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モンスターハンター カシワの書(42) BACK / TOP / NEXT |
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……いったい、どうやったら諦めてくれるのだろう。 その二足歩行の生き物たちの細かい違いを「彼女」は知らない。色覚はあるため外見の区別はつくのに、それ以上を推察することは不得手のようだった。 巣を暴こうとする者は学者か研究者であり、彼らの護衛にあたるのは中堅の狩人など。誰もが「彼女ら」に危害を加え得るわけではない。 しかし、今の「彼女」が理解に及んでくれるとは思えなかった。冷静さを欠いていて……色の時期とはそういうものだから、仕方のないことかもしれないが。 「諦めがつきませんか」 思いきって声を掛ける。はっとした顔で、「彼女」はこちらを見下ろした。 追っ手から逃れる合間に研がれた刃は、すでに整えられている。燕雀石を主体に磨かれたそれを、わたくしはどんな宝石よりも美しいものだと捉えていた。 「落ち着いてお聞きなさい。いまの貴女に、貴女方のたからものを護りきることはできないでしょう」 『……!』 「永遠に離れていなさいということではありません。ただ、いまの貴女は正気を失っておられる。だからこそ一時的に『代役』が必要なのです」 ……どこかで様子を窺っていたか。頭上にふと影が差し、空っぽの竜の巣の横にそこそこ小柄な飛竜が着地する。 黄緑色の体躯に金の眼。つがいを狩り人の手で奪われ、一時は子育てという本分から退くよりなかった寡婦である初老の雌火竜だ。 『……長。ここにいたのね』 「リオレイア。守備は如何ほどで?」 彼女には、「彼女」の代わりに「彼女らのたからもの」を育ててもらうよう、わたくしからお願いをしていた。 無理な依頼かと思っていたが、雌火竜側はあっさりと受理してくれたことが印象的だった。それこそ仔煩悩と知られる飛竜の性分というものかもしれない。 しかし、「彼女」が地下から離れたところを見るに双方納得の上かと思いきや、雌火竜の表情からすると「彼女」側は未だ合意していないということらしい。 わたくしは密かに嘆息した。この様子では説得にはまだ時間を要するかもしれないと思えたから。 『斬竜の巣は、森のより奥深くに隠しておいたわ。あれならまず見つかることはないでしょう』 「お手数おかけします。リオレイア」 『……わたしの……わたしと彼の……たからものなのに……』 『あなた……まだそんなことを言っているの? いい加減になさい、このままでは人間たちに奪われるなり食われるなりしてしまうわよ』 雌火竜の口ぶりに棘はない。しかし、途端に斬竜は顔つきを険しくさせてしまった。 『だめなの……わたしの……わたしと彼の、大事なたからものなんだから!』 『なっ、なにを……』 「いけません! リオレイ、」 『わたしたちのものなのに! わたしのこなのに!! わたしたちから……盗らないでっ!!』 「彼女」が刃を研ぎ終えた後の喉奥、火炎嚢には金属粉が多量に残されていて、熔鉱炉さながらの体内器官ではそれらは岩漿として容易に煮られてしまう。 大口を開けた斬竜が火花を散らして喉を広げた。威嚇ではなく本気だ――振り向いた先では、雌火竜が苛立たしげに羽ばたいている。 「いけません! おふたりとも、お止しなさい!」 『分からず屋! お前のつがいは んだのよ!!』 先に手を出したのは、雌火竜。得手とする旋回と毒棘を備える尻尾による直線の鞭打ち。「脚を痛めた」わたくしにはふたりの間に入ることも儘ならない。 どちらも譲れぬ性分があるのだ――手を伸ばした先、斬竜がいとも容易く宙返りを避ける。「彼女」にそこまでの素質があるとは思わなかった。 そんなわたくしの思考は僅か数秒にも満たない。