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モンスターハンター カシワの書 上位編(23)


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クリノスたちが帰還する頃には、急報を受けて駆けつけたギルドの職員、龍歴院の研究員らで構成された調査隊が雪山に向けて出立する手はずになっていた。
入れ替わり同然にティガレックスの動向を追うべく山入りした彼らだが、その頃には飛竜の姿はなく、僅かな痕跡が残されるばかりだったという。
野生のポポの群れが襲撃された跡がここより離れた山奥で発見されたという情報もあり、ポッケ村には変わらず緊迫した空気が漂っていた。

「……チャイロの具合はどう?」
「どうもこうも。痛み止めが効いて、やっと寝ついたとこー」

入り口近くから遠慮がちに声をかけたステラに、気になるなら入りなよ、とクリノスは振り向かずに声で促す。
アリシアが用意してくれた客間は必要最低限の調度品しか置かれていない質素なものだった。シーツを替えた狭いベッドにチャイロが一人、寝かされている。
ポッケ村の村長が呼びつけたという医師は、獣人相手にも丁寧な処置を施してくれていた。手際のいい業のおかげで今のところ出血も止まっている。
なおかつ、腰や背中に牙で穴を穿たれてもメラルーの生命力、回復力には目を見張るものがあった。とはいえ、かつてない大怪我であることには変わりない。
絶対安静を厳しく言い渡された女狩人は、いやわたしチャイロの雇用主じゃないし、とは返せないまま医師を見送ったばかりだった。

「もしチャイロが人間だったら、二度と武器を持てなくなってたかもしれなかったんだって。アルくんが聞いたら泣くかもね。……で、どうだった?」
「どうもこうもない、だよ。アルフォートもリンクもいなかった。こんなときに、どこに行ってしまったんだろう」
「そっか、やっぱりね。出迎えがなかったからそうじゃないかって思ってたんだけど。何かのクエストに連れてかれちゃったのかなあ」

雪山の調査に赴く間、オトモたちには村の警備を頼んでいた。リンクは責任感が強く、アルフォートも果敢にモンスターに挑む勇気を持っている。
ふたりはチャイロとも仲が良かった。戻り次第すぐに知らせようと思っていたのに、彼らの姿は影すら見つからなかったのだ。

「クエストに? リンクはあなたのオトモでしょう。好きに連れ出せないはずだと思うけど」
「チャイロの影響なのかなー。龍歴院には『ニャンター』っていうハンター資格付与の制度があって、リンクもアルくんも興味があったみたいなんだよねー」
「なにそれ? ギルドと龍歴院、どちらの判断だろう」
「ちょっと、ステラ……乗り込んだりしないでよ? あんたも相っ変わらず短気なんだから」

途端、呆れたように鼻で嘆息したステラにクリノスは椅子を勧める。素直に腰を下ろした笛吹きに様子見を任せて、タオルを替えようと部屋を出た。

「あっ、クリノスちゃん! チャイロちゃんの様子はどう?」

少し進んだところで見知った顔に出くわした。換えのタオルや湯を張った桶を手にしたアリシアは、いつもののほほんとした表情を曇らせている。
なんでも彼女の話によれば、ユカがいつ来てもいいよう村で待機していたチャイロをここに招き入れているうちに、すっかり親しくなったということだった。
確かにあの性格なら誰とでもすぐ仲良くなれそうだ――ふてぶてしく雪山草のスープを食べるメラルーの姿が容易に想像できる。
アリシアから荷物を受け取り来た道を引き返す。着いてくる栗色髪に視線だけで振り向くと、彼女は心底しょんぼりした体で眉尻を下げていた。

「ねえ、クリノスちゃん。リンクちゃんたちのことなんだけど」
「村からいなくなってるって、ステラからは」
「そう……気づいていたのね。実は皆が雪山に入ってすぐ、龍歴院から火急のお手紙が届いたのよ」

