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モンスターハンター カシワの書 上位編(22) BACK / TOP / NEXT |
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はじめに、枯れ草色の肉を選んだ。長い毛が煩わしかったが、皮や肉ごと飲み込んだら気にならなくなった。 砂と青だらけの平原にいた泥色の肉より柔らかくて、うんと喰いやすい。なにより血肉の味が濃くてオレ好みだ。「はるばる追ってきた」甲斐があった。 次に、連中に混ざるように隠れていた白いふかふかした毛玉を掘り出した。躊躇いなく噛みついた。 肉の味が違う。思いのほか柔らかかったが、旨みだけでいうなら枯れ草の方がオレ好みだ。なにより小さくて食べ応えがない。悪くはないが、それ止まりだ。 そうして一通り吟味したところで、山の奥から近辺のヌシと思わしきバカでかい図体の獣が姿を現した。 ……そこからの記憶はあいまいだ。長いなにかが吹っ飛んできたと思ったら、オレはぶっ飛ばされていた。 このへんの地面は冷たくて、体が埋もれるから嫌いだ。オレが白い土を掻き分けて這い出るのをあざ笑うように、ソイツは大声で喚きながら暴れて回った。 よくよく耳を懲らせば、オレに何かを『返せ』と言っている。 『知ったことか――』 ――『返せ』とは。オレがここまで足を運んだのと、オマエは同じ理由で動くのか? よくよく鼻を動かせば、先の白い毛玉とアイツは本当によく似た臭いをしている。コイツらは親子だったのか……だから、なんだ。 この世界じゃ狩られる方が悪いんだ。狩るか狩られるか、喰うか喰われるか。つまるところ弱い方が悪いんだ、オレはそれをよく知っている。 牙を剥き、不動の肉に食らいつく。弾かれ、蹴られ、踏まれ、オレはどうにかキシカイセイの策を見出そうとした。 ――お前は、力が欲しいのか 何度目かの踏みつけをモロに受けて、放られた氷の塊に吹き飛ばされて、もしかしたら負けるかもしれない、そんなことを薄ぼんやりと思った瞬間。 倒れ伏したその先で、視界の端で、昏く光るなにものかが、オレに力強く囁きかけた。 ――護りたいものがあるのか。ならば、私の手を取るといい 煌めいたのは、輝いたのは、銀光に濡れた何らかの破片だった。大地を穿ち、大穴をこじ開けた中央で、冥い空にも構わず星明かりを照り返す神秘の破片。 オレは躊躇いなくそれに手を伸ばした。力が欲しいか……そんなもの、答えは端から決まっている。 オレから大事なものを奪ったアイツから、それを取り戻さなければならない。そのときまで、こんな獣にだって大敗するわけにはいかない。 手に破片を握り込んだとき、恐ろしい痛みが一気に全身を貫いた。見知らぬなにものかが体内に入り込み、血の筋から、内側からオレを食い破ろうとする。 絶叫する最中、オレの体が全て丸ごと一息に、塗り替えられる……作り替えられる感覚があった。力が腹の底から湧いてきて、頭が熱くなって、眼が灼けた。 ――この力は、私と彼女……彼らのためにあるものだ。我らのための誇りだ……誰ひとりとて、お前を手折らせはしない…… なにものかが内側からオレに囁く。怨念のような、呪詛のような、祈りのような、願いのような、まだるこい言葉を忙しなく語りかける……だから、なんだ。 オレはオマエが誰であるのか知らない。オレの目的と理由は誰にも明かさない。オレは奪われたものを取り戻すことが出来たら、それでいいのだ。 大きく開いた口から、オレのものとは思えない恐ろしい声が吐き出された。暑い、熱い……からだが灼ける。灼け焦げて何も残らなくなる。 オレは誰だ。オマエは誰だ? 錯乱したように牙を剥き、駆け出し、自慢の大顎で噛みつけば、なんとあのバカでかい獣の肉を食い破ることに成功していた。 『力だ……チカラだ! これなら、アレを奪い返せる!!』 獣は未だ、なにごとかを喚いていた。泣き崩れていたかもしれない。オレはそれに構わず、カッカと燃える体を翻して駆け出した。 