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南天屋の見積書vol.XX

 呈上品 : 【おしごと】仕事に行ったら話が噛み合わなかった話【がんばる。】 前衛担当編
 (シヅキさんの雪山仕事(回想)については『こちら』

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その日、フラヒヤ山脈には雪がちらついていた。

温暖期も半ばを過ぎた頃。いよいよ寒冷期の足音が聞こえ始め、山脈に根ざす植物は雪山草も針葉樹もしんと息を潜めつつある。
見知った光景、見慣れた景色ではあるものの、近場に位置する狩猟拠点ポッケ村もまた、寒冷期に備えた準備が着々と進められつつあった。
食糧はたっぷり。防寒対策のポポの毛集めや冬囲いもお早めに。刈り入れられた穀物の乾燥もぼちぼち進んでいて、村はいつも通りの活気に満ちていた。

「……ギアノスの討伐依頼か……あのときのことを思い出しちゃうなぁ」

別件を片付け、拠点と定めるドンドルマにぼちぼち帰還しようと用意を進めていたときのこと。
「雪山草を採りに行けないからなんとかしてくれ」。そのように突発で飛び込んできた依頼をなし崩しに受けることになった青年は、慌ただしく村を出る。
息は白く、足元の草原は根のあたりがすっかり冷え固まっていた。その日、フラヒヤ山脈には雪がちらついていた。
白くけぶる視界を掻い潜るようにして、これまでも何度か登ったことのある山道を急ぐ。
出発直前に依頼主の村人から雪除けにと押しつけられたマントが風にあおられ、たたらを踏んだ。顔を上げた先で、氷霜に濡れた雪山草の群生が揺れている。
見知った光景、見慣れた景色……真っ白な穂先を咲かせる野草は可憐で馴染み深い代物だが、今はそれを観察している場合ではない。
遠くから、近くから。聞き覚えのあるけたたましい鳴き声が響き、刹那、青年はぱっと駆け出していた。

「四、五……若い群れだ」

開けた場に出る。眼前、ギャイギャイと吠えるのは討伐の依頼があった小型の肉食竜の群れ。ぐると取り囲まれながら、青年は素早く視線を巡らせた。
体の大きさだけでなく、トサカの大きさ、鋭利な爪の尖り具合に眼光と、そこから窺える情報は多岐にわたる。
爪先が雪に沈まぬよう、しかししかと靴底に力が籠もるよう、脚に意識を乗せ得物を抜いた。

「――いざ!」

白雪を掻き切るのは、漆黒に艶めく刃だ。闇に身を潜め獲物を狩ることで知られる高速の狩人、迅竜ナルガクルガ。
その素材をふんだんに使用し磨き上げられた青年の太刀は、使い手の力量も相まって鋭く疾く、白地の竜鱗持ちを斬り裂いていく。

「……よし。あと五頭」

あれほど騒がしく威嚇の声を上げていたギアノスたちは、ものの数分の間に緋に濡れ、雪原に横たわっていた。
本格的に吹雪く前に群れを発見できたのは幸いだった。しゃがみ、獲物の視線と己のそれを重ねた上で手を合わせ、弔いの意を示したあと丁寧に素材を剥ぐ。
竜鱗と表皮に傷みがないことを確認してから立ち上がった。見上げた空は変わらず鈍色のままで、次第に北風の勢いが増しているのを肌で感じる。
鉄錆の匂いを避けるかのような素早い足取りで、青年は山頂を目指した。他の気配は感じられない。
これなら早く戻れるかもしれない――そうして崖沿いの細い山道を抜けた直後、青年はその場で足を止めていた。

「……なんだ。村に、登山自粛の報が出されていたはずだぞ」

山頂、第八番エリア。誰の気配もしなかったはずの場に、ひとりの男の姿があった。
雪除けのマントが風に棚引く。鋭い眼差しがこちらを見ている……青年は、かけられた警告じみた叱声にはっと我に返って頭を振った。

