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モンスターハンター カシワの書(10)

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……遠い昔、黒き龍の伝説に怯えていた幼い頃。狩人の父が、血相を変えて他のハンター仲間と話をしていたことがあった。
何の話かと問うても、子供はあっちに行っていなさい、そう軽くあしらわれるだけでろくに話が聞けなかった。
それもそのはず。後に両親が自宅で話しているのを盗み聞きしたとき、自分は聞くのではなかったと、そう後悔した。
「近くの村が火竜に襲撃された」。
当時住んでいた村人たちはギルドからの通達もあり全員脱出できていたが、村は跡形もなく焼かれ元の形状など残されなかったという。
問題となった火竜はギルドが手配したハンターが討伐したというが、それでも父を含めた村のハンターたちには動揺が広がっていた。
村が襲撃された理由だが、村の子供が悪戯で竜の巣に潜り込み、不注意で彼らの卵を割ってしまったことが原因だという。
繁殖期の雄火竜、雌火竜には決して近づくな……翌日、父は珍しく怖い顔で自分を諭した。
以来、ハンターを志す傍ら、自分は火竜に対し特有の畏れを持っている――

「……旦那さんっ!!」

――眼前、突如として飛来し姿を現した「それ」にカシワは知らず固まっていた。
アルフォートの叱声で我に返ったようなものだった。慌てて剣を握り直す。
黄緑色の甲殻と鱗、長い尾に、目玉を彷彿とさせる模様の入った翼膜、全身の至るところに生えた鋭い棘と、顎の棘状の突起。
それが着地すると、大地はうなりを上げて揺れ動き、また、ひとたび翼をはためかせると猛烈な風が巻き起こった。
こちらを睥睨する眼は爛々とした光を帯び、瞳孔は細く鋭く、金色の瞳は業火が揺らめくように輝いている。
雌火竜、リオレイア。雄火竜リオレウスのつがいであり、広く知られている飛竜種の代表格。
なんだってこんなときに――たじろぐカシワをよそに風圧から体勢を立て直したドスマッカォは、再び鳴きながらハンターに向き直った。
双方を見比べる。片やダメージを負った、狩り慣れた鳥竜種。片やこれまで一度も挑んだことのない脅威、飛竜種。
どちらを先に狩るべきか、それくらいは新米の自分でも容易に分かることだった。
ドギャアァァン、虚空と大地を縛り付ける凶悪な鳴き声が響く。
リオレイア、咆哮。たまらず耳を塞いだカシワだったが、次の瞬間にはアルフォートに突き飛ばされていた。

「旦那さんっ、しっかりしますのニャー!」
「アル……お前は平気なのか」
「ボクは『防音の術』をつけていますからなんとかなりますのニャ、それより前を!」

返事をするより先に、耳に飛び込んできたのは地鳴りと風を切る音だった。

「うおっ、」
「ニャアア!?」

急ぎ身をひねり、その場から距離を取る。ドスマッカォなど見向きもせず、リオレイアが強靭な後ろ脚で突進してきた。
なんと力強く恐ろしい速度だ。すれ違いざま彼女の眼光と目が合う。こちらを睨み見下ろす眼は、憎悪と敵意に満ち満ちていた。
立ち止まり、ぐるんとリオレイアがこちらに振り向く。
カシワは柄を握る手に力を込めた。息を止め、一歩、二歩前進し、一気に頭部との距離を詰める。

「でぇいッ!!」

リオレイアが何事か叫ぶのと、新米狩人が剣を振り下ろすのはほぼ同時。堅い甲殻に覆われた頭部は、思いのほか柔かった。
振り下ろしたハンターナイフが、微かにリオレイアの頬をかすめる。刹那、雌火竜はがばりと大口を開けた。
喉の奥が見える……暗い穴の奥に、煌々と揺らめく火があった。
カシワは声にならない声を上げる。接近した己が顔が、焼けるようにかっと熱くなった。頬に、額に、皮膚に強い熱を感じる。
持ち上げられるリオレイアの頭。首を使い、器用に上下したそれの口腔から、直後、灼熱の脅威が吐き出された。
ブレスだ――カシワの胴体を追い越し、地面に着弾する燃え盛る炎。半ば反射で上体をひねり、至近距離から回避に臨む。
「成功」! 放射線を振り切るように倒れ伏す。すぐさま跳ね起きる。草原を焼き払う炎は、カシワの後方で容赦なく燃えていた。
片手で土を握り締めたまま睨めつける。威嚇しているのか、リオレイアは頭を軽く左右に揺すっている。

