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モンスターハンター カシワの書(27)

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「……え?」

しかし、痛みは降ってこなかった。
代わりに世界一面が真っ白に染まる。視界がぱちぱちと霞み、クリノスは思わず目を細めていた。
仰ぎ見た先、尻尾を振りかざしながら滑ってきたはずのタマミツネは、クリノスとはまるで逆の方向を見上げてもがいている。
両脚をばたつかせ、横倒れになったまま苦鳴を上げ――チャンスだ、先輩狩人はすかさず両手で泡を払い落とした。
足元はまだ少し不安を覚えるが、武器を思い通りに繰るには十分すぎる余裕がある。あらかた泡をこそぎ落とし、改めて双剣を抜き疾走した。
豊かな毛量の尻尾は、攻撃力といい滑液の活性化といい厄介極まりない。鬼人化を伴わせひたすら毛先に斬りかかる。
たまったものではない、そう言いたげにタマミツネは跳ね起き体勢を整え、滑液に身を任せて遁走した。
隣のエリアは魚釣りのポイントも存在する河川区域。滑液に濡れた刃を砥石で研ぎ斬れ味を整えながら、クリノスは短く息を吐く。

(水に泡を溶かしたら……もっと泡立ちが広がるようになるよね、きっと)

ぱしゃ、と残留する液体を蹴り散らす音がした。武器を納め双剣使いが顔だけを上げると、暗がりの中に自分以外の人物の姿が浮かび上がる。
屈んだままのクリノスとその影を、リンクがきょとんとした顔で見比べた。
クリノスは新手の登場に驚かない。むしろ、何者かがタマミツネの攻撃を妨害したことは閃光玉の発動で気付けていた。
現れたのは若い女で……双方、どちらも似たり寄ったりの年の頃だ。
クリノスが狩人らしい勇猛さと賢さを滲ませた面立ちだとするなら、相手方はまだどこかあどけなさを残す顔だと言える。
松葉色の髪に同色の瞳、眠そうにした半開きの目を更に細めて、女はクリノスにそっと手を差し伸べた。

「昔からさあ、調合分の閃光玉とか粉塵とか。持ち込むの好きだったよね」
「そう。なんていうか、癖……みたいなものだから」

掛け合いは短い。双剣使いは応えるように、狩人にしてはやや色の白い部類であろう細い手を取る。立ち上がりながら頬に残っていた泡をグローブで拭った。
女は背負っていた狩猟楽器の位置を正してクリノスに向き直る。変にマメな性格は出会った頃から変わっていないと、先輩狩人は思った。

「久しぶりじゃない? 鬼畜のブラキ二頭狩り以来だっけ。元気にしてた、『ステラ』」
「クリノスこそ。相変わらずハンターやってるみたいで、良かった」
「……旦那さん。知り合いなのニャ?」

片や双剣使い。片や狩猟笛使い。関連性は見出せない。
思わずそう尋ねたオトモに振り向いた雇用主は、カシワやユカが未だ知らない、子供じみた満面の笑みを浮かべている。

「昔、タンジアの港やモガ近郊で狩りをし始めた頃の『相棒』。たぶんリンクより少し長いつきあいになるんじゃないかなー」

かくして、今現在雇用関係にある小さな相棒に旧友を紹介しながら、クリノスはどこか誇らしげに胸を張った。
当時のことを思い描いているのか、細めた両目が心底楽しげに笑っている。つられてか、背負う蒼色の狩猟笛を小さく揺らして笛吹きもまた微笑んでいた。
……隣のフィールドから泡狐竜の高い咆哮が聞こえたのは、それからすぐのことだ。
旧友と月見をしながらのんびり談笑、というわけにはいかないようで――二人と一匹は頷き合い、小走りに先を急ぐ。

「ところで、ステラ。あんた、なんでここに?」
「今さっき、ユクモ村宛てに渓流住まいの野良アイルーたちから報告が上がったの。『泡狐竜が現れた』って。その調査をね」

かつてカシワが迅竜と対峙し、今日の昼前にはクリノスがリオレイアを捕獲をするに至った河川区域、第六番エリア。
釣り場に通じる滝の入り口付近で、件の竜はしなやかな体を揺らめかせながら周囲に警戒の眼を向けていた。
狩人たちの姿を見出して、彼はやはり甲高い音で威嚇の意思を放つ。狩りの最中ではあったが、クリノスはその容姿にうっとりと目を細めていた。

