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南天屋の見積書vol.XX

 呈上品 : 【おしごと】仕事に行ったら話が噛み合わなかった話【がんばる。】 
仕入れ担当編  (作中登場の醸造屋と七竈堂については『こちら』

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その日、ドンドルマは快晴だった。

ドンドルマは大陸のほぼ中央に位置する大型都市だ。険しい山脈に囲まれ、街を見上げる内海は今日も穏やかに水をたたえ、多くの物資と人が行き交う。
中でも有名なのは、世界各地で活躍するハンターを支えるハンターズギルドの総本山があることだ。統轄する竜人族の大老もここに坐す。
古龍観測所といった研究機関や武具加工を担う鍛冶屋、素材や食材を扱う市場も揃っていて、街はいつでも賑わいを見せていた。

「ムムム……てんで、なってないっす。やっぱり姉様に相応しい店なんてどこにも無いんですよ。呆れるくらい貧相っす」

人の往来がより増える昼時。商人やハンターの隙間を縫うようにして、その一行は混雑する表通りを進んでいた。
一人は、態度が横柄な十代半ばほどの若者。己の腕を誇示したいのか、あの黒触竜ゴア・マガラの四式防具を着込み、食事場を見比べては文句を並べている。

「クレタ。あなた、文句ばっかり……やっぱり、一緒にくるんじゃなかった」

もう一人は、倦怠感を感じさせる雰囲気の狩猟笛使いの女。先の若者をたしなめる口調には、どこか呆れたような響きが含まれていた。

「まあまあ、せっかくドンドルマに来たんですから。わたしも数える程度にしか来たことがないんですけど、美味しいものがいっぱいあるんですよ!」

そして最後の一人は、揉めがちな先述の二人の仲を取り持つように絶えず間に割って入る黒髪の娘だった。
ぱっちりとした丸い目に収まるのは黒曜石を思わせる黒の瞳で、着ている衣服はここよりそう遠くない高原の拠点、ベルナ村由来のエプロンドレスである。

「それで、ステラさん、でしたっけ。よさそうな狩猟笛は見つかったんですか」
「うーん……そこそこ、かな。ベルナ村も優秀な職人さんを抱えてるし、比べること自体、間違っていたのかも」
「ユカさんの話だと、こちらは装飾品による……デコレーション? デコる? も有名だそうですよ。それも含めて、いいのが見つかるといいんですけど」
「ちょっと、姉様! それより今は、姉様の健康を損なわないために早く食事を……!!」
「クレタ。うるさい」
「ううぅっ……せっかくの姉様との観光なのに、どうして……!」

先の二人は姉弟だった。若干、弟側からの愛が重いアレである。一方で、家庭環境が厳しかったこともあり姉側は弟に対してさほど執着していない。
だからこそ、メンテナンスと新作の得物を求めてやってきた姉ステラは――彼女はいわゆる狩猟笛オタクだ――弟クレタの進言をことごとく無視していた。
ちなみに黒瞳の娘は親交を深めるとあるハンターと姉弟の間に縁があった関係で、二人の目的に巻き込まれる形で同行を強いられている現状である。
もっとも、ベルナ村の特産品であるムーファチーズに合いそうな香辛料を買い求めて来訪したという動機もあるにはあるので、今のところ不満もないのだが。

「でも、確かにお腹はすきましたね。どこかで食事にしましょうか」
「だから! さっきから姉様に相応しい食事処なんてどこにもないって、そう言って……」
「クレタ。うるさい」
「なななっ、なんでぇ……ッ」
「あーあー、とにかく。何か簡単に摘まんで、小腹を満たしてからにしませんか。それならもっと、ゆっくり見て回れると思いますよ!」

怒ったときの笑顔が怖い、と定評のある娘の言だ。姉弟は素直に首を縦に振った。



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「いらっしゃい、寄ってらっしゃい! 冷たくて甘くて美味い、特製甘酒だヨ。どうだい、お一つ!」
「……ン。こンで、最後の一樽だっぺ」

その日、ドンドルマは快晴だった。昼も過ぎれば、潮風に混ざって気温はじわじわと上がっていく。表通りは涼を求める客でごった返していた。
この日、馴染みの商店が出す特製飲料の販売を手伝っていた二人組のとあるハンターは、この街では狩りの腕前とは別にそれなりに名を知られた面子だった。
前者は泡孤竜タマミツネ装備の青年ハルチカ。稲穂色の髪を後ろに撫でつけ、また目尻と口端に紅を差し、艶やかな装備を裏切らない小粋な風体をしている。
にこやかな商人らしい笑顔を浮かべ、甘酒を購入していく客を見送る姿は快活で、見ていて気分がいい。販売直後に取り出される古びた算盤は彼の愛用品だ。

