・取扱説明書 ▼「読み物」 イラスト展示場 小話と生態 トップ頁 サイト入口 ![]() |
||
モンスターハンター カシワの書(54) 下位編エピローグ(3)「連鎖」 Side:ユカ=リュデル BACK / TOP / NEXT |
||
艶やかな赤色の塗料と飾り布、紺色の瓦屋根。こじんまりとした立地に建ち並ぶ、東洋文化の色濃い建築物。 ほわんと漂う蒸気に意識を持っていかれたら、そこはもう紅葉と湯けむりの拠点、ユクモ村だ。 「わぁ……凄いですね!」 「うおっ、本当だ。なんか、いつもより賑やかだな……?」 「季節の変わり目だからねー。素材レートやモンスターの動向が変化し始めたんだよ。商人は腕の見せ所、ってこと!」 散りゆく紅葉を指で摘まみ、後輩狩人がノアを連れて先に行く。女狩人の解説に興味があるのかないのか、その足取りは田舎者根性丸出しでふらついていた。 そのあとを当然と言わんばかりにアルフォート、クリノスらが続く。呼べど叱れど、カシワが止まることはなかった。 ユカは、最後尾から飛行船乗り場をあとにする。常に比べて山間の気温はわずかに高く、湯治場の賑わいも人々の活気も開放的だ。 鼻をくすぐるのは温泉の香。隣を駆けていく子供たちは、頭にお面、衣は浴衣、腰にはハンターの武器を模した玩具と、心から季節の移ろいを満喫していた。 「ユーカ! こっちこっち!」 彼らに紛れるようにして、人ごみの中心からクリノスが声を張り上げる。大げさなほどに手を振られ、銀朱の騎士は鈍い足取りで彼女の元へ向かった。 賑わい、喧噪、楽しげな笑い声。店の軒先や街灯の下など、あちこちにてろんと吊り下げられた提灯はユクモ馴染みの赤色染めだ。 自分の髪色をわざとらしく照らすその赤を、すれ違いざまユカは眩しいものを見る目で一瞥した。 「カシワは?」 「さあ。ノアちゃんとデートでもしてんじゃない?」 「デート……ほお、怪我人がいいご身分だな」 「いやいやいや、せっかくのお祭りだし。どーせならユカも楽しんじゃえばいいのに!」 「楽しむ? 俺が? ……祭りの楽しみ方なんぞ俺は知らんぞ」 「えっ、じゃあ今までどうやって遊んでたの」 「物心つく頃には働いていたからな。ああ、それならモンスター相手に遊んでいたことになるな」 故郷はモンスターの大移動に巻き込まれて壊滅し、その際に両親は亡くなっている。ポッケ村に移り住んで以降は雑踏も祭りばやしも縁遠かった。 立ち止まった騎士の顔を、クリノスは物言いたげかつ珍獣を見るような視線で見上げてくる。なんだ、言葉短く問えば、別に、と常の淡白な返事が返された。 「ふーん、そっか。ねえ、ギルドからはしばらく休むように言われたんだよね? 一緒に祭り、見に行かない?」 「何故そうなる」 「なんでって……見たことないんでしょ? たまには羽根伸ばさないと」 おもむろに手を掴まれ、引かれるまま人混みを遡る。慣れているのか、女狩人の足取りに迷いはなかった。 温暖期の入り……渓谷に囲まれ、山々の中にひっそりと位置するこの村は、年を通して涼しく過ごしやすい気候に恵まれている。 遠く、耳を澄ませば川の流れる音。湯気の中に夏特有の湿気が混ざり、紅葉もより鮮やかに燃えていた。その中ではクリノスの天色さえ僅かに赤く色づく。 背後から空いた手でその色に触れようとして、刹那、左腕に走った違和感にユカは顔をしかめた。 「ん? どうかした?」 「いや……」 「そう? あっ、見えてきた。あれが父さんがやってるキャラバンのテントだよ!」 気配で察したのか、ぱっと振り向いた彼女と目が合う。全幅の信頼とでもいえるようなまっすぐな眼差しに、男は不純な思いを悟られないよう口を閉ざした。 ……それは、複数の大型テントを金具やロープで繋ぎ合わせた移動式の住居だった。目的ごとに使い分けているのか、一つ一つ素材が異なっている。 雄火竜の翼膜、垂皮竜の上皮、竹に籐……見慣れない薄水色の皮膜や、ピンと張った上物の水竜の翼膜なども見かけられた。 中では商材の加工や仕分けが進められているようで、天幕越しに話し声や、人影がちらちらと忙しなく行き交う様子がうっすらと透けて見える。 