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モンスターハンター カシワの書(48)

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浮遊感が体を襲う。ベースキャンプから飛び降りた先、巨大な「うろ」はさながら世界を喰らう胃袋の底であるかのように広く、どこまでも暗い。
足が着くと同時、カシワはぎくりとしてその場で固まった。空洞の底にはまんべんなく、かつて生き物だったであろうものがびっしりと敷き詰められている。
骨という骨だった。ボーンベッド同然の、物言わぬ死骸の山がただじっと来訪者を見上げている。
生き物の気配はない。じわりと噴いた汗が、物音一つ立てずに滴り落ちていった。小さな呼び声に顔を上げると、険しい表情の相棒の横顔が目に入る。

「クリノス?」
「ほら、いたよ。前だよ、カシワ」
「……あれ……なんだ、二匹の……龍……?」

その空洞は、非常に不穏極まりない「墓所」といえた。それというのも、ハンターたちの視線の先に蠢く死骸そのものがいたからだ。
ゆらりと掲げられた二つの首。首鳴竜のように異様に首の長い二匹の龍が、青黒くぼんやりと澱む外周に佇んでいる。
どちらも骨という骨を全身に纏っていて、それらがガタガタと身を揺らす度に粘着質な、それでいて硬質な耳障りな音を立てていた。
骨同士の隙間から青白くぼんやりと光る何かが見える。体液か、眼光か、あるいは血管か。いずれもこの距離から推し量ることはできなかった。
何より首長龍の根本は骨の床に埋められていて、その全長がどれくらいであるのか目測することさえ難しい。
彼ら二対の大元は……ダイミョウザザミかショウグンギザミのそれに似た、巨大龍の頭骨らしき殻が地表に覗いているのを見てカシワは眉間に力を込める。
大きいが、長いが、これだけの骨の量を生み出せるほどあの二対は「食べる」のだろうか。訝しみ、目を細めた後輩狩人の鼓膜を恐るべき轟音が揺すった。

「バカ! 来るよ、ぼーっとしない!」
「うぐっ……」

さながら、歓喜するように。狂喜するように、欣喜するように、喜悦に浸り狩人たちの来訪を褒め称えるかのように。
双頭の龍は、数多の骸を掘り返すようなひしゃげた絶叫を上げてその身を打ち震わせた。
あまりの異質さに怯み、完全に立ち止まってしまったカシワを置いていくようにしてクリノスとリンクが間髪入れずに飛び出していく。

「……! アル、俺たちも行くぞ!」
「ニャッ、ニャイ!」

一度、感触を確かめるように足踏みして。骨がガラガラと音を立て、恨み言を述べるように再び折り重なる様から目を逸らして後輩狩人は駆け出した。
……何人が、何匹が。どれだけの骸が、この場に放棄されたのか。
眼前の二匹が元凶なのだとしたら――緊急クエストである時点で確定していたとしても――どれほどの欲と衝動を抱えて、こうして姿を見せたというのか。
理解に及べる話ではない。新しく鍛えたばかりの打ち立ての一振りを、後輩狩人は女狩人とは逆の骨塊に向かって振り下ろした。

「! 思ったよりっ、」

返り血の色は、暗い。青というより紺や群青に近しい色だ。身を翻して浴びないように位置取りながら、返す刃で骨という骨を斬りつける。
嗅いだことのない臭いが鼻をつき、息が詰まった。ねっとりとした粘度の高い液体がそこかしこに滲み出し、じわじわと骨製のベッドを侵食していく。
……うずたかい骨の群衆は無言で液体を飲み干し、その最奥へ、果てには外周の水面へと青色を押し流していくのだろう。
外周が暗い青に沈んでいるのは、淡水とこの液体が混じり合う証拠だ――そして、この一連のサイクルを無情に蹴散らすのは彼らを喰らった怪物の他にない。

「――カシワ! 右!!」
「っと、……どおっ!? うわわわわ、」

奇怪な咆哮が耳を突く。溜めるようにのけぞり、身を一度硬直させた双頭龍が、突然目の前に差し迫った。
骨という骨を掻き分け吹き飛ばすように、全力で航行する幽霊船かチャリオットのように、船体に見立てた巨大な骨塊を従えて突進してくる。
――あんなものに轢かれたらひとたまりもない! カシワはクリノスの助言のまま、死に物狂いで右に走った。