「んー……やっぱり綺麗だよねー」
「クリノスがハンターを目指したきっかけって、タマミツネだものね」
「そうなのニャ? 知らなかったニャー」
「リンクには話してなかったもんねー。昔だよ、わたしがずーっと、ちっちゃかったときのこと!」
「二人とも。狩り……再開するよ」

手の中で閃光玉を弾ませながら、笛吹き――ステラが一歩前に出る。感嘆の息を吐き、それでもクリノスも得物を抜いた。
目配せは一瞬。駆け出した双剣使いに合わせ、閃光玉が爆ぜる。のけぞる泡狐竜に二振りの刃が叩きつけられた。
細く高い苦鳴を喉から迸らせ、タマミツネはそれでもたたらを踏む。鉤状の爪を川底に突き立て、海竜の意地とばかりに踏み留まった。
頭部に猛攻を続けていたクリノスは、不意に一歩後退する。リンクに目配せし、彼を連れて流れるように胴体へ向かった。
入れ違いでステラが前方に出る。抜かれた狩猟笛がの甲殻と鱗とが、清水を照り返すように輝いた。

「ステラ! 頭、よろしく!!」
「うん」

二の腕がぐんと力を溜め、得物の先端が下方から一息に持ち上げられる。
烈風のような鋭い振り上げは、そのまま宙に弧を描いてタマミツネの頭部を殴りつけた。正に、狩猟笛とは「音を奏でる打撃」武器なのだ。
泡狐竜の口から微かに唾が吹き出す。殴打された衝撃でのけぞるその横面に、今度は右下方から鈍器が振り上げられた。
狩猟笛による猛攻。クリノスが尻尾を斬りつけている間、ステラはひたすらタマミツネの上体周りに陣取り続ける。
怯み続ける竜に対し、狩人たちは息つく間もなく攻撃を加えた。軸がずれれば双方瞬時に手を止めて立ち位置を整え、目も合わせぬまま攻撃を再開する。
掛け合いの言葉など不要だとでも言うように……ブーメランを投げる合間、リンクはひとり、二人の息が合っていることに息を呑んだ。

(本当なのニャ。旦那さんは本当に、この人とずっと狩りをしていたのに違いないニャ!)

二人の狩人が獲物を追いつめる勢いは、文字通り鬼人の如し。完璧な連係にオトモアイルーはニパッと笑って追撃に向かった。
刹那、泡孤竜の長躯が横転する。頭部を集中的に殴られ続け、揺さぶられた脳に連動して気絶してしまったのだ。

「クリノス。スタン(気絶)、取ったよ」
「チャーンスッ! リンク、行くよー!!」
「了解ニャ、任せるニャー!」

眼を回したタマミツネだったが、なおもステラは彼の頭を殴り続け、クリノスは尻尾の付け根に鬼人強化した腕で双剣を振り下ろす。
そのときだ――ぶつん、と手元に鈍い感覚が走った。その体感は長く双剣を使っていた身にとっては馴染み深い。
双刃が水面すれすれに滑らされた瞬間、目の前で豊かな毛量の塊が半ばほどから弾け飛んでいく。

「よっし!」
「『尻尾きってやくめでしょ』!」
「もうっ、そのネタ懐かしすぎぃー!!」

歓喜の最中、ぱっと顔を輝かせる二人の横で悔しげに切断された長尾の断片を睨むタマミツネ。
そのちょうど中間に立っていたリンクは、ふと岩場の山道に通じる別エリアの出入り口に、一つの黒い影を見つけた。
逞しい四肢に、分厚い表皮と短い毛足のごわついた体毛、二振りの巨大な牙……片手を叩き合うクリノスとステラに向かって、オトモはあわあわと手を振る。

「旦那さん、ステラさん!! ドスファンゴですニャ!」
「え」
「げっ、ほんとだ! タイミング悪ぅ」

悪態をつくクリノスの言葉通り、ドスファンゴは狩人を見つけるや否や片脚でざりざりと地面を引っ掻いた。
タマミツネなど眼中にないのか、大猪はそのまま突進し始める。度胸あるなー、クリノスは純粋に感心して短く口笛を鳴らした。
泡狐竜との実力差など猪突猛進を常とする彼には関係ないのだろう。眼も向けず直進する様は圧巻だった。
滑液を泡立てるタマミツネの横をすり抜けるように、ドスファンゴは狩猟笛の演奏準備を進めていたステラに向かって直進する。