「……見事だな」 「この位置から見えてるの!? 視力、よすぎっ」 「キャラバンと聞いていたから、ここまで規模が大きいとは思っていなかったが」 祭りそのものに浮き足だつ中でも、人の流れの一部は必ずテント群の前で立ち止まる。それほど魅力的な商材があるということだろう。 テントの外には組み立て式の家具が置かれ、従業員と思わしき何人かが接客に勤しんでいた。中でも見目のいい若者二人が中心となり商いを盛り上げている。 「……へえ! じゃああんたが――」 「あっ、母さんだ。それにカシワも……って、なんでカシワ? まあいっか、おーい!」 横からクリノスがぱっと駆け出していった。キャラバンの様子を眺めていたユカは、そこではたと我に返る。 女狩人と似た髪色の女が一人、若者たちを見張るような位置を陣取っていた。彼女の前にはカシワの後ろ姿もあり、二人は何ごとかを真剣に話し込んでいる。 何故か雲羊鹿飼いの姿は見えない。後輩狩人の手に荷物がないことから、途中で別れたのだということだけは分かった。 「母さーん、ただいまっ!」 「おっ、クリノスー。久しぶり、元気してた? 飯は食べてる?」 「うん、してたし食べてるよ。父さんは?」 「中にいるよ。会ってきたら? きっと喜ぶよー」 「えっ、この人がお前のお母さん……って、おい! どこ行くんだよクリノス!?」 置いてけぼりを喰らったカシワが助けを乞う視線を送ってくる。相手が相手だ、騎士は小さく頭を振った。 「カシワ、どうした」 「どうしたも何も……この人、俺が『どんなハンターか』知ってるって言って聞かないんだよ」 「見たままじゃないのか。装備や立ち姿ひとつで分かることもあるんだぞ」 「……いやあ? それだけ、じゃないけどねー?」 いつの間にか、二人の男の間に挟まるようにしてにんまりと笑う女の姿が目に映る。 その笑い方がまさにクリノスによく似ていて、男たちはそれぞれ顔を引きつらせたり眉間に皺を刻んだりした。 密度の高い筋肉、しなやかな体つき、背に担ぐ二振りの小剣。一目で歴戦のハンターと分かる、手入れされ尽くした装備と佇まい。ユカは僅かに舌打った。 「『古龍還し』の片割れだな。まだ存命だったとは」 「えー、狩猟報告書はちゃんと上げてるのに? あはは、辛辣!」 「ゆ、ユカ? 知り合いなのか」 「知り合いっていうか……ああ、あんた『本物』の騎士さんだね。その装備ホンモノでしょ。ふーん、なに、お仕事でもしに来た?」 女を挟んだ横でカシワがうろたえている。こいつはギルドナイトの本業を知らんからな、ぐっと騎士が口を真一文字に結ぶと同時、 「――ユカ? 何してんの、入らないの?」 ひょい、とテントから女狩人が顔を出した。のこのこと出てきたと思ったら、先に後輩狩人の背中を押して天幕の中へと押し入れる。 中からは絶えず小麦とミルクがふっくらと焼ける匂いがしていた。朗らかな第三者の声が鼓膜を揺すり、その主がキャラバンの長であることを推測させる。 「ユカも食べていくでしょ? 父さんのパンケーキ、美味しいんだよ!」 「……お前、急に元気に……いや、この人と少し話がある。すぐに行くから先に食べていろ」 「ほんとにー? ちゃんと来てよ、仕事なんか行ったらダメだからね!」 「分かった、分かった」 クリノスが引き返すや否や、絶品のケーキとやらにありついたらしいカシワの歓声が中から上がった。 ある意味療養と言えば療養か。不明瞭な言葉の端々から、いつものように大口にパンパンに詰め込んでいる後輩狩人の顔を想像してユカは閉口する。 隣から、ふ、と空気が漏れる音がした。「古龍還し」の女ハンターだ。切れ長の挑発的な眼差しが喜色と好奇心で輝いている。 「ふーん。クリノスがイオン以外に懐いてんの、初めて見た」 完全に、獲物に狙いを定める捕食者の目だった。 「イオンとは」 「ん? ああ、わたしの三番目……っていうか、クリノスの上の兄ね。名を知られてないなんて、あの子もまだまだだねー」 「……そうか」 「ほーん? あはっ、なに、気になる? おにーさん、結構嫉妬深い方?」 呑まれるわけにはいかないと分かっている。しかし、脳と頬は正直に一瞬で熱を持った。