「だだだ旦那さーんっへぶぼわ」
「あっ、アル!!」

恐るべきことに、この骸船はこのわずかなタイミングで獲物に軸合わせをも行っている。
全身を駆け抜けた警告に従って前方に跳躍した後輩狩人のすぐ後ろを、巨体という巨体がざばざばと、悠然と、暴虐に泳ぎ抜いていった。
直前、オトモが突進に巻き込まれたのが見えた。黒い毛並みが青い膜に包まれ、すぐに見えなくなる。血の気が引いたカシワの腕を何者かが強く引っ張った。

「アルフォートなら無事ニャ! カシワさん、油断しちゃ駄目ニャ!!」
「リンクっ……お前、分かるのか!?」
「ボクはアシストアイルー、確率計算ならお手の物ニャ。いざとなれば緊急撤退できるし……それより、大型古龍なら突進が一度きりとは限らないニャー!」

どういうことかと、問い返す暇もない。突進を終えるや否や、二対龍は骨塊をぐるぅんと滑らかに横滑りさせて容易に方向を転じさせる。
あっという間に正面に立ち塞がると、砲台よろしくそれぞれの口を大きく開け、青色の弾丸を撃ってきた。
見たところ、アルフォートが受けた粘着性のある液体と同じものだ。カシワとリンクは二手に分かれ、液体を回避するように横に跳んだ。
振り返った先、頭蓋骨さながらの口腔内は不気味に青白く光っていて、見た目は骨そのものでありながらも彼らが確かな生き物であることを立証する。

(アルは……無事か。それにしてもこいつら、)

生気という生気、覇気という覇気。そういった、生き物固有の生ける意思というものがまるで感じられない。
地を駆ける斬竜、空を飛ぶ火竜、砂地を泳ぐ砂竜、威嚇する夜鳥、怒れる黒狼鳥……これまで対峙してきたモンスターは皆、生きようと懸命に足掻いていた。
彼らと比べて、どうだ。全身骨だらけという特性故か、それとも多くを喰らってきた勝者の驕りか。彼ら二対龍は無心に、無感情にこちらを襲い続けている。

「ぶえっ、ぷあっ。だ、旦那さん!」
「アル、無事か!」
「ニャイ……あの青いの、当たっちゃ駄目ですニャ! ベタベタして、地面の……じ、地面の、骨が貼りついちゃいますニャ」

ぱっぱっと、腕や腰に貼りついた骨片を払いながらアルフォートが帰還した。ちらと盗み見したカシワだが、二対龍はオトモに目もくれない。
肉の総量で獲物の価値を吟味しているかのようだった。骨から肉を削ぎ取られ、貪り食われ……その光景を想像して、後輩狩人はえずきを堪えて頭を振る。

「カシワ、対策だけど」
「クリノス」
「アルくんの言う通り、あの液体はヤバいね。あれで動きを封じて骨で絡めて、丸吞みするか水中に引きずり込むんだと思う」
「そうか……お前、『だるま早割り』とか持ってるか」
「はあ!? あんた、わたしのことオトモかなんかだとでも思ってんの!? 消散剤なら何本か、ね。来る前にヘタレペッコが話してたから」

だるま早割りとは、本来、モンスター起因で泥、雪などで拘束された身を解放するためにオトモたちが編み出した特別な技術だ。ハンターにはその術がない。
故に物体を弾け飛ばす成分と、熱を発し火花を熾す成分を持つ素材を絶妙なバランスで調合した消散剤なる薬液がギルドストアを中心に流通していた。
クリノスが取り出した泡立つ液体入りの瓶を見て、カシワの顔色が目に見えて悪くなる。
あんた持ってきてないの、先輩狩人の呆れ混じりの叱声に、仕方ないだろ、犬歯を剥き出しにして後輩狩人はぼやき返した。

「っ、でぇい!! 大体な、こんなデカいやつが相手だなんて思わないだろ!」
「逆ギレしないでよ!? 超大型、って言ったでしょ! っていうか、初の古龍戦であんたよくそんな落ち着いてられるね!?」
「はあ!? 古龍って……ユカも言ってたけどな、他の生き物とそんな変わんないだろ!!」