「……さざ波よ、潮騒よ、生命あるものよ。わたしたちの始まりの音を連れてきて――」

当人の鼓舞の後、旋律効果の発動はぎりぎり間に合った。潮騒に似たどこか神々しい音色が響き渡り、辛うじて突進から逃れたステラが小さく頷く。

「――『だるま無効』の旋律かけたよ。クリノス、どうする?」
「どうって……あー、どうしよー! こやし玉、持ってくるの忘れたしぃー!!」

片や、泡に身を任せ様子見に徹するタマミツネ。片や、まるでお構いなしのドスファンゴ。狩人二人は悔しげに武器を納刀した。
二頭を同時に相手取るのは流石に厳しい、かといってここで泡孤竜狩猟の機会を逃すのは惜しすぎる。
ステラの言う「どうする」とは、タマミツネの狩猟を続けるかどうか、という選択以外の何ものでもない。
次にいつ会うことができるか……切断した尻尾以外の素材をみすみす見逃すのかと、クリノスはひとり脳内で自問自答した。

(でも、村に戻る時間も計算しなきゃだからなあ)

別の獲物に夢中になるあまりターゲットに逃亡されてしまっては、ユクモ村で帰りを待つ村長やコノハたちに顔向けできない。
苦渋の選択だ――致し方なし、手のひらをぱたぱたと振りクリノスはリンク、ステラに一時撤退の合図を送る。
ハンターとしてここでメインターゲットを逃がすわけにはいかなかった。
なによりこの場を皆で一度離れておけば、ドスファンゴもいずれ餌があるであろう別エリアに移動すると予測できる。自然と分断が可能になるということだ。
彼らは食餌内容が被っていないのだから、わざわざ互いの縄張りを侵すようなことはしないだろうと……頷き返す同行者ともども足を急がせた。

「……うう……げ、逆鱗」

去り際に一度だけ、クリノスは視線だけをタマミツネに滑らせる。
狩人の心知らずか、彼は首を左右に小さく振り、改めて泡玉を宙に放った。迎撃準備は万全、といったところだろうか。
笛吹きに促され、予想通り背後からまっすぐ追いかけてきたドスファンゴを自ら誘導するべく、先輩狩人は隣のエリアへ勢いよく駆け込んだ。
刻一刻と夜が更けつつある。追ってきた大猪に向き直り、狩人たちは双方すぐに武器を抜いた。

「いま、何針?」
「十五針。三時間もかかっちゃってるよー」

金時計から目を離し、クリノスは突進の予備動作を固めるドスファンゴに悔しげな視線を送った。
メインターゲットの討伐さえなければ……顔に出ていたのか、横からステラが肩に手を乗せてくる。おまけに片頬をプニリと押された。
だって、そうむくれる双剣使いに、仕方ないよ、と旧友は困ったように小さく笑う。

「村長さんたちが、待ってる。早く戻ろう……つもる話もあるしね」
「……だね。村に着いたらゆっくり話そっか」

一方、二人の後ろでブーメランを構えながら、リンクはひとり考えていた。
なんだかニャー、あのドスファンゴは早々に狩られるのが眼に見えてるニャ、と。駆け出した主人の自棄気味のやる気は、もはや隠されてすらいない――






「――あ。お帰りなさーい、ハンターさん! 聞きましたよ、タマミツネが出たって!!」
「コノハさん。……ハンター様、ご無事でなによりでしたわね。ドスファンゴの退治、助かりましたわ」

なんだかんだでドスファンゴを捕獲した後。帰還先のユクモ村では、早朝にも関わらず村長とコノハが狩人たちの帰還を寝ずに待ってくれていた。
二人の隣にはすでにマルクスも控えており、長丁場だったのか、彼は大きなあくびを連発している。
朝日の眩しさの中で、彼の頭が燦々と光を反射させていた。眺めるのも悪いと思ってか、ステラはさりげなく顔を逸らしている。

「ちょっと、おっさん。眩しいよ」
「あっ、……クリノス」
「なに? ステラ。本当のことでしょ」
「おうさ……ううん、いやしかし。お疲れさんだな、お嬢ちゃん。泡狐竜なんざ、そうそう会えるもんでもないってのに」
「だよねー!? あーっ、素材欲しかったなー!」
「そうさな。俺は、お嬢ちゃんの命の方を心配していたんだがなあ」
「え? 平気だし。なんともないよ、あれくらい」