今ならなんでもできそうな気がする。どんな獣にも、竜にも、なんなら天を翔る赤い星にだって追いつける気がした。 腕を広げ、懐かしいニオイを追って空へ飛び出す。奪われたものはすぐ近くにある。オレはそうして、白い化粧を被った山の一番のてっぺんへと降り立った。 「……ティガレックスとか! こんなっ、カシワみたいな運いらないんですけど!? なんか黒いしっ!!」 眼にしたのは、二足歩行の雌がひとりきり。しかし……いや、匂う。オレの知る大事なものは、すぐ近くまで来ている。 この間までは何度か行き違っていたハズだが、今日に限っては足取りの気配さえしっかりと嗅ぎとれる。 人間は群れる生き物だと聞いていた。ならば、あの雌はアイツの仲間なのか。あれを餌におびき寄せれば、すんなり姿を現すかもしれない。 ひとたび威嚇してやれば、雌は耳を塞いでたちどころに固まった。力が湧いてくる。眼が灼ける。オレは、血が沸き立つままに前へ、前へと踏み出した―― 「――はい、回避ー! あぁあああもうっ!!」 フラヒヤ山脈、通称、雪山。第八番エリア。この狩り場においては最高度に位置する雪原で、龍歴院つきの双剣使いは一人激しく苛ついていた。 理由は言うまでもなく、前触れもなしに現れた乱入者だ。温暖期の砂漠を思い出させる黄色の鱗に青の縞模様、銘に相応しい音を放つことを可能とする大顎。 轟竜ティガレックス。確かに自分たちはそれを想起させる痕跡を追って登山して来たのだが、何もいきなり乱入するとは云々かんぬん。 ギイーと罵声代わりの絶叫を上げて、クリノスはたった一人の自分を鼓舞するべく得物を抜いた。晴れ空の下、銀朱と裏葉の二色が宙に火の粉の軌跡を描く。 「ッスゥ、ゴガァアアアア!!」 「二回もっ……吼えなくても、聞こえてるから!」 雪化粧に滑らかな弧を描くのは彼女だけではなかった。ぐんと前脚を伸ばして、轟竜が強襲の体勢に入る。 その怖さを知るクリノスは、あえて一歩も引かない。一、二年ほど前に臨時雇用で参加したキャラバンの旅の道中、遺跡平原で何度か相手にしているからだ。 「ンうっ! スレスレ!!」 地を蹴り、二回転を挟んで回避。振り向きざま、頬から弾け飛んだ冷たい汗とティガレックスの後ろ脚が交錯する。 気づいてか、彼の竜は前脚を駆使してブレーキをかけ体勢を反転させた。すぐさま折り返して駆け出す巨躯に、双剣使いは一時得物を納刀して舌打ちする。 「相っ変わらず、強引っていうかスマートじゃないっていうか」 「ガアッ!!」 「まあ、そこがあんたの魅力でもあるんだけどさ」 暴風か竜車騎(チャリオット)か。迷いなく突き進むこの飛竜は、その速度や体格によるダメージだけが脅威となるわけではない。 眼前に迫りくる大顎に無数の牙、青の眼光が、対峙するハンターの足を恐怖に竦ませる。「当たればただでは済まない」、その理解が大地に足を縫いつける。 経験が浅い初心者だけでなく、ベテランすら震撼させる絶対強者。本能を刺激するというその強大な存在感こそが、轟竜らの真髄といえるのだ。 安易なガードは気力を、安全圏へ逃れようと焦れば折り返しによる追撃を……とかく、この竜については小細工が利かない。 「――クリノス!!」 「チャパー! 弟子ぃー!」 「子分ー!!」 「だから、遅いってば……あ、ステラにしては早い方か」 パッと鼓膜を打つ音が来る。振り向きもせず、飛び込み回避を終えたクリノスは雪にダイブしながら片腕を天に突き出した。無事を知らせる挙手の代わりだ。 吹雪と入れ替わるようにして駆けつけた笛吹きが得物を抜く。磨かれたあまり黄金の艶を跳ねさせる鐘は、リオレイア素材の狩猟笛だ。 ご自慢の武器を一見は細い腕でぐんと力強く回して、ステラが援護の姿勢に入る。 彼女の左右に分かれた奇面族たちもまた、一族伝来の舞踏――ネコ飯に同じく、補助効果つきだ――を披露すべく、各々の好ましい位置に走り出していた。 「ステラ! このティガレックス、様子が変だよ! 深追い禁止だからっ!!」 旧友からの返事はない。