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モンスターハンター カシワの書(40) BACK / TOP / NEXT |
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『――ユカ。結局、あんたは誰も助けることなんてできやしないのさ。誰があんたの仲間になりたいものさね……あんたは今もこれからも、ずうっと独りさ』 ぼきり、と不快な音が耳を突く。手元に視線を落とせば、彩鳥の羽根ペンが半ばほどからへし折れていた。 過去、旧知のポッケ村の加工屋に無理を言い、竜人族経由で入手した当時の流行りの希少素材を普段使いできる形で加工してもらった自慢の文具だった。 労るように羽枝を指でなぞり、ポーチの底に沈めていた予備を開ける。折れてしまった分を箱にしまい、ユカは心底深く嘆息した。 『俺にも人助けができる、って? バカ言うんじゃないよ、あんたにできるのは生き物を殺すことくらいじゃないか。思い上がるのも大概にしな』 いつしか日が傾き始めていた。外からは夕飯の買い出しに出てきた村人たちの談笑や、仕事終わりと思わしきハンターたちの足音が絶え間なく聞こえてくる。 微かに黄色みを帯びてきた室内をふと見渡して、銀朱の騎士は誰の姿もない部屋の隅、調度品で陰影が描かれた場所に目を向けた。 暗いそこに、ひとりの女の姿が見える。無論、これはただの幻覚だ。今、その角にはなんの気配もない。 ……気が滅入っているとき、過労が度を超したとき、騎士は決まってその幻を見出した。目を細めれば、今にも女の怨み言が耳元に囁かれるようだった。 『バカなユカ。あんたにはアタシしかいないのに』 (……五月蝿い) 『本当にバカだよ。あんな小娘、アタシに似てるからちょっと気になってるってだけだろう?』 (違う、お前とクリノスを一緒にするな) 『一緒にしてるのは他でもないあんた自身さ。バカな子だねえ、ユカ』 「――ッ!!」 ばさばさと、羽根のように書類が舞う。机上を手で薙ぎ払った後で、ユカははっと辺りを見渡した。 先の騒動にかこつけて脱出していたのか、アルフォートとリンクの姿は見当たらない。爆睡するチャイロもまた起きる気配がなかった。 ほっと息を吐き、もう一度部屋の隅を見やる。天色よりぐっと色濃い、海のような蒼い髪の女狩人……過去の因縁そのものである幻覚は消え失せていた。 (まずいな。俺はそんなにクリノスを……いや、あいつらに絆されてしまっているのか) 額を手で撫でつけ、浮いた冷や汗を拭う。思い返せば、ここ数日の間ろくに眠れた記憶がない。 ……疲れているのかもしれない。窓際で休ませていた伝書鳥を呼び寄せ、手早く書き記した手紙を足にくくりつけ窓から放つ。 今は仕事をした方がいい。そうしている間は、当座の悩みごとを忘れることができるからだ。馴染みの羽根帽子を被ろうとして、ユカは密かに眉根を寄せた。 「……『わたしに近寄らないで』、か」 怒りを明確に滲ませた、銀朱の瞳を思い出す。記憶の中に居座り続ける幻影と、古代林で邂逅した女狩人。二人は髪色から髪型、背格好までよく似ていた。 皮肉なことに使いこなす武器種も一緒ときたものだ。自分がギルドつきの騎士になったことへの罰のように思えて仕方がなかった。 「ニャニャ? ユカの旦ニャ様、お出かけですニャ?」 外に出ようとした瞬間、背後から声を掛けられる。タオルをはじめ、シーツやインナーと、大忙しで洗濯に明け暮れていたルームサービスだった。 「……ああ、仕事だ。留守を頼む」 「そ、そんな急にですニャ!? ……ユカの旦ニャ様はお昼もまだっ、」 「カシワとクリノスを見かけたらこう伝えてくれ。『じきに緊急の依頼がくるから良い子にして待っていろ』とな」 追ってくる呼びかけに応えないまま扉を閉める。