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モンスターハンター カシワの書(41)

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それなりに、場数は踏んできたはずだった。だからこそ今の古代林はどこか様子がおかしいとカシワは思う。
空を飛ぶ大きな鳥、水辺のリモセトスの家族連れ、咲き誇る古代睡蓮。足元をするりと抜けていく、は虫類なのか両生類なのかよく分からない平たい生き物。
目の前にいるそれらが今日は妙に大人しい。普段とは打って変わり、まるで何かに怯えるかのように身を縮こまらせ、あるいは姿を消していく。
頭上を仰げば、巨大なシダ植物の隙間に見慣れた青が広がっていた。ちょっとした違和感――眉間に力を込めた雇用主を、オトモメラルーがそっと盗み見る。

「ニャイ……旦那さん、ディノバルドはきっとまた地下エリアですニャ」
「ああ……分かってる」

彩り鮮やかな古代睡蓮に見送られながら、カシワとアルフォートは古代林の奥地へと急いだ。
通い慣れた道ではある。なんの迷いもなくするすると緩やかな斜面を登り、以前クリノスらと足を運んだアイルー族の集落前に出た。

「!? なにっ、なんで――」
「な、な、なっ……あ、あいつでっかいですニャ! 旦那さん!!」
「あいつ、なんだってこんな所に……!」

――そもそも、いつ如何なるときにおいても狩りが予想通りに進められる保証などどこにもないのだ。
まん丸アイルー地蔵の奥、丘を登りきったその先に。けたたましく鳴くマッカォの群れに囲まれて、そのモンスターは直立する。
焔のように逆立つ背の甲殻、力強さに溢れる後ろ脚。長く揺らめく象徴的な尻尾……その賢そうな眼差しを遠目に見て、狩りびとのふたりは立ち止まった。

「斬竜ディノバルド……お会いするのは、二度目ましてだな」

まるで跳狗竜を子分として引き連れているかのように。その巨体はあまりにも威風に満ちた所作と表情を見せつけながら、洞窟の奥から堂々と姿を現した。
嫌な汗を垂らし、後輩狩人は剣の柄に手を添える。やがて些細な違和感に気づいたらしい斬竜が歩みを止め、ゆるりと首を巡らせた。
ディノバルド。手強い相手であると同時に、どうにも不思議な縁だな、と一瞬黙考した。思えば、苦汁を舐めさせられた日からかなりの日数が経過している。

(どうだろうな……あのときと今、違っているのはただ一つ。少しだけ、俺たち側の経験知が増えてるってことだよな)

しかし、それでも前もって情報を集めていればよかったとカシワは歯噛みした。次第に迫りくる斬竜は以前遭遇した個体より遥かに大きい。
……大型モンスターにも個体差は存在する。中でも有名なのがその体格の差異だ。同じ種、狩猟時期であっても必ずしも体高、体長が皆等しいとは限らない。
それらは生態調査の面で特に貴重な情報とされていて、一定の成果を上げたハンターにはギルドから勲章が贈呈されることもあるほどだった。
そう、このディノバルドがいい例であるように――そびえる崖や巨大ゼンマイの葉身に頭部が隠れてしまうほどに、この獣竜は異常な巨体を誇っていた。

「わわ……だ、旦那さん、ぺ、ペイントボール足りますニャ!?」
「落ち着け、アル。話してる時間がない、お前は右から迂回してくれ、俺は正面からいく」
「でっ、でも旦那さん!」
「あれだけの大きさで今まで見つかっていなかったんだ。よほど逃げ足が速いか……遭遇した学者たちを退けてきたか、それとも」

それ以上は言いたくなかった。ぐっと口を結んだ雇用主を見上げて、青眼のメラルーは隠し持っていた狩猟道具に手を伸ばす。
心の準備はおろか、こんな早くに地上エリアで遭遇することすら予想していなかった。いきなり出鼻を挫かれた、とカシワはぎりっと強く歯噛みする。

「こっちだ! こっちを見ろ!!」

目が合う、眼光がこちらを視認する。空色の眼は、以前の個体よりもっと深い色合いをしているように見えた。
してやられた、なんて言っていられるか――動揺を振り払うように駆け出し、ネンチャク草で包んだペイントの実を斬竜の眼球めがけて勢いよく投擲する。
……届いた試しはない、だがそれでいい。顎のあたりでどぎつい色が弾けたのを視認して、後輩狩人は素早く剣を引き抜いた。
不意に、どん、と地が鳴る。眼前、自身よりうんと小さな二足歩行を認識した獣竜が、尾を振り上げ、牙を鳴らしながら一歩、二歩分とその場で足踏みした。