「だ、旦那さん」
「アル! 大丈夫か」
「ぼ、ボクは大丈夫ですニャ。でも旦那さん、胴装備が」

アルフォートの手が、カシワの鎧にくすぶる火をぱたぱた払う。悪い、そう応えながらもカシワは笑い返せなかった。
背中に嫌な汗が伝った。熱さだけではない、剣を持つ手と腕がびりびりと激しく震えている。
確かに今、リオレイアに一撃を加えたはずだった。かすっただけだったが、刃は確実に彼女の頭にヒットしていた。
それなのに、それなのにあの雌火竜はびくともしていない。あの黄緑の見事な鱗に、甲殻に、傷の一つも付いていない!

(……嘘だろう)

カシワは震撼した。
文字通りまるで歯が立っていない。
ハンターナイフは決して鈍くらなどではない、斬れ味もそこそこある、新米にとっては十分に優秀な得物だ。
テツカブラとの戦いの後も、手入れを怠ったことはない。だというのに、あのリオレイアはなんのダメージも受けていない。
こんなことがあり得るのか。自問する最中であっても女王は一切の容赦をしない。
首を振り終えると、雌火竜は再びこちらを見た。戦闘続行とばかりに凶悪な双眸がカシワを射抜く。
やはり、端からドスマッカォを相手にするつもりはないらしい。
当のドスマッカォは、別エリアに逃げ出そうとこちらに背を向け、足を引きずりながら立ち去り始めている。
いま追いかけるのは得策じゃないか――カシワは強く歯噛みした。そうでもしないと、全身が震えて一歩も動けなくなりそうだった。
女王との一騎打ち。勝てる見込みはまるでない。一度刃を交わしただけでも、それが十分に分かってしまった。

(それでも、)

やるしかないのだ。
跳狗竜を追うにも、女王が見逃してくれるとは到底思えない。そんな予感がカシワにはあった。
剣を握る。リオレイアが足を踏み鳴らす。ドスマッカォのそれとは比にならないほど、強い地鳴りがその場に轟いた。
次の瞬間、合図もないまま互いに駆け出していた。身を前傾させ、棘を逆立て、狙いを定め、女王が一気に間合いを詰めて来る。

「くっ!」
「だっ、旦那さぁん!」

避けきれない! 怒号を発するより早く、気が付いたときにはすでに目の前に雌火竜がいた。
左、右脚が、強く地を蹴る。振り上げられた左脚と、女王の顔。視界に映ったのはそれだけだった。
直撃。全身に激痛が走る、体が軽々と高く打ち上げられる。
カシワは苦鳴を上げた。地面に叩きつけられた瞬間咄嗟に受け身は取ったが、衝撃とダメージは計り知れない。
強い痺れと激痛が体中を駆けめぐり、一瞬、リオレイアがどこに行ったのか分からなくなった。
アルフォートの叫び声がする。名を呼ばれたことだけは分かったが、今の新米狩人に応えてやれるほどの余力はなかった。

「――カシワァ!!」

直後、後頭部に衝撃。吹き飛ばされ、カシワははっと我に返った。伸ばした手で草を掴み、滑りながら立て直す。
顔を上げた先、双剣を抜刀した姿のクリノスが荒い息を立てていた。蹴り飛ばされたのだ、頭をさすりながらのろのろと起き上がる。

「よし、起きた起きた。これで一対四だ」
「お前……遅いぞ」
「気絶してたの、起こしてやったでしょ。文句なら後でね」

唸る新米狩人に応える先輩狩人の表情は、しかし晴れない。
彼女の目線は、眼前、脚で草を踏み荒らし、威嚇を続けているリオレイアに注がれたままでいる。
クリノスでさえ手こずる相手か、相棒の様子にカシワは苦いものを噛んだ心地になった。
真横にアルフォートが並ぶ。不安そうに見上げてくる頭に、今度はぽんぽんと手を乗せて、応えてやれた。

