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モンスターハンター カシワの書(32) BACK / TOP / NEXT |
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「……いた、見つけたぞ」 呟いてから、カシワは慌てて口を手で覆った。周囲を見渡せど、窘めてくれる先輩狩人や先陣を切る赤髪の姿はない。それがどこか寂しく思えた。 古代林、エリア四。頭上の太い枝には、満身創痍のホロロホルルが単身留まり熟睡している。 幸いにも、彼にカシワの独り言で目覚めた様子は見られなかった。それほど体力を削られていたのだろう。 慎重に真下に歩み寄り、シビレ罠を設置する。雷光虫がツールの中を忙しなく行き交い、眩い雷光が罠の作動を告げていた。 「……、えーと」 ここでカシワは、再び頭上の眠れる夜鳥を仰ぎ見る。どう考えてもあそこから彼を引きずり降ろすのは至難の業だ。 (片手剣じゃ届かないし、石ころかペイントボールでも投げるか……いや、届かないか) 打ち上げタル爆弾でも持ってきていれば……もしくは、ユカやディエゴたちのようなガンナーなら可能だったかもしれない。 考えても仕方がない。頭を振り、新米狩人は念のために武器の斬れ味を砥石で整える。 いいタイミングだった――研ぎ終わるのと同時に、頭上から微かな物音が聞こえた。 目覚めた夜鳥は、枝の上で小さく体を動かし手短に羽繕いをする。見上げたカシワと、彼の赤い視線とが重なった。 翼をはためかせ、ふわりと体を浮かせたホロロホルルは罠を避けるかのように離れた場所に着地する。 予想通りの咆哮。カシワは、捕獲用麻酔玉を手に握りすぐに数歩分退がった。導かれるようにして、蛇行しながら夜鳥がにじり寄ってくる。 「しめた、せーのっ!」 カチン、と罠を踏むと同時に体を硬直させたターゲットへまっすぐに手投げ玉を投げつけた。 もう手慣れたものだ――二発分の麻酔効果を受け、夜鳥はその場に崩れ落ちる。捕獲成功、カシワはほっと安堵の溜め息を吐いた。 クリノスやオトモ連れの編成とはいえ、これまで経験した狩猟方法が活かされつつある。 これなら引き続き他の依頼もこなすことができそうだ、新米狩人は意気揚々とベースキャンプに向かった。 「おっ、帰ってきた帰ってきた」 「お疲れさまー、カシワのおにーさん」 ベースキャンプでは、すでに狩猟成功を見込んでいた調査隊の面々と何でも屋の二人が出発準備に勤しんでいた。 普段の狩猟依頼では見ることのできない賑わいぶりに、カシワはやや面食らってたじろいだ。 「どうだった? 混乱、睡眠。厄介だっただろ」 「え、あ、ああ。けど、なんとかなった。あんたたちのお陰だ、ありがとう」 「そんなことないよー。カシワのおにーさんの実力だよ、もっと自信、持ちなってー」 歩み寄ってきたディエゴに半ば強引に肩を組まれ、ガンナーのわりに筋肉質な腕と体格による押さえつけに驚かされる。 テーブルで書きものをしていたローランは、ジャギィ装備のうち頭防具を外した格好で柔く微笑んだ。 ディエゴの腕力に振り回されて、カシワは頷き返すことはできても、書きものの中身を見ることは適わなかった。 艶やかな濃い藍色がちらと見えただけで――恐らくはホロロホルルのことなのだろうが――せっかくの生態記録といった記載を見逃してしまう。 「……ちょ、おい、ディエゴ、」 「うん? おお、悪い、悪い。痛かったか」 口では謝るものの、ディエゴに悪びれた様子はない。 夜鳥の観察記録なら少し見てみたかったのに、そう漏らすより早くローランは書きものを丸めてしまった。 双方、どちらもユカと似たような歳に見える。すでに出立準備を済ませているのか、どちらも余裕に溢れた涼しげな顔をしていた。 「はあ……あんたたちはこれからどうするんだ?」 「どうって? そりゃーモチロン、お仕事の続きをするんだよー」 「調査隊が最奥部に戻って、生態調査と斬竜の足取りの追跡を再開するって言うからよ。俺らはその護衛だな」 「大丈夫なのか、その……また、ディノバルドが出たら」 「そこはオーケー。