変わらないクリノスの様子に村長はくすくすと笑みをこぼし、コノハはほっとした表情で息を吐き、肩を竦めた。
……マルクスの話では、村の畑を荒らしていたブルファンゴの群れはクリノスらがドスファンゴを捕獲した後、方々に散っていったという。
親玉が失せて統率が取れなくなったんだろう、鎚使いはあくびを噛み殺しながら呟いた。
頷き返しながらクリノスは大きく息を吐く。今回邂逅したあのタマミツネは行方を逃してしまったが、彼自身は村に危害を加えずに立ち去ってくれたらしい。
モンスターの狩猟依頼のほとんどは、彼らがもたらす被害の拡大を未然に防ぐためのものだ。被害が最小限に留められたことには安堵するしかなかった。

「……一件落着だね。クリノス」
「そーだねー。さて、これからどうしよっかな」
「龍歴院のハンター様。先ほど、ベルナ村から伝書が届きましたの。そちらに向かわれてはいかがでしょう」
「えっ、ベルナ村から?」
「ハンター様のご友人……例の黒髪のハンター様も、合流なさるようですわ。なんでも、早急に集めて欲しいものがあるとか」

手紙には採取にまつわる新規のクエスト依頼が記されている。難しい内容ではないはずだ、先輩狩人は目を瞬かせた。
とはいえ、別行動をとっているあの新米狩人の状況も気にはなる。ふと、いつから自分は彼の保護者になったのだろう、と思い至りクリノスは嘆息していた。
これからどうする、そう問うようにステラを見る。元より口数の少ない旧友は小さく肩を竦めて見せるだけだった。お任せする、という意味だろう。

「依頼もきてるわけだし、わたしはベルナに戻ろうかな。おっさんはどうするの?」
「俺か? うーむ、帰ったところで娘に怒られちまいそうだからなあ」
「ちょっと。子供じゃないんだから」
「いや、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは知らないからそう言えるんだよ。うちの娘は嫁さんそっくりでなあ、怒らせるとそりゃもう怖いんだよ……」
「はあ。そういうもの?」
「普段、怒らないやつほど怒ると怖いんだよ。お嬢ちゃんも十分気をつけな、狩りの方もな。無茶するんじゃないぞ」
「はいはい。じゃあね、マルクス。縁があったら、またね」
「おうさ。カシワの若人にも、よろしく伝えておいてくれ」

困ったようでいて、どこか照れくさそうに笑うマルクスを見上げてクリノスはにひっと笑った。
そのまま手を軽く振って彼と別れ、村長たちに見送られながらリンクとともに飛行船乗り場に足を向ける。
そのとき、確かに落ち葉を踏む音がした――振り向くと無言でステラが着いてきている。一緒に行く、と言いたげに頷かれ先輩狩人は目を瞬かせた。

「古代林の調査拠点に行くんでしょう? わたし、大地の結晶集めがしたいから」
「ああ、アレね。おっけーおっけー。『ハンターさん、しゅっぱ〜つ』!」
「……懐かしいね、それ」
「でしょー。あ、そうだ。ステラはカシワに会ったことなかったよね?」
「カシワ……誰?」
「うーん」

飛行船に乗り込みながらクリノスは逡巡する。
今現在の相棒といえばそれまでだが、思い返せば、ステラ自身は人見知りをする方なのだと以前に自己申告されていた。
実際に彼女が当時世話になっていた拠点に関わる人物ら以外の人々と積極的に交流しているところを、自分はあまり見たことがない。
口数が少なく、愛想が悪いこともある。果たしてカシワとうまく交流してくれるだろうか……ちらと視線を送ると、旧友は返事を待つように首を傾げていた。

(なるようになるかー)

なんでもない、首を振りクリノスは床に座ったリンクに続いて、手頃なサイズの木箱に腰を下ろす。
ステラは乗船口の近くに立ったままだった。その場から動こうとせず、ただこちらをじっと見つめている。
何を考えているか分かりにくい上に、考えごとを顔に出さないタイプ。かつ、怒らせると手に負えない……長いつきあいから、それくらいは把握していた。
嘆息混じりに、双剣使いは物言いたげな友人に話をするよう促した。彼女の表情が、珍しく酷く険しいものだったためだ。

「……クリノス、どうして『下位』装備のままなの? まさか、まだ下位ランクなの」

口を開くや否や、放たれたのは咎めるような音の響き。物静かな口調だが、語気に明らかに怒気が滲んでいる。
言われた意味が分からず、クリノスは一瞬言葉に詰まった。はっと我に返った頃には、旧友が靴音を立てて歩み寄ってくる。
ヤバい――思わずたじろぎ小柄な体を見上げるも、いつもの眠たげな表情は影で隠れてしまっていた。

