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モンスターハンター カシワの書(49) BACK / TOP / NEXT |
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……初めて目にしたのは青の一色。それからというもの、あまりにも長く、永い旅をした。 ありとあらゆる生命をみた。地を駆けるもの、翼を生やすもの、海に潜るもの、己が仔を育むもの、木と土塊ですみかを作るもの。 自分が何時いかなるときに生まれ出でたものなのかを、わたしは知らない。居心地のよい澱みの中で、煌びやかな世界に息づく生命をただ黙して眺めていた。 泥を蹴り、空を飛び、雷を呼び、卵を守り、生活を営むものたち。多くがわたしの前を行き来し、また、瞬きひとつするうちにその生命を燃やしていった。 不思議でならなかった……暗がりの底から眺めるばかりのわたしと違って、彼らの姿はいつでもきらきらと光り輝いている。 己が脚で、翼で、鰭で、嘴で、腕で……生命を燃やし尽くす彼ら、彼女らのこと。もっと知りたい、近くに在りたいと、何時しかそう願うようになっていた。 白銀に輝く太陽、黄金に煌めく月。蒼穹をたゆたう綿雲、暗く揺れる水底。新緑の草海原、菌糸類の群生。開けた平原、潤う湿地帯。二足歩行の生物の根城。 近寄ろうとすればするほどに、わたしは、自分の体があまりにも大きなものであることに気がついた。 最初、何も知らずに上陸しようと木の板が敷かれた集落に身を乗り出したとき。その場に居合わせた二足歩行は皆一様に悲鳴を上げ、わたしから逃げ出した。 声をかけ、呼び止めても、彼らはわたしの話に耳を傾けてはくれなかった。そのとき、体の中央にぽっかりと穴が開いたような心地になったのを覚えている。 ひとり取り残されたわたしは、ふと、目の前にひとりだけ残ってくれた生物を見つけた。口に縄をはめられ、木と土塊で練られたすみかに繋がれた生き物だ。 ……嬉しくてたまらなかった。やっと、誰かと話をすることができる。 息災か、何を食べるのか、何を歌い、何を思うのか。どんなことから聞けばいいのか……胸を躍らせるわたしの前で、それは震えていた。 彼の視線を辿ると、青色の水面が真っ赤に染まっていた。わたしが上陸したとき、彼の目の前で何匹か二足歩行や彼の同胞が海にさらわれてしまったらしい。 海は、ときに残酷なことをする。なんて可哀相なことだろう? わたしは彼を慰めようとして二対の腕を伸ばしてやった。 めきりと、何か、とても軽いものがひしゃげて潰れる音がした。水面がいっそう赤く染まって、わたしは目の前の生き物が姿を消していることに気がついた。 ……、また、ひとりぼっちになってしまった。 ちょうど、そのときには腹が空いていた。足元にたまたま転がっていた肉の塊を、取りこぼしがないよう丁寧に口に詰め込んで、わたしはそこをあとにした。 何故、誰もがわたしから逃げるのだろう。 ときに武器を向けてくる生き物もいた。爪を、牙を、棘を、怒声を、絶叫を……それを向けられる度わたしがどんな思いでいたのか、彼らは知らないだろう。 どうして、わたしはひとりぼっちなのだろう。 考え事をしていても腹は減る。体を巡る力が空腹を刺激するからだ。でも、わたしは運が良い。考えている間、たまたま肉の塊を見つけることが多いからだ。 それがわたしの目の前を通り過ぎる生き物たちの骸であったことに気がついたのは、ごく最近のことだった。 『……痛かっただろうか。寂しかっただろうか』 でも、誰が? この体の中央にぽっかりと穴が開いたような感覚はなんだろう。彼ら彼女らと一緒にいることは、同じ時間を過ごすことは、わたしには出来ないのだろうか。 『……悲しいだろうか。離れがたいのだろうか』 でも、何が? 彼ら彼女らのことを、結局のところわたしはよく知らない。より知りたいと、傍に在りたいと、そう願う度に誰もがもう肉の塊になってしまっているからだ。 『……それならば、せめて』 胃の奥に。誰も寄りつかぬ暗がりに。青白い稲光や、藤色の毒素も届かぬ地の底に。そういった、ありとあらゆる生命が寄りつかないわたしのねぐらの元に。 