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モンスターハンター カシワの書(33)

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「カシワ、そっち行ったよ!」

クリノスの声は緊張感こそあれど、切羽詰まったものではない。剣の柄を強く握り、カシワは前へ、黒狼鳥の眼前へ走り出る。
跳狗竜を狩る合間、時折相手にする機会のあった怪鳥イャンクック。愛嬌ある面立ちをした彼らに酷似しているが、黒狼鳥の眼や纏う気配はただ鋭い。
蛇鉈を構えた瞬間、新米狩人を迎えたのは前方へのついばみ攻撃。横に滑るようにして転がって、一撃、二撃目をなんとか躱した。
イャンガルルガのくちばしは、イャンクックのそれを遥かにしのぐ高い硬度と破壊力を持っている。
岩をも砕くような鋭い連撃だ。飛び上がりの予備動作がなければ、避けられなかったかもしれない。
むせるような土の臭いと、視界を過る落葉の欠片。ぱっと振り向き、穴の開いた地面を見てカシワは震撼した……当たれば無事では済まされない。
咆哮が宙を叩く。しかし体の自由は利いたままだった。ステラの旋律が、今も攻撃を後押ししてくれている。
心臓が早鐘を鳴らしていた。正面へ突っ込むも、振り回された尻尾が進撃を阻害する。盾で防ぐも勢いよく弾かれて、されるがままに後ずさった。

「くそっ!」
「カシワー、大丈夫ー?」
「平気だ! お前こそ、前見てろ!!」

見た目こそ怪鳥に似ているが、動作の一つを取っても、スピード、攻撃力ともに比べものにならない。じわり、とカシワの顔に汗がにじむ。
獲物を見据え、執拗に連撃を叩き込んでくる黒狼鳥。その姿は、まるで戦いそのものに喜びを見出しているかのようだった。

「もう少し……でっ、たてがみいけそう!」
「ステラ!! 深追いしない!」
「分かってる、よ!」
「もうっ、絶対分かってないでしょ!」

立て続けに強化の旋律が宙に溶け、その合間にもステラの笛が黒狼鳥の頭部を横から殴りつけていく。
つられるようにクリノスが駆け、追いすがるように尻尾に双刃を叩きつけた。
一方で、カシワは徐々に後退させられていく。目下の敵と見なされたのか、イャンガルルガの猛攻は新米狩人に一点集中していたからだ。

「っ、俺だって!」
「あっ、ばか! あぶな……」

ついばみをギリギリのところで避け、振り向くと同時にヴァイパーバイトを振り下ろす。
そのときだ。突進のモーションに入ったイャンガルルガの体が、不意にふわりと宙に浮き上がった。一瞬のことにカシワは反応が遅れる。
眼前、地面を蹴り上げた濃紫の体躯が「旋回」した。華麗な宙返りにつられてピンと伸びた尾の先端が、胸部を掠めていく。
一連の動作を、カシワは目で追うことしかできない。
退がる最中、思い出していた。古代林で乱入してきた、雌火竜リオレイアのサマーソルト――この一撃の迅速さは、あの悪夢そのものによく似ている。

「う、」

視界が明滅する。何が起きたか分からない。脱力とともに膝を地面に着き、無意識に胸元に手を当てた。
黒狼鳥の尻尾の先端には、無数の棘が生えている。リオレイアのそれほどではないが、不吉な色合いと先端の鋭さは一級品だ。
傷は浅い。なぞられてできた切り傷の上に、禍々しい液体がじわじわとにじんでいる。途端、吐き気を覚えると同時に口から血が噴いていた。

「嘘だろ、毒か……」
「しまった、カシワ! ……ステラ!」
「クリノス、あの人、解毒薬持ってないかも……わたしが」
「お願い!!」

全身に走る激痛、吐き気に、カシワは口を押さえて俯いた。それでも蛇鉈は決して手放さない。
まだだ、まだやれる――自前の解毒薬を渡そうと駆け寄ったステラは、目で訴えてくる新米狩人を見て一瞬息を呑む。
……リオレイアを含め、イャンガルルガの尾が持つ毒は出血性のある強いものだった。
血管を破壊して凝固を阻害し、組織を溶かし、ときに神経をも蝕む。強靱な肉体を持つハンターであろうとも、放っておけば命に関わることもある。
尻尾で強打されたことによるダメージも無視できない。経験上、キャンプ送りにされた者の姿も多く見てきた。
カシワとて同じはずだ。ましてやクリノスや自分よりも狩猟経験の浅い初心者であるなら、毒を受けたことで心が折れてもおかしくない。

