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モンスターハンター カシワの書(52)  下位編エピローグ(1)「帰還」 Side:クリノス=イタリカ

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「それ」の視線は、まっすぐに自分に向けられていた。

怪我人であるカシワは、真っ先に仮眠室兼休憩室に運び込まれていった。
慣れているのかロハンが手早く防具をむしり取り、エリザベスをはじめとした乗務員が着替えや手当てを施し、燃石炭を燃料とした暖房をつけ部屋を暖める。
追加で訪れたハンターズギルドの職員への応対はユカが行い、飛行船、ベースキャンプ周りは一気に騒がしくなった。

「んー……暇っ。リンクー?」
「はいですニャー。旦那さん、帰ったらお風呂にしますニャ?」
「うん。そうするー」

長らくハンターをやっているが、こういうときは黙っているのが一番いい。カシワが無事と分かればなおさらだ。これ以上を危惧することもない。
ワイルドチェアに腰掛け、オトモの毛並みを整え、武器の手入れをし、骸龍の特徴をメモ帳に残して時間を潰す。
一連の作業が終わり、ようやく飛行船が発着する直前。最後尾から乗り込んだクリノスは、ふとうなじのあたりがチリチリと疼いて立ち止まった。
……誰かに、見られているような気がしたからだ。
ギルドの職員は「竜ノ墓場の現状では調査準備は不十分」とみたようで、ユカを含め全員が撤退する流れとなっていた。残る者など誰一人いないはずだった。

「……うん?」

だというのに何者かの視線を感じた。振り返れど曇天、大河に、山々や懸崖、古生物の化石群、巨大菌糸類の森くらいしか見当たらない。
来たときと何も変わらない光景が広がっている。やはり気のせいか、嘆息混じりにきびすを返そうとした、その瞬間。

 ――よい手並みの「秘薬」の分も、これでお返しできました。ハンター様――

ざわっと背筋が冷えた。強風の隙間を縫うようにして、その澄んだ声は女狩人の鼓膜をしかと震わせる。
勢いよく振り向いたクリノスは、山岳の一部、遥か遠くに臨む切り立った崖の上に、ひとつの白い生き物の姿を見た。
遠目では全容が分からない。しかし、強く惹かれる、心が沸き立つこの感覚は……数年ほど前、確かに見聞きし感じたことのあるものだった。
自分はこの感覚を知っている。レアアイテムを求める以上、彼らは必ず目標に据えなければならない相手だからだ……

「……うわぁ。『言うな』ってこと? そっかぁ……」
「ニャ? 旦那さーん、忘れ物ニャ?」
「リンク。ううん、なんでもなーい」

正直に言えば、「なんとも厄介なことに巻き込まれたような気がした」。
以前邂逅したはぐれのリオレイアや、今回のオストガロアしかり。どうもモンスター運というその一点で、後輩狩人には厄介な才があるとしか思えなかった。
伝説に名を残す英雄の多くは、誰もが悪運めいたモンスター運を持っている。乱入頻度だけでなく特殊個体や古龍とのエンカウントもその一例だ。
カシワという男は妙な縁を引き連れてくる傾向がある――嫌なことに気がついちゃったなあ、と女狩人は誰にともなく嘆息した。






ガタン、と木箱が揺れて目が覚める。あたりはまだ薄暗く、外に臨む雲海も夜色に艶めいていた。月だけがぽかりと浮かんでいる。
クリノスは仮眠室の奥の簡易ベッドに視線を走らせた。装備を解除したオトモたちに囲まれた後輩狩人は、ここが天国とばかりに心地よさそうに眠っている。
数時間前まで死にかけていたとは思えない熟睡ぶりだった。低体温、打ち身、属性やられと、この短時間でよく回復したなと感心さえしてしまう。
ひとえにユカの処置とエリザベスらの手厚い看病のおかげだ。食事を摂り、眠りこけ始めた男の顔を見てようやっと安堵したのは自分だけではないだろう。

(目が覚めたら……皆に頭が上がらなくなるんだろうなあ)

