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モンスターハンター カシワの書 上位編(15) BACK / TOP / NEXT |
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『……この、大馬鹿者がっ!!』 ビリビリと大気が震える。朽ちかけた建築物が怒号に身を縮めたようにみしりと軋み、暗がりにいくつかの木片を散らしていった。 牧歌の拠点ベルナ村より東に位置する、竹林に囲まれた、とある古びた神社跡。人間の気配など欠片も見当たらないその場に、今は三つの巨影が佇んでいる。 『だからあれほど言ったのだ、二足歩行相手にくどい、しつこいと! 貴様は俺の警告をなんだと思っているのだ、霞の!』 一つは、黒銀の鎧を纏った巨影。鋼を思わせる硬質な体躯の周りには、鋭い太刀筋のごとき風が弧を描くようにして翔ている。 『そう言わずとも、彼も十分に反省しているのではないか。風翔』 一つは、赤く、紅く燃えるようなたてがみを持つ巨影。炎を塗り固めたような深紅の身に、威厳に満ちた湾曲角がよく似合う。 『いやね、僕だって考えなしにあんなことをしたわけじゃあないんだよ。ちょーっとばかり、頭に血が上っただけなんだ。ねえ、ふたりとも』 最後の一つは、凹凸の目立つ眼玉を有する巨影だった。藤色の体表をどことなく朧気に霞めさせ、なんとかこの窮地を脱しようとひとり目論む。 『おい、それで俺が納得するとでも思っているのか、霞の。自分が何をしでかしたか、分かっているのだろうな』 『しでかした、って。いやだなあ、クシャナ。僕はそんな……』 『「二足歩行と我らは異なる生き物」、誰の言だと思っている。貴様が自分でそう言ったのだぞ。捕り物として追われるのは貴様の方だ、分かっているのか』 声を荒げたのは黒鋼の龍だ。怒りが頂点に達しようとしているのか、身に纏う風が次第に不穏な黒一色へと変貌しつつある。 返事に窮した藤色の怪異は、ぐっと声を詰まらせた。一歩歩み出ては二歩下がり、また一歩出ては、と奇怪な歩調で鋼の龍との距離を測る。 一方で、炎の王の名を冠する龍は双方のやりとりを黙して見守っていた。暗闇の中でもはっきりと色彩が見て取れる空色の眼が、一度ゆっくりと閉ざされる。 『幻影。以前より気になっていたのだが、その風と草原が守護する村に……君の心を捕らえる何者がいるというんだ』 『炎王。俺は、そんな悠長な話はしておらん』 『君は気にならないのか、風翔。聞けば、件の村は近隣に大きな猟場ももたないという。大型のモンスターが立ち寄るには、あまりにも不便だ』 『……おやあ、クシャナ、テスカト。君たち、当人から話を聞かずに推測だけでものを判断してしまうのかい?』 『それも全て貴様の返答次第だろう、霞の。貴様が心の底から「二足歩行どもの拠点で力を用いた」ことを悔いているのであればな!』 『私たちとしては強制するつもりはないんだ、幻影。この場に妻がいれば同じように言うだろう。言いたくないのであれば、無理に言わずとも構わない』 藤色の龍にとって、目の前の友人かつ好敵手である二体は長く信用に値する相手であった。 しかし、彼が追い続けた「悲願」を明かすには……互いに永くを生きすぎちゃったんだよねえ、とつい口内で言い訳じみたものを探してしまう。 自慢の舌をもごもごと口腔内で動かす最中、それぞれの空色の視線が、幻影と称される龍へまっすぐに注がれた。 『うーん……ふたりは、僕がずいぶん前に「捜しもの」が出来たって話をしたのを覚えているかい?』 『当然だ。俺を誰だと思っている』 『例の「百の竜が夜を行く」現象が起きた際の話だったか。それに関することなのだろうか』 白状することは、はばかられた。しかし黙っているのも彼らに対して不誠実であり、不公平であることも理解している。 「霞」の銘を持つ龍は、諦め混じりの細く長い溜め息を、祈りを込めるようにして吐き出した。 『その、多くの竜が過った夜のことだよ。僕は……そのときに失ったものがまた、新たに息を吹き返していることを知ったんだ』 ――「それ」に気がついたのは、知れたのは、ほとんど直感に等しい感覚だったと記憶している。