「――アル!」
「はいですニャ! 『オトモ鼓舞』! いっくのニャー!!」

至近距離での咆哮。カシワは突き出した盾で振動と畏怖に備え、一方でアルフォートは防音の術頼りに特攻する。
ディノバルドの死角に飛び込み、取り出したラッパを盛大に吹き鳴らした。狩り場に居合わせるハンター、オトモの士気を高める獣人種専用の狩猟道具だ。
高音、伸びやかで軽快な耳に残る音色。昂る気任せに痺れる腕を叱咤して、後輩狩人は盾を突きだした格好でぐんと前方へと駆ける。

「よしっ! でぇいッ!!」
『――!!』

獲物を掬おうとしたのか、噛みつこうとしたのか。ディノバルドの顎は咆哮直後、前へ前へと滑るように下方に落とされていた。
踏み出した先に、いつか見たあの柔らかな頭部が見える。濃紫の表層に竜の牙を模した棘を生やす真新しい剣を、カシワは躊躇なく一直線に振り下ろした。

「……っ、くっ!」
「旦那さんっ、」
「大丈夫だ! アル、一旦回避!!」

甲殻にめり込み、肉に喰らいつく刃が、氷霜を散らせるその斬撃が、視界に鮮烈な二色を連れてくる。むせるような臭いに顔が歪んだ。
「タスクギア」。加工屋が打つことを勧めてくれた、氷の属性力を纏う剣。鈍く輝く石と高熱を宿す石、潜口竜の素材で作成されたばかりのトッテオキだ。
こいつなら灼熱の刃を携える武人に引けを取らねえだろうよ――黒髭の厳つい顔を思い出しながら、カシワは迫る噛みつきを左に跳んで回避する。

(……悪くない、むしろいい手応えだ!)

「剣と盾を重ねると古竜の頭部となる」。そんな伝統ある形状の得物は、焔を溜め込み、また口から吐き出す質のディノバルドに有効であるように思えた。
知らず知らずのうちに口角が上がる。刹那、頭上でヒュッと葉が裂かれる音がして、飛び退いた先に斬竜の尾刃が易々と突き刺さった。

「う、わっ……」

自慢の得物を掲げるのは相手も同じだ。
ハンターの顔を映し込む、青く輝くディノバルドの尾。尻尾というよりは、大剣が躯に埋め込まれていると言ってもいい。
外したと悟るや、ぐると器用に尾を曲げ伸ばしして刃を抜く。人間が手に馴染む武器を好むように、向こうも尾の扱いに慣れているのだ。
慌てて、カシワは納刀して後方に飛び退いた。とん、と巨体に似合わぬ軽やかな足取りで位置を微調整すると、今度は逆方向から尾刃を叩きつけてくる。

「こ、こいつ!!」

軸と体幹のバランスが絶妙だ、更に左右お構いなしに刃を振ってくる。一瞬でも判断が遅れたら、容易に刺し貫かれてしまいかねない。
カシワはふと、盾を突きだして身構えた。ほとんど反射といっていい。直後、ぐんと顎を伸ばしたディノバルドの凶悪な牙が、眼前の盾に食らいついていた。

「うっ!? お、お前……っ、」

がちんと金属音が鳴り、ぎりぎりとフレームが悲鳴を上げて――向かい合う。睨めつけ合う。地底湖に似た眼の中心に、黒髪黒瞳の狩人の姿が映り込んだ。
その表面が、表層が。しっとりと、それこそ湖そのものを満たしたように潤んでいるのを見てカシワは硬直する。
……泣いているのか。敵意を剥き出しにして向かってくるのに、マッカォすら斬り伏せている最中なのに、この斬竜は泣いているのか。
見上げた先で鋭い牙が歯軋りしていた。至近距離だからこそ、溶鉱炉に等しいディノバルドの喉奥がよく見える。
赤黒いそれの底に、今にも吸い込まれてしまいそうだった――空色の中に映る自分は、どこか呆けたような間抜けな顔をしていた。

「……ッニャ、ニャァー! だっ、旦那さーん!!」
「おわっ、アル!?」

そのときだ。獣竜と狩人の間に、強引に割って入る者がいる。
駈け寄ってくるや否や、アルフォートはカシワの制止も聞かずに手投げ玉のようなものを斬竜の顔面目がけて放った。
ばすっ、と鈍い着弾音がしたと同時、鼻を突く不快な悪臭が周囲に弾ける。「これはたまらん」とばかりに、一頭と一人は大きくのけぞり距離を取った。

