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モンスターハンター カシワの書(31)

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「夜、か」

リモセトスが行き来する開けたフィールドに降り立ち、カシワは古代林の全体図をぼんやりと頭に思い描く。
……眠気は取れているし、頭の回転も悪くない。だが不安は尽きなかった。一歩踏み出す度に心臓が緊張に軋み、不穏な鼓動を繰り返す。
夜間の狩猟――狩人が狩り場に移動する際に、標的のモンスターから不意打ちされないための策だと受付嬢から聞かされた。
それだけ今回の状況は悪いということか。
夜の時間帯は多くのモンスターが活性化するため、狩猟の準備ないし移動中に襲われては後手に回りかねない。
人間の視界や警戒心は、モンスターのそれに比べれば赤子同然のものなのだ。
安眠を妨害され、苛立ちの勢いのままに背後から強襲されようものなら……想像しただけでぞっとする。
ましてやホロロホルルは翼を有する鳥竜種だ。仮に日中寝ているところを襲おうとしても、彼らのねぐらは高い木々の上にある。
こちらにやる気があったとしても種族の壁は越えられない。したがって、狩猟の機は夜中にしか用意されないのだった。
眼前、月光を帯びた朧の影が足元に降る。
高木の木の実を食べようとするリモセトスの更に後ろで、回収用の飛行船がベースキャンプに着陸しようとしていた。

「……よし」

ソロでの狩りは久しぶりとなる。思えば、この開けたエリアはユカに危ういところを助けられた場所だった。
ああいう風になれたらいい――気持ちを新たに、カシワはひとまずエリア六を東に急ぐ。
夜鳥、ホロロホルル。村長や受付嬢の話によれば、彼らは人を強制的に眠らせる厄介な技を持っているという。

『闇夜に浮かぶ、大きな瞳……その瞳に睨まれたらたちまち眠気に襲われて……!』

調査隊のうち、すでに何名かがその催眠術にかかり昏睡状態に陥っているという話だった。
発見と対処が速かったお陰で、彼らは今のところ大事なく、ベースキャンプに緊急手配された仮テント内で休養をとっているという。
ディノバルドの出現で気が立った夜鳥が目につくもの全てに過剰反応した結果だろう、というのが龍歴院の見解だった。

「っと、ここか?」

依頼書に添えられた注意書きから目を外し、周囲を見渡す。
木々に囲まれ、ほの暗いながらも立ち回るには十分の広さを備える平地、エリア四。
カリスタが同行したかつての訓練クエストでは、ハチミツを採集するのに非常にお世話になった場所でもあった。
あれ以降も何度かここに足を運んでいるが、ひとりきりというのは初めてのことだった。
あれから俺は成長できているんだろうか――揺らぐ思考を振り払うようにして、カシワは小さく頭を振る。
息を潜めながら歩を進めると、不意に微かな呻き声が鼓膜を打った。
目を凝らすと、軽装のハンターが二人、落ち葉に埋もれるようにして倒れている。周囲には使用しかけのアイテムも散乱していた。

「おい、大丈夫か!」
「う、うう……」
「龍歴院の調査隊か? 怪我は、」

駆け寄り、うちハンター装備のハンターを抱え起こしたカシワだったが、もう片方のレザー装備の男が腕を掴んでくる。
その顔に強い焦りと苦痛が浮かんでいた。はっとして、咄嗟に振り向きざまに左腕の盾を前へと向ける。

「気をつけて、夜鳥だよ!」
(夜鳥? ここにいたのか)

その反応は本能に近いものだった――それが功を奏した。刹那、強烈な衝撃が盾ごとカシワの体を揺する。
体当たりされたのだとすぐに知れた。のけぞりながらも顔を上げると、まさに、空から強襲をしかけてきた巨体と目が合った。
「闇夜に浮かぶ大きな瞳」。それは血のように真っ赤な眼で、すれ違いざまに新米狩人を見下ろしてくる。
夜鳥ホロロホルル。初めての邂逅だが、夜鳥はすでに怒り状態に移行していた。
藍色の耳には充血が走り、羽毛に覆われた体にはそこかしこに弾を撃ち込まれた跡がある。
力尽きる直前まで彼らが善戦していた証だろう――カシワは逡巡した。
まさかこんなところで、要救助者とモンスター同時に出くわすことになろうとは!

