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モンスターハンター カシワの書 上位編(17)
【黄金芋酒で乾杯を】より、特別ゲストをお招きしています…(作者様、快諾有難うございました!)

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『……俺たちはモンスターではない。だから彼らの気持ちなど分かりようがない。もし分かると言い切る人間がいたとすれば、それはそいつの驕りだろう』

すでに、石牢にも日の出の灯が点されつつあった。清涼な空気が未だにしぶとく残る眠気をそっと拭っていく。
ドンドルマは山々に囲まれた商いの街だ。ベルナ村より西方、やや南に位置しているが、牧歌の拠点に比べて早朝の冷え込みは緩やかだった。
視界は霧や霞に閉ざされることなく、すっきりしている。固く寝心地の悪い寝具に寝転んだまま、カシワはつい先刻ここを出て行った男の顔を思い浮かべた。

『もし家に帰ったとき、いつも在るはずのものが失せていたらどうする。「おかえり」と出迎える者の姿がなかったら……お前ならそこで何を思う』
『ユカ。それ……俺たち「人間の話」だよな? なんで今、そんな話をするんだよ』

『お前なら分かってくれると思っていた』。そう言いたげに騎士の口は閉ざされ、眉間に深い皺が寄る。真意は暗がりの底に沈んでいて、欠片も見えない。
不意に以前古代林で対峙した獣竜ディノバルドの姿を思い出し、後輩狩人は言葉を詰まらせた。

『彼らの気持ちや境遇は俺には分からん。だが俺たちと同じ生命あるものであることには変わりない。俺が密猟を取り締まる理由のうちの一つが、それだ』

ハンターという職に就いて、半年経ったかどうか。
これまで多くのモンスターや相棒をはじめとするハンターたちと出会ってきたが、旅立ちのときよりも「分からないこと」は増えるばかりだ。
村の発展とは何か。モンスターとの共存、自然との調和とは何を差すのか。実力の足らない自分に、いま何が出来るのか。
何より、仲間たちの目指すものや、夢は、希望は……皆の力になりたいと、そう思っている。しかし、もしそこに彼ら彼女らの過去や因縁が絡むのなら――

「……俺のやってることって、自己満足なのか」

――いつ拒絶されてもおかしくないのだ。そして彼ら彼女らが誰かの助けを必要としていないなら、一体何をしてやれるというのだろう。
身を丸くするグレゴリーの苦しげな唸り声に意識を呼び戻されて、カシワは急ぎベッドから飛び降りた。
足の傷口が痛むのか、額に玉のような汗が浮かんでいる。逡巡したが、腕防具を素早く外して素手で拭ってやった。

『「少しくらい」ならいいわけじゃない。かといって「それ」をすることで辛うじて命を繋げる人間がいるのも確かだ。お前ならどちらを取る? カシワ』

グレゴリーは、密猟しなければ生きていけなかった側なのだろうか。マルクスのそれと違い、撫で心地のよくないざりざりした頭を一撫でして座り込む。

『――あんた、またモンスターに同情してない? 生きるのに知恵を絞るのはお互い様でしょ』

ふと、黄金と赤褐色に染められた狩り場で先輩狩人が吐き捨てた苦言を思い出した。最も、いま自分が悩まされているのはモンスターのことではないのだが。

「いや、モンスターも人間も同じか。ユカだってグレゴリーだって、同情されたくて『仕事』をしていたわけじゃないんだ」

今、クリノスは何をしているのだろう。思いがけず密猟に関わってしまったことで、今日に至るまで彼女にはなんの連絡も入れていない。
……ユカがフォローしてくれていることを祈るしかない。石畳に腰を下ろしたまま、後輩狩人は一人小さく頷いた。






ハンターズギルドの支部とは、各地域によって拠点の構造が大きく異なる。
ギルドマネージャーの采配次第だが、酒好きが高じたあまり酒場そのものを施設に据えた者もいれば、集会所のど真ん中で書類整理に明け暮れる者もいる。
とにかくハンターズギルドから権限を託された者たちは変わり者が多かった。そしてそれは、何もギルドマネージャーに限った話でもない。