「あのぉ……緊急の、ギアノスの討伐依頼があったんです」
「緊急? 誰から受注した」
「えっ? 誰って、村の方からですよ。雪山草のストックを採りに行けないからできれば早急に、って」
「……、一応聞いておく。茶色の髪の、マフモフ装備を着た中年の男女ではなかったか」
「うーん? どう、だったかなぁ。言われてみればあまり印象に残ってない……ですね」

ごく短く、嘆息が漏らされる音を聞く。フードの下から、雄火竜の甲殻と同じ色合いの目が見え隠れしていた。

「お知り合いの方だったりします?」
「……いや、そうでもない」
「そうですか……」

それ以上を聞くか否か。あるいは、「あなたこそこんな天気のときにここで何を」と尋ねることを青年は躊躇する。
鋭い眼光……装備の概要までは防寒具に隠されていて見えないが、佇まい、背格好からして、相手も自身と同じくハンターであることを察せられたからだ。
依頼を受けた際、同行を申し出た者はいなかった。だとすれば、この男は自分とはまた別の目的でここを訪れたのに違いない。

(『同業』? ……まさか。それならもっと顔が見えない工夫をしてくるはず、隠れる意思もないみたいだし)

指先が冷えていく感覚、疑念と警戒で硬直しかける背筋。
降り積もった新雪をザリ、と踏みしめた瞬間、何事かを考え込むように俯いていた男の視線がぱっとこちらを見返した。

「南天屋の、シヅキだな」

だからこそ、青年は男の発した二の句に驚き一度だけ目を瞬かせる。

「お前たちのことはよく知っている……今回の依頼は『雪山草納品の補助と護衛』だったか。直後にギアノスの討伐依頼とは、聞いた通り多忙なことだな」
「なんで……どうして、それを。受付嬢さんから聞いたんですか」
「いや、もっと単純な話だ。村の者が酒場ではしゃいでいたからな……若いのに気が利いて助かった、とな。追加納品したポポノタンも好評だったようだ」
「あぁ、そういう……い、いやあ、たはは。そんな大したことは。そこまで喜んでもらえたなら、良かったです」

「よく知っている」。どういった意図で、どんな意味合いをもってそんなことを切り出したのか。
……先にこなした依頼の詳細を鮮明に把握しているあたり、顔見知りのとある組織に属する男の同属かと一瞬緊張が走ったが、しかし。
銀朱の目の男は一度頭を振ったあと、不意にマントを翻して歩き出していた。

「えっ、あれっ、どちらに!?」
「俺には俺の目的があるんでな。気になるなら着いてくるか」

挑発じみた台詞だった。唖然として口を半開きにした青年は、はたと我に返って頭を振る。
頭上、立ち込める曇り雲は天上を覆い尽くすほどにまで広がっていた。このままではじきに吹雪になる。視線を戻したとき、件の男は先に歩き始めていた。

「ちょ、ちょっと! ……この天気だと、長居は危ないですよー……!」

本来であれば依頼を片付けるのが先のはずだ。普段の自分ならそうしていたはずだし、狩り場で自らを粗末にするハンターは長生きできない。
基本は全て、自己責任だ。青年もそれをよく知っている……しかし、このとき何を思ったのか、彼は不思議とこの男のあとを追いかけてしまっていたのだ。



 …… Now Loading ……



「ここだな。お前もハンターなら、何度か登ったことがあるだろう」

男がようやく足を止めたのは、エリア八における最高到達高度、即ち、雪山の頂だった。
灯台代わりの道標としてギルド手製の旗を立てたり、ここでしか見られない特産品を確保したりと……要するに、立ち寄る機会がそうそうない地点といえる。
風はより強くなり、足場を形作る岩盤も凍てついていた。曇天の下、視界は狭まる一方で、来た道を見返しただけで目眩がするようだった。

