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モンスターハンター カシワの書 上位編(20) BACK / TOP / NEXT |
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ハンターが狩り場に赴く際に重要視されることの一つに、暗黙の了解に近しいルールというものが存在する。 曰く、資源を取り尽くしてはならない。曰く、モンスターの獣道や穴倉に侵入してはならない。曰く、ハンター間で武器を用い争ってはならない……。 これらはギルドが掲げる「自然との共存」に基づいた思想であり、また、ハンターが狩りをする上で後々「困らない」ようにするための気遣いでもあった。 狩猟とはモンスターや狩り場あってこそのもの。自分一人だけ、組織一つ分だけの利を求めてしまえば、最終的に恩恵は枯渇してしまう。 分け隔てなく、かつ、誰にでも平等に。物欲どうこうなるジンクスもあるにはあるが、ハンターズギルドに所属する狩人は誰しもこのルールを遵守していた。 ルールは、他にもいくつかある。そのうちの一つが――狩り場に入る者の数はニャンターを含めて四人以内に留める、というものだ。 「……どうなっているの。こんな痕跡、ここまでのものは見たことがない」 ところ変わってフラヒヤ山脈……通称、雪山。第六番エリア。 耐寒性能に優れたマフモフ装備をしっかり着込み、なんなら自前のマフラーまで首に巻いて、そのハンターは眼前に手を伸ばした。 岩肌に残されていたのは細く鋭い噛み跡だ。無数の牙で岩壁を削岩したかのように、凍てついた一角が惨たらしくほじくり返されている。 大きい。どんな大口の持ち主かは知らないが、自分の身長の半分以上……否、それすら丸呑みできそうなほど、その痕跡はとんでもない広範囲に及んでいた。 「チャッチャー。弟子、お腹空いたっチャ!」 「肉、肉ンバ! 肉焼きするンバ、子分~!」 緊張感はすぐさま解される。振り返ると、明るく朗らかな声で自身のオトモ――もとい、相棒らが雪原の上でステップを踏んでいた。 片や、まだ青いドングリをくり抜いて作った特製のお面をかぶる小柄な子ども。怪鳥亜種をモチーフにした得物を手に、頭を縦に振ってリズムをとっている。 片や、青いカニの甲羅を特別製のお面に加工してかぶる小柄な子ども。ブルファンゴをモチーフにした得物を手に、おしりを横に振ってリズムを刻んでいる。 彼らは種族名を奇面族という。獣人の一種だが、その文明にはアイルー、メラルーらとは決定的な違いがあった。 彼らは踊ることが大好きであると同時に、人間顔負けの知恵を持つ。踊りに雄叫び、アイルーとは異なる文字、装飾を用いてコミュニケーションを量るのだ。 縄張り意識が強く本来人間とは決して相容れない彼らだが、時に例外があることもある。それがこのチャチャ、カヤンバという子どもらだった。 出会いのきっかけはいずれも突飛なものだったが、今では双方を頼もしい仲間だと感じている。女狩人は、鐘型の狩猟笛越しに彼らに振り向き頬を緩ませた。 「ダイエットに勤しんでいるんじゃなかったの。チャチャ、カヤンバ」 「チャ!? そ、それは……ブッブ、オレチャマは健康体だから多めに食べないと危ないっチャ!」 「ダダ! それより子分の方が切実ンバ。狩り場に入ってまだ一回も肉焼きしてないっンバ、異常事態ンバ!」 要約すれば、歩き詰めのお前の体が心配なのだ、という話だ。なんと可愛らしいことを言ってくれることだろう。ハンターは小さく噴き出した。 「そうだね。持ち出し分のしかないけれど、この辺で焼いてしまおっか」 彼らの好物は肉だ。もっと言えば、肉と言えど草食種のものに限らない。 