「どうする、クリノス。逃げた方がいいのか」
「ああー……それ、最終手段ね」
「お前、まさかやり合う気か。俺には反対してただろ!」
「こうなったらねー……逃げ出してくれるまで、飽きてくれるまででいいの!」

鬼人化発動、歯噛みするカシワを置いていく勢いで、クリノスがリオレイアめがけて疾走する。
受けて立つと言わんばかりの雌火竜は、一度低く吠えるや否や翼を大きくはためかせた。
黄緑の巨体が宙を舞う。クリノスが地面を蹴る。虚空で肉を捉えたのはしかし、女王の方が先だった。

「うあっ!」

クリノスがリオレイアの尻尾を踏みつけようとした、その瞬間。雌火竜の体は縦軸に旋回する。
翼と脊椎、全身をひねり、女王の巨体が美しい孤を描く。爆音に似た音はリオレイアが放った怒声だ。
うなりを上げ、若き狩人のしなやかな肉体に叩き込められたのは尻尾全てを用いた打撃攻撃――サマーソルト!

「クリノス!! くっそ、」

……それがリオレイアの最大威力の攻撃手段であることを、カシワは知らない。
尻尾の先端、無数の棘がクリノスの体の表面を装備品越しにかすめて抉り、虚空にぱっと血しぶきを上げさせる。
カシワは駆け出していた。リオレイアの着地、そこを狙い腕をありったけの力で振るう。
先輩狩人が前に倒れ込むのと、後輩狩人が彼女の後方から前方に踊り出たのはほとんど同時。
ハンターナイフが女王の脚を捉える――もらった! 手応えを感じる直前、カシワは全身が押し戻される感覚を受けた。
足元にいたことでまともに喰らい、体が一瞬硬直する……飛竜種の羽ばたき、ホバリング時に生じる風のうねり「風圧『大』」だ。
唸り声を上げながら辛うじて目線を上げる。見下ろす女王の眼は、こちらを嘲笑うかのようにぎらついていた。
リオレイア、着地。同時にカシワも硬直から解かれ、全身に力が戻される。抜刀しようとして、しかし新米は逡巡した。
背後でクリノスが苦しげにうめいている。
リンク、アルフォートが慌てたように薬草笛を演奏している。メラルーの言葉の端々には、「毒」という単語があった。
ほとんど反射で動く視線の端、リオレイアの尻尾に生えた棘からは、紫色の禍々しいしずくが多量に零されているのが見えた。

「くそっ、……クリノス!」
「……ッ、うえっ、ぎ、ぎもちわるぅ……やっちゃったー、タイミング、ミスったぁ……」
「毒だ、尻尾の棘に毒付与の効果があるんだ。お前、解毒薬は」
「そんなの、あんたに言われなくても……今、持ってないー」

狩人双方に構わず、リオレイアは突進。突進からの噛みつきだ、カシワは横には避けず、真っ正面から女王に挑む。
利き腕を突き出し、開かれた凶悪な口と牙に盾の正面を叩きつける。押し戻されそうになるところを、足で強引に踏み留まった。
退がれば相棒の身が危ない。幸か不幸か、リオレイアの噛みつきに追撃の気配はなかった。

「くそっ!」

はためく翼、踊る翼膜。後方へ飛び退く女王と、再び風圧の煽りを受けて固まる狩人。
宙に舌打ちが溶ける。腕で上半身を庇いながら、カシワはリオレイアが喉奥に炎を揺らめかせたのを見出した。

(駄目だ……避けられない)