「今日もアッという間に売れちまうねェ。こりゃァ、チェルシーの旦那も大満足に決まってらァ」
「ハル。次の客サ来でっから……おれァ、鍋の様子サ見で来っからよ」

後者は……今は装備を着込んでいない。紺色の割烹着を着て、空になった樽を両腕で軽々と持ち上げる様は頼もしいの一言に尽きる。
彼は名をアキツネといった。ハルチカを元締めとする萬屋、南天屋において調理担当と仕入担当を兼任する、ハンターにして料理人という変わり種の青年だ。

「なんだい、今日の仕込みはずいぶんと早いンじゃないのかねェ。いい煮込み料理でも仕込んでんのかい」
「……ン。昨日ッからやっでる。アレはンまぐいっでる方だ」
「へェ、そいつァいいこと聞いた! あとで姐さんトコに行ってみるかねェ」

アキツネの言葉には若干の訛りがあった。これは彼の出身地にちなんだもので、ハルチカを含め、南天屋のメンバーなら誰でもその響きに慣れ親しんでいる。
青年は口達者な方ではなかった。幼なじみでもあるハルチカは、慣れたように「そうかイ、そうかイ」と別の仕事に向かおうとする彼を送り出す。
そこに現れたのが先の三人組御一行だ。露店売りの甘酒がよほど珍しく思えたのか、黒瞳の娘に至っては目を輝かせる始末である。

「あの! こんにちは。甘酒、まだ余ってますか。三人分いただきたいんですけど」
「おッ、この辺じゃ見ない顔だネ。あいよ、ちょうどこいつで売り切れサ。お代わりはないが勘弁しとくれヨ!」
「わぁ、有難うございます! ステラさんクレタさん、甘酒ですよ、美味しいですよ体にいいんですよ! 冷たいうちにいただきましょうっ」

受け取るや否や、娘は躊躇なくきんきんに冷やされた甘酒を一気飲みした。喉が渇いていたというよりも、街の雰囲気に飲まれたように見える。
ベルナの意匠か、観光客かネ――ハルチカは持ち前の頭の回転の速さでそう読んだが、残りの客のうち一人が容器を手に固まっているのを見て片眉を上げた。
ステラと呼ばれた女とその連れだ。見るからに勤勉さを感じる黒髪娘と違い、こちらの二人にはどこか浮世離れした雰囲気が感じられる。

「……甘酒って、初めて飲んだ。度数が高いわけでも、そこまで甘いわけでもないんだね」

女側は物珍しそうな顔でカップを受け取った後、中身を舌の上に滑らせて目を丸くした。お気に召したのか、眠たげな半開きの目がふにゃりと緩んでいる。

「名前だけ聞けばそう思うサね。甘酒ってのは発酵食品なのさ、儂らの知り合いがいい店を構えてるってンで、その縁でね」

青年らが販売しているこの甘酒は、最近になって代替わりした馴染みの醸造屋から本日の販促用にと預かったものだ。
賑わいの古都ドンドルマの名物の一つ、蚤(カンタロス)の市。以前店の資金繰りでこれがお披露されて以降、そこそこ存在が知られるようになっている。

「わぁ、あとでそのお店、教えて頂いても構いませんか。わたし、近頃お味噌やお醤油を使った料理にも興味があって」
「うん……これ、おかわりって言いたいところだったけどもうないのでしょう。惜しいな。チャチャとカヤンバにも持っていってあげたかったんだけど」
「えぇと……これは露店の商品ですから。保存用の密封容器があったら、日持ちしたかもしれないですけど」
「密封容器か……そこまで考えたこたァなかったねェ。儂は代理で売ってるだけだし、権限ッてーのがねェの。店主に話しとくのもいいかもしれんね」

黒髪の娘は、恐らくベルナ村の特産品に関わる身だ。発酵とは何か、村のチーズもどうたらこうたらと、目を輝かせながら何事かを熱心に語り始めている。
女は興味があるのかないのか――終始甘酒を喉に流しつつのながら聞きだったので――首を傾げ、娘と目の前の商人の解説に耳を傾けていた。
……ドンドルマは不思議な街だ。人と物資の往来が多いからか、縁のなかった者同士がこのように容易に繋がるときがある。
ハルチカは、背後でガタガタと片付けに勤しみながらもさりげなく耳を傾けている様子のアキツネの気配を嗅ぎ取って、晴れ晴れと笑った――