口を動かしながらも、狩り人たちは懸命に「仕事」を続けていた。ハンター二人は龍属性の刃をそれぞれの首に振り下ろし、オトモたちは攪乱に奔走する。
龍にも抵抗の意思はあるらしい。合間合間に青い液体が飛ばされ、撃ち出され、来訪者を捕らえようと軸合わせも細やかに実行された。
しかし、それよりも早くハンターたちは示し合わせたように二手に分かれ、射線上から距離を取る。
二対龍が「溜め」の様子を見せればさっと飛び退き、地表に首が叩きつけられたところで駆け寄り直し、脆い部分に斬りかかる余裕さえあった。

「古龍は生態不明、分類不明瞭の未知の生き物なの! 罠も効かないし生息域もバラバラだし、倒してもしばらくすると回復してどっか行っちゃうし!」
「それも聞いた!」
「聞いたんなら少しは疑問に思いなよ! あのね、ギルドもよく分かってない生態なんだからいつ何が起きるか、分かんないでしょ!!」
「分かんなくても対応しなきゃいけないのが、俺たちの仕事だろ!」
「あんたに言われたくなーい!! もうっ、こうなったら全部ペッコが悪い!」
「ニャ、ニャア……こんなときに、旦那さんもクリノスさんも喧嘩しないでくださいですニャ!」
「アルフォート。言ったって無駄ニャ、諦めるニャー。カシワさんが怖くて逆ギレしてるから、仕方ないニャ」

何故か。何故か、攻撃パターンそのものは落ち着いて見定めることができている。
クリノスの言う通り、この二対龍とその龍頭骨が超大型古龍であることは確かだ。これが初の古龍戦であることも頭では理解している。
だというのに、ここまで体が、心が身軽に動けるのは何故なのか。狩りの相棒を心底信頼できているからか、あるいはこれまでの狩猟の成果か、それとも。

「ッ、あ、あれ……なんだ、遠い……ぞ」

カシワは、ふと二対龍と距離が開いていることに気付いて立ち止まった。外周の水面に移動し、文字通り幽霊船の如く、古龍は内海から液体を砲撃している。
龍頭骨の下、巨体の横腹に噴出口が開いているのだ。二対龍が口から円形状に固めて撃ち出すのと同様に、液体が弾として放出されている。

「い、イカとか、ふいごとか、そういう……」
「カシワ?」
「いや、なん、でもない」

立ち尽くす最中、自分の呼吸が酷く荒れていることに愕然とした。けろりとした様子のクリノスは、こちらに見向きもせず横を通り抜けていく。
彼女が掴んだのは古びた狩猟器具だった。巨大な射線が二対設けられ、備えつけの砲台として骨床から顔を覗かせている。
軋む床板は朽ちかけた木製で、この場には似つかわしくない人工的なものだった。あの古龍に撃墜された飛行船の残骸ニャ、とリンクの解説が飛んでくる。

「撃墜、って……そんな簡単に、墜とせるものか」
「カシワさん、『狩りに生きる』読んでないのニャ? 少し前からこの辺で飛竜や飛行船が行方不明になってるって、バックナンバーに書いてあったニャ」
「じゃあ、あいつが?」
「ハンターを乗せる飛行船にしろ、調査員を乗せる調査船にしろ、アイツにとっては目障りな外敵ニャー。小バエを落とす感覚に違いないニャ」

そのとき。そのとき初めて、この空虚な「うろ」が狩り場であると同時に巨大な食事場、廃棄場を兼ねていることに気がついた。
途端におぞましさを覚え、全身が震え上がる。がちりと歯が鳴り、疲労感がどっと駆け抜け、体がふらついた。
先ほどまでの猛攻はどこにいったのか。恐る恐る、ゆっくりと視線を上げた先、二対龍と目が合うより早く、件の青色の脅威が頭上に降り注ごうとしていた。
回避しようと後ずさりして、それでも後輩狩人は出遅れた。ぼとん、ととんでもない質量の液体が落とされ、瞬時にその身に重苦しさが纏わりつく。

