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モンスターハンター カシワの書 上位編(21)


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「ブッブッブ、その声は弟子二号! オレチャマに会いたすぎてここまで来たのっチャ!?」
「ダダ! ビッグでグレートなワガハイが恋しすぎたに決まってるンバ。モテる男はツラすぎるンバ~!」

しゃかしゃかと頭を振る奇面族と、ぷりぷりと尻を振る奇面族。ステラに話しかけた矢先、二人の間に割り込んだのは見知った人影だった。
龍歴院に所属し、後輩狩人と行動するようになってからというもの、旧友とは何回か狩りをともにしたことがある。
しかし、彼女ともどもこちらの後ろを着いて歩き、モガやタンジアの狩り場では何かとサポートを欠かさずにいてくれた彼らとは久しく会えていなかった。
奇面族の、迷子の子ども。弟子、子分とこちらを呼ぶのはそれだけ信頼し懐いてくれている証だ。クリノスは喜び勇んで、自らしゃがみ彼らに頬を寄せる。

「わぁ、チャチャ、カヤンバぁ。久しぶりだねー!」
「ブ!? だ、抱きつくなっチャ!」
「チャチャばっかりズルいンバ、ワガハイも……ダダ!? ワ、ワガハイは寂しくなかったンバ!」
「はいはい、もー可愛い可愛いー!」

ぎゅうぎゅうと腕に収めて懐かしさに浸る合間、ふと視線を感じて我に返った。言わずもがな、オトモのリンクと……ステラの熱視線である。
ゆるりと振り向いた双剣使いは、笛吹きが心底面白くなさそうに唇を尖らせているのを見て眉間に力を込めた。

「ちょっと待って。リンクならまだ分かるけどなんでステラに妬かれなきゃなんないの」
「クリノス、ずるい。わたしだって、チャチャとカヤンバと仲良くしたいのに」
「あぁ、そっち!? はいはい、仕事の話にしよっか。リンクも来てー」

オトモの手を引き、注目を浴びながら村長の前に立つ。常のように焚き火越しに村の様子を見守る中、竜人族の面持ちは少しばかり強張っていた。

「おや、龍歴院のハンター殿。クリノス殿で……合っていたかの」

頷き返して言葉を待つ。その間隣に立つアリシア夫妻の顔を盗み見るも、どちらの顔にも動揺や焦燥の様子は見られなかった。
ポッケ村の村長は、ステラに何ごとかを話しかけ彼女にポーチを開けさせる。取り出されたスケッチを覗いた瞬間、先輩狩人は声を詰まらせた。
興味本位といった体で首を伸ばしたリンクが、繊細な筆運びのそれを見つけて銀眼を瞬かせる。両隣から覗き込んでいた奇面族たちが、得意げに胸を張った。

「ブッブッブ! 弟子一号の作品チャ。でも、オレチャマの方がもっと上手く描けるっチャ!」
「子分は意外とアートが得意ンバ。モダン、アンド、エレガントっンバ」
「これ、この痕跡。まさか轟竜なんじゃ……旦那さん」

場の空気が凍りつく。居合わせた村人たちの間に異様な緊張が走り、リンクは何かマズいことを言ったのか、と自分の手で口を覆った。
ステラのハンターノートの一ページに描かれていたのは、細く細かい無数の牙で削岩されたと思わしき岩壁の有様だった。雪山で発見に至ったものである。
「轟竜ティガレックス」。原初の竜、即ち始祖に近しい古い骨格を持つ獰猛な飛竜だが、ここポッケ村ではたびたび目撃情報が挙がるとされている。
クリノスは苦い心地で村長と顔を見合わせた。女狩人の言わんとしていることを予見していたのか、彼女は普段は温厚さを滲ませる顔を一瞬小さく歪ませる。

