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モンスターハンター カシワの書(22) BACK / TOP / NEXT |
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「アル! 棘、そっち行ったぞ!」 「ニャギャー! だっ、大丈夫ですニャ、旦那さん!」 どうどうと滝が流れ落ち、あたり一面に多量の水を張っている。浅瀬とも呼べそうな水底の砂利を踏み、銀光が強く舞う。 狩りをたしなむ影は二つ。片や若いモンスターハンター、片や迅竜ナルガクルガ。双方、手加減などかけらもなかった。 ハンターことカシワは、真新しい装備の至るところに切り裂かれた痕、毛織物のほころびを作っている。 ナルガクルガの凄まじい刃翼、刃棘が、幾度も彼の首、あるいは胴体を寸断しようとした結果だった。 「でぇいっ!」 シャアッ、と短い怒声。対するナルガクルガもまた、決して無傷というわけではなかった。 充血しきった耳、残光を疾らせる赤い眼……黒塗りの艶やかな体毛は、斬りつけられ、ぬめりとした緋をにじませている。 怒りを全身にほとばしらせながら、迅竜は眼前の若者に正面から向き直った。 素早く弧を描く尻尾は未だ、戦意の衰えなど感じさせない。得物を強く握りしめ、カシワは神経を研ぎ澄ませる。 (……水の音がする) 足下を流れる川か、自身の血が滴る音か。カシワには判断がつかなかった。荒い息が絶え間なくこぼれ、視界がかすむ。 ナルガクルガの迅速たる動きについていくのがやっとで、回復薬の使いどきがつかめない。新米はぼろぼろだった。 怒るナルガクルガが再び尻尾を持ち上げる。向かいでアルフォートがプチタル爆弾を投げつける。 爆弾は左にそれた。叩きつけられた尻尾を横に転がって回避し、カシワは振り向きざまにハンターナイフを叩きつける。 尾棘がびっしり露出した尻尾に、新たな傷口が生まれた。棘が浅瀬の砂利に引っかかったのか、迅竜は上体を強く揺する。 隙を見逃す手はない、肉質の柔らかい頭部に剣を振り下ろし、刹那、狩人と獣は互いに目線を交わした。 獣の赤い残光が上下左右に激しく揺れ、黒瞳はその怒りと――狩られることへの「恐れ」をにじませた双眸を見る。 その赤色に、引きずり込まれ、吸い込まれていくかのような感覚があった。 周囲のあらゆる音が消え、この場に自分と迅竜のみしか存在していないかのような錯覚が感じられる。 「旦那さん!」 「アル、いったん離れるぞ」 「ニャイ!」 メラルーの駆け寄る足音が鼓膜に届き、水しぶきが視界の端を駆け上がった。我に返り、ナルガクルガから距離を取る。 迅竜、咆哮。バインドの範囲から逃れていたカシワは、残りあと一つとなった、支給用音爆弾を手の中で弾ませた。 集中、集中……大きく一息吐き、自分に言い聞かせる。傷口が鈍くうずき、濃い血の臭いに、否応なしに鼓動が速くなる。 ナルガクルガの耳の充血が収まると同時に、カシワは勢いよく音爆弾を投げつけた。 甲高い爆音に、迅竜は短く悲鳴を上げて大きくのけぞる。その隙に、カシワは懐へと飛び込んだ。 跳ねる水しぶき、その場でたたらを踏み、得物を一気に斬り上げる。鋭い斬撃はナルガクルガの顎へ綺麗に吸い込まれた。 喉元から苦鳴が走る。噴き出した鮮血に構わず、カシワは再びナルガクルガが怒るより速く片をつけようと、猛攻した。 二度目の横薙ぎ、刹那、わき腹が火を噴いたような悲鳴を上げる。傷口が開いたのか、毛製の胴装備が紅く染まった。 思わずうなる、浅瀬に足を取られ、半ば屈む。次の瞬間、目の前にナルガクルガの刃翼が迫っていた。 (くそ、こんなときに) アルフォートが回復笛を吹いているが、間に合うか間に合わないかの瀬戸際。後退するも、迅竜は追いすがってくる。 反射的に、右腕の盾を前へ構えた。怒り状態であるが故に、ナルガクルガの一撃はどれもが痛く、重みがある。 (耐えられるか!?) 迫る迅竜、身構えた狩人。あわや、力尽きるかと思われたその瞬間―― 「!? な、」 ――痛みが、あらゆる傷口が癒されていくのを感じた。周囲に細かく輝く粉塵が漂い、たちどころにダメージが回復する。 何が起きたのか、そう口にするより先、カシワの眼前で、ナルガクルガの頭部が吹き飛んだ。 文字通り、下からカチ上げられ上半身ごと頭がのけぞった。怯みを誘発したのか、小さな悲鳴も混ざる。 アルフォートの回復笛もまた、間に合っていた。だめ押しと言わんばかりに癒える傷に、カシワは拳を作り、力を込める。 新米狩人が顔を上げると、いつしかカシワとナルガクルガの間に、見知らぬ人影が巨大な得物を手に立ちふさがっていた。 