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モンスターハンター カシワの書(53)  下位編エピローグ(2)「凱旋」 Side:カシワ=ヒラサカ

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「……ん、シワさ……」
「ん、うんん……?」

近くから、遠くから、誰かが自分を呼んでいる。
はたと目を開けた先、目と鼻の先に黒塗りの艶やかな髪が見えた。寝ぼけ眼のままそれをじっと見下ろして、カシワは再度短くうなる。
疲れが溜まっているのか、それとも一度死にかけたからか。頭が朦朧としてうまく働かず、動くことも何もかもおっくうになり、目の前の何かを包み直した。

「カ! かし、カシワ……カシワさんっ!!」
「ぅあ……なに……?」
「おっ、起きてくださいぃ! あとできればちょっと腕の力、弱めてもらえると……!」

なるほど確かに、腕の中に何かいる。抱きしめたときの感覚と陽だまりの匂い、ほどよいぬくもりがとても心地いい。
どうやら相手方は不本意だったようで、ばたばたと胸板の上で暴れられてしまった。おおかたアルフォートかリンクだろうと予想をつけて見下ろしてみる。
黒髪黒瞳、あどけなさを残す面立ち。柔らかくあたたかな白い肌は、目の前で真っ赤に染まっていた。
見覚えのある顔だ。それが村に暮らすとある酪農家の娘だということに気がついて、カシワは小さく首を傾ぐ。

「……? のあ」
「は、はい。あの、ど、どうも……」
「……え、あれ、ノア? ――ッて、うおっ、どわっ!!」
「わぁっ、カシワさん!?」

はたと気がついたと同時、あまりの動揺に弾け飛んだ後輩狩人は、そのままベッドの反対方向に自らダイブした。
がん、と床に背中を打ちつけようやっと目が覚める。腰に疼痛、次に胸のあたりに鈍痛が走り、今更ながらに「生きて帰ってこられたのだなあ」と実感した。

「だ、大丈夫ですか、すっごい音がしましたけど」
「だ、だいじょ……いてて。それよりノア、なんだって君がここにいるんだ。っていうか、なんで俺の……俺が……俺で、その」

引っぱり起こしてもらいつつ、二人そろって寝具の上で俯いた。ノアに至っては耳はおろか首筋まで赤くなっている。

「え、えっと、その、カシワさんが寝てるのが見えて」
「ああ……ちょっと前にな、帰ってきたばかりなんだ」
「そ、そうでしたか。それでその、怪我してなかったかなあとか、ぐっすり寝ちゃってるなあ、とか気になっちゃって……」
「のぞき見、ってやつか……」
「す、すみません、すぐ離れるつもりだったんです。そしたら寝ぼけてたのか、いきなりこう、ぐいっと引っ張られて……」
「そ、そうか。えー、あー……クリノスは?」
「音がしたのでたぶんお風呂かと……ルームサービスちゃんは、買い物籠がなくなっていたので買い出しだと思います」
「……、悪い」
「い、いえ。役得でしたから、大丈夫です」

……役得とはなんぞ。
落ち着きを取り戻したのか、首を傾げたカシワを放置してノアは手持ちのバスケットからポットやクッキーを詰めた小袋などをサイドテーブルに取り出した。
香ばしいチーズの香りに自省と疑問はどこぞへと吹き飛んでいく。鼻をひくつかせた狩人に、娘は袋を丸々一つ手渡した。

「あの、カシワさん」
「ふいぉ、ほごふご」
「分かりました。全部食べてからしゃべってください」

空腹のあまり焼き菓子をいっぺんに口に放り込んでノアと向かい合う。それにしても華奢な娘だな、とカシワはしみじみ思った。
抱きしめたら折れてしまいそうだ、とも……ごくんと音を立ててクッキーを飲み込み、出された茶を口に含んでようやく人心地つく。娘はにこりと微笑んだ。

「あの、カシワさん。ものは相談なんですけど」
「うん? 俺でよかったら。どした?」
「その、わたし、家出してきたんです。しばらくの間ここで厄介になっていいですか」

茶を噴いた。
ゲッホゴッホと派手に咳き込む後輩狩人を見つめる黒瞳は真剣そのものだ。困り果てて眉根を寄せたカシワに、ダメですか、とノアは肩を落としてみせる。

「ま、待ってくれ、説明してくれ、ノア。いきなりどうしたんだ!?」
「……それが、カシワさんたちが帰ってくるちょっと前に父が帰ってきたんですけど」
「お父さん? 確か、家に帰ってこないっていう腕利きの」
「はい。本当についさっき、ふらっと」