「フルフルベビーの納品依頼。たまーにありますよね」
「そうだな。フラヒヤ山脈で狩りを嗜むハンターなら、誰でも通る道だろう」

ふと過去を懐かしむように男の目が細められる。表情の変化は乏しいが、意外と感情豊かな質なのかもしれない。青年はそう感じ取った。
銀朱の視線がゆっくりと動き、つられて目線を落とすと、この場で何度か目にしたことがある塊が視界に収まる。

(鋼龍、クシャルダオラの抜け殻……)

強烈に惹かれて止まない硬質な艶めきが、そこには在った。
ポッケ村に親しむ者。遠方、熱帯雨林に囲まれた村や、氷雪に覆われた極寒の海上の狩り場。
そういった、特定の地域と条件下に姿を現す存在――未知なる生き物、古龍種。その一角である「鋼」の銘を持つ龍が脱皮痕として残していったものだ。
かの龍は通常、鋼に等しい強固な甲殻に身を包んでいるが、数百年単位で自らそれを気に入った場所に脱ぎ捨てることで知られている。
大陸一の研究機関である古龍観測所ならびに王立古生物書士隊曰く、脱皮直前は酷く気が立ち、また、直後にその体躯は白銀色に照り輝くのだと。
青年は、未だこの龍の脱皮直後の現場に出くわしたことはなかった。盗み見た先、険しい表情で黙り込んだ男の横顔から察するにこの来訪者も同様だろう。

「見たことがあるか。これの脱皮現場は」
「えッ!? いやあ……ない、ないです」
「そうか。俺もだ」
「そうなんですか」

……沈黙がものすごく気まずい。

「それで、どうしてあなたは雪山に? ギアノスの群れが出ていますし吹雪きそうですから、用事があるなら……」
「用ならあったさ。これだ」

無言の時間に耐えかねた青年がつい、思わず、といった体で放った疑問に、男は言葉短く応じた。
マントの中から赤色の腕装備が差し出され、そのまま足元に伸ばされる。男が岩肌の上に積もった雪を手で払うと、中からちょっとした窪みが見つかった。
隕石か月面を彷彿とさせるクレーターだ。よく見ると、その中心部に雪景色の中でも白く光を照り返す断片が埋もれている。

「これ、モンスターの鱗……甲殻かな? 甲殻にしては未発達のような、でも、クシャルダオラのものじゃない……」
「流石だな。聞いた話ではお前は『素材』に造詣が深いそうだが、これが何ものの鱗か、お前に分かるか」
「へぁ!? どこ情報なんですか! 造詣が深いなんてそんなっ、そんなことは……」

雪に隠されていた龍鱗。とてつもない速度と衝撃でソレが降ったことを知らせるクレーター。男は銀に濡れて煌めくそれを、青年の目と鼻の先に近づけた。
突きつけられた異質な雰囲気に呑まれそうになる。剣呑な眼差しが、謙遜や言い逃れすることを如実に阻んでいた。

「聞けば、南天屋は金さえ払えばどんな相手の依頼でも請け負うそうだな。その言葉に、二言はないか」
「……! 依頼って……どうして僕に。素材の鑑定なら他に相応しい機関があるはずですよ」
「その通りだ。だが、フラヒヤ山脈に縁のあるお前だからこそこれについては識っておくべきだ……これの持ち主が、何ものであるかをな」
「縁と言われても……ハンターなら誰だってどの拠点にも立ち寄るじゃないですか。何が目的なんですか、あなたは一体……」

受け取るか、受け取らざるべきか。好戦的で挑発じみた視線と言動だった。
むしろ、そう受け取るのが正しいのだろう。青年は、スッと清流の水面のような不確かな色の眼を細めて銀朱を睨める。

「あなたが何者であるかはこの際、構わないです。でも仕事だと言うのなら……僕に、僕らに何をやらせるつもりなんですか」
「察しがいいな。だが『まだ』だ。今はこれに対するお前の見解を示してくれれば、それでいい」