「――おつかれちゃーん! なんや、久しぶりに顔出したと思ったら今にも乙りそうな顔しとるなー、ペッコちゃんは」

早朝まで件の密猟に関わった――特に「密猟に手を貸したこと」に無自覚すぎる黒髪黒瞳と話し込んでいた銀朱の騎士は、聞き覚えのある声に足を止める。
地下の収監施設を出た後、ドンドルマはハンターズギルドの根城、大衆酒場の更に奥にあてがわれた執務室に向かう最中のことだった。
はきはきとよく通る声は、一度聞いたら忘れられない快活さと気力に満ちている。その声の主が誰であるのかも、ユカにはきちんと覚えがあった。

「……どうやら聴取で乙ったらしい。こうなったからにはネコタクを濫用して休むしかないな」
「独り言にしては声、でかすぎな。というか聞こえてんのにシカトするとか、大人げないわぁ。傷つくわぁ~」

声をかけてきたのは中年を過ぎたと思わしき年頃の男だった。しっかりとユカの背後に追いついた上で、わざとらしく胸を押さえる仕草をしてみせる。
視界を鮮烈に埋めるのは、温暖期のよく晴れた日の砂漠の色だ。風にさらわれる砂を模すくすんだ黄色と、夏空を示す青の二色の縞模様……
堅牢と凶暴さを兼ね備えた、轟竜ティガレックスのより強靭な素材から打たれた極上の防具である。
また、頭のてっぺんに添えられた羽根つき帽子がこの壮年の男がギルドに属する人間であることを告げていた。
彼は「G」の領域に達した防具を当たり前のように着こなす老練者だ。顔だけでなく体ごと向き直り、ユカはようやく両目を細めて見せる。

「しばらくぶりだな。見ない間に耄碌したと聞いていたが、どうなんだ。オズ」
「残念やけどウチはまだまだ現役やで。ここも本部も、ウチが有能すぎて離したくないー! て取り合いしとるんや」
「そうか。モテる男も辛いな」
「あんなぁ、ユカちゃん。ウチ今ボケたんやで? 流されるとホンマ切ないわぁ」

オズワルド・ベイリー、愛称はオズ。ドンドルマハンターズギルドつきのギルドナイトで、銘は「抑制」とされている。
呼び名の通り、彼は騎士の眼と轟竜の脚で街を見て回り、密猟はもちろん非合法の商売やいきすぎた取引、犯罪が成されないよう心を配る日々を送っている。
気さくな態度と豪胆な性格はその手腕を上手く覆い隠していて、どんな人間ともすぐに親しくなれる一方、彼の手の内を知る者は多くない。

「それで、なんの用だ。新規案件ならつい今しがた聴取を済ませてある。書類にまとめるのはこれからだが」
「ん? 用がなかったら挨拶したらあかんの? おもんなァ~」
「『おはよう、オズワルドくん』! ……こういうのが挨拶というんだ、何が、誰がペッコちゃーんだ」
「今ノる!? にしてもユカちゃんの営業スマイル、起き抜けに見るんはキッツイわぁ。普段からニコニコしとらんと、年とったとき表情筋固まるで?」

やかましいわこの轟竜が、斟酌の騎士が噛みつけば、人生楽しんだ方が得やで、抑制の騎士はそれを難なく揶揄い、いなし、受け流す。
元々、二人は同僚だった。生まれる前から魂の繋がりが云々かんぬん、といった絆こそなくとも互いの言いたいことはなんとなくの感覚で汲み取れてしまう。
それがギルドの騎士というものだ。視線、所作、おおよその経歴でその人の人となりを解してしまえる。
したがって、悪態じみたこの応酬さえも彼らにとっては平凡な日常風景に過ぎなかった。
とはいえギルドナイツに就いて二年と経たずにユカが龍歴院に出向することが決まったため、以降はたまの機会に顔を合わせる程度のつきあいになっている。

「初めて会ぅたときはユカちゃんこーんな小っさかったんになぁ。よぉイイコイイコしとったもんよ」
「捏造するな。本当に耄碌したのか? そういうのは愛弟子にやってやれ」
「なんやー、今日はご機嫌ナナメさんなんか。いつもよか眉間の皺もイチミリ……ン~、ニミリくらい深いみたいやし」
「それはもう僅差通り越してただの言いがかりだぞ。……オズ。お前、いま手は空いてるか」