「ふむ、さよう。この噛み跡は、野生のポポを狙って飛来したティガレックスのものとみて間違いないだろうね」
「あー、父さんから聞いたことある。ポポの肉が大好物で、わざわざ砂漠や高原から出張しにくるんでしょ。本能に忠実っていうか、律儀っていうか……」
「ポポ肉、オレチャマもカヤンバも食べたっチャ。タンが絶品だったのチャ!」
「ンバ。焼きより煮込みの方が味が深くなりそう、って子分が言っていたンバ。赤い野菜のスープっンバ。バット、ワガハイはこんがり肉が好みっンバ!」
「赤い野菜? きっとシモフリトマトで決まりニャ。美味しいニャ!」
「……んー……や、あのねー、君たち……」
「村長。痕跡はあったけど本体は見つからなかった。気配も……なんにせよ、調査した方がいいと思うけど」
「ふむ。過去にもあやつの同種が雪山に居座ったことがあっての、そのときは居付きのハンターが討伐してくれたが。今はあいにく、出払っておるのだよ」

喧噪が耳を突いた。村人たちの動揺が手に取るように分かるようだ。
恐らく当時襲来したというティガレックスも、ドンドルマやミナガルデといった主要都市から離れた立地では恐るべき脅威となっただろう。
強靭な顎を操り、バネのようなしなやかな筋肉と柔軟さで狩り場を文字通り縦横無尽に全速力で駆ける飛竜。ある程度の用意がなければ退けることは難しい。
雪山はポッケ村の生命線と聞くが、彼の対象を狩るには一定の腕と狩猟道具が必要だ。龍歴院の飛行船事業が歓迎されるはずだと、クリノスは小さく頷いた。

「要は、わたしたちに下調べに行ってほしい、ってことでしょ。さすがに相手が飛竜じゃあねー」
「わたしたちは学者や研究員ではないの。だから、もしかしたら調査内容に不足が出るかもしれない。それでも構わない?」

考えていることは旧友も同じだ。安堵する傍ら、ポッケ村の村長は大きく頷き首肯する。

「もちろんさ。調べてもらえるだけでもありがたいよ。本当なら、ヌシらではなく村の若い衆か教官に頼みたいところだが……」
「出払ってるんでしょ? 季節の変わり目だしね。ドンドルマじゃ物価や素材の変動が落ち着いてる頃だろうし」
「人手が足りていないならなおさら。龍歴院からも各村を助けるよう通知が出されているし……なにより、わたしたちの勉強にもなるから」
「うむ。では、採集クエストとして受付嬢から受注していくといい。天気も妙だからの、念のため準備はしっかりとしておくれ」

女狩人たちはすぐに準備に向かった。長丁場に備えステラはトウガラシやにが虫エキス、調合書をポーチに押し込み、クリノスは砥石を持てるだけ持ち込む。
リンクには周辺の警戒にあたるよう頼み、用意が終わり次第、先ほどまで狩り場に入っていた奇面族たちを伴って出立するよう届け出た。
このとき何気なく空を仰いだ双剣使いは、確かに村長の言う通り、雪山に黒い雲が迫りつつある様を見つける。
季節は温暖期のはずだ――違和感を感じて立ち止まった瞬間、突然防具の裾を掴まれ下に引かれた。

「チャイロ。や、あんたはリンクやアルくんと一緒に村の警備を……」
「分かってる。オレだってそうした方がいいってことくらい、分かってんだ」
「えぇ? なに、どしたの。どういう意味?」

珍しいこともあるものだ、とクリノスは目を瞬かせる。普段、彼がこうしてごねることはあまりない。
ユカに置いていかれようと、面倒な仕事を押しつけられようと、アルフォートに捕まろうと、最終的に彼は自身の人柄でそれらの都合を飲んできたからだ。
しかし今日は……ハンターSシリーズの端を掴む手は微かに震えている。眉根を寄せて、女狩人はメラルーの視点に合わせて屈み込んだ。

「なっ、お、オミャー!?」
「なんか気になるから話しに来たんでしょ、どしたの? あんたがダダこねるの、初めて見たんだけど」
「それは……クリノス。オミャー、山頂で轟竜を見つけたらその場で狩るのか。どうなんだ」
「轟竜? どうだろ……ティガレックスなら何度か相手にしたことあるけど。ユカに着いて歩いてるあんたなら、ビビる相手じゃないんじゃないの?」

