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南天屋の見積書vol.XX 呈上品 : 【おしごと】仕事に行ったら話が噛み合わなかった話【がんばる。】 薬師担当編 (このお話の起点となった作品は『こちら』) BACK / TOP / NEXT |
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その日、ベルナ村は早朝から山霧に覆われていた。 「……シヅキが話していた雪山での件とは、これのことか」 高原の拠点、龍歴院前正面庭園にほどなく近い場所に位置する村、ベルナ村。普段は青空の下に緑一色の草原が映える、穏やかな気候に恵まれた土地だ。 高原を吹き抜ける風は常に涼しく、特産品であるムーファミルクの加工や織物の生産に一役買っている。 その日、ベルナ村は早朝から山霧に覆われていた。夜間や早朝ではさほど珍しくないことではあるが、日中まで霧が残るのは稀なことだ。 ……この日、ドンドルマから狩猟を主とするハンター稼業とは別の依頼で村に来訪したその青年は、視界をけぶらせる霧に戸惑うようにして片目を瞬かせた。 「まさか好評につき追加納品の依頼がくるとは……この俺も、なかなかやるではないか。フハハハ」 正確には、困惑したのは昼まで残るしぶとい山霧に対してではなく。依頼を受けて訪れてみたはいいものの、詳細情報が地味に手薄であったためだった。 片目――彼の右目は黒い眼帯に覆われていて、皮膚上の惨たらしい傷跡もろとも隠されている。この青年の名は、メヅキといった。 ドンドルマに事務所を置く萬屋、南天屋。彼はそこで薬師として働く兼業ハンターで、双子の弟シヅキとともに多忙な日々を送っているのだ。 これより以前、メヅキは龍歴院の要請で該当機関に手製の秘薬を大量に納品したことがある。 先日、ポッケ村での仕事を終えた弟が「追加依頼が来るかもしれないから用意しとけ、だって」と話していたため、今日の彼も大張り切りでここに来たのだ。 依頼書を取り出し確認するも、詳細伝達は現地にて、としか書かれていない。メヅキは、眉間にこれでもかというほど深い皺を刻んで書面を睨む。 「秘薬か。手間はかかるが、龍歴院つきのハンター殿の助けとなるからには全身全霊で尽くさねばな。薬師の腕の、見せどころだ」 正直なことを言うと、こういった依頼は調合の手間賃だけでなく技術料も上乗せされるので地味に稼ぎがいい――依頼書をしまい込み、青年は顔を上げる。 しかし、待てど暮らせど補足説明担当の龍歴院研究員ないしハンターズギルドの職員は姿を見せない。 腕を組み、担いできたライトボウガンに不備がないか目視し、また腕を組み……小一時間そうしているうち、気付けば村人の視線が集中していた。 コホンと咳払いした青年は、あまりの居心地の悪さに小走りでそこを離れる。入れ替わりで村にやってきた竜車に繋がれた雲羊鹿が、呑気に草を食んでいた。 …… Now Loading …… 「『秘薬の追加納品』だって? そんな話、出てたっけかなあ……確かに、支給専用秘薬は不足しているけど」 淡い色の浅葱に、白を基調とした衣装。見知った龍歴院研究員専用のコートに身を包んだ職員は、メヅキの質問に困惑したように眉尻を下げる。 ベルナ村を一時離れ、直接龍歴院に足を運んだ青年は、対応に出てきた研究員の――明らかにやる気のなさそうな対応に、じわりと怒りを募らせていた。 とはいえここで爆発したところでどうにもならない。せいぜい窓口から追い返されるのが関の山だ。 実際に、このように確かに依頼書が、となお食ってかかるも職員の態度にこれといった変化は見られなかった。 「分かったよ、上に掛け合ってみるから。