聞いた途端、先輩狩人はごく僅かに、うんざりとして顔を歪める。読みは当たっていたようだ、それも雇用主に無許可であるところまで。

「渓流にはぐれのガノトトスが来ていたそうなの。強靭な個体で、狩猟に出たハンターさんの何人かが怪我をしたって」
「あ~……龍歴院の緊急クエストだよ、それ。発行直後には被害も出てなかったし、カシワがいなかったから後回しにしてたんだけど」
「あらぁ、クリノスちゃんのところに来てた依頼だったの? だからリンクちゃんたちが駆り出されちゃったのかしら」
「そうなの! わたしがいないからって、まさかリンクに依頼を持っていくなんて。ゆーるーせーなーいー!」

件の依頼が出されていたことは覚えている。しかし、後輩狩人の不在に他の依頼、銀朱の騎士の事情と、方々にてんやわんやしていたこともまた事実だ。
……ユカのしたり顔が目に浮かぶようだった。
ギリィと心底悔しげに顔を歪めたクリノスに対し、アリシアは堪えきれないというように噴き出している。

「ねえ、笑いごとじゃないから! ユカペッコェー、なんでもかんでもわたしたちに押しつけすぎっ」
「そうねえ。ユカはクリノスちゃんとカシワくんのこと気に入ってるみたいだし」
「いらないから、ご遠慮こうむるから。どうせくれるんなら美味しいお酒か、アイツが隠し持ってるレア素材の方がマシっ!」

そうして客間に戻ったとき、二人は笛吹きの狩人がチャイロの額を撫でながら、その寝顔を覗き込んでいる様を目にした。
玉のような汗が毛を濡らし、うわごとめいた朧気な言葉を繰り返している。桶をテーブルに置いて、クリノスもベッドに駆け寄った。

「チャイロ? どうかした、何か欲しいものでもある?」
「……が、ティガ……」
「ティガ? ……さっきのティガレックスのこと?」

低い声で一度唸ると、メラルーは勢いよく跳ね起きた。ぎょっとしたステラを余所に寝具から降りようとするのを、すんでのところで制止する。

「行かねーと……ティガのアレを、取り返すんだ……」
「いやいやいや、落ち着きなって! その怪我で何が出来るの、返り討ちに遭うだけでしょ!」

もがき、暴れる獣人の眼は焦点が合っていない。まともな状態とはとても言えなかった。
両腕で押さえ込み落ち着かせようとする刹那、クリノスの横からアリシアが急に手を割り込ませ、チャイロの口に何らかの固形物を無理やり押し込んだ。
直後、二人の狩人はまたまたぎょっとしてたたらを踏む。口に入れられた何かを噛んだメラルーの顔が、みるみるうちに青くなり出したのだ。
両手で口を押さえ、両足をばたつかせ、珍しく涙眼になりながら、彼は激しくその場で悶絶した。

「あらぁ。にが虫って混乱を解くのにいいって聞いたんだけど、本当なのね~?」

女の間延びした声には、害意やわざとらしさが感じられない。それが逆に怖い。苦い視線を投げるクリノスに、アリシアはにこにこと人の好い表情を返す。
コップを渡されたチャイロは一気に水を飲み干したが、口内に広がる苦みがあんまりだったのか、再度悶絶し直した。
……ここまでくるとわざとなのかと思えてくる。うぅん、と短く唸った双剣使いに、メラルー側は自ら片手を挙げ、ツッコミその他諸々をしないよう促した。

「チャイロ……大丈夫? 色んな意味で」
「深くはツッコまねーぞ、クリノス。あぁ……なんとか、頭が冷えた心地だニャ」
「うふふ、にが虫エキスで健康にもバッチリね!! なんなら夫特製の青汁ドリンクも……」
「いらねーニャ! 間に合ってるニャ!! どっか行ってろニャ!!」

チャイロが語尾を崩しきるのは珍しい。あら残念、とアリシアが退出した後も、彼は背中の毛を逆立てて栗色髪を警戒していた。
気休めになれば、と置かれた籠からリンゴを取って皮を剥く。そっと差し入れてみたところ、これまた珍しくメラルーは素直に赤色果肉の来禽を口に運んだ。