結局は言われるがままに鑑定しろと、そういうことだ。一方的な物言いにはどこか既視感を覚えさせられる。
言外に自らの所属する拠点のことをほのめかされたのだ――断ればどんな依頼を投げられるか分かったものではない。嫌なやり方だと、そう思う。
青年は静かに龍鱗を受け取った。慎重な手つきで表面をなぞり、目の前に持ち上げて空に透かし、あるいは鼻を近づけ、水面の眼で丹念に観察する。
その手つきは、まるで降ったばかりの新雪や雪の結晶を壊してしまわないよう、手の内に掻き集めるかのような所作だった。
最終的に彼は腰から剥ぎ取りナイフを抜き、龍鱗の表層に切っ先をぎりぎりまで近づけて動きを止める。

「……、止めないんです?」
「硬度の検証だろう。好きにしろ」

躊躇うような声掛けに対し、素っ気なさすぎる硬質な返答。青年はごく短く息を吐き、手のひらの上に敷いた鱗に刃を走らせた。

「! 思ったより……」

異音。キリキリと耳障りな音が宙を這う。見下ろした先、銀色の龍鱗は表面にごく僅かな傷を刻んだまま沈黙していた。
つられるようにして銀朱の男も首を伸ばしてくる。青年はちらと男の顔を盗み見たが、眉間の皺や気難しそうに結んだ口など、その表情に変化はなかった。

「柔い……いや、斬撃武器に対しての強度はさほど持っていないと見た方がいいか」
「多分、属性の通りもいいように思います。毒もそれなりかな。成長痕がかなり緻密に発達しているので、見た目より本体は肉質が柔らかいかもしれません」
「成長痕? 鱗一枚からそこまで読み取るか」
「樹木の年輪と同じで、鱗や甲殻にも成長輪って出るんですよ。こんなに細かいなら相当長生きしているんじゃないかな……」
「龍鱗というよりは、甲殻に近いと。そういうことか」
「ですです。甲殻に変化するより前に剥がれてしまったんでしょう。根元、焼け焦げてますけど繊維質が残っているので間違いないかと」
「そうか。ならやはり、これは……」

ぼそぼそと吐き出される独白は青年が鱗を傷つけたことを咎めるものではなく、純粋なハンターとしての知的好奇心の吐露に過ぎない。
まるで、特別な調合素材を目の当たりにして目を輝かせる兄のような有様だ――真剣な面持ちに、青年はいよいよ深くを尋ねることができなくなってしまう。
もう一度見下ろしてみたが、龍鱗に変化はみられない。龍氣の残渣もないか、ふと気になるワードが耳に飛び込んだ。

「龍氣? なんです、それ」
「ああ……つい、口が滑ったな。忘れろ」
「はい!? いやいや……」
「なんだ、過ぎた好奇心は身を滅ぼすと言うそうだぞ。知らないのか」

男は、きゅうっと目を細めて凶悪に笑う。あまりにもワルすぎる笑い方だ。青年は思わず遠い目を返してしまっていた。

「参考にはなった。確かに、お前は素材に対して知恵が働くらしい」
「どんな評価ですか。というか、それ誰に聞いたんです? 南天屋のこともどうやって知ったのか……答えるつもり、ないんですよね?」
「お前の知識に絞って言うなら謙遜だな。ドンドルマに関わる者なら、お前たちのことは噂程度には耳にしているさ」
「えぇ……噂って、そんな大げさな。それより有名な人らだってたくさんいるでしょうに」

「なかったことにしろ」、「ここでの邂逅のことは忘れろ」。
そのような物言いに対し、いつもの癖で、曖昧に、はぐらかすように眉尻を下げて笑い返す。はたと視線を上げた先、銀朱の目は笑わずにこちらを見ていた。
獲物を崖下に追い詰め、その生き様と抵抗を睥睨する、爪を仕掛けてくる直前の雄火竜の貌だ。