見下ろした先で、女は先と同じように不敵に笑んでいる。 切れ長の眼に収まるのは雌火竜と同じ金色の瞳だ。双剣使いの瞳は父親譲りらしいと、初めて知った。 「へーえ、あの娘がねえ。そうか、こういうのが好みだったかー」 「……なんの話をしているのか俺には、」 「それ本気で言ってる? 分かりやすいでしょ、あの娘。さんざんうちのバカどもが虫除けに徹してたから、男に免疫ないんだよねー」 「ぐうっ。めん、えきとは」 メリメリと左腕を握り込まれる。みしり、と骨が鳴ったところで、まだ軽傷の方かな、と古龍還しは呟いた。 「あの娘は手強いよー、鈍いからね。回りくどいやり方だと絶対落とせないから、頑張りな?」 「……俺には、その気は」 「またまた! 気とかなんとか言ってる時点で気にしてますって自白してるようなもんでしょ! おにーさん、嘘下手だねー」 あっさりと左腕は解放され、同時に何故かショックを受けた自分にショックを受け、ユカはその場でよろめいた。 鈍痛が肘の下に残り、嫌な汗が頬を伝う。ぎっと強気で睨めつけるも、女は全く堪えていない様子でぱちりと瞬きを一つするだけだった。 「そんなことローランか……ギルドの上司、にしか言われたことがない」 「そうなの? あんた、結構顔に出るみたいだけど」 「……!」 「あはは! ほら、そういうとこっ!」 こんなベテランに敵うわけもないか――ユカは顔を逸らしてごく小さく嘆息する。 「古龍還しのオルキス」。若くから頭角を現した双剣使いで、よくいえば豪胆、悪くいえば大雑把な女狩人。その剣捌きはギルドの騎士に匹敵するという。 砦に到達した老山龍や火山に出現した炎王龍など、名だたる古龍を相棒と共に多く撃退し、ついた二つ名は「古龍還し」とされた。 数十年前に突如としてパーティを解散。そのまま一線を退くかと思われたが、豪商の元に嫁ぎ、護衛ハンターとして気ままに暮らしていると「聞いている」。 「……あんたの相棒のことは、とんと聞かない。今は何を?」 「『スギ』のこと? さあ、最後の手紙をもらったのはずいぶん前のことだし。でも、今でも元気にしてるんじゃない?」 そこまで話して、オルキスはくつくつと笑った。事情が分からないユカは小さく眉間に皺を刻んで返す。 「いやあ、どう縁が繋がるか分からないねー。あんたも、知らないところで覚えのない繋がりができてるかもしれないよ?」 「不穏なことを言わないでくれ。……俺には、俺の事情がある」 「そう? でもクリノスを落としたいならハッキリ言わないと通じないと思うよ。鈍いからね、気がついたときには他に盗られてるかもしれないし」 そんなことはさせん、ぽつりと口内でのみぼやくも、金瞳はにまにまと意地悪くこちらを見上げていた。 あまりの居心地の悪さに身をよじり、騎士はぱっと踏み出してテントの中に滑り込む。幸か不幸か、あるいは興味を失ったか。古龍還しは追ってこなかった。 「おっ、ユカ! ほへ、ほぅふいぃほ!」 「カシワ、お前は食うか喋るかどちらかにしろ。クリノス、」 「ユカ、こっちこっち! もう、早くしないと冷めちゃうよ。はいっ、クリームマシマシ!」 踏み込んだ瞬間、ふかりとした敷物の感触に驚かされる。ケルビかガウシカと思わしき草食種の毛織物だ。 内部は思ったより広かった。中央に長テーブルが置かれ、その周りに切り株を切り出しただけの簡素なイスが置かれている。 手を引かれるまま女狩人の横に腰掛けると、ふっくら焼けたパンケーキが前に差し出され、何故かモリモリとクリームが足されていった。 刹那、鋭い視線を感じてユカは顔を上げる。温厚そうな人好きのする笑みの――今は冥い思考剥き出しの笑みだ――男が一人、こちらの様子を観察していた。 「へえ~。ずいぶんと娘と仲がいいみたいだね? 初めまして、クリノスの父でトゥリパだよ。ヨロシクネッ?」 「……どうも。なるほど、『虫除け』か」 「えっ、なにっ、虫!? どこだよ、追い出すか捕まえるかしないとだろ!」 「ああ、比喩だよ、カシワくん。クリノス、じゃあこの人が?」 「え? ……うん……ユカ」 ぽつりと呟くクリノスの表情はいつもより幼く見える。