「甘酒っすかぁ? ボクは風味が苦手なんすよね、貧乏くさいし。それより熱帯イチゴの氷結ドリンクあたりの方がマシっす。姉様もそう思いますよね?」

――無論、人間には多様性というものがあるものだ。
女二人は食物、流通に興味関心を示したが、では残る一人はどうかというと、こちらはサッパリといったご様子だった。

「こんなドロッとしたもの、酒だなんて呼べないですよ。穀物への侮辱とも言えますね! 大体、子供が飲むものじゃないですか。姉様には不釣り合いだ」
「クレタ……なんてこと言うの。わたしは『気に入った』と言っているのに、聞こえなかったの?」
「あのですね、クレタさん。甘酒にはちゃんとした歴史があって……」
「またっすか、ノアさん? そうやって食べ物のことしか考えられないから、仕事に打ち込むしかなくなるんですよ。姉様の美貌を見習ってほしいっす」
「……いやァ、きっついねぇオニーサン。ケド、そのオネーサン方に八つ当たりすンのは紳士としてどうかと思うぜ」

知識がないのは百歩譲って仕方がない、誰にでも得手不得手というものはある。しかし朽葉色の若者の言い分はあまりにも無神経だ。
思わず女性陣に助け船を出したハルチカだったが、クレタに自省の色は見られなかった。かわりにこちらに意識を向けさせることは出来たらしい。
うさん臭いものを見る目でカップを眺めた若者は、いつの日か醸造つながりで顔を合わせた龍歴院の学者のように青年を見下し、蔑みの視線を向けてくる。

「君も君だ、姉様にこんな安物を売りつけようだなんて!」
「買ったのはおたくらだけどネ?」
「それでもですよ! 姉様にはもっと相応しいものが……どこの誰の手が加えられているか分からないものなんて、何が入っているか」

言い分はめちゃくちゃだ、いちゃもんと言ってもいい。何か言おうとした商人は、ふと背後から近づいてくる足音と気配を察して一旦は口を閉ざした。
移動の用意を進めていたはずのアキツネが手を止め、わざわざ取って返してきたからだ。

「……『オヤジ』の作っだモンなら、ホンモノだっぺよ。お前サンだってハンターなら、ベルナのチーズも食ってンべ」

興奮状態の若者に振り回され、今にも中身がこぼれ落ちそうなカップだが。南天屋一の屈強な体格の青年は、相手の手のひらごとそれを握り込んで固定する。
ぎょっとしてアキツネを見上げたクレタは、目の前に突きつけられた人差し指を見て目をまん丸に見開いた。
「オヤジ」。アキツネが甘酒の製造元、醸造屋の店主をそう呼ぶのは商人づきあいも勿論あるが、何より相手方に親しみと敬愛を持つからだ。
彼の料理と南天屋の打ち上げに、件の店の加工品は欠かせない。先代ともつきあいがあり、かつ料理熱心なアキツネには流石に聞き捨てならなかったようだ。

「お前サンのネェちゃんがどんなンか、おれァ知らねェ……食いモンの好みはモンスターだってあンべよ。余所サ口出しすンでねェ」
「なにっ、何を……姉様とモンスター如きを、一緒にする気か!?」
「少し(わーか)考ェれば分がっべよ。ナルガクルガがモス食うか、渓流の雷狼竜だってガーグァしか眼に入れねェ……お前サン、鼻でも詰まってンでネェが」
「よォ、アキ。そんくらいにしときなッて。奴さん、アプトノスみてェに怯えちまってンぜ」

慌てふためくノアの横で、ステラは頭を横に振っている。僅かに好奇心に駆られた体のハルチカは、片付け途中のおたま片手に話に割って入っていった。
……このへんで止めておかないとクレタが自ら墓穴を掘りそうで見ていられなかったからだ。決して、助け船を出したわけではない。

「ン。おれァ、オヤジの甘酒が無事ならそれでいいンだ。……残されンのは気に入らねェけっとも」
「だろうネ! っと、急にビックリしたろ? 悪かったねェ、オニーサン!」
「やっ、野蛮人どもめ! これだからハンターなんて信用できないんだ、お前のその装備、泡孤竜シリーズだろう……!」