ユカの名前を聞くや否や、チャイロの赤眼に動揺と悲哀の色が浮かぶ。訝しむように顔をしかめた双剣使いに、彼は聞き取りにくい声でぽつりと呟いた。

「どうもイヤな予感がするんだ。ティガ……いや、オレの私情なんだけどニャ、昔えらい目に遭ったときと今の空気がよく似てるんだ」
「えらい目? ……ふーん、なんでもいいけど。でも、チャチャとカヤンバを連れてくって申請してるし」
「コッソリでいい! 後ろからオレひとりで着いてくだけだ。狩りだって、できるだけ参加しないようにする。だから――」

「狩り場に入る人数は最大四人まで」。ハンターズギルドの規約以前に、大昔からハンターたちが守ってきた暗黙の了解だ。
脳裏をかすめた件のルールを思い出し、クリノスは頭痛がする思いになった。
真向かい、チャイロの視線は変わらず真剣で、こちらが否と答えても強引に着いてくるイメージが容易に想像できる。短く唸って、先輩狩人は声を潜ませた。

「分かった。けど、ほんとに着いてくるだけにしてよ。あとからケチつけられるのは御免だからね」
「そっ、そうか……! ああ、モチロンだ。助かるニャ!」

安堵からか満面の笑みを浮かべて、メラルーはどこぞへと駆けていった。先に狩り場に入ってこちらの動向を追うつもりでいるのだろう。
すっかり呆れて溜め息を吐いていると、隣にそっとステラが歩み寄ってくる。視線が重なるも、彼女は否定的なことを言わずにただ首を横に振るだけだった。

「行こう、クリノス。戻ったら龍歴院に報告も出さないと」
「はいはい、すんなり無事に戻れたらの話だけどねー」
「……不穏なこと言わないで。ナバルデウスのときも帰ってこられたもの。わたしたちなら、大丈夫だよ」

わたしを悩ませてるのは「五人目」になる同行者のことなんだけど――もごもごと口内で言葉を濁らせて、双剣使いは笛吹きの後を追う。
遠くで雷の音が聞こえた。次第に強まる黒い風が、残雪を吹き上げ、フラヒヤに荒天を呼ぼうとしている。






「ブギャーッ! な、なんにも見えないっチャ!!」
「ダァァァア! こんがり肉がクーラーミートにメタモルフォーゼするンバ! 真っ白ンバ!!」
「……あー、はいはい。ふたりとも、凍土と同じ攻略法で行くよー。後ろにくっついて、わたしたちから離れないでー」

吹雪だ。吹雪いている。猛烈な地吹雪が全身を殴りつけ、視界は晴れず、顔面や手のひらからは急速に温度が失せ、徐々に触覚が麻痺しつつあった。
雪山は温暖期を迎えて以降、安定した気温と快晴続きのはずだった。どこがだよ全然じゃん、と罵る代わりにクリノスは歯噛みする。
横を歩くステラがふと足を止め、頭上を仰いだ。現在地は山の中腹ほどで、山頂まではまだかかる。
見上げた先は黒雲に覆われていて、下山する直前の天気が嘘のようだった。指先の感覚を取り戻すように笛吹きは拳を作り、また広げ、黙ったまま歩き出す。

「……ねえっ、ステラ。あんた、ポッケ村にしばらくいたんでしょ? 温暖期のフラヒヤ山脈って、こんなだっけ!?」
「そんなこと……知っているんでしょ。気分をまぎらわせたいならお喋り以外のことにして、クリノス」

旧友の反応は冷たい。ユカほどではないが――とはいえ、何故か奴はこちらには多少甘いところがあるが――声色が冷たく、どうにも話を振りにくい。
狩り場の状況を見定めるため冷静でいる、というよりも、これは単純に機嫌が悪いのだ。
モガの村にいる間様々な狩り場を巡ったが、彼女は極端な暑さ、寒さに不慣れなままだった。貴族出身だからか知らないが、苦労し通しだったように思う。