もしかしたら受注と依頼書発行の時期にズレが出ただけかもしれないし」 「……ウム。それが一番有り得そうだ、よろしく頼むぞ」 「はいはい、偉そうに……って、適当に時間潰しといてくれ。決まったらすぐ連絡するから」 どうにも、妙な話もあったものだとメヅキは思う。 ハンターとしてそれなりに経験を積んできたが、依頼発行に時差が出、それがハンターに直接影響する話など今まで見たことも聞いたこともない。 (龍歴院が多忙でありすぎるからなのか、依頼が重複でもしたのか……どちらにせよ、キャンセルだけは無しであって欲しいものだが) ここまで来るための旅費とて馬鹿にならない。正式な(?)依頼であれ、全て経費で落ちるとは限らないのだ……世の中理不尽まみれである。 「それにしても、龍歴院のハンター殿はいつも多忙のようだ。俺たちのような末端にまで依頼がくるとは。どの拠点のハンターも仕事にかかりきりなのだな」 とりあえずは、と庭園に出されているアイルー屋台――もとい、食事場である簡易レストランに足を伸ばす。 近くに置かれた調理場では、ふくよか……失礼、巨漢のアイルーシェフが嘘のようにデカい木べらで、名物料理に欠かせない鍋入りチーズをかき混ぜていた。 置かれた石製の椅子に腰掛けると、ムッシュ、食事でございますかニャ、と尋ねられるのはやはりこの場が集会所のアイルー屋台である証拠だ。 ざっとメニューに目を通すメヅキだったが、腹は空いているものの、仕事の受注も半端のうちに食事を摂るわけにもいかない……彼は喉奥を小さく鳴らす。 「ミスターニャンコック。聞くだけで申し訳ないのだが……本日のオススメなどは、あるのだろうか」 「もちろんでございますニャ。ムッシュの期待を裏切らない、新鮮なマグマトンに吟醸龍殺しなど……なんでも取り揃えてございますニャ」 「な、なんと。聞いただけで美味そうなやつではないか。これが世の不条理ということか」 芝居がかった演技であるようにも見えるが、メヅキは現在進行形で仕事の進捗を真剣に憂う男である。 まだ決まってないのかな、と判断したのか、決まったら教えてくれムッシュ、と言わんばかりにアイルーシェフは親指を立て、チーズの攪拌に戻っていった。 話はここで「ふりだし」に巻き戻る。未だ姿を見せない研究員の再来をまだかまだかと待ち詫びつつ、メヅキは自前の調合器具を取り出した。 暇を持て余すなら仕事をしていた方がマシである、のアレである。万が一、今すぐに納品を要求されても対応できるよう手近に運んでおいた運搬用の木箱を 積み重ねて即席のテーブルを作製すると食事場の真横にくっつけ、取り出した必要素材に個包装用の薄膜、使い込んだ調合書を嬉々として並べ背を丸めた。 「せっかくここまで来たのだ。俺は少しでも龍歴院のハンター殿に力添えしたいのだからな、多めに作り溜めするに越したことはないだろう……」 ……メヅキは、薬師、ひいては薬売りとして腕前を磨くことに努力を惜しまない。 そう成ったのには歴とした理由があるのだが、青年は容易にそれを明かせるほど器用な人物ではなかった。 彼が調合を進めようとしたそのとき、庭園に変化は訪れる。ニャンコックがふと席を外した瞬間、受付嬢が書類確認に奥に下がった間、その隙を突くように。 先ほどまで僅かにけぶっていた程度の霧が、突然いっそう濃くなったのだ。飛行船を主な移動手段とする龍歴院は俄に騒然となった。 「なんだ? 霧が――」 先述のように、メヅキは弟シヅキともどもそれなりに狩りの経験を積んできた身である。 ましてや彼は片方の視界が失われている上に、ガンナーとして広い視野も持ち合わせていなければならない。 故に、メヅキはこの場に現れた「モンスターの気配」を察知することができていた。