ある種の神託、予言の類に似た閃きだ。 逸る気持ちも抑えきれず、自分なりに下調べと聞き込みを繰り返し、また自ら足を運ぶなどして確かな実感を得るに至った。 霞の龍は、かつて自らが見放したことで落命させることとなったある生き物の再生を目の当たりにしたのだ。 信じがたい出来事ではあったが、実際にその結果ともいえる「黒髪黒瞳の娘」に出会ったことで、彼は長年の悔恨と心痛から解放されるに至ったのである。 『本来なら、僕とあの娘は全く異なる生き物だからね。本当なら、離れて暮らしていた方がよっぽど互いのためなのだろうけれど』 『……まさか。そのようなことが、本当に起こり得るのか』 『確認なら済ませたんだよ、クシャナ。かの「紅雷の御方」からも肯定された。あの娘は――……』 『……そうか。しかしその話が真実だとして、幻影。君はその人間を娶るなり、この地に隠すなりするつもりでいるのか』 一瞬の間があった。 ゆるりとテスカトルに振り向いたオオナズチは、何を言われているのか分からない、と言わんばかりにギョロリと眼を一回しする。 『霞で隠す、はあるかもしれないけれどね。あの娘があの村で不幸になるのなら、だけれど……でも、僕はあの娘をつがいとは見なしていないよ?』 ふたりの龍は沈黙した。あれほどムキになり意固地さを向けた相手のことを、彼は「そういった眼で」見ていないという。 そっと眼配せをしあった鋼龍と炎王龍は、片や牙をぎしりと鳴らし、片や眼を閉じて口やら翼やらをもぞもぞさせて、二の句を探した。 霞龍は眼を回して双方の言葉を待つ。やがて、大社跡と呼ばれる狩り場の白霧が月明かりに照らされるようになった頃。不意に、黒鋼の牙が一度鳴らされた。 『……で、あるならば。何故、貴様は劇毒の噴射を行ったのだ。霞の』 いたく苦労して絞り出されたような声だった。それに対する藤色の怪異の言葉は短い。 『それはもちろん、あのいけ好かない二足歩行があの娘を泣かせたからだよ。決まっているじゃあないか、クシャナ』 『……、……泣くことくらい、どんな生き物でも一度や二度あるだろう。貴様もそう思わんか、炎王』 『……それは、まあ……しかし、君もずいぶんと無茶をする。もしギルドの人間たちに見られていたら、どうなっていたことか』 このふたりの龍は、友人かつ好敵手でもある古の龍の身を案じていただけなのだ。 そしてそれを理解した上で享受しているからこそ、霞の龍も得意満面に振る舞っていられるのである。 『前にクシャナが風の読み方を教えてくれていたからね。実のところ、僕は見つかる心配はしていなかったんだ』 『それを言うなら、貴様はまたあの拠点に行くつもりでいるのだな』 『そうだねえ。だってあの娘は……僕にとって、血の繋がらない娘、みたいなものだから』 ほんのわずかに、三体の龍は沈黙し合った。 「血の繋がらない娘」。 まるで夢物語のような話だが、当人がかつてどれほど気落ちしていたか、この場に在る三者は痛いほどにそれを知っている。 『娘か、そうか。それなら私にも覚えがある。娘とは特別な存在となるからな。残念ながら私には止める術がないようだ……申し訳ない、風翔』 『おい、いきなり俺に投げるな、炎王! ……霞の! 貴様は反省していないようだから、当分あの拠点に行くのは禁止だ! 秘薬などしばらく我慢しろ!』 『エッ? そ、それはあんまりじゃあないのかな、クシャナ! 僕は、あの娘のこともあるけれど、君たちに特別な薬を分けようと……』 『ほれ見たことか、やはり薬が目的だったのではないか! 貴様の性根など、俺たちが見抜けぬとでも思ったか!!』 ……途中までは、仲間想いのいい話だったのに。テスカトルはついにその言葉を吐き出せなかった。 見守るように微笑む彼を睨みつけ、また同時にオオナズチとはギーギーやり合いながら、クシャルダオラはひとり胸中で考える。 『霞の龍が離れている間、その黒髪黒瞳の娘に縁ある者は、本当にその身を護りきれるものなのだろうか』と。 (霞のが、ハンターどもの薬に熱中しているのは今に始まったことでもないが……ずる賢い奴のことだ。口実とも言い切れん) 家族、知人、友人、信頼するハンター……二足歩行とは互いを支え合って生きる生き物だが、友人が件の娘に何かある度に心を痛めていては、話にならない。 