人間がとても口にできない特有の臭いや食感を誇る、血抜きもまだの斬りたての飛竜の尾や、肉食竜の桃色肝臓などなど。へたをすれば生でも「イケる」。 初めて彼らの豪快な食べっぷりを目にした狩人は、流石についていけない、とハンター御用達の肉焼き機を駆使するようになっていったのだ。 「チャー! ン~、肉汁たっぷりっチャ!」 「ジューシーミートっンバ! 子分も食べるンバ!」 「はいはい。普通のアプトノスのお肉だけどね。皆で食べると、美味しいね」 自分はハンターだ、決して肉焼き職人ではない。しかし、今となっては各々の好み通りに火が通せるほどの腕前になってしまった。 純粋に、彼らが喜ぶ姿を見るのは楽しい。ぐるんぐるんと高速で取っ手を回しつつ、ハンターは朽葉色の目を細める。 「と言っても、今日の目的は偵察だから。そろそろ引き上げよう。この痕跡のことも……村長に報告しておかないと」 「ブッブッブ。弟子は心配症なのチャ。オレチャマならこんなヤツ、すぐ追っ払ってやるっチャ!」 「ダダ! チャチャと子分は黙って眺めてればいいンバ。ワガハイがグレートにやっつけてやるンバ。アタック、アンド、リリースっンバ!」 「リリースって。ふふ……それ、結局見逃してあげるってこと?」 温暖期とはいえ、雪原は未だ固く、煌めいていた。ざくざくと足音を立てながら、南方から出向してきたハンターたちは軽やかな足取りで下山する。 ……その後ろ姿を、崖上から黙して見下ろす影があった。 地底湖を思わせる蒼色の眼光をぎらつかせるその影は、荒々しく猛々しい鼻息をひとつ噴かせてから、山の奥へと姿を消した。 山頂付近で謎の痕跡が発見された、同時刻。ポッケ村、昼まっただ中。 「お? クリノスにリンク、アルフォートじゃねーか。ゾロゾロ揃って、なんか狩りにでも来たのか」 飛行船に揺られること一日と少し。 温暖期ということもあってか以前より太陽との距離が僅かに近く感じられるこの日、クリノスはリンク、アルフォートとともに真白の拠点に降り立った。 出迎えてくれたのはプーギーでもネコ婆でも、ましてやユカでもなく、彼の相棒を勤めるチャイロそのひとだ。 そういえばしばらく見てなかったなー、と気づいた先輩狩人は、喜び勇んで駆け寄っていくアルフォートの背中もろとも茶色毛並みの具合を遠目に観察する。 「チャイロさん! お久しぶりですニャ!!」 「おい、ひっつくな、アルフォート。オミャーいっつも暑苦しいニャァ」 「ニャニャ!? チャイロさん、ユカさんは一緒じゃなかったのニャ?」 「リンク、オミャー……オレはユカの親でも監視役でもねーんだぞ。あいつの居所なんて、コッチが聞きてーくらいニャ」 背中には伝統のボーンネコピック、腰にはいつもの草編みポーチ。偽承認印騒動ですっかり所在を忘れ去られていたメラルーは、今日も元気に毒づいていた。 顔色もよく立ち姿もしゃんとしている。異常なし、彼はいつも通り生意気カワイイ。一人頷いていたクリノスは、ふと視線を感じて顔を上げる。 村の外れ、ポッケ村の象徴と名高い見事なマカライト鉱石の御神体の前で、村長と話をしていた一人の村人がこちらに向かってゆるゆると手を振っていた。 「あぁ、オレが厄介になってる家の家主だな。つっても、オレは雪山に入り浸ってばっかなんだけどニャ」 「ポッケ村の人ですかニャ。チャイロさんのお知り合いなんですニャ?」 「宿屋さんではなさそうニャ! でもチャイロさんは腕利きニャンターなんだから、マイハウスに間借りすればよかったんじゃ?」 「あのなあ、いくらニャンターつったって一人で貸切なんてマネ、オレには無理だ。ユカならやるかもしれねーけどニャ」 オトモたちがニャイニャイと騒がしくしている間、クリノスはその村人が歩いてくる様を黙って見つめた。 