羽根つき帽子の鍔の下で、日に焼けた皺くちゃの顔が僅かに強張った。
楽しげにジョークを飛ばしていた口が真一文字に結ばれて、夕焼けを硝子に落としたような瞳が真っ向から銀朱を見下ろしに掛かる。

「どないしたん? 両手のことなら、ほれ、今は空いとるけど」
「おい、この元商人。よろず屋に就職歴があると減らず口を叩かずにいれなくなるのか」
「イヤイヤそんなことあらへんけど」

オズワルドは、ギルドナイツに就く以前はハンターだった。腕の立つハンター……ただそれだけだったならまだいい。
彼が仲間と営んでいたのは護衛、商いを含むよろず稼業だ。仲間ともども腕が立ち、顔も広く、情報網はドンドルマ中に張り巡らされていると言ってもいい。
ただでさえ舌が回る男だが、それ以前に自分は昨夜「商人」に手痛い目に遭わされたばかりである。ユカは苦い顔で同僚の顔を見返した。

「ん? そう言えばユカちゃんが聴取したんは龍歴院つきの新人ハンター君らしいわなぁ。久々に聞いたわ、『双焔のなんとか』なんて」
「訂正しろ。あれは猟団と直接関わりがあったわけじゃない」
「ユカちゃん、ウチは『まだ』結びつけとらんかったやろ。一回、落ち着いたらどうなん」
「……」
「おぉ、怖。偽の承認印も出回ってたらしいけど、少し前に鎮火されたんやて? ぎょうさんゼニーが飛んだって、硝子工房の職人がヒイヒイ言うとったわ」
「それをしたのは俺じゃない、懐に潤いが生じたなら向こうは満足だろう。それより相変わらずの地獄耳だな。その情報網、羨ましいくらいだ」

嫌みに対しての返事はない。じろりと睨め上げてみたところで、オズワルドの涼しい顔や躊躇いのない言動に変化は見出せなかった。
……昔からだ。街中のあらゆる情報を集めて精査する傍ら、彼は通常業務も何食わぬ顔でそつなくこなす。大した男だ、とユカは嫌み抜きにそう思う。
一方でこちらは夜通し罪人を移送していたし、今は季節の変わり目をようやく過ぎた頃――本当なら、抑制の騎士側も直前まで忙しくしていたのに違いない。
なにせ、いつでもどこでも助けを求める者、食うのに困る層はいるものだ。ふと、幼少期に乗合竜車でポッケ村に辿りついたときのことを思い出した。

「それで、ユカちゃんはウチに何をお願いしたかったん?」

さほど大きくない声量だというのに、オズワルドが発する音は冷えた廊下によく響く。意識を持ち上げられたユカは、眩しいものを見るように目を細めた。

「難を転じるのは得意か? その龍歴院つきの新人ハンターが阿呆をやらかした。双焔の猟団の連中は原則、全員拿捕するつもりだが」
「あぁ、禍(わざわい)くるりと回れ、てやつよ。その子が猟団に無関係て言うなら、ウチの力なんぞ要らんと違うの」
「……無関係は無関係だ。だからこそ、余計にたちが悪いんだ」

そのとき、緩やかに夜が明けていく。冷たい土場と、梁、柱を形作る頑丈な木材が、沈黙の色から黄金へと塗り替えられていく。
鮮烈な光が、砂漠色の背中越しに騎士の黒色洋装に陰影を作り出した。黄と青の二色を視界に受けて、ユカはとびきり苦いにが虫を噛んだような顔をする。
音もなく、銀朱の頭が垂らされた。驚いたのはオズワルドの方で、皺くちゃに笑んでいた双眸がまん丸になっている。

「ちょっ、ちょお、ユカちゃん? どないしたん!」
「頼む、お前の力が必要だ。今の俺では、グレーはおろかカシワも牢から出してやれん」
「……あの新人ハンター君、カシワ君て言うんか。せやけどユカちゃん、そないなことしたら――」