カシワが怪鳥よろしくぺこぺこと頭を下げ続ける姿を想像したら、自然と笑いが漏れていた。
「気付けば大勢に囲まれている」。それは周りに好かれている証であり、英雄の素質でもあるとクリノスは思う。
そのまま慣れろ~、わたしを隠す立派な盾になれ~……ベッドに潜ったまま呪詛を飛ばした。寝起きだからか、自分もたいがい機嫌がいいと、そう思う。

「とーわーのーなーんとーかー、ンーフフー」
「……何をしてるんだ、お前は」
「ユカ。どうかした?」
「いや……」

目が冴えてしまったときに来客あり。扉を開けたのは警戒にあたっていたはずのユカだった。眉尻を下げ、どこか困った様子で棒立ちしている。

「なに? まさかレウス希少種でも出た?」
「そんなわけがあるか。それだったら俺一人でも十分だ」
「はあー、大した自信ですねえー。で? もしかして甲板から追い出された?」
「!? よく分かったな」
「そりゃ、そういう顔してるし。とりあえず入ったら?」

右手には未開封の酒瓶、左手には新しい包帯。得物は背負っておらず、ぱっと見は手当てを口実に見張りから追いやられたといったところか。
ベッドから降りてすんなりと招き入れる。決して、酒豪お勧めの酒に屈したわけではない……たぶん。

「とりあえず、持ってきた……やるだろう?」
「わー、見たことないやつ! もっちろん! あ、それより包帯変えるのが先ね。はい、腕出す」

怪我人なんだから休め、と促されていたのを無視した罰だ。カシワのこと言えないじゃんね、口には出さずクリノスはさっと男から包帯をひったくった。

「前にも思ったが、慣れているな」
「そーお? まーね、兄ちゃんから習ったからこれくらいは」
「兄? ……お前の家族は皆、ハンターだったか」
「母さんと三番目の兄ちゃんだけね。上二人と父さんは商人だよ、言ってなかったっけ」

手早く、しかし手抜きはせず。応急処置にはちょっとした自信がある。感心するユカを余所に、クリノスは鼻歌でも歌い出しそうな気分で処置を済ませた。
終わるや否や、木箱のうち一つを動かして即席のテーブルを設置する。察したユカも素直に腰を落ち着かせた。

「あっ、グラスがない。ジョッキでいっか」
「案ずるな。持ってきてある」
「おー、ナイス……って、まさかいっつも持ち歩いてんの? 働けよギルド職員」

とはいえ短期睡眠を決め込んだ狩人と職務放棄したギルド職員である。二人そろって駄目だこりゃ、などとぼやきながらひっそりと乾杯した。

「お前、飲む方なんだな」
「カシワじゃあるまいし。まああいつは弱い、ってだけなんだろーけど。味も飲むのも好きだっては言ってたよ」
「弱いなら致し方ないな」
「ユカはなんでも飲めるよねー。甘いのと辛いの、どっち派?」
「そのどちらかなら辛口だな。香りの方が気にするが」

そもそも怪我をしているなら飲むな、という話ではある。とはいえハンターとは酒と肉と聞けば落ち着きがなくなってしまう悲しい生き物なのだ。
ユカの酒はさらりとした飲み口に、喉が焼ける辛さが楽しい蒸留酒だった。濃いカラメルやハチミツのような風味に、次いで、香草に似た清涼感が後を引く。
特有の煙たい感覚はそう感じない。重厚という表現がぴったりで、好みなのだろうなあと浸りながらクリノスは空のグラスを差し向けた。

「ふーん。あ、でも食べ物でいうなら甘いものも好きだよね? ノアちゃんのチーズクッキー、丸いのばっかり食べてるし」
「……よく見ているな。あの娘は信用できないが、あれなら食ってやらんこともない」
「うわぁー、あはは。えっらそーう!」

傾けられたグラスに、ユカは惜しげもなく次を注いだ。食え、とばかりに懐から取り出した小袋も木箱の上に広げていく。
色の濃い苦みが際立つチョコレート数粒と、クック豆やロックラックルミなどをまとめてローストしたつまみだった。音と食感、軽やかな風味が心地いい。

