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モンスターハンター カシワの書(51)

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――時間は、少々遡る。

「待て、カシワ! 止まれ!!」

火焔を避け、ただ駆ける。後ろから飛ばされる怒号を聞く耳をカシワは持てなかった。得物で狙うは、やはり骸龍の喰腕一択。
目の奥が焼けるように熱い。泣きたいのか怒っているのか、自分でもよく分からない。
黒塗りの刃を掲げ、振り抜き、一閃が骨の鎧を引き裂いた瞬間。もう一方の喰腕が振り上げられ、頭蓋骨さながらの先端部が自身めがけて叩きつけられた。

「……!」

盾で塞ぐか、飛び退くか。逡巡は一秒にも満たない。
武器を納め、床を蹴り、わずかに見える死線の外へ――全身を投げ出して、当たるか当たらないかギリギリの境目へ跳躍回避。
体が骨の上を滑り、止めていた息を吐く。いざというときの緊急回避だ。カリスタから訓練の最中に仕込まれ、クリノスが実践しているところも何回か見た。
こんな基本中の基本の対応もユカなら難なくこなすのだろうが……顔を上げたとき、こちらに駆け寄る騎士の顔は一度も見たことのない顔をしていた。

「命知らずめ、死にたいのか!」
「ユカ、お前……」
「御託はいい、今すぐ撤退しろ!!」

刹那、ビリと背筋が冷える。背後から電撃が迸る音がした。振り向くより早くカシワは盾を前に突き出し、ユカは一度は納めていた弓を抜く。
龍の光線、それも二対分、至近距離。バチンと封龍の盾が一方を防ぐも、二連撃ともなれば足が保たない。押しやられ、最後は体を弾かれ吹き飛ばされる。
辛うじて受け身を取った後輩狩人は、騎士が何度目かのジャスト回避、次いで照準もろくに合わせぬまま骸龍に射返すのを目の当たりにした。

「ううっ……くそっ」

何も出来ない。どうにかしてやりたいのに、一矢報いてやりたいのに、自分ではまるで歯が立たない。
奮起しようと罵声を吐きかけたとき、カシワは足元で大ぶりの骨がゴトリと音を立てたのを耳にする。いやに大きい骨だった。
骸龍が暴れ続けていたからか、それは周囲の骨と異なり少しがたついていた。骨床に埋もれ、しかし今にも引っこ抜けそうな体で鎮座している。
かかとを滑らせてそれを見下ろしたとき、心臓が凍りつくのを感じた。目玉も肉も失せているが、輪郭や骨の形状から「元の持ち主」の見当がついたからだ。

「……ディノバルド……お前、『ここにいた』のか」
「カシワ! 何をしてる、早く退け!」
「……ユカ」

銀朱の騎士の怒声が聞こえる。投げつけられた手投げ玉は、いざというときベースキャンプに即座に撤退することができるという狩猟道具だった。
カシワは、不思議な匂いを立てるそれをじっと見つめた。ユカ自身が用意したのか、練られたネンチャク草や細かいキノコの粉に丁寧な仕事ぶりが窺える。
顔を上げたとき、銀朱色と目が合った。一瞬、ごくわずかにユカが安堵したようにほっと顔をほころばせる。

「ユカ、悪い。俺はまだ戻れない」
「……なに?」
「どうしてもやらなきゃいけないことができたんだ」

それが最後の会話となった。大きく振りかぶると、カシワは手にしたモドリ玉をよりによってユカへと投げ返す。
ボフン、と奇妙な匂いの霧が立ち、周囲に白煙を拡散させた。獲物を見失ったと勘違いしたのか、骸龍がきょろきょろと二対の喰腕をふらつかせる。
……その間にネコタクが姿を現した。唸る騎士を突き飛ばし、台に乗せ、彼らはそれこそ電光石火の速さで墓場から離脱する。もはや職人技と言ってもいい。
あとで恨まれるよなあ、後輩狩人は刃に砥石を走らせながら独りごちた。粘液を拭い、黒い龍殺しの得物を携え、立ち上がる。

『――ォオォォォ……』
「お前は、自分が何をしたのか分かってないんだろうな」

数秒間、考える。
自分はハンターだ。他の生命を屠り、奪い、その体躯から素材を持ち出し、自身の糧と血肉に変えることを選んだ二足歩行。
恐らく自分と他に明確な違いはない。大自然を前にすれば、オストガロアの暴食ぶりももしかしたら許容される範囲のものであるかもしれない。しかし……