「イエスかノーか」。
答えを急かすように、髪の隙間から火を噴かせる目が抑制を見上げている。オズワルドは、あぁともうんとも言えないような呻きを漏らした。

「――ウチは、ハンターやけどそれ以前に商売人や。ここぞとばかりに、ユカちゃんにムチャな条件吹っかけるかもしれんのやで」

助力を乞う代償は如何ほどか。それを知らないユカではない。商売人とは、金貸しのように時として強欲で非情になれる生き物であることも知っている。
しかしそれでも、斟酌の騎士は未だに頭を下げたままでいた。
わざとらしい特大の溜め息を吐いて、オズワルドは硬い、それこそ雄火竜の甲殻のようなユカの頭を見下ろした。
その顔には嫌悪や同情といった感情よりも、好奇心や煩わしさの方が強く滲んでいる。彼は人生において、面白きことの優先度が高い男だった。

「やるにしても、話は詰めなあかんのやで。ウチも今は別件で忙しくしとるし、そこまで手は打てんかもしれんけど」
「――、……言ったな?」
「ぉ、おん?」
「言ったな、『話次第では力を貸してもやらなくもない』と。たった今、それらしきことを口走っただろう」

しばし黙考した後に出された答えに対し、待ってましたと言わんばかりに銀朱の騎士は食らいつく。
むくりと半身は起こされ、オズワルドはユカの見知った――感情を剥き出しにした、凶悪な笑みを見つけて目を瞬かせた。
……言質を取られた、すぐにそう理解した。この歳の離れた同僚は、端から自分に「手を貸します」と吐かせるためだけに頭を下げて見せたのだ。
思わず大声で笑ってしまいそうになる。というか笑った。しばらくぶりの再会だが、互いに根っこの部分は変わっていない。それがなんとなく嬉しく思えた。

「そりゃユカちゃんにしては、思い切ったことするなぁと思うたけど」
「ふん。商人は言質を大事にすると言うからな。さあ、早速俺の難を転じてもらおうか」
「ぉ、おん……ユカちゃんユカちゃん、そりゃ無いわぁ。いや、力貸すんはヤブサカではないんやけどね?」
「あの阿呆は龍歴院にとって重要な手足だ。そう簡単に手放すわけにはいかん。まずは牢から出すのが先決だ、やれるな? オズ」

本当にそれだけなのか、そう問いかけようとして抑制は二の句を飲む。背を向けて歩き出した斟酌の横顔に安堵の表情が浮かんでいたからだ。
ユカちゃんてホンマ素直じゃないのんな、聞こえよがしに投げかけた揶揄いの言葉に、銀朱の騎士はこれまた実にわざとらしい特大の咳払いを返してみせた。






地下深くに造られているからか、地上の様子はまるで分からない。時間だけは、天井付近の小窓から入り込む光の量である程度推測できるが、それだけだ。
今が何時で、いつここから出られるのか。密猟が悪しきことであることは理解しているが、それ以上のことをカシワは知らない。
こうして実際に関わることになるとは予想さえしていなかったのだ。ごろりと何度目かの寝返りを打ったとき、何者かの足音を耳にした。
軽快な足取りに迷いはない。視線を感じて、後輩狩人は急いでベッドから跳ね起きる。面会希望か尋問の続きか、見知らぬ人影が石畳の上に立っていた。

「ニャーニャ。いたいた。ほら、アンタ、一回出るニャのよ」

ずいぶんと可愛らしい……それでいて重苦しい客である。鉄格子の向こうにはふくよか……ふっくらした体型のアイルーがひとり佇んでいた。
小花を散らした可愛らしいエプロンを着け、しゃんと背を伸ばしている。知り合いだったかな――親しげな口調の獣人に、黒髪黒瞳はのろのろと近寄った。

「ニャーニャ。アンタがカシワか。で、そっちのお熱出してるのがグレゴリー。これから聴取の続きだそうだから、グレゴリーはそのままでいいニャわよ」
「……え? いや、ちょっと待ってくれ。お前、一体誰なんだ?」

その瞬間、ちょいちょい、と前脚で手を差し出すよう促される。直後、素直に従ったカシワの右手に恐ろしく鋭いネコパンチが炸裂した。

「ううっ!? いっ、て!! な、なにする……」
「ニャーニャ、お黙らっしゃい! アンタは新人新米新入り研修生ニャよ? 先輩は敬ってとーぜんニャのよ!」
「せ、先輩!? どういうことだよ、ユカはどうしたんだ!?」
「……ニャーニャ。アンタ、何も聞かされてないニャのね。いいわ、案内しがてらアタシが教えてやるニャんよ」