いっそのこと、彼ら彼女らを連れて帰ろう。たとえ肉の塊に、わたしの体を巡る力に代わろうとも。寝床で寝そべり、夢の中で語らい、誇りを分かち合って。 それこそ、常しえの暗がりの中でずっとずっと一緒に居たらいい。 恐れることなど何もない、死んでしまえばそれっきり。どのようなきっかけで、どのような間で命を落とすかなど、それこそ神か何かでなければ分かるまい。 『君は、誰が為に生きる? なんの為に死に急ぐ? その頃は息災だったか、何を食べていたのか、何を歌い、誰を想っていたのか……君は、幸せだったのか』 悲しむ必要など何もない。死んでしまえばそれっきり。たとえ骨となってしまっても、手元に手繰り寄せれば、君たちの面影はすぐに思い出すことができる。 ずっとずっと一緒にいよう。君たちの姿は、呼吸の音は、合間に口ずさまれる歌や次代の卵の丸みなどでさえわたしはずっと覚えている。 美しい君たちの全てを、世界の有り様を、どうして忘れることが出来ようか。君たちがわたしに向けた武器の鋭さ、痛みさえも、今となっては大切な宝物だ。 『……眼を抉り、臓物を掻き出して、喉笛を噛みちぎり、四肢を裂いて……これは、炎を生むもの。この黒く艶めくものは、爆発するもの。これは……』 君たちがこの世界で生き抜くために、大切なたからものを護るために、あらゆる努力を具現化させて磨いてきた特別な武器の類。 どれにも素晴らしい知恵と研鑽の跡が見てとれる。君たちが「暗がり」に沈んだ今、これらは持ち主を失い彷徨うばかりだ――そんな非道は、させられない。 『君よ、君たちの誇りよ。わたしがずっと一緒にいよう。君たちのこの誇りの結晶を以て、わたしたちの安寧を脅かすものどもから此処を護ろう……約束だ』 ずっとずっと一緒にいよう。ずっとずっと未来永劫、君たちの骨が青く燃えるほどに。君たちの魂は、誇りは、生き様は、全て全部わたしと共に。 ずっとずっと一緒にいよう。ずっとずっと一緒に、ずっとずっと常しえに、何故ならばわたしと君たちは血と肉とを通じて一心同体と成れたのだから。 ずっとずっと一緒に居よう。ずっとずっと一緒に、ずっとずっと共に、ずっとずっと互いの身が朽ち果ててしまうほどにずっとずっと一緒にずっとずっと 『答えてくれなくてもいい。応えてくれるまでもない……大丈夫、心配いらない。君たちはずっとわたしと一緒なのだから。わたしが、傍らに居てあげよう』 ……『そのようにして、過去、葬られてきたものたちが在ったのだ』。 常しえの暗がりは何ものの声も返さない。ただぼんやりと、青白く灯を点す微生物が息を潜めているだけだ。 此処に在るのは「彼」自身と……「彼」に捕食され無残に打ち棄てられた残骸ばかり。哀しいほどに怨嗟の慟哭すら聞こえない。 「彼」以外の全て、ありとあらゆる生命の残りもの。誰ひとり原形を留めておらず、誰ひとりが不自由で、誰ひとりとして悲嘆に暮れることすら儘ならない。 「――オストガロア、」 そこに突如として現れたのが、上から降ってきた二足歩行の見知らぬ生き物たちである。 息を一つ吐き出して、己の武器だけを手に、獲物を星の数だけむしり取ってきた「彼」の腕に、彼らは強引に噛みついた。 ねぐらに、己が領域に、最愛の骸たちを詰め込んだ根城を侵略された「彼」の怒りは、もはや計り知れない。 『――ォォォオ……』 「ほーら、またブラキの腕! カシワ!」 「当たるなよ、だろ。大丈夫だ、分かってる!」 うろが、再び青白く染まる。主の怒りを宥めるかのように、発光性の微生物が過剰反応しているのだ。 バチリ、と赤黒い稲光が迸った。自身の体内に多量に蓄積された「龍をも喰らう古の龍の力」が、「彼」の激昂に釣られて今にも吐出されようとしている。 「……お前に恨みなんてないんだ、」 鮮やかな粘菌を纏う腕の根元に張り付き、同じく古の龍の力を借りながら。狩り人のうち、黒髪の方がぽつりと何事かを呟いた。 「けどな、お前は『殺りすぎた』。本当は自分でも分かってるんじゃないのか!?」 苦悩でも苦渋でもない、ただ純粋に得物の重量と疲労の蓄積に耐える、苦悶の顔。「彼」が大切に積み上げた足場を踏みつけ、身勝手な言い分を叫んでいる。 「彼」にそれを聞き入れる道理はない。