どこかで見た顔だと思う。相手は人好きのする笑顔を浮かべているが、見覚えがあるようでいて……否、初対面のような気もしてなんとなく落ち着かない。 「久しぶりね、龍歴院のハンターさん。確か名前は……クリノスさん、だったかしら?」 村の伝統衣裳である、目に鮮やかな色糸の刺繍を刺された白の耐寒帽。そこから覗く栗色の髪に同色の瞳は……やはり、見覚えがあるような、ないような。 うぅん、と口内で唸った双剣使いは、いつかの雪獅子狩りのことをはたと思い出して目を瞬かせた。 集会所下位、ランク昇進をかけたドドブランゴ一頭の狩猟。不慣れな相手に多少手こずりはしたものの、ユカとチャイロを交えて難なく捕獲するに至った。 この村人は帰還後にカシワと祝杯を挙げていたときに出会った人物だ。酔いつぶれたカシワを横に、ユカについてあれこれ教わった覚えがある。 「あのときの! やー、あのときはバカシワがお世話になっちゃって」 「ふふふ、わたしもあなたと楽しいお話ができちゃったから、大丈夫よ。お元気そうで何よりだわぁ」 食えない相手だ、ほとんど反射的にクリノスは指先を強張らせた。 彼女の立ち振る舞いや気配は、初対面のユカや、難易度の高い狩りに単身赴く際の兄のそれとどこか似ている。 「ま、まあ、わたしのことは別に。それよりなんでチャイロがそっちに寝泊まりしてるわけ。知り合いなの? 旧砂漠出身だって聞いてたんだけど」 「そこはホラ、赤色のハンターさん絡みに決まっているのよ~。チャイロちゃん本人は気がつかなかったみたいだけど」 「へー……あっ、残念だけどわたし、これからちょっと用事が……」 「話は聞いているわ。『縹の狩人さん』から、わたしたちのことを聞かされてきたんでしょう?」 たちどころに嫌な汗が噴き出した。何故、どうしてこの人はこちらが口にしてもいないアトリの存在を知っているのだろう。 勢いよく振り向いたクリノスの目の前で、その村人はそっと帽子を取り外しながらにこりと笑った。 「お察しの通り、赤色のハンターさんはわたしたちの可愛い可愛い、自慢の子なの。さぁ、ぜひうちに寄って頂戴な」 ……温暖期の終わり、ユクモ地方のとある農地で拾われる旬の栗。祖父が季節の折に隊商に送ってくれる高級品種の殻は、こんな風に蠱惑的に艶めいていた。 双剣使いの思考は微かに逸れていく。謀られたような気もする一方、誘いを断ってしまえる気もしなかった。 促されるまま、オトモたちを連れて緩やかな坂を下る。ポッケ村の居住区は、飛行船発着所や加工屋、雑貨屋が立ち並ぶ表通りからやや外れた場所にあった。 振り返り仰ぎ見れば、表通りに沿うように掘られた温泉群から立ち上る湯気が、青空をもくもくと白くけぶらせている。 「チャイロちゃんは何回かうちに出入りしているから案内不要ね。クリノスちゃんは、こっちよぅ!」 「ニャイ!? 大っきいポポですニャ、チャイロさん」 「ポッケ村近郊の『農民』兼『足』だからニャ。質にこだわらなきゃミルクもとれるぞ」 「ベルナ村のムーファや、ドンドルマ近隣のアプトノス竜車と同じ扱いだと思うニャ。共同生活ニャ、楽しいニャ!」 「ふふふ~、懐っこい子だから仲良くしてあげてね。ユカも小さい頃、よくお世話してたのよ。あとでリンゴを持ってきてあげようかしらぁ」 見たところ、ユカが育ったと思われる家は他のものとさして造りが変わらなかった。 白を基調とした壁に、削り出された材木であつらえられた風窓や大戸が目に暖かく、大きく張り出した茅葺き屋根に心強い印象を受ける。 家屋の横には同じ造りの家畜小屋が併設されていて、竜車を曳かせるためのポポ――寒冷地帯に生息する長毛の草食種だ――がのんびりと草を食んでいた。 