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モンスターハンター カシワの書(4) BACK / TOP / NEXT |
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「んー。たまには、違うクエスト行ってみよっか」 何度目かの採集ツアー、何頭目かのドスマッカォとの「訓練」を終わらせたところで、クリノスがそう呟いた。 手慣れつつある剥ぎ取りを終え、手にした大ぶりの緑の鱗をしまい、カシワはゆっくりと振り返る。 顎に手を当て、クリノスは何事か考え込んでいるようだった。 「別のクエスト?」 「そうそう。ドスマッカォにも慣れたでしょ? あんたもそろそろ、採集ゆっくりやりたいだろうし」 誰のせいだよ、言いかけた言葉を新米狩人は飲み込む。分かっていてか、先輩狩人はフードの下で口角をつり上げた。 ……確かに、慣れた、と言われればその通りだった。倒れたドスマッカォの亡骸をそっと見下ろす。 合間にカリスタ同伴での訓練クエストを挟みながら、対ドスマッカォの狩猟技術は確実に磨かれつつあった。 全身を見渡してみても、怪我の類も頻度もかなり減ってきた。攻撃を避ける、という基礎も板についてきたように思う。 ここ最近の狩りを思い起こす。蹴られ、殴られ、吹き飛ばされ……それも最近では片手で足りるほどだ。 (それでも、まだまだだ) 頭を振る。慢心している場合ではない、ドスマッカォ以外のモンスターとはまだ戦ったことすらない。 もう一度、カシワはドスマッカォの亡骸を見下ろした。 腕を上げるため、ハンターとして生きるため、遥かなる目標……黒龍に至るため。そのために自分は彼らに対峙する。 短く息を吐き、目を閉じる。可哀想だ、そう考えることは、彼らに対してひどく傲慢であるような気がした。 はたと視線を感じて顔を上げれば、にまにまと怪しい笑みのクリノス。なんだよ、別に、やりとりは短く済まされる。 彼女との付き合いにも慣れてきた。否、慣れたと思うのはこちらだけなのかもしれないが。 「クリノス」 「ん?」 「お前は、なんでハンターになったんだ?」 帰還すべく、ベースキャンプの位置する南西に足を向けた彼女をカシワが呼び止める。 「どうしてって。レアアイテムが欲しいから! に決まってるじゃない」 ハンターになるからには当たり前でしょ? 付け加えて振り向く彼女の声は明るい。隣でリンクも頷いている。 そう言うあんたは、問い返されカシワは言葉に詰まった。自分の動機は昔から決まりきっている。 伝説の黒龍、ミラボレアスとの遭遇。しかし、会った後はどうしたいのか、そこまでは考えていなかった。 (どうして、か) 考えるだけで、想像するだけで、全身に粟立つ感覚が走った。ふつふつと煮えたぎるものが心の奥底にある。 世界を救う、伝説の英雄になりたい……そういったことではない。純粋に、対峙してみたいと心から思っただけだ。 ドスマッカォと初めて戦ったときも、その際に苦戦を強いられたことも、それと似た感情を強く感じていた。 恐怖ではなく、鼓動の高鳴り。言葉で語るにはあまりにも粗暴で凶悪な、純度の高い好奇心。 そうか、俺は「伝説」と戦ってみたいのか――意外なところで導き出された結論に、カシワは少しだけ片眉をつり上げた。 クリノスは怪訝な顔をしている。はたと視線に気づき、後輩狩人は小さく咳払いした。 「村に戻るか」 「んー。はいはい」 「なんだよ?」 「んーんー、べっつにー?」 何か言いたげな女狩人だったが、彼女の横顔には笑みがにじんでいた。次に怪訝な顔をするのはカシワの番だ。 ベースキャンプで待機していた飛行船に飛び乗ると、ほどなくして、古代林の全貌は眼下に遠のいていく。 しばらくの間、双方ともに会話はなかった。 簡素な椅子に腰掛け、剥ぎ取りナイフを研ぎ始めるカシワの様子を、クリノスはじっと頬杖をつきながら観察している。 リンクの席の逆側には、たっぷり膨れた彼女たちのアイテムポーチが放置されていた。 最初は跳狗竜の鱗やマカライト鉱石を磨いていた先輩狩人だが、どうやらそれも一通り済ませてしまったらしい。 「クリノス? どうかしたか」 「んーんー、べっつにー」 応えるクリノスの声色は普段と変わらない、しかし視線が逸らされることもない。