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モンスターハンター カシワの書(43)

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……ほんとうは、こうなる前からちゃんと分かっていた。
「彼」が家に帰ってこないこと、わたしたちが二度と会えないこと。このままでは、わたしたちの「たからもの」も冷たくなっていくだけだということも。
けど、それを認めてしまったら。僅かな、本当に一握りの希望さえなくなってしまうような気がして、長の言葉にもうんと言えなかった。
わたしが「彼」を探しに出ていくことで地下から出てこられなくなった二足歩行の集団がいることも……分かってる。
長が言っていたのは、きっとそのことだから。あの二足歩行はろくなことをしないって、レイアでさえ長々と零していたくらいだったから。
レイアには悪いことをしてしまった。彼女は旦那さんから褒められた翼を大事にしていたし、きっと、しばらくはごはんをとるのにも苦労するかもしれない。
わたしが家の外でできることなんて、ほんとうはもう何もない。
……ほんとうなら今すぐにでもレイアが隠したわたしたちの家に戻って、「たからもの」たちが目を覚ますのを、彼らの傍でじっと待っているのが一番いい。
ちゃんと分かってる。けど……それでも。

「――      !!」

張りあげられた声は若い雄のそれ。さっきから馴染みの狩り場をうろついて、わたしを追いかけてくる黒毛黒眼の「はんたー」という生き物。
長は、彼らに見つからないよう気をつけて暮らすようにと言っていた。けど、こうなったからにはもう手遅れだとわたしは思う。
だって、あの牙はとっても冷たくて、痛かった。斬られたところがヒリヒリして、少しずつ石か何かで固められていくみたいで、寒くて……そう、怖かった。
とってもとっても、怖かった。あともう一つ……爪みたいなものもなんだかトゲトゲしていて、そっちも痛くて嫌だった。
まっすぐ向けられてくるその二つが、冥く光る紫色が、全然、諦めもしないで向かってくる黒い眼が。わたしはなんだか、とっても恐ろしくて仕方なかった。


『……どうして?』

くると振り向いた先で、雄と、何故かその隣をうろちょろしている黒い獣人がわたしを見る。またあの牙を抜いてくる。
冷たくて冥くて、痛いやつ。噛んでもぎ取ろうとしたけど、「お前には用がないから帰れ」って直に警告したけど、全然、退きもしなかった生命のふたつ分。
だって、わたしが用があるのはあいつらじゃなくて「彼」だもの……あぁ、でも、そっか。「彼」は、もうどこにもいないんだっけ。


「     」

雄が何かを言う。牙を抜いて、わたしにまっすぐ立ちふさがる。切っ先が、お日さまに照らされて鈍く光った。
嫌な得物だ。少なくともわたしは好きじゃない。痛いし冷たいし、何よりわたしたちの顎の形を真似してるみたいで気に入らない。
だってわたしは、「ディノバルド」だから。斬竜、灼熱の刃、斬鉄の剣、荒ぶる刀剣……いくらでも呼び名はあったけど、長は最後に必ずこう言っていた。


『……わたくしは、貴女のその眼をとても美しいと思っているのです。あなた方のたからものにもその色が継がれるようにと、密かに願っているのですよ』

「彼」やレイアは、いつだってわたしの得物を褒めてくれた。綺麗な青色だ、あの天や地底湖よりも見ていて気持ちがスッとするって。
でも長は違った。わたしだって、どうして自慢の得物より目玉なんかを褒めるんだろうって、ずっと思ってた。


「     」

……でもね。いまなら、長の気持ちが少しだけ解るような気がするの。
正面、目と鼻の先、向かい合う黒毛黒眼の雄。原っぱのにおいに混じって火竜と怪鳥、あと……少し、砂っぽい臭いがしてる。
眼差しがまっすぐで、うんと透き通っていて、何故かわたしも眼をそらせない。逃げられない、逃げない、やってやる、不思議とそんな気持ちにさせられる。

『何を言ってるのか分からないけど。わたしは「たからもの」のところに帰るの、邪魔しないでっ!!』
「――お前に、恨みなんてないんだ」

沸々と喉が燃える。眼がじわりと熱くなる。頭がかっかして、息が短くなって、全然、わたしはじっとしていられなくなって「はんたー」に怒鳴り散らした。
なのに、目の前のそいつは不思議な顔をしていた。変な貌だった。なんだか、お日さまがさよならするときの感じによく似ていた。


