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モンスターハンター カシワの書(35)

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「っ、このっ……元気だな、おい!」

「弱ったモンスターの足元に罠を仕掛け、麻酔玉を投げて捕獲する」。お決まりのやり口はしかし、空中を行き来する小柄な肉食竜に妨害されてしまった。
翼蛇竜ガブラス。艶のある外皮に蛇に酷似する頭と発達した翼を有し、文字通り空を飛ぶ能力に長ける小型の蛇竜種だ。
小型とはいえ侮ることはできない。彼らは知能が高く、眼下の獲物の動きに合わせて高度を調整しながら飛翔し、隙あらば口内から精製した毒液を吐き落とすのだ。
……カシワが仮眠から目覚めたリオレウスに追い回される羽目に陥っているのも、ひとえに空から奇襲を仕掛けてきた彼らの功績である。

「どわっ! ま、待て、毒をかけたのは俺じゃな……」
『ドギャァアアアアッ!!』
「う、わっ、」

火竜、咆哮。ガブラスから浴びかけさせられた毒など意にも介さず、リオレウスは新米狩人めがけて突進した。
一方で、聴覚の関係か、咆哮を聞くと同時に翼蛇竜はぼとぼとと地上に落下する。哀れ、直線上にいた数匹が血塗れの脚の犠牲となった。
カシワは、逃げ惑いながら冷や汗を垂らしていた。確かに瀕死状態にまで追い詰めたはずだというのに、このリオレウスに弱った様子はまるで見出せない。

「っ、分かった、悪かった! 俺だって、」

ヴァイパーバイトを引き抜き、急停止した火竜の背に向き直る。振り向きざま、黒と空色の視線がしかと重なった。
躊躇は一瞬、火竜が振り向き終えるより前に、傷だらけの頭部めがけて刃を振り下ろす。
酷たらしい裂傷だらけの傷口に、なお鮮やかに緋が咲いた。のけぞり悲鳴を上げながら、リオレウスはその場でたたらを踏む。
チャンスは今しかない! 突き動かされるように仕掛け損なっていたシビレ罠を地表へと埋め込み、飛び退きながら素早く麻酔玉を投げつけた。

『……!!』
「ああ……『お前も頑張ったよ』、ありがとうな。リオレウス」

ズズン、と重い地鳴りが響く。火山灰が浮き上がる濁った視界の中で、空の王者は息苦しさを感じさせる小さな寝息を立て始めていた。

(お前も頑張った、か)

一体どこから目線で物を言っているのだ、と自分でも呆れてしまった。同時に、そうでもしないと押し潰されてしまいそうだ、とカシワは額に拳を押し当てる。
リオレウス、雄火竜、空の王者。彼が、かつて近隣の村を焼き払ったそれとは別の個体であることは重々分かっている。
しかし実際に対峙するとなると――どうだ。噴煙を消し飛ばす羽ばたきや、青空を塗り潰すほどの大翼、賢そうな空色の眼に、威風堂々たる銀朱の装甲。
初めて目にしたその瞬間から、足は止まり、呼吸は細まり、視界は急速に狭まれていった。いつの時代に誰が彼らを「王者」と呼ぶようになったのか。
新米狩人の自分に知る術はないが、向けられた威圧と重圧は確かに王者の名に相応しいものだった、とカシワは思う。

「……っと、そうだった。達成したって連絡、入れないとな」

ギシャア、と耳障りな異音を聞いて我に返った。これはガブラスたちが仲間同士で連携するために発達させた、尻尾の摩擦を活かした発音行動だ。
頭上にさえ気をつけていれば、リオレウスほどの脅威ではない。ちらと振り返れど、あれだけの畏怖を感じさせた飛竜は昏々と眠りに沈んだままでいる。
留まっていても仕方がない、ガブラスたちも縄張りを荒らされては面白くないだろう――決めるや否や、とん、と軽く地を蹴って早々と山頂から離脱した。

「ガブラス、か。邪魔して悪かったな」

とはいえ、ギルドの回収班が来た際には案内のためにここに再来しなければならない。彼らには悪いことをしてしまうな、とカシワは一人嘆息する。
振り向きざま、ガブラスたちのうち何体かと目が合った。黒光りする華奢な体躯が連なる様は、どこか不穏で不気味に見えた。






捕獲されたモンスターは、ハンターからクエストの達成報告を受けた現地待機のギルドの職員と作業員とが撤収してくれるのが常だ。
今回も例外なく、彼らはハンター帰還の手段である飛行船乗り場行きのネコタクともども姿を現した。
群れるガブラスを職員や護衛隊がボウガンや音爆弾を用いて追い払い、またけむり玉を焚いて視界を塞いだ上で迅速に調査、運搬準備が進められていく。