少し離れた物陰から赤色洋装を着た見知らぬ男が現れ、牢の鍵を開けていく。すぐさまきびすを返して地下から出ていったが、その顔はユカではなかった。
感謝するように前脚をひらひらさせて、エプロンアイルーは当惑するカシワにやはり牢を出るよう催促する。
眠り続けるグレゴリーに一瞥を投げて、しぶしぶといった体で後輩狩人は牢を抜け出した。

「ニャーニャ。サイズはアタシと同じのでよいかしら? ちょっと小っちゃいかしらニャねえ」
「……おーい?」
「ニャーニャ。予備のがピッタリみたい。若い子はすぐ大っきくなっちゃうから管理が大変ニャだわ。ほら、コレ着たらすぐにお仕事よ」

何がどうなっているのか、さっぱり分からない。エプロンアイルーは隅に積まれた木箱の中をあさって、自分のエプロンと同じ柄のものを数着取り出した。
カシワの胸にあてがい、サイズを見つくろって着用するよう指示を出す。言われるままにラブリー前掛けを身に着けて、急かされるまま階段を上った。

「うおっ! もう昼だったのか……」

獣人に連れられて歩く最中、自分が放り込まれていたのは大層広々とした酒場の地下だったことに気付かされる。
夜中に収監されたからか、当時は周りの風景を眺めている余裕はなかった。人の往来は激しく、中には昼間だというのに樽ジョッキで麦酒をあおる者もいる。
土を剥き出しにした床に石造りの壁、柱。梁や看板、カウンターは頑丈そうな木材から出来ていて、昔ながらの馴染み深い酒場という印象だった。
賑やかな風景に見とれてつい足を止めたカシワの腰を、不意に誰かがぺしんと叩く。
言わずもがな、件のエプロンアイルーだ。意味深にニヤリと笑いかけられて、後輩狩人はその場でますます困惑した。

「ニャーニャ。だいじょーぶ。アンタにはアタシたちの轟竜に雄火竜、それにアタシがついてるから。心配無用よ」
「轟竜? 雄火竜はリオレウスだよな、轟竜って……なんだ?」
「ニャーニャ。フッフフ。さあさ、早く現場に入って、顔合わせから始めるニャのよ」

先行く背中を慌てて追う。何人かのギルド職員とすれ違ったが、誰もがエプロンアイルーにちらちらと視線を向けるだけで、挨拶どころか会釈もしてこない。
なんとなく、かえって助かった、と思ってしまった。ふと視線を落とすと、先陣を切る獣人は自身のオトモと同じカギ尻尾をしている。
途端にもの寂しい気分になったカシワは、ひたすら彼女の足取りを追いかけることにした。

「ニャーニャ。オッズーオズオズ。ほら、例の子、連れてきたニャわよ」
「おぉ、おつかれちゃーん。エプロン、よぉ似合っとるね」

廊下、曲がり角、鉄筋、石畳と、一人では到底覚えきれない複雑に入り組んだ通路をするすると進んだ先に、一人の男が佇んでいる。
真昼の砂漠を思わせる、黄と青の二色が目につく防具を着た男だった。肩には無数の棘が伸び、更にそこから下に優雅に揺れる外套が垂れている。
……ふと、窓や廊下のあちこちから見えたドンドルマの象徴、銀朱や裏葉の飾り布を思い出した。何故か全身に緊張が走り、カシワはその場でたたらを踏む。
男の日に焼けた顔面が、くしゃりと豊かに笑った。拍子抜けしかける後輩狩人にぐっと近づいて、興味深い様子で黒瞳を覗き込んでくる。

「ウン、ってことは君がカシワ君やね。ユカちゃんから聞いとるよ」
「ユカ? あんた、あいつの知り合いなのか」
「ニャーニャ。オズオズ、見ての通りよ。この子、自分の境遇ってのを全くなんにも分かってないニャのね。こんなこと初めてよ!」
「まぁまぁ、そう言わんでや。そんなら説明やらはウチからした方がええやろね。あぁ、ウチはオズワルド・ベイリー言うんよ、気楽にオズって呼んでな」

