取扱説明書  ▼「読み物」  イラスト展示場  小話と生態  トップ頁  サイト入口 



モンスターハンター カシワの書(25)

 BACK / TOP / NEXT




さながら、それは全身に甲虫種の亡骸を貼りつけているかのようだった。
鈍く光る暗緑の甲殻は先端が鋭く尖っており、同じ飛竜種である雌火竜の背中や尾に生える棘のようなしなやかさは感じられない。刺々しく攻撃的な外観だ。
全身がそうした硬い殻に覆われているが、翼膜のみ異なる質感を持っている。飛甲虫の薄翅のように透き通り、表面に虹色の膜を張っているのだ。
陽光を浴びればたちまちガラス細工のように美しく照り輝くのだろうが、今はそんなことを想像している場合ではない。
懸命に後ろ脚を斬りながら、新米狩人はふとこの飛竜の顔を見上げていた。
好戦的、あるいは獰猛な気配が眼つきからも感じることができる……視線が重なった。長い首を振りかぶり、竜は眼下に頭頂を叩きつけようとする。
咄嗟に横に回避。すれ違い様、斬撃のように振り下ろされたトサカがパッと翠光を閃かせたのが見えた。帯電か、蓄電か、それとも。

(それにしても……かったいな、こいつ)

取って返し、勢いに乗せて剣を振り上げると同時、刃が弾かれる。翼の骨組みは想像以上に硬く、肉に食い込む感覚は皆無に等しい。
見た目通りの硬さにカシワは歯噛みした。斬れ味は落ちる一方だ……改めて竜の姿を見返そうと退がった、そのときだ。

「うっ、」
「旦那さん!!」

短い叫声。こだまするような響きを持つ高音とともに翼が一度、二度はためき、竜の巨躯が宙に浮く。
風圧に煽られて硬直した体を、アルフォートが得物の柄で殴り飛ばした。そのまままとめて地面を転がり、ふたり揃って跳ね起きる。
片手を挙げて礼を言う雇用主に、オトモは何度も頷き返した。その眼が潤んでいるのを見て、カシワは頭を振る。

(やろうって言ったのは俺だ。アルに、心配かけてられないな)

乾いた羽ばたきの音。見上げた先、軽々と滞空する竜の翼に新たな光が生まれていた。
闇の中で煌めく金色の稲光は、翼膜の虹色を一層色濃く引き立たせる。翅脈に沿うように走り、いつ放電してもおかしくないと思わされた。
剣を握り直し、直後カシワは左に跳ぶ。浮いた飛竜の体が、突如勢いよく狩人めがけて突っ込んできたからだ。
放電するんじゃなかったのか! 罵る余裕もない、疾る轟音と震動。着地する直前、飛竜は翼を袈裟懸けに振り下ろし翼爪で地面を殴りつけていた。
雷撃の余波と力任せの殴打。当たればひとたまりもない――無情に抉れた土と飛び散る骨を見て、新米狩人はぐっと声を詰まらせる。

「アル、今だっ!」
「ニャイ!! 『巨大ブーメラン』いきますニャ!」

翼を叩きつけた直後の、一瞬の硬直。この隙は見逃せられない。後方に跳び、カシワは剣で、アルフォートはブーメランでの反撃を試みる。
それぞれの得物は、狙い通りに尻尾ないし頭部に当たった。視界の端でチリチリと雷光が揺れ、相手にもダメージと蓄電が重なりつつあることを告げている。
「あともう一撃」。翼爪の斬撃をかわす最中、心臓が早鐘を打っていた。
次はどう来る、次はどっちに跳べばいい、頭になら刃もすんなり通るかもしれない……今、自分がこの場に踏み留まるのは飛竜に対する畏れだけではない。
見たこともない未知のモンスターとの邂逅に、胸が弾んでいるのが分かった。凄いモンスターだ――カシワは冷や汗混じりに口角をつり上げる。

(黒い龍だけじゃない。俺が知らないやつ、見たことないやつ……そんなのがあと、どれだけいるんだ)

ここでこの飛竜を狩りきることはできないだろう、新米狩人にはそんな予感があった。
息が上がり始めている自分たちに対し、雷の飛竜はただ帯電の度合いを増すばかりで一向に疲弊する様子がない。
実力の差は目に見えている、それが分からないほど自分も未熟ではない。それでも未だに、この竜に背中を向けられずにいた。
勝つ見込みがない現状、だというのに狩人として恐怖よりも好奇心の方が勝ってしまっている。しかし――

(落ち着け! ターゲットは『竜の卵』だって、分かってるだろ)

――後ろ髪を引かれる思いでハンターナイフを納刀した。腕の金時計を盗み見る。
二度目の歯噛みは、背を向けることへの屈辱ではない。中断しなければならないことに対しての強烈な苦みだ。