「ごほっ、これ……『畑の香水』か……」
「よ、よしですニャ! うまくいきましたニャ!! ぐっじょぶですニャ!」
「おい……アル、」
「はっ! 旦那さん、無事ですかニャ!? もう少しであのディノバルドにもぐもぐされ、」
「アル、落ち着け! あのな、俺、今日は地図持ってきてないんだぞ」

先ほどまでの敵対心はどこへやら。くると身を翻したディノバルドはこちらに見向きもせずに、顎を器用に使ってもりもりと地面を掘り返す。
なんという早業か。あれほどの巨体でありながら、大穴に潜ったかと思えばあっという間にその姿を消している。
とはいえ悠長に見送ってばかりもいられない。あ、と言いたげにぽかんと大口を開けたオトモを見下ろして、カシワはわしわしと頭を掻いた。
……この後輩狩人の方向感覚は、たとえ現在地がこれまで何度も通った狩り場であろうとも、どうにもいま一つだった。このままでは揃って迷子確定である。

「つまり、ボクたち迷子ですニャ? まさかこのままあいつを見失っ……」
「き、気にするなよ! な!! ペイントはつけたんだし、追いかけてればそのうちまた会えるだろ!」
「ニャイ……ごめんなさいですニャ、旦那さん」
「あー……いや、未だにマップを覚えきれてない俺が悪いんだ。お前はこのままフォローを続けてくれ。さっきだって、助けるつもりでやったんだろ?」

こくこくと高速で縦に振られる頭をぽん、と撫で、こやし玉の臭気に顔をしかめながら奥へと急ぐ。
……音もなく流される、透明な雫。頭の中を過るのはそればかりだ。しかし、大型モンスターの考えていることなど把握しきれるはずもない。

(あいつ、一体……何故、どうしてあんなに悲しそうな顔をしていたんだ)

「狩る」ことは決定事項だ。だというのに、分からないことがもどかしくてたまらない。洞窟内の青く艶めく鉱石を一度だけ拳で叩いて、カシワは嘆息した。






ディノバルドの姿は鉱石洞窟を抜けた先、ほの暗い地上と地下の境目に位置する狩り場にあった。
飛竜らの卵が鎮座する竜の巣は今はもぬけの殻で、斬竜は時折その木の枝や生き物の皮、乾いた草などで織られた家屋を物言いたげにじっと見つめている。

(やっぱり……なんか、おかしいよな)

鉱物の採掘スポットに身を潜ませながら、カシワは腰に下げた革鞄の中をまさぐった。指先に触れたのは、出発前に持ち出してきたトッテオキの薬瓶だ。
以前オトモ広場に再来した折、ここぞというときに使え、と譲ってくれたチョンマゲ姿のアイルーから駄目押しされた特別品だ。
長らくボックスのこやしにしていたが、相手が相手だからと五本まとめて持ってきた――しかし、取り出そうとした左手がそれを掴むことを躊躇する。

「旦那さん、そろそろ」
「……ああ。分かってる」

結局、悩んだ末に薬はポーチの中にしまい込んだ。のそりと体を起こして歩み出ると、すぐさまディノバルドと目が合う。
ゆらり、とその眼差しと背中に猛々しい焔が生まれたのが見えた。あのときと同じように一、二歩分足踏みして、威嚇よりも遥かに強い怒気を以て咆哮する。

「アル、『薙ぎ払い』と『回転斬り』に気をつけろ!」
「はいですニャ!」
「よしっ、ここからだぞ……!」

一度だけ。一度だけ、過去にこれとは異なる個体と手合わせしていた。だからこそ今の斬竜がいかに危険な状態にあるのか、よく分かる。
地面を撫でるように尻尾を這わせた直後、ディノバルドの尾刃が灼熱の赤を纏った。摩擦によって表層の鉱石が一気に融かされ、目を奪う赤熱を呼び熾す。
古代林の空気が萎縮するかのように一変した。大気に金属粉特有の臭いが混ざり、周辺の気温が上昇したようにさえ感じられる。

(――父さんの武器と……同じ、)

目と鼻の先、灼熱の刃、赤々と灼ける剣。一瞬、父が相棒と定める片手剣を思い出して足が止まった。
はっとして頭を振る。狩りにきたからには割りきらなければ――濃紫の凍て刺す得物を抜き、ひやりとした感触を確かめながら駆け出した。
視界の端、先の摩擦痕からチリチリと残火が散っている。突如、斬竜はとん、と後方に跳躍してハンターとの間合いを広げた。
カシワは手がぎくりと震えたのを知覚した。獣竜の眼差しはずっと刻まれた摩擦痕に向けられたままで、こちらへの注意は散漫のように見える。しかし……