ほなコッチおいで、手招き混じりに歩き出した厳つい後ろ姿を、カシワと獣人は素直に追った。

「ドンドルマは大昔、ヒンメルン山脈の南、山々にぐる~っと囲まれた形で造られた都市なんよ。カシワ君の故郷とはまた違うやろ」
「んっ!? ……ああ、俺のふるさとはユクモ地方のあたりだから。ここより、うんと東の方かな」
「うん、帰る家があるんはええことよ。まぁ、そんなこんなで大陸ど真ん中にあるから、ここはモンスターの襲撃も多いんよ。迎撃施設は揃っとるけどね」

男の指が、街の南西部をなぞるように滑っていく。青空、平原、内海。視線を戻せば二色の飾り布や、南風に揺れる風車が繊細にはためいた。
三人が辿りついた大広間は、無数の建築物に四方を囲まれている。北には天まで伸びる石段が、東西には賑わう市場や表通り、南には正門が設けられていた。
人の出入りはどこも立て続けに繰り返されているものの、ツタ植物に覆われた古びた建築物と真新しい石造りの施設とが混在している。
……近年、建て直しがなされた機会でもあったのだろうか。大広間を経由して東に西にと街中を進むオズワルドの足は、まだまだ止まることを知らない。

「さて、着いたー。ここ、知っとるかな。カシワ君」
「え? ここって……」

またまたしばらく歩いた後、一行の足取りは歓声鳴り止まぬ巨大な建築物の前で止まった。その賑やかさ、緊張感には多少なりと覚えがある。
「闘技場」。龍歴院で何度か利用したことがある施設だが、規模は大違いだ。造りそのものは似せてあるのか、設備、出入り口などに違和感は感じられない。

「闘技場だよな? 龍歴院や『狩りに生きる』で見たことあるぞ。それにしても、ドンドルマにはこんな大きいやつがあるのか」
「名だたるハンターがモンスターとしのぎを削り、腕を磨いて~……なんて思ったら大間違いニャのよ。アタシたちの現場はコッチじゃないんニャもの」
「へっ!? え、そうなのか? これから俺に参加しろとか、そういう話なんじゃ」
「カシワ君、カシワ君。コッチやでー」

……揺籃たる歴史を感じずにはいられない云々かんぬん。以前クリノスに注意されたことも忘れて呆けていたカシワだったが、すぐに意識を呼び戻された。
なんと、砂漠色とアイルー毛並みは正面入口を軽やかにスルーしてさっさと施設の奥に潜り込んでいってしまう。
道は狭く、薄暗い。ロープ、はしごなどが所狭しと壁に吊され、そこかしこに狩猟道具や薬の空き瓶などを詰めた木箱が尾槌竜のように積み上げられていた。
どこをどう見ても従業員専用にしか見えない通路だが、事情を知らない後輩狩人はただエプロンを引っかけないようにして二人に続くしかない。

「――これ、皆。ちょっと集合しておくれ!」
「おやっ、オズワルドさんだニャ。ご無沙汰ですニャン」
「オバチャン。今日は新入りが来るって聞いてたけど、ソイツかニャ?」

しばらく進んだ直後、急に身動きがとれやすくなる。あたりはまだ暗かったが、声はよく通り音は忙しなく反響して、空間の広さを想像させた。
見上げた先に雷光虫を仕込んだ電球がぶら下がっている。灯りが一つあるだけで心強い、ほっと息を吐いた瞬間、カシワはたまらず手で口を覆っていた。

「ニャーニャ、注目ー。『コレ』はオズオズから預かった新入りニャ。皆、今日からよくお世話してやるニャのよ!」
「ほーい」
「へーい」
「あーい」
「……、……うんっ!? 新入りって、もしかして俺のことか!?」

……室内には、異様な臭気が漂っていた。涙目になりながらえずきを堪えていた最中、突然背中に強烈な衝撃を受ける。
振り返るや否や、背を叩いた張本人と思わしきオズワルドの満面の笑みと目が合った。