ふと視線を上げると、ベルナ村のネコ飯屋台の女将が物言いたげな顔でこちらを見ていた。 思い当たる節はない。頭を振り、雑踏を掻い潜るようにして、ユカは独りベルナ村を後にした。 ――時間は、少々遡る。 ベルナ村のネコ飯屋台に陣取るクリノスは、ひたすら独り酒を楽しんでいた。何せとっくの昔に食事は終わり、仕事は仕事で早朝のうちに片づいている。 言うなれば手持ち無沙汰だった。とはいえ、ユカが居座っているであろうマイハウスに戻る気も起きない。 「ニャー。旦那さん、これ美味しいニャー」 「そうでしょー。や、わたしもよく知らないんだけど、いま流行りのツマミらしいよ。フルベビフライとフルベビアイス」 モンスターの多くはハンターに狩られた後、生活資材や狩猟道具に姿を変え流通される。しかしごく一部は、こうした特別な食材に変化することもあった。 どれもこれも大変に美味しい。ましてや、アイルー族秘伝の調理法によって特殊効果さえ引き出されたネコ飯とあれば信頼度も抜群だ。 いつしか相伴にあずかるリンクと二人、できたての串揚げにかぶりつく。にこにことそれを見守っていた屋台の女将が、ふと別の方角に視線を飛ばした。 ……やけ食いを突き抜けたら、会えたのはウルツヤ髪の相棒でした……とは、なんとも笑えない話だ。現れた顔見知りの変貌ぶりに、クリノスは顔を歪めた。 「……それ、どしたの」 「いや、ノアにやられて……」 冷やかすようににやりと口角を上げると、新米狩人は居心地悪そうに体を小さくしながら隣の席に着く。 元々、髪は綺麗な方だと思っていた。雑な性格が目立つ男なので、親譲りかルームサービスが気遣って良質な洗髪剤を用意しているのだろうと睨んでいたが。 サラサラと風になびく、そこらの女のものより遥かに艶めくカシワの髪を横に、クリノスはホピ酒を満たしたジョッキに口をつける。 ……本当に嫌みったらしい光沢感だ。視界の端でちらちらと光っていて、鬱陶しいことこの上ない。 「っていうか、ノアちゃんに何されたの。どうやったらそんな、」 「いや! 何もないぞ!? 本当になんッにも!!」 「……」 「……」 「……いま、『墓穴掘ったな〜』とか思ったでしょ」 「……分かってるならいちいち言うなよ」 つられるようにホピ酒を注文しようと立てられた指を、横から掴んで制止する。いきなり酒気やられで倒れられても運んでやる術がない。 ……ないったら、ない。ユカペッコめ、そんな罵りの言葉はアルコールと一緒に喉奥に流してやった。 一瞬不満げに、しかし直後はわくわくした顔で常のゼンマイ炊き込み飯とサシミウオ焼きを注文したカシワを盗み見て、呑気だなあ、とクリノスは嘆息する。 こうしている今も彼の実力を疑って声を潜ませながら行き交う研究員やハンターがいるというのに、新米狩人の方はそちらには目もくれない。 どんな育てられ方をしたらこうまで図太く能天気な性格になるのだろう――自分のことはしっかり棚に上げて、先輩狩人は四杯目のジョッキに手をつけた。 「ふ〜ん。ハンターでもないオンナノコに無抵抗で洗われちゃったんだー。へえー。で、いい匂いとかした?」 「うぐぉ……なっ、この……っ! お、お前こそユカはどうしたんだよ、一緒じゃないのか!?」 「は? 誰それ」 「え? なんだよ、もしかして喧嘩でもしたのか」 「はあ!? なんでわたしが! ……してないしっ、ユカなんて人間知りませーん」 カシワはわけが分からない、という顔をする。この話を蒸し返されると思っていなかったクリノスは、舌打ちするのを堪えて酒をあおった。 正直、喧嘩とは捉えていない。秘密を暴くかのようにこちらの過去を探り、それを隠しもせずに「調べた」と公言されたことに苛立っただけのことだ。 聞いてくれたら済む話なのに、何故こそこそと嗅ぎ回るような真似をしてくれるのか。それだけこちらを信用できないとでも言いたいのか、あの男は……。 (ギルドが命知らずなバカを牽制するために絞った範囲に依頼書を公開することはよくある話だし。