喜ばしいことではないのか、目を剥いた狩人に対して、酪農家は眉尻を下げて困ったように小さく笑った。

「悪条件の狩りを成功させた知り合いがベルナ村に寄るから追ってきた、って……ただいまも言わないし、わたしの話も全然聞いてくれなくて」
「そうなのか? それはちょっとあんまりだろ、せっかく久々に会えたのに。それで?」
「ずっと約束していた手紙だって、ここ数ヶ月はなかったんです。なのに連絡もなしに帰ってきて、しかもそのハンターに話を聞いたらまた仕事に行くって」
「うう……なんだ、君のお父さん、本当にハンターの仕事が好きなんだな」
「はい、それはもう。分かってます、ワガママだって。でも、少しくらいゆっくりしてくれたって……」

以前聞いた話によれば、彼女の父親は何年もの間帰っていなかったはずだ。それは心配にもなるだろう。カシワは我がことのように頷いた。
ノアが普段、どれほど寂しがっていたか。最近知り合った自分が全てを察することはできないが、母親を亡くして以来一人で牧場を回してきた彼女のことだ。
高原地帯に位置するとはいえ、ベルナ村も大自然の中に存在する集落に過ぎない。近くに龍歴院の中枢があるにしても、恐怖を抱かない日はなかっただろう。
「せめて父がいてくれたなら」。久方ぶりに戻ったという見知らぬノアの父親に向けて、カシワはうぅん、と渋面を滲ませた。

「お父さんが言うハンターって誰なんだ、ノア。誰か分かれば、そいつに会って足止めを手伝ってもらうことだって出来るだろ?」
「え、でもカシワさん、大変な狩りから戻ったばっかりだって」
「大丈夫だ、ちゃんと寝たしな。よし、そうと決まれば君のお父さんのところに行って……」

枕元を探れど、いつもの防具が見当たらない。そういえば、骸の龍の狩猟時に着ていた混合装備もいつの間にか消えている。
いつもの「没収」コースだろうか。あが、と大口を開けて棒立ちになるハンターに、娘はボックスの上に置かれたベルダー装備をそっと差し出した……。

「くそ、どいつもこいつも連携してからにっ」
「カシワさん……」
「ノア、頼むから可哀相なものを見る目はやめてくれ」

もそもそと身支度を済ませ、クリノスを待たずにマイハウスを飛び出した。刹那、後輩狩人は目の前に広がるベルナ村の光景に思わず足を止める。
祝宴の支度が、整いつつあった。色とりどりの花が飾られ、山のようなご馳走や酒樽がネコ飯屋台に並び、行き交う人々もにこにこと楽しげに笑っている。
何かお祝いごとでもあっただろうか――無意識にじり、と後ずさったカシワの両肩にノアがそっと手を押し当てた。
振り返った先で、黒髪の娘は困ったような顔で笑っている。何ごとか、そう聞き返そうとした矢先、

「おお、カシワ殿。クリノス殿はまだ休息中だろうか」
「村長!?」

歩み寄ってきたベルナ村の村長は、カシワの前で大仰に首肯した。ベルナ村の紋章が刻印された箱を差し出され、後輩狩人はうろたえる。

「村長、これは……」
「ハンター殿は、見事ディノバルドを退けた。それだけでなくあの骸龍をも……ありがとう。これは私からの贈り物だ。ぜひ、受け取って欲しい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はそんなつもりじゃ……それに俺だけじゃない、クリノスやユカだって」
「もちろんだ。彼女たちには別のものを用意させてもらっているとも」

それからこちらも、そう言われて受け取った水色のチケットには、見慣れたベルナ村の紋章が同様に印字されていた。
ノアの視線もある。おそるおそる箱を開けた後輩狩人は、中身を覗き込んで息を呑んだ。

「ハンター殿が狩猟したディノバルドの剣尾から削り出したものだ。受け取ってもらえるだろうか」

陽光に煌めく、青黒の刃。自身の顔を写しとるそれは、件の古代林で対峙したあの巨体の斬竜の素材を使った一振りのナイフだった。
鋭く、濡れたように艶めいて、揺るがない誇りと自信に満ちた尾刃の断片。カシワはふと、ポーチに同じ破片が眠っていることを思い出して後ろに手を回す。
中を探ろうとして、村長が首を横に振ったのを見て手を止めた。日頃から穏やかな視線は、慈しむような、哀れむような光に塗れている。