「まあ、狩りの間は文句言わないからカシワよりはマシなんだろうけど……」
「クリノスっ。なにか、言った?」
「うわっ、言ってない言ってない。それよりほら、洞窟経由で行こう? 風くらいならまだしのげるし」

先導する傍ら、クリノスは一人そっと眉根を寄せた。ステラだけでなく、着いてくる奇面族のふたりも落ち着きに欠けている。
どうも様子がおかしい。チャチャは「ふさふさのお面」のときのように挙動不審に辺りを警戒し、カヤンバは「ランプのお面」のときのようにやる気満々だ。
げっそりした顔のステラを余所に、妙に張り切っている。ついには採掘スポットでもない氷壁を叩きに行った双方を、クリノスはすんでのところで制止した。

「はいはい、ストーップ。ほら二人とも、弟子一号兼子分一号が乙りかけてるけど、ほっといていいの?」

言われて初めて、ふたりはへばりつつある(!)笛吹きに気づいたようだった。それぞれが駆け寄り労る様子を見て、双剣使いは短く嘆息する。
……今のところ、チャイロが着いてきている気配はない。先回りするにしても、旧砂漠出身の身ではこの吹雪は相当堪えるはずだ。
この天気は危険だ。ポッケ村の先代ハンターが手入れをし登頂しやすい工夫が凝らされている狩り場ではあるが、どんな生き物も環境には敵わない。
どうせなら早く調査を済ませて龍歴院かギルドに報告した方がいい、何もなければそれに越したことはないのだ。手早く追加のホットドリンクに手を付けた。

「チャチャ、カヤンバ。悪いんだけど、わたし支給品が惜しいんだよねー。そこの頼りない狩猟笛使いと一緒に取りに行ってくれない?」
「ンチャ!? でもせっかく、このオレチャマが一緒に来てやってるのに……弟子一人じゃ危なっかしいのチャ!」
「ンバダ~。チャチャが頼りないのはいつものことっンバ。ワガハイがいればグレートにクエストクリアできるんバ。戻るなんてナンセンスっンバ!」
「……や、それは、どうも? って、違っ! そうじゃなくて、どっちかって言うと戻ってもらった方が助かるっていうか……」
「クリノス。ふたりともあなたと狩りに出るのが久しぶりで嬉しいんだよ。もう少し、同行してもらったら……」

「なんだこの可愛い奇面族たち」。喜色に浮き足だちそうになるも、クリノスはダメダメ、と自分に言い聞かせるべく首を振る。
彼らが頼もしいことは確かだが、この悪天候だ。他の獣人種のように暑さや寒さに耐性があったとしても、全員で迷子になってしまってはどうしようもない。

「いいからいいから! あー、困ったなー。支給品が誰かにガメられたらどうしようー。誰か頼りになるヒーローでも現れないかなー」
「で、弟子……いつもならそんなのなくても平気ヂャなかったっチャ?」
「子分一人じゃデンジャラスんバ! ワガハイたちも頂上に……子分一号、寝たらデンジャラスんバ! グッモーニンバ!!」

同じようにホットドリンクを飲んでいるはずなのに、ステラの足取りは重い。
考えてみれば、彼女は先ほど雪山から戻ったばかりだ。食事をゆっくり摂る暇もなかったことを思えば、体力が万全ではないのかもしれない。
クリノスは手持ちのホットドリンクを一本だけ、笛吹きのアイテムポーチに押し込んだ。緩慢な動きでこちらを仰ぎ見る朽葉色に、顎で「戻れ」と指し示す。

「わかった……このお返しは、今度必ず、するから」
「じゃ、あんたご自慢のこんがり肉とお酒の一席分ね。チャチャ、カヤンバ。キャンプに行ってテントの中暖めててくれる?」