獣骨製の頭装備に、赤い甲殻と鱗で仕上げられた防具。大ぶりの鎚は、折しもナルガクルガの体毛を彷彿とさせる黒色だ。 「……ふいー。よお、若人。間一髪! 俺の『生命の粉塵』、間に合ったみたいだな」 蓄積されたダメージか、あるいはカシワの滅気攻撃の影響か。よだれを垂らしながら、この場から逃れようとする迅竜。 その背を見送りながら、人影はカシワに振り向いた。頭髪のない頭と笑いかけるむき出しの歯が、爽やかに輝く。 「生命の粉塵? ……あんた、助けてくれたのか」 「おうよ。俺が調合したんだ、よく効いただろ。パーティ狩りの鉄則アイテムよ、下位ハンターなら初見でも無理ねえさ」 「パーティって……」 「俺と、お前さん。二人組だろうが、一緒に狩りをするならパーティだろう?」 盾を下ろし、立ち上がる。カシワは改めてその男を見た。 自身はおろか、ユカ以上に筋肉で盛り上がった肉体。武具には爪痕を始めとした、激しい闘いの跡が多く残されている。 担がれたハンマーはまだ真新しく、漆黒の――それこそナルガクルガの体毛を彷彿とさせる素材が、埋め込まれていた。 ほら、と声をかけられ、両手に何かが差し出される。 未だぼうとする頭でそれを見下ろすと、自身のそれとは異なる色、素材でできたギルドカードが、陽光を反射させていた。 (上位ハンター。ユカと同じか) 有無を言わさずギルドカードを押しつけられ、カシワは、男がフリーハントを好む手練れのハンターであることを知った。 「ありがとう」 「って、お前さんのは見せてくれねえのか、若人よ」 「ああ……じゃあ、交換で。それで、あんたはどうしてここに? 最初から助けてくれるつもりだったのか」 「んにゃ、俺は休養もかねてユクモに来ていたんだが、迅竜の下位素材が欲しくてな。そしたら、お前さんと鉢合わせた」 「なんか色々、端折ってないか」 「そうかあ? お互い目的は同じなんだ、細かいことは気にするな。若人」 「カシワだ」 「うん? そうか、カシワか。カードにも書いてあるが、俺は『マルクス』だ。よろしくな、若人!」 「……よ、よろしく」 エリアを歩きながら、マルクスはナルガクルガの現在地を、カシワがつけたペイントの臭気で把握する。 そろそろ片付きそうだな、そう呟く厳つい横顔は、自信に満ち溢れていた。 マーキングし直そうとペイントボールを取り出していたカシワだが、ボールは奪われ、ポーチに突っ込み返されてしまう。 居場所は分かっているから、再度する必要はない――そう言い切るマルクスに言い返すのは、無駄なことのように思えた。 合間合間にガハハと豪快に笑い、マルクスはカシワの背中をばしばし叩く。この豪傑には遠慮というものがないらしい。 カシワが痛がる度にアルフォートが止めに入ろうとするが、オトモの制止は頭を雑に撫でられるだけで終わってしまった。 大いに不服、もしくは悔しそうなメラルーの表情に苦笑して、カシワは急かすように足を急がせるマルクスの後を追った。 「俺はこないだまで、太刀を使っていたんだが。他にも大剣、ヘビィボウガン、スラアク、ガンランス……色々やったな」 「武器種を選ばないでやってるのか」 「ああ。なんでもかんでも、やらなきゃ損だぞ。人生一度きり、後悔先に立たず、だ」 「俺は、今は片手剣だけだな」 弓を使うには経験と、何より慣れが必要だ。 古代林で見たユカの立ち回りを思い出し、カシワは一瞬、苦いものを噛んだように顔を歪める。 「一つを極めるってのも悪かないさ。今はハンマーを試しに作ってるのよ。で、強化にナルガクルガの素材が必要、と」 気づいてか、飛びかかってくるルドロスを叩き伏せながらマルクスは豪快に笑う。その間も彼の得物が止まることはない。 腕利きというのは本当だ――負けじとハンターナイフを振るいながら、カシワは眼前、遠くに見える黒色の獣を注視した。 あたりを警戒しながらも、ガーグァをむさぼり喰らうナルガクルガ。前傾姿勢を崩さず、必死に肉を嚥下している。 ハンマーのような打撃武器、カシワの跳狗竜装備に付与されたスタミナ奪取スキルには、相手のスタミナを奪う力がある。 縦横無尽、自由自在に狩り場を駆け抜ける迅竜とて、二人がかりの手でそれを与えられては、ひとたまりもないのだろう。 マルクスの手招きに応じ、カシワはアルフォートを伴って葦に身を隠した。ここからでも十分、迅竜の動きは見えている。 「もう捕獲ラインだ。俺がシビレ罠を設置するから、お前さんは奴をおびき寄せてくれ」 「捕獲できるってことか。なんで分かるんだ?」 「おいおい、ここはユクモ近郊の狩り場、渓流だぞ。ガーグァもいるんだ、『捕獲の見極め』の材料だって、バッチリよ」 「ニャ、旦那さん。