「ユカって、意外と動物とか好きだよね」 玄関をくぐりながら、思わずといった風に声が出る。はたと我に返ったクリノスだが、栗色髪は否定しないで楽しげに笑い返した。 「あんなにおっかなーい顔、作っているのにね! 昔からなの。うちのポポたんだけじゃなくてアイルーにガーグァ、なんなら奇面族だって好きなんだから」 「うっわー! ……守備範囲、広っ」 「そうでしょう、そう思うでしょう? あの子、いっつも仏頂面だけど実は面倒見がいいのよねぇ」 入ってすぐ、土間は広く造られていた。ユカが育った家というだけあって鉄製の大剣や双剣、弓といった得物が籠や荷車の横に整然と並べられている。 壁には雪山草の一輪挿しが飾られていて、物々しい雰囲気に反した地元ならではの生活感があった。 案内されるままに土場を進み、アイルーキッチンさながらの厨房の横、簡素な木製テーブルに落ち着くよう促される。 「夫は家庭菜園の手入れに出てるの。ポッケ農場の一角を間借りしててね、ユカが植えたリンゴの木なんかもあるから」 リンゴを一剥きしながら、女は同時進行でコーヒーを淹れてくれた。なんとなく、どこかで飲んだ味のように感じる。 置かれた椅子は、全部で四つあった。 「それで縹の狩人さんはユカのこと、なんて言っていたの?」 「……えっ? 何聞かされてわたしがここに来たか、予想ついてたんじゃなかったの!?」 「やだ~、いくらわたしでも流石にそこまでは無理よ~。この歳よ? 若い男の子が好んでする話なんて分からないわ~」 「し、知らないっ……わたしだって、アトリとはほとんど初対面だし。ユカペッコだってしばらく会ってないし、だいたい、わたしには関係ないし」 「あらやだ、そうなの? てっきり、どちらとも知り合いなんだと思ってたわ。クリノスちゃんったら可愛いから」 「えぇ……? どういう意味?」 ペースを崩される。にこにこと楽しげに笑う栗色からは、真意というものを読み取るのが難しい。クリノスは喘ぐように口を開け閉めした。 若く見えるが彼女は一体何歳なのだろう。推測しようとして取り止める。父母のように年齢を感じさせない労働者というものは案外、そこら中にいるものだ。 女はアリシアと名乗った。夫はアルノーといい、幼少期のユカを村長から引き取るよう打診され、十数年を彼と過ごした仲だという。 「もうねぇ、反抗期前のユカったら可愛くて可愛くて仕方なかったの。何をするにもわたしたちの後ろをついて回ってね、思い出してもキュンとするわぁ」 「うわぁ……あのさ、それ、だいぶん思い出補正入ってるっていうか、そんなユカ想像できないっていうか」 「でしょうねぇ。あの子ったらここ数年、村に寄っても一言も言ってくれないし。二言目には仕事仕事仕事ーだもの。つまんないわぁ」 「……」 「あっ、今、ユカがうちに寄らない理由がなんとなく分かったーって思ったでしょう。だって可愛いんですもの、少しくらいからかったっていいじゃない~」 「天下のギルドナイト様も苦労することってあるんですね」、先輩狩人は辛うじてその言葉を飲み込んだ。 ふと耳に賑やかさが飛び込む。宣言通り、リンクとチャイロがアルフォートともども外に出てこの家のポポと戯れているのだ。 スライスされたリンゴをとっかえひっかえ差し出しては、ニャイニャイと楽しげにはしゃいでいた。 ……ポポは外敵の襲撃に対して単身抵抗するような勇敢な一面を持つ草食種だが、平穏無事な村の中においてはその素質もなりを潜めている。 「平穏無事」。だからこそ、あの銀朱の騎士は仕事に専念できているのではないだろうか――クリノスは小さく息を吐いた。 「まあ、わたしはユカのことなんてどうでもいいんだけどね。アトリがあんまりギャンギャン言うから、雪山の状況を仕入れるついでに寄ったってだけで」 瞬間、沈黙が漂う。