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モンスターハンター カシワの書(24)

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「そう焦るでない、ハンター殿も仕事に差し支えるじゃろ」

意外にも、シラカバを制し手を離させたのはココット村の村長だった。
舌打ち混じりながらも解放され、カシワは防具のしわを手早く直す。幼なじみはなおカシワを睨むことをやめなかった。
今にも食ってかかりそうな雰囲気に、カシワは思わずシラカバから目をそらす。二度目の舌打ちが耳に届いた。
ふと横を見ると、アルフォートが悲しそうな顔でむくれている。気にするなと言うように、カシワはオトモの頭を撫でた。

「ときに、龍歴院のハンター殿。おぬしは森丘に、飛竜の巣があるのは知っておるか」

村長に手渡された正式なクエスト依頼書に目を通す。ふとカシワは、現場が現在、環境不安定であることに気が付いた。
村長もすでに把握していたことらしい。顔を上げたカシワと目が合うと同時、彼は大きく首を縦に振ってみせた。

「竜の巣……旧砂漠や渓流にもあったようなやつか」
「さよう。森丘の場合、山中に巨大な洞穴がありそこを飛竜達が巣として利用しておるのじゃ」

リオレイアといい先のナルガクルガといい、ずいぶんと飛竜種に縁がある――カシワは小さく頷き返す。
巣の有無にせよ、森丘に多くの飛竜種が分布していることはさすがに新米ハンターであるカシワでも知っていた。
ココット村の近隣で火竜などの飛竜が繁殖を行っているという話は、村の起源のことも相まってあまりに有名である。
その飛竜種の正体が、果たして因縁のリオレイアであるのか。
あるいはそのつがいであるリオレウスであるのか。いずれにせよ、行ってみなければ分からないことだった。

「その巣で『竜の卵』が採れることがある。おぬしにはこれを採ってきてもらいたいのじゃ」
「竜の卵……それが薬の材料になるのか。『運搬しろ』ってことだよな」
「うむ。しかし、場所が場所じゃ。まれに……危険な大型の飛竜がおる場合があるのじゃ。くれぐれも注意するのじゃぞ」
「……ニャ、旦那さん」
「ああ、竜の卵なら古代林で見かけて運んだことがあるから、大丈夫だ。アル」

いつかの特産ゼンマイ納品依頼の際に通りがかった「巣」を思い出し、カシワは不安げなアルフォートに頷いた。

「本当に大丈夫なんだろうな? もし採って来れなかったら、タダじゃ済まねーぞ、嘘つきカシワ」
「これ、やめんか。ハンター殿が任せろと言うておるのじゃ、子の親として構えておれ」
「んなこと言ったってよー、村長。あんたはこいつのこと、何も知らないからそう簡単に言えるんだよ」
「仕事は仕事だ、やるだけやるさ、シラカバ。結果を見て判断してくれ」
「うむ。龍歴院の者は、モンスターのさばき方に長けておると聞いておる……頼んだぞ、龍歴院のハンター殿」
「ありがとう、村長。さっそく行ってくるさ。行くぞ、アル」
「ニャイ! がんばりますのニャ!」
「……ネコ連れてなきゃクエストにも行けねー奴が、えらそうに……くそ」

カシワはシラカバの嫌みが聞こえなかったふりをした。きびすを返し、酒場の前で待つ受付嬢の顔を盗み見る。
危険な大型の飛竜――嫌な予感がしていた。酒場横に置かれたボックスを開け、ありったけのアイテムをポーチに詰める。
用意は周到に、未だシラカバに複雑そうな目線を向けるオトモを促しカシワは幼なじみに背を向けた。






「ここが、森丘か」

木々に囲まれたベースキャンプを抜けると、緑鮮やかな丘陵が一面に広がっていた。
ココット村のほどなく近く、かつて伝説級と称される名うてのハンターたちが腕を磨いた狩り場、森丘。
彼らの軌跡をなぞるように、カシワはその場で何度か足踏みする。なんとなく、彼らの気概を享受できたような気がした。
開けたフィールドの目の前に流れる小川の対岸には、青々と萌える木々が穏やかな風に葉を揺らしている。
常ならばその大地の上で草食竜が草を食んでいるはずなのだが、今そういった生物の気配はまるで感じられない。
時間帯は深夜――闇にまぎれ、少しでも飛竜の脅威から逃れやすいようにとギルドが出発時刻の指示を下していた。
満天の星を見上げながら緩やかな坂を登り、突き当たりで左に曲がると、狩り場としての「森丘」がカシワを迎え入れる。
切り立った崖、遠くに臨む山岳、広々とした草原……孤島や古代林とはまた異なる空気が、その場に滞留していた。
一見穏やかな風景だが、その先に一歩進めばランポスをはじめとした肉食モンスターやランゴスタの姿も確認できる。
早くもエリア一に点々と浮遊するランゴスタの下をくぐり抜け、カシワはアルフォートと共に平原の奥へと進んだ。