カシワはナイフに目を戻した。 ……聞いたところによると、彼女は自分より四、五歳ほど年下なのだそうだ。 なに考えてるのか全然分かんないな、そうぼやきかけて、自分だって自分の話をしたこともないのに、と嘆息が漏れる。 「で、新米ハンターさん? あんたがハンターになった理由って、なんなの」 「は」 「は、じゃなくて。あるんでしょ? まさか、わたしにだけ話させて終わりってわけじゃないよね」 古代林で拾ったドングリを数えるリンクを横に、頬杖姿を継続させたまま、クリノスは微かに両目を細めた。 先の続きか、とカシワはナイフを研ぐ手を止める。咎められているような気配ではなかったが、脳裏に逡巡が生じた。 (昔はさんざん笑われたんだけどな) 思い返せど、子供じみた夢だ。 当時は同い年の子供たちだけでなく、両親にさえ「そんなバカな」と言われ、笑われた。 それでもカシワはクリノスに黒龍の話をした。 他人からすれば一笑に伏してしまえる内容でも、自分にとってはハンターを志すのに十分な動機であるためだった。 「ふーん」 クリノスの反応は淡白だった。 「笑わないのか」 「笑う? なんで?」 「周りにさんざん笑われてきたからなー」 「まあ、そうだろうね。笑って欲しい?」 「そういうことじゃないけどな」 「そ。ならいいじゃない」 ドングリを数え終え、数の多さにぱああと顔を輝かせているリンクに一瞥を投げた後、彼女は身を乗り出した。 「本当にその『黒龍』がいるなら、これ以上ないくらいのレア素材が手に入るなーって。間違いなく最高ランクだよね」 銀朱の眼差しは純粋で、冗談など欠片も含んでいない。カシワは面食らう。 「……お前、結局アイテムか」 「はあ? 何を! 大事なことでしょ。何のためにハンターになったと思って」 「分かった、分かった。全く、それ以外にも色々あるだろ?」 「色々って、英雄になりたいとか? そんなので腹が膨れるわけないしね、オルタロスじゃあるまいし」 「それはそうだけどなあ」 「あんただってそうでしょう。黒龍ってのが、本当にいると思ったんでしょ。なら、それ目指すしかないじゃない!」 熱を帯びてくる先輩狩人の声に、後輩狩人は苦笑する。何ごとかと、リンクは眼を丸くして雇い主を見上げていた。 カシワはほっと安堵する。ハンターになる動機は人それぞれ、そう、笑わずにいてくれる人間がいるとは夢にも思わなかった。 ドスマッカォの冠羽を得意げにひらひらさせ、リンクと談笑を始めたクリノスを、新米は目を細めて見つめる。 ふと、案内人が簡易食糧を運んできた。ナイフを片付け、率先して三人の盆を受け取った。 「……特産ゼンマイ、特産ゼンマイ……あっ、あったニャー! 旦那さん!」 「おおー、さすがリンク。仕事が速いね!」 手を取り合うようにしてはしゃぐクリノス、リンク。と、両者の後ろでカシワがなにやら低い唸り声を上げた。 「あのなあ、結局また古代林クエストじゃないのか」 声色には恨みつらみが混ざる。クリノスは涼しい顔をしていた。 「どこかの新米くんのアイテム採集もかねて、だよー。ドスマッカォばっかり討伐っていうのも、キツいでしょ?」 「だからって。それにお前、どのみち『環境不安定』だったぞ、このクエスト」 「いいじゃない。乱入してくるにしたってまたドスマッカォだよ、きっと。怒らない、怒らなーい」 「また、って聞こえた気がしたぞ気のせいかコラ」 「気のせいニャー。オコラナイ、オコラナーイニャ」 集会所に戻り、一度ちゃんとした食事でも、とビストロ・アイルーに立ち寄った折クリノスがある村人に捕まった。 彼は「古代林の特産ゼンマイを酒のつまみに採ってきて欲しい」と、集会所のハンター各位に話を持ちかけていたらしい。 初めての注文にもたついている新米に了承を得ないまま、クリノスは仕事の一環として受注を済ませる。 「ゼンマイ肴に古代を感じて」。 依頼されたからにはハンターとして叶えてあげなきゃね、そう言って笑う彼女は果たして根っからのハンター気質であるのか、 それとも単なるお人好しに過ぎないのか。カシワには判断が付かなかった。 「では頼んだぞ」、そう言って集会所を退出した村人の背を見送り、二人は急ぎ出発準備を整える。 この依頼、注意が必要かもしれません――そう表情を固くして二人を見送ったのは、集会所勤めの龍歴院の受付嬢だ。 