「俺も本気だ。帰らなきゃいけないんだ。だから……」

なにをごちゃごちゃと叫んでいるんだろう。長は彼らの言葉に詳しいらしいけど、わたしにはよく分からない。
だから気にしない。どのみち、このふたつをどうにかしないとわたしは家に帰れない。あんな風になったけど、レイアが先に行って待っているはずだから。


「……だから、もう、加減はなしだ」

紫牙が、青々とした葉っぱの色に燃えるのをわたしは見た。二足歩行が垂らしたそれが刃薬と呼ばれるものであることを、わたしは知らない――






「旦那さんっ!!」
「アル! 向かって左だ、駄目なら胸元に飛び込め!!」

――古代林、北西に位置する大草原。行方を消したディノバルドは、長らく放置されていた首鳴竜の腐肉を齧った顔でこちらに振り向く。
疲労と腐肉臭に満ちる口腔内は、変わらず赤く燃えていた。一方で温度を損ない錆びついていた尾刃は、いつ研いだのか、またしても青黒く艶めいている。

(自分で研いで、燃やして、か……なんだ、俺より武器の手入れができるんじゃないか!?)

カシワはアルフォートに二手に分かれるよう指示を飛ばした。黒い毛並みが駆け出すと同時、遅れないようタスクギアを握って疾走する。
目指すは眼前、斬竜の正面へ。眼を輝かせるディノバルドは、ぐっと屈強な身体をひねって軸合わせをする。尾刃で攻め立ててくることは容易に想像できた。

「(三、二、……遅いっ!)」

口内で数える。尾が迫り上がり、曲げられ、突き出されるその瞬間。明確に視線が重なって、直後狩人の体は尾刃の軌道から逃れるように左に転がっていた。
視界が三百六十度回り、とって返すように跳ね起きる。空色がこちらを見る。眼前を散らされた葉が過る。金属臭が鼻を掠めた。
……腕が重い、肩が強張る、呼吸のやり方は忘れてしまった。ぐっと一歩踏み込んで、先の隠し持っていた薬液を吸わせた得物を愚直に振り下ろす。

『……!』
「痛いか、痛いよな……俺も、同じだ」

「重撃の刃薬」。ベルナ村より遥か遠く、異国を経た交易でしか入手できない片手剣専用の強化薬だ。
会心のそれと同様に、得物に流して気化させることでその効果は発現される。ときわ色に明滅する刃は、斬竜の血を啜ってもなお鮮やかな常緑を示していた。
……いつもより手応えが重くなったような気がして、無意識に謝罪の言葉が口をつく。
振り下ろす度、頭部に刃が食い込む度に、硬度と重量を増したタスクギアがディノバルドの甲殻を暴いて中身を貪っているかのようだった。

 ――痛い! どうして!!

「……ッ!!」

咄嗟に飛び退く。直後、歯噛みするように牙を鳴らした獣竜の口から焔が迸った。口腔内に熱が回り、火炎嚢からマグマが沸き、空気に灼熱が混ざり込む。
その背が、焔の形をした背甲が、あっという間に紅く染まった。荒い息が漏らされ、足踏みは早まり、眼も炎々と燃えている。
カシワはその変貌を固唾を呑んで見守っていた。怒りに燃えるディノバルドは、隠しきれない熱量を体中から噴かせて激情のままに咆哮する。

 ――『彼女』にも、退けない理由があるかもしれないのに

「……だから、俺も加減するのをやめたんだ」

怒り状態への移行。構えていた盾を下ろし、刃薬を纏う剣をより強く握って前に出た。
この場に居もしない白い子どもへ、僅かな苛立ちを込めて反論する。返ってくるのはディノバルドの怒りの叫び声ばかりで、まともな応酬は望めそうにない。

「ニャァー! 気合い! のっ! 貫通ブーメランですニャ!!」
「慣れるの早いなあ……俺だって!」

咆哮に耐性をもつアルフォートは、さっさと斬竜の右側に移動して投擲物で対抗している。カシワへの感情が勝っているのか、斬竜はオトモに目もくれない。
地をこすり、野草を蹴散らして、摩擦熱を噴かせながら尾刃が地表を一閃した。先と同じように得物が高熱を纏い、すぐに赤熱が点される。
もう一度、ディノバルドは尾刃で地表に弧を描いた。今度は得物が燃えている。一拍おいて、砂かけのように弧の軌道に沿って勢いよく業火が飛ばされた。