「ニャ、旦那さん」
「見えたな、この先が竜の巣だ」

フィールドの中央、そびえ立つ崖を登りきった先。夜風を吸い込むような巨大な洞穴の入り口前で、二人は立ち止まる。
今のところ、ランゴスタくらいしかモンスターの姿を見かけていない。大きく息を吸い込み、カシワは一歩を踏み出した。
倣うように、アルフォートが忍び足でその背中を追う。どこかひんやりとした風が防具越しに背筋を撫でた。

「さて、卵はどこに……っ!?」

エリア五、暗闇の中、天井に開いた天然の穴に照らし出される竜の巣。カシワはその場で息を呑む。
食い散らかされたと思わしき動物の骨が散乱する広場の奥、巣のすぐ横に寄り添うように一つの影が身を丸めていた。
カシワもアルフォートも、目の当たりにしたそれを前ににわかに目的を忘れ固まってしまう。
安らかに立てられる寝息、上下する肩、閉ざされた鋭い双眸……それは村長の話していた「巨大な飛竜」に違いなかった。
発達した無数の棘で形成される棘殻、折りたたまれた巨大な翼、細かく鋭い棘が連なる、長くしなやかな尻尾。
カシワとアルフォートが近寄っても、それは目を覚まさずにいる。確かな呼吸が、それが生き物であることを告げていた。
互いに一度だけ顔を見合わせ、新米狩人とそのオトモはできるだけ静かに歩き、巣への接近を試みる。

「(……大丈夫ですニャ、まだ寝てますニャ)」
「(アル、あんまり近寄るなよ)」

クエスト依頼書にあった竜の卵の納品数は、なんと二つ。
ハンターの気配、匂いに気付き、他のモンスターが現れないとも限らない。否応なしに心臓の鼓動が速くなる。
ごくりと息を呑みながら、カシワは手早く、かつ慎重に卵を拾い上げた。
大型モンスターのものとだけあって竜の卵はずっしりと重く、ちょっとした衝撃で手を滑らせかねない。
腕に力を込め、大股で足を急がせる。幸いにも、周辺にはその飛竜以外のモンスターの姿は見られなかった。

「旦那さん、旦那さん。こっちですニャ」
「一つ目は、なんとかなりそうだな」

アルフォートが先導し、掴まることができそうなツタ植物の在処に誘導する。言われるまま、カシワは慎重に崖を降りた。
ここに来る前、気球船に乗り込む前にあらかじめココット村の屋台のコック特製のネコ飯を腹に納めている。
彼曰く、「運搬クエストのために役立つ、特別なソースをたっぷり使用しておきましたのニャ!」とのことだった。
「ネコの着地術」と呼ばれるネコ飯スキル。確かに、切り立った崖から勢いよく飛び降りても卵は無事のままでいる。
そのままランゴスタをやり過ごし、カシワは一つ目の卵をそっとベースキャンプの納品ボックスに納め込んだ。

「ネコ飯スキル、お役に立ってますニャ。すごいですニャ、旦那さん!」
「……そうだな」

ボックスの前でカシワは考えていた。ギルドから預かっている時計によれば、クエスト経過時間は現在一時間ほど。
制限時間は残り九時間。「考えていたこと」を始めるには十分すぎるくらい余裕がある。
知らず、新米狩人は口角をつり上げていた。

「うん、やれなくもないな」
「旦那さん?」
「アル。ハンターってのは、どうしようもない生き物だって思わないか」
「え?」

時計から目を離し、カシワはふとオトモを見下ろす。彼の表情はこれ以上ないほど、好奇心で輝いていた。
見上げるメラルーは、はじめはぽかんとしていた。が、やがて主の言わんとしていることに気付いたらしく目を見開く。
それこそ、顔面から目玉をころんと落としてしまいそうな勢いだった。

「だ、だ、旦那さん? で、でも、卵はあと一つ納品すれば済みますのニャ」
「ああ。時間はまだあるよな」
「あ、あるにはありますけどニャ、けど……」
「クエスト失敗しなければいい話だろ? 大丈夫だ、『絶対に無理はしない』から。ちょっと、様子見するだけだ」
「ちょ、ちょっとって。そんなむちゃくちゃな! だっ、旦那さーん!」

見たことのない、巨大な飛竜種。それを目の当たりにしておきながら、むざむざ挑まずに終われるわけがない。
ハンターの性か、ユカやクリノスが示唆したように無謀なだけか。いずれにせよ、取りやめるつもりは端からなかった。
カシワの顔は、足取りは、すっかり浮き足立っている。アルフォートの制止も虚しく、勢いよくキャンプを飛び出した。
自前の黒髪に似せ、黒く染めたムーファの頭防具が夜風に揺れる。崖を登り、再度暗がりの竜の巣へと踏み込んだ。

(『黒龍』を目指してるってのに、飛竜一頭相手に怯えていられないだろ?)