「ハンター殿が竜ノ墓場に赴いている間、残留していた調査隊から報告が上がった。あのディノバルドは雌であったそうだ」
「……そうか、雌か。つがいか家族なんじゃないかって、思ってたんだ」
「カシワ殿ならば気付いておられると思っておったよ。恐らく繁殖の最中に骸龍の強襲を受け、巣から出てきたのであろう。気が立っていたのもそのせいだ」

だからこそ。だからこそ、このナイフを作ったのだと村長は語った。
ハンターと狩るか狩らないかの死闘を繰り広げ、己の矜持を示し合った双方だからこその報酬なのだ、と。

「カシワ殿。我々は村の繁栄と龍歴院の研究のため、これからも調査を続けていかねばならないだろう。どうか、力を貸して欲しい」
「そうすることがあいつのためにもなるから、か。けどな、村長……それって、狩った側のエゴじゃないのか」
「うむ。モンスターには、我々が持たざる力がある。縄張りを維持してきた彼らに近寄るのは、いつの時代も人間側だ。そう捉えられるのも無理はない」

風が吹く。緑の草原がざわめき、村人たちの歓声が響き渡った。
カシワは、黒髪の向こう、ベルナ村の景色を目に焼きつけるかのように細目で見つめる。視線を受け取る村長は力強く一度頷き返した。
後ろからノアの指が防具の表層を握りしめる感覚が伝わってくる。彼女が言わんとしていることは読み取れないが、その手が震えていることだけは分かった。

「カシワ殿。どの道を選ぶかはあなた次第だ、恐らく答えはあなたにしか見つけられまい。多くを見聞し励まれよ。この村がその一助となれば私も嬉しい」
「村長。俺は……」
「ハンター殿は、ハンター殿にしかできないことをやったのだ。あなたが思い悩めば、刃を交えたディノバルドも浮かばれまいよ」

生命を手折ること。摘み取り、選別すること。得られた素材でものを作り、食事をし、拠点の繁栄を導くこと。
これまでなんの気にも留めずにしてきたことだ。ハンターになり、黒龍を目指し、初めて目の当たりにする世界の本質がそこにはあった。
なんの気にも留めずに……思い上がるな、といつの日かクリノスに釘を刺されたことを思い出す。
カシワは小さく頷き返した。「答えは己にしか見つけられない」。その通りだと、心底そう思う。あの斬竜の眼差しを思えば、立ち止まってさえいられない。

「長く生きていると、色々なことがあるものだ。ハンター殿と出会えたこと、これもまた何かの縁であろう」
「村長。俺はクリノスみたいに身軽じゃないし、ユカみたいに器用でもないんだ。それでも、」
「!? カシワさん、どうしてそんなことを言うんですか。あなたはあの日、わたしを助けてくださったじゃないですか!」
「いかんぞ、ノアよ。ハンター殿を困らせては、」
「だって、モンスターと向き合うのは怖いことなのに……それでもカシワさんは、ハンターとして頑張っているじゃないですか。名も知らぬ、誰かのために」

……いつのことだろう。前にも、似たようなことを誰かに言われたことがあった気がした。

「カシワさんたちが頑張っているから、わたしたちは安心して村で過ごせるんです。あなた方が帰ってきたとき、武器や食事を提供できる。そうですよね?」
「ノア。君は……」
「ハンターの仕事が狩ることなら、わたしたち一般人の仕事は生きること、生活することなんですよ! だから……たくましく、生きなくちゃ……」

彼女は、ノアは本当は分かっているのかもしれないとカシワは思う。彼女の実父がどんな思いで仕事に出ているのか。何故、家に帰らないのかということも。
きゅっと唇を結んだ娘の頭を、そっと撫でた。はっとして顔を上げた彼女に、後輩狩人は苦い顔で笑い返す。
答えが見つかるのは当分先だ。しかし、それまで簡単に自分の命を諦めるわけにはいかないだろう。帰りを待つ人がいる、それはどれだけ心強いことなのか。
もう自分は、黒龍に怯えて布団にくるまっているばかりの子どもではなくなってしまったのだから。