ステラの不調は気がかりだったに違いない。クリノスの声かけにふたりの奇面族は顔を見合わせ、少ししょんぼりとした様子で頷き返した。
青ドングリと青カニのお面を丁寧に撫で、お願いね、と念を押す。ふたりはここでようやく納得――妥協とも言うべきだろうか、笛吹きを伴って歩き出した。

「さって。イヤな予感しかしないけど、わたしもサクッと行ってきますかー」

単身、双剣使いは凍てつく洞窟を抜ける。視界は変わらず、強風に巻き上げられた残雪で真っ白に染まっていた。
忌々しげに顔を歪めて、それでも一歩一歩確実に踏み込んでいく。方向感覚に関しては三兄のお墨付きだ、洞窟入口の方角を見誤らなければどうとでもなる。
……そうして一つエリアを抜けた直後、突然吹雪が強まった。地表から奇妙な風が逆巻き、だめ押しとばかりに眼前を白雪が舞う。
たまらず目を閉じたとき、ぞっと背筋が凍る感覚を覚えた。嫌な汗が噴き出して、クリノスははっと顔を上げる。

『――貴様が、『くりのす』とやらか」

「イヤな予感」ほど当たるものだ。いつしか頂上、雪原の中央に、ひとりの男が立っていた。
黒塗りの外套は金属板のように艶めき、冷たい反射光を零す。裾に走る光は鋼糸で刺された見知らぬ紋様で、一目でこの地方の生まれでないことが分かった。
いやに冷たい声色だと、そう思う。首を傾げる女狩人めがけて、男は雪化粧を蹴散らすように踏みしめながら一直線に近寄った。

「……誰? こんなところで、なにしてるの」

知らず、声は震えてしまっている。
声をかけると同時、クリノスはしくじった心地がして顔をしかめた。こちらから話しかけるのは間違いだと、ハンターの直感が叫んでいる。

「俺のことなど、貴様の知ったことか。ふん……鉄と獣の混ぜ物に、得物は火竜のつがいの二式か。血の臭いの割に控えめだな」

フードの下の蒼い眼が、文字通り睨めつけるようにして銀朱の色を見下ろした。酷く大仰で、老翁の如く偉そうな物言いだった。
風の影響もあり、全ての物音が遠くに感じる。しかし、何故か男と自分の声だけはしかと耳に届いていた。
否応なしに頭が冷える。それでなくても、眼前の男の存在は異様だった。
寒そうにするそぶりも、ドリンク由来のトウガラシの匂いもしていない。息こそ白いものの、纏う黒衣は防寒着の役目を果たしているようには見えなかった。
クリノスは、いやに速い自身の鼓動を頭の中で指折り数えて意識を研ぎ澄ませる。
「血の臭い」、「控えめ」……男の言葉選びは人間が好む世間話や雑談とはあまりにもかけ離れすぎていた。だというのに目が離せない。
ある種の憧憬や羨望に近しい感情が胸の内で渦を巻いていて、そういえばこの感覚を味わうのは数日ぶりだ、と思い至る。

「ポッケ村の村長さんからの依頼だよ、ただの調査、下調べ! あんたと話してる暇はないんですー」
「下調べ? 俺のことでも探るつもりか」
「誰がっ、なんのためにっ、どんな目的で!? あんた……いや、あんたたちさ、『自分は人間じゃない』的なこと白状してる自覚、ある!?」

人は、自らに不足する要素にこそ強く惹かれてしまうものだという。昔からよく聞く、定番のおとぎ話だ。
「それ」がひとたび狩り場に降り立てば、あらゆる生き物は敬意を払い、畏怖を覚え、「それ」の参上を祝うようにたちどころに姿を消してしまう、と……。
数日前、ベルナ村で起きた異変。直前直後の環境の変化といい、直に体験した自分といい、この男はほぼ間違いなく彼の奇術師の同類だろう。
ノアの知り合いと今回の異常気象とをしっかり紐づけた先輩狩人は、半ば忌々しげに黒衣を睨み返した。