今回のことはたまたまだ。いちいち駆けつけてやれるほど、本来であれば自分たちは暇ではない。 その娘とやらを守ろうとする二足歩行は、はたして真に実力の足る狩人だろうか。しばらく前に故郷で見つけた、未調査のままの龍鱗のことも気にかかる。 ――少しばかり探ってみるか。誰にともなく口内で呟いて、鋼の龍は一路、守護区域から離れることを決意した。 灯蟲と石灯籠を撫でるように、業火を含んだ烈風が竹林を翔る。朧気に景色が揺れた後、そこには誰の姿も残されていなかった。 「……うん、解毒薬と落陽草の根がいい仕事をしてくれてる。内臓が壊死する前でよかったねー。ゆっくり休んで体力を戻せば、すぐに復帰できるはずさー」 ところ変わって、ベルナ村。とある民家の中で、とある女狩人は仕事を休みがてら一息ついていた。 先刻の騒動の後、ノアが連れてきたなじみの医者はぱっと見はヤブにしか見えない、どうにもうさん臭い高年手前の中年だった。 白衣は着ているが、鼻の下や口の周りなどに伸びる豊かな白髭は、異国の物語に登場する城塞警護の提督や冬季進物配達人を彷彿とさせ、妙な親近感が湧く。 医者は医者だ。しかし、患者の前で恐ろしいことを軽やかに口走り、にこにことその不運を笑い飛ばす様は本当にうさん臭い。 「死にかけたけどよかったね」、その語気に悪意は欠片も見当たらないが、聞かされた相手は不快にもなるだろう。クリノスは乾いた笑みを顔に貼りつけた。 「おいおい、壊死ってよォ……んな、大げさな」 「ん? 大げさかなー、どうかな? なんなら君の吐いた血を採取して胃に戻してみる?」 「あぁ!? ちょお、どうなってんだよ、このヤブ医!」 「ニャムー。せんせっ、コッチのハンターしゃんの腕も診るのニャ。あたしたちオシゴトがいっぱいなのニャ、雑談だめニャ!」 「はいはい、分かってるよ。龍歴院の大事なハンターくんだからね。大切にしないとねえ」 クライン家の客間に通された医者は、まずベッドに足を突き入れたアトリ――あの後正式に本人から名を明かされた――を診察し、その回復力に目を細めた。 助手と思わしき三毛アイルーは、ソファに待機する女狩人の腕を包帯でぐるぐる巻きに……誇張ではなく文字通りのぐるぐる巻きに仕上げている。 助けを乞うようにノアを見つめるクリノスだったが、雲羊鹿飼いは医師に言われた材料をヤゲンですり潰すことに夢中になっていた。 なんでも、縹の狩人の吐血痕に含まれる毒を中和するための散布剤を彼女に手製させているという。 珍しくガッツリ泣いてたみたいだからね、わざとらしく片目をつぶった医師の茶目っ気溢れる顔を見て、双方のつきあいは本当に長いのだろうと予想した。 「どれどれー? うんうん、こっちは軽い捻挫ってところかな。大丈夫、よーく効く湿布を出してあげるよ。数日だけ、動くの我慢しようね」 「ニャムー。せんせはオンナノヒト大好きなのニャ。せくはらされたらあたしに言ってほしいのニャ!」 「ややっ、心外だなあ。僕は真面目さだけが取り柄の医者ですよー?」 「あーはーはー……うん、ハイ、ありがとー」 間近で医師の青灰の瞳をのぞき見て、どこかで見た顔だなあ、と首を傾ぐ。 その頃には包帯は湿布とともに巻き直されており、その迅速かつ丁寧な仕事ぶりに自然と感嘆の息が漏れていた。 「おやっ、僕の顔に何かついてる?」 不意にばちりと目が合う。手首を動かして状態を確認していた最中のクリノスは、医師が柔らかく微笑んでいるのを見て目を瞬かせた。 「や、そういうんじゃなくて。どこかで会ったことあったかなーって」 「そうかい? カシワくんはよく治療したけど、君はあんまり龍歴院の医務室に運ばれたことがなかったからねえ」 「……わたしのこと、知ってるの?」 何の気もなしに聞いた瞬間、青灰の瞳がいたずらを思いついた子どものようにくしゃりと笑う。 「これ予備の湿布ね」、おもむろに差し出された薬剤からは、落陽草のような、あるいはシャインフラワーのようなどこか懐かしい匂いが立っていた。 「まあ、そうだね。僕には双子の兄がいるんだけど、ドンドルマのとあるお屋敷で仕事をしていてさ」 「え? お兄さん?」 