「お前たちなりにあちらで上手くやっている証拠だ、他に替えは利かんのでな。いかんせん、お前たちを気に入っている老害は思いのほか多いようだ」

それはどういう意味なのかと、そう問うより早く。青年は、おもむろに目の前に差し出された一枚の紙切れを見て目を瞬かせる。
反射的に受け取ってみたものの、表面には「小切手」の三文字が並んでいた。

「え? 小切手? なんでまた」
「分からないのか。鑑定の要請に応じれば報酬は出すと、そう話しておいたはずだが」
「意味が分からないんですけど。あんなの、鑑定とは言えないし……それに小切手って! 僕が法外な金額を請求したらどうするつもりなんです?」
「それなら逆にいい機会だろう。俺相手に吹っかけるようならどんな目に遭うか、じかに確かめてみればいい」

あんまりな言い分に、「えぇ……」と我知らず呆れはてた声が漏れる。金銭感覚も常識も、どうかしているとしか思えない。
突き出された羽ペンを受け取って、半ば脅迫じみた視線に恫喝(?)されながら苦し紛れに数字を書き込んだ。
よく見ると、貸された羽ペンもまたそこらの筆記具と見てくれが違っている。鮮やかな多色性は雪山には見られないド派手な鳥竜、彩鳥クルペッコのものだ。

「どれ……ほう。お前の自己評価は想像以上に低いらしいな」
「そんなこと言われましても。あの空気で落ち着いて書ける人間、いると思います?」
「探せばいるのじゃないか。それにしても、なんだこの希望額は。特産キノコの束と似たり寄ったりだろう」

……このとき青年は、あくまで良心に従い駄目元で請求額を提示したにすぎなかった。特産キノコの盛り合わせ、しめて五本分で二百五十ゼニー。
一般人からしてみれば、これだけでも豪勢な食事を楽しめる程度の額である。そもそも、だいたい、あんな杜撰な鑑定ごっこがどう報酬に繋がるというのか。
これでも十分強気に書いたんだけど、そうしてもにょもにょと口をつぐんだ瞬間、男は青年から強奪した小切手に同じペンであれこれ書き込みし始めた。
どうやら金額が訂正された模様……なんでやねん……かゆ……うま……なんだろこの人変人なのかな、そんな本音は辛うじて言わずにおれた。

「まあいい。『鋼のたまご』と同額なら、現物支給で構わんだろう」

青年は、曇りなき目を瞬かせる――鋼のたまご。ハンターの間ではよく知られている、いわゆる「食べられない」タマゴというアレだ。
名の通りフォルムから中身まで全てがスチールでできていて、その希少性と使用技術の価値から主に金銭面の交渉で役に立つ。
要は狩猟面では役立たずのオタカラということだ。他にも純銀製等が存在しているが、大多数はハンターズギルドが管理しているためめったに手に入らない。
当然ながら、ハンター間での譲り合いはたとえ純粋な厚意であろうともタブーとされていた。流石の青年も絶句する。

「あのぉ……大丈夫なんですか、色々と。僕が言えた義理じゃないですけど」
「大丈夫だ、問題ない」
「えぇ……問題しか感じられないんですけどっ? こんな美味い話、穴だらけにしか見えませんよ」
「以前、お前たちの根城に『フルフルベビーを丸投げしたこと』があっただろう。そのときの詫びも兼ねてだ、遠慮はいらん」
「フルフルベビー、って。あっ、あれ、あのときの!? その節は仲間が美味しいバルバレ風炒めにしてくれたので……って違う! そうじゃなくて!」

