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モンスターハンター カシワの書(9)

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まばらに生えるシダ植物、若草と枯れ草、巨大に成長した大木の葉。広大な大地を、一陣の風が通り抜ける。
切り開かれた平原には普段は温厚な草食種、首鳴竜リモセトスが親子連れで闊歩していたが、ここ数日はその姿も見られない。
古代林、エリア六。平穏そのものを絵に描いたような件の地は、今はけたたましい鳴き声のならず者に占拠されていた。
全身を覆う赤色の大皮に、緑を基調とした黄色模様の鱗、とがった嘴、頭部で揺れる金色の冠羽。
力強く大地を踏み鳴らす脚と、しなやかに振られる棘つきの尻尾――「跳躍のアウトロー」こと鳥竜種、跳狗竜ドスマッカォ。
子分であるマッカォの群れを率い、彼らは我が物顔で広大なフィールドを横断していく。
彼らが害あるモンスターとしてギルドに目を付けられるのには理由があった。獰猛な種として有名なティガレックスやイャンガルルガ、
繁殖期のリオレウス夫妻らとは違い、彼ら跳狗竜はさほど強い力を持たない。骨格の作り、体格からしてそれは明らかだ。
しかし、ときに彼らは荷を運ぶ商人を襲い、通りがかった旅人にちょっかいを出し、その往来をしつこく妨害する。
縄張りへの執着というよりは、目障りなものを廃除しようとする狡猾さ、好奇心、我の強さが悪質なのだと判断されているのだ。

「……どうしましょう〜」

今まさしく、彼らの妨害に合う最中のネコ嬢は大木の影に身を潜めながら小さく嘆息した。
彼女の後ろで、他よりも二、三倍ほどの体格を誇る荷台かつぎのムーファが、倣うように小声で鳴く。
その弱々しい声が、さもおびえているように思わされてネコ嬢は彼の首を優しく撫でた。
荷台の小窓からは何の装備も持たない、今は非力そのものであるオトモ候補のアイルーたちが顔を覗かせている。

「ニャ、ネコ嬢さん、ボクらがあいつらのこと、追っ払ってやるニャ!」
「そうニャそうニャ。みんなでかかれば怖くないのニャ」
「ありがとう。でも、大丈夫ですよ〜。きっとそのうち、ハンターさんが助けにきてくれますから」

せわしなくあたりを見渡し、まくしたてるように意気込むアイルーたちにネコ嬢は困ったような笑みを返した。
古代林に入り、はや五日。予定ではとっくにベルナ村に至る街道へ出ているはずだった。
肉食種の潜む洞窟、竜の巣を避け、見晴らしのいい草原伝いにキャンプを目指したはずが、ここにきて跳狗竜が行く手を阻む。
アイルーや食料の類を多く乗せた荷台では、隠れながら大急ぎで駆け抜けることもままならない。

(だからといって、私も戦えるわけではないですし……)

知らず知らずのうちに嘆息を連発してしまう。このままではいけない、ネコ嬢は自身を鼓舞するように首を振った。
きゅっと唇を結び、眉尻を上げて姿勢を正す。何事かと動揺するアイルーたちにぴしっと親指を立て、ネコ嬢は顔を引き締めた。
肩提げの鞄から彼女が取り出したのは、先日ベルナ村に急ぎで飛ばした文書の写し。
自筆のものだが、読み返してみれば意気消沈しかける精神を払いのける力が込められている――下位クエストの依頼書だ。
ベルナ村への帰還を妨害するドスマッカォならびにマッカォの狩猟、アイルー含む荷台、ムーファの護衛。
多忙を極めるハンターへの嘆願書だが、ハンターズギルドが申請を受理し終えるまでどれほど日数がかかるかは分からない。
それでもネコ嬢は、この依頼書が村を行き来する多くのハンターの誰かの目に留まることを願っていた。
無事に帰還し、新たな雇用主とオトモのつながりを手助けする。そのためにも、誰一匹として傷つけるわけにいかない。
仕事には自負がある。世界各地で同じように橋渡し役を勤める先輩諸氏、ネコバァたちの名に恥じることだけはしたくない。