愛らしく見える顔であるとともに、故郷に帰れたからくつろげているのだな、と自然と頬が緩んだ。 そんなユカの耳に、みしりと何かが軋む音が飛び込む。見れば、トゥリパの握る銀カトラリーが不自然に歪んでいた。 「そっかそっかあ~。へえ~、ユカくん。君、ずいぶんと娘と仲がいいみたいだね?」 「トゥリパさん? それ、さっきも言って……」 「うん、カシワくんは黙ってようね?」 「ええ、なんっ……ふぐぉ」 パンケーキを口に押し込められ、後輩狩人はあっけなく敗退。向かいに座る義父……もといクリノスの実父を、ユカは残念なものを見る目で見守る。 「クリノス。ユカくんは仕事が忙しい立場の人みたいだから、これ食べたら帰ってもらおうねっ?」 「えっ? ……やだ。だって、怪我してるのに」 「ヒッ! ……で、でもね、クリノス。怪我してるならなおさら永み……安眠できるところに帰ってもらった方が、」 「え? だって、さっき一緒に祭り見に行くって約束したし。それに仕事はいつもしてるんだから、治るまで無理しないように見張ってなきゃいけないし」 「そっ、そそそそれはいわゆるデェトってやつなんじゃないのっ!? お父さん許しませんよ!?」 「ええ? 父さん、さっきからなんの話? あっ、ほらユカ。冷めるってば」 会話の流れを耳で楽しみつつ目で分析している最中、父の気も知らないで女狩人は騎士のケーキを自ら一口サイズに切り分け始めた。 さぞかし娘を猫かわいがりしてきたのだろう。トゥリパはイスに腰を下ろしたまま上半身をのけぞらせ、「ガハアッ」とわざとらしく気合いの悲鳴を上げた。 嚥下を果たした後輩狩人が介抱にあたる。その間、クリノスはやはり父の気も知らずにわざわざフォークにケーキを刺し、ユカの眼前に近づけていた。 「これは……」 「ほら、早く! 落ちちゃうでしょ」 「……俺は試されているのか、なんなのだろうな」 これを無意識にやっているのだから、確かに彼女は鈍いのだろう。身を乗り出して口内に含んでみるも、緊張と羞恥で味などよく分からなかった。 美味しい、と期待に目を輝かせながら聞いてくるクリノスに、ああ、とユカは生返事を返すことしかできない。 「でしょ? はい、次!」 「おい、もう自分で……」 「腕、怪我してるんでしょ? 無理しないの!」 動かす分には差し支えないんだが、そう言いかけるもぴしゃりと言い返されては口ごもるより他にない。 もそもそと口だけを動かす銀朱の騎士を、女狩人は満足げな顔で見守っている。さも、父さんのお菓子最高でしょ、と言いたげな表情だった。 とはいえ、クリノスが自身の皿に意識を戻して以降はユカもゆっくりとパンケーキに向き合うことができるようになった。 ユクモ産のハチミツやポッケ村のポポミルク製のバターをたっぷり使用したケーキは、ふわふわして、口の中でしゅわっと溶ける夢のような食べ心地だった。 「はあ……君、幸せそうに食べるねえ……」 「父さん、ユカがどうかした?」 「ううん、なんでもないよ。ねえ、クリノス、カシワくん。悪いんだけど露天でハチミツ追加で買ってきてくれないかな。おつりはお駄賃にするからさ」 「俺たちが? 俺は別に、クリノスもいいよな?」 「うーん、ユカは……うん、分かった。行ってくるね。すぐ戻るから!」 目の前で交わされる、いかにもな応酬。クリノスの父が人払いをしようとしているのは明らかだ。ユカは食べる手をぴたりと止める。 ボールに残されたクリームをヘラでかき集め、自分と客人の皿それぞれに最後の足掻きとばかりに追加した後、トゥリパは大きく息を吐いて頭上を仰いだ。 彼は、元はドンドルマ常住の豪商の跡取りのはずだ。何を思ってあの古龍還しと共にいるのか、そう思考が緩く傾きかけた、その瞬間。 「ユカくん。君、人を殺したことがあるでしょう」 騎士は、ほとんど反射で手刀による喉の刺突を狙っていた。 うわあ、と悲鳴とともに相手がイスから転がり落ちて、初めて彼に「意図」や「覚悟」がなかったことを知る。 「トゥリッ……!」 「いったたあ……怖いなあ、さすが本職の人は違うねえ」 意外にも、男はすんなりと自ら起き上がった。押し倒されてからの受け身には自信があるからね、と謎の自慢まで返される。 