人間が踏み込めないところに潜っていったって、ギルドの保証つきだよー」 鉄骨に留めていた鳥に書きものを結び、放ち終えたローランに促されたところで初めて、ディエゴはカシワを解放した。 ふらつき、むせるカシワの背中をローランが革手袋越しに撫でて労ってくれる。鼻歌交じりなあたり、相棒とは似た者同士なのかもしれない。 「カシワのおにーさんはベルナに戻るんでしょー? いいよねーベルナ村。オレ、あそこのチーズ大好きなんだー」 「俺はミルク直飲みの方が好きだけどなあ」 「はいはい。ディエゴは筋肉バカだからチーズの奥深さが分かんないんだよー」 「へいへい。そのままチーズに埋もれてろ」 「……仲、いいんだな。二人とも」 「ああ? そうかあ? 別にこれくらい普通だろ」 「ははーん。カシワのおにーさんだって、仲のいい仲間いるんでしょ? 有名だよー、美人なオンナノコとペアだって」 クリノスが美人なのかどうか、カシワには今ひとつ分からない。言葉を濁していると二人に大笑いされてしまった。 どうも、この二人と話しているとむず痒さを覚える。わざとらしく咳払いをするカシワだが、何でも屋は新米に帰還を促すだけだった。 「そろそろ帰らないとでしょ。ペアの娘、待たせてるだろーし。またねー、カシワのおにーさん」 「なんか困ったことがあったら俺らに相談しろよ。安くしとくぜ」 「ああ。二人とも、気をつけてな」 カシワが飛行船乗り場に向かって、きびすを返したそのときだ――頭上にふっと影が差し、にわかに調査隊がざわつき始める。 顔を上げたカシワの目に、見慣れた顔が二つ映った。乗ってきた飛行船とはまた別の一隻が、ベースキャンプに着陸しようとしている。 ハンターの来訪……ただごとではないと、調査隊のうち数名がリーダー格の者と小声で話し合いを始めた。 心当たりがあるのか、リーダー格のやや四角い帽子を被った男は眉間に深いしわを刻んでいる。 「……ウワサをすればだよ。ホントに美人だねー」 「ん? どっちがどっちだ? 笛吹きの方か」 「違うよー、左の双剣背負ってる娘の方」 あんぐりと口を開けたカシワをよそに、ローランとディエゴが呑気に謎の評論をし始めた。 軽やかな足取りでキャンプに降り立ったクリノスとステラが、微妙に不機嫌な眼差しをして新米狩人に手を振ってくる。 持参したアイテムの山、整えられた装備。嫌な予感がする、カシワは引きつった顔で二人の元に合流した。 「……黒狼鳥! そんなまさか、何故こんなときに!?」 数刻前。ステラから同行したユカの無愛想さをぐちぐちと聞かされた後、クリノスはふと荒げた声を耳にして振り向いた。 昼下がりのベルナ村。村の往来で、龍歴院の研究員たちが血の気の引いた顔を浮かべている。 その中にカシワの姿は見えない。嫌な予感がする――狩人としての癖半ばに、彼女はしばし彼らの会話に耳を傾けることにした。 「斬竜に続いて夜鳥、その次は黒狼鳥だって? 一体、古代林はどうなっているんだ?」 「ここ最近のモンスターの活性化のせいでしょうか……モンスター同士が、まるで呼び合っているかのような」 「だが、いくら何でも出没頻度が高すぎる! これでは研究が進まないじゃないか、ハンターの数も足りていないのに」 「案ずるまでもありません。ベルナ村には龍歴院つきのハンターが何名か在籍しているはずですから」 「クエスト受注書も用意しました。あとはハンターさんに任せておけば安心です」 ……ああ、本当に嫌な予感がする! そっと抜き足差し足で逃げ出そうとするクリノスだが、その襟首をがしっと掴む者がいた。 言わずもがなステラだ。硬い表情で研究員のやりとりを観察しながら、旧友の逃亡を未然に防いでいる。 「ちょ、ちょっと、ステラ! わ、わたし、ちょっと用事が」 「クリノス。緊急の依頼が来たみたい」 カシワもいないのに! 言い返そうとしたクリノスだが、ステラの腕力は日頃笛を担いでいるだけあって無駄に強い。 腕相撲は激弱のくせに――じたばたもがくも、昔なじみは逃がしてくれそうになかった。有無を言わさず受注書は受け取られ、眼前に突きつけられる。 「『イャンガルルガ一頭の狩猟』。クリノス、いける?」 