そこは別に、気にしてない) そうだ……ユカには、「俺が選んでやった仕事のお陰でお前たちは上位に上がれるんだぞ」と言われたようなものだ。それもまた気に入らない。 自分が真に苛ついているのはそこだ。自分とカシワの努力や気持ちをことごとく無視する姿勢、そこが「仕事モードのユカ」を拒絶する心に繋がっている。 「……あー、考えてたらまた頭にきた。なんなの、あいつぅ」 「本当にどうしたんだよ? 仕方ないな、俺がトッテオキのお食事券でメシ奢ってやるから!」 「ってー、そこは『高級』じゃないんかーい」 「俺がそんなもん持ってるように見えるか? ほら、いいから元気出せって」 クリノスは、子供のようにニカリと笑う男をまじまじと見つめた。チケットを得意げにひらつかせる姿を見ていると、怒っているのが馬鹿らしくなってくる。 黒髪をさらりと揺らしながら、新米狩人は目の前の共用フォンデュ鍋に野菜やら海老やらを刺した串を突き入れた。 龍歴院前庭園で店を営む巨体アイルーシェフ、ニャンコックが発足とされる、ベルナ村産雲羊鹿チーズをふんだんに使ったチーズフォンデュ。 近年ネコ飯屋台で出されるようになったこの前菜は、今や多くの狩人を魅了してやまない……二度漬けしようとしたカシワが女将に頭を叩かれる程度には。 「おや、アンタ。次やろうとしたらアタシの得物がうなるニャよ? さあて、腕が鳴るのニャ!」 「どわっ、ま、まさかそのフライパンか!? 勘弁してくれ!!」 「あー、カシワ頭ぐしゃぐしゃー。んふふ、女将さーん。ホピ酒おかわりぃー!」 きゃあきゃあと盛り上がる最中、ふと先輩狩人はこちらに駆け寄る人影を見つけた。傍らにはアルフォートを伴っていて、その顔には血の気がない。 「ああっ、ハンターさん! よかった、ここにいたのね!?」 緩く結いまとめた金髪を揺らし、肩で息をするのはベルナ村の受付嬢だ。一方でクリノスは女将からジョッキを受け取りながら、さりげなく視線を逸らす。 ……お人好しのカシワのことだ。案の定、彼は出された定食に手もつけずにガタンと勢いよく立ち上がった。 「古代林にまた斬竜が出たそうなの……大がかりな調査の途中で、龍歴院の人たちや民間の調査機関が地下エリアに閉じ込められてるって……!」 「なんだって、ディノバルドが!? それで、依頼書は出されてるのか」 「ええ、たったいま急ぎの依頼書が……これなんだけど、受けてもらえないかしら。他の人も出払っていて、どうしたらいいか……」 受付嬢からの名指しとあれば、やはり緊急の狩猟依頼か――ほどよく酒気が回った頭が、否応なしに冷えていく。 通常、探索の名目か特例でもない限り、ハンターはハンターズギルドが認可した上で発行するクエスト依頼を介してでしか狩りに出ることができない。 急ぎで出されたという依頼書は常より筆跡が乱れ、龍歴院の認証印もかすれていた。書類を握る男の手に力が籠もる。見上げた先には険しい顔が浮いていた。 「……クリノス、」 「えっ!? や、わたしは行かないって、」 「いいんだ、ユカが言ってた超大型の狩猟依頼が来るかもしれないだろ。お前は村に残って、そっちがこないか待っててくれ」 「!? ちょっと、カシワ……」 「こいつには俺が行く。お前が残るなら、万が一があっても皆安心できるだろ」 受付嬢との応酬は短く、即座に控えを受け取って雑然としたハンターノートに挟み込むと、カシワはすぐさま背を向ける。 「アル、行くぞ。クリノス、頼んだからな!」 「はあ!? ちょっ……なにさっ、カシワのくせに!!」 オトモメラルーを連れ立って加工屋に向かう男の……「後輩狩人」の、なんと忙しなく頼もしいことか。 行き場を失った利き手を下ろして嘆息していると、受付嬢が依頼書をまとめた書物を両腕でぎゅっときつく抱きしめ、俯く姿が見えた。 「なに、カシワのこと信用できない?」 