怪訝な顔をして目線を上げた双剣使いは、斜め前でニコニコと微笑むアリシアを見つけて眉間に皺を寄せた。 「でも気にはなってるんでしょう。そうだ、アルバムがあったんだったわ。待ってて、すぐ持ってくるから!」 「へっ、いやあの、わたしの話……ちょっと!?」 「うふふふ~、これよこれ~。夫とわたしが二人がかりで撮った写真。可愛いのよ、ほら見て見て?」 「って早っ! 取ってくんの早っ!! いやあのだから、わたし用事がぁ……っ」 スパーンと勢いよく表紙がめくられ、強制的に思い出の写真とやらを見る羽目に陥った。この場にいない騎士のことがますます憎らしくなってくる。 わざわざ席を離れ、ずいずいと身を寄せてくるアリシアを横に、クリノスはしぶしぶアルバムに視線を落とした。 まずは、村に到着した直後と思わしき幼児の姿が目に映る。見知った銀朱は今より短く切りそろえられていて、気弱げな表情に現在の姿がまるで重ならない。 アリシアが可愛いと豪語するのも分かる気がする、双剣使いは目を瞬かせた。庇護欲をそそる面立ちといい、どこか目を引く子供ではあった。 「どう、どう? 可愛いでしょう~。これなんか見て、ホットミルクを飲もうとしてアッチッチ、って!」 「……いやちょっと待って、撮り方がもうストーカーの区域なんだけど!?」 「自然な表情を撮るためだもの~、仕方ないじゃない~。それにそのアングル撮ったのは夫だし、わたしじゃないわよ~」 「いやいやいや、どっちもそんな変わんないから! 隠し撮りにしかなってないから!!」 「もちろん、今のツンケンした素直じゃないユカだって可愛いのよ? でもね、仕事漬けになってることだけがあの子の全てというわけではないでしょう?」 思わず離脱を試みたクリノスを、栗色は決して目で追わない。ページをめくり、思い出を見返すように熱の籠もった眼差しが写真に注がれている。 「あの子にも上手くいかない日があった。縹の狩人さんにしこたま怒られて帰ってきたことだってあったわ。でもね、次の日にはまた必ず狩りに出ていたの」 語気は穏やかだが目は本気だ。何一つ言い返すことができなかった。 ドンドルマから出向する腕利き、龍歴院に目を光らせるギルドの狗、仕事人間……それ以外のユカのことを、自分とカシワは未だ知らない。 当人が多くを語らず、必要に迫られでもしない限り自分たちの前に姿を現さないためだ。「異常事態」。アトリというハンターの出現はその一言に尽きる。 彼の養父母はどこまで縹の狩人のことを把握していたのだろう。祖父の報告書によれば、あの男は密猟団の幹部の一人で――嫌な汗が頬を伝った。 「ギルドナイツには守秘義務があるでしょう? それだけじゃないの。あの子、努力しているところを見られるの、嫌なのよ」 「それは……なんか性格っていうか、全身から隠しきれてない、っていうか」 「そうなの~、今時好きな子にはちょっとくらい弱みをみせた方が喜ばれそうなものなのにね。顔はいいのにそういうところ分かってないのよ、残念だわぁ」 ユカが恋愛することなどあるのだろうか。自分のことは棚に上げ、先輩狩人はうぅん、と短く唸る。 「……その、アトリは」 「うん? なにか気になった?」 「や、アトリはユカのことを知りたかったらここに行け、って言ったんだよね。あいつらなんなの? アトリって、私怨っぽいもの隠しきれてないよね?」 アリシアのページをめくる手が止まった。栗色と視線が不意に重なり、銀朱は苦しげに小さく歪む。 「守秘義務」。便利な言葉だと、そう思う。そうして自分のことはひた隠しにしながら、あの騎士はいつかこちらの過去や職歴を無遠慮に暴いてくれたのだ。 「仕事」を理由にすればなんでも許されると思っているのだから良いご身分だ、言外に眼差しにそう乗せてクリノスは嘆息した。 