水光原珠で作られる装飾品のスキルに、そういうものがありますニャ」 「……そうなのか」 知らないことばかりだ、とカシワは口内で独白した。 クリノス、ユカらと行動するようになり、視野が広がったものと思っていたが、世界は未だ未知の要素に満ちている。 ユカが暗に示すように、まだ自分には足りないものがある。狩人としての本能、経験、知識……どれもがユカに劣っている。 カシワは拳を握りしめた。隣のアルフォートが一度まばたきをして、見上げてくる。手のひらを見せ、無言で応えた。 「変わらなければならない」。そんな漠然とした想いが、今の自分を突き動かしていた。 手際よくシビレ罠を設置するマルクスの背を一瞥して、カシワは抜刀しながら、静かに茂みより一歩を踏み出す。 正面、肉を食い終えたナルガクルガと対峙した。まだいたのか、まだ追うのか――そう言いたげに、迅竜は目を光らせる。 応える代わりに、カシワは後退するように回避行動を取った。黒の獣は両前脚でその場に踏ん張り、咆哮する。 範囲外に逃れていたアルフォートが、いつかのように再びプチタル爆弾を投擲した。着弾、のけぞるナルガクルガ。 手応えに思わず片手で拳を作るアルフォート、カシワは挑発するように迅竜の前で剣を左右に軽く振るった。 きびすを返し、背中を見せ、ナルガクルガの狩猟本能が働くことを願って前へ跳躍する。 「マルクス!」 「おう。さあて、こっちだぜ、ナルガさん!」 果たして、獣はカシワの期待に応えた。カシワが着地すると同時に、ナルガクルガは勢いよく宙を駆ける。 刃翼を広げ、後肢を伸ばし、全身の筋肉をバネのようにしならせ、風を切り裂きながら狩人の背に飛びかかった。 うなる大気、跳ねる水しぶき、けぶる植物の呼気――向けられる殺気。視界の果て、カシワは迅竜の悲鳴を確かに聞いた。 「若人、麻酔玉だ! 投げろ!」 「分かってる!」 全身に走る電流、拘束される体。カシワの誘導にまんまと引っかかったナルガクルガは、罠の上で苦悶の表情を浮かべた。 振り向くカシワ、次いでマルクスが麻酔玉を続けて放る。見慣れた薬品の煙が上がり、次の瞬間、迅竜は倒れ込んでいた。 凶暴に荒れていた表情から一変、強制的にもたらされた強烈な眠りが、疲れきった森の狩人の全身を支配している。 規則正しい寝息をたてるナルガクルガを見下ろし、カシワはようやく、ほっと安堵のため息を吐いた。 「ようし! 上出来じゃないか、ガハハハ!」 「!? いだっ、いてて……」 捕獲した迅竜などお構いなし。マルクスは盛大に高笑いし、カシワの背中を何度も叩き、勝利を祝った。 背中をさすろうと手を伸ばすアルフォートと視線を合わせ、一人と一匹は苦笑混じりに笑みを交わす。 一陣の風が吹き抜け、葦や紅葉を優しく揺すった。カシワは心地よい達成感に肩をなで下ろす。 いずれにせよ、クエストが成功したのは確かなこと。一人では失敗に終わっていたかもしれないと、頭を振った。 (だいぶん、苦戦もしたけどな) それでも、依頼を達成したことは純粋に嬉しかった。 マルクスという乱入、助力もあったが、できるなら次こそは単独での狩猟を果たしたい……。 カシワは改めて、ナルガクルガの寝顔に見入る。マルクスの一撃で、頭部の部位破壊も達成されていた。 迅竜の顔には一目見て分かるように、目の部分に深い傷が一つ刻まれている。他にも、全身に傷口が散見された。 それをしてやったのは、マルクスではない、他の誰でもない、自分の得物だ。見慣れた傷の走り方に、知らず頷く。 (アルの力だってあるし、本当に俺はまだまだなんだろうけど……それだって、全部が全部、だめなわけじゃないよな) ユカの実力にはほど遠い、これから先、強力無比な力を持つモンスターも、山のように出てくるに違いない。 拳を握りしめ、カシワは未だ鼓動の速い心音を噛みしめた。渓流に満ちる水音と風が、高揚した体を冷やしてくれる。 「戻るか、ユクモ村に」 ふと空を仰ぎ、カシワは薄い青色と溢れる紅葉の赤色に目を細めた。 (……そういえば、クリノスは無事にやれてるんだろうか) 村に立ち寄る直前に、別れた相棒。彼女の涼しげな水色の髪は、いま見上げている空の色によく似ている。頭を振った。 クリノスなら間違いなく依頼をこなしているに違いない――短い付き合いながら、強い信頼がカシワにはあった。 マルクス、次いでアルフォートに促され、新米狩人は次の依頼に向け、一路、ユクモ村へと足を延ばす。 前途を祝福するかのように、空には一かけらの雲さえ、にじんでいない。 |
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