「オストガロアだが」
「んぐっ。ちょっと! なに、いきなりっ」
「カシワが寝ているからこそ、だろう。お前も予想はついているだろうが」

気持ちのいいところを一瞬で現実に引き戻すあたり、この男は天災もとい天才ではないのか。女狩人は分かりやすく耳を塞ぐ。

「うわっやだ、聞きたくないー。お酒は楽しくやるもんでしょー」
「そう言うな。……あれは恐らく、上位直前の熟した個体だ。今回はぎりぎりでカシワが撃退したが、奴は必ず戻ってくるだろう」
「ああ、どうりで手応え鈍いわけだ。って、わたしだって上位の素材も欲しいけど、そんなにすぐ戻ってこれるもの?」
「ねぐらに、執着しているようだったからな。自ら破壊した今、カシワへの恨みもあるだろう。再建も兼ねて、また多くを急ぎ捕食するだろうな」

断ろうが結局話すんじゃん、目で訴えながらウイスキーをちびちびやる。ユカはそれについては文句を言わなかった。
追加で出された氷をコロリとグラスに入れ、三杯目を注いでもらう。とろりと溶けていく琥珀色が、月明かりを反射して細やかに煌めいた。
ユカの銀朱の眼差しが夜に紛れ、酒気も相まって酷く遠くに在るように見える。グラスに口をつけながら、クリノスは低く聞き心地のいい声に耳を澄ませた。

「それで? ユカはどう思ってるの」
「俺としては、今回の撃退に関わったお前たちに再依頼が来るのではないかと踏んでいる。俺がついていられるかは分からんがな」
「ああ、ギルドナイト様におかれましては大変お忙しいことで、ごくろーりゅー……ご苦労様でーす」
「おい、獄狼竜はやめておけ。……そうじゃない。そのときに俺が生きていられるとは限らんだろう」

ユカの手元で氷が揺れる。酒の色を写しとり、銀朱の目が金属質に艶めいた。

「クリノス。もし俺に何かあっても、お前たちは前に進め。俺はろくな死に方をしないだろうからな」

神妙な顔に、より低くなった声。騎士が何を言っているのか分からず、双剣使いは一度首を傾げた。
理解した途端、アルコールなのか怒りなのかよく分からない熱がカッと喉奥から沸いてくる。さほど怒声は出てこない。
人間、怒りすぎると逆に冷静になれるのだなあ、と妙なところで達観している自分がいた。

「は? バカなの? あ、バカなんだ。ふーんそっかバカなんだ、バカだから仕方ないかばーかばーか」
「おい、バカ連呼はやめろ」
「あんたが変なこと言うからでしょ。ついさっき腕怪我したくせに何言ってんの? それで死ぬかもー、なんて言われたって説得力なさすぎるんだけど」

ぺしん、と左腕を叩いてやる。痛みが残っているのか、ユカはわずかに顔を歪めた。
普段はあまり目にすることのできない貴重な表情だと思う。不快さと面白さがないまぜになって、何度も何度も同じ部位を叩いてやった。

「わたしにバカバカ言われたくなかったら踏ん張りなよ。なに弱気になってんの? それとも死ぬのが惜しくなったとか?」
「……」
「え、図星? ……な、なんで?」
「……お前には……いや、それよりいい加減飲みすぎだぞ。そのへんにしておけ」
「えー、やだぁー。もうちょっとだけ! ねっ?」
「このっ……一杯だけだぞ」
「やったー! うーん、ユカ様々!!」
「分かった、分かったから静かにしろ。カシワが起きるだろう……拗ねられるぞ」

はぐらかされた、と思わないでもない。
四度目の味わいの向こう、グラス越しに見た銀朱の騎士の顔はどこか切なげに歪んでいる。酒を通して、自分ではない誰かを見つめているかのようだった。
……このとき、クリノスはユカが言わんとしたことを理解していなかった。
彼が自分に何を思い、何を見出してこの場にいるのか。それが分かるのは、もう少し先のことになる。