「おおっ……仕事が早いな。ガブラスだってお構いなしか」
「そりゃそうですニャー。いつなんどき、別のモンスターが『生えてくる』か分かんないですからニャー」
「はっ、生えっ!?」
「例えじゃないですニャー、『そういうの』もいるのニャーよ。飛竜イコール空を飛ぶだけが能、とは限らないのニャー」

撤収作業を見守るカシワの横で、運転手のうちベテラン風を吹かせる白毛のアイルーがカラカラと笑った。
ギルドに直接雇用され、こうしたクエスト前後に送迎に出たり、狩猟中のハンターが力尽きて身動きが取れなくなった際に緊急退避を図るなど、彼らは多忙の身だ。
アイルータクシー、通称ネコタク。今のところ自分は一度しか世話になっていないが、難易度の高いクエストでは彼らの脚が生還の鍵となる。
それ故か、ネコタクの運転手は総じて仕事熱心だ。加えて狩り場やモンスターの情報にも明るい。これはいい勉強になるぞ、と新米狩人は内心で両拳を握った。

「それにしても、結構大がかりだな。まだ下位の個体だろ?」
「ニャニャッ? それは違いますニャ、黒髪のダンナ。このリオレウスは火の国のすぐ近くに巣を作りかけてた厄介者ニャ。被害も少なく済んでよかったニャ」
「そういうもんか」
「そりゃそうニャー。今は繁殖期まっただ中! 世界中で飛竜種を筆頭にモンスターが活性化してるのニャー。ミィとしちゃ稼げてありがたいけどニャー」
「その分、尻尾が焦げたり追いかけられたりすることも多いですけどニャ。ハンターさん一同にはガンバってもらいたいとこですニャッ」

休みなく書き込まれる書類、生態観察。ひっきりなしに交わされる報告、気づき。ギルドならびに龍歴院の調査員は、誰もが眠るリオレウスに夢中だった。
感心する新米狩人だったが、ネコタク運転手のうち亜麻色毛並みの若いアイルーは、ぼやきつつもカシワの声を聞き逃すまいと聞き耳を立てている。
……クリノスが恐れる「英雄扱い」とはこのことだ。火竜狩猟を成したハンターに集まる視線は、ただの好奇の眼差しに留まらない。
単独でこれを狩ることのできる腕前となれば、ある程度の難度の狩猟を任せられる狩人として認知されることに他ならない。
分かってんのかニャ、スゴイことなのにニャー、と運転手らは顔を見合わせた。集まる視線には目もくれず、カシワは双方の声掛けにうんうんと頷き返す。

「っと、そうだ。ここで突っ立ってたって邪魔になるだけだよな。少し、麓の方でも見てくるか」
「……ニャニャ? ハンターさんがそう言うならボクは構いませんけどニャ。クエスト時間は過ぎてるから、採集物は没収になりますニャ」
「ああ、それはいいんだ。帰還準備が整うまで、その辺を見てくるだけだから」
「分かってるならいいのニャー。なんだかヒゲがピリピリするから、早めに戻ってきて欲しいのニャー」
「ヒゲが……? 分かった、本当にすぐだからさ」

ひらりと手を振って山頂から離れる。岩肌に囲まれた通路から振り向いてみれば、アイルー二匹はニャンニャンと気楽に口ずさみながら移動の用意を始めていた。
未だ噴煙は止まない。とはいえ、火竜という脅威は去ったばかりだ。狩猟時と違い、楽な心地でカシワは麓の方へと足を向ける。
狩り場の中央付近を抜けると、ふっと息苦しさが和らいだ。脇道には溶岩が滞留していたが、開けた視界のほとんどは冷え固まった岩石で構築されている。

「ああ……やっと、麓か」

思わず安堵の吐息が漏れていた。
ラティオ活火山、エリア二。熱とマグマがフィールドを赤く染める上層部とは打って変わり、ごつごつした地盤と岩壁が灰色の景色を形作る火山の登山口だ。
ここまで下りてくればクーラードリンクに頼る必要もない。南下しながら、羽根帽子の鍔越しに山頂付近を見上げて頭を振る。

「リオレウスか……本当に、俺が狩ったんだよな。狩れた、んだよな……」

ふと、今更手が震えていることに気がついた。ぐっと力を込めて拳を握ると、じわじわと恐怖と高揚……狩猟を果たせた喜びが満ちてくる。

「……ッ嘘だろう、本当にか。夢じゃないよな、っ、いてて……」

裂かれた肩口や擦り傷だらけの足の痛みが、全てが現実であることを教えてくれる。
狩った、狩りおおせたのだ。
父があれほど「危険だから近寄るな」と豪語し、「借り物だ」と存在理由をひた隠しにした得物の源となったリオレウスを、自分一人の手で狩りきった。