顔を上げたとき、確かに山霧の向こうに何ものかの気配を感じたのだ。 愛用する軽弩に手を伸ばし、指先に緊張を走らせる。翠の眼をクッと細め、姿を見せようとするその気配を注視した。 『……やあ、君じゃあないか。元気にしていたかい。それにしても、拠点なんかで得物を抜いたら知らない人が驚いてしまうのじゃないかな」 ぼんやりとしていた気配は、次第にヒトの形に変貌する。そのとき、青年の視線の先には奇妙な装備に身を包んだ男が立っていた。 「――ややっ、貴殿はいつか、薬学に詳しいと話をしていた御仁ではないか!? もちろん俺は息災であったとも。そちらも変わりないようで、何よりだ」 「そうだったねえ。薬学、薬学か……専門は、秘薬なんだけれどね。君も五体満足のようで、よかったよ」 「そうかそうか、秘薬専門か! あのときは慌ただしくしてしまい、申し訳なかった。専門分野の話となると饒舌になるのは、俺の悪い癖なのだ」 ニコリと笑い返すのは、藤色の龍鱗を刻んだ丸みを帯びる革製防具を着込むひとりの男。 凹凸の目立つ不思議な眼をしており、その佇まいには独特の雰囲気が感じられる。しかしメヅキはこの男と初対面ではなかった。 件の秘薬納品依頼の折、この男はどこからともなく現れ、秘薬を隙間なく詰め込んだ木箱を手作業で運ぶ青年を手助けしてくれたことがあった。 手伝ってくれた礼にと、この食事場で食事をともにしたこともある……あれからしばらくの月日が経ったが、互いに無事で何よりだとメヅキは再会を喜んだ。 「それはさておき、驚いたよ。君がうっかり置き忘れていった……なんだったかなあ、『試作品』だっけ。色々な効果と味がして、面白かったよ」 あの日と同じように、ふたりは集会所のアイルー屋台に腰を下ろす。眼が合った瞬間、男は気さくに青年に過去の話を振り直していた。 試作品。先の食事の席で、薬学語りに熱中したメヅキがオフレコで取り出したいくつかの薬液のことだ。 ギルド公認の調合レシピではなく、あくまでメヅキが独自に開発したオリジナルレシピであったので、今日に至るまでその存在は地味に隠し通されてきた。 「なんと、自らの身をもって検証するとは。貴殿は努力家であるのだな。俺も仲間に振る舞ってみたのだが、最後には記憶が曖昧になってしまって」 「おやあ、それは残念だったねえ。アルコールでも混ぜていたのかい?」 「まさか、それでは薬として常用できんからな……そういえば気がついたらなくなっていたのだった。やはり、貴殿に譲っていたのだな」 「どうだったかなあ……あのときは君もお酒が入っていたし、僕も間違えて君のを飲んでいたかもしれないし。覚えていなくても、仕方ないかもしれないね」 男は、あのときとは打って変わり自ら率先してメニューを開いてみせる。まだ仕事が、一人慌てる青年に、お酒無しなら問題ないさ、と眼を細めて笑った。 「仲間、仲間ねえ……僕にもそう呼べる友人らがいるのだけれど、彼らは薬に興味がなくてね。ちょっと残念だなあって思うこともあるんだよ」 「なんと……心中お察しする。専門的な分野であるからな、理解してくれる者が限られるのは薬師の宿命のようなものだ」 「宿命、ね。僕にとってその言葉は恐ろしいモノなんだけれど……あのときは友人らも試作品の試飲につきあってくれたんだ。実に愉快で、有意義だったよ」 「おぉ、それは僥倖だ! 俺の薬が役に立ったというなら、これ以上喜ばしいことはないからな!」 「……怒らないのかい? あれは君の知識が詰まった、大事な試作品なんだろう?」 ――物事の真実とは、光と影、喜びと暗がり、即ち、目に見えるものが全てとは限らない場所にある。 問われたメヅキは藤色の男にパッと輝くような笑みを返した。男が微かに肩を跳ね上げさせたことに気付かず、青年は首を大きく縦に振る。 