人の話聞いてんのかな、融けかけた雪を吐き出して、双剣使いは口内でぼやいてから得物を抜き直す。 ガチンと威嚇代わりの空噛みの音が響き、視線は一気に主役の元に集まった。轟竜は四方に散らばる敵の様子を、身を低くして観察しているようだ。 (はあ、賢そうな顔してるなあ) 風を従えるような、心を鼓舞する高らかな音色が鼓膜を揺する。手始めに持久力継続効果を奏でた笛吹きが、すぐ隣に駆け寄ってきた。 互いに目配せする。ステラも目の前の竜の異常さには気がついていたようで、半開きの目に強い緊張の色が浮いていた。 煙……黒煙か噴煙だ。ティガレックスの頭や爪先に赤黒いオーラが立ち込めていて、まるで彼の内部が火炎嚢そのものに変貌したかのように灼け続けている。 ただでさえ凶暴な眼差しが暗赤色の中でより凶悪に輝き、獰猛さの具現とも呼べる爪や脚が余計に強靭な造りに見えてくる。 その様は、姿は、肉声は、ただただ恐怖でしかなかった。過去に出会った、どの轟竜とも違う―― 「――『狂竜化』してるわけでもなさそうだしなあ」 「クリノス。なにか、知っているの」 「知るわけないでしょ。わたしが識ってるやつより全然、紳士じゃなさそーって話」 って言ってもメスの可能性もあるけど、軽口は突き出された轟虎の前脚による一撃でどこぞに投げ飛ばされた。 片腕を動かしたティガレックスは、足元を埋める雪を地表もろとも掘り返し、弾丸のように狩人たち目がけて突き飛ばす。ドドブランゴにも見られた動きだ。 雪玉そのものは大きく速度もあるが、目で見た後なら避けようはある。左右に分かれて跳んだ二人は直後相手が動く気配を見出し、なお飛び退いた。 「真ん中!」 「あ、これナルガクルガのやつ……」 轟竜跳躍。飛竜の血脈に恥じない、軽やかで柔らかな飛び掛かりだ。枝から剥がれた木の葉が北風に遊ばれるように、巨躯が宙に孤を描く。 着地と同時、突き出された顎がガチリと牙を鳴らした。爛々と燃える眼が何者も存在しない空間を見つめている。 誰かに、何かに怒っている……クリノスは彼にそんな印象を持った。ぐると振り向いたティガレックスは、そのまま一歩踏み込みその場で旋回する。 竜鱗に覆われた強靭な皮、骨と筋肉そのものを鎧として纏う竜の、死角なき全力の体当たりだ。退がっていなければ今頃全身の骨を砕かれていたに違いない。 「ヂャッパ! イケイケドンドン!!」 「ミラクルスパイシーダンスっンバ!」 左右それぞれ、隣接するエリアに逃げ道のようにして繋がる細い山道の前で、チャチャとカヤンバは見事にシンクロしきった動きで踊りを終える。 途端、胸に火が点くような高揚感が湧いた。狩人たちは互いに得物を持つ手に力を込め頷き合う。奇面族伝来の、攻撃力補強の舞だ。 「『撃退』狙いでいくよ! ステラ、さっきも言ったけど」 「深追い禁止、でしょう。分かってるから」 「弟子! こんなやつ、オレチャマたちと一緒なら怖くないっチャ!」 「子分~!! 思いっきりやってやるンバ!」 双刃が火を噴く。鐘が煌めく。クリノスは横一直線に独楽(こま)のように円を描き、ステラは高く掲げた鈍器を縦に振り下ろした。 表皮に、縞模様にそれぞれの手が届く。鈍い手応えが返され、得物の火力不足と狙いの良さを同時に実感させられた。 自分も旧友も、腕を鈍らせてはいない――その確信は持てている。しかし……双剣使いはそのとき、強い違和感を覚えてはっと視線を頭上に滑らせた。 「――おりゃぁニャーッ!! 『地中まっしぐらの技』ァ!!」 「って……ちゃ、チャイロォ!?」 予感的中! この状況で乱入者が現れたのだ。見知った姿であったのでますます混乱させられた。 陽光の下、空中に勢いよく飛び出した茶色の毛並みが逆光を透かし取り、ほんの一瞬全身を黄金一色に輝かせる。 突然の割り込みに思わず追撃を止めたクリノスの前で、雪を器用に掘り進んできたメラルーはティガレックスの頭に、ピックによる強烈な一撃を叩き込んだ。 言うまでもなく、乱入者の正体はチャイロだった。飛竜が怯んだ隙に飛び退いて、得物を回して構える様は型だけはちゃんとしている。 (いきなりなんなの!? 