「ネコ嬢さん、ボクらがおとりにニャるから、その間にムーファと逃げるのニャ」
「! だめです、そんなことできません」

これまでも、何度かドスマッカォらの目を盗んでエリア六を横断しようとした。
そのたびに荷台に飛びかかられ、オトモ候補は悲鳴を上げ、自身も深手ではないにせよ軽症を負わされた。
救援の到着を待つ中、アイルーたちの疲労と焦りが背中越しにひしひしと伝わってくる。
それが自分の身を案じてのものであることも、ネコ嬢は十分に分かっていた。

「みんなで一緒に、無事にオトモ広場に帰りましょう。私もがんばりますから」
「ネコ嬢さん」
「……それに、いま、ベルナ村にはとっても頼りになるハンターさんが滞在しているんですよ〜」

ふと、ネコ嬢はあの小さなメラルーをオトモに選んだ若い黒髪のハンターを思い出した。
龍歴院所属の新米ハンター、その先輩にあたる双剣使い。あの二人は今どこで、何をしているのだろう。

「焦ったら危ないですよ。そのうち、別のエリアに移動するかもしれません」
「……そう言って、もう三日も経ってるニャ」
「はう」
「ボクはもう待てないニャ! どうせハンターさんなんて、きっと誰も来ないのニャ!」
「えっ、あ、待ってくださ――」

我慢の限界に達していたのか。ネコ嬢の制止もむなしく、一匹のアイルーが荷台から飛び出した。制止する暇もない。
……ドスマッカォは、テツカブラや多くの飛竜種のような威嚇、威圧用の咆哮手段を持たない。
それでも、彼の攻撃性と気性の荒さは十分に脅威であることに変わりはない。
アイルーの眼前に、跳狗竜はどっしりと立ち塞がる。
尾をくねらせ、たくましい尾棘でゆらりと全身を起こしながら、跳狗竜は甲高い威嚇音で吠えたてた。

「あ……」

ボスが放った合図につられたマッカォらが、一斉に駆け出す。ぐるりと周り込み、獲物に逃げられないよう迅速に取り囲む。
ドスマッカォは、立ちすくんだアイルーに詰め寄り、脚で地を踏み鳴らし、臨戦態勢の構えを取った。
アイルーは動かない。
それもそのはず、オトモになるべくネコ嬢のキャラバンに着いて来た身であれど、彼にはまだ実戦経験というものがない。
意気込みだけで自分の身長の倍もあるモンスターと戦えるほど、彼は勇敢でも愚かでもなかった。
ドスマッカォの尾棘が彼の体幹を支える。身体を持ち上げ、今にも蹴り飛ばそうと標的にしかと狙いを定める。
いななきに似た鳴き声が、フィールドに響き渡った。マッカォたちの牙が、無防備そのもののオトモ候補に襲いかかる。

「だめ! アイルーちゃん!!」

数といいボスを含めた体格差といい、端から勝ち目のある相手ではない。とっさにネコ嬢は木陰から飛び出した。
慌てたように、ずんぐりとした荷台背負いのムーファが彼女の羽織り物の襟を食む。強引にその場に踏み留まらせる。
じたばたと手足をばたつかせる彼女に「冷静になれ」と言わんばかりに、彼は鼻息を荒く大きく吐き出した。

「アイルーちゃ……」

顔を上げ、手を伸ばした刹那――ネコ嬢は、視界が一面の光に包まれたのを見た。
まばゆく爆発する、猛烈な「光」。たまらずネコ嬢は目をつぶり、ムーファもオトモ候補たちも身をのけぞらせた。
視界が一気に真っ白に染め上げられ、ネコ嬢は声にならない悲鳴を上げる。
それでも、細い指はあのアイルーに向かって伸ばされたまま。
何が起ころうとも、自身の仕事を全うしてみせる。そんな彼女の意地が、その細い指先に表れているかのようだった――

「――大丈夫? あと、もう、目。開けていいと思うよ」

真横から何者かの声が降る。
いつからそこにいたのか、ネコ嬢は驚きとともに声の主を見上げて言葉を失った。
天色の髪に、小生意気な目、銀朱の瞳。見知った顔だ。気づくと同時に、ネコ嬢は無意識に安堵の嘆息を吐いていた。
安心するのはまだ早いよ――声の主、龍歴院所属ハンタークリノスは、声を低くして小さく笑った。

