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モンスターハンター カシワの書(21)

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まばらに生える葦が行く手を阻む。足元に複雑な影を落とすも、「彼」にとって視界を確保することは容易いことだった。
草木の匂い、清流の煌めき、甲虫の足音。彼が今身を置くのは日々の糧を得られる快適な狩り場だ。飛沫やぬかるむ土の感触にはすでに慣れてしまっている。
……狩りはいい。生き物としての欲が満たせるだけでなく、周囲に自身を恐ろしきものとして知らしめることもできる。
何ものにも介入されない、ただ自由なその日暮らし。彼は、その日もこれまで通りに昼間の散策をするべく河岸へ足を伸ばしていた。

『――ふかふかの、獣の臭いだ』

日々の散策は、縄張りの安全確認も兼ねている。故に眼と鼻の先、この場に相応しくない生き物の出現を嗅ぎ取ることもできていた。すぐさま身を低くする。
二足歩行、獣の臭い立ち込める出で立ち、黒髪黒瞳。その生き物が「ハンター」と呼ばれる存在であることを彼は僅かな経験から知っていた。
多くのハンターが自身のような生き物を摘み取りにくる者たちであることも――たむろしていた丸鳥らが、小さな羽をばたつかせながら一斉に避難し始める。
今は、さほど腹は空いていない。急ぎ追う必要もない、と彼は丸々とした草食鳥から視線を外して件の来訪者の気配に向き直った。
彼の黒塗りの体躯が、体高が、折りたたまれる四肢に合わせて極限まで低くなる。これは決して相手方に怯え、屈服するための姿勢ではない。
逆に、手慣れた手腕で油断しきった相手の息の根を止めに掛かる体勢だ――彼は、森の狩人として自ら狩りを行うことがあった。
今このときも、狩りを実行するべく身構えただけのこと。しなやかな体毛を波打たせ、迎撃の瞬間をただ黙して待つ。
鳥のくちばしに似た口から、ごく微量の唸りが漏れた。水草に足を乗せ、獲物が間合いを詰めてくる。
水飛沫が一度、上がった。そのときをどれほど待ち焦がれたことか!
力を溜め、低く保っていた姿勢をバネのように弾き起こす。両翼に斬撃の軌道を描かせ、来訪者の隙だらけの喉元を狙い一息で跳んだ。
威嚇の音は後から着いてくる、世界が走る。来訪者と目が合った。自身の毛より黒ずんだ眼が、彼をさっと仰ぎ見る。
黒色が宙を薙ぎ、自慢の得物が獲物の首を狙う。特異の発達を遂げた彼の両翼は、さながら研ぎ澄まされた刃だ。そこらの竜獣の爪牙相手でも折れはしない。
初撃は外れた、すんでのところで来訪者が斬撃をかわした。水滴がいくつも跳ね、双方、両足でたたらを踏む。

『意図した回避……ではない。マグレか? 運のいいやつ』

互いに距離を取る。ようやく、彼の眼にも来訪者の全貌が明らかとなった。
まだ若い雄だ、傍らに獣人を連れている。扱う武器は盾と剣の一対。全身から染料の臭いがする、分厚く着込んだ緑一色の布が発生源とみて違いない……。
驚きか、恐怖か。その表情が豊かに移い変化するのを、彼は赤い眼でしかと見ていた。
否。そんなことはどうでもいい。
身を低くし、彼は口端から荒い息を漏らした。彼の威嚇、ないし咆哮音は、竜車に備えつけられた車輪のスリップ音に似た、短く高めのものである。
近距離であるが故に、彼の咆哮は来訪者に耳を塞がせるに至った。その合間に後肢で水草を踏みならし、咆哮後の身体を起こす。
自身を脅かす存在には、等しく森の狩人からの洗礼を――古今東西、あらゆる生き物はそのようにできている。
性分だ、あるいは生き残り、生き長らえるための習性だ。間合いの中、間抜け面を隠しもしないハンターに彼は再び狙いを定めた。
狩るか、狩られるか……今は、それだけが確固たる問題なのだ。