「お前は、お前さえよければそれでいいのか。それでよかったのか、ディノバルドはどうしてもお前の犠牲にならなきゃいけなかったのか」
『ギィィギョォアアア――!』
「怒ったって無駄だからな、怒ってるのは俺もディノバルドも同じだ! それはディノバルドの剣であって、お前のものじゃないだろ!!」

……納得が、理解がいった気がしていた。
何かを護ろうと身を挺して抵抗していた、古代林の巨体の斬竜。夢の中に出てきた、暗がりに引きずり込まれて落命した雄の斬竜。
彼らは、友人同士か兄弟、あるいはつがいの関係だ。その眼が、心が、一挙一動がそう訴えかけている。
カシワは憤怒した。ぎしりと得物の柄を握り、水平に起こして横倒しにし骸龍に刃文を見せつける。その表層に赤の刃薬を走らせて、得物越しに龍を睨めた。
たとえ、両者がそれを望まなくとも。得物を愛し、誇りとしていた彼らに、自分と相対してくれたその勇姿に……敬意を表したい、と後輩狩人は歯噛みする。

(……なら、他は?)

ディノバルドだけでなく、他のあらゆる生命とて犠牲になる理由はない。骸龍は手当たり次第に獲物を捕食したのだろうし、恐らくそこに分別の意思はない。
自分はどうなのか。縁のあったディノバルドのことだけで容易に怒り、同じく生き残ることに必死なだけの龍を憎んでもいいのだろうか。
それこそ一個人の私怨、エゴではないのか――指先で刃をなぞり、刃薬と龍属性とを気化させ、用意を整え、目を上げた瞬間。またも喰腕が振り下ろされた。

「っんの、こなくそっ!!」

体をひねって転がり、回避。見越していたのか、なんと骸龍は一度は床に叩きつけた喰腕を、そのままガリガリと横に滑らせ薙ぎ払いにかかる。

「うおっ!? そんなのアリ……」

盾で塞ぎ、たたらを踏み、慌てて飛びすさった。目の前をばらばらと粉砕された骨片が過り、少しでも逃げ遅れていればひき肉になっていた、とぞっとする。
その間も龍の攻撃は止まらない。頭上からびしゃびしゃと絶え間なく青の粘液が降り注ぎ、その隙間を縫うようにして龍光線が放たれる。
「狩りの最中に考え事はやめておけ」、チャイロの指導だと話していたアルフォートの言葉を思い出した。
それもそうだな、後輩狩人は冷や汗を垂らしながら誰にともなく頷き返す。
もう一度、斬竜や火竜がそうしていたように後退して間合いを稼いだ。改めて対峙して、動きを見極める必要があると踏んだからだ。
情けないが、クリノスの言うようにこれまでの狩猟とはレベルが違いすぎる。超大型古龍……見慣れない行動パターンだけでなくその体力もまるで底なしだ。

「一対一だ。時間なら……お前もまだ全然あるよな?」

ニヤリとわざとらしく笑いかけると、やはりお気に召さなかったのか、骸龍は大声で叫び返した。
いつになったら諦めるんだ、と拒絶されたようにも感じる。カシワは頭を振った。どう断られようと、斬竜の尾刃を転用された時点で引き返すつもりはない。

(俺もたいがい、身勝手だよなあ)

そう。誰もが勝手だと、そう思う。
自省を促すクリノスも、撤退させようとしたユカも、身を案じて泣くアルフォートも、それを見守るリンクも、フォローして回るチャイロも。
しかし、彼らが己の心のままに動きこちらを気に掛けてくれるからこそ、自分はこうして好きに振る舞えるのだ。
力も持たないのに、身勝手に動けるのは彼らのおかげだ。もし彼らに何かあれば……古代林のあの誇り高い獣竜のように、自分は身を投げ打つかもしれない。

「お前にとって、この墓場だけがお前の居場所なのかもしれないよな……だからって、」

帰るべき場所、迎えてくれる人々、故郷、家族、友人、拠点……それを守るためなら、ときとして命を懸けねばならないときがきっとある。
今回、奪われたのはディノバルドであり、奪ったのはオストガロアと自分自身だ。いつか、同じように骸に身を変えなければならない日がくるかもしれない。
しかしそれは今ではない、今であっては困るのだ。ぐっと強く歯噛みして、後輩狩人は懲りずにまっすぐ駆け出した。