「貴殿の研究と、友人殿との交流に役立てられたというのだろう? 薬師冥利に尽きるというものだ」 ほんの僅かな沈黙の後。ふと屋台の裏手側から、ニャンコックとお揃いの白いエプロンを着けたアイルーたちが一斉に料理を運んでやってきた。 おぉっと顔を輝かせるメヅキに、今日は前回の御礼に僕が、とどこか肩を落とした様子の男が古びたお食事券を見せびらかす。 「そうか、お食事券か。前回とは役割が反対だな。では、有難くいただくことにしよう。酒はないが、まぁ……乾杯!」 「そうだねえ。ウン、そうだったかもしれないねえ……えぇと……そう、『乾杯』」 冷たい山の水を満たしたグラスを突き合わせ、ふたりは薬学談義は一旦横に置き、チーズフォンデュの串に手を伸ばした。 熱々のムーファチーズに具材をくぐらせ、ハフハフしながら濃厚な味わいを堪能する。これもいつかの邂逅の折に共有した記憶の一つだ。 男は、一串目を口にして以降は微かな笑みを湛えて沈黙していた。まるで、己の感情の機微に気付いた様子もない青年を観察するかのような素振りであった。 …… Now Loading …… 「……そうそう。あのとき話した『サイコロで旅路のルートと手段を決める遊び』なんだけれど、あれ、実は今日も試しているところなんだ」 「んぐっ!? な、なんと。あの、運任せで無意味で、面白おかしき旅のアレか。貴殿の中での流行りなのか……?」 「流行りとか、そこまでたいそうなことじゃあないよ。ウン……友人らに勧めてみたんだけれど、これが思いのほか盛り上がってしまってね」 「そうか……確かに、聞いた限りでは運任せで無意味で、面白おかしき旅としか聞こえない。金銭的余裕がなければ不可能な遊びであるようにも思えるが」 「そうそう、あと、君が言う疲労との兼ね合いもだったかな。僕たちは……それなりに、時間の都合がつきやすい身であるからね」 青年の食事が進むにつれ、男は自らのことをぽつぽつと語ってみせた。 男が話すアレ……サイコロで決める旅路。彼が前回この地を訪れたとき、諸事情からメヅキにそのように説明せざるを得なかったことがあった。 所用があって訪れた牧歌の村。彼が気にかける、唯一の村娘。彼女との会話のあとに眼にした秘薬の山……つい出来心でベルナ村に残ってしまった、あの日。 彼は文字通りどこからともなく姿を現し、メヅキに接触を果たしていた。苦し紛れに語ったルートも手段も、本来ならなんら意味を成さない只の作り話だ。 「友人のうちひとりは、やたら目の出が悪くてねえ。フラヒヤに寄った後にラティオ火山に行かされたり、氷海の観光に行ったりしていたよ」 「おぉ、なんと悲運な。それはお気の毒様だ、寒暖差というレベルの話じゃないだろうからな。して、貴殿はどうだったのだ?」 「もちろん、今のところとっぷを独走しているところだとも。この遊びはいいよ、足が速い友人でも歩きを余儀なくされることがあるからねえ」 当時、眼前の薬師はそれらの異変に気付いた様子はなかった。だというのにハンターとしての勘を鋭く示したため、男は自らの正体を隠し通す羽目に陥った。 見破られればただでは済まされない――だというのに、彼はあまりにも正直が過ぎるこの青年を嫌いになることができなかったのだ。 無論、試作品を通して秘薬の調合具合がぼんやりと想像できたため、彼の薬師としての腕を買っている面もあるのだが。 「なるほど。貴殿の友人殿らも、苦労しているのだなぁ」 「たまにはこうして気を紛らわせないとねえ。だから、君の試作品なんかもちょうどいい刺激になったんだよ。感謝しているとも」 感謝を告げられ、満更でもないように笑うメヅキの表情は明るい。 