(なのに、この人)

思わず立ち止まった笛吹きとすれ違うようにして、脂汗を多量に滴らせながらも、新米狩人は黒狼鳥の元へ向かう。
はっと我に返り振り向くも、ステラはカシワを制止できなかった。声を掛けてはいけないような気迫が、ひしひしと彼の背中から伝わってくる。
一歩、足をふらつかせ。二歩、力強く。三歩、前に身を乗り出して。黒髪の狩人は、目の前の獲物めがけて一直線に駆け出した。
クリノスに夢中になっていたはずのイャンガルルガが、ぐるりと後ろに振り向いた。威嚇するように翼を広げ、がぱりと大口を開ける。
くちばしの奥に、またあの業火が浮かんでいた。咄嗟に右に転がり、カシワは目で火球の行方を追う。
中央、左、右。着弾、地面がぱっと燃え上がった。もう一度横に転がって、すぐさま立て直し、火花を掻い潜るようにして頭部へ猛進する。

「でぇいっ!!」

イャンガルルガと目が合った……ような気がした。爛々と光る好戦的な眼が新米狩人を見上げている。
頭頂、眉間、鼻筋、くちばし。まっすぐ振り下ろされた黄と緑の軌跡は、綺麗に黒狼鳥の頭に食い込んでいった。
くちばしの端から、ちらちらと赤い炎が漏れている。カシワは剣を取って返しながら、刹那のうちにこの鳥竜を見つめた――

「バカ、カシワ! 解毒っ!」
「っ!」

――後ろから引かれる。その勢いで、カシワは咆哮と風圧、続けざまに放たれたサマーソルトから難を逃れた。
素早く駆け寄ったステラが、イャンガルルガに何かをぶつける。
その瞬間広がった強烈な臭いに、思わず足が固まっていた。直後、黒狼鳥もまた「興を殺がれた」と言わんばかりに翼を広げ、飛び上がる。

「逃げる……」

呟くと同時、大きく嘆息した。黒い影が次第に東の方角へと遠ざかっていく。
刹那、視界が傾いで、毒を受けていたことを思い出した。支えられながら踏ん張っていると、笛吹きが足早に寄ってくる。

「こやし玉だよ。あなたも……体勢、整えないと。解毒薬、わたしが調合したものだけどよかったら使って」
「ほらカシワ、さっさと飲む! あと武器も手入れしないと。全く……ステラがこやしてくれなかったら、危なかったよ」

カシワの腕を離しながら、クリノスは小さく嘆息。差し出された解毒薬を、礼もそこそこにカシワはちびちびと飲み下した。
静寂が戻ってくる。イャンガルルガが起こした風に踊っていた銀杏の葉が、時間差ではらはらと零れていった。
気分が晴れてくる。解毒作用が体を巡り、赤黒く腫れていた傷口も、乱れた呼吸も整いつつあった。連戦で重くなり始めた肩をぐるぐる回す。
隣で得物を研いでいたクリノスは、イャンガルルガが飛び去った方角を目で追っていた。一息吐いたカシワと違い、彼女の顔には険しさが残ったままだ。

「よし。追うか、イャンガルルガ」
「よし、じゃない。武器研ぐのが先でしょ。あいつの甲殻、硬いんだから」
「わ、分かってる……」
「カシワ。あなた、体力も回復しておいた方がいいと思う。夜鳥とやりあった後でしょう、疲れは残さない方がいい」

言うことはごもっともだ、手慣れている――カシワがクリノスとステラの行動を見て感じたのはその一点だった。
回復薬を追加で飲み干しながら、カシワは言葉短く、小声で今後の狩猟方針をやりとりしている二人を見つめる。
打撃武器によるスタン、滅気効果付与のためにモンスターの頭部周りに張りつく笛吹き。
対し、切断できる尻尾を中心に踏みつけ跳躍を活かし翼や背中を積極的に狙う双剣使い。
担当が明確に決められている。何より、彼女たちは狩りの最中、言葉を交わさずとも互いの立ち位置を調整することができる。
仲間に刃を向けないように、肉質の点で有利な地点を譲り合えるように。
……どんなコンビネーションだよ、と、新米は空になった瓶を持つ手にきつく力を込めた。