高々と振り上げられた腕が、歯噛みし続ける狩り人たちめがけて振り下ろされた。 右に張りついていた女は横に滑るように移動してこれを回避。左に張りついていた男は飛び散った粘液に気を取られ、足をもつれさせる。 「彼」の体液で固められた足場は簡単には崩れない。得物の重さに耐えかねて転倒した黒髪は、体の側面を強打するも、身を横転させて叩きつけを回避した。 「カシワ!」 「ニャニャッ、カシワさん!?」 「ッ、こなくそっ!」 もう一度、もう一回、ごろんと転がって跳ね起きる。距離を取り、喰腕の攻撃範囲外に強引に逃れたのだ。 すでに息が上がっている……彼らが「骸の龍」と会敵して、早くも三時間が過ぎていた。 それでも「彼」が二度も怒り、秘蔵の武器を地底から取り出したということは、彼らが十分に上手く立ち回っているという証でもあった。 「どうだ、立て直したぞ!?」 「バッカじゃないの!? そんなの、自慢にもならないしっ」 しかし、「彼」の攻撃も苛烈さを増している。何かを目測していたのか、不意に女狩人がきしりとわずかに歯噛みした。 「時間、かかってるなー……久々だし、さすがは超大型ってところかな」 黒塗りの二振りを握る手に力を込め直す、天色髪の女狩人。「彼」のような生き物を狩った経験があるのか、その横顔に小さな焦りが窺える。 「……クリノス! なんかっ……様子、おかしいぞ!!」 彼女に怒声を浴びせるのはやはり黒髪黒瞳の狩人。こちらは経験が浅いのか、元から狩りのペースを掴むのが不得手なのか、息も絶え絶えという始末だった。 刹那、「彼」の喰腕から迸る赤黒い光。龍の頭部を模した指先が開き、散々溜め込んできた古の龍の力が光線となって二足歩行に放たれる。 女狩人は駆け出し、なりふり構わず骨床に飛び込むようにして緊急回避。逆に、男狩人は転がって避けようとしたところで負傷した側の脚に光線が直撃した。 「……っぐうぅ!!」 ……あれは、相当痛むだろう。見るに堪えないと言ってもいい。 爆破で破れた皮膚に直接、龍の力が注がれたのだ。全身はおろか心まで爪牙でじわじわと削られていく感覚……立っていられればそれだけでも御の字だろう。 あの力には覚えがある。獲物を喰らおうとする龍の生命そのもの、化身とさえいえる、他の生き物の心身を丸ごと喰らおうとする人外の力だ。 古の時代、二足歩行を意にも介さなかった龍どもの意思、視線。生けとし生けるものをねじ伏せ、支配下に置こうとする絶対的強者からの暴圧――龍属性。 まともに浴びれば、たとえ多量の素材と金銭をつぎ込んで鍛えた武具でさえも容易に畏縮し、その特性を自ら封じてしまう。 案の定、黒髪の狩人が持つ龍属性を宿す武器は完全に沈黙してしまった。激痛に悶え苦しみ、足場を転がる男の元に彼の付き人が急ぎ駆け寄る。 「だっ、だ、旦那さん!!」 「ッ、アル! 避けろ!!」 男が付き人を突き飛ばしたのと、「彼」が再び光線を掃射したのはほぼ同時。光線に飲み込まれた主人を見て、黒毛の付き人は未だかつてない悲鳴を上げた。 「……ッ、ひっ、や、だんなさ……旦那さん!! 旦那さぁああんー!!」 「アルくん! カシワ!! ……リンク!!」 「ニャギャー! こっ、ここからじゃ今からじゃ間に合わない確率百パーセントニャー!!」 流れが転じた、そのようにしか思えなかった。 ぼたぼたと大粒の涙を流してまるでまともに動けなくなった黒毛の付き人、オトモメラルー。 一方、龍属性を直接浴びて吹き飛ばされ、倒れ伏した未熟としか言いようがない黒髪の狩人。 ……健闘した方だとは思う。非情なことだ。しかしこの絶対的な隙を「彼」が見逃すはずがない。巨躯を引き、力を溜め、双方めがけて超突進の構えをとる。 「あーっ、これは一乙確定かなー!!」 「……誰が、それを許してやると言ったんだ」 意外にも。意外にも、まだ彼らの中には諦めの悪い者がいたようだった。 冥い大穴の天井、うろの上。彼らが飛び込んできた遥かに遠いあの入り口から、新手の二足歩行が降ってくる。 飛び降りる最中、手にした袋を片手間で破って周囲に輝く純白の粉を振り撒き、直後、小ぶりな青白い木の実を犬歯で噛み砕く。着地するや否や全力で疾走。 