それだけの隙に振るわれた灼熱の刃は、雌火竜の翼爪を数本斬り飛ばしていた。 「ディ……!」 『邪魔をするなら、彼の帰りを「待たない」のなら……長。あなたもわたしの敵です』 あの、青く艶めく美しい鉱石。それと全く同じ色をした、深い空色の眼。いつの日か、本当に美しいことだと称賛した色が……今日は、哀しいほどに冷たい。 よろめき、ふらつきながら逃げ出した雌火竜に一瞥を投げた後、斬竜はこれまで一度も見せたことのない貌でわたくしを見下ろした。 ……言える、わけがない。「貴女のつがいは、貴女の最愛の斬竜はすでに『 』に喰われてしまった」などと。そんな残酷な話があっていいはずがない。 俯いたわたくしを置き、「彼女」は揺るがぬ足取りで西の草原に向かってしまった。きっと狩りをするための腹ごしらえに行ったのだろう。 「……あれ、人が……おい。あんた、大丈夫か」 此度の件、落ち度があるとしたらわたくしの不甲斐なさによるものとしか思えない。 声を掛けられてようやく、この狩り場に調査隊以外の狩人が来訪していたことを思い出したくらいなのだから。 先刻見つけた黒髪黒瞳の若者は、訝しむように眉根を寄せて止まった。わたくしは銀のたてがみ越しに、どこか呆けたようなその顔を眼に焼きつけておく…… ……血の臭いが散乱していた。はたと視線を落とせば、湿気で濡れた地面のあちこちに何者かの鮮血が染みついている。 目と鼻の先には一人の子ども。どこから来たのか、いつからいたのか分からないが、白と青を基調とした古びた衣装を纏っていて、たった一人で佇んでいた。 不思議な気配の子どもだ、疑問を口にするより早く、カシワは一人でそんなことを考える。 あちらこちらが赤黒く染まる中、古代林奥地特有の冷たい湿気の中、その子どもは瞬き一つせずこちらをじっと見据えていた。 「なあ、俺の話、聞こえてるか」 一歩、近づいてみる。子どもは一瞬びくりと肩を跳ねさせて、それからまた沈黙してしまった。 いやに白い子どもだった。星や月を地上に落としたらこんな形になる、そんな馬鹿げたことを思わせる妙な存在感が備わっている。 近寄ろうとして、後輩狩人はふと子どもの足元に散る真新しい血痕を見つけた。せっかくの意匠を凝らした服も台無しだ、裾はすでに真っ赤に染まっている。 「おい、あんた」 「……こんにちは。よい、昼時ですね」 「え? ああ、そうだな……って違う、そうじゃないだろ! あんた、怪我してるじゃないか!!」 子どもは、何を言われているのか分からない、という顔をした。近寄り裾をめくってみると、彼――彼女かもしれないが――の足は酷いことになっている。 (……何をどうしたら、こうなるんだ) カシワは絶句した。ただでさえ細い足は、両方ともに何かによって表層を抉られ、引き裂かれていた。 まるで獰猛なモンスターが爪牙を駆使して執拗に足をしゃぶり、味わい、こそぎ落としていったかのように……その光景を想像してぞっとする。 「大丈夫ですよ。時間が経てば、そのうち元に戻りますから」 悪寒が止まることはない。見上げた先で、子どもはしゃがんだ格好の狩人を慈愛に満ちた眼差しで見下ろしていた。 「わたくしたちは、皆そのようにできているのです。あなたが案ずることはありません」 何故かは分からない。ただ、その赤い眼に至近距離で微笑まれた瞬間、全身が一気に凍りついたように動かなくなってしまったのだ。 嫌な汗が額から頬、顎を伝っていくのが秒単位でよく分かる。息をすることも忘れて、足掻くように口を開け閉めした。 「わたくしは、わたくしの成すべきことを果たせなかった。そしてこのざまです。罰として相応しいことでしょう」 「……ッ、には、」 「はい?」 「俺には……その、成すべき何とかとか、よく分からないけどな。だからって……こんな大怪我放っておくなんて、それこそ無責任だろ」 何の話をしているのか分からない。何より知らない子どもだ。危険だと、直感でそう思う。 