「くそっ! おい、あんたら大丈夫か。立てそうか!?」
「だ、だいじょう……あ、危ない!」

迷っている暇はない、いまは一刻も早く彼らを連れ出さなければ……片腕を掴みかけた瞬間、カシワは叱声に顔を上げる。
いつしか、着地したホロロホルルの周囲に幾千もの星のように煌めく金の粉が浮かんでいた。
思わず見とれてしまうほどの、幻想的な美しさだった。
我に返る頃には、夜鳥の翼が空を強く叩いている。彼が翼を振るう度、あの粉はばらばらと綻び、零されていった。
ふと、羽ばたきによる風圧に煽られた細かな粒子が体に纏わりついてくる。目、鼻、口、皮膚と、余すことなくそれを吸い取った。

「この……って、うわっ!?」

大したダメージではない! ヴァイパーバイトを引き抜き、そのまま斬りかかろうとして、カシワは瞬時に動揺する。
ホロロホルルの方を見ていたはずなのに、狙いを確かに定めたはずなのに、気がつけば全くの逆方向、
調査隊つきのハンターたちに剣を振り下ろそうとしていた。
咄嗟に彼らが転がってくれたからよかった……いいや、よくない! 焦ったまま、それでも夜鳥に向き直ろうとはするのだが――

「ちょ、わ、うわ、なっ、なんだこれ!?」

――体は、からくり人形のようにぐるぐるとその場を回るばかり。ホロロホルルがいる方角は分かっているはずなのに、何故かそこに向かえない。
それどころか、自分が今、前に進んでいるのか、横に進んでいるのか……カシワには方向感覚が分からなくなっていた。
あざ笑うように、夜鳥は悠々と羽ばたきをしてその場で旋回。羽鱗による強烈な打撃が、混乱状態の新米狩人にしかと狙いを定めている。

「あー、やばいよ」
「動くなよ、兄ちゃんっ!」

刹那、頭に衝撃。ぐると回った視界の端、カシワは、ハンター装備の男がボウガンの銃身を振り下ろした体でいるのを見た。
「気付け」をしてもらえたのだ! たたらを踏み、視界、頭ともども感覚が戻ってくるのを感じる。
立ち直るカシワの元に、レザー装備のハンターも駆けつけた。秘薬か回復薬を使ったのか、その足取りは思ったよりもしっかりしている。

「わ、悪い。助かった……」
「いいってことよ!」
「気をつけなー、おにーさん。あいつの粉を吸うと混乱状態になっちゃうよ」
「混乱? そうか、それで」

キョオオ、夜鳥は短く威嚇した。飛び上がったかと思えば、初遭遇のときのように体を捻りながら体当たりしてくる。
無論、あの金の鱗粉を纏いながら……カシワは右、護衛ハンターたちは左へと跳び退いた。
少しでも掠れば、またあの前後不覚が待っている。ごろりと地面を転がり、カシワは羽ばたく夜鳥の背を見送った。
着地するのを待つ。翼に大気が煽られ、僅かながら風圧が生じた。しかし、いつかの雌火竜に比べれば大したことはない。

(そうだ、あいつと比べたら!!)

迷わず直進。渾身の力を込めながら、頭部に剣を振り下ろす。振り向きざまのヒット、夜鳥は甲高い悲鳴を上げた。
次の瞬間、連撃を叩き込もうとしたカシワの体が大きくのけぞる。眼前に僅かな風圧、ホロロホルルはその場から退避しようとしていた。
翼が大きく羽ばたく。斬り上げようとするも、ほんの僅か、届かない。東へ逃れる夜鳥を新米狩人は睨み上げた。
はらはらと銀杏の葉が降ってくる。夜鳥の殺気と怒りが失われた今、エリア全体に深夜の静けさが取り戻されつつあった。
剣を納めたところで、背後に足音と気配を感じる。振り向けば先の護衛の二人がよっ、と気楽に手を挙げていた。

「間に合わなかったよな、悪かった……俺はカシワ、龍歴院からの依頼で、ここに」
「いやいや、何を仰る。こっちこそ、お陰で助かったぜい」
「へえー、キミがカシワのおにーさん……ね。オレはローラン、ソッチはディエゴ。基本は何でも屋なんだけど、今は調査隊の雇われさ」
「……なんか、思ったより二人とも大丈夫そうだな」
「ぐあー! 夜鳥に切り裂かれた腕がー!」
「ああ〜! 頭がもげるー!」
「いやいやいや」

夜鳥をこの場に留めていただけあって、護衛ハンターの二人にはまだ余裕があるように見える。
安堵するカシワに、二人は龍歴院の調査隊本隊はベースキャンプ付近に潜んでもらっている、と話した。