「……!!」

息が詰まる、呼吸ができない。すぐさまパニックに陥った。「気をつけろ」と言われていたことも忘れて、カシワはたまらずその場から逃れようと跳躍した。

「ッ、う、……!? うお、ちょっと待っ、」

ガラガラと、縋りつくように、這い寄るように、骨という骨が全身を覆い尽くした。
先輩狩人やオトモの話にあった、骨まとい状態だ……想像していた以上にみっちりと骨が強固に体に貼りつき、武器を抜くことも儘ならない。
接着剤のように骨を吸い寄せ、凝固させているかのようだった。残留する液体もまた顔面にべったりと貼りついて、その粘度で呼吸や発声を阻害してくる。

「……!! ぐう……っ」

ずるりと足が滑り、後輩狩人はその場に倒れ込んだ。幸い、骨がクッション代わりになって顔面を強打せずに済む。
倒れた衝撃をもってしても骨まといは解除されなかった。身悶えしている最中、見上げた先、外周を悠然と過る幽霊船を遠目に臨んで一瞬思考が反れていく。

(どこかで……どこで? 俺は、あいつを知っている。『見た』ことがある。けど、そんな記憶どこにも……)

……いつのことだっただろうか。
暗いのは、独りきりは、死ぬのは、「俺」にとっては恐ろしく「怖い」ことだ。
無事に帰って、待ちわびている「家族」に元気な姿を見せ、「お土産」を分け合い、ふたりで「たからもの」の目覚めを待たなければ――

「ニャァー! 旦那さーんっ!!」
「どわっ!?」

――ガツン、と鈍い音がした。振り向けば、斬竜のパーツを埋め込んだ武具を振り抜いたアルフォートの姿が見える。
前のめりに倒れると同時、カシワは自身の体が骨の塊から解放されていることに気がついた。悪い、言葉短く謝ると、オトモメラルーは誇らしげに首を振る。

「だいっ、大丈夫ですニャ! 平気ですニャ! あんなの、あんなおっきいの、全然怖くないですニャ!!」
「……アル、」
「だってボクが怖いのは旦那さんに『何か』あるときですニャ! ボクは、ボクはっ! 旦那さんと一緒に帰って……ノアさんに褒めてもらうのニャ!!」

何故、そこで彼女の名前が出てくるのか。ぐっと眉根を寄せた後、それもそうだな、とカシワは首肯した。
手を握り、緩め、また握り、体の感覚が戻されていることを確認する。刹那、懲りずに降り注いだ青い弾丸を回転回避して素早く避け、腰の剣を抜き放った。
バチリ、と赤黒い稲光のような軌道が走る。火山で掘り当てたこの得物は、加工屋が緊急依頼に合わせて大急ぎで研磨してくれた一振りだった。
龍属性という、見たことも聞いたこともない特別な属性を帯びる黒い剣。出発間際、クリノスにも推されて用意した特別製だ。

「……頼むぞ」

瓶を開け、いつものトッテオキを刀刃に走らせる。表面に指を滑らせれば、気化した液体と龍の力が共鳴するかのように赤色が立ち上った。
ぐっと駆け出した頃には、岸辺に戻った二対龍と真っ向から対峙している。アルフォートは右方向に駆け、カシワはそのまま直進して龍の頭に食らいついた。

『――ォォ、』
「うぁっ……」

そのときだった。
空気を、場を、五臓六腑を鷲掴みにするような重い地鳴りが響く。ぱっと視界が明滅して、青白い静かな閃光が世界を満たしていった。
びりびりと空間が振動し、たまらず耳を押さえてうずくまる。まともに立っていられず、後輩狩人は畏怖に身を竦めて視線だけで頭上を仰ぎ見た。
……爛々と、真紅に燃える炎と目が合った。二対龍の内側にみられた青い灯火は、瞬時に燃え盛る業火に姿を変えている。
あまりにも強烈な咆哮に外周の水場までもが震えていた。穏やかだった水面が波打ち、唯一の足場である骨床も悲鳴を上げ、流れは一気に二対龍に戻される。

「カシワ!!」
「クリノス……分かってる!」

怒り状態への移行だ。無機質、無感情だったはずの骨塊が、明確な感情をあらわにした瞬間だった。
ふうっと大きく息を吐き、意識を持ち上げる。がちがちと鳴っていた奥歯が静まり、震えていた両足がしかと足場を踏みしめた。
なんとかいけそうだ、剣を強く握った黒髪黒瞳の狩人が前に出る。その横を天色髪の女狩人が追い越していった。双方、黒塗りの刃を抜き二対龍に肉薄する。