「うーん、着いたーっ。ベルナ村ーっ!」

清涼な風が吹き抜ける。眼下、龍歴院の化石製建築と、その先に緑の草原が目に鮮やかな拠点が見えた。
乗組員たちの努力の甲斐あってか、予定より早くの帰還となる。久しぶりの明るい日差しと爽やかな匂いに、心は浮き立つばかりだった。

「クリノスサーン。荷物降ろしたりするから、カシワサンと先にギルドマネージャーに顔出しに行ったらいいよー」
「ロハン。分かったー……あれっ、ユカは?」
「龍歴院に書類出さなきゃいけないからって、今朝からチャイロサンと食事場に籠もりっきりだよー。置いてっていいんじゃなーい?」

功労者だというのに散々な言われようである。一昨日の夜のことを思い出し、クリノスは小さく唇を尖らせた。
あの男が何を考えているのか、さっぱり見当もつかない。オストガロアの件は口実で、実は別の用事があったように感じられたからだ。
それがなんなのか分からないところがまた気に入らない。言いたいことがあるなら言わなきゃ分かんないじゃんね、と脳内で毒づきながら相棒を迎えに走る。

「カシワ、起きてる?」
「クリノス。あー、おはよう?」

意外にも、後輩狩人は自分で装備を着込んでいる最中だった。とはいえ、上はインナーだけという気楽な格好だ。
モンスターから受けたと思わしき爪痕や裂傷の跡が生々しい。男の勲章だねー、からかってやれば、避けれてないってことだろ、と不機嫌な声が返される。
気にしてるんだな、と変に感心してしまった。自尊か嫉妬かは知らないが、向上心があるのはいいことだ。命知らずであるよりずっといい。
狩りには大胆さが必要不可欠だが、慎重さもまた重要なのだ――女狩人はにんまりと口元に弧を描く。

「まあ、最初だし。そのうち避けられるようになるよ」
「そう言って、もう温暖期だぞ?」
「わたしだって最初から捌けたわけじゃないし。なんならユカだって……」

ユカ。ことごとく腹の立つ男だ。
思わず舌打つと、カシワがビビったように肩を跳ねさせた。その反応で、なんとなく、少しだけ溜飲が下がったような気がした。

「そうそう、ユカはオシゴトだって! とりあえずギルカ更新に行かない?」
「? そうか、ギルドマネージャーのところだよな、って……いてて……くそ、不便だな。活力剤でも飲んだらいいのか」
「そんなんで治ってたら医者いらないでしょ。効果、なくはないだろうから試しに飲んでみたら?」
「うぐぉ……あっ、そうだ! その、悪い。お前にもらった秘薬、なんだけどな」
「あー、あれ? 誰かにやったんでしょ? いいけどさー、倍返しにするっていう約束は忘れないでよね」
「なっ、なんで知ってるんだ!? 俺、秘薬のことお前に話したか……?」

……どう説明してやろうか、とクリノスは片眉をつり上げる。とはいえ、自分の推論もあくまで推論でしかない。
「あんた古龍に貸し作ったでしょ」。自分でもどうかと思う仮定だった。モンスターが人間に手を貸す、絆されるなど、そんな話は今まで聞いたことがない。
何より、適当なことを話してこの狩人が鵜呑みにでもしたら……クリノスはだんまりを決め込むことにした。

「だいたい、あんたにキリンとか言っても通じるかどうか……」
「うん? なんか言ったか」
「ううん、なんでもなーい。っと、ほら、ゆっくりね」

甲板から降り、龍歴院前庭園の中央に足を向ける。鼻をくすぐる若草の匂いや、穏やかな天候が心地いい。迎えた龍歴院院長は、常のように大きく頷いた。

「おめでとう、お若いの。見事、オストガロアを撃退してくれたそうだね」
「院長。……あの古龍のことなんだが」
「ああ、アンタの見立て通りさ。これで終わり、とはならないだろうね」
「調査隊、また派遣するの? 撃退なんだし、いつ戻ってくるかも分かんないよね?」
「ああ、アタシも同意見さ。あの場所は……少々キナくさいよ。かといって、ギルドから要請があっちゃウチも否とは言えないからね」