「そうか、無事なら良かった。最善の策だろうな」
「つっても、夜間の古代林の調査ってのが向こうさんの本題らしいから引き下がるわけにもいかないんだとさ」
「出発当初は大型の姿もなかったっていうからさー。割と動きやすいカッコで来ちゃったのよねー」
「それは、見れば分かるんだが……」

ハンター装備、レザー装備ともども、駆け出しどころか初心者のハンターが初期装備として用いる防具として有名だ。
何でも屋というのなら、もっとそれ相応のものがあるはずなのに。何か引っかかるが、気にしても仕方ないとカシワは首を振る。
ハンター装備、ややぶっきらぼうな口調のボウガン使いディエゴが、慣れた手つきでランタンに灯を入れ、ギルドから支給された地図を広げた。

「ここが俺らの現在地……って、んなことは分かるか。夜鳥は地下にゃ、あんまり行かないみたいだな」

ホロロホルルが飛び立った場所、現在地、調査隊の居場所を確認しながら、これまでの移動経路を指し示す。
翼を広げて移動、攻撃を行う以上、行動範囲には限りがあるようだとディエゴは話した。

「俺らは、調査隊から夜鳥を引き離したくて防戦してたんだ。あんたが来たなら、お任せできるってもんだな」
「……え? あんたたちは手伝ってくれないのか」
「ちょいちょい、龍歴院のおにーさん。オレらは護衛がメインの仕事なの。狩猟できるほどの技量はないの。オーケー?」

一瞬、期待してしまった自分にカシワは赤面する。二人の何でも屋は、からかい混じりに笑った。
地図を受け取り、あらかじめ二人が調査隊から渡されていたという支給品をいくつか譲り受ける。
応急薬、携帯食料……その他に、調合素材として見慣れたにが虫、ギルド公認の販売品、元気ドリンコを見つけた。
首を傾げる新米狩人に、ローランは「有効に使いなよ」、とケラケラと楽しそうに笑ってみせる。

「夜鳥はエリア八に逃げてるっぽいねー。キャンプから応援してるよ。頑張ってねー、カシワのおにーさん」
「あ、ああ……ありがとう。あんたたちも、気をつけてな」

なんだかうまく丸め込まれてしまったような気がするが、相手は怪我を負った一般人。多くを求めるのは酷というものだ。
地図を畳んでポーチにしまい、カシワはエリア八に向かって東に走った。
新米狩人の背中を見送った何でも屋たちは、その背中が消えた後にようやく、散らばっていた自分たちの荷物をのろのろと片付け始める。
手を動かす二人の口元には、何か言いたげな、含みを持たせたような笑みがうっすらと浮かんでいた。






「くそっ、この!」

ひらりと体当たりを避け、転がる最中に夜鳥のいる方角を目で追う。
カシワの視界に、鮮やかな青の羽と翼を持つホロロホルルと、エリア全土を照らす満月の光が映った。
深夜、満天の星と輝く月光の中に佇む夜鳥の姿は、その色彩も相まって、言葉に言い表せない美しさに満ちている。
見とれてしまいそうになるが、カシワは頭を振って自身を叱咤した。狩りは遊びなどではない。生命ある生き物との、命の駆け引きだ――

「! 同じ手は、喰らってられないな」

――キョオ、ホロロホルルのいななきに似た短い鳴き声。宙高く浮いた丸みを持つフォルムが、勢いよく地に落下する。
否、落下というよりは着地だ。衝撃で舞い上がった金の粉を、夜鳥は羽ばたきでカシワに押しつけてくる。
当たれば目も当てられない……なんてな! ホロロホルルに向かって右へと回転回避して、以降の動きを見切る。
忙しなく小首を傾げ、狩人の様子を伺いがてら、夜鳥はその場で器用にターンを繰り返し、刃のような鋭い翼で空を斬った。
考えなしに突っ込んでいれば、防具ごと斬り裂かれるであろうことは想像に難しくない。
旋回が終わったところで、カシワは納刀したヴァイパーバイトの柄に手を添えて疾走する。
柄を握る手に力を込め、抜刀する勢いのまま得物を振り下ろした。

「でぇいっ!!」

ホロロホルルの、甲高い悲鳴。直後、麻痺毒が功を示したのか、その身がその場で硬直する。
カシワは身動きの取れない夜鳥の頭、尻尾部分に夢中で斬りかかった。翼は硬く刃が通らなかったので、端から狙いを外しておく。
何度斬りつけたか、覚えていない。しかし、頭という弱点を攻め続けた結果、夜鳥の耳はぼろぼろに崩れかけていた。
不意に、その耳が瞬時に赤く染まる。姿勢を前傾させ、丸い眼を爛々と輝かせながら更に大きく丸め、ホロロホルルは怒り任せに咆哮した。