「安心するのはオトモ広場に着いてからにした方がいいよ」
「あなたは……確か、」
「オトモ広場ではお世話になったよね、ネコ嬢さん。リンクは相変わらず元気だよー」

彼女の手には、粘着質な繊維を持つ葉を石つぶてで練り上げ、即席の手投げ玉として加工した狩猟道具が握られている。
隙間から羽虫の音が聞こえる……それが俗に言う目くらまし専用のアイテム「閃光玉」であることを、ネコ嬢は知っていた。

「カシワがあいつらを引きつけるから、わたしたちはその間に脱出するよ」
「助けに……来て下さったんですか」
「当たり前でしょ。クエスト受注書もほら、この通り」

親指でピッと前方を指すクリノス。同時に、彼女は二個目の閃光玉をドスマッカォの顔面めがけて放り投げた。
それより以前に、彼女たちの目の前でドスマッカォ相手に一人、大立ち回りを魅せる者がいる。
クリノスの相棒であり、先日あの小柄なメラルーをオトモとして雇用した龍歴院所属の新米ハンターだった。
彼のオトモであるあのメラルーも、彼の隣でマッカォの討伐を押し進めている。
片手剣の鈍い光と、ブーメランの光沢が激しく交差する。その合間に、クリノスが投擲した閃光玉が無音で光を拡散させた。
静寂はほんの一瞬。浴びせられた強烈な光に、ドスマッカォは眼を閉じながらギャアギャアうるさく鳴き散らした。
目くらまし成功! ネコ嬢と顔を見合わせ、クリノスがニッと不敵に笑う。つられてネコ嬢も頬を緩ませた。

「クリノス、先に行け!」
「はーいーよー。おとり役ー、しっかりねー」
「おとりとか言うな! 行け!」

急かすようにカシワが怒鳴る。適当に片手を挙げて応え、クリノスはムーファの口からネコ嬢を降ろしてやった。
先のアイルーがこちらに駆けてくる。アイルーちゃん、彼の身体を抱き止めながら、ネコ嬢は彼の頭にぐっと顔を埋めた。

「ほら、今のうちに」
「はい。でも、あのハンターさんは」
「大丈夫。あいつ、ドスマッカォなら狩り慣れてるから」

アイルーが荷台に飛び込むと同時に、ネコ嬢は荷台のひもを引く。クリノスの誘導に従って、ムーファの足を急がせる。
何匹かのマッカォが目ざとくこちらの動きに反応した。身を前傾させ、新米狩人には目もくれず寄ってくる。

「マッカォが……ハンターさんっ、」
「リンク!」
「りょーかいニャー!」

足下の土が盛り上がった。同時に穴から飛び出したのは、クリノスのオトモアイルー、アシストタイプのリンクだ。
見慣れた黄色アメショの毛並みが疾駆し、マッカォたちに切り込んでいく。漏れた分はすかさずクリノスの双剣が引き受けた。
全て狩り終るより早く、双剣使いは先を急ぐようカティを促す。頷き返し、ネコ嬢はムーファを引き連れ駆け出した。
荷台に提げたベルがカラコロと激しく音を立てる。息を弾ませ、それでもムーファの負担にならないようと慎重に出口を目指した。
途中でクリノスが合流する。大丈夫、大丈夫です、双方が交わす言葉は短い。
彼女が指差す先、ベースキャンプへと通じるエリア一の上空には、見慣れた龍歴院の飛行船の姿が見えた。

「よし、どうせだからもう乗っけてもらえば? わたしは戻って、カシワと合流するから」
「はい、そうさせてもらいます」
「じゃ、ナイトさま。ちゃんとキャンプまで送り届けてよ」
「ナイトさま?」
「え? こいつこいつ。ずっとネコ嬢さんから離れなかったでしょ?」

ムーファを撫でるクリノスの手は、未だ双剣を握りしめていた。任せろ、そう言う代わりにムーファが喉を鳴らす。
そうして彼女たちは別れた。エリア一には草食種の首鳴竜の姿しか見られない。安堵したネコ嬢は女狩人の背に手を振った。
振り向きもせず、クリノスは手を振り返す。リンクを連れ、走り出しかけた彼女だが――