「……いけるって……どうせ行こうって言うんでしょー」 「ニャー。旦那さん、ボクもついてっていいですニャ?」 「リンク! 当たり前だよ。人数的にもちょうどいいし」 何事かと集まってきた村人の中に、見知った姿と声を見いだす。黄色毛並みのアイルー柄、クリノスのオトモ、リンクだった。 タマミツネから受けた傷は休息を経てしっかり癒やされたらしく、今の彼はいつもの元気と活力に満ちている。 歩み寄ってきたオトモの頭を、天色髪の狩人はこれでもか! と言うほど撫で回した……アニマルセラピーは全世界共通の療法なのだ。 リンクの横に立つ小柄なメラルーにはステラが近付いた。わざわざ腕装備を外し、素手で頭を撫でてやっている。 「ゆっくり話すのは久しぶり……かな。元気だった、アルフォート」 「ニャ、はいですニャ。あの、ステラさん、クリノスさん。その……ボクの旦那さんは、まだ戻ってきてないですニャ?」 「旦那さん……カシワのことか」 「アルくん。んー、ちょっと別のクエストに引っ張ってかれちゃったみたいだよ。そのうち戻ってくるんじゃないかなー」 「ニャイ……」 明らかに元気がない。思わず顔を見合わせたクリノスとステラに気づいて、アルフォートは大慌てで両手を振った。 落ち込んでない、気にしていない――そうは言うが、置いて行かれたことが引っかかっているのだろう。どう見ても彼は気落ちしている。 気にするなと言う代わりにステラが頭をがしがしと撫で回した。珍しく、その顔に微笑が浮かんでいる。 「わたしと、ステラ。それとリンク。場所が古代林だから、カシワと合流するかもだし……メンバーはこの四人だねー」 「アルフォートはどうしたいの。なんなら、わたしと代わる?」 「ニャ!? や、その、そんな。だ、大丈夫ですニャ! ここで旦那さんの帰りを待ちますニャ」 「じゃ、決まりだね。はあ……帰ってきたばっかだし休みたかったのにー……」 未だにぶつくさ文句が漏れるのは、ステラの強引さもある。しかし、それとは別にクリノスは一抹の不安を抱えていた。 腕利きのハンターなら誰しも持っている、警戒心、危険察知のたぐい。 イャンガルルガなら、かつてステラと別れた後に行き着いた先で何度か相手にしている。それについての不安はない。 問題は、独りで狩りに出たカシワと置いて行かれたアルフォートのことだ。何か、大事なことを見逃しているような気がしてならなかった。 「クリノス」 「あー、うん。分かってるよ」 腕を引かれる。胸中に充満しつつある予感を振り払うように、クリノスはステラたちとともに足早に飛行船に乗り込んだ。 「……アルがそんなことを?」 「どーせ、あんたのことだから忘れてたんでしょ。心配してたよー、お陰で夜も眠れないって」 話盛りすぎ、そう小声でツッコんでくるステラはスルーして、クリノスは合流したカシワに八つ当たり半分に絡んだ。 言われた方は――置いて行ってしまった自覚があるのか――もごもごと複雑そうに口を動かしている。 もちろん、アルフォートのことを忘れていたわけではない。それよりも急を要する人助けに気を取られただけの話だ。 (けど) カシワは一人考え込む。ライゼクス、ディノバルド。いずれも、強大で全く歯が立たなかった脅威。 危険だと分かっていながら、姿を見ておきながら、みすみす逃がしてしまった――思えば、余裕がなくなっていたのかもしれない。 焦るな、村長の言葉を思い出せ……改めて自分にそう言い聞かせる。顔を上げると、先輩狩人がいやに真剣な目でこちらを見上げていた。 「な、なんだよ?」 「べっつにー。ただ、悪いと思ってるなら帰ったらちゃーんと謝ったげなよ。でないとアルくん、わたしのオトモにするから」 「そうか、それもそうだな……って、おい! なんでアルがお前のオトモになるんだよ!?」 「アイルーメラルー好きだから」 「ああ、そう……いや、そういう問題じゃ、そうじゃないだろ」 二人のやりとりを楽しげに見ていたリンクが、ふと足を止めた。彼の眼前に、ステラの手が正面からかざされている。 「ニャ、ステラさん? どうし、」 「(静かに。三人とも……いたよ)」 促されるまましゃがむと同時、カシワは目の前に降り立った一つの影に目を奪われた。 