相手の純粋さに眼を細めた奇術師だが、内心では獲物の気配に敏感に反応する一方、気を許した者には思考を柔らかくしすぎるこの青年の理を憂いていた。 「霞隠し」。あの日、男はメヅキから試作品を譲り受けていたわけではなかった。 正しくはアルコールにテンションを上げて饒舌に語り始めた青年の隙を突き、その眼を誤魔化し、この場から逃げるついでに件の薬類を盗んでいったのだ。 そこに善意や厚意はなかった。守護区域にそれらを持ち帰り、友人ら……二足歩行の身ではない味方らと試飲して、長寿ゆえの退屈を凌いだのである。 「ところで、今日もコッチに秘薬を納めに来たのかい。前回はそうだったのだろ」 労うような素振りで動向を探れば、 「あぁ……手違いかは分からないが、今は待たされている状態なのだ。納品依頼であることには違いないようなのだが、龍歴院も多忙であるらしい」 このようにポロポロと現状を明かしてくれる。やはり危うげだ、そう思うと同時に、男は自らが振った話題に胸をときめかせるのだった。 「ということは、『それ』もそうなのかい。調合途中のようだけれど、乾いてしまわないのかな」 「ム? これか。時間潰しのつもりだったのだが、確かにやりかけになってしまったな」 すぐ近くに置かれた木箱の上の仕事道具。薬研の中に残るのは、魅力的なマンドラゴラの粉末の香り……男はこっくりと頷いた。 熟練のハンターには識られていることだが、この藤色の奇術師は狩猟道具の薬類、特に「秘薬」が「好物」なのだ。 「貴重な材料を使うからねえ。そのままにしておくというのは、もったいないよ」 「貴殿の言う通りだ、もったいない。それはそうなのだが、うぅむ」 「納得がいかない出来なのかい?」 「というより、半端になってしまったからな。ここから擦り合わせてもまとまりが悪くなってしまう。秘薬と呼べる一応の代物にはなりそうだが……」 メヅキは、まだ湯気を立てる料理のいくつかを容赦なく奥へと押しやった。さも「邪魔です」と言わんばかりの徹底ぶりに男は失笑する。 隣の作業台から取り出した薬研とその中身を、彼は隻眼に真剣な光を宿して丹念に練り始めた。どうやら調合途中の薬剤がそのままになっていた体らしい。 次第に親しみ……魅力的……即ち、秘薬そのものを証明する特有の匂いが上り始め、ついに男は恍惚と表情を崩しきる。 うむ出来た、青年はそれには気付かず、完成したばかりの丸薬を男の眼の前に突きつけた。 「……十分、秘薬として機能しているように見えるけれど。君としては駄目なのかい?」 「悪くはない。悪くはないが、それだけだな。俺としては納品対象には出来ぬものだ。自分用に使い回すなら許容範囲、といったところか」 秘薬だ。眼の前の黒く丸い艶々した薬は、どこをどう見ても秘薬である。 これのどこに不備があるのだろう、男はひたすらバカ正直に首を傾げて薬師の顔を見た。交互に見比べられて意外に思ったのか、メヅキは一度目を瞬かせる。 「そういえば、貴殿は秘薬専門の研究をされているのだったな。貴殿の前で使えないと宣言するのは、配慮が足りなかったかもしれん。申し訳ない」 「おやあ、何もそこまで真面目に考えなくても……でも、そうだねえ。そんなに気に掛けてくれるなら、実験用としてこの秘薬、僕が貰えないものかなあ」 「ム? 貴殿がいいと言うなら、俺はそれでも構わないが……」 「いいのかい? 本当に? なら、材料費と技術料は預けることにしようじゃないか。タダより怖いものはない、と昔から言うそうだからね」 男は、ここに来る道中に見つけたぴかぴか光る石――彼は特にメランジェ鉱石を術の繋ぎにしている――や、物珍しい草花などを机上に並べた。 最初は「おぉっ」だの「これはなかなか」だの感心していた青年だったが、灰色に鈍く光る結晶を並べ始めたあたりで動揺し始める。 