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モンスターハンター カシワの書 上位編(1) BACK / TOP / NEXT |
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「……目標! ターゲット、『ドスマッカォ』一頭の狩猟!!」 砂塵が舞う。屋内はぴりとした緊張に満ちていて、息をするのにも苦労した。ぐるりと四方を囲む高い鉄壁に、足下に敷かれた砂地、点在するがらくたの山。 龍歴院管轄、大都市ドンドルマのそれを模した疑似訓練施設――闘技場。 普段は龍歴院、ハンターズギルド共同主催の闘技大会や高難度クエストの試験場として賑わうはずの場に、人の姿はほとんど見当たらない。 「強撃ビン、んで、次は……うおっ!?」 闘技場の中央、まさに実地訓練の最中。一人のハンターが軽快に跳び駆ける鳥竜種に対抗している。 黒髪の一本結び。訓練用にあつらえられた、鉄板と鎖からなる軽装の防具。得物越しに獲物を見据えるのは、黒塗りのどこか丸みを残す眼光。 男は確かに、ハンターだった。不慣れであるかのようにぎこちない動作で鉄弓を展開させ、鋭く繰り出される跳び蹴りをぎりぎりのところでかわしている。 「ぬ、ぬうッ。確かにっ、避けるタイミングは前よりずっと良くなっているが!」 「前より、だ。攻勢に転じられなければ話にならん」 「ヌハハハハ、手厳しいな! しかし、あれでもなかなか……」 観客のうち、最前線で彼の奮闘を見守るのは二人きり。 片方は龍歴院に籍を置く教官カリスタ。眼下のハンターがベルナ村を訪れて以降、何かと世話を焼き指導に当たっている好漢だ。 もう一人はやけに厳しい評価を下す、全身赤一色の目立つ男。こちらはフィールドから視線を一向に離さず、対峙する双方の一挙一動に目を光らせている。 応援というよりは査定、監視の目線になっていた。それなりに親しくなったはずでは……と首を傾ぐカリスタの視界の端で、ハンターがついに矢をつがえる。 ドスマッカォの赤ら顔に狙いをつけ、弦を絞り、射かけたその瞬間。足下の段差に足を取られ、男はかくんと姿勢を崩した。 「ああっ、貴様! ターゲットを注視しすぎてはならん、『段差』にも気をつけるのだ!!」 「どんなミスだ」 あらぬ方向に矢が飛び、切なげな悲鳴が飛ぶ。当然ドスマッカォは元気いっぱいだ。怒り状態にも移行しておらず、自慢の冠羽もピンピンしている。 避けるので精一杯、といったところか。たまらず身を乗り出したカリスタの横で、赤塗りの男は苛立たしげに歯噛みした。 「カシワ! 一針以内に仕留められなかったら走り込みを追加するぞ、覚悟しておけ!」 「……! ……よ……ろ!」 「……うん? 貴様。何か、言われているようだが」 「構わん。いつものことだ」 開始早々無茶を言う、二の句を辛うじて飲み込む教官に振り向きもせず、男ユカは銀朱の目を細める。 ……弓の指導を始めてはや半月。眼下の顔なじみのハンターは、相変わらず慣れない武器に苦戦を強いられているようだった。 持ち方、構え方、ビンの着脱といった基礎はできている。しかし肝心要の、矢をつがえ、放ち、獲物の弱点を射るという攻撃の体勢がどうにも整わない。 早くも息絶え絶えになりながらがむしゃらに射続ける黒髪男を見下ろして、ユカは誰にともなく嘆息した。 「ケキャア! クェォアアーッ!!」 「どおっ!? っんの、」 跳狗竜ドスマッカォは古代林に小型ともども多く生息する固有種で、龍歴院所属のハンターにとって避けては通れない相手といえる。 万が一遭遇してもすぐ対応できるよう、訓練クエストの指南役として抜擢されているのだが……素早くちょこまかと動き回るので、意外と苦戦する者も多い。 だからこその訓練ではあるのだが、そもそも攻撃が当たらなければどうにもならない。苦戦以前の問題だ、と男は羽根つき帽子を目深に被り直した。 「――当たらなければ、いいんだろう!!」 一方、こちらは闘技場の視線を独占する黒髪男。慣れない武器ではあるが、取り回しは「なんとなく」分かってきたところだ。 握を掴み、くると回す。