面食らったまま、ユカはトゥリパが席に座り直す様を刺殺に臨んだ姿勢で見守ることしかできない。座るように促され、ようやくそこで我に返る。 取り乱した――脂汗が背を伝い、騎士は沈黙する。仕事がら慣れているはず、否、慣れなければならないことを面と向かって指摘され、容易く動揺したのだ。 こんなことはらしくない、口にする代わりにぎしりと強く歯噛みすると、癖になるから奥歯を噛むのはやめなさい、と制止の声がかけられた。 「うん、ユカくん。君は努力家なんだろうね。君にならクリノスを……いや、カシワくんのことも任せられるかもしれない」 「……それは、どういう」 「あっ、違うよ!? お嫁さんにしてもイイヨーってことではないからね!? そうじゃなくて」 ……少しだけ残念だと感じた自分がいたことに、ユカは内心で驚いた。商人は小さく苦笑する。 「僕はさ、オルキスさんやその相棒さんと付き合いが長かったからハンターの腕前をある程度見分けられるんだ。クリノスもカシワくんもいい狩人になるよ」 「それは親の贔屓目に見て、ではなく?」 「もちろん。二人ともいい目をしてる……クリノスなんかオルキスさんそっくりだもん。それにユカくん、君もね」 「俺が、ですか」 「あ、目上認定してくれたかな? 敬語になったね。……君の本業は君たちにしか出来ない仕事だからね。商人としても頼りにしているよ」 後輩狩人が否定し続ける、ギルド直属のハンター集団の仕事。それは真に、モンスターとの共存を図るハンターとしての専門職ともいえると騎士は思う。 ぐっと拳を握った。もし、自分の本当の仕事を知った日には……カシワは果たして、これまでのように自分に面と向き合ってくれるだろうか。 トゥリパに言い当てられた時点で動揺するくらいなのだから、後ろ暗い思いを抱えているのは案外自分の方であるのかもしれない。新たな発見だと思い至る。 「ユカくん。クリノスはさ、一度こうだと決めたら絶対に曲げない娘なんだよ。そういうとこだけ僕に似ちゃってねえ」 「目つきも……瞳の色も、よく似ていますしね」 「分かる!? 僕の自慢だし嬉しかったなあ……ねえ、君の仕事や過去が他人に言えないようなものであったとしても、あの娘は何も変わらないと思うんだ」 「変わらない、とは? そんなことが本当に、」 「そう、実際に目の当たりにしたらどうなるかは僕にも分からない。でもね、ユカくん。クリノスにはクリノスなりに苦しんだこともあったんだよ」 紅茶を注ぎ足され、素直に礼を告げる。金髪の商人は、にこりと穏やかに優しく笑った。 「あの娘があんなに仲間や狩猟に素っ気ないのは、僕のせいでもあるんだ。正確には、僕とこのキャラバンだね」 「どういうことです」 「聞いたことないかな? 前に、イタリカ商会が王家に献上品を納めに行ったときに……護衛のほとんども含めた損害を出したことがあるって」 当時は君も若かっただろうから覚えてないかもしれないけどね、角砂糖をとかしながらトゥリパはそっと目を伏せる。 王家への献上品、護衛を損ねるほどの損害……聞いた覚えがあるようなないような、それこそどちらの気もするように思えて、ユカは黙って紅茶をすすった。 沈黙をどう捉えたか、トゥリパは苦く笑う。その眼差しに悔恨と追想の色を見出して、騎士は一度だけ歯噛みした。 「クリノスは強い娘だよ。あんなことがあってもハンターを目指すのを辞める、とは言わなかった。本当、変なところで僕に似たよ」 「……誇るべきところではないのですか。親心としては」 「うっ、それ言っちゃう? ……そうだね、嬉しいことは嬉しいんだけど。でも、周りがそれを汲んでくれるかどうかは別だからね」 「クリノスにはカシワがいます。それに過去相棒を務めたハンターらとも、良好な関係を維持できていたようです。娘さんは、『出来るハンター』ですよ」 告げると同時、トゥリパは酷く悲しげな顔を返す。ユカは躊躇わず言葉を続けた。 「少なくともあれは早死に、犬死にはしません。させるつもりもないですが」 「ユカくん」 「娘さんを信じてみてはどうです。