(父さんは……俺がリオレウスを狩ったって知ったら、なんて言うんだろうな)

それは紛れもない歓喜だった。広大なエリアでカシワは独り、怪我も疲労も忘れ、たんたんと軸足で地面を踏み鳴らす。
クリノスらの手練れに嫉妬し、焦り、焦がれたことさえもころりと忘れて、新米狩人は意気揚々とベースキャンプが展開される方角に足を向けた。
単純に、怒りや妬みを忘れてしまえるほど充足感に満たされていたのだ。即ち、すっかり浮かれていた。
過去、何人ものハンターや調査員が通り抜け、また熱を帯びた風が穴を穿った南西の細道。幾度となく狩り人を見送り、また出迎えた登山口に踏み込んだ瞬間。
カシワは、背後にふとした違和感を感じて立ち止まる。異変と呼ぶには大げさな、小石が弾む微かな物音がしたからだ――

「……うん?」

――その異変は、突如として何の前触れもなく現れた。異様な臭気が空気にとけ、次いで粘着物が滴り落ちる音が鼓膜を打つ。
ぐるりと振り向いたときには、青白くぼんやりと光る粘液や、それにしつこく纏わりつく火山灰、溶岩石といった黒や灰色が、目と鼻の先にまで迫っていた。

「ッな、なに……どうして、なんでっ……」

苦鳴という苦鳴が響き渡る。体内に蓄えた熱や可燃性ガスを留めておけず、絶え絶えな呼吸に混ざったそれらが空気中に火花や悪臭をまき散らした。
皮膚が焼かれる感覚が頬に走る。飛び退きかけたカシワだが、見上げた先、金色の鉱物を粘液と灰に覆われた竜が悲痛な声を発したのを見て踏み留まった。
爆鎚竜、ウラガンキン。
火山地帯を主な生息地とする竜で、長い尻尾に、岩石で固められた丸い顎と、全身にめり込ませた希少鉱物による武装が特徴的な獣竜だ。
ギルドが指定する危険度は高ランクに位置し、火山に形成される鉱石を好むという食性から、炭鉱夫や火の国の神官から恐れられる存在とされている。

「お前、どこから……いや、それよりも」

ウラガンキンについて、新米狩人は多くを知らない。ただしリオレウスを撃破した今ならば、この獣竜が火竜同様の猛者であることが理解できる。
巨体、威圧感、存在感。如何にも堅牢な身の守りと、重量感に富む体躯……辛うじて動かずにおれたのは、消耗した心身と畏怖が足を地に縫いつけていたためだ。
そうでもなければ、真正面から向かい合った竜に無謀にも剣を向けていたに違いない。落ち着け、慌てるな……知らず、つばを飲んでいた。

「……一体、その身体はどうしたんだ。なんで、そんなことになってるんだ」
『……カァッ』
「痛いか、苦しいか。そりゃそうだよな、そんなんじゃ」

しかし、カシワは彼とやり合う気になれなかった。それというのも、このウラガンキンは全身の至るところに深い傷を負っていたからだ。
「この個体は弱りきっている」。労りとも同情ともとれる声を掛けてから、モンスター相手に何をやってるんだ俺は、とカシワはぎしりと歯噛みした。
今にも朽ち果てそうな声に耳を傾けるも、意思疎通が適うはずもない。そろりと見上げた先で、虚ろな光を宿した小さな眼がようやく狩り人の姿に気がついた。
どろり、と青白い粘液が眉間を伝っていく。無残にも砕かれた顎や削り取られた外殻もさることながら、その痛ましい様は落涙しているようにも見えた。

(……何故、どうして)

知らず、カシワは手を爆鎚竜に伸ばしていた。見開いたのか恐れを示したのか、ウラガンキンはごく小さな眼を丸くしてみせる。
狩り人と獣竜種。ふたりの背丈には何倍もの差がある。手のひらが顎に届くことはなく、爆鎚竜は何事かを諦めたように短く頭を左右に振った。

「お、おい……」

苦しみに満ちた嘆息が漏らされる。案ずる狩人に関心を寄せず、ウラガンキンはくるときびすを返して北上し始めた。
ねぐらに戻るつもりなのかもしれない。よたよたと足を引きずりながら、粘液と可燃ガスに身を焦がされながらも、着々と溶岩地帯へ逃げようとしていた。