それでも相手が怪我人であることには変わりない。寒気と吐き気を嚥下するように強く歯噛みして、ふらつきながら意地で立ち上がった。 「アル。悪い、その辺から薬草摘んできてくれないか。できるだけ多く頼む」 「ニャッ……イ! はいですニャ!!」 「ハンター様。何を、」 「やかましい。事情は知らないけどな、モンスターが出てるときにふらふらこんなところを出歩くなんて、お前、家族に何も教わらなかったのか」 「……お怒りなのですか。何故、」 「危ないからに決まってるだろ! とにかく、いいからその辺に座っててくれ」 手が震える。息が詰まる。足が竦んだ。それでもモンスターが跋扈する狩り場に負傷者を放置しておくことはできない。 ぱん、と両手で自身の頬を叩いて気を持ち上げる。驚いた顔で固まっている子どもの眼前に、カシワはポーチの中からトッテオキの薬を取り出し突きつけた。 「ほら、秘薬だ。俺が調合したやつじゃないけどな」 「……優れた狩猟道具のおひとつですね。わたくしには過ぎたものです」 「はあ!? いいから飲んどけよ。怪我は治らないかもしれないけど、出血は止まるはずだ!」 瓶の中身は言わずもがな、ベルナ村でクリノスから預かったとびきりの丸薬だ。調合手順が丁寧な彼女のこと、「丸薬はきちんと丸い形」を形作っている。 自分ではこうはいかないだろう、気取られないよう自嘲で嘆息していると、手のひらに恐ろしく冷たい感触が返された。 「ハンター様にとっては貴重な品でしょう。ご友人が授けてくださったものなら、余計に大切にしなくてはなりません」 子どもの手は小さい。更に肌は血の気を失せさせたような異様な白さで、青い血管すら浮いて見える。 見上げてくる赤い眼は、賢そうな眼差しをしていた。血の色というよりは緋鳶石に近しい色合いで、不思議と心中を見透かされるような心地にさせられる。 呑まれてしまいそうだ……冷や汗が滴り落ちるのを知覚した。それでも、とも思う。いつまたあの斬竜が現れるか分からないのだから―― 「そうか。よく分かった、そんなに飲みたくないんだな」 ――救いたいと思うのは、願うのは、何もこの地に留まる調査隊のメンバーのことだけではない。 彼らの護衛につくハンターやその帰りを待つ人々、彼らに道具や武具を与えた商人、加工屋たち。更に言えば、それらの素材となったモンスターらも然りだ。 人知れず縁の繋がるもの同士を見捨てるような真似など、到底できそうにない。何より、この子どもにも家族と呼べるものがあるかもしれない。 ……だからこそ、カシワは問答無用で別の薬瓶を取り出した。馴染みの金属蓋を開けて高く掲げ、立ち尽くしたままの子どもの頭から中身を浴びさせてやる。 「!? なっ、なにを……!」 「知らないか、秘薬は知ってるのにな。回復薬だよ、薬草とアオキノコと……スカッとして気分いいだろ」 だぱだぱと、白銀の毛髪が緑一色に染められていった。薬草摘みから戻ってきたアルフォートが、後方で慌てふためいている。 「で、ほら、秘薬だ。飲んどけよ、噛んでもいいけどな。血が止まっていい感じになるぞ」 「で、ですからわたくしは……!」 「そうかそうか、なら次は回復薬グレートだな。ほーら、いくらでもあるぞ。がっつりハチミツ入りだから、甘い気分になれて最高かもな!」 「……!! オトモ様、何か仰ってくださいませ!」 「ニャ、ニャイ!? だ、旦那さん!」 「アル、薬草ありがとうな。こいつの足に塗りたくるから、ちょっとすり鉢ですっといてくれ」 「ニャ、ニャイ……」 「オ、オトモ様!!」 右手に回復薬グレート、左手に回復薬グレート。じわじわと身構えにじり寄ったところで、ようやく子どもはうなだれて了承の意を示す。 正直、こうでもしなければ手当はおろか会話すら恐ろしくて果たせなかった予感がカシワにはあった。逆に危なかったな、とは流石に口に出せずにおれた。 「……さっき、そのうち治るって言ったよな。