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モンスターハンター カシワの書(28)

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オトモ広場の奥、ベルナ村の外れには広大な放牧地が広がっている。
オトモ広場自体も野花が多数花開く自然豊かな景観だが、放牧地も萌える緑の青草が背を伸ばす雄大さを誇っていた。
ここに放たれているムーファは、ベルナ村特産のミルクやチーズ、生クリームなどの生産に欠かせない存在だった。
龍歴院のふもと、研究員やハンターたちの活躍がめざましいこの地のもう一つの姿でもある。

「よーし、よしよし……もうすぐだからね、元気な仔があなたの傍に来るからね」

放牧地の至るところに建つ牧場。
そのうち、やや小さな小屋の中で一人の若い娘がお産を迎えようとしているムーファの背中を撫でていた。
長い黒色の髪に、同色の瞳。二十歳そこそこの娘は、今は亡き母から引き継いだ牧場を一人で切り盛りしている。
彼女にはまだ健在の父がいたが、彼は仕事が忙しく長期間の不在は当たり前で、なかなか家に帰ろうとしなかった。

「どう、ノアちゃん。具合の方は」
「先輩」
「その先輩っていうの、やめてちょうだいよ。そんな大層なこと教えてないんだから!」
「ふふ、先輩は先輩だから、いいんです」

頼れるものといえば、ベルナ村で牧場を経営している村人たちだ。小屋に入ってきた女性にノアはぱっと振り向いた。
初産であるこのムーファを気にかけ、数日前からしっかり者として有名な一人がひっきりなしに様子見に来てくれている。
怖い面立ちのハンターたちにもまるで物怖じしないこの女性を、娘はまるで実の母親かのように慕っていた。

「栄養が足りてないのか、日光浴の時間が短かったからか……あんまり、元気がなくて」
「ここ最近、毛の収穫量も少なかったからねぇ。この間、ついにハンターさんに野良ムーファの毛刈りを頼んじゃった」
「えっと? 他の村に出荷する分は足りてましたよね?」
「カツカツだったけどねぇ……そこは商売だもの、意地でもなんとかするわよ。それよりこの子のことも気になるわね」
「ええ……少し前まで長雨だったから、青草も少し足りなくて。そのせいじゃないかなって」

お産を控えているわりに、ムーファの体重の推移は芳しくない。二人はごく小さく嘆息してしまう。

「先輩。わたし、古代林に行って深層シメジでも採ってこようかと思ってるんですけど」
「そりゃ、栄養はつくかもしれないけど……一人で大丈夫? それこそハンターさんかお父さんに頼んでみれば」
「お父さんが帰ってこないのは、いつものことだから。これ以上お仕事増やせないですよ、うちには払えるお金もないし」
「でも」
「大丈夫ですよ。特産キノコだってよく採りに行くくらいなんですから。心配しないで下さい」

ハンターが請け負うクエストは、ギルドとの連携と依頼人が支払う報酬金があってはじめて成り立つのだ。
報酬を用意できなければ、如何にハンターと親しい間柄であったとしてもクエストの依頼をすることはできない。
……深層シメジは古代林固有の山菜の一種だが、その栄養価は高く、更には古代林の生態を知るための学術的な価値もある。
たとえその採集に危険が伴おうとも、自力で叶うのであればわざわざクエスト依頼を出すまでもない。
ノアのみならず、どの村人たちもそういった認識だった。
日々の生活だけで精一杯だ、と自嘲混じりに苦笑して、ノアは出かける支度を急ぐ。
ひざ下丈のスカートは両端を縛って丈を上げ、ロングブーツもショート丈に変えた。髪も一つに結び直してしまう。
念のために、父が残していったけむり玉を一つカバンに詰めて肩に掛け、小脇にキノコを収めるための麻カゴを抱えた。
しっかり者の村人は、その様子を心配そうに見ている。彼女は早くに亡くなったノアの母親とは顔なじみだった。
ノアとその父親のことは昔からよく見知っている。心配するな、という方が無理な話だった。
それに加え、ノアはある部分で頑固な面がある。変なところで父親に似たのだろうか、村人は小さく苦笑した。

「分かった。じゃ、この子はあたしが見ておくから。気をつけて行ってきてね」
「ごめんなさい、先輩。お願いします」
「そうそう、ノアちゃん。最近、古代林の奥から不気味な音が聞こえるって噂よ……あんまり、奥には行かないようにね」
「不気味な音……なんだか怖いですね。分かりました、行ってきます」

軽い足取りで、いつもと同じように特産キノコや特産ゼンマイを採りに行く要領で、ノアは村人用の飛行船に乗り込む。
よく晴れた日だった。その日が彼女にとって「運命の日」となることを、ノア自身はおろか誰も知らない――






――ところ変わって、ベルナ村、アイルー屋台前。数日ぶりに会う相棒の近辺からは、リオレウスの臭いがした……。
比喩ではない、カシワは顔面に叩きつけられたとある物体と、ぶつけられた際の小さな痛みに顔をしかめる。
独特の光沢と突起を有するそれは、火竜ことリオレウスの素材で仕上げられた女性用の腕用防具。
自分が身につけるマッカォシリーズ、ムーファシリーズとは、その上質な材料からして明らかに出来に差があった。