「俺だって……」
「え? なんか言った?」
「なんでもない」

この狩りは、そのうち無事滞りなく終了する。そんな予感がカシワにはあった。
ヴァイパーバイトの刃を研ぐ。所持アイテムの確認を終え、女狩人たちはこちらの用意が終わるのを待っている風だった。
俺だって――言いかけた言葉は、あまりにも苦々しい重さを含む。後に、新米狩人はクリノスらとともにペイントの臭気を辿って東へと足を向けた。






「――これは、ハンター殿。イャンガルルガの狩猟、よくぞ遂行してくれた……さぞや苦労されたであろう」

一夜明け。クリノスとステラの猛攻により、無事に黒狼鳥を捕獲してクエストを終わらせた一行はベルナ村に戻ってきていた。
労いの言葉を述べながら、ベルナ村の村長は目尻を下げて帰還した狩人を出迎える。
クリノスとステラはまんざらでもない顔でこの賛辞を受け取り、大したことないよ、と小さく笑った。

「今や龍歴院の研究員たちの間でも、ハンター殿の名は音に聞こえておるよ。よろしく頼むぞ、ハンター殿」
「ちょっと、大袈裟! 村長ー、そういうのはカシワに言ってやってよ。私は面倒ごとはゴメンなの!」
「面倒ごととは……それは、すまない。気分を害されてしまったかな」
「そ、そうじゃないけど」
「村長。クリノスは目立つの嫌いなだけだから。あまり気にしないであげて」
「……そーだよ……ステラやカシワと組んだのだって、英雄扱いの隠れ蓑にしたいからだし……って! ちがっ、ああ、もう!」

女狩人たちの応酬に、村長は控えめに、しかし声を出して笑う。居心地悪そうに、クリノスは体をよじらせて見せた。
彼女のわがままにしか見えない言動に慣れているステラは、特にそれ以上言わず、肩を竦めるに留める。

「ハンター殿らが活躍されていることは周知の事実だ。なに、皆感謝しておるのだよ。あまり悪く取らないで欲しい」
「そういうの、いらないのにー! わたしはレアアイテムさえ手に入れば、それでいいの!」
「……ところで、クリノス。カシワは?」
「え? さっきまで、そこに」

振り返れど、見慣れた新米狩人の姿はどこにもなかった。

「……防具の手入れでも依頼しに行ったかな」
「さあ。わたしも、知らないかな」
「あいつ! なんか一言、言っていけばいいのにっ」
「カシワ殿にはカシワ殿の考えがおありなのだろうが……龍歴院からの新しいクエストが届いておるから、それかもしれん」

村長はクエストカウンターの方へ目を向けた。つられるようにクリノスたちが村の中央に視線を投げると、受付嬢が可憐に手を振ってくる。
すでにカシワはクエストに出発した後らしい。彼女が抱える分厚い本の表紙に、受注書の控えが一枚貼られていた。
ふと、コロン、と軽やかな音が響く。
村長の杖についているものと揃いの金色のベルを提げたムーファが、クリノスに「撫でろ」と言うように頭を押しつけていた。
気休めにはちょうどいいのかもしれない。どのみちアイルー、メラルーを含め、クリノスは大の動物好きだ。
言われるまでもない、わしゃわしゃと柔らかく豊かな毛量の毛に指を沈めて撫で回しながら、クリノスは鼻で小さく嘆息した。

「……ニャ、クリノスさん、ステラさん」

そこに、新たな気配が加わった。ムーファ越しに、クリノスはステラの背後からこちらの様子を窺うように顔を出したアルフォートの姿を見つける。
いま、彼一人であるということは、カシワのクエストには同行しなかったということか。知らず眉間にしわが寄る。

「アルくん。えーと、ただいま?」
「お帰りなさいですニャ。その……旦那さんは一緒じゃないですニャ? マイハウスにはいなかったのですニャ」
「あー、うん。見てない、かなー……ね、リンク」
「ニャー。カシワさんなら、ついさっきクエストに出かけたニャ。頑張ってるニャ! バリバリニャ! 元気な証拠ニャ!!」
「……そうですかニャ。クエストなら、仕方ないですニャ」

アルフォートはますます落ち込んでしまった。
それもそうだろう。まるでオトモすら避けるかのように、カシワは一人で出発してしまったのだから。
嫌われたわけじゃないと思うよ、そうフォローするステラの励ましすら、青目のメラルーには届いていないようだった。
クリノスは自分のオトモと顔を見合わせる。居たたまれなくて、彼にどう声をかけるべきか分からない。
必死にリンクが励まし始めるが、アルフォートは寂しそうに笑い返すだけだった。空元気であるのは、端から目に見えている。