……幼少の頃、シラカバとその仲間たちにさんざんその目標を笑われてきた。
思えば、なぜ彼らがそこまで自分を目の敵にしていたのかカシワには思い当たる節がない。
気がつけば「黒龍は必ず存在するもの」と豪語するようになっていた。半ば、意地になっていたのかもしれない。
カシワは苦笑する。

(なんだ、子供の頃からまるで成長してないんだな、俺は)

ゆっくりと両眼を開き、首をもたげたその竜を前にカシワは静かに片手剣を引き抜いた。
目が合う。鋭い双眸に収まる深紅の瞳が、暗がりの中、こちらを視認し見据えてくる。
引き込まれそうな、凶悪で印象の強い眼差しだった。胸が躍るとはこのことだ。
のけぞる半身が大気を吸い込み、咆哮として威嚇を放つ。追いついたオトモに振り向きもせず、狩人は前へと駆け出した。
暗色に翠が踊る。ぱっと眩い光が飛竜の翼に生まれ、ちりちりと稲光のように爆ぜ明滅した。

(雷属性のモンスターか!)

洞穴の中央、竜の巣は微妙な高さの高台の上にある。段差を踏み抜き、竜の懐に飛び込み、カシワは剣を振り上げた――






――世界の全ては、自身が快く生きるための下地である。
腹が減れば他者の肉を喰らい、羽を休めたい際には何者の縄張りをも強奪する。
空の王者と称された火竜の領域であろうとも、気に入ったが故に「彼」は森丘を自身の新たな縄張りと定めた。
特に北西に位置する鬱蒼とした森は深い色合いの彼の棘殻を隠すのに適していたし、のどを潤す水飲み場さえある。
群がる小型の肉食モンスターをものともせず、翼で薙ぎ払い、鋭い口で肉をむしり、長距離の飛翔で疲れた体を癒やした。
幸か不幸か、彼は気性の荒い性質だった。相手が誰であれ、共存しようなどという考えはかけらも思い至らない。
邪魔だと感じられたものは、ことごとく力でねじ伏せる。対抗しようとする強者も、そうそういなかったからだった。

……狩り場として広く知られているのか、時としてこの場には多数の狩人が訪れることがある。
彼らとはち合わせることは稀だった。それはその狩人の引きの強さ、ないし才覚によるものと思われる。
とはいえ、彼にとって出会った狩人たちは皆、果たして縄張りを侵すだけの無法者に過ぎない。
地上最強の種と言わしめる飛竜種であるが故に、彼にも縄張りを死守しようとする本能があった。
咆哮、あるいは自慢の電で軽く脅してやるだけで、来訪者は面白いくらいに一目散に逃げ出し立ち去っていく。
「雷の反逆者」。いつしか彼は、その自由気まま、かつ狡猾で獰猛な所作によりそう呼ばれるようになっていった。
彼のそういった所行が、次第に人間たちの間で噂になりつつあることを彼自身は未だ知らずにいる。
彼があまりに強大すぎる故に、あるいは新種としての個体数の関係からか、本格的な狩猟依頼が出されていなかった。

それでも……期は熟されるもの。目下好んでやまない竜の巣で休んでいた折、ついに目の前に「引きの強い」者が現れた。
染料の匂いが混ざる布、抜かれた剣、右腕の盾、一人の若い男。かたわらには黒い獣人。
それらが今、彼の平穏たる暮らしを脅かそうとしているものであることは目が合った瞬間に理解することができた。
敵意、殺意、いや、そうではない……明確な高揚感と興味、好奇心。若者の目からは、そんなものが伺える。
煽られたわけではないが、彼らに対し彼は応えようと思った。森丘の暮らしは大変気に入っている、邪魔させはしない。
「粋がっている侵入者には、相応の罰を」。
興味本位で手を出されてそれを涼しい顔で受け流してやるほど、自分は寛大な生き物ではない。
……空を裂く、甲高い罵声。のど奥からほとばしらせた彼の咆哮は、一瞬、若者の意欲を削ぎ落とすには十分だった。
この世に敵なし――彼は虹色の膜が張る自慢の翼をはためかせる。ひらりと体躯を宙に浮かばせ、若者へと対峙した。
今、電光煌めく夜が訪れる。「ライゼクス」の深紅の眼が、新米狩人を冷徹に見下ろした。





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 UP:21/10/09