「でぇいっ!!」
「はあぁぁーっ!!」

赤黒い軌跡が、青黒い体液をその場に散らした。肉質は思いのほか柔らかく、しかし返される手応えは重く、鈍い。
ぬるりとした照りを持つ何かが、骨の隙間から垣間見えた。その表面に点在する赤い火は、斬竜の火炎嚢や火竜の喉奥のそれより遥かに不気味でおぞましい。

「あっ!? 下に、」

転機は予期せぬタイミングで訪れる。ばきっ、と低く鈍い音がして、虚を突かれたカシワは剣を振る腕を強引に引き留めた。
身をくねらせ、苦鳴を上げ、許しを乞うかのように。バラリとわずかな骨片を宙に散らして、二対龍は頭部ごと骨床の下にその長躯を潜り込ませていく。
地表にはあの巨大な龍頭殻ばかりが残された。よくよく目を凝らせば、頭と呼ぶには目や鼻といった器官が全く見当たらないことに気付く。

「あれって……本体、なんだよな?」
「カーシワー! ぼーっとしてないで、砥石!」
「あ、ああ、分かって……」

青白く照らされた世界。黙り込み、うずくまるばかりの龍頭殻。不穏にして不気味な静寂は、心臓を底から冷やすような息苦しさを感じさせた。
まだ、何も終わっていない証拠だ。先輩狩人に言われるがまま砥石を取り出そうとして、カシワはふと全身をぞわっとした悪寒が駆け抜けたのを知覚した。

「……!」

言葉も出ない、息も出来ない。殺気、敵意を感じるままに振り返れば、再び顔を出した二対龍のうち一本が自分を睥睨している。
その頂点、龍の頭を模した先端に、ぬるりと色鮮やかな粘液が纏わりついていた。熱を帯びているのかいないのか、コポコポと気泡を立てて活性化している。
異臭……異臭だ。鼻をひくつかせた刹那、カシワはその首が懲りずに振り下ろされたのを見てその場から飛び退いた。

「粘液……? まさか粘菌、ブラキっ……カシワ!!」
「え? なに、なんだよ?」

得物の手入れを終え、立ち上がったクリノスが悲鳴を上げる。彼女が焦る様を見たことがなかった後輩狩人は、その表情に驚き固まった。
その隙を、わずかな一瞬の機会を見逃す古龍ではない。
叩き伏せることはしくじった一本龍だが、身に纏わせた粘液は衝撃でびちゃりと、それこそ不自然なまでに四方八方へと緑色を拡散させることができていた。
叩きつけ、床に散らしてやるだけでいいのだ。あとはショックを受容した「子実体」が勝手に仕事をしてくれる……

「この、緑の……重撃の刃薬より濃い、」
「カシワ! バカ!! ――避けてっ!」

つま先にごく少量が付着した程度だった。後輩狩人は、先輩狩人の怒声にただ呆然と視線を上げるばかりだ。
知らぬ間に、知覚する間に、沸々と密かに煮えたつものがある。身をよじらせ、伸びをし、産声を上げるようにして――撒かれた粘菌はついに「爆発」した。

「……!? ッ痛ぅ……っ!!」
「ブラキ、なんでっ……ああっ、もう! バカペッコ!!」

爆発物への知識どころか、何が起きたかも分かっていまい。突然降りかかったダメージに苦鳴を上げたカシワに向かって、クリノスは急ぎ飛びかかる。
再び首を掲げた一本龍の打撃を避け、もんどり打って倒れ、転がり、男の足にこびりつく粘液を無理やり骨床にこすりつけた。
嗅ぎたくもない異臭が鼻を突く。つま先を抱えて悶える後輩狩人を見下ろして、女狩人は忌々しげに舌打った。

「カシワ、あんた、立てる?」
「無理っ……言うなよっ……いっ、て、なんだこれっ……」
「アルくん、活力壺とか習得してない?」
「ニャ、ニャア、な、も、持ってな……」
「アルフォート、しっかりするニャ! 旦那さんっ、ボクもアルフォートも『ネコ式活力壺』は取得してないニャ。消臭玉だって、」
「うん、わたしも持ってきてない。となると――」