キャンプまで一人で行けるか」 アルフォートがすり下ろした薬草のペーストを、それらしい手つきで足に乗せていく。沁みるどころの話ではないはずなのに、子どもは身じろぎ一つしない。 「ええ、差し支えありません。じきに戻るつもりでおりましたから」 「ならいいんだけどな。もし歩けなさそうだったら……いや、本当なら歩けないはずだけどな、この怪我……」 「ご面倒をおかけしました。万一の折は獣人族を頼りますから、どうかお気になさらずに」 気にするなという方が気になるのだが、分かっているのだろうか。見上げた先で、子どもは秘薬をかじりながらどこか哀愁を滲ませる顔で苦笑した。 そこまで言うなら、こちらからできることは何もない。おもむろに首元から布を解くと、剥ぎ取りナイフでざくざくと繊維を裂き、即席の包帯に加工する。 ベルナ村の夕焼けと同じ色の、上質なスカーフだった。全てを子どもの足に巻き終えた後で、後輩狩人はぐっと眉間に力を込めて小さく唸る。 このスカーフは龍歴院つきとして就任したその日に記念品として授与されたものだった。思い入れがないといえば嘘になる。 「旦那さん、そのスカーフ……」 「ああ、龍歴院のな。けど、いいさ。新しく作って貰えば済む話だ」 「……ハンター様」 「やかましい。秘薬、全部飲めよ。半端に残したら俺がクリノスに怒られるんだからな」 金時計に視線を落とせば、応急処置といえど結構な時間が経過していた。まずいな、口内でぼやいてのそのそと立ち上がる。 フンフンと鼻をひくつかせたアルフォートが西を指差し、カシワは頷き返した。追加用のペイントボール、回復薬類をポーチの取り出し口手前に寄せておく。 子どもは、その様子を黙して見守っていた。時折自ら裾をめくり、不器用ながらもそれなりの体に整えられた被覆箇所を見下ろしている。 「行くのですか」 「ああ。助けを待ってる人たちがいるんだ」 ぱっとふたりが立ち上がったときも、子どもは落ち着き払っていた。眼の威圧感は相変わらずだったが、言葉の端々に柔らかさが感じられる。 「それは、調査隊の方々のことでしょうか」 「なんでだよ。お前、その人たちがどこにいるのか知ってるのか」 「さあ。わたくしの脚はこの通りですから」 服越しに片脚が上げられるのをカシワは見た。恐ろしく痛むはずなのに……心中を察したか、子どもはごく僅かに嘆息する。 痛むことには痛むのですよ、そう告白する代わりに眉根が寄せられていく。確かに気掛かりではあるものの、このままここで長話をしている余裕もない。 「悪い、俺たちはもう行かないと。けど、本当に無理そうなら――」 「あなた方は、あの斬竜を摘み取るおつもりでこちらにいらしたのですね」 ――ひやりと、湿気が頬に纏わりつくのを感じた。 見下ろした先で、子どもは表情を失せさせた貌で後輩狩人を見つめている。否、睥睨していた。 「あなたはわたくしの事情を知ることもないまま治療を施されました。では斬竜はどうなのでしょう。『彼女』にも、退けない理由があるかもしれないのに」 「……なに、何を言って……」 「あの斬竜が直接、調査隊の方々を攻撃したわけではないでしょう。あなたが一目見れば分かることです」 生命を手折ることへの軽蔑、嫌悪。これまで自分が嫌というほど疑問視してきた行いが、白い子どもという形を成して目の前に降り立ったようにすら思えた。 喉が、無意識にこくりと音を立てる。またあの眼だ。緋鳶石の眼が、温度をなくした色で若い狩人を見透かしている。 下手な言葉、苦しまぎれの言い訳、捻じ伏せる説得になど意味がない。赤色は明確に真意を問うていて、誤魔化しなど聞き入れるつもりもないようだった。 そんな馬鹿な話があるものか、そう思うのに異質な気配に逆らえる気がまるでしない。カシワは、退いてたまるか、その一心でぐっと拳を握った。 「正式に狩猟依頼が出されてるんだ。……狩らない、わけにはいかないだろ」 「もう数日もすれば、自ら退くかもしれませんのに」 「そんな保証どこにもないだろ! それこそ調査隊がいつからここにいるのかも分からないのに! 