気楽に構えるハンター二人とオトモ一匹に対し、何故か最後まで緊張感を緩めずにいたのは彼女だけだった。 「……綺麗な娘だったなあ」 「はい?」 「いっ? い、いや、なんでも。独り言だからな!」 苦しまぎれに咳払い。ほーう、意味深にのぞき込んでくるクリノスの額に、手をべたりと押しつけ押し返す。 しつこいので両頬を押しつぶしてやった。無表情で唇をとがらせる女狩人、と、その横でリンクが眼をこすっている。 現在、古代林は夜だった。肉食モンスターらが活発化し、巣穴から出てくる裏の時間帯。周囲はしんと静まり返っている。 気球船で爆睡をかましたハンターのうち一人は、懐からクエスト受注書を取り出した。 特産ゼンマイ二十個の納品。それとは別に、サブターゲットとして肉食モンスター、ジャギィの討伐と記載されている。 「先にジャギィ退治、かもね」 軽く息を吐いたカシワの肩越しに、クリノスは首を傾げて呟いた。 「よかったね? ドスマッカォ以外の討伐依頼だよ」 「イヤミか」 「まっさかー。小型は小型で、群れで出てくるから厄介さが違うって話。早いうちに慣れといた方がいいよ」 言ってるそばからお出ましだよ――クリノスの視線は、カシワのそれよりずっと先に向けられていた。 淡紫と赤茶の皮、頭を囲む襟巻が目立つ、小型の肉食モンスター。独特の鳴き声は巣穴から仲間を次々に呼び寄せる。 狗竜ジャギィ。古代林以外にも広く生息するモンスターで、群れを作り、集団で狩りを行うことでよく知られている。 前傾姿勢でまっすぐ駆けてくる一匹めがけて、カシワは迷わず抜刀。大口を開けたところに剣の切っ先をめり込ませた。 刃が頭部に食い込む、額から右あごにかけて緋が走る。それでもジャギィの眼は狩人を捉えたままでいた。 左手を振り切り、右腕を正面へ。下腕に固定していた盾を突き出し、ひるんだ顔面に叩きつける。 「ッでぇい!」 気合いの発声、硬い金属音。のけぞり後退するジャギィと、追撃するかのように迫りくる二匹目めがけて剣を薙ぎ払う。 反時計回り。脚を軸に、視界と全身が平行に回転。鋭い横薙ぎの一閃が二頭をまとめて巣穴へ押し戻した。 クリノスの口笛、横から駆け出すリンク。背から抜かれたブーメランが放られ、カシワの横、すり抜けてきた一匹へと命中。 カシワが剣を振り下ろすのと、リンクの剣が切り上げられたのはほぼ同時。暗がりに二つ銀光が疾駆する。 「ざっと四匹、か。あと四匹だね」 ひいふうみい、指で数えながら、剥ぎ取りナイフを用意するクリノス。戻ってきたリンクには片手で応えた。 点々と転がる死体を見渡し、カシワは荒く息を吐く。さくさく剥ぎ取りを始めたクリノスに倣い、ある一体の前で屈んだ。 (モンスターには敬意と感謝を、か) ふと誰かの言葉を思い出す。父か、母か。父もこうして、祈りを捧げてから帰途に着いていたのだろうか。 頭を振る。ナイフを突き立て、まだ温かさの残る肉に刃を走らせる。顎を片手で固定しながら口内の牙を一本引き抜いた。 鳥竜種の牙。主にボウガンの弾に加工される品だが、何かしら他の使い道もあるだろう……ポーチに早々としまい込む。 ふたを閉め立ち上がろうとして、そこでカシワは立ち止まった。 「? どーしたの」 「いや、何か聞こえなかったか」 いつの間に摘み取っていたのか、薬草を数枚片手にしたクリノスに片手を挙げて応答。 耳を澄ます――どこかから、何者かの声が聞こえたような感覚があった。否、声というよりは爆発音に近いかもしれない。 地面を這う、低重音……嫌な予感がして、新米狩人は眉根を寄せる。 隣のエリアか、と視線を動かす。エリア三の先、竜の巣がある方角から何者かがこちらを見つめているような気がした。 「……気のせいじゃない?」 「だといいんだけどな」 のんきに構えるクリノスと、眉根を寄せたままのカシワ。脳裏に蘇る「環境不安定」の文字に、新米狩人は頭を振った。 何もなければそれでいい。背筋に一瞬這った悪寒を払うように、カシワは首を左右に振った。 どれくらい集まった、そう聞かれて、ポーチの中身をあさる。ターゲットの特産ゼンマイは、まだ数が不足していた。 「もう少し、奥に行かないと無理かもねー」 「ニャ。旦那さん、最奥部ならゼンマイ獲得率、百パーセントニャ!」 カシワの不安をよそに、クリノスとリンクは「こっちの方が多いから」と得意げである。 何はともあれ、恐れず先に進まないことには古代林最奥部に降り立つことも出来ないのだ。 