「えっ!? まさかそんな、ハンターさんたちのことは頼りにしているわ。ただ……」 「ただ?」 「……今回現れたディノバルドは、どうも様子がおかしいらしいの。地下エリアだけにずっと居座っていて、調査チームが地上に戻れないって」 クリノスは二重の意味で眉根を寄せる。一つは、彼女が「噂」を信じていないという点だ。平常通りに仕事を回してもらえるなら、それに越したことはない。 もう一つは無論斬竜のことだ。初めて遭遇したときも、ディノバルドは地下エリアをうろついていたはずだった。 なら、何故今回はそれが「様子がおかしい」こととして報告に上がるのだろう。縄張りが地下エリアだと仮定すれば、なんらおかしくないことのはずなのに。 カシワともども、これまでディノバルドと応戦を重ねてきたわけではない。かといって予測と想像を立てすぎるのも危険だ。 相手は生き物、実際に対峙したとき、彼らがどんな行動に出るかは分からない。思い込みで安全な狩猟が果たせるとは、端から思っていなかった。 「ハンターさんが頑張っているのは知ってるわ。けど、どうしても無理をさせてしまうときもあるから……」 「カシワが好きでやってることだから気にしなくていいと思うけどねー……まあ、仕方ないかあ」 「カシワのバカが移ったのだろうか」。口内でぼやいた後、後輩狩人の姿を目で追う。 髪をもたもたと結びつつ、加工屋とああでもないこうでもないと議論する、その姿……先輩狩人は、そっと背後から駆け寄った。 「ほら、バカシワ!」 「あでっ! な、なにすんだよクリノス!?」 「『秘薬』だよ、いざってときに使ったら?」 ポーチから放ったのは、母の教えで常備するようにしている薬の一種、秘薬だ。 滋養効果に優れたキノコや特別なエキスを腹に蓄える虫、万能素材のハチミツ他、複数の素材を複雑な調合にかけてようやく完成する、とびきりの回復薬。 慣れた狩人でも竜人族の知恵――ギルド公認の調合書なくては調整が難しく、用意するだけでも手間が掛かる分、その効果は折り紙付きとして知られている。 「なに……どうしたんだよ。これって貴重なやつなんだろ?」 「なにって、ただの景気づけだけど?」 「……いや、お前がタダでこんなもの渡してくるなんておかし、いてててて」 「あー、はいはい、なら『貸し』ね! 倍にして返してよ、へたれカシワ!」 「いてててて! 悪かった、俺が悪かった!! だから髪引っ張るな、悪かったって! ハゲるー!!」 いざ気を遣ってやれば、こうだ。とはいえ、こうでなくては自分たちらしくない。 火急のクエストに単独で挑むという状況でも、変わらずカシワの顔に緊張は見られない。ある意味いつも通りの相棒を眺め、クリノスはにやりと笑った。 「そ。貴重な薬なんだから、簡単に使うわけにいかないでしょ。なんなら返してくれたっていいんだし」 「はあ!? くれたんじゃないのか……って、そうだよな。お前からの『貸し』なんだよな。使わないで返さないと、あとから怖い……よな?」 なんで疑問形なの、からりと笑い飛ばしてやれば、お前そういう貸し借りうるさそうだろ、困ったような笑みが返される。 「って言ってもなー。まだ新しい方の防具の研磨が終わってないって言われたから」 「って、今すぐ出発できるわけじゃないんかーい」 そうだ、今は、当面は――目の前のことから、一つずつ。苦笑混じりに頷くカシワにつられるように頷き返し、クリノスは人知れず拳を握った。 超大型古龍に対峙するのは久方ぶりだ。しかし、安全圏に身を置いて嵐の前触れを恐れるばかりではどうにもならない。 自分は、「自分たち」はハンターだ。 悩み、惑い、立ち止まることこそあれど、生き物の生命と引き換えに富や力、人々の安全を得るべく、これからも血塗れの道を進んでいかなければならない。 ……それを悔やんだ覚えはない。後ろを振り返ってばかりでは、狩ったモンスターたちがあまりにも不憫ではないか。