「……やっぱりそうか。お前、頭いいなあっ!」

「間合い」だ。狩人の足が何重もの弧を描く研磨痕の横に差し掛かった瞬間、ディノバルドはぱっと横に跳び尾刃を走らせる。
燃える刃が空を刺す。大気ごと刺し貫かんと一直線に獲物を狙う。狩られる側はたまったものではない。
盾で弾こうにも体格差は歴然としている。視野、跳躍力、機動力、どれもが斬竜側に分があった。じゃりっと何かが裂ける音がして、右上腕に激痛が走る。

「ぐぅッ、」
「だっ、旦那さん!!」
「来るな! あいつ、ちゃんと『視てる』ぞ!!」

この獣竜は退いたわけではない。自身の得物を強化すると同時に、その尾長と研磨痕から獲物との距離を眼で目測したのだ。
獲物が射程範囲に入った瞬間、最も効果を見込める一撃を放てるように……盾で強引に防いだが、肉を削がれるような痛みに思考が根こそぎ持っていかれた。
長きに渡りしなやかに頑丈に錬磨され続けたディノバルドの尾刃は、その灼熱も相まって掠り傷にもジリジリとしつこく残る痛みを与える。
火竜のブレスのような高温で一気に焼かれた方が――痛みを感じる暇もないという意味で――まだマシだとさえ思えた。

「……! 焼けているなら……柔らかくなってるはずだ!!」
「旦那さんっ、回復笛吹きますニャ!」
「悪い、頼む!」

賢い、分が悪い、怖い、気を抜けば足が竦んでしまう――それが、どうした。先ほど見せつけられた様を真似るように、ぎりぎりと歯軋りして顔を上げる。
肩付近でくすぶる火を叩き落とし、脂汗を滴らせながらも、未だ目測を続けるディノバルドに縋るように駈け寄った。
俄に眼を見開く獣竜の眼前、カシワはカウンターとばかりに突きつけられた灼熱の刃に、あろうことか渾身の力を込めてタスクギアを振り下ろす。

『……!』
「どうだ!? これは無視できないだろ!」

一撃、二撃、連撃。斬竜の反撃はかわした上で足元に潜り込み、返す刀で燃える尾刃へ斬撃を繰り出す。軽さに優れた片手剣だからこそできる立ち回りだ。
想像通り、ディノバルドの尻尾は肉質がかなり柔らかくなっていた。アルフォートの回復笛も功を奏し、俄然力が湧いてくる。

(火と氷か。普通なら、氷の方が押し負けるんだろうけどな!)

「武具、モンスターについては、属性同士の干渉と相性を考慮した方がいい」。出発間際、加工屋だけでなく武器屋勤めの若者にも言われたことだった。
生息域や好む環境も生態に紐付いているから狩りに活かさない手はないよ、と。あれほど明朗な笑顔で言われたら無碍にもできない。
斬竜が火に特化した生き物ならば、熱を奪い、延焼を封じる意味で氷属性は大いに役立つ。実際にタスクギアは面白いほど尾刃に食らいついてくれていた。
氷霜を先導するように竜牙を払う。このまま切断できたなら……そんなことを考えてしまうほど、形勢は逆転しているかのように思われた。

「!? いまっ、なに……」

刹那、ぞっと背筋が凍る。頭上で、重い何かが不快に蠢く音がした。はっと顔を上げた瞬間、暗がりが古代林の空の色と入れ替わる。
跳び退いたディノバルドは、先のように間合いを広げて短く唸った。その下咽頭は煌々と赤く燃えていて、忘れかけていた恐れをすぐにこちらに連れてくる。

「だ、旦那さん……」
「……ああ。あいつ、本気出してなかったんだな」

ふらふらと寄ってきたオトモに目配せした後、カシワは失態だ、と苦い思いで歯噛みした。
喉の内側、発達した火炎嚢に、眩く光る流動体が透けて見える。甲殻に包まれてもなおぼうと赤く光るのは、その内部がかなりの高温に熱せられている証だ。
金属粉が再び煙り、ディノバルドは勝ち誇るように空を仰いで喉を震わせた。ごぽっと膨らみが揺れ、気がついたときにはふたりは発汗している。