アキツネはハルチカの仲裁を受けるや否や、意外にもすんなりとクレタの手を解放する。これには小粋な元締めもニッコリ笑うしかない。
一方で八つ当たり気味に二人を罵った若者は、大げさなほど手をこすっていかにも自分は被害者です、とばかりに顔を赤くした。
先に喧嘩ふっかけてきたのはソッチだろ、と青年たちは口にしない。あくまで今日の仕事は販促だ――知人の顔に粘泥土を塗るわけにはいかないのである。

「あの! クレタさん、クレタさんだってハンターさんじゃないですか。そんな言い方しないでください」

絶えず、鱗粉のような黒紫の粉を噴かせる暗黒色の布地を振り乱して喚く若者と、アキツネの人差し指の間。そこに不意に別の人間が割り込んだ。
販促用の「のぼり」を手にした――いつの間に屋台の横から引っこ抜いてンだ、とハルチカは片眉を上げたが――黒髪娘のノアだ。
クレタが何事か反論するより前に、伸ばされた指の腹の前に立ちはだかる。庇っているつもりなのだろうか?
元から初対面の客相手にキレるつもりがなかったらしいアキツネは、一度だけパチリと瞬きをした後いつものようにのんびりとした動作で手を下ろしていた。

「ソレ、商売用の借りモンだべ……振り回しちゃ危ねェよ」
「あっ……す、すみません。つい」

いやいやついってなンだい、ツッコミを入れたくなったハルチカだが、自社の料理人と黒髪娘の間ではたったそれだけの会話で交渉が成立した様子である。
アキツネはすんなりとのぼりを回収し、元の位置に差し直した。するとノアは「一仕事終えました」とばかりに右手の甲で額を拭うフリをする。
二人がかりでスルーされた朽葉色からしてみれば赤面ものもいいところだ。ちらと視線を走らせた先で、予想した通りクレタは顔を赤くして震えていた。

「ごめんなさい、うちの愚弟が」
「うおッ、っと……そうかい、オネーサンの弟サンだったのか。あんまし似てないネ」
「よく言われる。でも先に無礼を働いたのはわたしたちの方だから……損害が出るようなら教えて。父にも口出しはさせないから」
「なっ、姉様!? ボクはこいつらに恥をかかされたんですよ!!」
「クレタ。うるさい」
「ね、姉様ぁ……!」

そいつはドウモ、と接客担当は口にしない。侮辱、安物、父……物言いから察するに、この姉弟は王族か貴族かだろう。話が通じないのにも納得がいった。
とはいえ、ハンターとしての腕前や世渡りの上手さでいえば姉側の方がまだ常識人であるようだ。
「黒触竜」装備……クレタが自慢げに見せびらかす黒紫の防具は、ドンドルマ近郊で一時騒動の元となった竜の素材をふんだんに用いた品だ。
遺跡平原付近やドンドルマでそれを着こなす意味を目の前の若者は分かっていない。ハルチカはフゥン、と目を細めて嘆息する。

「構わねェサ。だがその甘酒は、オネーサンかそこの黒髪のお嬢サンが飲んでくれた方がいいかもしれないネ?」
「そっか。そうですね、クレタさん、甘酒はあまりお好きじゃないみたいですし。では、わたしが」
「ノア。それはズルい。わたしが」
「おッ? そこまで言うなら儂が」
「おれだッて飲ンだっていいべよ」
「な! 何を勝手な……これは姉様も口にした飲料ですよ!? ボクの分なんです、なら、ボクが飲むに決まっているでしょう!!」
「「「「どうぞ どうぞ」」」」
「なんでそこだけ皆さんで息が合っているんですか!? おかしいでしょうッ!!」

ついに発狂し始めたクレタはステラが回収し、一行は何故ドンドルマを訪れたのか、またハルチカらが何故甘酒販売を手伝うことになったのかを談笑する。
すぐさま昼がまだだ、という話になった面々は、ハルチカの勧めでアキツネが次の仕事に寄ろうとしている店に押しかけることにした。
ハンターズバル「七竈堂」。ドンドルマの一角、青年らの顔馴染みのマダムが主をつとめる、シックな内装がなかなかラグジュアリーな小料理屋である。



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「……で? 真っ昼間ッから団体さん連れでメシを食わせろって、ここはアンタらの休憩所か何かにでもなったってェのかい?」