「狩技っ、『ラウンドフォース』レベル弐! でぇいッ!!」

怒りが伝染したのか、より喰腕を振り回し、骨床を叩き割る勢いで砕きにかかる骸龍。青い星のように瞬く体内光は、今は龍属性に塗れて赤く変色している。
掻い潜り、眼前に肉薄すると、カシワは思いきり得物を横に走らせた。斬竜の大回転斬り、それを思い描きながら渾身の力で刃を振るう。
ビシッ、と二対の頂点に鈍い音が立てられた。ぱらりと細かい破片が散らされ、骸龍はまたしても苦鳴じみた声を上げる。
後輩狩人はそこでもう一歩を踏み込んだ。のけぞり、退がり、明らかに龍が怯んだように見えたからだ。

「……え?」

ふわりと弧を描くようにして後退する、オストガロアの喰腕。先端の頭骨が割れ、ずいぶんと細身となった首が虚空に晒される。
……否。そもそも、ユカは何故この二対を「喰腕」と呼んだのか。
端から二対の龍の「頭」にしか見えないのに、何故、まるで「頭部に擬態している腕」のように言ったのか。どうして、腕を頭に見立てる必要があったのか。

(あれは……いつかの、星)

カシワは立ち止まっていた。
ぐるぅりと身を翻した矢先、眼前にぎらりと光る眼が、青一色の体躯が見える。その表面は、表層は、粘液でぬらぬらと不気味に照り、青白く濡れていた。
更に、一度は退いたはずの喰腕が再び鎧を纏って地表に現れる。装着時に追加で纏ったのか、粘液が隙間からぼたぼたと垂れ落ちていた。
怒りが、振る舞われる。耳をつんざく大咆哮を上げ、刹那、不気味としか言いようのないその怪物は両の腕を振り上げた。

「ぐうっ……!」

どうしようもない。確かなダメージは叩き出していたが、相手が「格上」であった場合、ときには退かねばならないときもある。
カシワにはその経験がなかった。足下が悲鳴を上げ、骨という骨の繋がりが失せていく。砕かれた床に耐えられず、後輩狩人はあっという間に水に沈んだ。
淡水と海水、死骸の体液、骸龍の粘液と、水中は酷く濁りきっている。何より暗がりの底である故に、想像以上に温度も低い。

「……!!」

口から空気が漏れ、一瞬でパニックに陥った。腕を振り回しているうちに、段々と底に向かって体が沈んでいく。
ごぼん、と何かが眼前で弾け、カシワは目を見開いた。眼下、水底にわずかな亀裂が見える――そこから新鮮な空気が泡となり、立て続けに噴き出していた。

(……よしっ!)

泳ぎなど、田舎の農村育ちの自分が身につけているはずもない。みっともない動きでがむしゃらに四肢を動かし、なんとか泡の近くに寄る。
思い切って呼吸をしてみれば、泡の中の空気が無事、肺の中にそのまま届けられるのが分かった。
息はなんとかなる! 起死回生の手段を得た、と喜ぶ後輩狩人だが、それも束の間、体がこわばり思うように動けなくなりつつあった。
……言うなれば、ここは骸龍の支配領域そのものなのだ。ごん、と不穏な音が頭上で響き、赤黒い色彩で視界が満ちる。
恐ろしいほどの龍属性が、極太の光波が、竜ノ墓場内を薙ぎ払っているのを目の当たりにした。文字通り息を止めて固まり、急ぎ脱出しなければと思い直す。

(ん? あれは……おい、嘘だろう!?)