崩れ落ちた付き人の首根を掴んで勢いよく放り投げ、次いで背負っていた爪牙を手早く引き抜いた。 大慌てで駆け寄ってきた女狩人が付き人を抱きとめたのを、男狩人がのろのろと立ち上がった様を、この来訪者は目で追うことさえしない。 「――ユカ、」 「あとにしろ。走れ」 「お前っ……よく言うよ!!」 ガキン、と重低音とともに展開されたのはよくよく見知った色の弓一張。鴇の地色に洋紅、紅鶸が濃く、鮮烈に掛け合わされている。 新たに現れた二足歩行の出で立ちもまた、武器に劣らず眼に鮮やかな色をしていた。間髪入れずに矢がつがえられ、なんの躊躇もなく「彼」にその牙を剥く。 まっすぐに放たれた射撃は縦型の多段式だ。矢じりにはしっとりとした薬液が艶めいていて、射出と同時に鋭い火が点いた。 一、二、三、全て喰腕の先端に命中。直後眼前に迫る巨大な幽霊船を、男は体をひねり、泡狐竜か飛雷竜の跳躍のような動きで軽快に回避した。 「……なんて奴だ」 黒髪がぼやく間も、追撃は止まない。ぐるぅんときびすを返した「彼」と視線が重なるより早く、振り向きざまろくに照準も合わせぬままに、男は矢を射る。 背中に目玉でも付いているかのような正確さだ。最大限に絞られた弦から放たれた無数の矢は、寸分違えず「彼」の腕に突き刺さる。 バチン、と盛大な爆発が起きた。何が起きたかまるで分からない――「彼」の心を代弁するなら、そんなところだろう。 「えーと、うーんと……テオ弓!」 「正解だ、クリノス。カシワ、お前はまだやれそうか」 「今そんなこと聞くなよ、当たり前だろ」 ギィイイイ、と空をつんざく悲鳴が轟いた。突然の反撃に驚き怯んだ「彼」の巨体が、派手な水飛沫を上げながらどう、と倒れ込む。 『向かうところ敵無し』。そのように自負し、誇っていた「彼」がついに巨躯を地に着けた。群れることで力を増す二足歩行たちがこの機を逃すはずもない。 「『オトモ・アルフォート』は戦意喪失につき戦線離脱、代行として俺が出る。回収は、」 「――おい! ユカ!! オミャー、いきなり降りたと思ったらなんでもかんでも全部オレに押しつけやがって! あとで覚えとけニャ!!」 「……だ、そうだ。ここから巻き返す。遅れるなよ」 「なんだ、死にもの狂いで死ね、って言われてるような気がするのって俺だけか? 違うよな!?」 「ちょっと、ユカ! 爆破武器持ってきたなら部位破壊の一つでもしてよ!?」 「ふん。努力はしよう」 「彼」の背中は、どれだけ鋭い槍でも鋭利な剣でも貫くことができない、頑丈で不気味な殻に守られている。 堅牢な骨の塊だ。それが何で出来ているのか、元の持ち主が存在するのか、はたまた「彼」が唯一余所からもぎ取らずにいた自前の盾であるのかどうか…… 明かされていない点は多くあったが、実はこの鎧には「彼」自身でさえ護りきれない脆い部位があったのだ―― 「エリアル……あーっ、狙いにくい! 届くかどうか!」 「クリノス、『俺の背中』を使え! そんで、こいつに派手に一発かましてやれ!!」 「オッケー……ユカ! わたしに矢、当てないでよ!」 ――背中の中央、普段は体高の関係で眼にすることができない、脆い部分。 剥き出しになった哀れな弱点殻だ。七色に煌めき、虹色に淡く発光する様は、まるで犠牲者の生命を内部に閉じ込めた螺鈿細工か希少玉石のよう。 そのことさら目立つ地点めがけて、射手は休む間もなく矢をつがえ、女狩人は黒髪を踏み台にして天高く駆け上がり双刃を振るう。 傷を負わされる度に弱点からチリチリと、生命エネルギーが散らされていくのが見えた。とはいえ二足歩行の視力では視認するのも難しいことかもしれない。 「ユカ! アルは……アルフォートは無事なんだよな!?」 「他人より自分の方を案じろ。……チャイロが回収したんだ、怪我の一つも負わんだろうさ」 「彼」が、怒りに打ち震えているのが分かる。隙を露呈し、脆い核を晒して、弱者そのものである二足歩行に好きに暴かれるのは……どれほどの屈辱だろう。 とはいえ、二足歩行側も随分と消耗している。決着を急ごうとしているのがあの銀朱の騎士気取りの動きでよく分かる。 これはれっきとした狩猟光景だ。狩る側と狩られる側、強者弱者と、はっきりと明暗が分かれる生殺与奪の類の話。