基本として、七竈堂は昼に酒類の提供はしていない。コーヒーに軽食と、どちらかといえばカフェのような経営体制だ。
だというのに開口一番にステラが樽ジョッキを注文したばかりに、彼女ら旅の御一行様を送り届けたハルチカはマダムに小言を言われている。
これから別件なンだよ、和平交渉もとい解放交渉に挑むハルチカだったが、アンタの事情なんざ知ったことじゃないサ、マダムは慣れたように一蹴していた。
彼女の名はエウラリアという。親しむ者はウラ姐と呼称するが、彼女もかつては狩猟経験をもつ凄腕のハンターだった。
今は昔馴染みの客を出迎えながら、自由気ままに七竈堂を経営している。ベテランであったが故に、その瞳には狩人特有の凄み、のようなものが感じられた。

「ま、いいサ、お客は大歓迎だからネ。さて、他の子は注文決まったかい? うちの料理番の作る飯は格別だヨ!」
「えっと、わたしたちドンドルマの料理には知識がなくて。オススメかお任せってできませんか」
「ヨッ、そンなのお任せあれサ。食前酒でもどうだい、ベルナのお嬢さん。ちょうどいいのが入ってるよ」
「あっ、オイ、儂には昼間ッからの酒は駄目だとか言っといてなんだってンだ、クソババア!」
「誰がクソババアだ。先方を待たせてるんだろう、さっさと行ってきなこのヘッポコ!」

ノアは、クソだのヘッポコだのといった過激な――ベルナ村からあまり出ない彼女は文字通りの田舎者である――言葉の列挙に頭をクラクラさせていた。
知ってか知らずか、ウラは彼女を気遣うようにきんと冷やした度数の低い発泡酒を提供する。ほんのりと甘い、柔らかな果実の味がした。
美味しいです、素直に感動を口にする娘に対し女主人は特に応えず、カウンターに座ったまま小綺麗な笑みを浮かべてみせる。

「……ン。お通しです。オマタセシマシタ」
「あれっ、アキツネさん!? 料理番ってアキツネさんのことだったんですか」
「おや、ハルチカから聞いてなかったのかい? 手伝いで、だけどネ」
「今日は仕込みの手伝いだけだったんけっとも、せっかくドンドルマまで来たッてェから……」
「わぁ、それは……わざわざ、有難うございます。有難くいただきますね」

奥の厨房からのっそりと顔を出したアキツネに面食らっている最中にも――クレタはカタカタと震えていたが――小鉢がカウンターに並べられていく。
小洒落た陶器の模様も相まって、非常に小粋だ。進められるがまま、観光御一行様はぷりぷりした小ぶりな煮卵に箸を伸ばした。

「んんっ!? おいっし……っ、味しみしみですね! とっても美味しいです」
「気に入ってくれたみたいでなによりだ。よかったネェ、アキツネ」
「ン。次もすぐ出すから、味わって食(け)ェや」
「ウワハハハ、今日はいい風が吹くじゃないか! どれ、あたしも少し摘まもうかネェ」

空気が緩む。ノアは、黒瞳を綻ばせてアキツネ手製の惣菜を口に運んだ。ちなみに、娘が逐一感動する横でマーレ家姉弟はパカスカと早食い(!)している。
余談だが、このアキツネという青年は自身の料理に自信をもつ一方、それらに対して非常に真摯であることで知られていた。
雑に消費されたり、粗末に捨てられたりすることを彼は決して許しはしないのだ。
先の騒動はどこ吹く風か、客としてノア一行を迎えたアキツネは、真剣にかつ楽しく料理を楽しむ彼女らの顔ぶれを眺めて小さく首肯する。

「メインだっぺよ。こんがり肉とは、ちょィと違ェ」
「うわぁ! ステーキが! 盛りだくさん!! いっ、いただきますっ」
「ウワハハ、ステーキ盛りだくさんってか! そんな表現聞いたことないヨ。アンタ、面白いこと言うネェ」

正確には、様々な部位のステーキ盛り合わせのつけあわせにリノプロシュートのスライスやホワイトレバー製のレバーペーストが添えられているのであった。
ハンター飯に慣れている姉弟は簡単に食べ進めていくが、そもそもこんもりと盛られた肉料理を目にしたことがないノアは戸惑っている。

「……ッて、無理してないかい。食べきれンかったら持ち帰りだってさせたげるからネ」
「むぐぐ……だい、だいじょう……っ」
「アキツネー。持ち帰り用の空容器、持ってきな!」