半月を描いていた得物が畳まれ、納刀状態となって背に戻される。再度抜く。金属音を立てながら展開され、弓の形状が露わになる。 抜刀、納刀に至る一連の流れ。ぴんと弦が張り、鉄を主体とした骨組み、構造を無機質に晒す一張りの武器。片手剣とはまるで違うと、何度だって見とれた。 ……背後から無言の圧を投げてくる男が、最も得意とする得物だ。短期間のうちに、肉質、適正距離、ビンの性質他、様々なことを教わった。 どれも会得したとは言いがたく、いざ実践に向かえばこの体たらくだ。自分でもいい動きは出来ていないだろうと、そう思う。 「けど、なんか……分かってきたような気もするんだよな」 意識が戻される。短い雄叫びが上がり、ドスマッカォの太い後脚が迫りくる。前にも見たことのある光景だった。 カシワは、矢筒に手を伸ばしながら前に駆ける。いつかのように強引に横には避けない。代わりに強く地を蹴って、跳狗竜に体当たりするように空を切った。 「ハァッ! ヌハハ、貴様、やるではないか!!」 黒髪が流れ、防具の留め具と鎖が鳴り、ドスマッカォとすれ違うようにして男の身が宙を回る。 龍歴院に伝わる狩猟技術、ブシドースタイルのジャスト回避だ。相手の動きを寸でのところで避けきり、肉薄したその最中に反撃に転ずる攻防一体の回避術。 先達が得意としていたそれを、弓の指導を受ける傍ら、後輩狩人は密かにカリスタに指導を乞い学んでいた。 この結果に、カシワとカリスタは双方大喜びで歓声を上げる。一方でユカは何も言わない。眉間に皺を刻み、まるで「余計なことを」とばかりに目を閉じた。 「よしっ! そのまま反撃するのだ!!」 「……そう上手くいくものか」 弓を絡めたジャスト回避は、成功した時点で使い手の集中力が研ぎ澄まされる。弓そのもの、矢じりの先端……全てと一体化するような高揚感を伴うのだ。 この回避術に乗じた強力な一射こそ、ブシドースタイルの弓使いの真髄といえる。カシワもまた着地と同時に跳狗竜に振り向いた。 「――でぇいっ!!」 放たれる一射、鮮烈な反撃。渾身の力を込めた全力の一矢。更に立て続けに剛射――電光石火の追撃が飛ぶ。 それらは吸い込まれるように綺麗に、まっすぐドスマッカォの頭部を……「射貫かなかった」。 ジャッと僅かな飛沫が飛び、尾棘を使って体勢を整えていた跳狗竜は怒りをあらわにその場で何度も飛び跳ねる。右頬から流れた赤色が、砂地を緋に染めた。 「んなっ……は、外したあ!?」 「な、なんと!」 「慣れない狩り場、技法、武器種。これで上手くいくと思う方が驚きだ」 「絶対に、当たったと思っていた」。カシワとカリスタは愕然として体を硬直させる。 ドスマッカォがその隙を見逃すはずもない。尾棘で器用に体を持ち上げると、再度、かわされた突進蹴りの構えに入る。 「おいっ、貴様! また来るぞ、回避だ!!」 「うえっ、そ、そんなこと言われたって……」 はっと我に返る頃には、もう遅い。カリスタが身を乗り出したのと、ユカが帽子のつばを掴んで視界を遮ったのはほぼ同時。 カシワが弓を構えたときにはドスマッカォの足裏がすぐ目の前に迫っていた。一瞬、目が合う。赤ら顔の中央で、嘲るような眼差しが狩人を見下ろしていた。 ジャスト回避のタイミングも重ならない。後輩狩人が吸い込まれるように綺麗に、まっすぐ蹴り飛ばされる音が広々とした狩り場に響く。 「ぬうっ……今回は悪くないと思ったのだが!」 「一針過ぎるな。食事場で待つと、カシワに伝えてくれ」 「おい、貴様! 見ていかなくていいのか!?」 「俺に出来ることはやった。あとは、あの死にぞこない次第だろう」 肩を落とす教官を置き去りに、銀朱の騎士は観客席を出て行った。フォローの一言もない。伸ばしかけた手を下ろして、カリスタはフィールドに視線を戻す。 眼下には、いつかのように諦めずに立ち上がるハンターの姿があった。黒の眼差しは爛々と燃えていて、この数ヶ月で磨いた成長具合を覗かせる。 「うむ……貴様は、どんな狩猟をこなしてきたのだろうな」 出会ったときに比べれば、体つきはがっしりして、眼差しもぐっと凜々しくなった。 歴戦のハンターのそれには遠く及ばないが、雰囲気や立ち振る舞いにも、数多の狩りを乗り越えてきた者特有の緊張と気迫が現れはじめている。 