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モンスターハンター カシワの書(23) BACK / TOP / NEXT |
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故郷からさほど離れていないからか、あるいは土地柄か、渓流ともどもユクモ村はどこか親しみを感じられる拠点だった。 マルクス、アルフォートとのんびり村に帰還すると、集会浴場の前で大きく手を振る人物の姿が目に映る。 「おーい、カーシワー!」 スパイオシリーズの黒や藍といった暗色は、紅葉に萌えるユクモ村ではひどく浮いて見えた。言わずもがな、待ち人のクリノスである。 「クリノス? お前、こんなところで何してるんだ」 「何してるもなにも、わたしの担当分が終わったからこっちに合流しに来たんだけど」 「合流? 担当分って……」 「なに寝ぼけてんの、森丘のガララアジャラ! さくっと捕獲してギルドに引き渡し済みだから。ふふー、『脊髄』出たんだー。ラッキー!」 「そうなのか……でかいヘビみたいな感じ、だったよな?」 そうこうしているうちに、オトモメラルーは彼女の隣に佇むリンクと手を取り合い再会を喜び合った。一方で、新米狩人は先輩狩人の仕事の速さに舌を巻く。 ……大都市ドンドルマの西、アルコリス地方に位置する広大な土地、シルクォーレの森、シルトン丘陵。 まとめて「森丘」と称されるその狩猟区域は、飛竜種の姿も見られる緑溢れる土地として、狩人のみならず古くから人々に親しまれていた。 渓流に発つ直前、件の土地に暮らす野良アイルーの集落から龍歴院宛てに狩猟依頼が出されていたのは記憶に新しい。 鳴甲と音波による共鳴作用、他に類を見ない長い体躯であるあまり、移動する度に毎回大音を立てる件のモンスターが、とにかくうるさいという訴えだった。 「さすがにわたしも、あんたに『分身して両方狩ってこい』なんて言えないしね。ねー、リンク」 「そうニャそうニャ。カシワさんへの配慮ニャー、旦那さんは優しいニャ」 「あーはいはい、優しいなー。それにしても早かったな、確か森丘って結構ここから離れて……」 「おーう、おいおい、待ってくれ若人よ。絞蛇竜をそんなあっさり倒してきたってのか、厄介な生態持ちだろうに。お嬢ちゃん、何者だ?」 きゃぴきゃぴとアルフォートを交えて小躍りするクリノスの前に、カシワをぐいぐい押しのけてマルクスが割って入る。 押し返そうにも恵体はびくともしない。紹介もできないだろ、と指先だけでモガモガと主張を繰り返す雇用者に、オトモ一同が悲しげな視線を送ってみせた。 「ん? カシワ。このおっさん、誰?」 「ガハハハ! ん? 若人よ、紹介してくれねえってのかい?」 「いや、あのな、おっさんって……マルクスだ、ナルガクルガの狩りを手伝ってもらった。マルクス、こっちはクリノス。俺の相棒だ」 「ほおーう。相棒ね。よろしくな、お嬢ちゃん」 ぎゅむ、と男に無理やり握手を支わせられた先輩狩人はごく僅かに顔をしかめる。 彼女が何か言い返すより早く、立て続けに天色髪を撫で回し始めたマルクスを見て、慌ててカシワは双方の間に割り入った。 外見からして、二人は歳が離れているように見える。だからこその年下扱いなのかもしれないが、クリノスはやはりどこか面白くなさそうな顔をしていた。 もっとも、彼女とて初対面の相手をいきなりおっさん呼ばわりである。どっちもどっちか、とカシワは小さく嘆息した。 「よろしく、って言いたいとこだけど、わたしは狩りを手伝ってもらうつもり、ないから。自分の狩りは自分でしたいし」 「おーう、そりゃいい心がけだ。若いのに大したもんだなあ、感心、感心! おっさんは歓迎するぞ」 「言っとくけど本心だからね? マルクスだっけ、あんたの助けも要らないってこと」 マルクスは三十後半、四十前半かそこらといった風貌だが、口調としぐさが大仰すぎるときがある。 クリノスはなんとも言えない表情でこちらと大男とを見比べたが、「こういうヤツなんだな」と理解したのか、そのうちいつもの軽い口調に戻っていった。 「ちょっと前に、ヤなやつに『寄生ハンター』呼ばわりされたからさー……わたしは、あんな連中とは違うし!」 「ほおん? 嫌なやつ、か。そりゃ難儀な思いをさせられたもんだなあ」 「……なあ、クリノス。