食料だって道具だって、精神もいつまで保つか……っ」 「あの斬竜は地下には赴いておりません。地図を確認しながらでも、総出で退避する術はあったはず」 「そんなことっ……一般人も混ざってるのに、できるわけないだろ!?」 「護衛のハンターは当然として、喚べば古龍観測船も応じたのではありませんか。最善を尽くさずにいたのはどちらでしょう」 何故、そんなことを言ってくれるのか。 どうして、そんな眼でこちらを見据えているのか。 初対面だ、ここを訪れた背景も怪我をした理由も知らない。しかし、この場で言い負かされたらもう後がない、そんな予感だけは漠然と感じさせられている。 目を背けたら負けだ――「伝説」を目指すと決めた以上、ハンターとして武器を握る以上、何故かこの子どもには本音を吐くよりないと、そう思えた。 「だとしてもお前のそれは理想論だ……それこそやったところで成功するとは限らないだろ。人の命が掛かってるのに、出来るかも、で押しきれないだろ」 「努力もせずに、投げ出すのですか」 「いや、お前の言うことも分かるさ。俺だって、少し前まではそう思ってたからな」 「だ、旦那さん!?」 「けど、それは違うってことに最近気がついたんだ。『思い知らされた』が正しいかもな。なあ、お前は本当にあの斬竜が何もしてないと思ってるのか」 一瞥を投げれば、僅かに動揺が走ったように赤い眼が揺らいだのが目に映る。 この子どもも、本当は「無茶なことを言っている」自覚があるのではないだろうか……後輩狩人は目を細めて苦く笑った。 「何も、とは」 「そのままの意味だよ。あの斬竜がこの辺をうろつくだけで色んな弊害が出るって、お前、頭良さそうなのに想像できなかったのか」 今度は子どもが黙る番だ。くっと真一文字に結ばれた薄い唇を見て、狩人側は嘆息する。 「大型モンスターっていうのは、周りを刺激するんだ。小型はおこぼれにあやかろうとするし、中型は張り合ったり、逃げようとして殺気立ったりする」 「……それは、」 「見つからないように動けばいいって、俺も思ってたよ。けど、俺の仲間や助けてくれた人たち、モンスターそのものがそうじゃないって教えてくれたんだ」 誰もが生きることに必死だ。 故に、目と鼻の先、或いは心穏やかに過ごしていた場所に「脅威」が姿を見せたとき、誰しも迷い、惑い、それこそ自らの居場所を護ろうと懸命に牙を剥く。 誰がその怒りと混乱を咎めることができようか。もしかしたらあのディノバルドも同じなのかもしれない。爪が食い込むほど強く、拳に力を込めた。 「あの斬竜はお前が逃げ遅れる理由にもなってるだろ。『誰かに血を流させた』。狩る理由は、それだけで十分だ」 苦渋の背景があれ、如何なる理由があれ。依頼が出されハンターがそれを受理したならば、その流れを食い止めることは決して容易ではない。 白い子どもはそこで黙り込んだ。オトモにするそれのようにぽんと軽く頭に手を乗せ、カシワはくるときびすを返す。 「行くのですか」 「ああ。やらなきゃいけないことがあるからな」 もう一度、子どもは赤い眼で狩人を睥睨する。それに振り向くわけにはいかなかった。 この狩り場のどこかに、自分の仕事の完遂を待ち望む人がいる。彼らの帰りを待つ人々がいる……あのディノバルドとも、答え合わせをしなければならない。 (あいつが誰なのかは知らないけどな、誰かに手を出してしまったら……そのモンスターとハンターは、相対するしか道はないだろ) ひとえに、己の身と領域を守る為の戦いだ。疑問があっても、嫌悪が残っても、その線引きを自ら捻じ曲げてやるわけにはいかない。 「決意」を鈍らせたくなかった。黒髪黒瞳のハンターはオトモメラルーを伴ったまま、西の草原に駆けていく。 |
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