「あー、もう。あいつ、また暴走してるんじゃないの……」
「カシワ殿は、責任感が非常に強い気質であるのだろうな……今や龍歴院の研究員たちの間でも『龍歴院のハンター』の噂で持ちきりだ。
 これもハンターとしての働きがあればこそだな。もちろん、クリノス殿。あなたのことも、ギルドの職員を含め、広く噂になっておるよ」
「村長。だからそういうのは、」
「……あくまで私の予想だが、恐らく彼は我々の期待に応えようとしてくれておるのではないかな。性分であるのだろう」

クリノスは、ほとんど無意識に村長から目を逸らしていた。
やりたいこと、当然のことをこなしているだけなのに持ち上げられるのは性に合わない。それが彼女の本音だった。
無理はせず、拠点の住民やモンスターとも適度な距離をとり、決して入れ込みすぎない。「自分という個は、他の何者の代わりにもなれない」からだ。
命を浪費せず、軽視もしない。自分も周りの存在も皆等しく自然の一部であるが故に、見下すように憐れむ真似などしてはいけない。
そのように厳しく、時折甘く指導してくれた隊商の家族には心から感謝している。
彼らの教えがあってこそ、多くの地域に出向し数多の功績を挙げることができたのだ。

(……全く、カシワのやつ)

一方、困っている依頼人を放置しておけないと豪語する新米は、ともに狩りを進める上ではやる気があり英雄呼ばわりの隠れ蓑としても
非常に便利な存在だが、大勢の注目を集めてしまうという点では人選ミスだったかもしれない。
……彼の技量は日に日に上達しつつある、とクリノスは評価している。
しかし、それを口にするつもりは毛頭なかった。
初心者にありがちな落とし穴……自信過剰、うぬぼれ、傲慢に陥り、狩りを舐めてかかるようになる恐れがあるからだ。

(っていうか、こうやって暴走してる時点で怪しいから! 期待してる、とか言ってるけど下位クラスじゃたかが知れてるから!)

早くも新たな受注書を受け取ってきたステラが、悶絶する狩人の横でくすくすと笑っている。
どうにでもなれ! わざとらしく大きな息を吐いてから、クリノスはムーファの背中に顔を埋め直した。
年若い、希望に満ちた狩人らを見つめる村長の眼差しは柔らかい。その表情が俄に曇ったのを、笛吹きは見逃さなかった。
松葉色の瞳が初老の長を静かに見つめる。それに気がつくと、村長はふ、と小さな息を漏らした。

「新たなクエストは調査難度も上がっておるから……彼が、油断されぬよう願うばかりだ。あまり無理はして欲しくない」
「村長。クリノスが見た、ディノバルドのことだけど」
「うむ。姿は見えず、との話だが。村人の話では、今も時折刃を研ぐような音が聞こえることがあるそうだ」
「根本からの解決。狩猟しないことには、どうにもならないかもしれないね」

クリノスは、ぱっと雲羊鹿の羊毛から顔を上げる。いつも通り、年の割に大人びた視線が村長と旧友とを見つめ返した。

「あー。はいはい。クエストが出されるまではどーしようもないけどね」

とはいえ、口から出た台詞は彼女の性格をとても上手く表している。

「……カシワは、どうするつもりなんだろう」
「さーてね。分かんなーい」

前にも似たようなことがあった。旧砂漠での連戦……それを思い出し、クリノスは首を左右に振る。
あのときも、実力を磨くためと称してカシワは意地を張って単独での狩りを強行した。
いまと、あのとき。違いはただ一つ。いざというときの助っ人やオトモが、クエストに同行していないという点だ。
いくら下位とはいえ、全ての狩猟に万全の安全が保障されているわけではない。分かっているのだろうか、クリノスは嘆息する。
断りもなく出かけたということは、新米には新米なりの考えがあったのかもしれない。しかし、じわりと纏わりつくような嫌な予感がクリノスにはあった。
そして皮肉なことに、こういうときの勘ほどよく当たるものなのだ。
思い込みだけで狩りがこなせると思ったら、大間違いだ――この場にいないカシワの背中を、今すぐ蹴ってやりたい気分だった。

「アルくんはほったらかしだし。あいつ、戻ってきたらシメてやる」
「……なんだかんだで、あの人のこと心配してるんだね」
「誤解だよ、ステラ。そんなんじゃない」

今日もベルナ村は穏やかな気候に包まれている。胸中のざわつきとは真逆の平穏に、クリノスは大きく息を吐いた。





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 UP:22/01/17