいる。強靭なヒレも、長躯も、二列並びの鋭牙も、当時は恐ろしく見えて仕方がなかった。 (……ボクだって、旦那さんの役に立ってみせますニャ!) ガノトトスがその場での旋回をとりやめ二本脚で立ち上がったのと、アルフォートが駆け出したのは、ほぼ同時。 その頃、着ぐるみ男とリンクは水竜の足元に跳び込んでいた。ふたりが何ごとかを叫んでいたが、オトモメラルーにそれを聞き入れる余裕はない。 「ヒュォオオッ!!」 「わニャ!」 空を、風を寸断する何かが走る。前触れもなく、ガノトトスは大きく口を開いて体内から強烈なブレスを吐いた――直線上に噴かれた水鉄砲だ。 その勢いと威力は、地表を穿ち、葦を薙ぎ倒し、近くを過ったブナハブラの甲殻を真っ二つにかち割るほどのものだった。圧縮された鉄砲水と言ってもいい。 それが左、中央、右へと横薙ぎに駆け巡らされ、狩り場を蹂躙する。水飛沫も上がり、一気に視界が霞んだ。 アルフォートは身を低くしながら疾駆した。軌道を避け、間合いを一息に詰め、何度か足踏みして体勢を整えた水竜の頭部に青黒い獣竜の断片を振り下ろす。 「……!!」 「ううっ、」 ギロリと魚竜種特有の白塗りの眼が獣人を射抜いた。閉ざした口の端からうっすら覗く凶悪な牙が、ほんの僅かに歯ぎしりする。 構わず、ディノバルド製の小剣を瑠璃色めがけて突き刺した。途端に血潮と火花が飛ぶ。アルフォートは腕を引き、なおも刃を頭部に撫でつけた。 着ぐるみ男のそれは刀刃そのものが火を噴く造りに見えたが、斬竜のこちらは違う。 あの日、あのとき、古代林で対峙した獣。彼女の尾刃が鉱石片を纏い、灼熱でそれを融かし、摩擦の力を以て火を噴かせていたこと。その画が忘れられない。 「えぇい、ニャッ!」 「――アルフォート、ストップ!」 火竜の剣が火を噴かせる刃であるなら、斬竜の剣は火を熾す刃である。頬とヒゲに強い熱を感じながら、獣人は地を蹴りガノトトスに飛び掛かろうとした。 その瞬間、後ろから首根っこを掴まれる。悲鳴を上げる暇もない。強く引き寄せられ、強引に距離を離された。 「……!」 気付けば竜の顔が眼と鼻の先に迫っていた。顎が開かれ、凶悪な二列並びの牙が剥き出しになる。白濁した液が迸り、猛然と小柄な体に噛みつきに掛かった。 しかし間合いが開いたことで凶刃は空振った。虚しく散った液体は、牙の内側から滲み出た睡眠性の強い猛毒だ。 たった一噛みでも、あっという間に昏睡状態に持っていかれることをアルフォートは事前に予習している。 その上で、一度でも彼の前で眠ってしまえばたちまちその場で捕食されてしまうであろうことも―― 「……落ち着きなさい、相手は逃げも隠れもしない」 「うぅっ……」 ――恐怖に声が強張り、足が震えた。心臓が破裂しそうになるほど五月蠅く鳴っている。 アルフォートは得物の柄をぎゅっと握りしめた。掻き抱くように抱えたところ、襟首を離され解放される。振り向いた先で、偽ニャンコックは大きく頷いた。 「大丈夫、よく見なさい。ガノトトスの予備動作は分かりやすい方だから。素直なイイコだと思えないかな?」 孤を描き前方へ跳躍する巨体が、腹を接地させる。そのままズリズリと地表を這い、葦や泥、掘り起こされた石ころや鉱石の破片さえ、轢き倒していった。 その間も偽ニャンコックは足取り軽やかに跳躍し、ガノトトスの這いずりの軌道上から器用に逃れていく。 リンクに至っては一時的に地中に退避している有様だった。アルフォートは男の腕に抱えられたまま、彼らの狩猟技能に眼を丸くするばかりだ。 「ま、コワイよなあ。あの子……いや、魚竜全般、怖い顔をしているからねい。カワイイネーっていう人もいるけどさ」 すぽん、と男の片腕が何かを放る。特有の色合いと臭気に、物の正体がペイントボールであることが分かった。 眼を瞬かせるオトモメラルーの前で、ガノトトスは何やら悔しげに歯噛みしてこちらに背を向ける。 そのままさも珍妙な爬虫類生物のような立ち姿でヒレを広げ、忙しない動作と鼻息をたてながらバタバタと川岸から離れていった。 飛ぶのか、一瞬そう構えたのに、彼は飛翔する気配など微塵も見せずに去っていく。