それこそが驕りの精神なのだとしても。 「カシファイヤーにご用心、だからね。ほらほらっ、ハンターさん、しゅっぱーつ!」 「いてててて、だからまだだって! 髪引っ張るなよ!」 「全ての生き物に敬意を。生けとし生けるものに恥じぬ生き方を。ゆくゆくは土に還ることを忘れず、恐れの心を理解に変えて」……父母の教えだ。 ハンターとしての矜持は、今も昔も変わらず胸の内にある。クリノスは、そのことを自らの誇りにしていた。 見上げた先、目が合うや否や、後輩狩人はきょとんとした顔をしてから子供のようにニカリと笑う。 いつか、この男にもそんなものが芽生える日がくるのだろうか。火事場の金属音が高く鳴り響く中、先輩狩人は誰にともなく柔らかく微笑んだ。 ……く、はやく…… 暗く、冥い。 ほわほわと光るキノコや珍しい羽虫、しっとりと水気を含んだ馴染みのコケたちを眺めていても、いつものように心は晴れなかった。 答えなら、とうに分かっている。待てど暮らせど、いつまで経っても大好きな最愛の「彼」が戻らないからだ。 夜の空を写し取った、蒼色に燃える鎧。透き通った地下水や、得物を研ぎ整えるための鉱石によく似た、青色の眼。逞しい足、耳に心地良い足音、低い声。 いつも、顔をぴたりとこちらの横顔に寄り添わせては……『きみは淋しがりだから』、なんて笑っていた。 大食らいで、動作はちょっぴり乱暴で、でも……心はとても柔らかくて、優しくて。わたしなんかより、よほど、ずっと淋しがりなひとだった。 そんな「彼」が戻らない。わたしたちの「たからもの」がいつ目覚めるかも分からないのに、『ご飯をとってくる』と出ていったきり、何の音沙汰もない。 本当にどうしてしまったんだろう……泣きそうになるのを堪えているうちに、わたしはある日、恐ろしいものを目の当たりにした。 『……穴? こんなところに、どうして……っ!?』 ああ……探しに行くべきではなかった。わたしは、わたしたちの寝床のほどなく近くに、とても大きな裂け目が出来ているのを見出した。 傍らに「彼」のにおいが染みついた黒く濡れた土や濡れそぼった岩、「彼」の歯形が残された食べ物の残骸が……点々と、無情に、非情に散らばっている。 わたしは、どう見ても「彼」の「 」でしかないそれらを、黙って見つめた。 『……どうして?』 何故、どうして? 何故、「彼」は戻ってこないの? どうでもいいような、ちらちらと鬱陶しい二足歩行の生き物ばかりがわたしたちの寝床の近くをうろついているのに、それを追い払いもしないだなんて。 どうして、「彼」の 臭がしているの? 「彼」がいなければ意味がない。わたしの命も、心も、躯も、全ては「彼」のために捧げたものだから。他の誰にも、何者にも決して触らせられない。 もちろん、わたしたちの「たからもの」も例外じゃない。彼らが眠るベッドも、寝床そのものも。わたしが代わりに、護らなければ。 だって、いつ「彼」が戻るか……分からないから。 『……く、はやく……』 いつか、もしかしたら、ひょっとしたら。 「彼」が、いつものようにふらりと帰ってきて、自慢の蒼い得物をちらちら揺らして、わたしを笑わせてくれるかもしれないから。 わたしたちの「たからもの」が目覚めたら、そのときにはわたしの傍にいて、にこにこしながら『おはよう』、と笑ってくれるかもしれないから。 ……だから、……そうでしょう? 『……く……はやく、帰ってきて――』 ――暗く、冥い、うっそりと光る古代の植物に囲まれた中で。ひとりぼっちのかりびとは、燕雀石の眼を濡らしながら暗がりを延々と彷徨い続ける。 後に、その緑溢れる大地の地上において。 鋼と銀朱、水色と、多様に煌めく鎧を纏った狩り人が「彼女」に対峙すべく降り立ったのは……最早、必然としか言いようがなかった。 |
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