「……コホン。して、カシワ殿。食事はもう摂られただろうか」
「えっ!? あっ、これやっぱり俺たちのためのやつなのか。いや、それはまだ、なんだけどな」
「聞けば、狩りに行かれるのはしばし先とのこと。女将がはりきって山のように作ってくれたのだ。ハンター殿さえよければぜひ楽しんでいってもらいたい」
「あの、カシワさん。わたしからもお願いします。食べないと体が作れないって言いますし、うちのチーズも使わせてもらったんですよ」

家出は口実なのか、それとも……慌てて振り向いたカシワを見上げて、ノアはどこか寂しげに微笑んだ。
家を出てきた、という話はどうやら本当のことであるらしい。何故か笑顔になった村長に一言詫びて、後輩狩人はネコ飯屋台に足を向ける。
途中、斬竜のナイフは得られた破片同様、ポーチの底にしまっておいた。自負か、憐憫か。蓋を閉めたとき、胸の内に熱い焔が点されたような気がしていた。

「おや、アンタ。遅かったのニャ。せっかくだから、ノアとクリノスと一緒に食べていくといいニャ」
「え、クリノス……って、お前! いつの間に!?」
「んんっ? ああ、あんたがノアちゃんと村長とあれこれ話してる間にー」

到着した矢先、すでに屋台の席には先客がいた。インナー姿で豪快に真っ白な巨大ケーキを楽しむのは、クリノスその人である。
彼女が食しているのは、真っ白なクリームでモリモリとコーティングされた青色のゼリーと、水色に淡く着色されたカステラ生地のケーキだった。
白いチーズの海上を進む、殻を乗せた生物のシルエット。どこかで見たことがある……顔を引きつらせたカシワに、クリノスは意地悪く笑って着席を促した。

「女将さん特製、『オストガロア・ケーキ』! 早くしないと、なくなるよー?」
「おっ、オストガっ……なんてものを作るんだ、おかしいだろ!」
「おかしくないおかしくない、へーきへーき。あ、ノアちゃんも食べる? カシワの分、これ外殻のトコもらっちゃいなよ」
「それってメインのほとんどだよな、俺にはゼリーしか残んないよな!? おかしいだろ!」

キーキーやり合いながらそれぞれ席に着き、ハンターらと村の娘は食事を共にする。穏やかな日差しに美味い酒、豪勢な食事、朗らかな村人たちの談笑……
なんてことのない平和なひとときを噛みしめるように、カシワは豪快にケーキを頬張った。存外、骸龍ケーキは美味かった。






「ってわけで、ユクモに行くから。ユカも行こ!」
「おい、どんなワケだ。話が見えないぞ」

楽しいプチ宴の後。父ともう一度話し合いを試す、と話したノアが激怒しながらこちら側に戻ってきたのを見た二人は、とって返し龍歴院へと立ち寄った。
目的はもちろん、奥の部屋で書類と睨み合いを続けているというユカである。暗い部屋で羽根ペンを走らせる様は、異常の一言に尽きた。
相変わらずまともに眠れていないのか、目の下にどす黒いくまができている。女狩人に言い返す声にも、どことなく張りがないように感じられた。
これはマズい、二人ともに声に出さずに視線で応酬する。気づいているのかいないのか、騎士は反論の最中、ごく小さく嘆息した。

「療養しろって言ったのお前だろ。クリノスの実家のキャラバンがユクモ村に来てるから、ついでに寄りたいって言われたんだ」
「俺になんの関係が? お前たちだけで行けばいいだろう」
「なんでだよ。ユカだって寝ずに狩りに出てたんだから、いい加減休まないとおかしいだろ」

聞く耳持たないとはこのことだ。書類から一切目を上げず、ユカは黙々と仕事を進めている。
なかなかの頑固っぷりだ。背後の入り口付近には、騎士の身を案じているらしい龍歴院の研究員たちが様子を見に集まり始めていた。
これじゃこっちが仕事を邪魔しに来たみたいだろ、さすがにその一言は言い出せずカシワは口をもごもごさせる。