日々成長しているのだと実感できた。送り出した者として誇らしくもある。多少、慌ただしさや技のアラが目につくが……あくまで多少だ。気にしたら負け。 「しかし、あの男ももう少し……いや、それを言うなら我輩も常に同行できているわけではないからな」 ユカがカシワとその相棒を補佐しているという話は聞いていた。ぱっと見では「本当なのか」と言いたくなるほど騎士側の態度は変わらない。 しかし、目に映る全てが正しいものとは限らないのが世の常だ。 自分の知らないところ、見えざるところで、彼らも彼らなりの友愛を築けているのかもしれない。カリスタは一人頷いた。 「貴様! 一針過ぎてしまいそうだぞ、頑張るのだ!!」 「んなっ、教官まで……なんでだよ、おかしいだろ!!」 ケキャア、仕切り直しとばかりにドスマッカォの威嚇が響く。ガチン、と硬質な音を立てながら再度鉄弓は展開された。 そもそも、追い詰められてからがあの男の本領なのだ――あの日、初めてこの場に導いたときのことを思い返して、朱塗りの教官は口角をつり上げた。 「……おかしいな。なんで上手くいかなかったんだ?」 「あの流れで上手くいくと思えたのが恐ろしいな。お前の美点だぞ、カシワ」 「それ、絶対褒めてないよな。ユカ」 ところ変わってベルナ村。今日もウキウキとフライパンを素振りする女将の横で、訓練クエストを終えた男二人は遅めの昼食にありついた。 カシワはいつもの焼きサシミウオ定食、古代林産の特選ゼンマイ炊き込み飯つき。ユカは前菜のチーズフォンデュに手も付けず、いきなり火酒を傾けている。 この騎士様はとけたチーズを好まない……らしい。女将の言ではあるが、野菜や魚中心の食事で育った自分からしてみれば信じがたい話だった。 「こんなに美味いのに。無理に食えとは言わないけどな、だからって名物をガン無視するなよ」 「何か言ったか」 「言ってないし、見てない。お前なあ、いくら酒が好きだからって真っ昼間から飲むなよ! 休暇中にしたって――」 「――あっ、ユカだ。ねえ、これもらうよー?」 モソモソと女王エビのフリットを咀嚼するユカの横から、第三者の手が伸びる。視界の端で揺れるのは、柔らかそうな見た目の天色髪だ。 「クリノス! お前、今までどこ行ってたんだよ!?」 「どうせなら全部食べてくれていいんだぞ、クリノス」 「んー、美味しっ。そうするー。で、なんの話だっけ」 ぐりぐりと具材にチーズを巻きつけ、ソースをつけながら。ユカと同じ色の瞳の女狩人は、カシワの問いかけをスルーして串を口に運んだ。 双剣使いクリノス。彼女は、新米だった頃のカシワにハンターとしての才覚を見出し自身の相棒に定めた先輩だ。 見目はよく腕も立つのだが、舌が回る上に気の向かないことはやらない性格で、龍歴院内でも「好みじゃない」、「そこがいい」と評価が二分されている。 「昼くらいまで弓の訓練しに闘技場に行くって話しただろ。いなかったから、探したんだぞ」 「はあ? なに、わたしにキャーキャー応援して欲しかったとか? わーカシワすっごーい。ぜーんぜん矢が当たってなーい」 「ニャニャーン。カシワさん、見事なオオハズレニャ!」 「なっ、リ、リンクまで……なんだよお前ら! そう言って、結局観に来てたのか!?」 「あ、やっぱ攻撃外したんだ。うわぁー、だっさー」 「カシワさん、駄目駄目ニャー」 「クーリーノースー!! リンクもっ、あんま傷口抉るなよ!」 キーキーやり合う二人を余所に、女将は片付いた皿を下げ始め、ユカは片手に書類、もう片手にゼンマイ炊き込み飯のにぎりを添えてモソモソとやり始めた。 もはや「ムキになる黒髪男をあしらう女狩人とそのオトモたち」という構図がなじみの光景になりつつある。 村の中央、ネコ飯屋台の様子をはじめ村の日常を見守るベルナ村の村長の眼差しすら、繁殖期の日差しのように柔らかかった。 「……ところで、ユカ。お前、仕事は大丈夫なのか。休暇って言っても結構経つだろ?」 クリノスを招き入れて軽めの酒を交わしながら、カシワは訓練上がりにユカから手渡された依頼書から顔を上げる。 ケチャワチャ、アルセルタス……知らない名前ばかりが続く。