「だ、旦那さん!? す、ステラさん、いきなりそんな……あんまりですニャ!」
「俺は大丈夫だ。落ち着け、アル」

突然のことに慌てふためくアルフォートの頭に手を乗せ、カシワは両腕の中に落ちてきたそれを掴む。
使い込まれ、ところどころに残る大型モンスター由来と思わしき爪痕や細かい傷に、年季を感じさせられた。

「ちょっ、ステラ!? 何やってんの!?」
「クリノスは黙ってて」

顔を上げると、たった今合流したばかりの相棒ことクリノスと彼女についてきた見知らぬ女が揉めている。
年齢はクリノスと同じくらい、背丈は低い方で、半開きの――普段なら温和そうな――目がカシワを見据えていた。
女にぴしゃりと詰られ、珍しくクリノスが口をもごもごさせている。口達者な彼女を知る自分には新鮮な光景だった。
もう一度、カシワは抱えたままの防具に目を落とす。同じような装備を纏っていることから、持ち主は女に違いなかった。

「……えーと」

それでも、初対面の彼女に何故装備品を投げつけられなければならないのか。カシワには皆目見当もつかない。
半ば涙目になっているクリノス、次いで女に目を向けると、今度は唐突に人差し指を突きつけられた。思わず面食らう。

「あなたが、カシワ?」
「って、分かってなかったの!?」
「クリノスは黙ってて」
「はい」
「……ああ、俺がカシワだ。あんたは? というか、このグローブ……」
「今どうしてもやらなきゃいけないこと、済ませたかったから。もう終わったから、返して」
「? あ、ああ」

ベルナ村に着くや否や、合流した相棒の知人と思わしきその女はこちらにどこか険しい目線を送ってきていた。
あまつさえ防具を投げつけられた。まだ多少ひりひりする顔を袖でさすり、カシワは首を傾げる。
何か怒らせるようなことをしただろうか、唸るカシワの前で、彼女は空いていた左腕に素早く防具を装着し直す。
慣れた手つきから、長いこと愛用している品物なのだろうと推測できた。
それと同時に、ああいった上物の装備を仕上げているということから彼女が腕利きのハンターであることも予想できる。

「わたしは、ステラ。クリノスとは昔なじみの狩り仲間」
「そうなのか、クリノス」
「う、うん……」
「クリノスから聞いた。あなたが遅遅としているせいで、クリノスが上位に上がれないって」
「!?」
「ちょ、ま、ステラ、それとこれとは」
「クリノスは黙ってて」

ついに頭を抱えたクリノスに、カシワはぎょっとしたような目を向ける。しかし、彼女と目が合うことはなかった。

(クリノスにも、口で勝てない相手とかいるんだな)

妙なところで感心してしまう。険しい表情のステラに、普段は小生意気な相棒が押されっぱなしのように見えた。
言い出したら聞かない質なのだろう。クリノスの前に立ち、ステラはやおら一枚の紙切れを取り出した。
突き出されたそれを覗き込む。まさに、これから挑もうとしていたベルナ村村長からのクエスト依頼書だった。

「ベルナ村の村長からの依頼? あんたも受けるのか」
「……わたしと勝負して」
「勝負?」
「うわ、ステラ、そういう、ああ……もう……」
「そう、勝負。どっちが先に、納品を済ませられるか」
「ちょっと待ってくれ。なんで俺とあんたが勝負しないといけないんだ? それに依頼は遊び半分でするもんじゃ、」
「遊びでこんなこと言わない」
「え?」

困惑するカシワに対し、ステラは揺るがない。彼女の声は場に染み込むようによく通る。

「わたしは真剣なの。もしあなたがわたしに負けたら、その場でクリノスとの狩りのコンビを解消して欲しい」
「!?」

古代林深奥部に生える、深層シメジの納品。依頼内容そのものは決して困難なものではない。
しかし、それを勝負……初対面の相手との競争に使おうなどと言い出され、カシワはますます困惑した。
更にステラはクリノスとのペア狩りを辞めろという。彼女の意図が分からず、カシワは思わずクリノスを見た。
……聞くなと言わんばかりの、どんよりとした悩ましそうな顔がこちらを見ている。

「そのかわり、わたしが負けたらあなたの狩りをなんでも手伝う。狩猟笛、頼りになると思うよ」
「そんな、いきなり言われてもだな」
「男でしょう、逃げるの? それともあなた、クリノスがいないと何も狩れないの」
「な、」

挑発されている、とはさすがに気付けていた。しかし、ここまで好きに言われて黙っていられるものだろうか。
カシワにはそれを許容するだけの度量はなかった。

「……分かった、引き受けるさ」
「ちょっと、カシワ!」
「どのみち納品は急いで欲しいって話だったしな。村長には世話になってるし、放っておけないだろ」

ベルナ村に帰還した折、ベルナ村の村長は龍歴院が研究に用いる件のキノコが在庫切れ寸前であると話を進めた。
曰く、「龍歴院が学術研究用に管理する深層シメジの在庫が、今まさに尽きようとしているらしい」、と。
村に来たばかりの頃、マイハウスを事前に手配してもらい、クエストの合間には武具生産用のチケットも手渡されている。
世話になっている以上、依頼を無碍にはできないとカシワは頷いた。