「この辺でしか栽培してない品種なんだって。ドドブラリンゴっていうんだよ、知ってた?」
「ユカがたまに土産にくれた。つーか、オレだけじゃなくオミャーらも食っとけニャ。気ィ遣ったんだろーが、こんな量オレひとりじゃ食いきれねーニャ」
「……だって。ステラもいる?」

無言で頷く笛吹きを椅子に座らせる。サクサクと果物ナイフを動かしてリンゴを二個剥き終えると、クリノスもさっさとピースを口に放った。

「噂には聞いてたけど、ほんとに果汁まで赤いんだねー。防具、汚せないなあ」
「これ、ドドブランゴと掛けているんでしょう。面白い言葉遊びだね」
「ステラ……透かして見てないで早く口に入れちゃいなよ。果汁すごいよ? このリンゴ」

案の定手のひらを真っ赤に染めて慌てる旧友にタオルを放り投げ、二切れ目を口に入れる。メラルーに向き直りながら、んで、と双剣使いは口火を切った。
視線が重なると同時、チャイロは肩を跳ねさせる。変わらず額を汗に濡らしているが、視線が泳ぐあたり、傷が痛むだけではないのだろう。

「ティガってなに、チャイロ。さっきのティガレックスのことじゃないんでしょ」
「……も、黙秘するニャ」
「はあ? 黙秘って! あのねえ、わたしがユカみたいな、反抗期をこじらせた尋問官にでも見えてんの?」

背後でステラが噴き出した。クリノスは気がつかなかったふりをする。

「こっちだって無傷ってわけじゃないんだから。責任くらいとってよねー」
「クリノス……そ、それ、ごっ、語弊がある言い方……」
「マカ壷に入った人は黙ってて。どーしても言いたくないなら、それでいいよ。その代わり今度ユカに会ったとき、脅して聞き出すから」
「んなっ……バカ、オミャー、ユカがそんなちゃちな脅しで口を割るワケねーだろ!」
「ほぉん? そういうこと言う? ユカの弱点なんかとっくにお見通しだもん、手なんていくらでもあるんですぅー」

ぐぬぬともうぬぬとも言えない声で唸る獣人に、双剣使いはツンとそっぽを向いてみせた。そのまま彼のことは放置して、果実を食べることに専念してみる。
しばらくベッドの上で黙りを決めていたチャイロだったが、皿の上のドドブラリンゴがなくなる頃には観念したように顔を俯かせていた。
事情を吐くまでは恐らく部屋から出してもらえない……そう踏んだのか、苦い顔でメラルーは二人の狩人を仰ぎ見る。

「ティガは……名前のまんま、ティガレックスのことニャ。昔、オレがまだ旧砂漠で野良メラルーをやってたときに、タマゴから孵ったのを保護したんだ」

それからチャイロは、かつて故郷のデデ砂漠で起きたことをぽつぽつと語って明かした。
老いた恐暴竜が出現したこと、轟竜幼体と出会い、準成体にまで育て上げたこと。更には、密猟者の介入で彼とは死に別れる結果に至ってしまったこと――

「――ユカとはそのときに会ったんだ。アイツはオレにとっちゃ命の恩人で、ティガの見送りに立ち会った同朋……みてーなもんだ。だから今も一緒にいる」
「驚いた……わたしもモンスターを道楽で飼う貴族を見たことがあるけど、実際に成長に関わることってそうそうないから」
「そっか。ステラは貴人出身だもんね」
「……クリノス、オミャーはそんな、驚かねーんだな」
「えっ、なんで?」
「なんでって……オミャーはモンスターの扱いには人一倍神経使ってただろ。野生のモンスターに手を出したんだ、なんか文句でもあるんじゃねーかって」

チャイロの言うことももっともだ。
しかし、銀朱の騎士が相棒の過去を秘匿している時点で、ティガのことはギルドの中でもデリケートな話題として処理されているのではないかと予想できる。
そもそも、当時も今も彼らと無関係の自分が言えることなど何もない。思い出は思い出として大切に保管していればいい――クリノスは小さく息を吐いた。