「どぉっ!? そ、そんなのアリか!?」

追いすがろうと駆け寄った矢先の話だ。避けきれずに文字通り火だるまになった直後、迷わず草原を転がって鎮火を急がせる。
勇み足が過ぎるから――僅かな白煙を上げて煤をこぼした防具に、そんな文句を言われたような気がした。
痛みは少ない。胴を護る怪鳥も、頭と腕を包む火竜も、腰と脚を支える砂竜も、火と好相性のものばかりだ。立て直せる確信と共に跳ね起きる。
視線を上げたとき、獣竜は軽々と跳躍して間合いを稼いでいる最中だった。またしても広がった距離に、まるでリオレウスのようだ、とカシワは独白する。

「狙うから、軸合わせが必要だから、位置取りの関係があるから、飛んだりバックジャンプしたりするのか」
「だ、旦那さん?」
「悪い。大丈夫だ、アル。ちょっと考えごとをな」

誰が彼らを灼熱の刃と呼んだのか。金属光沢を保つ牙も、賢さを見出せる空色も、どれもが正反対の冷ややかさに満ちるのに。
飛竜リオレウスも獣竜ディノバルドも本質は同じだ。縄張り、家族、自身を脅かすものに容赦をしない。気質、習性の差はあれど、そこだけは共通している。
今、彼らの縄張りに踏み込んでいるのはこちらだ。とはいえ古代林という巨大な狩り場そのものも、斬竜の為だけに在るわけではない……

「〜〜ッ、旦那さんっ!!」
「うおっ!? ど、どうした、アル?」
「し、集中しますニャ! 狩り場で考えごとするのは危ないって、前にチャイロさんが言ってましたのニャ!」
「チャイロが?」
「ぼっ、ボクも旦那さんも技術は小金魚だから……よく見て、覚えて、身体にしみこませろって……反省会は帰ってからでいいって。言われましたのニャ」

……小金魚とは。仔ガーグァとかフェニーとか、他にもっと言い方があったのではないだろうか。
一瞬困惑した後、そういえばチャイロもメラルーだからなあ、と思い直す。そうして後輩狩人は、僅かにしおれそうになっていた気持ちを持ち直した。

「! 旦那さん」
「ああ。アル、隙を見て『オトモ鼓舞』、頼む」
「……ニャイ! 任されましたニャ!」

撫でた頭から手を外して、得物に添える。刃薬は辛うじて効果を残していて、刃もまだ一片の刃こぼれも起こしていない。
指先で表面を撫でると、呼応するように氷霜と常緑が立ち上った。ドッと物々しい音を立てながら怒る獣竜が直進してくるのが見える。
何か仕掛けてくるつもりなのか――おもむろに左腕を上げ、タスクギアを横に倒す。ちょうど、駈け寄ってくる斬竜を横薙ぎに一刀するイメージだ。

「アル、頼んだぞ」
「ニャイ、旦那さん!」

それ以上の言葉は要らない。アルフォートは四肢を全開にして左方面に走り出し、カシワも両の指先で寝かせていた氷刃をいつもの定位置に下げ下ろした。
駆け出す。心臓ががなり立てる音がする。奇しくもそれはディノバルドの歩みと同じリズムを刻んでいて、間合いを詰めるのに重宝した。
「間合い」だ。金属粉と燃え滓が視界を過り、描かれたばかりの弧を越して、気付けば巨躯はあと数メートル先の位置にある。
先攻は斬竜から。立ち止まり、長躯をひねり、収縮、息つく間もない尾刃の叩きつけ。今度は向かって左から。右に転がりながらぎくりとして顔を上げる。
視線を走らせると、アルフォートはすでに真後ろでラッパを掲げているところだった。ほっとするのも束の間、ディノバルドは首を伸ばして噛みついてくる。

「――うぅッ、」

赤熱が脇腹を撫ぜた。火炎嚢から噴き立つ炎は、主の怒りも相まって口腔内に留まってなどいられない。
なおも転がり距離を取る。起き上がったとき、太もも、ふくらはぎをびっしりと覆う砂竜の鱗に、僅かに熱でひしゃげた跡が残っていた。
しかし怯んでばかりもいられない。ぐっと歯噛みして、凝りもせずに頭部に何度も氷刃を振り下ろす。血は爆ぜ、火花は散り、視界はすぐに紅く染まった。