女狩人がふーんと受け流したので、詳細を聞くのは実際に対峙してから、と内心で取り決めた。 「俺の代わりの連中が頑張っているだろうさ。気にするな」 「がんば……それ、ギルドに戻ったらなんか言われるやつじゃないのか……」 「クリノス。お前はどうなんだ、俺がいなくとも問題ないか」 「んん? 何が?」 「寂しくはならないか、と聞いているんだ」 ゼンマイティーを噴き出しかける。そんな後輩狩人には目もくれず、騎士は羽根つき帽子のつば越しにクリノスを注視した。 「え? ……別に?」 女狩人は串を手にしたまま銀朱の目を瞬かせる。ネコ飯屋台を中心に、一瞬重い空気が漂った。 ……あの口調、問いかけの内容からして、恐らく彼は彼女に「引き止めてもらいたかった」のではないかとカシワは思う。 目は口ほどに物を言う。残念がってくれないのか、と言いたげに僅かに双眸を細めた男を見て、カシワは見てはいけないものを見たような気になった。 少しは親しくなれたという自信があったのだろう。自分としてはこのまま弓の指導の他、上位クエストを進める上での注意点などを聞きたかったのだが……。 (……意外と顔に出るんだな。ユカって) 結果はこれだ。キャラバンではあれほど甲斐甲斐しく世話を焼いていたのに、クリノスはドンドルマや職務に戻ろうとする騎士を引き留めようともしない。 本当に気にならないという体だった。俺もおんなじように返されたらそこそこヘコむんだろうな、とは言わずにおく。 「なんで? だって、仕事は仕事でしょ? 仕方ないんじゃないの、怪我も治ったわけだし」 「……いや、阿呆なことを聞いた。サボり癖がついたのかもしれん。気にするな」 「そう? わたしも十分素材集めたし、そろそろ上位クエスト進めてもいいかなって思ってたから。わざわざわたしたちにつきあってられないでしょ?」 見事に互いの気遣いが行き違っている。入手した素材を見せようとしているのか、ポーチの中身を物色し始める女狩人に騎士は苦笑いを返した。 気づいてもらえないユカさん可哀相ですニャー、と言うようにリンクが首を振っている。ホピ酒をぐびりと飲み干して、カシワは全て見なかったことにした。 何より、龍歴院に所属するハンターではあるのだろうが男は初対面の時点ですでに多忙を極めていたように思う。 いつしか、すっかり頼りきってしまっていたことに気付かされた。よくない傾向だ、と口元を手で拭う――自分たちの面倒は、自分たちでみてやらなければ。 「そういえば、クリノス。お前、いつの間に上位の素材集めてたんだ?」 「ええ? あんたがユカと特訓してる間に決まってるでしょ。他にやることなかったし」 「……おい。上位クエストはお前たちのハンターランクが上がった時点ですでに解禁されていたはずだぞ。まさかサボり……」 「あーっ、わーわー、聞こえなーいっ。いいんですー、働き過ぎは体に毒クモリだしー」 「気づいているか。言ってることが矛盾しているぞ」 いかんせんレアアイテム好き、を自称する彼女のことである。防具用に急ぎ集めたという素材を抱えながら、クリノスはユカからの指摘を笑って受け流した。 負けていられないな、そんな意欲が沸々と湧いてくる。カシワはテーブルの下で、一人静かに拳を握りしめた。 「よし。そうと決まったら、早速明日からでも受注を始めるか。悪い、ユカ。見送りできないかもしれないけど、」 「いや、俺も戻らなければならないタイミングだったからな。せいぜい励んでおけ」 「そうそう、よーく外れる弓とかね。ねえ?」 「クリノスゥ……お前、余計なことばっか言うなよ! これでも気にしてるんだぞ!?」 オトモ広場で訓練に明け暮れていたというアルフォート、チャイロと合流してマイハウスに向かう。 途中、すれ違う研究員や村人たち、村長に軽く手を上げて応えながら、着くや否やボックスを開けて予備の防具や集めた素材の状態を確認した。 「……なあ。なんでガンナー用の防具ってこんな軽装なんだ? 吹っ飛ばされでもしたら危ないだろ」 「防御力の話? 軽いのは仕方ないよ。位置取り気にしなきゃいけないからどーしても軽さ重視になっちゃうし、弾丸用のポケットや細かい装備も多いしね。 それに狩りの真っ最中に取り出すのにもたついてる暇あるわけないでしょ? 