「わたしはまだ出会ったことないんだけど、この世界のどこかにはライダー、っていうモンスターと苦楽を共にする民族もいるっていうし。別に驚かないよ」
「だ、だけどな!」
「気にしなくていいんじゃない? 『モンスターを乗りこなすメラルー』、斬新で格好いいと思うけど。わたしは悪いことだとは思わないよ」

「むしろチャイロはニャンターっていうより、元からライダー寄りのキャラじゃないの」、そう付け加えた直後、クリノスはぎょっとして目を剥いた。
いつの間にか、チャイロはぽたぽたと涙をこぼしている。先に気がついたステラが絹製のハンカチを差し出していた。

「泣かないで、チャイロ。あなたがやったことは、あなたの自己満足で終わる話じゃないでしょう」
「いや、ステラ……チャイロもそんな、泣かないでよ。その、ティガくん、だっけ? その子だって、チャイロがずっと泣いてたら心配しちゃうでしょ……」

吐露したことで懐かしさに負けたのか、それとも、思いがけず亡き友を偲んだのか。しばらくの間、茶色の毛並みは体を丸めて震えるばかりだった。






「ティガレックスっていったら獰猛なモンスターの筆頭だけど……チャイロもよく仲良くなれたよね? それともティガくんが特殊な個体だったのかな」
「どうだろうねえ。人間にも色々いるんだし、モンスターにも個性的な仔がいたっておかしくないんじゃないかな?」

夜、チャイロが眠りに就き直し――かつ、笛吹きが誰よりも早く爆睡を決め込み始めた、村が落ち着く頃の時間帯。
クリノスは風呂上がりのアルノーに呼び出され、彼と晩酌の席に着いていた。
突然呼ばれた理由に心当たりは、ない。勧められるままにグラスに口をつけてみると、以前ベルナ村でユカにご馳走になった度数の高い酒と同じ香りがした。

「ん、美味しい! これ、前にユカが飲んでたやつだ」
「ユカが? そうか……そうなら嬉しいな。あの子に料理を教えたのはアリシアだが、酒やコーヒーを覚えさせたのは俺だから」

クリノスは一度だけ目を瞬かせる。どこか寂しげにものを言うアルノーの僅かに伏せた表情は、時折銀朱の騎士が見せるものに似ているように思えたからだ。
ぱっとボトルを掴んでグラスに酒を注いだ。はたと顔を上げた茅(かや)色と目が合う。戸惑うような顔の男に、いいから飲みなよ、と促した。

「ユカは仕事してないと死んじゃう病だけど、別にこの家やあんたたちを嫌ってるわけじゃないと思う。でなきゃ、お酒もコーヒーもやめてるはずだし」
「……あの子は……俺たちを嫌っていない、と?」
「や、わたしがそう思うだけだけど! ユカはさ、もっとわたしや……カシワにも、ちょっとくらい? 感謝した方がいいんだよ」

ふんと鼻を鳴らして酒を口に運ぶ。いつの日か味わったほろ苦さに甘み、次いで透き通るような清涼感が、心地よく口内を滑っていった。
直後、脳天まで突き抜けると思わせるほどの強いアルコールの感覚もたまらない。頭を振っていると、アルノーも倣うように酒を楽しんでいるのが見えた。
……どうせなら楽しく飲んだ方がいいに決まっている。僅かに口角を上げた女狩人を見つめて、茅色の村人は目尻を下げて柔く笑った。

「それで? 呼び出したからにはただの飲みってわけじゃないんでしょ。なにか分かったの」
「鋭いな……例の雪山に現れたティガレックスの続報さ。先ほど調査員から一報が届いた。ギルドの情報と照らし合わせて、俺なりの仮説を立てたところだ」
「仮説、ねえ……どうだったの? 足の速さに攻撃力の高さ、どれをとっても普通じゃなかった。あれが普通の轟竜でしたーなんて言われたら、」
「『獰猛化個体』。俺たちは、ああいった連中をそう呼んでいる」