「……ッ、なん、」

刹那、ぞくりと背筋を冷たいものが這う。悪寒、警報、恐怖の類。カシワは、数メートルの間合いを確保したディノバルドが妙な体勢を取っている様を見た。
ギギギと不気味な音が鳴る。長躯がバネのようにしなり収縮する。あの斜め上から叩きつけるように刺突してくる動きとは重さが段違いだ。
斬竜はその場で踏ん張って立ち、自らの凶暴な尾刃を強引に口にくわえ込んでいた。金属粉が撒き散らされ、火花が舞い、燃える得物がより鮮明に光り輝く。
その美貌を、殺傷力を、見せびらかし見せつけるかのように……傾いだ灼熱の刀刃が、立ち尽くすハンターを赤々と照らしている。

(これは……まずいやつだ!!)

それは殆ど直感だった。反射といってもいい。ぱっ、と赤色が抜かれた途端、全ての物音が一斉に消し飛んだ。
前方に構えた盾は、瞬間、腕ごと弾き飛ばされんばかりの強烈な衝撃を受けて悲鳴を上げる。
空が、風が、呼気が斬り伏せられる。ビリビリと大気が震え、無数の粉塵が舞い、しばし、振るわれた太刀筋の軌道が鎌鼬の如く猛烈な烈風を巻き起こした。

「……ッッ、痛ぅ……っ!!」

文字通り、抜刀術だ。力を溜め、限界まで縮めた長躯を解き放ち、切れ味と赤熱を高めた荒ぶる刀剣で全力で周辺を薙ぎ払う力業。
ディノバルドは本気を出している。これまで撃ったことのない一撃を披露してきたのがその証拠だ。
息が詰まる。両足で立てている自分を褒めてやりたいくらいだ。右腕は……感覚が、まだ戻ってきていない。
歯噛みし、睨み上げたその先で。必殺の一撃を放ったばかりの斬竜は、平然と得物を同じ体勢でくわえ直し、またしても力を溜め込んでいる最中だった。

「嘘だろう……連続で撃てるのか、それ」

根元から先端へ、赤熱はより赤く熱く。絶妙な角度に傾げ、刃の表層を晒け出して、さも獲物の脚を恐怖で縛りつけるためかのような研磨が続く。
どくりと、全身が心臓に化けたような感覚が走った。俯き、剣を握りしめ、ぐっと足を前に出す。

「だ、旦那さんっ!?」

アルフォートの絶叫が聞こえた。それでも体が、心が、この場から逃げ出すことを拒絶している。
冷や汗が噴き出し、喉が渇き、動悸も止まらないのに歩みが止まらない。斬竜の研ぎ動作もあと僅か、もう一握り分の時間で完遂してしまう。

『……!』
「分かってる。俺も本気だ」

……そもそもだ。何故、ディノバルドの尾刃はあのような仕組みになっているのだろう。
ただ獲物を刺し穿つだけならわざわざ研ぐまでもない。尾刃そのものだけでなくそれを覆う鉱物や尻尾自体も自然と生え替わるなりした方が楽ではないのか。
時期がきた頃に容易に差し替えがなされる部位という方が、自ら細々と手入れし、熱に焦がされる必要もないだろうに――

(三、二、……!)

――濃紫の牙が、視界の端で煌めいた。ざわっと音が瞬時に遠退き、酷い耳鳴りがして、後輩狩人はそのまま全身の力をもってディノバルドの前に踊り出る。
金属臭がする。火炎嚢が煮えている。赤い閃光が宙を駆け、青空を丸呑みするかのように眼前を寸断した。
否。斬撃は斬竜だけの特権ではない。「寸断するのはこちらも同じ」だ。

「ッ狩技、『ラウンドフォース』レベル弐!!」
『なんでっ! ……どうして!!』

……一閃! 白刃は容赦なく絡み合う。場を、流れを食いちぎるように暴虐の鎌鼬が地平線を駆け抜ける。
カシワが左腕を振るいきったとき、重撃の刃薬の効果は消え失せていた。
また一方で、ディノバルドが大回転斬りを放ったとき、二足歩行側は一歩分だけ多くその懐に踏み込んでいた。