「う、ぁ、暑いですニャ……」
「アル、回避! 避けろ、来るぞっ!!」

咄嗟にオトモを突き飛ばし、自身は反対方向に跳ぶ。その直後、斬竜が口腔から放った発火物が地表に叩きつけられていた。
煮えたぎる岩漿か溶岩片だ。固形で、色は黒く、内側から絶え間なく黒煙と火花が散っている。雌火竜リオレイアの火球のように、その砲弾は三度放たれた。

「ッ、あっつ……!」

マグマそのものをじわじわと噴かせながら定着する岩弾。ディノバルドが後退した瞬間、それがバチン、と弾けるように爆発した。
――そんな攻撃、火竜夫妻のどちらにも見られなかった! 唸りながら飛び退いたとき、カシワは噴き上がった黒煙の向こうに巨大な影を見て震撼する。
あれほどの巨躯でありながら、なんと斬竜は地を蹴り泡狐竜さながらに天高く跳躍したのだ。その身軽さを誰が予想できようか。
高度から一気に尾刃が振り下ろされる。間一髪、煙から視界を確保しようと退いていたお陰で両断されずに済んだ。

「……!! うぅっ、」

眼前、赤く燃える剣。地面をかち割り、突き破り、焔の中に引きつった顔の男を映すディノバルドの得物。
見上げた先で、この獣竜はもう泣いていない。軽蔑するような、あるいは見下すような、攻撃手段とは正反対の冷酷な眼差しがハンターを見下ろしている。
唸る竜と、歯噛みする狩人。どちらも、時間が止まっているかのように硬直して見合っていた。黒く舞い散る煤だけが、ことの成り行きを見守っている。

『……、』
「ま、待て! どこに行くつもりだ!?」

「やはり様子がおかしい」。
先に動いたのはディノバルドの方だった。刃は燃え、嚢は煮えているにも関わらず、最大の追撃のチャンスを見送るように身を翻す。
手を伸ばして呼び止めても、ちらとも振り返らずに鉱石洞窟の方角へ戻っていった。揺らめく尾刃はそのまま赤熱を損ない、黒ずみ、次第に錆びついていく。

「だ、旦那さん……」
「アル。怪我、してないか」
「ぼっ、ボクは大丈夫ですニャ。でも旦那さんは、」
「……さっきの回復笛が効いたよ、ありがとうな。だから、俺も大丈夫だ」

苦いものを噛む心地でカシワは立ち上がった。洞窟に続く暗がりに、あのディノバルドの姿は欠片も見えない。

(あいつ、一体何がしたいんだ……)

武器を強化し終え、獲物が体勢を崩した今ならいくらでも追撃のしようがあったはずだ。思い返しても自分に隙がなかったとは言い難い。
涙、様子見、何より……手加減に近しい攻撃の中断。従来の大型モンスター、それも見るからに攻撃的な獣竜らしからぬ動きにふたりは困惑するばかりだ。

「ニャイ……旦那さん、あのディノバルド、なんだかボクたちが見てきた子と様子がちょっと違いますニャ」
「お前もそう思うか、アル。いや、実は俺も同じことを考えていたんだ」

だからって退くことも撤退もできないけどな、重い息を吐きながらタスクギアの刃を研ぐ。アルフォートもオトモ道具を磨きながら頷き返した。
……何か、大切なことを見逃しているような気がする。それが何なのか思い出せず、気分は曇る一方だった。

「とにかく、急ごう。調査隊も救助の手を待ってるはずだ」
「ニャイ! 頑張りますニャ!」
「よし。あの尻尾、どうにかしてやりたいな……」

小声で欲を吐き、己を鼓舞する。そうでもしなければ、狩猟そのものに再び疑問を抱いてしまう予感があった。
道具の確認を済ませ、急ぎ鉱石洞窟へ足を運ぶ。次第にあの金属粉の臭いが空気に混ざり、カシワはふうっと息を吐き出した。
ふと、気を紛らわせようと気遣ったのか、オトモがこちらの真似をするように大きく息を吹く。その背伸びした顔つきが面白くて、後輩狩人は小さく笑った。



……そんなふたりの姿を、暗がりに紛れて静観するものがいる。
静思に浸るように口を閉ざし、白と青の民族衣装を纏う細身の人影だ。怪我をしているのか、あるいは病か、その呼吸はところどころ苦しげに細まっている。
赤色の目が閉ざされたとき、もうその場所に件の姿はなかった。最初から、初めから。そこにいたのが「幻」であるかのように、誰の気配も失せていたのだ。





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 UP:22/07/01