曰く、これはレア度の関係で譲渡できない、秘薬の材料費にしては高すぎる、等々。言い分がよく理解できず、藤色の奇術師はまた首を傾げるばかりだった。 「貴殿は……ハンターとしての経歴が長いのか、短いのか。どちらなのだ……?」 「ウン? どうだったかなあ。あまり気にしたことはなかったねえ」 「そうか……よし、せっかくの厚意を無駄にするわけにはいかん。火薬草とニトロダケ、眠魚と毒テングダケ。この四つを頂戴することにしよう」 「それだけでいいのかい? 『技術料は高く見積もっておけ』なんて、友人のひとりが言っていたけれど」 「何を言う、十分すぎるくらいだ! それに食事までご馳走になっているのだからな。かたじけない」 防具の元となった黒狼鳥イャンガルルガのように、メヅキはペコペコと頭を下げる。 以前にも見させてもらったその動作がどうにも面白おかしくて、男はフフ、とまたしても失笑した。 「君は、お人好しが過ぎるようだねえ」 出来たての規格外品(!)の秘薬を懐に収めながら、奇術師は小さく笑う。 「ん? 何故、そう思われるのだろう」 「大した理由はないよ。けれども、僕は努力家という生き物のことを好ましく思っているからね。君の前途が明るいものであることを、今後も地味に祈るよ」 「地味……地味か、そうか。クハハ、貴殿も素敵な御仁だと俺は思う。そろそろ時間なのだろう? さっきから食べ進めていないようだ」 ほんの気紛れ。出来心。遊び心――その日、ベルナ村は早朝から山霧に覆われていた。 見上げてくるメヅキの柔らかな視線に、藤色の奇術師は眼を細めて胡乱げに笑う。じゃあね、そう言い残して席を立つ姿を、青年は目を丸くして見返した。 「薬学の友、賢き御仁! もう行ってしまうのか。まだ話したいことが……」 「いやだなあ。サイコロ勝負の最中だって、話したじゃあないか。友人らに負けるわけにはいかないだろう? 僕にもぷらいどはあるのだし」 「そ……そうか。確かにその通りだ。俺も同じことをやっていたら、負けたくないと意固地になっているやもしれん」 「そうとも。また、僕の気が向けば会えることもあるだろう……それまで、息災にしているんだよ』 山霧は、本日の中で最も濃く深く、強まった。ニャンコックや龍歴院の研究員が混乱する音が聞こえてきて、メヅキは僅かに体を硬直させる。 あのときの「モンスターの気配」がすぐ近くにあるように感じられた。腰を浮かせた刹那、真っ白になった視界の端で、なんらかの塊が蠢いたのを視認する。 ぱっと振り向いた青年が目にしたのは、薄ぼんやりとした謎の巨影だった。こちらに一瞥を投げるよう一度だけ立ち止まり、直後すぐに姿が見えなくなった。 そういえば、あの御仁の防具は非常に希少な……ふとメヅキは、あの日弟に教えてもらった龍の名を思い出していた。 『霞龍』オオナズチ。視界を埋め尽くす山霧も、謎めいた言動も、なによりこうして一瞬で姿をくらますことさえも――青年は小さく頭を振った。 「あの御仁は、まさか……いや……うむ。飲んでもいないのに酔っ払うなど、有り得るのか?」 せっかく薬学という共通分野を語らえる友が出来たのだ。妄想も大概にしなければ、薬師はそう結論づけ、ひとり食事の席へと戻っていく。 彼が目撃し、談笑したのは、はたしてごく普通のハンターであったのか。 後に、時間差で正式に発行された秘薬の追加納品を受理したメヅキはあまりのノルマの多さに追われることとなり、一連の流れを一時的に忘れてしまった。 慌ただしく薬師の日常は過ぎていく。ふと木箱を運ぶ最中に振り向いたとき、そこには誰の姿も残されていなかった。 |
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