はたと視線を上げた先で、先ほどと同じ凶悪な笑みがこちらを見下ろしていた。
ああ、これはこの人の素の笑い方なんだ――ぼんやりと理解したものの、ツッコミどころが多すぎて青年は表情を愛想笑いモードに固定してしまう。
初対面だ、人となりはおろか互いの名も所属も曖昧で、なのに男の方は自分たちのことを知っていて……怪しすぎて好意的な感情など欠片も浮いてこない。
青年の沈黙を「受理」と見なしたのか、男はふと眼差しを緩めてみせた。先ほどまでの険しい視線が嘘のようで、青年は訝しみ声を詰まらせる。

「案ずるな。正式な書類手続きを踏みさえすれば、たまごの譲渡になんら影響は出ないだろう」
「そうですか……って、そうじゃない、そういうことじゃないんだよなあ?」
「何も難しく考えることはない。『俺はお前たちを知っていて、依頼を出したこともある』。これは、今後のつきあいを保証するための賄賂ということだ」

不穏な響きに、ぎょっとして顔を上げた。男はニコリと営業スマイルじみた笑みを一瞬浮かべ、記入済みの小切手を押しつけてくる。
つい反射で受け取ってしまってから、青年は先に山頂を下り始めた男の背を大慌てで目で追った。刹那、猛烈な風が吹きつけ視界が俄に遮られる。

「お前の兄とやらに伝えておけ。『前回納品分の秘薬が好評すぎて、補充要員から苦情が上がっている』とな。また依頼することもあるだろう」
「兄? 前回納品分って……まさか、龍歴院側の? あなたは一体……うわっ」

暴風の中、青年は姿を見せ始めたギアノスらと、男のマントの中身を視認するに至った。赤色の洋装装備だ。上質な布地と鋼鉄製の保護具には見覚えがある。

「ギルドナイト? オズさんと、同じ……」

雪原に到着した男がこちらに振り向いた。頭装備(フェザー)こそ被っていないが、その装備はハンターズギルド直属の狩人のものに違いない。
凶悪な笑みがこちらを見上げていた。ぎくりとして最後の段差の上で硬直した直後、男はハンドサインで下りてくるよう指示を出す。
逡巡したものの、他に行く宛てもなかったため青年は渋々と雪原に着地した。駆け寄ろうとした矢先、視界の端に大きな影がよぎり指先に緊張が走る。

「『大物』だ。群れが一時的に分断された原因は、あれだろう」

視線の先に、白皮に青のまだら模様をした中型の鳥竜の姿が見えた。

「ドスギアノス! 情報では、なかったのにっ」
「狩るしかないだろうな。あれに我が物顔で居座られでもすれば、他の連中が血の臭いに引き寄せられかねん」

ドスギアノス。ギアノスの群れを統率する、彼らのリーダー格の鳥竜種だ。
氷点下でも活発に動き回り、群れによる手数の多さと自身の口から吐き出す氷液を駆使して狩りをすることで知られている。
恐るべきは、ランポスらに比べて知能が高い点だ。現に各エリアに散っていたはずのギアノスを呼び寄せ、ハンターの襲来に備えて陣形を整えさせつつある。
どうやら初っ端ここで邂逅した五頭は偵察部隊であったらしい。賢そうな眼玉に、爛々と燃える怒りのようなものが滲んでいた。

「やれるか、南天屋。お手並みを拝見させてもらうぞ」
「またそんなことを……どうなっても知りませんよ!」

青年は手によく馴染んだ得物の柄に手を回す。倣うようにして、男もマントの下に隠されていた得物を引きずり出した。

(あの色、形……もしかして銀火竜の)

じっくりと目にしたわけではない。しかしシヅキの素材に対する知識は、これまでの経験から深く練磨されている。
先の龍鱗が星の灯や隕石の軌跡を写し取ったような硬質なものであるのに対し、男の弓を彩る竜鱗や甲殻は、日中の狩り場を照らす陽光のように目に眩しい。
雪景色の中でさえ、銀光の輪郭がはっきりと捉えられるほどだった。そして、その素材の持ち主はとかく姿を見せないことでも知られている。