「とにかく、俺のことはいいんだよ! なあ、ユカ。お前、何をそんなに意地になってるんだ?」
「そうそう、『仕事しないと死んじゃう病』にも限度があるよねー。だいたい、ペッコだって腕怪我してるんだし」
「そうだぞ、怪我してるんならなおさら……って、怪我!? ユカが!? 大丈夫なのか、どこだよ怪我って!!」
「喧しいぞ、声が響くだろう。静かにしていろ」

突き放されるであろうことは予測ができていた。しかし、まさか負傷していようとは……後輩狩人は一人慌てふためく。
慌てすぎて、周りの机に積まれた書類の山に肘をぶつけて雪崩れを起こしてしまったほどだ。視界の端で、ユカが歯噛みしながら額を押さえたのが見えた。
一瞬だったが、骸龍か竜ノ墓場のデータをまとめたものだと読み取れた。あのうろで見た不気味な巨大白骨の絵をちらっと見出して、カシワは眉根を寄せる。
悪い、ものすごく小さな声で謝ると、いいから出ていけ、と冷たい声が返された。一方で隣のクリノスは小さく唇を尖らせている。

「その、本当に悪かった。ええと? と、とりあえず積んどけばいいか」
「ちょっと、カシワ! せめて上下左右だけでもそろえたら?」
「いや、いい。構わんから出ていけ。俺が片付ける」
「でも……」
「いいから行け。ギルドからも休むよう指示が出たが、書類程度なら問題ない。それに、俺が仕事漬けでいるのはいつものことだろう」

銀朱の髪の向こう、同色の瞳にいつしか冥い色がちらついている。カシワは面食らってぐっとたじろいだ。
オストガロアが墓場を半壊させかけたときに見た、鬼気迫る表情だった。まるでこちらの背後に、亡霊か超大型古龍を見つけたような険しい顔をしている。
帰れ、と目が叫んでいた。声を詰まらせた直後、後輩狩人の横から女狩人がさっと飛び出していく。やおら騎士の腕を取り、きびすを返した。

「おい、クリノス」
「いーじゃん。行こうよ!」
「なあ、クリノス」
「ヘタレハンターはお呼びじゃないから」
「はいすいません」

なんで俺謝ってるんだ、はたと勢いに流された謝罪から一転、顔を上げる。ユカの手を捉えたまま、クリノスはこの場から男を連れ出そうとしていた。
「このままではよくない」と、彼女も感じているのだろうか。
食事も摂らず、眠りもせず、何故、己を痛めつけるような真似をするのだろう。どうして、こちらの目を見て話してくれないのだろう。
ぱっと駆け出した後輩狩人は、途中、腕を振り払われて立ち止まった女狩人と騎士との間に挟まった。立ちふさがる壁のように、銀朱の目と向かい合う。

「クリノス、飛行船手配してきてくれ。今すぐユクモに向かいます、って」
「えっ!? わ、わたしはいいけど……」
「おい、カシワ!」
「ついでにノアも呼んでくれ、集会所の食事場にいるはずだ。あの娘、家出の準備万端らしいからこのままユクモに連れてくぞ」
「あ、そう、ノアちゃんも……って、ええ!? 家出ぇ!? あっ、そう!? もー、知らないからね!?」

あの瞬間。カシワは、クリノスが虚を突かれたような顔で固まった様を初めて見た。断られるという反応を予想していなかったのだろう。
それだけ彼女はユカを案じているのだ――騎士側の事情は知らないが、こちらに死にたがりなどと言える立場か、と苛立ちが募った。音を立てて歯噛みする。

「ユカ。お前の考えてることが俺たちに分かるわけないだろ。なんで寝ないんだよ、ずっと仕事仕事って……早死にするぞ」
「……、お前には」
「ああ、俺には関係ないよな。けどお前、俺には『死ぬな』とか『死ぬ気か』とか平気で言うだろ。なんだよそれ、人のこと全然言えないだろ」

燃えるような眼差しが黒色を睨めつけた。後輩狩人は、一人ぐっと強く拳を握る。
ディノバルド、お前さえよかったら俺に力を貸してくれ……腰のポーチに意識を傾けながら、怯みもせずに銀朱の色を見返した。

「ユカ。お前に頼みたいことがある。俺に『弓』を教えてくれないか」
「……なんだと?」
「だから、弓だよ、ガンナー武器。オストガロアとやり合ってて分かったんだ……俺はまだ、ハンターとして未熟なんだって」