他でもない、新鋭商人であるあなたと古龍還しの愛娘ではないですか」 ハンターとは、モンスター、ひいては自然との調和を目指す者の総称だ。つまるところ、彼らは自然に依存しすぎてはいけないし、冷淡であってもいけない。 過剰に他の領域を侵してはならないし、かといって侵略を甘んじて受けることもできない。調和とはいわばバランス取りのようなものだ。 そしてバランスとは、双方にとって天秤のはかりがピタリと水平になる位置のことを差すのだ。これの見極めは、ベテランの狩人でも難儀するとされている。 今の女狩人と後輩狩人は、その高さがきちんと一致しているようにユカには見えた。 素材を得たい欲、慈しみの感情、出世欲、憐憫の眼差し……二人は確かに未熟者だが、考え、悩み、惑う今の姿は何よりもハンターらしいと、騎士は思う。 「俺は、過去に罪を犯しました。そんな俺が彼らを見守り、導くのは……驕り以外の何ものでもないでしょうが」 何をきれいごとを、自分でも何様のつもりだ、とユカは更に拳を握った。 刹那、今こそチャンスだとばかりに背後からいつもの蒼髪の女狩人が悪意と敵意とを囁きかけてくる。 トゥリパにはこの亡霊の姿など欠片も見えていないはずだ。騎士の発言に目を見開いて、商人は首を一度縦に振るばかりだった。 「これ以上は話せることがありません、俺『たち』には守秘義務がありますから。……ですが、あなた方が俺を信用すると言うのなら」 「クリノスとカシワくんを……立派なハンターに育てられるって、家にまた無傷で届けるって、そう言うの? ユカくん、君にはなんの見返りもないのに」 「信頼こそ商いの要では? まずは信用からです。それに俺も……今は、容易く死ぬわけにはいかないようなので」 ぱさりと、ごく小さな羽ばたきの音が天幕内に響き渡る。はっとトゥリパが振り向くと同時、ユカはテントに開けられた窓代わりの穴へ手を伸ばしていた。 いつしか、白い猛きんが穴のすぐ傍まで近づいている。足にくくりつけられた包みを抜き取り、騎士は再び彼を空へと放った。 「治療も祭りの誘いも、数日中に済ませます。古龍還し曰く軽傷だそうですし、それに……火急の用事ができたようなので」 見慣れた形式の急報。ハンターズギルドから届けられた手紙には、第二の故郷、ポッケ村周辺でとあるモンスターが大量発生している報せが載せられていた。 すでに他の職員が現地入りしているということで、ユカには後日詳細と後処理を任せる、と上司直筆のサインが記されている。 筆跡に焦りの様子はない。オストガロアとの一戦前のことだろうか、と銀朱の騎士は小さく眉間に皺を刻んだ。 「ユカくんー。多忙なのも分かるし、クリノスとカシワくんのことも君に任せるけどさ。その前に君そのものが過労で……なんてこと、ないよね?」 「その前に、あなたのお嬢さんが見張りをしてくれるそうですから。残念ながらまだ死ねないでしょう」 いつ死ぬか。いつかは死ねるのか、失望された汚点を返上し、奮起できるのか……答えなど出せるわけがない。 俄に背後が賑やかになり、クリノスとカシワがオトモたちを伴い、ツボを抱えながら中に駆け込んでくる。誰もがこれ以上ないほど幸せそうな顔をしていた。 ユカは口端をつり上げる。苦笑か失笑かは自分でも分からないが、今はなんとなく、そうして笑いかけてやりたい気分だった。 「ユカ。その手紙……お前まさか、仕事に行く気か」 「あっ、また!? 行かせないからねっ、カシワも! 怪我人は休むのが仕事でしょー!?」 「って俺もか!? 俺はノアの手伝いもしに行きたかったんだぞ、おかしいだろ!」 出かけた際の仲の良さはいずこへ。目の前でキーキーやり合うハンターたちのやりとりを、ユカは眩しいものを見る目で見返すことしかできない。 外から商売の傍ら聞きつけたのか、ケラケラと笑いながらオルキスが、次いでクリノスの長兄と次兄の双子も駆けつける。 (懲りない奴らだ。そういえば、カシワには弓を教えてくれとも言われていたな) 楽しげな談笑と虫除け軍団からの質問攻めが、騎士を待つ。これからますます忙しくなりそうだと、ユカは一人、青空の下の赤塗りを静かに盗み見た。 |
||
BACK / TOP / NEXT UP:22/12/11 |