その後ろ姿に怪鳥のような哀愁と愛嬌を見出して、獣人は眉根を寄せた。 「ニャニャ。アルフォート、大丈夫ニャ?」 「リンクさん! ニャイ……あんまりお役に立てなくて、ごめんなさいですニャ」 「気にすることないニャー。次も、ニセモ……ニャンコックさんが頑張ってくれるのニャ?」 「ん? 俺かな? ん~……モチノロンだとも! ふふふふふふ、華麗な剣さばきを魅せてあげようじゃないかぁ!!」 「ニャニャー? 聞き捨てならないニャ。華麗さなら、ボクの旦那さんの方が絶対上ニャ!」 アルフォートを降ろし、今度はリンクをひょいっと抱き上げ、着ぐるみを着たまま男は笑った。……笑っていると、そう思う。 朗らかな声をしているが、彼の狩猟の腕は確かなようだった。軽々とオトモアイルーを上下に「高い高い」して、男は優しく先輩オトモを地面に下ろす。 彼は狩りにもオトモの扱いにも慣れているとアルフォートは感じた。言動もまた、随分と昔から狩りに親しんできたベテランのもののようだ。 でぷんとしたフォルムで分かりにくいが、剣の振り方から見るに中の人の体は相当鍛えられていると予想できる。いい人と組めた、とメラルーは一人喜んだ。 「さて、それで今後の予定だが。サブナントカは『背ビレの破壊』だったね。俺はこのサブナントカってよく分からんのだが……」 「ニャニャ? ニセモノさんは部位破壊とかしたことないのニャ?」 「まさかぁ、部位破壊ならお手のもの……いや、少しくらいはナントカー……とにかく、そっちは君たちに任せるよ。俺は細かい計算は苦手だし」 手早く取り出された砥石が、燃える刃を整えていく。清流を手で掬い、血を流し、しかし赤熱は損なわれないように――その手入れもまた、手慣れていた。 剣を戻したとき、着ぐるみ男はアルフォートの視線に気付いてか不意に彼に振り向いた。柔らかな体毛を模した腕装備がメラルーの頭を撫でにかかる。 じんわりと暖かさと弾力性を含ませる毛は、ブランゴ類の体毛に質感がよく似ていた。つい思わずうっとりして、直後はっと我に返る。 「あ、あのっ! ニャンコックさんは、一体、どこ所属のハンターさんなんですニャ?」 一瞬、びくりと男の手が固まった。リンクはめざとくそれに気づき首を傾げたが、アルフォートは素直に疑問を口にしたまま眼を瞬かせる。 「ボクの旦那さんは、龍歴院に所属していますのニャ。狩りを始めたばっかりで、勉強中のことも多いんですけどニャ……」 「君のご主人様のことかい? そうか……それで? その人は他に、どんな感じなんだい?」 「どんな、って……旦那さんはクリノスさん、えっと、リンクさんの旦那さんでボクの旦那さんの相棒の人なんですけど、その人よりは未熟らしいですニャ。 でも、毎日モンスターに向き合って狩りを頑張っていますのニャ。今は何かの用事で不在なんですが……それでもちゃんと、ハンターさんをしてますニャ」 偽ニャンコックは黙ってアルフォートの話を聞いていた。何故かこれまでの軽い調子を一切見せず、彼の話にじっくりと耳を傾けているようだった。 オトモメラルーが「話はこれで一段落」とばかりに指をもじもじさせていると、男はまたしても手を伸ばし獣人の頭を撫でにかかる。 「……そうか。君の旦那さんは、きちんとハンターをやっているのだなあ」 先ほどより少しばかり優しげで、遠慮がちな触れ方だった。 「ニセモノさん、アルフォート。ペイントはまだ効いてるけど、他のモンスターが乱入しないとも限らないニャ。準備が出来たら出発するニャ!」 「リンクさん。ニャイ、そうしますニャ!」 「うんうん、そうだね、そうしようー。ふふふふふふ、君たちの活躍に思いっきり便乗しちゃうぞぉ!」 「そこはちゃんと働かないとダメニャ! 旦那さんに嫌われるのニャー!!」 「フッ、リンクくんは厳しいな。旦那さん愛ッ!」 一行は各々でアイテムを確認し直し、すぐさま川岸を離れることにする。 月明かりは未だ、ほとんど真上にあった。獲物を取り逃してなるものかと、狩りびとたちは意気揚々と渓谷の中心地へ足を急がせる。 |
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