(こいつがここを離れるか、俺たちが一旦逃げて仕切り直すか……卵を運び出すなら、どっちかしかないよな)

ターゲットは、あくまでも運搬待ちの竜の卵。クエストを受けた狩人として、ココット村に足を踏み入れた者として、この依頼を失敗するわけにはいかない。
カシワは視界の端、巣に埋もれたままの卵を盗み見た。この飛竜のものであるかは分からないが、持ち出すことに罪悪感がないわけでもない。
悪いな、胸中でそう口にする。それでも今は、卵の到着と薬の完成を待つ人々のためにもやるべきことをやらなければ。

「どっせい!!」

思考中断、右へ跳んだ。たて続けにそのまま地表を転がり、眼下の乱入者めがけて振るわれるトサカから素早く逃れる。
竜はしぶとくエリアに居座っていた。やはり巣の主なのだろうか、首を傾げたカシワの目と鼻の先で、アルフォートが攪乱も兼ねたブーメラン投擲を試みる。
ぱちん、と乾いた着弾音がした刹那、竜は暗緑の巨躯を滞空させたままおもむろに咆哮した。

「ううっ!?」
「旦那さん、大丈夫ですニャ!?」
「ああ……アル、それより時間が惜し――」

新米狩人が一瞬言葉を切ったのは、頭上の竜があまりにも美しかったためだ。
感情の昂ぶりに釣られ、鮮やかな雷光のうねりがトサカ、翼膜、尻尾の先端にまで巡らされる。暗緑に七色の煌めきが灯され、視界がぱっと明るくなった。
耳を塞いでいた手を外し、意欲と聴覚を取り戻した瞬間。狩人のふたりは眼前、翠玉色の雷光が地上を這いうねる姿を見る。
頷き合うより早く、アルフォートは前へ、カシワは横に跳んだ。
まるで芸術品だ――竜が放ったと思わしき雷撃は蛇行するように地を不規則に滑り、天にまで伸びる雷柱とともに狩人たちに迫る。
さながらそれは、天空の雷が地上に召喚されたかのようだった。散乱する骨を巻き上げ、砂埃を弾き、雷は侵入者の体を貫こうと、あっという間に接近する。

「ッあ、あぶっ、危なっ……!」

雷光の煌めきに、遅れて轟音がついてきた。間一髪、雷の隙間を縫うように跳んだ結果回避は無事成功する。
鼓動が速まり、息が上がった。着地した先、汗を拭うと同時に強い視線を感じてぱっと振り向く。
飛竜と目が――明確な怒りを眼に滲ませて、雷の飛竜が狩人たちを睥睨していた。刹那、翼が大きく大気を打つ。

「旦那さんっ、あいつ逃げる気ですニャ!」
「いや……かえって好都合だ」

少しずつ遠ざかる影を見送り、カシワは大きく息を吐く。不思議と、あの飛竜が自分に何事かを語りかけていたような気がした。
名残惜しいのか、俺は――飛び去った巨影は狩人に応えないまま、夜空に眩い雷光を散らせて北方へ飛び去った。
不気味なほどの静けさが訪れる。先の電竜がまるで夢か幻かのように、いかなる生き物の気配も残されていない。それでも、彼の痕跡は色濃く残されていた。
深く抉れた地面、鼻を突く焦げ臭さ、自分とオトモの荒い呼吸。肩で息をしながら、カシワは同じようにぐったりしているアルフォートに目を向ける。
目立った外傷はない。手足もきちんと揃っている……無事、生き延びることができたようだ。
もう一度息を吐き出すと、じわじわと飛竜への畏れと生存した喜びが湧いてくる。目の前に持ち上げた手を開き、握りと何度か繰り返し、口角をつり上げた。

(よかった。『まだ勝てない』、それが分かっただけで十分だ)

狩り場で対峙し、生き残れた。狩ることはできずとも、一定の傷を負わせることができた。
合間に相手の動きや攻撃手段も目にすることが適った上に、怒り状態時の変化も僅かながら体感することができた……新米狩人は小さく首肯する。

「旦那さん……」
「アル。お疲れ、頑張ったな」
「ニャイ。あいつ、凄かったですニャ。ナルガクルガよりは遅かったけど、技と力が強力で」
「ああ。俺も、うっかりネコタクの世話になるかと思ったところだ」
「旦那さんが運ばれるのは駄目ですニャ! 今回のターゲットは」
「もちろん、竜の卵だろ。大丈夫だ、分かってる」

観察すること。比較し、推察すること。どれもが、あの銀朱の騎士や豪傑の鎚使いが自然とこなしていたことだ。
自分はまだまだ未熟者だが、ナルガクルガの捕獲の際には、件の竜の習性を利用してやることもできていた。
そういった積み重ねが、いつかユカやクリノスに並び立つことにも繋がっていくはずだと――確かな手応えを感じてカシワはアルフォートに笑いかける。