着いてくるだけ、って言ってたのに!) 彼が何を考えているか分からない。しかし、それを咎めていられる状況でもなかった。 同じく頭部狙いで間を詰めていた笛吹きも手を止めている。もっとも彼女の場合、次に起こり得る事態を予想して警戒態勢に入っただけなのかもしれないが。 「……クリノス……その子、退がらせて!!」 「ああっ、もう! チャイロっ、あとで詳しい話聞かせてもらうから!!」 ステラの声には明らかな怒気が滲んでいた。乱入されたことよりも、危険性を顧みずに攻撃を加えたことに対する非難である。目が燃えていた。 怒声に肩を跳ねさせたチャイロを問答無用で拾い上げる。岩壁の近くで降ろしてやるも、メラルーは納得がいかないという顔でこちらを睨み返す始末だった。 「あのねえ、チャイロ。あんた、クエストの受注参加はしないんじゃなかったの?」 正直なところ、クリノスは驚きを隠せなかった。 相棒のユカに常に口うるさくしている彼自身が、狩りのルールを軽視して動いている。その切羽詰まった表情といい、ただごとではない。 強引に着いてくる根性や轟竜相手に立ち向かう剛気は大したものだが、無茶と無謀は似て非なるものだ。 理由があるなら、と双剣使いがやんわり問いかけてもチャイロは黙りを決め込んだままだった。逡巡するように視線が足元を這い、顔を上げようともしない。 「あのさ、チャイロ。とにかく今は――」 「――ゴガアァアアアアッ!!」 「!? えっ、何……」 そのときだ――これまでにない凶悪な咆哮を上げて、ティガレックスが突進の体勢に移る。 はっとして振り向いたふたりだが、その視界の先で旧友たちがまとまって轟竜を止めようとし、逆に返り討ちに遭っている様を見た。 ステラは狩猟笛ごと巨体に弾かれ吹き飛ばされ、援護に入ろうとしたチャチャとカヤンバは綺麗な孤を描いて雪上にその小柄な体を埋めている。 ステラ、無意識に叫ぶ自分の声がずいぶん遠くに聞こえた。気がつけば、目と鼻の先に眼を充血させた巨躯が迫りつつあった。 全身の血管は赤く浮き出し、鼻息は荒く、放たれる殺気も気配も刺々しい……「怒り状態への移行」だ。激突されればただでは済まされない。 避けるか斬るか、悩んでいる暇もない。チャイロを突き飛ばし、一転、クリノスは強引に回避に臨む。 「……! オミャー、オレ狙いか!?」 双方、左右に分かれてからの雪原ダイブ。冷たさに全身を沈める最中、クリノスは自分の身がまるで無傷であることに気づいて顔を跳ね上げさせた。 あのティガレックスは……こちらに見向きもしない。「逃げ続けるメラルーだけを追い回し」、ひとり勝手に怒り狂っている。 「どういうこと……なんで、チャイロ狙い?」 理解できない。どちらかといえば、よりダメージを与えていたのはこちらの方だ。 轟竜は何度も吼えながら、なんとかチャイロを仕留めようとしつこく走り続けていた。チャイロもチャイロで懸命に逃げているが、相手は大型モンスターだ。 体力はもちろん一歩ごとのリーチの差もあり、持久力にも俄然優れている。追いつかれるのは時間の問題だった。 (おかしい……なんで? そもそも『いつ』怒ったの、あいつ) 立ち上がり、間に入ろうとして息を漏らす。体が酷く震えていた……ホットドリンク切れだ。 チャイロのことは気掛かりだったが、これではまともな狩りができない。苦渋の思いで砥石と数種類の瓶を取り出して、武器をケアする傍ら、薬をあおる。 息を吐く頃には、旧友も狩猟に復帰しつつあった。エリア全体に目を走らせて、クリノスは未だ執拗にチャイロを狙う轟竜の背中を見やる。 「……クリノス」 「わっ、ステラ! あんた、大丈夫?」 「わたしは……平気。それより、あのティガレックスだけど」 「うん。なんか、チャイロに夢中なんだよね。ナメられてるって思ったのかな、結構、執念深そう……」 話していて思った。あの飛竜は何故チャイロに執心するのだろう、と。 旧友の視線に頷き返す。今は考えごとをしている場合ではない。奇面族たちの無事も視界の端に収めながら、二人はすぐさま駆け出した。 