「ステラ、だったよな。あんたとの勝負はそのついでだ、それに誰とコンビを組むかはクリノスが決めることだしな」
「……言うね。わたしは、手加減しないから」
「あー、もー……なんで、こんなことになるかなー。焦らないでって、言ったのに……」

頭を抱えるクリノスだが、その頭上にふと影が差す。飛行船乗り場からやってきた人影が、悩める彼女を見下ろしていた。

「――どっちもどっちだな。どんな依頼であれ、半端な気持ちでこなせるようなものではないんだぞ」
「!?」

クリノスのみならず、カシワもその人影には見覚えがある。一斉に視線を集め、現れたユカは短く鼻を鳴らした。
驚きを隠さないクリノスの手を掴み、嫌がる彼女――過去の寄生呼ばわりが未だに引っかかっている――を強引に立たせる。
いーだ、と歯を出して無言の反発を示すクリノスだったが、ユカはこれを苦笑混じりにスルーした。
にわかにステラの表情が曇る。カシワは、彼女が自分ではなく、ユカに対しても険しい目線を投げることに戸惑った。
ユカには動じた様子もない。悔しがるクリノス、どこか険しい表情のステラの反抗を、彼は涼しい顔で受け流している。

「……キークエスト進めてんのかと思ったら、オミャーら、勝負とか一体どういうことニャ」
「チャイロさん!」
「よう、アルフォート。元気にやってたかニャァ」

そんな彼の隣にはチャイロも控えていた。いつものように腕組みをして、わずかにふんぞり返っている。
チャイロがアルフォートに先輩風を吹かせるようになったのは、オトモ広場での特訓以来のことだ。
彼の登場に目を輝かせている様子からして、アルフォートもまんざらではないらしい。

「チャイロさん。あの、ボク、話したいことがたくさん、」
「アル。……ユカ、そうは言うけどな、どっちにしても納品は急ぎの依頼らしいんだ」
「それくらいなら知っている。龍歴院に急かされて、俺まで駆り出されたくらいなんでな」
「ユカもなのか? 意外だな、お前でも採取クエストとか受けるんだなあ」
「お前、俺のことをなんだと思ってるんだ。まあいい」

何か言いたげだったアルフォートを一瞥して、ユカは懐から一枚の紙切れを取り出した。
表の左下にギルドの紋章がスタンプされている時点で、クエスト受注書であることが一目で分かる。

「勝負、というなら何も同じクエストに向かうまでもないだろう。どうだ、どちらか、こっちを受けてみる気はないか」
「……ポッケ村の、納品依頼?」

ギルドの紋章の上に、見慣れぬ別の紋章が押印されている。首を傾げたカシワをよそに、ステラが依頼書を受け取った。

「こっちも納品依頼だね。『ポポノタン』くらいなら、そんなに難しい依頼でもないと思うんだけど」
「村人が採取に出た折に、不手際が生じたそうでな。近隣のハンターは皆出払っていて思うように集まらないらしい」
「で、龍歴院に直接話が来たってわけ? ……ほーん。評判、上々なんじゃないの、ユカちゃん」
「馬鹿を言うな。指名されたのは、本来お前たちだぞ。クリノス、カシワ」

龍歴院が個々の村やギルドとは異なる独立した組織であることは、カシワたちも把握していた。
しかし、ギルドと提携しているとはいえ、龍歴院つきの自分たちに直に依頼が来るとは思わなかった。
自分でも顔が紅潮していくのが分かる。横からクリノスに冷やかされ、カシワは慌てて咳払いした。

「おい、お前も龍歴院つきだろう、自覚を持て。クリノス」
「はいはい」
「……カシワ。あなたはどちらに行きたい? わたしは、ついでに村に寄りたいから雪山に向かえると助かるんだけど」
「俺は」

どっちでも、そう言いかけて、カシワは視界の端にこちらを暖かな目で見守るベルナ村村長の姿に気がつく。
村長には世話になっている――自分で言っていたことではないか。答えは迷う必要すらなかった。

「ないとは思うけど、繁殖期はモンスターが活発化する季節だから。乱入してくる奴がいたらそれぞれで判断しよう」
「一応、閃光玉でも持って行くか。クリノス、お前はどうする?」
「んー」
「クリノス、お前はカシワに着いていくといいだろう。俺もポッケ村に用がある、これで二対二、平等になるはずだ」
「って、ユカちゃんに指図される覚えないんだけど……はいはい、分かりましたよー」

離れていた期間を思えば、つもる話も山ほどある。
カシワはアルフォートを、クリノスはタマミツネ乱入を期に疲れを溜めてしまったリンクを村に残すことにした。
チャイロが双方の面倒を見る、と言い出したこともある。嬉しそうに破顔するアルフォートに、カシワは小さく微笑んだ。
互いに軽く手を振り合い、カシワとクリノス、ユカとステラは、それぞれ別々の飛行船へと乗り込んだ。





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 UP:21/11/14