漆黒が薄らぎ、ぼんやりと明るさを取り戻しつつある古代林。ひやりとした霞がかった視界の先で、その影は悠然と落ち葉を踏みしめる。 濃紫に覆われた体、一目で硬いと知れる甲殻、怪鳥のそれより鋭い先端を有するくちばしに、新雪よりも白い豊かなたてがみ。 細く頼りなさげな足はすらりと長く、しかし内側に秘められた筋肉は引きしまっており、華奢な骨格も相まってどこか不気味な印象を覚えた。 「イャンガルルガ、別名、黒狼鳥……さあ、行くよ。先手を取った方が有利だから」 「ステラ。わたしが先に切り込むから、いつものお願いー」 「了解」 「え? お、おい……なんの話、」 ターゲットを発見するや否や、カシワを置いてけぼりにして女狩人たちが先に出る。 素早く抜刀し、地面を蹴って右から斬りかかるクリノス。対し、背負っていた狩猟笛を下ろすステラ。カシワは一瞬遅れてクリノスを追った。 二人の背中を見守るように、笛吹きはぐるぐると武器を四方八方へ振り回す。狩猟笛の内部機構が震え、空気中に不可思議な微音が解けた。 黒狼鳥はバサバサと翼をはためかせ、その場で何度か軽い跳躍を繰り返す。明確な威嚇だ、好戦的に双眸がぎらついている。 姿勢が前傾した直後、くちばしが大きく開き喉奥に深紅の光が生まれた。火竜さながらの強烈な火球が吐き出される。 踏みつけ跳躍で背後を取り、クリノスは難なく業火をかわした。柔らかい音を立てて尻尾側に着地する。 「うおおっ!?」 一方、たまらないのはカシワの方だ。先輩狩人の背を追っていたために否応なしに反応が遅れた。 慌てて横に転がり業火を避ける。遠くから、クリノスがからかうように手を鳴らしたのが聞こえた。 人の気も知らないで! カシワは一人歯噛みする。そもそも、イャンガルルガと対面するのはこれが初めてのことだ。 いつものように観察しながらじっくり挑みたかったところだが、クリノスが先陣を切った手前、黙って指をくわえているわけにいかなくなった。 ……旋律が高らかに鳴り響く。柔らかく優しげで、優美な音色。出どころはステラが使用する得物だ。 彼女が掲げるのは、硬質な象牙色の甲殻で縁取りがなされた、濃い青色と根本にあしらわれた赤の二色の短毛が美しい琴型の狩猟笛。 見たことのない武器だ、どこか他人ごとのように振り向いたカシワだが、ふと全身に不思議と力がみなぎるのを感じた。 今は何も怖くない――強い不可視の力に守られているような感覚が満ちる。勢いに任せ、急ぎイャンガルルガに駆け寄り剣を振った。 「! 咆哮っ、」 頭部にヒット、同時に黒狼鳥は翼を強く羽ばたかせ、その場でふわりと飛び後退した。途端に生じる風圧、威嚇の咆哮。 畏怖に身が竦む、その先入観から身構えたカシワだが、何故か予想したように体が硬直することはない。 視界の端では、クリノスが元気いっぱいに翼膜、後ろ脚、くちばしと、踊るように標準を移し変えながら軽やかに双剣を当てているのが見えた。 「旋律効果の重ねがけだよ、『聴覚保護と風圧無効』。今は、好きに動けるでしょう」 「ステラ!? せん、旋律……あー……つまりどういう、」 「話はあと。ほら、行かなきゃ。クリノスが待ってる」 武器を手に駆けてきた笛吹きは、言葉短く、そのままカシワと入れ替わるように横を通り過ぎていった。 クリノスの助太刀という風に、黒狼鳥の頭部の真横へ位置取る。二振りの刃、琴型の笛が、新米狩人の前でくるくると踊るように駆け回った。 蹂躙といっていいほどに二人の攻撃には容赦がなかった。カシワが入るまでもなく、イャンガルルガの体表を削り取っていく。 「はは……どうなってるんだ、これ」 思わず乾いた笑いが漏れていた。「出る幕もない」。むしろ、攻撃に参加すれば邪魔をしそうな気さえする。 それほどまでに、クリノスとステラの攻防は苛烈で速い。呼吸すらぴたりと重なっているように見えた。 (……俺は、何をやってるんだ) 尻込みと逡巡を振り払うように頭を振る。強く得物の柄を握り直し、歯噛みしながらカシワは獲物の元へ走り寄った。 |
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