「ユカちゃんの計らいでな? ハンターズギルド管轄の闘技場で無給奉仕してくれたらカシワ君のあれこれを『なかったこと』にしよう、て話になったんよ」

黒瞳は信じられないものを見るように何度も瞬いた。オズワルドに数人のアイルーたち、彼らのことがまるで理解できない。
それもそのはず、何故、彼はこの「臭い」に耐えられるのだろう。どうして、自分やアイルーたちはエプロンを身に着けさせられたのだろう。
答えはすぐに理解に及んだ。抑制の騎士から視線を外して、後輩狩人が怖々とあたりを見渡した先に。暗がりの奥底に、僅かながら生き物の呼気が返される。

「……オズ。ここって、闘技場なんだよな」
「せやね。闘技場は闘技場よ。言うて、闘技場は地下施設……控えのモンスターの詰めどころやけどね」
「詰めどころだって? どこがだよっ、皆、ほとんど弱り切ってるようにしか見えないだろ!?」

眼前に、大量のモンスターの姿があった。どれもが弱り、傷つき、あるいは死の臭いを漂わせながら、冷たい牢の中に身を据えている。
特大の檻に囚われるのは、すし詰めにされた複数の飛竜種フルフル。小型の檻で我関せずの体で寛ぐのは、無数の傷を負った鳥竜種ドスゲネポス。
中には、どこかで見たような傷口を顔面に刻んだ毒怪鳥や怪鳥の姿もあった。そのどれもが、身に覚えのある個体に違いなかった。
カッと頭に血が上る。これから彼らがどうなるか、想像することは容易い。耐えきれずに鉄格子を掴んだ矢先、先のエプロンアイルーに鋭く手を叩かれた。

「いっつ……な、何するんだ!?」
「この、オバカタレ! アンタ、ユカちゃんの善意を無駄にするつもりニャなの!?」
「ゆ、ユカが、なに……」
「アンタがしたことは密猟未遂、これでもハンターズギルドとしては破格の待遇ニャなのよ。ユカちゃんもオズオズも慈善事業してるわけじゃないニャのよ」

じわりと手の甲に血が滲み――皮肉なことではあるが血臭を吸って初めて、カシワは我に返ることができたのだ。
目の前で背伸びしながら見上げてくるエプロンアイルーは、ふと片眼をつぶって顔を巡らせ、周囲を見渡すよう催促する。オズワルドの苦笑いが目についた。

「……オズ。ユカは、」
「ユカちゃんなら書類作成でヒイヒイ言っとるはずやで。ウチに頭下げたくらいや、君のこと助けたかったんやろね」

「あのユカが頭を下げた?」、意外な言葉に息を呑む。思考が顔に浮いてしまったのか、砂漠色の男は顔を皺だらけにして笑った。

「ここにおるんは闘技場に駆り出されるモンスターがほとんどよ。中にはそのまま素材商に引き取られるのも、業者が買い取りに来るのもおる。皆、様々や。
 見ての通り皆ぎりぎりまで足掻いとる。ハンターと一緒や、死も生もいつでもすぐそこに居る。ユカちゃんはカシワ君に知って貰いたかったんと違うかな」

余計な世話なんかもしれんけどね、一言付け足した後でオズワルドは一瞬寂しげに顔をしかめてみせる。
まるでそれは、かの銀朱の騎士の心情を代弁しているかのようだった。
無言を貫くカシワに呆れたのか、諦めたのか、失望したのか。男は羽根飾りや轟竜の外套を翻して、すぐにこの場から立ち去ろうとする。

「――まっ、待ってくれ!」

後輩狩人は、ぎりぎりのところで彼を呼び止めることに成功した。振り向いた黄昏を見返して、逃げ出したくなる衝動を拳を握ることで抑え込む。

「ユカのことは、俺が本人に聞く。そうすればいいだけなんだ。オズ……俺は、ここで何をすればいい?」

絞り出した声は苦痛と悲哀に揺れていた。自分でも恥だと感じてしまえたのか、瞬時に頬に熱が上る。
オズワルドは、決してそれを嗤わなかった。苦みと年齢を感じさせる深い皺まみれの笑みが口端に滲み、抑制の騎士は静かに黒髪の狩り人へと頷いた。





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 UP:23/07/20