「旦那さん!」
「っ、ナルガクルガ……」

エリアを切り替えたと同時、カシワはその獣の戦術を目の当たりにする。鋭い太刀筋と銀光、赤色の眼……黒い毛並みの、しなやかな飛竜の姿だった。
間一髪、目の前を横切った斬撃にはかろうじて当たらずにいられたが、バネのように軽快な動きは正直目で追うので精いっぱいだ。
迅竜ナルガクルガ。闇を思わせる黒色が揺れ、特に細身の長い尾の動きが目を引く。明確にこちらを威嚇していた。
つばを飲み、カシワは応えるように腰に提げた剣の柄に手をかける。その間も、抜けと言わんばかりに眼前の獣は姿勢を低く保ったままでいた。
銀光が二つ、宙を撫でる。カシワがハンターナイフを抜いたのと、ナルガクルガが跳躍したのはほぼ同時。
短く吠える獣が前脚を左、右と素早く振るう。発達しきったその翼は、もはや一種の双剣と呼んで差し支えなかった。

「くっ!!」

一撃目を剣で受け流すも、しかし二撃目が頬をかすった。すれ違う迅竜に惹かれたかのように己が鮮血が弧を描く。
エリアのほとんどは、近くの清流によってひたひたと水分に満たされていた。足を滑らせながらも新米狩人は踏み留まり、なんとか意地で振り返る。
ぎらついた赤眼と怯え惑う黒瞳が交錯する。着地するや否や、ナルガクルガは身を反転させすぐさまこちらに向き直った。
その速さ、正確さは正しく「迅竜」の名が相応しい。カシワは剣を下方に構えながら無意識に身震いする。

(冗談だろ? 速すぎて動きが追えない!)

隙を突くように、アルフォートがさっとブーメランを放った。意外にも、ナルガクルガはこれを避けずに正面から顔面で受け止める。
乾いた音はしっかりと着弾した証拠だが、獣に怯んだ様子はない。オトモに遅れるものかとカシワは駆け出した。
水飛沫が大きく跳ね、一歩、受けて立つとばかりに前に出た迅竜と正面から対峙する。

「――うっ、ぐあっ!?」

その瞬間、視界はぐるんと回転しきっていた。何が起きたか分からないまま全身を地面に叩きつけられる。
多量の水を飲み込み、激しくむせた。見上げた先、ナルガクルガの尻尾が優美に揺れ、同時に嘲笑うかのように視線は逸らされる。
避けられなかった、直撃だ――間合いを詰めた迅竜の強烈な体当たりだ。後ろ脚を軸にして、黒毛に覆われた身をその場で回転させたのだ。
リオレイアやドスガレオスのような巨体ではなくとも、ナルガクルガの鋭さと速さを兼ね備えた体躯は回転一つとっても恐ろしい精度と威力を誇っていた。
的確に隙をうかがい、間合いを詰め、攻撃範囲に獲物を収め突破口を見出そうとする。反応するより早く、一瞬のうちに狩人は弾き飛ばされていた。
飛び退きながら乱暴に顔を拭い、カシワは駆け寄ってきたアルフォートに頷き返す。痛みに顔面は歪んだが、オトモは頷き返してくれた。

「旦那さんっ、怪我を……」
「くっそ。あいつ速いなあ、アル」
「今、回復笛を」
「大丈夫だ」

頭装備越しに頭をぽんぽんと軽く撫で、新米狩人はハンターナイフを握り込みしながら構え直した。
……まともに互いの貌を見るのは、ここが初めてだ。短い威嚇を繰り返しながら、迅竜は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。直後、あの回転攻撃が迫った。
見ていたから間に合った――今度は回避に成功する。水草を蹴り後方へ跳び退ると、こちらに背を向けていたナルガクルガは尻尾を二、三度横に振るった。
独楽(こま)のような鋭いスピンに比べれば、まだ控えめな動きに思える。当たる直前、アルフォートに腕を引かれ間一髪難を逃れた。

「旦那さん!!」
「悪い、アル! 助かっ……」

避けられたと察したのだろう。迅竜はぱっとこちらに振り向き、体勢を低く構えるや否や刃翼を携え強襲した。
刃翼が地面を抉り、切り離された水滴が陽の光に煌めく。合間に揺れる黒毛は、渓流のぼんやりと霞んだ色彩によく映えた。
立て続けに吠えるナルガクルガから逃れるように、カシワとアルフォートは一定の距離を保ちながら間合いを計る。
狩猟能力……素早い動きと獲物をしとめるための集中力、反射神経。迅竜のそれは、これまで敵対してきたどのモンスターよりも遥かに秀でていた。
懸命に目で追いかけ、追いつかれないよう、また置いていかれないよう感覚を研ぎ澄ませる。