「! だっ、旦那さ……」
「ああ……悪くない流れだろうな」

結果として。結果として、斬竜の尾刃はバキッと不快な音を立て、その表層にくっきりと巨大なクラックを描き出していた。
よろけ、ふらつき、一瞬でこそあるが、ディノバルドは動揺したような眼差しで狩りびとたちに振り返る。
その双眸に、明らかに恐れの感情が見て取れた。
空色は再び湖面の水分をいっぱいに湛え、たたらを踏んだその脚できびすを返し、鈍重に巨躯を引きずっていく。
見渡せばそこかしこに鮮血が飛び散っていた。刃薬の効果も相まって、知らず知らずのうちに相当のダメージを叩き出していたらしい。

「攻撃珠が効いたかな……」
「旦那さん、追いかけますニャ?」
「それしかないだろうな。行くぞ、アル」
「ニャイ、ですニャ!」

瀕死に陥り、巣の近くで回復のための深い眠りに落ちるなら無理に起こすこともない。常のように罠を仕掛けて捕獲すればいい。
ようやく感覚が戻ってきた右手で拳を作り、ぐっと何度か握り、緩めて戻すを繰り返す。ここにきて緊張が解けたのか、全身からどっと力が抜けていた。

「! ……あれは」

歩き出してすぐ、ディノバルドが去った方角にきらりと光る物体が落ちているのを見つけた。青黒く艶めくそれに、先ほどまでの赤熱は含まれない。

「旦那さん。これ、尾刃片ですニャ」
「そうだよな……逃げるときに落としていったんだろうな」

錬磨の痕が窺える。鉱石に何度も擦りつけ、牙で研ぎ、あるいは赤熱を伴わせて侵入者を屠ってきた尾刃の断片。
微かに金属と煤の残り香が表面を漂い、後輩狩人は鼻に近づけていた破片をそっと眼下へと戻した。一瞬迷った後、ポーチの奥に尾刃片を突っ込んでおく。

(……ああ、そうか)

パチリと蓋を閉めたとき、青黒い刀刃の欠片が暗がりの底に沈んだとき。
カシワはディノバルドが何故あそこまで尻尾を気に掛けていたのか僅かでも知れたような気がして、ポーチの上から破片を叩いていた。

(俺にとってのハンターナイフやタスクギア、ヴァイパーバイトと同じだ。あいつにとって、あの尻尾は凄く大事な得物なんだろうな)

即ち、自分の命を預けられる相手、狩りを嗜む時間を共にする相手だ。尻尾なら生え替わりでもすればいいのに、などと考えた自分が浅はかに思えてくる。
愛用する武具を整えること。何もそれは、己が力を誇示したいというだけの話ではないのかもしれない。
あまりの羞恥にゲホゴホとわざとらしく咳払いしていると、オトモが眼を瞬かせながらこちらを見上げてくるのに気がついた。
大丈夫だ、そう告げるとぱあっと表情が明るくなる。そんなアルフォートもまた、打ち立ての装備が煤で汚れていた。雇用主と同じ、火竜のオトモ防具が。

「よし、あともう一息だ。頑張ろうな、アル」
「ニャイ! あのっ、旦那さん」
「ん?」
「その……新しい防具、ありがとうですニャ。お陰でそんなに怪我しなくて済みましたし、それにっ」
「それにって。まだ何かあったか」
「う、嬉しくて。あの火竜が、ボクがモガの森で見上げることしかできなかったリオレウスが、ボクを護ってくれてるみたいで……心強かったんですニャ」

照れくさそうに笑うオトモを見下ろしながら、後輩狩人は僅かに目を見開く。その言い方ではまるで、父が言う「借り物」の話のようではないか。
ぐっと拳を作り頭を振る。アルフォートは純粋に新しい武具を喜んでくれているだけで、恐らくそこに他意はない。
それに、本来ならもっと早く装備を整えてやるべきだったのだ。前から話さなければと考えてはいたものの、実現したのは今回というかなり遅い時期だった。

「……旦那さん? ボク、なにか変なことを、」
「い、いや、なんでもない。なんでもないんだ」

ディノバルドもオトモメラルーも、武具のありがたみをよく分かっている。知らずに怠っていたのは自分ばかりだ。
せめていつか、唯一の、とびきりの得物を掲げられるハンターになれるように――人知れず決意を新たに、カシワは重い一歩を踏み出した。





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 UP:22/07/19