「ちょっと、こら! なに、弱いものイジメしちゃってんの!!」 「クリノス、閃光玉!」 鬼人化をかけて後ろ脚を斬りつけると同時、笛吹きが投擲した閃光玉がティガレックスの目の前で眩く爆ぜる。 ゴアッ、動揺の悲鳴を上げてその場で立ち止まった巨躯の横をすり抜け、双剣使いは先と同じようにメラルーの体を引ったくるようにして奪還した。 「チャイロ、チャイロ! ちょっと、大丈夫!?」 ダメージは……思っていたほどではない。実際、肩で息をしながらもチャイロはこちらの呼びかけに首を大きく縦に振ってみせる。 ほっとしたのも束の間、落とし穴の設置を試みていたステラが真横に駆けつけ、クリノスと目を合わせた。 首が横に振られる。罠の設置は間に合わなかったか、掛かるか分からない微妙な場所への設置になったかのどちらかだ。無理もない、先輩狩人は歯噛みする。 相手は怒っているのだ、目くらまし程度では大した時間稼ぎにもならないことは、あらかじめ予想していた。 「ゴガァアアアア!!」 轟竜咆哮。チャイロを奪われ、姑息に閃光を浴びせられたことで、彼の怒りは頂点に達している……ように見える。 メラルーを奇面族たちに預け、クリノスは再度鬼人化をかけて駆け出した。肉薄する刹那、ギロリとこちらを射抜く青の眼と視線が重なる。 狩れるものなら狩ってみろ――何故か、そんなことを間近で宣言されたような気になった。 「って、依頼も出てないのに狩らないから! さっさと、どっか行って!!」 大人げなく大声で言い返し、がら空きの頭に刃を叩き入れる。額、眼球の横と、左右対称にハの字を描いて緋が走った。 悲鳴を上げ仰け反る最中、轟竜はまたも双剣使いを強く見返す。砂漠で確認される地底湖――賢さを抱かせる印象の眼に、自分の姿がはっきりと映り込んだ。 ――返せ。カエセ、返せ。アレは、オレのものだ 「!? うっ……なに、」 頭部を覆う暗赤色のオーラが一層濃くなり、刹那、クリノスとティガレックスの身を赤黒くいっぺんに塗り潰す。 いつかの「骸の龍」が纏っていた龍属性エネルギーによく似た気配を感じた。しかし、得物や両腕に絡みつくこの煙は龍属性とは体感が異なる。 何者かの――この場にはいない、別の生命の息遣いを感じた。至近距離でそれに見つめられているような心地に陥り、双剣使いは慄いてその場から飛び退く。 ぞっと冷たい汗が全身から噴き出して、辛うじて得物は前に構えたままでいられたものの、強い畏怖の情が手を震わせた。 「クリノス。さがって」 「ステラ……ごめん、ありがと」 異変を察したのか、ステラが双方の間に入る。思った以上にホッとして、双剣使いは一度オトモたちの元に退がろうとした。 「……え?」 そのときだ。笛吹きに行く手を阻まれたはずの轟竜が、その巨体が、ひらりと宙に飛び出した。 先と同じように軽々と跳躍し、悠々と狩り人たちの頭上を越え、いつしか、いつの間にか、チャチャやカヤンバが後退した地点にまで到達している。 「しまった……チャイロ!!」 油断していたとは、とても言い難い。 初見のまま、予測のまま、これまでの経験則からして、本来ならあのティガレックスはステラが仕掛けた罠を後脚で踏み抜くはずだったのだ。 あるいは、笛吹きが鳴らす狩猟笛の音に気を引かれて立ち止まり、彼女としばらくの間やり合っているはずだった。 猶予ならあったはずなのだ。立て直す隙も確かにあった。それなのに、そんな予想を容易に食い破るようにして、まんまと轟虎は獣人に詰め寄れていた。 牙を剥き、顎が開かれ、奇面族たちの懸命な抵抗をものともせずに、茶色の毛並みに凶牙が難なく突き刺さる。 「ッア、あぁあああっ!!」 「このっ……なにしてんの! やめて、離してっ!!」 傷を負わせた後ろ脚に、クリノスは全力でツインフレイムを振り下ろした。功を奏したのか、ギャッ、と短い悲鳴が上がりティガレックスが身を傾ぐ。 その隙に、ステラとチャチャ、カヤンバらがチャイロを拾い上げていた。鮮血が雪原を赤く染め、傷の深さを容易に量らせる。 ぐっと歯噛みした瞬間、眼前の轟竜はぐるんと翼膜を旋回させて、唐突にその場から飛び退いた。