光一片射さぬ暗がり、光苔がほんのり照らし出す森の底。あの幻想的な光景は、今すぐにも思い出すことが出来る。 そこでしか採れない貴重なキノコや虫もあった。素材収集も兼ねるなら向かわない理由もない。道を急ぐ。 「……竜の卵も、なかなか龍歴院ポイント稼ぎになるんだけどねー」 「お前、ちゃんとゼンマイ拾ってるのか」 「何を。どこぞの新米くんよりは、集まってるよ」 周囲を一応警戒しながらも、摘みたての特産ゼンマイをひらひらさせてクリノスは気楽に笑った。 エリア七――ここを北に抜ければ、その先にあるエリア八を経由して、最奥部に降りられる崖にたどり着く。 (そういえば、ドスマッカォに乱入されるのはいつもここだったな) 周囲の崖、静かな空間、暗がり、吹き抜けの天井。見上げれば、一面に満天の星が瞬いていた。 今は、ドスマッカォはおろかジャギィの姿も見えない。先ほど感じた違和感は、やはり気のせいだったのか……。 カシワはふっと一息吐いた。 ふと、夜空の中に流星が一つ駆け抜け、新米は眩しげに目を細める。遠くでリンクがはしゃいでいる気配があった。 クリノス一行の採集は順調であるらしい。俺もぼちぼち集めないとな、そうしてツタ植物の生い茂る方に足を向け―― 「……え、」 ――カシワは目を見開いた。眼前、夜に照らされ、ほの青く濡れた地面に、突如としていびつな亀裂が走る。 すぐさまそれは激しく盛り上がり、地中に潜んでいたものの姿をあらわにした。 朱色の表皮、力強い顎と、そこに生えた二対の巨大な牙。眼光は鈍い光を帯び、固まる若い狩人を見据えている。 「くっ、クリノ……」 言葉は最後まで吐き出せない。刹那、耳をつんざく大音がフィールドを駆けめぐった。 巨大な咆哮。踏みしめる四肢が地面に悲鳴を上げさせ、空気に重圧を張り巡らせ、嫌でもその存在感を主張する。 たまらずカシワは両耳を塞いだ。立っているのがやっとで、相手の巨体を見上げることさえままならない。 (嫌な予感ほど……当たるんだよなあ! くそっ!) それはドスマッカォではなかった。 そして同時に、これまで一度たりとも見たことのない姿をしていた。 「ッ、クリノス!!」 「……うわあ……これは、わたしの予定になかったなあ」 武器を抜く音は四つ。カシワの片手剣、リンクの剣、そして最後にクリノスが自身の得物、双剣を構えた。 対峙する正体不明の巨大モンスター。咆哮の後、それは視線を正面に定めた。すなわち、彼の狙いはカシワである。 思わず後退、そして新米狩人は固まった――背中に壁が当たる。無意識に、崖のそばに逃げてしまっていた。 (駄目だ……避けられない!) 横に逃れようとするカシワだが、相手がそれを許すはずもない。 折り曲げられ、器用に巨体の下に収めていた後脚が不意に伸びる。俊敏さをめいっぱい披露し、大きな体を持ち上げる。 ……跳ねた。目の前で身構えた狩人めがけ、それは勢いよく飛び跳ねた。 自分の身長の三、四倍はある巨体が、落石のように飛んでくる。ある意味新鮮な光景でもあった。 避けきれない、カシワは息を呑む。不意にモンスターと目が合った。その瞳孔に、ひるんだ自分の顔を見つけた気がした。 「――っ!」 「カシワ!!」 それは見てくれ同様、両生類であるカエルに違いなかった。ただし、その大きさ、馬力、不気味さは比にならない。 クリノスの声はカシワに届かない。迫る大型蛙、通称「鬼蛙」を前に、新米はなす術もなかった。 気付けば、目の前に凶悪な顎と牙が迫っている。世界と視界が、面白いくらいにぐるりときれいに回った。 突進、直撃を受けたのだと知れたのは、体が宙に打ち上げられたときだった。 浮いた、そう感じた瞬間、一拍遅れてから全身に痛みと衝撃が突き抜ける。 ……声を挙げられるなら、そう出来るなら、今すぐにでもこのクエストを受注したことに悪態をついてやりたい。 受け身を取る間もなく地面に叩きつけられる。悲鳴と苦鳴を飲み込み、意識が薄れていくのを自覚した。 鬼蛙テツカブラの乱入。 予期せぬ事態とはいえ、狩りを始めたばかりの新米には苦く苦しい、初の敗北だった。 |
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BACK / TOP / NEXT UP:20/02/08 加筆修正:23/01/29 |