力が欲しい。何ものにも負けない、何者も守り抜ける純粋な力が。ユカの立ち回りを改めて見て、その思いは強くなるばかりだった。

「狩猟をするにしたって、手段は多い方がいいだろ。俺は、獲物のことを気にして本来の目的を失いたいわけじゃないんだ」
「……よく言う。お前に、弓など使いこなせるものか」
「なんだよ、おかしいだろ。一応、カリスタ教官に一通りの基礎も習ったし……怪我が治ってから、でいいんだ。頼めないか」

ずっと考えていたことだった。
手の届かぬ先、見上げた先、あと少し自分の腕が天高くに届いたら……銀朱の騎士は、その欲を満たすだけの腕を魅せてくれていた。
どうせなら夢を見るだけでなく、その位置に一歩でも近づきたい。これから先、狩猟が困難を極めるというのなら、余計に力が必要となってくるはずなのだ。
カシワはまっすぐにユカを見る。どれくらいの時間が経ったのか、ふと騎士は常の羽根つき帽子を目深に被って嘆息した。

「お前には知識がなさ過ぎる。まずはそこから始めるぞ」
「ユカ! じゃあ……!」
「抜かせ、甘えるな。見込みがないと思ったら、すぐにでも得物を没収してギルドの資金にしてやるからな」
「うぐぉ……なんだよそれ!? 見てろよ、お前をギャフンと言わせるくらいの腕前になってやるからな!」

一方的にキーキー喚きながら、龍歴院をあとにする。建築物を出るや否や、待ちぼうけを喰らっていたクリノス、ノアらと目が合った。

「おっそい! まあ、先に手紙で『いつ行けるか分かんないから滞在期間伸ばしておいて』って送っておいたけど」
「悪い、クリノス。助かった。ノア、君は本当に大丈夫なのか」
「はい、わたしのことなら大丈夫です。チーズの在庫も持ってきましたから……ユクモ村で行商して、ついでに村の特産品を売り込んじゃいますから!」
「わぁー、ノアちゃん、意外と商魂たくましいね……」
「よし、そうと決まれば早速行くぞ! なんか色々、忘れてるような気もするけどな!!」

お前はそればかりだろうが、騎士の嫌味が炸裂する。苦笑を滲ませながら女狩人が酪農家の手を引いた。
娘の大荷物をいくつか横取りし、カシワは最後尾から飛行船へと乗り込む。ふわりと体が浮く感覚が走り、いつものように全員が無事空路に乗り入れた。
いつの間に駆けつけたのか、それぞれのオトモたちもニャイニャイと賑やかに周りを囲んでいる。楽しい旅になりそうだ、自然と口元が綻んだ。

(……ああ、そういえば。ノアのお父さんって一体どんな人だったんだろうなあ)

ふと、後輩狩人は地上を見下ろした。風と草原の彩る視界。骸龍の根城のことを思えば、奴を放置すれば恐らくこの拠点も無事では済まされない。
そんなことでは困るのだ。なんとか先手を打ち、被害が出ることだけは食い止めなければ……ふと頬を撫ぜる風に振り向けば、鮮やかな橙色が広がっている。
心から、とても綺麗な景色だと思えた。夕焼けに身を焼きながら、はやる気持ちを抑えようと拳を握る。

「カシワさん」
「……ノア。どうした?」

振り返ろうとした矢先、目の前がより赤く染まる様を見た。ふわりと柔い感触が首筋に触れ、いきなりのことに目を瞬かせる。
そっと指を伸ばしてみれば、首元に布を巻きつける娘の細指に手が触れた。風に揺れる鮮やかな布地を視界の隅に見出して、カシワはあっと声を上げる。

「ノア、これって……!」
「はい。龍歴院のものより、手作り感が強くなっちゃいましたけど」
「忙しかったよな? 悪い、ありがとうな……大事にするから」
「いえ、わたしもいい勉強になりました。こちらこそ、ありがとうございます」

白い糸で縁取りされた、橙色のスカーフだった。頼んでいたことを覚えてくれていた、その事実にたちまち頬が緩んでいく。
ニカリと子どものように笑った狩人に、酪農家も柔らかく微笑み返した。抱えていた不安も危機感も、この瞬間、不思議なくらいにあっけなく解けていく。
……飛行船は紅葉と湯けむりの村に飛び立つ。遠くの果てに、翼膜をはためかせる飛竜たちの背中が見えた。





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 UP:22/11/29