「用意はいいか、来るぞ!」
「……ッ、行きますっ!!」

思考は強引に切り離されてしまった。迫りくる脅威、鳥竜の雄叫び、吹雪の気配。対峙したばかりの狩人たちは、息を合わせる暇もないまま駆け出した――



 …… Now Loading ……



――雪山、ひいてはポッケ村に雪が降り始めた。
先刻狩り場から戻ってきたハンターのうち、銀朱の髪の男は青年の帰途には付き添わず村の入口で別れを告げ、出立を見送ったばかりだった。
ドスギアノスの乱入……連係や狩猟方針の相談もしないまま、こと男が青年が受注した仕事に強引に介入した形ではあったが、狩猟は無事に果たされていた。
分け前として受け取った白地に青が差す良質な竜鱗をふと見下ろして、男は口角をごく僅かに持ち上げる。

「南天屋のシヅキか。久方ぶりに、いい太刀筋を見た」

事の発端は三日ほど前に遡る。
諸事情でこの村に短期滞在する羽目に陥っていた男は、書類仕事の整理の最中、自室の窓枠になんらかの紙切れが挟まっているのを見つけた。
窓の上から下げている特別な「御守り」にも負けず、表面にかなりの皺を寄せていたものの、灼けもせず破れもせずしかと原型を留めて残されていた紙片だ。
古びたその紙切れには、走り書きで『雪山に星の龍の痕跡、再び来たる』とだけ記されていた。

「星の龍……即ち、天彗龍。捜し物が見つかったのは良しとして、この手紙。何ものの仕業だ?」

筆跡に見覚えはない。紙そのものは質も悪く、インクや紙面には微かに黴臭さが滲み、雑草や雨に濡れた土の匂いが混ざっていた。

「旧沼地でも経由したのか、裏面には泥の跳ねもある……獣人種であれば郵便ニャを頼るだろうし、人間なら家に接近された時点で師匠たちが気づくはずだ」

男は小さく眉根を寄せる。「彼ら」の足取りを追うことが出来るのは、今まさに前線で件の龍を追う「空飛ぶ研究室」か、古龍観測隊くらいのものだろう。
こうまで絶妙なタイミングを示唆する手紙など、ギルドの人脈を以てしても困難だ。躊躇なく紙切れを握り潰し、嘆息混じりに床に腰を下ろした。

「あとで……オズにでも話を振ってみるか。いずれにせよ、『灼けた甲殻』が手に入ったことは幸いだからな」

今回の件。腹立たしいのはホイホイと手紙の差出人の思惑通りに動くことになったと気付かされた部分もあるが……それだけではない。
邪魔をするつもりがなかった第三者の狩りに割って入り、手柄を横取りする形になったことが何より申し訳ないのだ。
今回は相手が持ち前の善良さと警戒心からアッサリ流してくれたからよかったものの、自分だったら水を差されたことに勝手に腹を立てていたかもしれない。

「あんな形で、あのタイミングで会うことになるとはな。縁とは不思議なものだ」

――商業都市ドンドルマの外れ、下町のとある場所に構えられた彼らの塁壁(シャトー)。知る人ぞ知る狩猟と商事の萬屋、南天屋。
以前に、同業のとある騎士の伝手と関わりから匿名で依頼を出したことがある。結果は文句なしの出来映えだった。
彼らについて、それぞれアク……個性が「強すぎる」故に、聞こえてくる噂は様々だ。しかし、聞き込みをした限り特別悪く言う人間はそう見られない。
よくも悪くも「人情的」で「下町らしさ」をもつ面子なのだろう。ハンターズギルドに籍を置く身としては、結果を出してくれるのであればなんら問題ない。

「さて。彼らも働いているんだ……俺もそろそろ、『仕事』をするか」

懐から取り出した銀の龍鱗、そして、白と青の混合竜鱗。それぞれをじっと見下ろし、一度きゅうっと銀朱の眼を細めて笑ってから、男は部屋を後にした。





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