「兄はしっかり者でね。奉公に出ていた屋敷のご主人様に気に入られたらしくて、もう何十年も働いているんだよ。真面目な性格もよかったみたいだ」 長く離れて暮らしているという兄の姿を思い描いたのか、医師はどこか遠くを見るように目を細める。 不意に、追加で手のひらに真新しい包帯の包みを押しつけられ、クリノスはドッコラショとかけ声混じりに立ち上がった男の顔を仰ぎ見た。 窓から差し込む陽光を背に受けて、白衣の向こう側が一瞬、暗がりに静かに溶ける。そのシルエットにある男の姿を重ね見て、女狩人はあっと声を上げた。 「もしかして……セバスティアンのこと!? 『じい』に弟さんとか、いたの!?」 「そうそう。兄の名前はセバスティアン。ドンドルマの豪商のひとつ、イタリカ商会の大旦那さんのところで執事をやってる補佐官さ」 ……その人のことはよく知っている。物心ついた頃には常に祖父の傍らに佇んでいた、長躯の男だ。よくよく見れば、眼前の男は彼と同じ色の目をしている。 祖父が気ままに商売を手広くしていられるのも、ひとえに件の執事の手腕によるものだと実父からは聞かされていた。 グラハムに同じく、孫を愛でるようにこちらをでろでろに甘やかしつつマナーやエチケットの類を教え込んでくれた人物ではあったのだが―― 「偽物の承認印のこと、聞いてるでしょ? あれ、兄経由でグラハム氏に報告したの僕なんだよねえ」 ――よもや、ここまでうさん臭い……失礼、似ても似つかぬ風体の身内がこんな近くにいようとは。 クリノスは改めて医師を見上げた。確かに、ふさふさの髭を剃り、白衣も新しいものに換え、背筋をピッと伸ばしてやれば馴染みの執事に似ていなくもない。 世間は狭すぎる。むぐぐと思わず口ごもった双剣使いに、医師はその心中を見透かしたようにへらりと笑いかけた。 一方で、「お嬢様」と強面ながら優しく呼びかけてくる執事は彼のようには笑わない。遺伝子どうなってんの、包帯をポーチに突き入れながら唇を結び直す。 「どうりで! やけにじいちゃんの動きが早いと思ったんだよねー。お忙しい中、どうもでーす」 「ややっ、感謝の気持ちが感じられないなあ。ユカくんもそうだけど、もっと年上を敬う気持ちっていうものを……」 「ユカ? ユカと会ったの? いつ、どこで?」 思考中断、即再起動。 男が漏らした名前にクリノスは片眉をつり上げた。いかんせん肝心なときに連絡がつかないのだから、苛立ちも怒りに変換されつつあるというものだ。 「どこで、っていうか……おや? 君たち、知り合いなのかな? それともその反応、もしかして……!?」 「は? いて欲しいときにいないからムカついてるだけですが」 「え、やだこの娘、怒ると敬語が出ちゃうタイプ? それとも動揺したときに……いたたたたっ!」 「ニャムー。せんせっ、だからそれはせくはらですニャ! ごめんなさいなのニャ、ハンターしゃん」 「……や、うん、いいよいいよ。なんか、見てたら和んじゃったし」 メリメリと頬を肉球で締め上げられる医者――かつて自分によくしてくれた執事の弟と、肉球の主である三毛アイルーを見比べて、自然と笑いがこぼれた。 「おっ、泣いた黒狼鳥がもう笑った……なんてこともないか。ユカくんのことなら仕方ないさ。元より多忙の子だからね」 「べっ、別に、わたしは……」 「はは、まあ、あれだよ。たまには氏だけじゃなく兄にも手紙を出してあげてほしいな。『クリノスお嬢様』のことは、ずっと気にしていたみたいだからね」 こちらの気を紛らわそうとしていたのか、雑談は終わり、とばかりに医師は往診用のカバンを閉じてさっさと立ち上がる。 いつの間にか獣人側も帰る支度を済ませていて、彼らの行動の早さにクリノスは目を瞬かせるしかない。 そういえば謝礼金さえ渡せていない。しかし、すでに彼らは挨拶もそこそこにクライン家を発った後だった。玄関で立ち尽くす最中、ふとノアが寄ってくる。 「相変わらずみたいですね。先生も」 「ノアちゃん」 「母を診てくださっていた方なんですけど、龍歴院からお給料が出るから、なんて言ってろくにお金を受け取ってくださらないんですよ。昔から、ずっと」 「うん……なんかね、あの人わたしの知り合いだったみたいなんだけど」 「そうなんですか?」 