「よし。そうと決まれば、早く卵を納品してココット村に戻るぞ」

心地よい疲労感があった。きっと互いにそうだろう。話を振ると、オトモは嬉しそうに眼を輝かせて何度も首を縦に振る。
口角を上げ、新米狩人はすぐに竜の巣へと足を向けた。後悔はない――次なる電竜との対峙に思いを馳せるだけで、心は繁殖期の陽光のように明るくなる。

「それにな、アル。この間、お前が孤島にいた頃の話を聞かせてくれただろ?」
「ニャイ。しましたニャ?」
「少し、考えてみたんだ。今度は俺が、自分の……村にいた頃の話をしようと思ってさ」
「旦那さん? それって、」
「おかしいだろ? 俺はお前のことを知ってて、けどお前は俺のことを何も知らないって。なんかそれって……少し、水くさいだろ」

目的の卵を拾い、のろのろと歩き出した矢先。ふとオトモがついてこないことに気づいた黒髪黒瞳は、返事を待つつもりで振り向いた。
視線の先で、アルフォートは武器を抱きかかえ、感激ひとしおといった様子で顔を輝かせている。

「はいですニャ、聞きたいですニャ! 旦那さんがどんな人だったか、ボクも知りたいですニャ!!」
「そ、そうか? そんな、大して面白い話でもないと思うぞ?」
「全然! 全然、大丈夫ですニャ! はっ!! そ、それより卵ですニャ! 安全第一ですニャ、小型モンスターは任せて下さいニャ!」
「ああ、もちろんだ。キャンプまで割らずに運ばないとな。頼りにしてるぞ」
「りょっ、りょ、りょ、了解しましたニャー!!」

矢継ぎ早に決意を語り、意気揚々と走り出したオトモがあまりにも可愛らしく見え――新米狩人は、晴れ晴れとした顔で笑った。






「おっ、帰ってきたな。長引いたんじゃねーか、嘘つきカシワ」

ココット村に着くなり、クエスト出発口で出迎えた幼なじみは苛立ちと憔悴を滲ませた顔で新米狩人を睨みつける。
落ち着かない様子の彼に一度だけ頷き返し、カシワはその奥、集会酒場の前で狩人の帰還を待つ村長の元へ足を急がせた。
……早速狩りの成果を報告し始めた黒髪黒瞳を見送ったシラカバは、苛立たしげに大きく舌打つ。
村にいた頃は「腕利きの息子」でありながら目立った才能も見せず、ただ自分たちに癇癪を起こしていたばかりの、あの若者。今ではこちらに怯えもしない。
依頼とは別にケチをつけてやるつもりだったのに――二度目の舌打ちをしたとき、シラカバは聞き慣れない音を耳にして目を瞬かせた。
顔を上げると、未だ出発口の下にいた新米狩人のオトモとやらが小さく足踏みをしている。主人を悪く言われるのは不快だ、と言わんばかりの地団駄だ。

「……オトモだか飼い猫だかってのは、飼い主に似るって言うよな」

呟いた瞬間、それなら代わりにこいつで遊んでやろう、という気になった。近寄ると、いつかの幼なじみと同じように肩を跳ね上げさせる。

「大変だな。お前の雇用主、依頼人をこんなに待たせるなんて大した度胸だよ」
「そんなっ、旦那さんは」
「はん、てっきりプレッシャーに負けて逃げ出したのかと思ったぜ」
「なっ……旦那さんは運搬中に飛竜種に襲われたんですニャ! それで戻るのが遅れたけど……でも、逃げ出さずに納品を果たしましたのニャ!!」

しかし、答えは予想外のものだった。
飛竜種と聞いた途端、シラカバは顔を強張らせる。いつか、近隣の村が焼かれた日……当時の村の動揺と被害状況とを思い出し、気づけば全身が硬直していた。
視線の先でオトモメラルーは得意げに胸を張り、更にその奥、新米狩人は特に何事もなかったかのように村長の質問に受け答えしている。
腐ってもハンターか――手招きされたメラルーに倣うように、シラカバは村長たちの元へ足を向けた。

「それで、村長。あの飛竜は……」
「うむ。おぬしらが出会ったのは『ライゼクス』と呼ばれるモンスターじゃ」

一介の村人である自分には想像も及ばない世界の話だ。いつの間にか凛々しくなった幼なじみの顔を見て、依頼主の青年は微かに舌打つ。

「ライゼクス? やっぱり、俺は聞いたことがない名前だ。この辺の固有種なのか」
「否じゃ、だが空の王者と渡り合える数少ないモンスターの一つでな。よくぞ無事で帰れたな……龍歴院のハンター殿の強運があってこそ、やもしれぬ」
「リオレウスと!? そうだったのか。あいつ、まだ本気を出してなかったのかもしれないな……なあ、アル」
「ニャ、ニャイ。ボクたち、そこまでの相手だとは思ってなかったんですニャァ」