お前、まだユカのこと根に持ってるのか」 「え? 根に持つっていうか、『忘れてない』だけですけど」 「ユカ? 誰だそりゃ」 「その『ヤなやつ』のこと。ほぼほぼ初対面なのに難癖つけてきてさー。気分悪かったよ!」 「そうか、そうか。そいつは大変だったなあ。えらいえらい」 こともあろうか、マルクスは目の前の頭に手を乗せ、またしても彼女を撫でた。繰り返すが二度目である。 肉厚な手のひらがわしゃわしゃと髪を撫でくり回し型を乱していく感覚に、クリノスは石になったように固まっていた。 同じくぽかんとしていたカシワだが、慌ててマルクスの腕を引く。彼は悪びれた様子もなく、すまんすまん、とからからと気持ちよく笑ってみせた。 「なあに、俺にはお嬢ちゃんと同い年くらいの娘がいてなあ。ここんところくに帰ってないから、つい思い出しちまってな」 「へー、ああ、そう。……それ、一人娘でしょ」 「おい、クリノス」 「おーう。その通り、よく分かったな。ベルナ村ってとこで暮らしてるはずなんだが、いかんせん狩りが楽しくてなあ」 一瞬の思考停止。ベルナ村と聞いて、カシワとクリノスは思わず顔を見合わせる。 「ベルナ村なら、俺たちが寄らせてもらってる拠点だ。もしかしたら娘さんと会ってるかもしれないな」 「おお、そうなのか。世間は狭いもんだなあ」 「っていうか、しばらく帰ってないんでしょ。帰ったら怒られちゃうんじゃない?」 「うん、怒られるのはいつものことなんだ。やれ、インナー脱ぎ散らかさないで、とか、ちゃんとベッドで寝て、とかな」 「はあ? それ、そのうち口きいてもらえなくなるんじゃないの」 「そっ、それは困るな。うん、容姿は奥さんに似たんだがなあ。男手ひとつで育てたからか、どうも口うるさくて、気が強くてなあ」 「男手ひとつ」。 マルクスの話では、彼は十年以上も前に愛妻を病で亡くし、以来ハンター稼業をしながら一人で娘を育ててきたのだという。 モンスターのはびこるこの世界において、片親ないし両親を亡くした孤児という立場の子供は珍しくない。 だからこそ、マルクスは娘に不憫な思いをさせずに済むよう、できるだけ難易度の高いクエストを選んで大金を稼いで回っていたのだと打ち明けた。 それがまさか、父を案ずる気持ちからくる小言の多さにつながっていくとは夢にも思っていなかったらしい。 愛娘の小言と容姿を思い出したのか、マルクスは照れくさそうに小さく笑って頬を掻く。 「口うるさいのを除けば、優しくて気だてのいい娘なんだ。いい相手でも見つかればいいんだがなあ」 「それより、マルクス。一度帰ってやった方がいいんじゃないか? 寂しさの裏返しで怒ってるのかもしれないだろ」 「それはありそうだ。心配しすぎだって言ってあるんだがなあ……そうさな、そのうちな」 「言ったって無駄だよ、カシワ。マルクスだっけ、今は狩りが楽しいんでしょ? だったら帰るなんて無理じゃない? 生粋のハンターってことなんだから」 娘さんと同年代だというクリノスの言い分と、反省している様子のないマルクス。双方を見て、これはまだ帰らないだろうな、とカシワは苦笑した。 「っと、そういえば、カシワ。渓流にリオレイアが出たらしいんだけど、クエストの詳細聞いた?」 「リオレイアが? ……いや、まだだ」 大男から視線を外し、即時話を切り替えた先輩狩人を見返すも、新米狩人はにが虫を噛んだように口を閉じる。 向かい合う神妙な面持ちは、以前、古代林で遭遇した件の飛竜にまるで歯が立たなかった経験を嫌でも思い出させてくれていた。 苦い顔のままのカシワに、クリノスは慰めるでもなく小さく肩を竦めて見せる。次いで、先輩狩人は思い出したように自前のアイテムポーチを開けた。 「実害が出たわけじゃないらしいんだけど、繁殖期だからねー。なるべく早く狩った方がいいかも」 「そうなのか? リオレイアか……勝てると思うか、今の俺に」 「さあねえ? っと、それと。さっき郵便屋さんから、カシワ宛ての手紙預かったよ」 「手紙? 差出人は」 「さあ。分かんないけど、『おいそぎのおてがみニャ!』、だって。可愛いよねー」 渡されたのは無地の封書だ。裏返せど差出人の名前はなく、代わりに急いで書いたと思われる雑な筆跡で、即時開封の旨が記されている。 受け取るや否や新米狩人はおもむろに封を切り、中身に目を通した。同時に、見る見るうちにその表情が険しくなる。 クリノスとマルクスは顔を見合わせた。