「うん。世間って狭いなーって、思ってたとこ!」 調合したという中和剤を掘り返した地面に慎重に流す娘の背を見つめて、先輩狩人は短く嘆息した。 なんとなく見ていられず、二人がかりで土をならした後、仕事に戻るからと言い残して放牧エリアに向かった黒髪を漫然と見送る。 ……頭上を仰げば、少し前の出来事が嘘のように晴れ渡る空が広がっていた。アトリにひねられた手のこともあるが、すでに労働意欲は根こそぎ削げている。 「んー、むー……ちょっと、休もうかなあ」 偽物の承認印の件は解決した。リラの受け渡しは無事に済み、医者からはドクターストップが言い渡されている。 「つまり、そもそも仕事は出来ない」。仕方なく、仕方なしに、クリノスは元来た道を引き返した。 「……ニャー。旦那さんをナンパしようとするからこんな目に遭うのニャ。分不相応ってやつニャ」 「うっわ、ひっでェ! お前、なかなか言うじゃねーの。オトモのくせに」 いざ客間に戻ってみると、水の注ぎ足しにタオルの補充にと甲斐甲斐しく動き回るリンクと、ベッドの上に居座ったままのアトリが少々やり合っていた。 他人の家に邪魔している自覚がないのか、それとも元来の性格か。上半身は起こしたまま、縹の狩人はハンターノートを見返しつつふてぶてしく寛いでいる。 あれはノアを泣かせたことを反省しているのだろうか……毒まみれになった牧草地を想像し、双剣使いは小さく体を震わせた。 「でっ? オトモに口で勝てないハンターが、なんて?」 「おっ、クリノスちゃんじゃん! 聞いてくれよー、君のオトモくんがさー」 「旦那さん、水差しも予備のタオルもバッチリニャ。アトリさんがボッチになれる確率、二百パーセントニャ!」 「わあー、辛辣ぅー! でも自業自得だから仕方ないね」 ぴしゃりとはねつけて顔を逸らすと、男の金瞳が困ったように小さく笑う。反省しているのか、いないのか。ぱっと見では判断のしようがなかった。 (調子のいいことばっか言って。なんとなく憎めないキャラ、ってやつでも狙ってんの?) 何か言い返そうとしても言葉が出てこない。無視してソファに腰を下ろした女狩人を、縹の狩人は眩しいものを見るような目で見つめている。 なに、まとわりつくような視線に居心地の悪さを覚えて反応すると、別に、とどこか嬉しそうな声が返された。 何を考えているのかさっぱり読めない。しかし自分からちょっかいをかけるつもりもないクリノスは、男に構わず自前の剥ぎ取りナイフに砥石を滑らせる。 狩猟の最後、モンスターと対峙する最期の得物だ。無心に研いでいれば、それだけでハンターの矜持が胸の内から湧いてくるような気がした。 「真面目だよなぁ、クリノスちゃんも」 「は?」 「暇がありゃ武器、素材の手入れも自分でやるんだろ? マイハウスでもそうだって聞いたけど、オレなら面倒くさすぎて死ぬわ。加工屋にぶん投げるわー」 「……あんたと一緒にしないでくれる? 自分でやるから意味があるんでしょ」 応えてから、しまった、と双剣使いは苦い顔を浮かべた。ちらと盗み見てみれば、案の定アトリはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて身を乗り出してくる。 「ハハッ、ウケるわぁ。なんだっけ、クリノスお嬢様……だったよな。金持ちの道楽でハンター稼業とは、気楽でイイやね」 挑発だとは分かっていた。だからこそ反論せず、クリノスは手元の第二の相棒に視線を落とす。 「金持ちの道楽」。これまで面と向かって言ってくる相手はいなかったが、確かに、自分の有り様をそう捉える者もいるだろう。 というかさっきの医者との話、盗み聞きしてるんじゃん――呆れ混じりに嘆息して、研ぎ終えたナイフを腰に戻した。 「っていうか、道楽どうこう言うならどっちかっていうとわたしよかステラの方だし」 「うん? ステラ? 誰それ、オレの知らねぇかわいこちゃん?」 「あのさ、そもそも馴れ馴れしすぎ!! わたし、あんたとは初対面……!」 「ニャー! 旦那さん、アトリさん、お茶にするニャ!!」 一触即発。悪さをされないよう見張りも兼ねて部屋に残ろうとしていた先輩狩人は、しかし明らかに構ってほしそうに物言う男に苛ついていた。 