案の定、彼女の食の進みは遅かった。しかし食べきれないことがよほど悔しいのか、最後に猛然とラッシュをかけ始める。
苦労しつつもよく好んだのは、メインのステーキではなかった。何故かつけあわせの方がごっそり減っていることに、女主人と料理番は一瞬顔を見合わせる。
その後、アキツネが容器に残りを移していく横でノアは背中をウラに擦ってもらっていた。せっかくのご馳走をごめんなさい、深刻な謝罪が耳を突く。

「気にしなさんな。アンタのせいじゃなかろうに」
「すみません……せっかくアキツネさんが一生懸命作ってくださったのに」
「いいサいいサ、誰にだって向き不向きはあるさね。無理されるよか、なンぼかマシサ」
「でも……」
「ンン~、気にしすぎだって言ってンのにネェ! それよか、アンタ生ハムだけは綺麗に片付けたね。薄切りだし食べやすかったのかい?」

空になった食器を、青年が素早く厨房に運んでいった。丁寧に詰められた残りものを取ろうとして、クレタは姉に手を叩かれている。
そんな中、ウラは確かに、俯くノアの目に冥い光が点る瞬間を目の当たりにした。ベテランのハンターだった彼女だからこそ気付ける、ごく僅かな暗がりだ。

『わたし、リノプロス好きなんです。乾燥地帯にいるから味が濃くて、嫌な弾力もなくて。でも、それを生ハムにするなんて考えたこともありませんでした』

それは――人間が踏み込まない、モンスターだけが通ることを許された獣道。暗がりに沈んだ先に待ち構える、𨦇角と鋭爪を振りかざすおぞましい貌の巨躯。
あるいは、腐敗した肉を喰らう獣竜種。そのおこぼれに群がる翼蛇竜や、牙を光らせる鳥竜や狗竜の群れ。それを見下ろす、龍の眼差し……
娘の黒瞳と小綺麗な笑みは、何故だかそういった暗闇に根差す生き物たちの姿を彷彿とさせる。背中を撫でながら、しかし自身の背筋に嫌なものが這った。

「アンタ……一体、」

俄に声を詰まらせるウラだが、それ以上の追及は取りやめた。目の前の娘は、どう見てもモンスターとは似ても似つかぬ働き手にしか見えなかったからだ。
……ベルナ村は龍歴院と関わりが深い拠点である一方、観光産業の面でもよく知られる牧歌の村として知られている。
特産のチーズや高原野菜、古代林産のリモセトスの肉を主体とした料理は、近年では他の街からも注目されるほど有名になりつつあった。
当然他の地域から得られる食材もそこには欠かせない。だからこそ周知の食材である草食竜の生ハムを知らないというノアの話には矛盾が生じるのだが――

「ン……オマタセシマシタ。これ、土産。ベルナさ戻っだら、鍋サ掛けて温めッどいいべや」
「おっ、おう……アキツネ。いつの間に」
「――わぁ、これ有名なバルバレ風炒めですよね? 中華、っていう……わざわざ袋詰めして頂いて、有難うございます!」

ウラの直感もなんのその。料理好きの二人は、温め待ちの炒めものを見下ろしてはしゃいでいる……アキツネはいつも通り、眠そうな顔をしたままだった。
サービスで出されたコーヒーを各々飲み干して、ノア一行は席を立つ。くると振り返り頭を下げる様に、先の不穏な気配は見出せない。

「ご馳走様でした、アキツネさん。とっても美味しかったです。ウラさんも有難うございました。本当なら夕方にならないとお酒、出されないんですよね?」
「ン。たァんと食って、力サ付けねば仕事にならねェ。また飯、食いに来だらいいべ」
「……そんなの、気にしなさンな。それよか、ドンドルマに来る用事があったらまた立ち寄っとくれよ。ウチの料理人もこう言ってるし、もてなすからサ」

ノアの豹変ぶりに一瞬言葉を詰まらせたウラだったが、そこは歴戦のボウガン使いであった彼女のこと。
不思議そうな目でこちらを見やるアキツネに答えないまま、彼女は礼を述べるノアにカラリと笑い返した。
手土産と、お肉たっぷりの残りものを携えて黒瞳の娘一行は店を出る。その日、ドンドルマは快晴だった。
大きく振られる手に、その笑みに、悪意のようなものは欠片も混ざっていなかった。





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