爆発する緑の粘液、即ち「砕竜」の「なぞの粘菌」だ。
火山地帯、あるいは繁殖期に入ったモガの森……即ち孤島や、凍土、樹海といった限られた地域に突発的に出現する新種の獣竜、砕竜ブラキディオス。
活動区域を限定される竜の御家芸を、何故この古龍が会得しているのか。それ以前に、件の竜と対峙したことのないカシワが対抗策を持っているわけがない。
――「撤退」させなければならないかもしれない。自身は残るにしても、砕竜の粘菌爆破を受けて正気を保っていられるハンターは多くない。
カシワは……どうか。未知の痛みに苦しみ、脂汗を滴らせる後輩狩人は、頭を左右に振って抵抗した。

「馬鹿言うなよ……こんなの、『ディノバルドの片割れ』に比べたら何でもないだろ……!」
「え? ディノの……なに?」
「クリノス、お前秘薬持ってないか。今度、倍にして返すから」

ぎりぎりと心底悔しげに歯噛みする姿に先輩狩人は面食らう。言われるがまま秘薬を渡すと、カシワは躊躇なく全ての丸薬を犬歯で噛み砕いた。
……傷口は塞がっても、ショックは残されているはずだ。ブラキディオスの爆破属性自体、脅威の破壊力を有する取扱注意の危険物以外の何ものでもない。
一度は自ら扱うことを選んでも、あまりのモンスターの損傷、怯み加減に、二度と使わないことを誓うハンターも出るほどだ。
つま先で骨床を叩き、感触を確かめて……脂汗を自ら拭い、カシワは力強くクリノスに頷き返した。

「よし。悪い、やれそうだ。お前は?」
「……っ、あ、当たり前でしょ! 誰に聞いてんの、それよりあんたは大丈夫?」

立ち上がった後輩狩人の顔には、不敵な笑みが浮いている。「狩りが楽しくて仕方ない」、これまで散々目にしてきた大ばか者の笑い方だ。

「大丈夫じゃないに決まってるだろ。でも、やらなきゃいけないんだ。……俺は『男の夢』を、みせられたんだから」
「えーと……、や、そこは嘘でも大丈夫って言っときなよ」
「痛いもんは痛いんだから仕方ないだろ! よし、とにかくあのベタベタを避ければいいんだよな?」
「もしまたくっつけられたら、カシファイヤーのときと同じで転がってあちこちに転写させればいーよ。取っちゃえば爆発しないから」
「お前なあ! 一言余計だぞ!?」
「あんたこそ! 秘薬、ほんとにあとから倍にして返してよ!?」

恐怖なら、生命の危機なら確かに感じているのだ。出来ることなら無事に帰りたいとも考えている。
だからこそ早々と逃げ出すわけにはいかなかった。いつかの斬竜のときと同じだ、ここでしくじれば別のハンターが同様の恐怖に耐えなければならなくなる。
誰かに尻拭いをされるのは御免だ――過去、手がけてきたモンスターたちに「俺たちはこんな弱者に負けたのか」と思われるのも癪だった。
クリノス=イタリカはぎしりと双剣の柄を強く握りしめる。

(思い出した……と、思う。あれはきっと、喰われたディノバルドの『夢』だ)

つま先の痛みは未だに燻っていた。恐怖も生命の危機も、嫌というほど、骨身にしみるほど感じている。
だからこそ耐えなければならなかった。約束をしたのだ……たとえ、それが自分自身ではない何者かの夢幻であったとしても、確かに「無事に帰る」のだと。
この畏怖が、緊迫感が、超大型古龍という脅威の存在感だとでもいうのだろうか。少しでも気を抜けば、先の爆発の二の舞だ。
カシワ=ヒラサカはふうっと大きく息を吐く。刃薬が、龍の力が、呼応するように赤い霧を浮かべては霧散した。

「いくぞ、クリノス」
「はいよー、カシワ」

青白く燃える微生物が、ことの成り行きを見守っている。従うオトモたちが、それぞれの狩猟道具を手に握る。
勝ち目がある、名を上げたい……端から、そういった道理ではなかったのだ。狩りびとたちは、再び「骸龍」に向かって駆け出した。





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 UP:22/10/26