オトモと顔を見合わせて苦く笑う様は、村にいた頃には見られなかった様相だった。
話を振る村長もまた飛竜の恐ろしさを語る一方、どこかこの幼なじみに好意的であるように見える。
腕利きの――村に長く留まる、とある黒髪黒瞳の狩人の一人息子。その実父がいかに優れたハンターか、自分は両親や村の村長伝手に何度も聞かされていた。

(皆して、こいつがそんな親の才を引いてるとでも言いたいのか? そんな話……)

癇癪を起こし、「伝説の龍は実在する」と豪語し、泣き喚いていた過去の姿。強運、龍歴院つきと言われても、未だにそのイメージが頭から離れない。
ココットの英雄との会話の最中、パッとこちらに振り向いた狩人の顔は、やはりどこか間の抜けたものにしか見えない。
歩み寄ってくるカシワがなにかしら反論してくるはずだと身構えたシラカバは、しかし青年が隣を素通りしていったことに一瞬言葉をなくす。

「おっ、おい、嘘つきカシワ……!」
「悪い、シラカバ。次の仕事の話が入ってるんだ」

ようやく。ようやくこちらを見たかと思いきや、その顔は酷く大人びており――否、自分が子供じみているのだ、と青年は愕然とした。
頷き返し、わざわざ頭装備の黒毛をずらして目線を合わせた狩人は、村にいたあの黒髪黒瞳の腕利きが高難度の狩猟に出るときと同じ顔つきをしている。

「何も言わなくていいさ。俺はこれから別のクエストに行かないといけないんだ……大変だろうけど、そっちも頑張れよ」

シラカバは二の句を継ぐことができなかった。
見上げてくるオトモの頭をぽんと叩き、労りながらもこちらに背を向けるカシワの姿は、村でからかっていた相手と同一人物であるようにはとても見えない。
いいから早く行け、そう毒づくだけで精一杯だった。背を向けられたまま手だけひらりと振り返され、自分がいかに幼稚であるのか思い知らされる。

「行ってしまわれたな」
「うおっ!? そっ、村長……あ、ああ。嘘つきの割に、ちゃんと仕事して行きやがったな」

美人と評判の受付嬢に仕事の詳細を聞く狩人は、もはやこちらを見ていない。どんな話をしているのかは知らないが、一見は楽しげに見えた。
次の仕事へ、その先へ、果てにはかつて豪語していた伝説の元へ……本気で目指しているのだと思わされ、何故か苦い気分が湧いてくる。

「なあ、村長。あいつ、どこまで行けると思う?」
「ほお。気になっておるのかの」
「まっ、まさか! 聞いてみただけっつーか……」
「そうじゃの……ハンター殿は、恐らくおぬしのことを悪く思うておらなんだ。またここで会うこともあるじゃろう。そのときに尋ねてみるといいじゃろう」
「げっ、べ、別にそこまでは……嘘つきだったからな。ハンターやってけんのかって、思っただけだよ」

耳を澄ませば、ベルナ村から、深層シメジが、特産キノコより……といった、聞き慣れない単語がところどころで聞き取れた。
一介の村人には分からない、ハンターの世界の話なのだろうとシラカバは舌打ちする。
しかし、わざわざ仕事相手の受付嬢に礼を言い小さく頭を下げる様子は、以前となんら変わらない。人の好さだけは相変わらずだ。
最終的に、見知った狩人はこちらには戻らずにまっすぐ飛行船乗り場に向かっていった。ふとその背中が村の腕利きの姿と重なり、青年は慌てて目をこする。

「……おぬしがライゼクスのよう、か。あのハンター殿も、面白い喩えをなさる」
「へっ? 村長、なんだよそれ?」
「さて、なんの話であったかの。それより薬師殿がお待ちじゃ、おぬしも用意をせねばの」

「やはり、あの黒髪黒瞳のことは解らない」。口には出さず首を傾げながらそう主張するシラカバを、ココット村の村長は小さく笑って見送った。
狩人にも依頼主にも、それぞれの事情と矜持がある。彼らのやりとりは、そんな若々しさと苦さを同時に感じさせるものだった。
歩み寄ってきた赤衣の受付嬢ベッキーに頷き返し、村長は龍歴院つきの狩人が飛び立った繁殖期の空を見上げる。
満開の桜の花片がたゆたう、穏やかな色。自分もそうして、狩り場を駆け回ったときがあったのだ――若者たちの前途を願うように、竜人は再度頷いた。





 BACK / TOP / NEXT 
 UP:21/10/24 加筆修正:25/06/11