手紙を持つカシワの手が、心なしか震え始めている。 「ちょっと、カシワ。大丈夫?」 「いったい誰からの手紙だったんだ。若人よ」 「……ああ、いや」 言いにくそうに口を一文字に結び、黒髪黒瞳は真剣な表情で何事かを考え始めた。 手紙を元通りに封筒に戻し、大きく息を吐く。心配そうに見上げてくる自身のオトモに、彼は弱々しく微笑んだ。 「なあ、クリノス。合流したところで悪いんだが、少し用事ができた。ココット村に行きたいんだ、構わないよな」 「えっ? ココット村?」 どこか突き放すような言い方に、先輩狩人は目を瞬かせる。クリノスには相棒が無理に笑顔を作っているように見えた。 気取られないように振る舞っているつもりなのだろうが、表情は固く、誤魔化すには無理がある。 唐突な「用事」といい、ただごとではない。追及するべきか、引き留めるべきか……珍しくクリノスは逡巡した。 「……別に、わたしはいいけど。『ひとりで』大丈夫?」 「ああ。悪い、できるだけ早く戻るから」 一瞬のことだった。ぱっと身を翻したかと思えば、カシワは飛行船乗り場に単身駆け出して行ってしまう。 慌てた様子で、その背中をアルフォートが追った。二人の影はあっという間に見えなくなる。 取り残されたマルクスは頭を掻き、クリノスは短く息を吐いた。そもそも、あの新米には留まるつもりさえなかったのかもしれない。 「どんな用事なんだろうなあ?」 「さあ。カシワのことだし、大丈夫だとは思うけど」 彼の腕前は信用に足るものになりつつある。よほどのモンスターが相手でなければ……先輩狩人は固く口を結んだ。首を傾げる大男を余所に、きびすを返す。 個々の事情がどうあれ、生き物を相手にするハンターに休みはない。しかしそれは、周りから強制されることでもないのだ。 わたしは休みたいときに休むから――自分は、カシワのように他者への熱意や厚意を持たないよう自らを律し、戒め、これまでも仕事の速さを崩さずにきた。 繁殖期であろうが寒冷期であろうが、時間や狩猟道具に余裕があろうが、そのスタンスは昔からずっと変えていない。 (カシワも『あいつ』も、ほんっとお人好しだからねー。自分の身を守れるのは自分だけなのに) ……数年前、ある港街で出会った狩人と赴く狩りでもそうだった。どんなに親しくなろうとも、クリノスは決して狩り友に迎合しない。 非常時以外、無理はしない、命は懸けない、己に嘘は吐かない。そのようにしてこれまでやってきたのだ。そのやり方こそが、自分の命を守ってくれていた。 同行者にどう思われても構わない。何故なら自分は狩人だからだ――ユカには、そこを見透かされたのかもしれないが。 「お嬢ちゃん、どこに行くんだ?」 「どこにって。狩ーりーにー。リオレイア狩り!」 当分、マルクスもベルナ村に戻るつもりはないのだろう。のしのしと力強い足音が追ってくる。 依頼を果たすべく、クリノスはリンクとともにクエストカウンターへ向かった。大男とは違って、彼女は飛行船乗り場には決して振り向かなかった。 『――やーい、泣き虫! カシワの泣き虫ー!』 『うるさい! 泣いてないだろ!』 『泣いてんじゃーん。コクリュウとかなんとか言って、ぴーぴー泣いてるじゃん!』 『……なんで、そんなこと言うんだよ』 『どうせコクリュウなんていないんだよ。カシワのウソツキ!』 『いる、いるに決まってる! ……俺はそれを確かめに行くんだ。いつか、村を出て証明するんだ!! だから――』 「……ん、旦那さん」 「!」 気づけば、眠ってしまっていた。 アルフォートに揺さぶり起こされ、カシワは、いつしか飛行船がココット村に着いていたことを知る。 「いつの間に着いたんだ……」 「旦那さん、夢を見ていましたのニャ? 寝言を言ってましたのニャ」 「そうか……アル。待たせてられないからな、もう降りよう」 ココット村。その昔、ハンターズギルドがまだ存在していなかった時代に、近辺に出現した「一角竜」を単身撃破した「英雄」が興した村だ。 当時、ギルドはおろか他のハンターの協力さえ仰げなかった状況で、件の人物は一週間ないし一カ月かけ、彼のモンスターを単独で制したと言われている。 粗末な武具、足りない支援物資、過酷な狩猟環境。どれを取っても全く異例の話であった。 後に英雄である彼が、村近くの山岳から名を取りこの村を興したのはハンターの間ではあまりに有名な話である……カシワでも知っているほどの伝説なのだ。 