「――ッ!?」

彼は、なんとか逃げ延び、生き残ろうとしていたのだろう。
刹那、ズズン、とこれまで感じたことのない地鳴りと揺れがあたりを支配した。まともに立っていられず、カシワは近場の岩壁に体当たりするようにして踏み留まる。
直後、はっとして顔を上げた。あの獣竜は――そうした焦燥と憂慮は、しかしほんの一瞬のタイミングで打ち砕かれてしまっていた。

『カァッ……ご、ぽっ』

見たことのない光景が広がる。溶岩石という強固な岩盤をかち割り、地中から這い出し、爆鎚竜を捕縛するものがいた。
不気味な光沢を持つ、白塗りの「腕」だ。ぐねぐねと大蛇のように身をくねらせて、射出された粘液に纏わりつかれ、身動きできずにいる巨体を拘束している。
絶命まで、あと僅か。失意と絶望に濡れたウラガンキンと眼が合った……ような気がした。気がつけば、我を忘れて駈け出している。

「待っ……待て! 『お前』、そいつをどうするつもりだ!?」

割れ砕かれた深く冥い地中へと、その白腕はウラガンキンを引きずり込もうとしていた。
粘液に埋もれ、まともな発声すら許されなくなった爆鎚竜は、両眼を細めて何かを訴えようとしている。その眼差しは、決して無碍にできるものではない。

「……っ!!」

無謀と知りながらも、なんとか引き上げようと手を伸ばしたその瞬間。
カシワは、地底、溶岩と岩盤との狭間の中に、ぼうっと朧気に光るおぞましい何者かの姿をしかと見た。
印象としては、冷たい。柔い。恐ろしい。直後、形容しがたい恐怖がざわっと全身を駆け巡り、頭のてっぺんから足の指先まで一気に冷ややかな脂汗が溢れ出た。
歯が鳴り、指が震え、体が固まる。見下ろした先、夜空よりも遥かに暗い暗がりの奥底に、無数の青白い星がちらちらと瞬いていた。
「こちらを見ている、睥睨している」。どこからともなく、脳を、臓腑を、心を引き裂くような甲高い絶叫が聞こえ、たまらず新米狩人は悲鳴を上げていた。

「――ワ、……シ……カシワ! 聞こえるか!!」
「ッア、あ……!?」

よろめき、裂け目に落ちそうになったとき、後ろからばっと肩を掴まれる。激痛を思い出し、涙混じりに現実に引き戻され、カシワは勢いよく振り向いた。
見慣れた顔がそこにはあった。珍しく怒気と焦りを滲ませた――文字通り血相を変えたユカが、新米狩人の顔を見据えている。

「『魅入られる』な。あれもまた、未熟な個体だ」
「え……あれ? なに、」
「話は後だ。ここは危険だ、調査隊に任せて、俺たちは一旦退くぞ」

助けられたことにも気づけず、カシワは立ち直った。何を言われているのか、何を諭されているのか……全く分からない。
ぼたぼたと情けなく涙を流すばかりの黒瞳の狩人の頭を、銀朱の騎士はぽん、と労うように軽く叩いただけだった。
騒ぎは拡大していく。どこから駆けつけたのか、次々とエリア二に人々が押し寄せていた。誰もが皆、伝説の龍の紋章を装備の至るところにあしらっている。
誘導されるままにユカの後ろについて歩きながら、カシワはぼんやりと彼らの動向を見送った。
険しい顔つきをした、ギルド所属の調査員、龍歴院の研究員、ユカと同じ赤い洋装の狩人に……中には、古代の衣装を纏った竜人族の姿さえ見つけられる。

(これ……一体、なんの調査なんだ。何の……いや、それよりさっきのあれはなんだったんだ)

忙しなく行き交う指示、怒号。駆け足、紙面に書き込まれるスケッチ、暗号文。いずれにせよ、今の自分には分からないことだらけであることは確かだ。
緊迫した現場から離れるうちに、安心したのか、或いは安堵したのか、不意に泥濘のような疲労感に襲われた。
目を開けていられない。心臓が耳元で早鐘を鳴らしているかのようだ。そう思ったときにはすでに視界が揺れ、流れるように景色が傾いでいる最中だった。

(あれは……結局、星だったのか? けど、あんな光り方をする星なんて……地面の中の星だなんて、俺はそんなもの、今まで一度も見たことないぞ)

目を閉じれば暗がりが広がる。沈みいく意識の底に、天上と同じように輝く星々など見出せるはずがない。
どすん、と重苦しい音が立てられたその瞬間。どこかから、遠くから、ユカの……あるいは聞き覚えのある何者かの、悲痛な呼び声が響いていた。





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 UP:22/03/03