「簡単には、狩らせてくれないだろうな」
「獲物を待ち伏せしたり、身を隠したり。戦略性の高いモンスターとして有名ですニャ」

黒塗りの体は闇や森に身を隠すのに最適だろう。なによりこの獣には狩人としての知恵があるのだ。逃がしはしない、と宣告されているような気さえした。
無意識に距離を離しすぎた瞬間、迅竜は尻尾を素早く持ち上げ二度振るう。先端に無数の鋭いトゲが露出し、直後それが射出された。
彼の尻尾は、普段は細長い造形の付属品でしかない。しかし獲物を捉えたとき、それは潜ませていた竜鱗を鋭利な棘へと変え射出機へと変貌するのだ。

「アル!」
「ニャイ!!」

カシワは左、アルフォートは右へ避ける。ナルガクルガはオトモを追った。その隙にカシワはポーチの中に手を突き入れた。
取り出したのは支給品ボックスから持ち出した支給専用音爆弾だ。使い時は分からないが、気が逸れている今、試してみる価値はある。
翼による連撃を打ち出すべく力を溜め始めていた迅竜へ、新米狩人は渾身の力を込めて手投げ玉を投擲した。

(音爆弾って……なんか鳴ったか? アルには分かるんだろうか)

音は聞こえない。ただ空中に、なんらかの衝撃波が走ったのは感覚として分かる。直後、ナルガクルガは体勢を大きく崩してその場でのけぞった。
大きな耳が反り、身体が小刻みに震えている。効果はあるようだ、と黒髪黒瞳はひとり頷いた。
ガレオスといい、聴覚に優れたモンスターは爆音の効果に強く反応する性質があるという。数歩後ずさった迅竜に、カシワは勝機を見出した気がした。
要領は同じだ、「動きをよく見て反撃する」、ただそれだけ。得物を抜き、未だ四肢の力が抜けている迅竜めがけて駆け出した。
踏み込むと同時に剣をまっすぐ振り下ろす。斬撃は確かに、ナルガクルガの頭に吸い込まれていく感覚があった――

「!?」

――刹那、迅竜が「消えた」。はっと目線を走らせるも、背後から向けられる殺気に息を呑む。
振り向きざま、鼓膜を突き破らんばかりの咆哮が轟いた。たまらず耳を塞いだところで、アルフォートに体を突き飛ばされる。
踏み込み、刃翼による幾度目かの強襲。土ごと抉られた水草を見て、当たっていたら立てなくなっていたかもしれない、とカシワは震撼した。
咄嗟にオトモメラルーにフォローしてもらえたが、その威力は初めて対峙したときより跳ね上がっている。視界の先で、赤い光が不可思議に揺らめいていた。

(そうか、隙はできても『怒り状態』になるんだな)

光の発生源はナルガクルガの双眸だ。彼が跳躍する度に赤眼から散らされる残光が弧を描き、駆ける獣の本体へと追従していく。
さながら二粒の流星のようだった。流水の景色の中、赤い残光は獲物を逃がすまいと無音で縦横無尽に疾駆する。
今や迅竜の双刃は翼ではなく、命を狩るための凶器と化していた。銀光を目で追うのがやっとだ、新米狩人は迫りくるブレードに意識を集約させる。

「……お前、凄いやつだな」

知らず口角がつり上がり、新米狩人は正面からナルガクルガに向き合った。心音が耳元で爆発しているように早鳴り、恐怖とは別の感覚で身体が震える。
眼前、身を低くし力を溜める迅竜。短いいななきの直後、前脚が二度振るわれた。刃翼の連撃をカシワは左へ転がりなんとか避ける。
空振りしてもなお獣の力は衰えず、多量の水飛沫が舞い上がった。地面が悲鳴を上げ砂利が吹き飛び、その威力を物語る。
相手が振り向くより早く、新米狩人は黒毛逆立つ尻尾めがけてハンターナイフを振り下ろした。刃は吸い込まれるように肉に食い込み、鮮血が飛ぶ。

「ギィイーッ!!」
「よしっ!」

怒り混じりの短い悲鳴。初めて攻撃が当たった――いける! 追撃と言わんばかりに、連続で斬りかかる。
怒りに燃えるナルガクルガは、じろりと残光を走らせながらカシワを睨めつけた。荒い息をひとつ吐き、突如、なにかを諦めるかのようにきびすを返す。

「うん!? どうし――」

何が起きたか分からなかった。黒塗りの背中を見送った刹那、とてつもない重さの衝撃が降り下ろされる。
立て直す暇もなく泥まみれの地表に転がり、新米狩人は遅れてやってきた痛みに身悶えた。自分の胴が、脇腹が、火を点けられたように激しく痛む。