「や、ほんと、どーでもいいんだけどね。なんかめんどくさいし、二人そろって」 「あらやだ。クリノスちゃんって、いいこねぇ」 「ああ、まあそう……って、どこらへんが? わたし、そんな話してたっけ!?」 「だって、どうでもいい、めんどくさい、って言いながらユカのこと気にかけてくれているみたいだから。カシワくんもそうよね? 親としては嬉しいわぁ」 気恥ずかしさと気まずさは後からやってくる。たちまち頬に熱を上らせた双剣使いを、アリシアは慈しむような眼差しで見つめ返した。 「皮肉なものね。ユカは優しい子だけど、狩猟対象にのめり込みすぎるきらいがあったの。縹の狩人さんは早くにそれを察したのよ」 「……! ちょっと待って……それって、まんまカシワみたいな」 「そうね。あの頃のユカは今のカシワくんによく似ていたわ。正義感が強くて、誰かのために頑張りすぎて、自分のことはなんでも後回しにする子だったの。 縹の狩人さんと話したことある? 彼は、そんな善意や純朴な性格の若手をおだてて、自分好みの立ち回りができるハンターに育てるのが上手かったのよ」 クリノスは無意識に、腰に下げたポーチを指先でなぞっていた。 当の本人から託された一枚の写真。そこに映っていた二人からは、利用され、搾取するような関係性はとても見出せなかったからだ。 もし双方がそんな関係だったなら、いつかの縹の狩人の言い分はどうなのだろう。男の言葉からはユカへの友愛が見え隠れしていたようにしか見えなかった。 先輩狩人の言わんとしていることを察しているのかいないのか、アリシアはすっかり冷めちゃったわね、と零しながらコーヒーを静かに啜った。 「縹の狩人さんは密猟の手引きを担っている人だった。ユカは知らずにそれに加担したことがあった……発覚したときのあの子の怒りは、凄まじかったわ」 この話を聞き続けていいのだろうか。早々と逃げ出して、聞かなかった、聞かされなかったふりをした方がよほど賢いようにクリノスは思う。 だというのに、何故か足が言うことを聞いてくれない。その場に縛りつけられたかのように、脱出することができずにいた。 「本来、ハンターが武器を他人に向けることは禁じられているでしょう? あの日、あの子がしたことは決して許されることじゃない」 「待って……なんの話をしてるの? わたしがそれを知って、なんのメリットになるっていうわけ?」 「クリノスちゃん、あなたにユカの救いになってほしいとは言わないわ。同情や、共感してくれなくてもいい。ただあの子を、見捨てないでいてほしいのよ」 「……!? 待ってよ! その言い方っ、それじゃあ、まるで――」 ――アリシアの言い方は、まるで、ユカが過去に他人を得物で害したことがあるかのようだ。 半ば絶叫した双剣使いに、女は意味深に眉尻を下げて笑い返す。途端に全身に不快な感覚が走り、クリノスは強く歯噛みした。 この感覚の名を自分は知っている。「嫌悪」と「憤慨」だ。何故、自分はこれほど拒否の情を感じているのか。何故、どうして……耐えきれず視線を外した。 そうして思い当たる。あの日、あのとき、ベルナ村のマイハウスで銀朱の騎士に沸いた強い苛立ちはこの状況と全く同じだということに。 許しもなく他者の過去を暴くこと。一方的に思いを測られること。アリシアの物言いは、さもこちらがユカに憐れみを抱くことを前提としているようだった。 「……それ以上はやめて。そんなの、ヘタレペッコが自分で消化しなきゃいけない話なんじゃないの」 拒否感と怒りは、呼気をゆっくり吐き出すことでいくらか抑えることができた。 父母や兄たちからも「商人である以上感情を剥き出しにしてはいけない」、「言質を取られてしまうから」と教わっている。 