「ニャ……あれ、なんニャ!?」
「ん?」

――何者かの声につられて足を止めていた。荷台から先の勇敢なアイルーが身を乗り出し、上空高くを指差している。
エリア六、上空。気持ちいいほどよく晴れた青の中、ぐるりと孤を描く巨大な影があった。
長い首と尾、広げられた大きな翼。リンクが眼を凝らし、ネコ嬢が言葉を飲む中、クリノスは目を見開いた。
天空から、微かに威嚇の咆哮が降ってくる。その影はなんの躊躇もなく、エリア六めがけて垂直に降下して行った。
動揺してか、首鳴竜リモセトスがあたりを怯えたように見渡し始める。巨体に地面と水場が悲鳴を上げ、足元が大きく揺れた。

「ひ、飛竜、ですよね? 今の」
「……っ、カシワ」

ネコ嬢の制止も聞かず、クリノスが駆けていく。一瞬遅れてリンクも続いた。
ネコ嬢は呆然とその場に立ち尽くす。
「飛竜種」。飛翔能力、攻撃性、強烈なブレスと、この世界のあらゆるハンターから恐れられる大型モンスターだ。
古代林はまだ謎が多いとされるものの、比較的安全な狩り場として知られているフィールドだった。
まさか、その古代林に飛竜種が降臨するとは――身を強ばらせたネコ嬢の肩に、軽い感触が降ってくる。
荷台背負いのムーファが、鼻先で忙しなく彼女の肩を突っついていた。

「……そう、ですね。ハンターさんたちなら、大丈夫ですよね」

自分が行ったところで、ドスマッカォのときと同じように二の舞を踏むだけだ。手伝えることは何もない。
頭を振る。ぱっと顔を上げ、怯えるアイルーたちを励まし、力強く荷台のひもを手に握る。
つられて歩き出したムーファの横で、カティは一度だけ歩みを止め、振り向いた。

(ハンターさん……)

祈るように、ネコ嬢は胸の前で手を握り合わせた。
エリア六の空は遥か彼方、だというのに、近くからと錯覚できるほどに強い竜の咆哮が大気を揺るがしている。






――「彼女」は宙にほどけた、微かな血の臭いを察知した。眼下には最近たどり着いた、新たな狩猟場が広がっている。
特に広大な草原や、鉱石に囲まれた水場、天井のない崖に囲われた空洞が「彼女」のお気に入りの探索地だった。
その中でも、特に朽ちた肉塊の転がる広大な草原地帯は新鮮な草食モンスターも多く見られることから気に入っていた。
……自分は、伴侶を得ること、子を成すことに深い思い入れが持てなかった。
故に、自由に狩りが楽しめる場、ゆっくりと何者の眼も気にせず眠れる場を探すことが、生きる上での大切な目的となっていた。
ここ、古代の息吹が根付く土地は居心地がいい。ただ飛翔していても大変気分がいいと、そう思う。
今日も獲物をしとめようと草原地帯に足を延ばしたばかりだった。
そんなときだ。血なまぐさい、肉食モンスターの臭いを嗅ぎつけたのは……眼下に見えたのは、鳥竜種ドスマッカォの姿。
そして、彼と対峙する一人のハンター、その連れのメラルー。
ハンターが跳狗竜に狩りを挑んでいる。「彼女」は眉間に力を込めた。ハンターにはいい思い出がまるでない。
執拗にこちらを追いかけ、攻撃し、体の一部を剥ぎ取っていこうと縄張りを荒らして回る二足歩行たち。
彼らは過去、自分の仲間たちのタマゴを巣から持ち出し、その前から逃亡を謀ることすらあった。
己はタマゴを生み育てたことはなかったが、親となった同胞の気持ちを思えば胸が締め付けられるような思いだった。

(ならば、許すことができるわけがない)

彼らが自身の種を脅かすという存在だというのなら、野放しにしておく謂われもない。
発見と接近、威嚇を知らせる「とき」の声。喉を震わせ大きく一つ咆哮すると、「彼女」は翼を打ち鳴らした。
自慢の尾でゆらりと宙を叩き、空に放物線を描き、そのまま眼下めがけて直進、降下する。
こちらを見上げたハンターと眼が合った。金と黒が交差する。

突如として舞い降りた裏葉色の飛竜、通称「陸の女王」。
目の当たりにした新米狩人カシワは、その場に縫いつけられたかのように固まり、立ち尽くした。





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 UP:20/05/08 加筆修正:23/02/02