「クリノスは……下位でくすぶっているようなハンターじゃないでしょう。いったい、どうしちゃったの」
「いや、あの、ね、ステラ」
「このあたりにも上位ハンターの助力を待っている人たちがいるんだよ。モガやタンジア港のこと……忘れてしまったの」
「いやあ……その、ね、とにかく、落ち着いて」
「落ち着いてる……わたしは、十分落ち着いてるよ。ただ、少し……悲しくなっただけ」

時折混ざる吐息には、呆れよりも落胆の色が強く現れている。クリノスは仰け反ったまま乾いた唇を舌で濡らした。
普段怒らないやつが怒ると怖い――マルクスの言葉を反芻し、この場にいないカシワを内心でめちゃくちゃに呪う。

(だから、言わんこっちゃないのにっ! カシワェ)

自身が追い求める希少な素材は、下位よりも上位クラスの方がより多く手に入れることができる。
しかし、彼女がこれまで上位クラスへの昇格に固執していたのは決してレアアイテムに魅了されていたためだけではない。

(……忘れるわけ、ないでしょーに)

生まれて初めて、本物の武器を手に持ち、着慣れぬ防具を身につけ、何も知らぬまま足を踏み入れたタンジアの港……。
かけだしのハンターであった頃のことは、どれだけ狩猟経験を重ねても一度たりとも忘れたことがなかった。
ステラやそのオトモたちと出会い、駆け抜けためまぐるしい日々。多くの人に出会い、たくさんの狩り場に赴き、また、多くのモンスターを狩って回った。
下位クエストよりも強靭で、手ごわいモンスターが跋扈する上位クラス。悩まされ、苦しめられる人々。
彼らを助け、ときには逆に励まされ、新米狩人だったクリノスは友人とぼろぼろになりながらも狩りの技量を磨いていった。
下位で余裕を見出し、しかし上位昇格の後、より強靭な個体を前にステラともども自信をなくしかけたこともある。
……カシワの姿は、当時の自分と重なっていた。だからこそ、人助けと腕前の向上だけに没頭する彼をもどかしく思えてしまう部分があったのだ。
「レアアイテム好き」は不変の事実だ。しかしそれだけがクリノスの矜持ではないことを、ステラには知られてしまっている。

「うー……あのね、ステラ」

先輩狩人は改めて友人を見上げた。気嚢の隙間から見える青空と交互に、彼女の切なげな表情が目に映る。
知らず、嘆息が漏れていた。ステラが一瞬肩をびくりと跳ねさせる。呆れたわけではない、首を振り、クリノスは隣り合わせのオトモの頭を撫でた。

「いま、わたしの相棒やってる奴が……カシワっていうんだけど、そいつがね、まだ狩りを始めたばっかりで危なっかしいの」

リンクの毛並みは撫で心地がいい。動揺していた気持ちが少しずつ落ち着いていくのを感じる。
クリノスは、ステラにも横の木箱に腰を下ろすよう促した。しぶしぶといった体で旧友はそれに従う。話を続けた。

「あのまま上位に連れてったら、危ないし。わたしだって、レアアイテム! 欲しいけど」
「……クリノスがレアアイテム好きなのは、モンスターの攻撃に耐えられる防具を磨くため、でもあるでしょう」
「いや、あの、うん、そ、そうなんだけどっ。あの、いまは、その話は置いといて……!」

いざ真剣な顔で見つめられると気恥ずかしくなってしまう。乱暴に咳払いをして、クリノスは空を仰いだ。

「今は、まだね。焦ったって仕方ないし。それに、これでも発破はかけてるんだよー?」

下位クエストでさえ逃げまどい、悲鳴を上げる――そんな新米狩人の姿は、いつまで見ることができるだろうか。
自分とて、今の実力を得るのに数年の月日を要した。ステラもまた同じであるはずだ。焦るな、とクリノスは友人に笑いかける。
ステラは、木箱の上で器用に膝を抱えてしゃがんだ。逸らされた瞳は飛行船の外側に向けられている。

(おおかた、分かってくれてないんだろうけど)

彼女は考えが読みにくい上に――恐ろしく頑固だ。
なるようになーれ、と得物を抜き、双刃の手入れを進めながらクリノスは鼻歌をこぼした。
ベルナ村までそう時間はかからない。自身とオトモ、黙り込む旧友を労るように、心地いい風が流れていった。





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 UP:21/11/07 加筆修正:25/07/28