負ければ命の保証はない。 二足歩行側が必死になるのも無理はない。少しでも油断すれば、足を止めれば、ずる賢い「彼」に返り討ちにされることを彼らは知っているからだ。 しかし、それでも。 『「やりすぎた」、そうだろうねえ。でもねえ、結局は「彼」もただの生き物なんだよ。いざ自分が摘まれる側だと分かれば、怖くもなるのじゃないかなあ』 自らの危機を顧みずに強大な相手に挑まなければならないときが、彼らにはあるのだということ。それを……「僕」はよく知っている。 そしてまた強大な側も、時と場合によっては摘まれる側に立つこともあるのだということ。きっと「彼」はそれを知らずにきたのだろう。それだけの話だ。 『ォォ、ギョォアァァオオオオオオ――』 ……そもそも、「僕」には「彼」の考えが分からない。少なくとも「僕」は「彼」ほど悪食ではないし、欲に負けて自我を手放すこともないのだし。 「二、一……起き上がるぞ。喰腕狙いに戻れ」 「なあっ、何度か破片が飛び散ってるぞ。効果あり、ってことだよな!?」 「カシワー。あんた、今度はウチケシの実も持ち歩いた方がいいよ? わたしたちの武器って、属性が火力に直結するんだから」 「ウチケシの実っ? なんで今、」 「馬鹿なの!? さっきユカが『広域』で広げてくれたから属性やられが解けたんでしょ、周りよく見る!」 決死の形相で「彼」の腕に縋りつく黒髪。 両腕を巧みに操り「彼」の血肉を削る天色髪。 舞踏か曲芸の如き柔さで「彼」を翻弄する銀朱色。 古の龍など、「彼」の性根など知ったことではないとばかりの猛攻が続く。もし、彼らと対峙する日がきたとしたら――「僕」は上手く、やれるのだろうか。 『! ……おやあ、なんだか悪い気配だ』 ……高台から竜ノ墓場の催しを眺めていた「霞の龍」は、首を伸ばしてうろの底を注視する。 「骸の龍」の怒りが収まり、青白く発光していた微生物が沈黙し、ふと場に暗がりが戻されたその瞬間。おぞましいほどの大音量の咆哮が天地を震わせた。 無意識に一歩下がり、幻影はのっぺりとした眉間に力を込める。もう一度うろを覗き込めば、狩人側の動きに乱れが生じている様子が窺えた。 『龍属性の直線光波は下位の個体でも撃つことが出来たはずだけれど。もしかして……そうじゃない、ってことなのかなあ』 見下ろした先、喰腕を振り乱し、横滑りしながらところ構わず光線を乱射する骸の龍。怒りは収まっているようだったが、敵意はより明確に噴出している。 合間合間に打ち上げられる粘液も相まって、二足歩行側は立ち回りで苦戦しているように見えた。 「様子が妙だ。クリノス、カシワ、一時撤退の用意を、」 「一時撤退!? 無茶言うなよ、こんなビームと粘液だらけの状況でどうやって!?」 「ユカ、あんたはモドリ玉持って……」 長引く局面を打開しようとしたのだろう。彼らが武器を納め始めた、そのときだ。 骸の龍が骨床に喰腕を埋め、直後、新たに地底から秘蔵の武器が取り出される。不穏に濡れた刀刃が、わずかな光を反射させて煌めいた。 青黒く艶めく刃と鋭い牙、獣竜の顎による合成武器……「それ」を目にした瞬間、眼下の二足歩行のうち黒髪黒瞳の狩人が一人、びくりと足を硬直させる。 「……んで……」 「カシワ?」 「なんでっ、お前が『それ』を持ってるんだ!? それは、それは……っ! 『お前の得物じゃない』だろう!!」 たちまち、激昂の絶叫が上がった。我を失ったように取り乱す男をあざ笑うように、骸の龍は得意げに、見せびらかすように新たな武器を振りかざす。 俄に宙に火花が爆ぜ、金属臭が飛散した。赤熱の火種が生まれ、斬竜から奪取された灼熱の刃がその本領を遺憾なく発揮する。 「バカ! カシワ!! あんなのどう見たって挑発っ、」 「クリノス、お前も退がれ!!」 ボッ、と初めにごく小さな火が生まれた。直後、視認したものより遥かに大規模な火焔が上がり虚空を燃やす。 「……!!」 黒髪のハンターの顔は、いつしか憎悪と憤怒で歪んでいた。 仲間の制止すら聞かずに駆け出す様は、まるで男が、何かの亡霊に取り憑かれているかのようにも見えた。 |
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