直接、本人から悲惨な苦労話を聞かされたわけではない。仮に聞かされたところでユカの過去はユカのものだ、同情どころか寄り添ってやる義理もない。 「クリノスちゃん……そう、そうね。ちょっと言い過ぎちゃったかもしれないわ。反省はしないけど」 「あっそう。話は分かった。でもわたしには関係ないことだから……まあ、ユカが自分から話すつもりなら聞いてやらなくもないけど」 「……ふふふ、それもそうね。なにせあの子、縹の狩人さんと女の人を取り合うくらい親密だったから。今でも、そのことで色々あるのかもしれないわね~」 「はっ? 女の取り合い? なにそれ、逆恨みもいいとこなんですけど」 「男の人って恋をすると盲目になっちゃうのよ、きっと。ユカだってあの頃いつも目がキラキラしていたし。よっぽど好きだったんでしょうねぇ」 「あいつヘタレペッコどころか、ガチのへたれだったんだなあ」。クリノスは何気なく続けられたアリシアの言葉に眉根を寄せた。 男女のいざこざについて、自分にはほとんど知識がない。それどころか、父と兄たちからはそれらを経験せずに済むよう徹底して男児らから離されて育った。 彼らの言うことにはこうだ――色恋沙汰に関わるとろくなことがないから首を突っ込まない方が無難である、と。 祖父の計らいで隙を突いては、職人や行商見習いのたまごと遊んだことはあったが、しかし。気取られてはキャラバンに連れ戻されることも少なくなかった。 かく言う父自身は母にべた惚れだったわけだが……そのあたりのさじ加減は恐らく色恋沙汰どうこうに通じているのだろう。たぶん。 「あー、好きにさせとけば? ユカもアトリもいい歳こいた大人でしょ? 少なくとも今は元気に働いてるわけだし、当時と今とじゃ状況が違うでしょ」 先輩狩人はそう話を締めくくる。はじめ、アリシアは少し驚いたような顔で銀朱の目を見上げていた。 不意に女は噴き出す。笑われることに理由を見出せない女狩人はただ目を瞬かせた。ごめんなさいね、軽い口調で謝って、アリシアは目尻の涙を静かに拭う。 「あの子がクリノスちゃんを気に入った理由が、なんとなく分かっちゃったわぁ。これからもユカのこと、よろしくね~」 「えぇ? よく分かんないけど、別にあいつが変なことしてこなかったらそれでいいよ。わたしはレアアイテムが手に入るならそれだけでいいんだし」 つられるようにして続けてカップの中身を啜り、豊かな苦みと香り、微かな酸味とを楽しんだ。 そうして思い至る。彼女のコーヒーは、ユカが淹れてくれたものと味がそっくりだ。親子なんだなあ、クリノスはそっと顔を綻ばせた。 そうしてほっと一息ついた瞬間、突然外から慌ただしい物音が飛び込む。キッチンに現れたのは、アリシアと同じポッケ村の防寒着を着た長身の男だった。 「あらぁ、あなた。そんなに慌てて、どうしたの? お客さんがみえてるのよ~……」 「アリシア。村長から緊急の話だ、すぐに来てくれ」 二人は瞬時に顔を見合わせていた。語気こそ抑え込まれているが、男の形相にただごとではない気配を感じたからだ。 すぐさま席を立ち、オトモたちを連れて来た道を上る。陽光を跳ね返して煌めく蒼天石の塊の前に、いつしか村長をはじめとした人だかりができていた。 「……あれっ、ステラ!? あんた、なんでここに?」 そこでクリノスは懐かしい人物と再会する。朽葉色の眼差しは変わらず眠そうな半開きで、しかし真剣に村人に向き合っていた。 古代林での黒狼鳥狩りの後、すっかり行き違いになっていた笛吹き、ステラである。かつての相棒は薄い唇を結んだまま、旧友に緩慢な動作で振り向いた。 |
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