ぼろぼろと、水中に沈んでくる瓦礫があった。それは光線で焼かれ、砕かれた骨床であり、うろの壁であり、またオブジェと化していた白骨死体でもあった。
いっぺんに水中に落とされたのはもしや自分をここに留め、溺死か凍死させるためではないか……ぞっとする。浮上するべく懸命に腕を振った。

(……! 息が、)

落下物を避けながら、息を止めながら、ましてや重い防具や得物を纏いながらの浮上だ。空気はあっという間に足りなくなり、カシワは苦しさに顔を歪めた。
こんな経験、今まで一度もしたことがない。これは死んでしまうかもしれない――視界が暗転し、全身から一気に力が抜ける。
……走馬灯か何かだろうか。目を閉じる刹那、意識が薄らぐその最中、脳裏にふと過る光景があった。

『いえ、いいんです……気をつけてくださいね』

白髪金瞳。控えめにこちらの名を呼び、はにかむ女。
否、黒髪黒瞳、可憐にほころぶよう笑う娘だったか。
ぐらりと頭が揺れ、辛うじて浮遊していた意識もついに手放し、後輩狩人は目を閉じる。暗がりの中、全ての物音は無情に遠のいていった。






『――なあ。おーい、生きてるかー』
「う、うう……?」

近くから、遠くから。誰かが自分のことを呼んでいる。
霞がかった意識に引きずられるようにして、カシワはなんとか目を開けた。真っ暗闇が広がっている。誰の姿も見えず、困惑してあたりを見渡した。

『そうビビるなよ。ほら、これでいいだろ』
「なに、誰……う、うわぁああああっ!?」

人の声がした方に振り向くと、なるほど、確かにそこには人がいる。ただし、胸、腹、脇腹、腰におびただしい量の出血を見せる大穴を穿たれた男だったが。
口にはすでに黒く渇き始めた血痕も窺える。驚き、おののき、飛び退こうとしてすっ転んだ狩人を、男はぽかんとした顔で見下ろした。

『え? なに、どした?』
「ど、どうっ……あんたこそ、それどうしたんだよ!」
『え? あー、悪い。そうだよな、これ見たらフツーは驚くよな』

さすさすと気楽な体で男が自身の体をさすると、不思議と血の色も跡も、服に開いた穴さえ見えなくなった。
黒瞳、長い前髪と、それよりうんと長い髪の一本結び。よく見ると着ているのは見知らぬ防具だ。紺の布地に、良質な鉄や鋼で縁取りや装飾が施されている。
ニンジャっぽい、カシワは名探偵になった気分で目を光らせた。男はきょとんとした後、狩人の言わんとすることを理解したのか目を輝かせた。

『お前、この防具の良さが分かるのか』
「ああ。ニンジャっぽい」
『正直だなー』
「でもいい装備だと思うぞ。動きやすそうだし、見た目よりずっと軽そうだし」
『そうそう! で、スキルも機能性もいいんだよなー。色合いも俺は好きだし。それに……ん? なんの話してたっけ』

しばしの間。唖然としたカシワの前で、男はどこかで見たような――ニカリと子どものような笑みを浮かべてみせる。

『そうそう、思い出した! お前さー、古龍は舐めたらダメだろ。下手すると死ぬぞ?』
「……!! んなっ、な、なんであんたがそれを!?」
『いや、そりゃ見てたから。ずーっと見てたから』
「うぐぉ……く、クリノスと同じこと言うなよ!」
『クリノス? あー、あの天色髪の娘? お前、ああいうのがタイプなのか』
「そんっ、そんなわけないだろ!? あいつはっ、クリノスはただの狩りの仲間だ!!」
『へー、まあそういうことにしとくか。俺もあんまり好みじゃないし』

一体、なんの話をしているのだろう。顔を青くしたり赤くしたりと、カシワはぐらぐらと混乱しながらついに最後は頭を抱えた。
何を言ってもこの男には勝てない気がする。眼前、男は変わらず人好きのする笑顔のままでいた。手を差し出され、しぶしぶ掴んで立ち上がる。

『俺は「  」。お前はカシワ、だったよな? なあ、なんでオストガロアにムキになったんだ?』

改めて眺めてみると、不思議としか言いようのない雰囲気の男だった。人懐こそうな顔立ちをしているのに、佇まいには陰りを帯びているようにも見える。
何故か名前がうまく聞き取れない。ぐっと眉間に力を込めて無言で抗議すると、男は目を瞬かせた。
刹那、ふ、と柔らかく笑いかけられ、狩人側は肩を跳ね上げさせる。眼差しは柔らかいのに、見知らぬ牙竜に睨まれたような心地だった。

『いや、いいんだけどさ、どこで死のうが。けどなー、今お前に死なれたら俺が困るんだよ』
「俺は……死ぬつもりは」
『ない、とは言い切れなかっただろ。バカだなー。あんなの、素直にギルドの騎士さんに任せときゃよかったのに』
「……? ユカは、ディノバルドのことは何も知らないだろ」
『うえっ、それはそうだけど。うーん……お前さー、ノアちゃん、だっけ。あの娘に会えなくなったら……嫌だろ? 嫌だよな?』