「くう……っ!」

大型モンスターの咆哮は、単に耳障りな大音というわけではない。
その存在の大きさと危険性を知らしめる、言わば生存本能を揺さぶられる警鐘なのだ。
カシワは耳を塞ぎ、眼前の夜鳥を遅遅とした動作で盗み見た。畏怖、恐怖……視線の先で、真っ赤な眼が睨みつけてくる。
よくもやってくれたな――そう、耳元で囁かれたような気がした。
咄嗟に飛び退く、ドスマッカォの防具の先端、鮮やかな緑の羽鱗がはらりと裂ける。風を切るように、夜鳥は再びターンした。
振り向きざま、その双剣の如き二対の翼を高々と掲げ頭に添わせる。頭部を中心に、緩やかな円環が形成されていた。
赤い眼、翼の輪。見上げた途端、カシワは嫌な予感に駆られて後退する。視界の端に、青白い月光に似た不可思議な光が迫りつつあった。

「うっ、」

ぐらり、と視界が歪む。刹那、強烈な眠気が全身の自由を奪った。目蓋が重くなり、地面に膝をつきかける。
「大きな瞳に睨まれたら、たちまち眠気に襲われて」。意識を失う寸前、カシワはベルナ村の受付嬢の言葉を思い出していた。

(そうだ……ああ、ガードすればよかったのか)

倒れ込みかけた瞬間、新米狩人はゴトン、とこの場に相応しくない固い音を聞いた。
狭まる視界の隅に、金色の液体が詰まったビンが映る――元気ドリンコだ! 支給品の中にあった、ギルド公認のエネルギー飲料。
遠のく意識を振り切るように、膝を着きながらもでたらめな動きで手を伸ばす。

(確か、眠気に効くって話、だったよな)

ビンを掴み、蓋を開けようとするも手が震えた。対し、ホロロホルルは天高く舞い上がり体当たりの体勢に入る。
理不尽とも言える強い眠気の中、カシワは半ば浴びるようにして瓶の中身を喉に注いだ。
元気ドリンコの原料は、発火作用を秘めるニトロダケとハチミツだ。
移動時間や休日に睨み合っていたせいか、調合書の中身はすぐに思い出すことができた。
視界がぱっと開けた感覚とともに全身に力がみなぎり、カッカと熱くなっていく。眠気など、最早かけらも感じられない。

「……よし、もう喰らってられないな」

体当たりは、寸でのところで横に回避する。ごろりと転がりながら、カシワはさっと夜鳥の背中を目で追った。
見える、見える、まだやれる! 確信が満ち満ちていく。月光に溶けるように飛翔する夜鳥の後ろ姿が、狩人の心を躍らせた。
元気ドリンコの効果なのか、頭が妙に冴えている。一つ一つ確実に攻撃を見切り、或いは懐に飛び込み、丁寧に斬撃を加えた。
手応えなら十分にある。翼を震わせる夜鳥と、剣を手に立ち回る狩人。まるで二人きりで舞踏会に立っているかのようだ。

「!」

カシワの目の前で、ホロロホルルはずるずると片足を引きずり始める。寝床に向かうべく、丸い体がふわりと浮いた。
こうなればあとは時間の問題だ……弱り切ったところを捕獲できれば、クエストは無事に完了となる。
ポーチにしまってあるシビレ罠の存在を確認して、新米狩人は急ぎ、夜鳥の背を追った。
闇の中へ飛び込む。防具の至るところに綻びや裂け目を作りながらも、ソロ攻略完了を目前に、カシワは知らず胸を躍らせていた。






……その背中を、月明のぼんやりとした輝きにまぎれてじっと注視するものがある。
全身に負った傷は、「彼」をこの地まで追いつめた人間たちによって手酷くもたらされたものだった。
「彼」にとって、狩り人とは、人間とは、元より警戒すべき敵だった。長らく平和であった故に油断していたのだと「彼」は自身に弁解する。
やがて新米狩人が立ち去った頃、「彼」の姿は霞か幻かのように、ゆらりとその場で一度揺れて掻き消えた。
まるで「朧」の如く大気に溶けるように「隠」れて消える。後には、何者の痕跡さえ残らなかった。





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 UP:21/12/26