院長は苦い顔で吐き捨てる。空路が回復したとしても、被害が出た上に足取りの捕捉にも遅れたからには素直に喜べない、と。珍しい苦悶の表情だった。
同じことを考えていたのか、後輩狩人と不意に目が合う。クリノスたちは小さく頷き合った。

「それでも俺たちが帰ってこられたのは龍歴院やギルド、村の皆のおかげだ。俺一人じゃ、どうにも出来なかっただろうから」
「お若いの。そうは言うが、アンタも怪我をしたっていうじゃないか」
「うぐっ。そ、それは……」
「ああ、もっと言ってやって、マネージャー。こいつ、全然反省してないから」
「く、クリノス! お前なあ!」

キーキーやり合っている最中、一度預けるよう言われたギルドカードが手渡しで返される。材質が輝竜石製のものからジャンボカイト製に変わっていた。
広大な大地を彷彿とさせる茶色を見て満足感が募っていく。一方で、隣のカシワはくるくるとカードを回して首を傾げていた。

「なあ、クリノス」
「院長、ありがとー!! あー、やぁっと上位だよー。長かったなー!」
「なっ、なんだよ、俺の話聞けよ!」
「えー。なんかバカっぽいこと言われそうだから、やだ」
「なんでだよ、おかしいだろ!」

ふっふ、とギルドマネージャーが噴き出している。「仲が良い」と揶揄されているようで、クリノスはむずがゆさに身を縮こまらせた。

「昇進おめでとう、お若いの。アンタたちは今日から上位ハンターだ。上位のクエストは今までとは段違いの難易度だよ、気をおつけ」
「……えっ? どっ、どういうことだ? それ、どこに書いてあるんだ!?」
「うわぁ、言うと思った! ……ほら、ハンターランク『四』って書いてあるでしょ。四以上は上位ってこと」
「うおっ、本当だ! へえ……なんか、実感沸かないな」

こいつ張り倒してやろうか、ニコリとわざとらしく笑いかけて、女狩人は院長への挨拶もそこそこに後輩狩人を引きずって集会所を後にする。
昇進自体は嬉しいが、怪我をしている以上乱入モンスターまで絡んでくる上位クエストなどとても受けさせられない。

(カシワの性格だと、わたしがソロで行こうとしても着いてきそうだし)

最も、この男の場合「勝手が分からないから教えろ」というよりも「仲間を一人で行かせられない」という義憤に駆られてのことの方が多い印象だった。
根っからのお人好しだと、そう思う。それでいて当人は頼まれれば一人であろうと迷わずクエストを受けるのだからたちが悪い。
上位、それも各地から依頼が集まる特殊な機関。悪癖は早いうちに直してやらなければ、とクリノスは鼻で嘆息した。

「なあ、クリノス。お前、ずっと上位に上がりたかったんだろ? クエスト受けに行かないのか」
「いやいやいや、わたしたち今帰ってきたばっかでしょ。武具の手入れは? あと休息っ、それにあんたは怪我だってしてるのに。今すぐなんて、無ー理ー」
「それは……そうかもしれないけどな、でも」
「でもも何もなーい! あっ、ルームサービスちゃん、ただいまーっ。変わったこととかなかった?」
「ニャニャ! クリノスの旦ニャ様、カシワの旦ニャ様、お帰りなさいませですニャ! クリノスの旦ニャ様にお手紙を預かっておりますニャー」

祝いの席も何のその。マイハウスに一目散に駆け込み、後輩狩人を中へと押し込んだ。そうでもしなければ、療養などとてもできないと踏んだからだ。
困惑顔のカシワを放置して、クリノスはさっさと愛らしさ全開のアイルーから手紙を受け取り中身に目を通す。
見慣れた文字に、見知った文言。親しみ深い内容に、女狩人ははっとして声を詰まらせた。何ごとかと驚いた後輩狩人が身を乗り出してくる。