酒気を楽しむ気分が急激に冷えていく。訝しむような表情を浮かべたクリノスに、アルノーは小さく頭を横に振った。

「最近になって散見されるようになった、特殊個体の総称さ。赤黒いオーラを纏っていて、特にその部位から繰り出される攻撃が異常に『重い』のが特徴だ」
「じゃあ、あれって……あのとき、チャイロに噛みついたとき」
「クリノスさん?」
「多分、本人的には『ポーチを奪えたらそれでいい』って考えだったんだよ。チャイロの命までは気にしてなくて……自分でも加減ができなかったのかも」

向かい合う相手が目を見開き、二度瞬きをしている間にも、狩人はひとり思考を忙しなく巡らせる。
牙が背中を掠め、ポーチごと親友の形見を奪われた野良メラルー。包帯を替える際に一度傷を見せてもらったが、あれは急所を狙ったような傷ではなかった。
むしろ、秘密のポーチだけを狙ったにもかかわらず勢いや威力を削ぎきれなかった、と見た方が正しい。
チャイロの体表を撫でるようにかすめたティガレックスの噛み跡は、獣人の体に穴こそ穿ったもののぎりぎり致命傷には至らなかったのだ。
予想は予想に過ぎないけど、言葉短くそう付け足して、双剣使いは顎に自身の手のひらを押し当てる。

「あの巨体だし、メラルーくらい殺そうと思えばいくらでもできたはずでしょ。アルノー、獰猛化個体って攻撃力や凶暴性が強まるだけ、って見解なの?」

クリノスの真剣な問いかけに、アルノーは言葉を返さないまま首を振るばかりだった。情報不足か調査中か――もどかしさを覚えて、先輩狩人は口を結ぶ。

「だが、ハンターズギルドも龍歴院に支援を申し出ている。今後は発見された獰猛化個体の狩猟依頼も回ってくるかもしれない」
「うわぁ。それはちょっとこう……ユカかカシワにでも、いい感じにさばいてもらうってことで」
「彼らの体液や素材は、複雑に内部で変化を遂げているようでね。武具の強化にも一役買えるかもしれないんだが」

「結局は素材として見なされる末路か」。喉から出かけた言葉には向けてやれる先がない。唇を結んだクリノスにアルノーは言葉を続けた。

「このことはユカも把握しているはずだ。そのうちひょっこり、チャイロくんの具合を見にここを訪れるかもしれない」
「あぁー……ありそう、なんかもう、すっごくありそう。今すぐありそう」
「そういう子だからね。仲間を見放せない質というべきか……そうそう、それと。別件の渓流の水竜なんだが、俺の古い友人に協力を要請したところなんだ」
「そっか、渓流の水竜……って、いきなり話ズレすぎ! なんなの……それに旧友って、あんたの狩り友ってこと? けどリンクやアルくんが」

男は矢継ぎ早に疑問を浴びせる狩人の口に、手元の皿から取ったチーズを放り込む。
むぐ、と声を詰まらせるクリノスだったが、このチーズにはベルナのチーズフォンデュとはまた違ったまろやかさと塩味、さっぱりした風味が含まれていた。
ころころと口内で転がし、気が向いたときに噛み味わっておくことにする。話題を急に逸らした茅色の村人は、女狩人の様子に満足げに頷いた。

「彼には、リンクくんたちの助太刀を依頼した。今頃現地で合流できているはずだ。そう、腕は立つ男なんだ。腕は……うん……」
「……ちょっと待って。かなり気になる間があったんだけど? リンクに何かあったら承知しないからね?」
「ああ、それは恐らく大丈夫だ。やたら軽い男なんだが、狩りに関しては手練れの部類だから」

それは暗に「狩り以外のことは軽い性格故に難あり」と言っているも同然なのだが、アルノーに自覚はあるのだろうか。
うぅん、とたまらず短く唸ったクリノスに、男は苦い笑いを返してみせる。