故に、ハンター発祥の地として親しまれるこの村はハンターの活動に欠かせない設備があますことなく設けられているという。 「おっ。ドングリだ」 「どこから転がってきたんですニャ? 立派な大きさですニャァ」 「そうだな。……アイルーメラルーにも、親しみがある村だっていうからなあ」 コツンと靴を鳴らせた木の実を拾いつつ、カシワとアルフォートは伝統と歴史を色濃く残す、賑わいながらもどこか寂寥とした村を奥へと進んだ。 酒場の前、ちょうど村の中央付近。食事どころのテーブル群の横に、カシワは一人の人物の姿を見る。 「おお。おぬしが、龍歴院から派遣されたハンター殿じゃな」 長い耳、控えめな背丈、手のひらを乗せる杖、特徴的な足の平。龍歴院院長同様、彼もまた竜人族であることは明白だった。 ココットの英雄ことココット村の村長だ。腹減っとんな――彼は唐突に小声でそう呟き、顔を上げる。 閉ざされた双眸から温和な雰囲気が感じられたが、品のある素朴な羽織りもの越しでも、彼の肉体はよく鍛え上げられているものであることが伺えた。 「依頼文を拝見して。カシワです、こっちはオトモのアルフォート」 「ニャイ、よろしくお願いしますニャ!」 「うむ、元気で賢そうな子だ……さて、龍歴院のハンター殿。おぬしに依頼を出した依頼人が、そこで待っておるよ」 村長は自身の背後、酒場に一瞥を送る。入り口の横には、鮮やかな深紅の衣装を纏った受付嬢が待機していた。 目が合うと、彼女は利発そうな目を細めて可憐に手を振ってくる。反射で会釈をし返して、村長の咳払いに新米狩人は意識を戻した。 「急がせてすまなんだが、急を要する仕事での。隣村で病に伏せた子供が出てな……依頼人はその子の親なのじゃが、おぬしを直々に指名しておる。 なんでも、治療薬の材料に森丘で採れる新鮮な『竜の卵』が必要じゃと医者に言われておるそうなのじゃ。ひとつ、頼まれてやってくれるかのう」 「……その親、という人は、子供の傍にはついてやっていないのか」 「うむ、彼はこの村に出稼ぎに来ている身でな。残された家族の手紙で事態を知ったようでの……なんなら話を聞いてみるといいじゃろう」 促され、カシワはアルフォートを連れたまま酒場の扉を叩く。同時に、奥に待機していたと思わしき人影が足早に寄ってきた。 接近するや否や胸ぐらを掴まれ、新米狩人は硬直する。眼前、青ざめた顔に怒りと混乱の色が浮いていた。 「カシワ!! 遅いじゃねえか、ハンターってのはずいぶんと悠長なご職業だな!?」 「ニャ、ニャイィ!? だ、旦那さんに何するんですニャァ!」 「いや、いい、いいんだ、アル。『久しぶり』だな」 困惑するアルフォートに頷き返し、カシワは相手が手を離すのを待つ。 しかし、相手から解放されることはなかった。正面から凶悪な笑みを向けられ、黒髪黒瞳はらしくもない険しい表情で口を結ぶ。 「おうよ……三年ぶりだな、『嘘つきカシワ』」 「旦那さん? だ、誰なんですニャ、この人は」 見慣れた顔と聞きなじみのある怒声。短く刈り上げた髪と悪意を滲ませた双眸。 「子供を助けてくれ」としたためたその手で、幼少時代と同じように防具を掴み動きを阻害する。こいつは変わらないな、とカシワは苦い思いを噛みしめた。 「『シラカバ』。俺の故郷の、幼なじみだ」 息苦しさに唸りながらも、カシワはなんとかアルフォートに答えを返す。 幼なじみとは名ばかりで、実際にはいじめと言ってもいいしつこい弄りと嫌がらせの主犯と言える相手だ。 シラカバと、その周辺の子供たち。本人たちはからかっているだけのつもりでも、当時「黒龍伝説」を信じていた身としてはよく泣かされたものだった。 「ケッ、なにが幼なじみだ、泣き虫め」 だが、過去は過去、仕事は仕事だ。 睨みつけるかのような鋭い目線のシラカバに対し、カシワは彼が「事情」を打ち明けるのをひたすら待つ。 「ハンターはモンスター以外に、決して手を出してはならない」。 古くから伝わる、狩人だからこその絶対の決まりごと。それを何度も繰り返し噛みしめるように、脳裏で反芻するように、カシワは拳を固く、強く握った。 伝統が漂うココット村において、己を見失うことなど論外だ。幼い頃のように派手にやり返す選択肢は、自分としても認められない。 ……不思議と、どこかから甲高い鳥の地鳴きが聞こえた。 |
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