「――ッ、ううっ!?」
「旦那さん!! 旦那さんに、なにするニャア!」

手を伸ばした先、防具の胴体左部分がずたずたに裂かれているのが分かった。水気に混ざった赤色も溶け出している。
膝をつくカシワの横をすり抜け、入れ替わるようにしてアルフォートが飛び出した。投げつけられたプチタル爆弾は迅竜の頬を僅かにかすめる。
火薬の臭い、爆ぜる音。先のブーメランが効いていたのか、ナルガクルガは悲痛な声を上げて盛大にのけぞった。

「旦那さん!!」
「ぐぅ……っ、だい、じょうぶだ。アル、気をつけろ!」
「ニャイ、」

その隙にオトモメラルーは雇用主の元へ走り寄る。目が合った瞬間、カシワは汚れていない方の手でアルフォートの頭を撫で返した。
泣きべそ混じりの表情に応えてやれる余裕はなかったが、それでも動けないと言うほどでもない。新米狩人は傷口から手を離し、得物を強く握り直す。
ムーファの毛は、想像していた以上にしなやかで頑丈な素材であるようだ……今も痛みはあるものの、衝撃は和らいでいるように感じられた。
いける、まだやれる――歯噛みした瞬間、迅竜は唸りながら再度跳躍する。風を切る音、同時にカシワは前へと直進した。

「でぇいっ!!」

飛びかかりを避け、振り向きと同時にナルガクルガへ斬りかかる。赤い残光と緋色の飛沫が交差する。
刹那、前脚をひるがえして手負いの獣は空高く飛び上がった。逃げる――ほとんど反射でペイントボールを掴み、後ろ脚めがけて投擲する。
ペイントの実の匂いを目で追いながら、しかし新米狩人は音が鳴るほど強く歯噛みした。
相手は飛竜種。予想以上に素早く、狩りの仕方も手慣れている。血が滲む頬を手で乱暴に拭い、直後、思い出したように走った脇腹の痛みに顔をしかめた。

(あれを、捕獲しろってのか)

大型モンスターは、討伐ぎりぎりのところまで弱らせてからでなければ捕獲することができない。彼らの生命力にはつくづく感心させられるばかりだ。
難しい注文だ、とは口内にのみ留める。飛び去った黒い背中を見送って、カシワは小さく嘆息した。

「ニャイ、旦那さん」
「ああ、アル。さっきは悪かった、ありがとうな」
「そんな、ボク……あんまり役に、」

こちらの心情を読み取ったのか、アルフォートの表情は晴れない。少しでも気晴らしになれば、といつもより力を込めて頭を撫でてみる。
最後にぽんぽんと毛並みを整えてやり、目が合ったところでニカリと笑いかけた。オトモが頷いたのを確認してから、ハンターナイフに砥石を走らせる。
……難しい依頼だ、そうかもしれない。しかし端から諦めるつもりもなかった。強く足を踏み出し、水溜まりを蹴り飛ばす。

「それを言うなら俺の方が全然だろ。ほら、ナルガクルガ。追うぞ!」

一人と一匹は、そうして再び迅竜に挑みに向かった――その背中を、草場の陰からじっと見守る影がある。
二人はそれに欠片も気づきもしなかったが、この影はハンターとモンスター、双方の動きを真剣に見つめ、実力のほどを測っていたのだ。

「……ふうむ、このへんじゃ見ない顔だな」

ハンター側の背中が立ち去った後、のそりとそれは動き出し、眼前の葦を掻き分ける。
身に着けた武器や防具の重みもあってか、大柄で筋肉質な身体に呼応するように、足下で盛大な水飛沫が上がった。
厳つい手で顎を撫で、その巨影は迅竜と若い狩人、そのオトモが残した狩りの痕跡を改めて観察する。
……この男もまたハンターだった。カシワよりも、否、クリノスよりも経歴の長い、フリーハントを活動の中心に据えた龍歴院繋がりの手練れであったのだ。
毛髪のないつるんとした頭に、おもむろにポンと手を乗せる。彼が考えごとをするときの、一種の癖のようなものだった。

「迅竜の頭殻か、脊髄がほしかったんだが……なんだ、面白いもんを見てしまったなあ」

これは追わずにはおれまい、そう言わんばかりに追跡の足取りは弾んでいた。その度に、重みで葦や水草が容赦なく折られていく。
男の背中で、担がれていた黒塗りの鎚が一度、大きく跳ねた。





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 UP:21/06/22 加筆修正:25/05/09