「だからリンクくんたちのことは心配無用だ。俺はもう少し、件の轟竜について調べてみよう。クリノスさんはチャイロくんのことを気に掛けていてほしい」
「言われなくても、そうしますぅー。あぁ、せっかくの酔いが醒めちゃった」
「飲み直すかい。まだ酒はあるのだし」
「んー……ありがたい申し出だけど、やめとく。ユカが帰ってきたら一緒に飲みたくて、とっておいたボトルでしょ?」

さっと席を立ち、ごちそうさまー、と礼を告げようとした矢先。クリノスは、アルノーが目を見開いて固まっている様を見出して目を瞬かせた。

「自覚なかったの? そのお酒だってユカの好物っぽかったし、わたしからユカの話を聞き出したかった気持ちも少しはあったんじゃない?」

半ば呆然とする茅色の村人。完全に硬直したかと思われた男は、おーい、と先輩狩人が彼の眼前で手をひらつかせた瞬間びくりと肩を跳ねさせた。
その反応に同じく一瞬肩を跳ね上げさせて、クリノスは訝しむような視線を向ける。それをも仰ぎ見たアルノーは、そうか、とぽつりと小さな声で呟いた。

「なるほど、そうか……ユカが、アリシアが君を気に入るわけだ」
「そうそう、ユカが……って、はいぃ? なにそれ、なんでそんな結論になってるの?」

彼の言わんとすることが理解できない。困惑、更には引き気味に後ずさる双剣使いに、アルノーは苦い笑みを投げかける。
当人は自分の中で何らかの答えを見つけでもしたらしいのだが……何度かうんうんと一人首肯する様は、何やら妙な危機感を感じさせられた。
彼といいアリシアといい、彼らがあの仕事人間に施した教育とは一体どのようなものだったのだろう。
ユカの性格には彼の過酷な過去が影響しているのだろうが、ひねくれた性分を振り返るに、それだけが原因とは決して言いきれないような気がしてしまった。

「あー……じゃあ、わたしはもう寝るから。よく分かんないけど変なこと考えないでよね。ユカに事細かくチクるのもナシだから!」

ビシッと厳しく言い渡した後で、反論も待たずにあてがわれた寝室に急いで向かう。
二つあるベッドのうち、窓際から離して置かれた寝具の上ではすでにステラが気持ちよさそうな寝息を立てていた。最早、呑気だなあ、と苦笑するよりない。
念のためにと最低限身に着けていた腰、脚防具を外して、剥ぎ取りナイフも壁際に立てかけておく。
替えのインナーにさっと着替えてから、クリノスはふと、窓の外に青白いまんまるの月が出ているのを見つけて目を細めた。

「チャイロの怪我、治るといいなあ。あとユカには何かバチが当たれ。当たってしまえー」

連絡も寄越さない、安否も告げない、だというのにクエストについてだけは受注を急かしてくる……あの男はこちらのことをなんだと思っているのか。
むう、と唇を尖らせた直後枕を両手で掴み、一度だけボフンとベッドに強く振り下ろした。モヤモヤはごく僅かにしか晴れない。
仕方なしに、クリノスは寝よ寝よ、と布団の中に潜り込んだ。シーツや枕カバーからは、アリシアが気を利かせたと思わしき薬草の類の心地よい香りがした。

「明日、またチャイロの具合を見てー……もう一回、カシワがどこにいるのか龍歴院を突っついてみようかなあ。あいつ、ほんと今頃何やってるんだか」

ほどなくして眠気がやってくる。ふわあ、と大きなあくびをした後、クリノスは酒気や香草の深層に埋もれるようにして目を閉じた。
よく晴れた狩猟日和だ。明日もきっと、狩りをしやすい天気になるのに違いない。

……このときクリノスは、オトモたちの助太刀に向かったとされたハンターが何者であるのか、アルノーに聞けずにいた。
その男が自分に遠からず縁がある人物であることを、彼女は知らない。





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 UP:23/10/29