「あのさ、暇なの? わたしたちだっていつも暇してるわけじゃないんですけど」
「なんだと? 俺を目障りだとでも言うつもりか」
「や、そこまでは……ねえ、あんたもわたしの予想通りの生き物なんだとしたら、もう少し出てくる場所とか頻度とか先に相談しといてくれない?」
「その言い草、貴様はもう『霞の』と会っていたのだな。そういえば、あの家畜飼いも似たことを言っていたか」
「ああ、もうベルナに行った後だったんだ……ノアちゃんェ……っていうか『かすみの』? あぁ、そういう名前なんだ。カスミノちゃんって呼べばいい?」

自棄混じりに適当な応答をしたところ、不意に男が固まった。
「かすみのちゃん……」と声を震わせ、肩を揺らす様は、どう見ても堪えきれずに噴き出してしまったようにしか見えない。

(かすみのちゃんが『霞』で合ってるとして。ここ、雪山でしょ? だとしたらこのおにーさんは『鋼』とか、きっとその辺だよねー……)

たまらず嘆息が漏れる。眼前の黒衣の男は、未だに声を押し殺して震えていた。
彼らの仲は良いのか悪いのか、いまいちよく分からない。「鋼」は「霞」の毒に弱かったハズだけど、口内で思考を整理してクリノスは小さく咳払いした。
男はまだまだ震えている。おいこの鋼、笑顔を浮かべたまましかし口内でしっかりと罵って、双剣使いは黒衣が落ち着く瞬間を待った。

「……ふん、いい話の種ができた。二足歩行にしては洒落の利いた雌だ。褒めてやろう」
「あぁ、それはどうもどーも。って、違っ、ああもう! それよりなんの用!? 用事があって来たんでしょ!?」

もはや彼は人の身でないことを隠そうともしていない。霞のちゃんのがまだマシだ、地団駄を踏みそうになるのを堪えていると、不意に眼が合う。

「貴様は腕の立つハンターであるそうだな、霞のからそう聞いている。ならば、秘薬の調合の腕前も――」
「はいはい、てっしゅー。お疲れさまでしたー、早く帰ってビール飲もー」
「まだ皆まで話していないだろう」
「だって! 秘薬て!! もうさ、その格好でギルドストアに並んで調合書買ってきたら!? あんたたちなら材料だって簡単に集められるでしょ!」
「霞のの話では、二足歩行に調合させることに意義があるらしいのでな。これも奴に眼をつけられた貴様の不運だ。諦めろ」
「はあぁ~!? なにそれっ……ああもうっ、分かったから! 狩り場に直に乗り込むのは、今回限りにしてよね!!」

吹雪の勢いが凄まじく、ポーチを開封するのも一苦労だ。ぎりぎりと歯噛みしながら、雪に頬を叩かれながら、クリノスは自前の秘薬を一包分取り出した。
差し出された手は黒鉄にも真鍮にも見える不思議な色合いの籠手で覆われていて、霞の奇術師のような地肌を欠片も覗かせない。
薬を渡したとき、微かに指が表面をかすめる。途端に黒鋼から白銀の六花が黒塗りの風とともに噴き出して、経験上、女狩人はその場から素早く飛び退いた。

「……いい反応だ。なるほど、貴様が腕利きという話に違いはなさそうだな」

何故だか満足げに黒衣はものを言う。一方でクリノスは頬から顎、首元へ嫌な汗を滴らせた。
何度か経験したことのある、苦渋の画だ。白は吹雪の権化、黒は龍風圧の化身――眼前の「人ならざる生き物」の業の一片を目の当たりにして体が硬直する。
怖いに決まっている。それでもこの場から逃げ出したり、跪いて命ごいをしたりするような真似だけはやらずにいられた。
自分はハンターだ。万一狩り場で命を散らすようなことがあれば、それは自分の実力や運が足りなかっただけのこと……黙り込む狩人に男は笑みを深くする。