耐えかねて席を立とうとした瞬間、ぐっと双方の間に割り込んでくる者がいる。ノアがよく出してくれる紅茶を、人数分カップに満たしてきたリンクだった。 「リンク! これ、ノアちゃんが?」 「ニャ? 違うニャ、マルクスさんに頼まれたニャ!」 「おっ、気ィ利くじゃん。オレ、茶にはうるせーのよな」 「……えっ? ちょ、ちょっと待って。あのおっさん、『承認印のことが落ち着くまで龍歴院の手伝いに出てる』ってノアちゃんが――」 ――ぐびり、と男の喉が鳴る音がした。ほどよい温度に調整してあったのか、アトリはリンクが差し出した紅茶を難なく一気に飲み干していく。 なんとなくカップを見下ろしていたクリノスは、縹の狩人の顔が、突然ふにゃりと柔らかく崩れる様を見て固まった。 「まあ、アレだよ。カシワ殿はあまちゃんらし、ユカとは馴れ合いしてるみてぇらし? 逆に相性いいんじゃにぇーの、アイツら」 「……なに、何言ってんの? 大丈夫?」 「だからぁ、俺が言いてぇのは……ンだよ、クリノスちゃんってユカのことなーんにも知らにぇんだな。なら、ポッケ村に行ってみりゃイイんだよ」 なんとなくだが、気のせいかもしれないが、アトリの様子がおかしい。ろれつが回らず、目は虚ろになり、頭もぐらぐらと揺れている。 「ポッケ村? なんでまた」 「そりゃ、ユカをでろでろに甘やかした家族が住んでっからな。血は繋がってねーらしいけど。俺はァ、あのパパママが気に入らなかったんだよなァ」 「血が繋がってない? 養子ってこと? でも、なんであんたがそんなこと知ってんの」 「あ? マジで何も聞いてねーのか。ほら、こいつを貸してやるよ。ま、ユカに気付かれたら人知れずズバッとヤられるかもしんねーけど」 アトリが自前のハンターノートから取り出した紙切れを、クリノスは確かに手で受け取ろうとした。 しかし、そうなる前に男の半身が大きく傾ぎ、そのままベッドへと倒れ込む。受け止める暇もなかったが、すぐに寝息が聞こえてきて先輩狩人は安堵した。 ふと振り向くと、こちらを仰ぎ見るリンクが物凄くキレのある笑顔を浮かべて、片手の親指を立ててポージングしている。 ……「盛った」な。口にするにも恐ろしい予想を否定しきることもできず、クリノスは自身のオトモに愛想笑いを返して、拾った紙切れを覗き込んだ。 「……あれ、これって」 それは一枚の写真だった。何度もハンターノートから出し入れされたのか、端はよれ、すっかり皺ができている。 映っているのは酒場を背景にした二人の男だ。片方はアトリと同じ青緑の髪の、十代後半と思わしきハンター装備の若者。 もう一人はユカと同じ銀朱の――今より少し短く整えられた髪型の、十代半ばと思わしき少年。彼は、活発そうな顔に晴れやかな笑みを浮かべていて―― 「……!! これ、ユカ? えっ、今と全然違う……」 ――何故か、まじまじと見つめてしまった。心音が騒がしくなり、クリノスは慌てて写真をアイテムポーチの奥にしまい込む。 縹の狩人は過去のユカを知る手がかりになるものだと豪語していたが……どうなのだろうか。口をもごもごさせて、先輩狩人はそっとソファに座り直した。 幸せそうに笑う二人、特にユカのことは、全くの想定外だ。誰にも見せてはいけないような気がするだけでなく、胸がざわついて落ち着かない。 「ユカ……あいつ、ほんと今頃なにやってんだろ」 背もたれに背を預けると、怒り疲れたからか、ほどなくして眠気がやってくる。 そのまま素直にリンクと仲良く並んで寝落ちたクリノスだったが、彼女たちが覚醒するより少し早く、ネムリ草を盛られたはずのアトリが目を覚ましていた。 写真が失われたノートをそうと知らずにポーチに突き入れ、縹の狩人はひとりクライン家を後にする。 「さって。一眠りして調子もイイし、グレゴリーたちがどうなったか聞き込みに行ってくるかね」 目指すは、ハンターズギルド総本部を抱える大都市ドンドルマ。 人と情報が入り組む街は、先行投資した孤児の宝庫だ――元団員を含むカシワ一行が捕縛されたことも露知らず、アトリは鼻歌混じりに飛行船に乗り込んだ。 |
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