繰り返された攻撃に、自分も相棒も多大なダメージを負っている。オトモたちの士気さえ下がっているように感じられた。
眼前、カシワは羽ばたくリオレイアを見上げる。
口元で赤くくゆる炎は、彼女の黄緑の甲殻をより鮮やかに照らし、女王の貫禄を意のままに輝かせている。
開いた翼膜が立ちすくむ狩人たちに深い影を落とし、絶対的な力の差をありありと見せつけていた。
ここまでか、柄を握る手の力が緩む……自分は今、女王の眼にどう映っているのだろう。
目を閉じたとき、カシワの中に生まれたのは敗北感だけではなかった。自分でも言葉にできない闘志が、未だくすぶり続けている。
まだやれるのか、いや、やってみせる、やってやる!! 音が出るほど強く、奥歯を噛んだ。

「アル! クリノスを頼む!」
「だ、旦那さ……」

死なばもろとも、肉を切らせて骨を断つ。諦めなどしないと、新米狩人は再び盾を前に構えて飛び出した。
リオレイアの上半身がやおらのけぞり、直後、口内に蓄えられた灼熱の炎が外気に漏れ出した。
来る! 盾を持つ手に力を込め、カシワは決して仲間たちに被害を出させまいと、草を踏む両脚に力を込めた――

「……『金狼牙弓』、【稚雷】」

――そのときだ。後方から何か「素早いもの」が飛来した。
カシワの頭上を一直線に駆け抜け、それらは寸分の狂いもなく、全てまとめて女王の頭部に突き刺さる。

「な……」
「矢? 矢ニャ……?」

追撃来たる。縦に連なる無数の矢が、女王の胴体を見事貫く。着弾する直前、全ての矢は稲妻の如き鮮烈な閃光を纏っていた。
不意の攻撃に驚いたのはカシワたちだけではない。「オォン」、どこか切なげな声を上げながら雌火竜の巨体が地に落ちる。
彼女の口内には未だ炎が揺らめいていたが、それが吐き出されることはない。
長い首、翼と後ろ脚とをじたばたさせ、リオレイアは女王にあるまじき混乱しきっている無様な様を露呈した。
駆け出すアルフォート。横から抱きついてくる彼を受け止め、カシワは恐る恐る振り向いた。

「……何をしている」
「!?」

呆然とするカシワの前、声と足音はごく僅かに鳴り響く。クリノスではない、見知らぬ第三者が立っていた。
今しがた矢を放ったばかりと思われる、身の丈ほどもある巨大な弓を手にした一人の男。
黄金に輝く、角と思わしきパーツで造られた強弓は、思わず見とれてしまうほどに美しく荘厳な雰囲気を放っている。

「狙うなら今だぞ。その手の剣は飾りか」

嫌みか、言い返そうとしてしかし新米狩人は口をつぐんだ。反論することを許さない、独特の緊張感が場に満ちている。
男はカシワより若干背が高かった。声色は若者のそれだが、響きは低く明らかに怒気を含んでいるのが分かる。
雄火竜に似た色の髪に同色の眼光、赤色を基調とした洋装の一式装備。黄金の弓も相まって、強く目を引く出で立ちだった。
気難しそうな顔、即ち頭には何も着けておらず、代わりに耳元に一振りの羽根飾りが揺れている。

「……やらないってなら、あのレイアはコッチでもらってやるニャ」
「なっ、どういうことだよ!?」
「さーてニャァ。どのみち怒り状態に移行するのも時間の問題ニャ。オレらで仕留めた方が早そうニャ」

男の横には茶色の毛並みのメラルーが一匹付き添っており、生意気そうな赤色の眼で新米狩人をじっと見上げていた。
……助けられた、それは分かる。クリノスもリンクともども、傷の手当てを終わらせつつある。
彼女が今がぶ飲みしているのは、解毒薬と思わしき青色の液体だった。あれもこの男のしわざだろうか。
カシワは知らず、眉間に力を込める。

「……もう二秒で起き上がりだ。あの雌火竜、我々がもらうが構わんな」

突如として現れた弓の名手を前に、カシワは顔を強ばらせる以外の反応を持ち合わせていなかった。
目的は何か、何故自分たちを助けたのか、そもそも一体何者なのか……劫火を収める男の双眸は、いやに鋭く、冷え切っている。





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 UP:20/06/02 加筆修正:23/02/02