狙って構えて撃つ! なんだから」 上位に挑むための初期装備の依頼はすでに済ませてきた、とクリノスは話した。素材の残量に一喜一憂する自分と違い、彼女の態度には余裕が溢れている。 人数分のコーヒーを淹れ始めたユカの背中を見やりながら、彼女はさっさとベッドに上がり下位クエストで入手した逆鱗を磨き出した。 思わず頭を抱える。出だしの時点で遅れているかもしれないと、そう悟ったからだ。 「狙って構えて、か。うぐぉ……全然使いこなせる気がしないぞ……ああ、ユカ。コーヒーありがとうな」 「構わんさ。カシワ、弓の扱いに不慣れなのはお前の経験が足りていないだけだ。頭と体に覚え込ませれば、そのうち自在に扱えるようになる」 「そうかな。けど、それにしたってな……」 「それと、防具の話だが」 「うん? ガンナー装備がどうこう、ってやつだよな?」 「うわぁ、急に話戻したっ! なになに、最新版の流通でも始まったの?」 ……しばし前、実家に相当するキャラバンにおいてクリノスには商人としての視点も備わっていることを男たちは学んだ。 ユカが思わずといった風にこぼした話に、彼女の銀朱の目が光る。その間にカシワは自前の調合素材をいくつか取り出して机上に並べた。 銀朱の騎士が小出しにする情報は、後々の狩猟の参考になることが多い。しかし、進めるうちに熱が入ってしまうのか、会話が長引くことも少なくなかった。 その点、手を動かしながら聞いておけば記憶にも残りやすい。粉末を器具に振り入れながら、後輩狩人は鼻歌混じりに二人のやりとりに耳を傾ける。 「いや? そういった話はまだ聞こえてこないが」 「えー、なんだあ。なんとかしてよ、ユカペッコ」 「クリノス、お前なあ……」 「だが地域によっては剣士用と似た造りの装備があるのも確かだそうだ。流通素材に合わせた加工や、在籍するハンターの数で手間も段取りも変わるからな」 「まだコッチでは試せてない、ってことか。お客さん待たせちゃうもんね。新しい加工法、見ておきたかったんだけどなー」 予想はしていたが、サッパリ話の内容が理解できない。おとなしくコーヒーをすすることにした。 「おい、カシワ。粉が溶けきっていないぞ」 「うん? そうか? 飲めれば大丈夫だろ」 「言っても無駄だよ、ユカ。前にノアちゃんに譲ったやつだってキノコの繊維残ってたくらいだし」 薬草、アオキノコが液状になったことを確認しながらハチミツを注ぎ込む。これでいつもお世話になっている薬剤、回復薬グレートの完成だ。 近場から、ハチミツも濾さんのか、誰かが低いうめき声を上げ、やるわけないでしょ、また別の誰かが呆れた声を上げる。 カシワは無言に徹しながらポーチに瓶を敷き詰めていった。作業の度に女狩人にあれこれ言われてきたため、聞き流すことにはすっかり慣れてしまっている。 「とにかく、ガンナーは位置取りが大事だってことだよな。防具にケチつけたって仕方ないし、やれるだけやってみるさ」 他の薬剤もぱんぱんにポーチに詰め込んで、後輩狩人は子どもじみた顔でニカリと気楽に笑った。 指南、指導を続けようと身構えていたユカが一気に脱力した様が見える。肩を落とした銀朱の騎士を、今度はクリノスが「まあカシワだし」と労った。 「よし、一つずつやっていくか。まずはこの……ケタ……ケチャワタ? ケチャ……」 「あー、もう! ケチャワチャ、だから! あんたね、今はいいけど向こうに着いたら『遊ばれない』でよ?」 遊ばれるとはどういうことか。女狩人が言わんとしていることが分からず、ひとまず「油断するな」と言われたのだろうと解釈して頷き返す。 手に馴染んだ氷の竜剣の表面に砥石を走らせながら、カシワはまだ見ぬ相手の姿を想像して胸を弾ませた。 会ったことのないモンスター、行ったことのない狩り場、見知らぬ拠点……この世界には、自分が知らないことがまだたくさんある。 何より、その先に「黒い龍」だって居るかもしれないのだ。オトモの頭を撫で、次いで強く拳を握ってから、後輩狩人は素材を抱えて加工屋の元へと急いだ。 |
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