「クリノス? どうしたんだ」
「……ん? や、ちょっとねー。しばらくぶりの手紙だったから」
「な、なんだよ。悪い内容だったのか」
「や、違うよ。わたしの家族……前に話したでしょ、隊商なんだけどさ。今、ユクモ村に来てるんだって!」

過剰に案じてくる一人とオトモたちに、クリノスは笑いながら家族のことを話してみせた。
実家そのものは大都市に存在し、未だ現役の祖父がそこで大きな取引を担っているが、実父を筆頭としたキャラバンは世界各地を転々としていること。
父母の出会いもまたこの隊商の仕入れ活動の最中のことであり、クリノス自身もキャラバン内の施設で生まれ育った経緯があること。
定住せず、拠点に寄ることも少なく、護衛といえば実母と三男、もしくは流れのハンターが中心となる少数精鋭であり、他に比べて自由度が高いこと。
商材は狩猟道具から現地調達したモンスターの素材と様々で、商家として名は知られてきているものの「変わり者一家」と評されることも多かったこと……

「ニャー。旦那さん、キャラバン出身だったんですニャ。ボクと一緒ですニャ!」
「リンクもはるばるお仕事に出てきたんだもんねー。一緒だね」
「そうか、会おうって思ってもそれだとなかなか会えないよな。寂しいよな……」
「ちょっと、子どもじゃないんだから! うーん、でももう数年は帰ってないからね。背も伸びたし、なんか、驚かせたいかも」

思い返せば、母はともかく父と三兄はとにかく過保護だった。しばらくぶりに会おうものなら号泣されるかもしれない。

「あー、ユクモっていったら観光か。それとも商売なのか。材木とか、竹とか鋼とか……」
「ん? たぶん、商いだと思うよ。なに、あんた結構詳しいね?」
「あー……俺の実家、そっち方面なんだ。モンスターに出くわすことはなかったから、そっちは詳しくないんだけどな」

初耳だ、とクリノスは目を瞬かせる。何故かカシワは居心地悪そうにうなじのあたりを掻いて顔を背けた。
推測してみる。「伝説の龍」を追って出てきたくらいなのだから、目的を果たすまで彼は故郷に戻りにくいのかもしれない……。
ふーん、と適当に流して手早く自分の装備を外した。防具の郵送をルームサービスに頼み、後輩狩人に座るように促して、女狩人は我先にとベッドに寝転ぶ。
今の話が本当なら長居は出来ないかもしれない。専用瓶に詰めた骸龍の粘液を手元で眺め、だらだらしながらふと思いつきを口にする。

「ねえ、あんたもユクモに行かない?」
「え?」
「だから、ユクモ村! わたし、ずっと帰ってないからさ。今回は母さんたちも遠征から帰ってきてるらしいし、狩りのこと教えてもらえるかもよ?」

母と兄は優秀なハンターだった。特に母は、今の自分たちと同じように「ペア狩り」で何度も古龍を退けた有名人枠に入っているという。
初耳だ、と先の自分と同じようにカシワは目を瞬かせた。彼は「着いてくる」と言うだろう――特に、オストガロアに何らかの苦い感情を覚えたというのなら。
超大型古龍種にはそれだけの力がある。経験談でもあるが、それ以前にカシワが斬竜に対して強い感情を見せているのが何よりの証拠だ。
自分の現状に満足できるわけがない。守るべき何かを、心から手に入れたいものがあるのなら……その狩人は、どこまでも高みを目指すことができるのだ。

「ついでにユカも連れていこうかなって思って。あいつも仕事しすぎだし、たまには休ませてやらないと」
「あー、それはいいけどな。俺たちが言って、あいつ聞くかな?」
「聞かなくっても、やーるーのー。……怪我してるくせに、あんなこと言うから……」
「クリノス? なにか言ったか」
「……ううん。なんでもなーい」

「上位に上がった」。これから先、自分たちの狩猟の流れは求めるまま、求められるがままに変容していくことだろう。
そのためにも、今のうちに意識改革が必要だ。胸をさすりながら寝具に大の字に寝転んだカシワを横目に、クリノスは一人誰にも気取られないよう首肯した。





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 UP:22/11/22