チャイロたちにも振り返らず、まっすぐに崖へと走り出す。 「えっ、なに? なんで!?」 「う、ぁ……あぁあっ! お前、オミャー!! まっ、待て! 待ちやがれ……!!」 「チャイロ、どうしたの。落ち着いて……っ」 一転して、ティガレックスはこちらを完全に無視した。自死を選ぶように崖際まで駆け寄った飛竜は、立ち止まると同時にこちらに視線を投げて寄越す。 クリノスはこのときはじめて、この轟竜が口端に何かを引っかけていることに気がついた。 あまりに見慣れた、蔓草と、多少の色糸で編まれた獣人族の秘伝のポーチだ。メラルーであるチャイロが何よりも大切にしていた、自作の仕事道具……。 今となっては見る影もない。強引に噛み千切ったのか、一部の繊維から鮮血が滴り落ち、頼りない糸くずが口元に揺れている。 「『秘密のポーチ』? なんで? どうして、あんたがそれを欲しがるの」 我知らず、先輩狩人は轟竜にそう問いかけていた。まるで答えるようにして、怒りを解いた飛竜が静かな眼差しでこちらを見る。 ステラに抱えられたチャイロだけが、何ごとかをうわごとのように繰り返していた。悲痛な叫びが絶え間なく響き、耐えきれずにクリノスは獣人に振り返る。 「……かえ、せ、返せ……! それはっ、ティガの……オレの大事なティガの、形見だ……!!」 怒りとともに吐き出された言葉に、視線は否応なしに崖際の竜へと向けられた。 言われて気付く。確かに、ほつれたポーチの隙間から微かに黄色がかった何らかのモンスターの爪が見え隠れしていた。 ……ユカは、チャイロの持ち物について何も話していなかった。この場にいない男に強烈な怒り――半分は期待と切望だが、強い情が湧き頭が真っ白になる。 「ティガ? 形見? ……チャイロ! 黙って! あんた、いま喋ると危ないから!!」 「……えせ……返せ。返せって、言って……」 「――喋らないで!! チャチャカヤンバ、ダンスの組み合わせ変えられる? 治療用のっ、出来たら今すぐ!」 「ワチャ……か、カヤンバ!」 「ダダ……エマージェンシーんバ! やるしかないっンバ!」 未だ、クリノスは崖から目を離さずにいた。 ステラたちが応急処置を始めているのに、それに意識を割いてやる暇も手伝ってやる余裕もない。 チャイロはメラルーだ。酷かもしれないが、よほどの致命傷でない限り、獣人種全般に見られる強い生命力でぎりぎりこの場を持ちこたえてくれるはず。 否、今はそれよりも――未だに青い眼はこちらを睨んだままだ。銀朱を見返す眼差しは、物言いたげなほどに真っ直ぐだった。 ――オマエは、なにもかもオレから奪っていった。オレは、それを許さない どこかから、誰かにそう叫ばれたような気がした。それが誰であるのか……直前に「黒衣の騎士」と会話していた双剣使いに、分からないはずがない。 ティガレックスは、ポーチを咥えたまま突如ひらりと身を翻した。なんの迷いもなく崖から飛び降り、直後、眼下から吹き上げた北風に身を任せて飛翔する。 (なんで? どうして……あんたは、どこから来たの。何ものなの?) 翼膜が陽光を透かして飛び去る様は、恐ろしさと同時に気高い美しさをも有していた。 姿が遠退くまで後ろ姿を見ていたクリノスは、影が小さくなって初めて、走り出す。ステラに抱かれるままのチャイロの顔を覗き込み、吐血痕を拭った。 「……爪……オレの、ティガの……」 「チャイロ」 「オレの、ティガの、形見だ……形見なんだ。チクショウ……チクショウ! 取り返す、取り返すっ……あいつ、あいつ……!!」 「チャイロ……チャイロ! もうっ、喋んないの! ユカにチクるからね!?」 白と緋に濡れた毛の向こう、チャイロは意識を混濁させかけている。無言で目を見合わせた狩人たちは、頷き合って傷だらけの獣人をしっかりと抱え直した。 踊り終えた奇面族の二人が先導を買って出てくれる。ことは急を有する――一行は急ぎ、山頂を後にした。 |
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