二度目だが、なんの話をしているのだろう。カシワは今度こそ眉間に最大出力の力を込める。
男はあからさまに呆れたような顔をした。分かってない、そんな台詞が無音ででも聞こえてきそうな気さえする。
うーん、と唸りながら周囲を歩き始めた男の足取りを目で追いながら、なんとなく言いようのないむかつきを覚え、狩人はぼそりと口を動かした。

「……あんたには、ノアのことは関係ないだろ」
『うん? なに、』
「だから、俺はあんたが誰なのかも知らないし、あんたもノアのこと知らないだろって言ったんだ。ノアの口からあんたの話なんて一度も――」
『そりゃ、言わないさ。言えるわけがないんだ、俺のことは』

――後輩狩人は押し黙る。男の黒瞳に、狂気じみた冥い色が垣間見えたからだ。

『お前は俺が誰なのか知らない。多分、細かく言えばノアだって俺を知らないはずだ……でも、俺はお前たちのことを嫌ってほど知ってる』
「……なに、何を言って……」
『分からなくたっていいさ、狩りにしたって何の参考にもならない話だ。ただ……これだけは覚えておいてくれ。俺は、お前に簡単に死なれちゃ困るんだよ』

じり、と間合いを詰められ、至近距離で見つめ合った。何故、どうして。男の言わんとしていることが分からず、カシワはぐっと声を詰まらせる。

『俺は「先生」を許さない。その血だってそうだ、全員必ず暗がりの中に引きずり込んでやる』
「……っせ、先生……?」
『ああ。まあ、お前が「 」だっていうのも理解できないけどな、仕方ないさ。けどな、次からは……古龍は殺すつもりでかかれよ。巻き添えは御免だ』

先生とはなんだろう。初心者御用達モンスター、愛すべき鳥竜種イャンクックのことだろうか……恐らく全く違うのだろうが。
イャンクックと言い出そうとして口をもごもごさせる狩人を見て、男は訝しむように眉間に皺を刻んだ。
その瞬間、合点がいく。この男はどことなく自分と面立ちが似ているのだ――カシワはあっと声を出しかけたが、次第に男の姿は暗闇に溶け込み始めていた。

「お、おい、あんた!」
『ん? ああ……時間だ。よかったなー、助かって』
「た、助かっ……? なんで、どういうことだよ!」
『なんでって。さあ? 俺と違って、お前には「身を挺して助けてくれる」仲間がいるから、ってところじゃないか』

もう、眼差しの一つも見えない。どろどろと、暗がり自体が深く、濃く変質し始めているような気さえする。
遠のく声、姿、黒髪黒瞳。思わず縋るように手を伸ばしたカシワだが、その指先が男に届くことはない。小波のような嘲りの笑いが微かに響くだけだった。
不快な声だ、何故、どうして「  」に向けてそんな笑い方ができるのか。
どろりと蠢く暗がりは、まるで酸化した血液の中に身を沈められているかのようだ。酷い耳鳴りがして、狩人は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

「……俺は、なんのために」

近くから、遠くから。そのとき、何者かの手と声が、頭上からふと差し出されたような気配があった――







「――い、おい、カシワ! 起きろ!!」
「ちょっと、ユカ!」

直後、ズパン、と気持ちのいい音が鳴った。次いで、じぃんとした痺れと強烈な熱が頬に走り、否応なしにじわりと目が潤う。
はっとして目を見開いた先、カシワは見知った騎士の怒りの形相と、あんまりな仕打ちに引き気味の相棒の同情の眼差しを見つけて硬直した。

「……う、俺は」
「ニャァー!! だんっ、だ、だっ、旦那さんんんー!!」
「うおっ、アル!? ッ、いって……」

仕切り直しするしかない。頭を押さえながら身を起こすと、今度はオトモメラルーが勢いよく飛びついてきて岩肌に逆戻り。
ゴ、といい音がして、痛み任せに頭を抱えていると「いい気味だ」とユカの憤然とした声が、次に「そこまで言う?」と呆れたクリノスの声が降ってくる。
そこまで言うか、と同じく口に出しかけて、後輩狩人は全身のありとあらゆる激痛に身をよじらせた。