「聞け、少しばかり前の話だ。この猟場で、この俺ですら知らない『素材』とやらが見つかった」
「!? 新素材ってこと? あんたが知らないって、それって……」

困惑するクリノスの視線の元に、銀光に煌めく硬質な物体が突きつけられた。
雪を弾き、融解に艶めき、その根本や表層の一部を赤黒い焦げで灼かれた素材だ。強いて言うなら、飛竜種の鱗や未発達の甲殻とどこか似ている。

「鱗? 竜鱗……それにしては大っきいか。これ、一体どこで?」
「この山の最高地点だ。見ろ、見事な龍の抜け殻がお前の面を見下ろしているだろう」
「あぁ、『朽ちたクシャルダオラの抜け殻』……って、それ自分で言う?」

吹雪に閉ざされた高峰や流氷漂う海域と、特定の地域で発見されるとある古龍種の脱皮跡。
中身である主を失ってもなお、その抜け殻からは研究資材となる希少な龍鱗が剥がれ落ち続けているという。
有名な納品アイテムであるため、クリノスも過去に何度かギルドに納めたことがあった。よもやそれを当の本人から自慢される日が来るとは思わなかったが。

「それより、その鱗だが。貴様はどう見る?」
「どうって、えぇ……飛竜や牙竜のに似てるけど、ちょっと違う……年季が入ってるっていうか、まるで――」

――まるで朽ちた龍鱗と同じ、古龍種の素材であるかのようだ。
口から出かけた仮説は、決して音として吐き出されない。可能性を見出してぱっと顔を上げた双剣使いに、黒衣の男は微かに頷いた。

「そうだ。俺が調べにきたのは『それ』のことだ、今のところ本体との接触はないがな」
「じゃあ、やっぱり古龍種の……どんな相手なの。わたしには心当たりが、」
「それで、貴様の狩りの腕前はどうなのだ。よもや、四足歩行の竜獣に遅れをとるようなことはないのだろう』

眉根を寄せて口を閉じる。何を問われているのか、どうにもよく分からなかった。
変化は突如としてやってくる。不意に、先のように足元から風が逆巻き、巨大な渦を作って吹雪を丸ごと飲み干していった。
直後、雪は止み、雲は晴れ、空は青く……晴天の真下、先輩狩人は黒衣の男がいつの間にか姿をくらましているのに気づいて目を瞬かせる。
音もなく突然立ち去るのは、あの藤色の怪異と全く同じだ。しかしまだどこかに彼の気配が残っているような気がして、つい目でその行方を追ってしまった。

『貴様は調査とやらに来たのだろう。せいぜい、死なないように努めるのだな』
「えっ!? なに、どういうこと!」

天から声が降り注ぎ、応答するべく反射的に顔を上げる。
そのときだった。姿を消した「彼」と入れ替わるようにして、巨影が空から降ってくる。迫りくる風圧と威圧感は並のモンスターの比ではない。
片腕で顔面を庇った先輩狩人は、震動とともに数メートル先に滑り込んで着地した「それ」を視認して、愕然とした。

「……嘘でしょ……」

砂漠を思わせるくすんだ黄鱗に、温暖期の空に似た青の縞模様。恐ろしく巨大な顎と無骨な骨格、しなやかな腕に分厚い翼膜を備えた――飛竜。
「それ」はこちらに向き直ると同時に、顎を上下に蠢かせて牙を鳴らした。ガチン、と不穏な音が宙に放たれ、固まった足をより硬くその場に縫いつける。
その竜の名を、その生態を、クリノスは嫌と言うほど知っている。対峙したこともあれば、仲間とともに撃退に追い込んだこともある。
しかし今は――上位ランクを駆け上るための初期装備は、どう考えても「それ」に対応できる品ではなかった。ましてや、相手の様子も「どこかおかしい」。

「――ゴガァアアアア!!」

正に、銘に相応しい声で「それ」が吼える。
雪山の山頂、温暖期、単独での対峙。一人冷や汗を垂らした狩り人に、轟竜ティガレックスが牙を剥いた。





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 UP:23/09/30