「あー、動かない方がいいよ? どこだったか、骨がヒビいってて、えーと」
「肋骨だ。よかったな、しばらくは古龍種がどうこうなどと言っていられなくなったぞ。いいか、カシワ。お前には療養に専念してもらう」
「あ、じゃあわたしも頑張ったし療養コースで」
「お前は働け、クリノス」
「はあ!? なんで! まあ撃退達成扱いらしいから素材は手に入ってそこそこ気分もいいけど!!」
「クリノス。オミャー正直すぎるニャ」

ぐすぐすべそべそと胸元で泣きじゃくるオトモを宥めつつ、カシワは寝転んだままあたりを見渡す。
見上げた先、曇天は変わらず不気味に淀み、風は強く、竜ノ墓場そのものにはなんの変化もなかったかのように不吉さを内包したままでいた。
首を巡らせる。クリノス、リンク、ユカにチャイロ。見知った顔がいくつも見えた。最後にアルフォートの頭を見下ろして、後輩狩人はふ、と笑みを零す。
全身が痛い。直前まで息が出来ずにいたのか、あたりには水分が散らばっていた。ユカに蘇生を施されたのか、胸の辺りも酷く痛む。

「……あー、痛い」
「カシワ?」
「いや、いいんだ。なんでもない」

「撃退」と相棒の口から聞こえた。つまり、当初の目的は果たせたらしい。起き上がろうという意思もわかないまま、カシワはへらりとだらしなく笑った。

「……おい、死にたがり。ずいぶんと余裕がありそうだな」
「いっ、いッて、いでででで!!」
「ユカ。気持ちは分かるけど、とりあえずアバラいってるんだから踏むのはやめたげなよ」

べりっとオトモを剥がされた直後、胸部を踏まれる。呼吸が止まらない程度の力加減で、さすがはギルドの職員といったところか。
涙目になりながら、カシワはクリノス、次いでユカを見上げた。前者はぱちりと目を瞬かせた後に苦笑し、後者は鼻を鳴らして羽根帽子を被りそっぽを向く。

(……仲間がいるから、か)

あの斬竜たちはお互いが仲間であったはずだ。自分はモンスターではないから関係性までは読めないが、確かな絆が彼らにはあったと、そう思う。
では、骸の龍はどうなのだろう。あの冥いうろの底で、ありとあらゆる恨みと怨みを買いながら、彼はどれほどのときを過ごしたのか。
それに先の夢に出てきた男もそうだ。自分に瓜二つの、どこか危うげな気配の黒髪の男。言動からして自分たちに関わりはあるのだろうが、身に覚えがない。
……分からないこと、答えの出ないことだらけだ。先輩狩人にも諭されたが、自分はハンターとしてまだ未熟なのだと後輩狩人は思い知った。

「……ああ、クリノス。素材、そんな手に入んなかったよな? 悪い」
「うんっ? や、そうでもないよ。あんたも後で受け取りなよ、回復してからでも申請すれば郵送もしてもらえるから」
「そうか、分かった……なあ、撃退ってそんなに凄いのか」
「うーん? どうだろ、そうなんじゃない? あんたにとっては初めての快挙だしね。フィールドがぶっ壊されたから、調査隊の人は泣くかもだけど」
「あー、それは……うん、ユカ。悪かった」
「……何がだ」
「何がって、色々だよ。助けてくれたんだろ、ありがとうな」
「ふん。悪いと思うなら、早く治せ」

気落ちする一方で、二人の仲間はいつものように応えてくれる。それは元来とてもありがたいことなのかもしれないと、カシワは一人頷いた。

「はいはい、ペッコはツンデレだもんね」
「誰がツンデレだ、お前もそうだろうが」
「ええ? なんだよ、お前ら仲いいなあ」

カシワさん復活ニャー、嬉しいですニャー、ニャーニャーうっせぇニャ……オトモたちが盛り上げてくれる最中、ゆらりと飛行船が寄ってくる。
撃退に成功したためしばらくは安全が保証されました、とエリザベスが教えてくれた。ロハンの手を借り船に乗り込みながら、カシワは一度墓場に振り返る。
暗がりは未だ深く。無数の亡骸を底に沈めたまま、未知の狩り場は一時の沈黙を保ったままでいた。





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 UP:22/11/17