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モンスターハンター カシワの書(30) BACK / TOP / NEXT |
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「お帰りなさい、って言った方が、いいんですか……この場合」 ノアは、数時間を経てベースキャンプに戻ってきた二人の狩人を見て困惑した。 片や、クリノスと名乗った女狩人。古代林の奥地でノアが紛失してしまった深層シメジ入りの籠を抱え、鼻を鳴らしている。 片や、カシワと表明した狩人。こちらは何故か防具をはじめ、全身が煤にまみれ焦げていた。今もプスプスと煙が立っている。 「というか、大丈夫ですか。まさかハンターさん、怪我をして、」 「あー、いいよいいよ、いつものことだから」 問いかけに先に答えたのはクリノスの方だった。片手をひらひら振り、心配無用だと笑って見せる。 「カシワといえば、カシファイヤー。これ豆知識ね。燃やされるのが趣味みたいなもんだから」 「クリノス、お前……誤解を招くようなこと言うなよ」 「あっれぇー? ほんとーのことでしょー? 実際、よく被弾してるじゃない」 楽しげにからかってくるクリノスに、カシワは悔しげに口元を歪めた。乱暴に頬の煤を腕で拭い、荒く嘆息する。 双方のやりとりに釣られてくすくす笑うノアを見て、新米狩人は居心地悪そうに身じろぎした。 年頃の娘を抱えることに抵抗はなくても、笑われるのは不慣れらしい。クリノスはカシワに隠れてそっと苦笑する。 未だに歯噛みし続ける新米を一瞥して、クリノスはベースキャンプに降り立ってきた飛行船に手を振った。 応急処置とはいえ、ぱっと見では大きな損傷は見られない。どうやら自分たちはうまく時間稼ぎができたらしい。 乗組員が着陸体勢を整える中、不意にクリノスの顔から表情が消える。一言言いかけたカシワが、口を閉じたほどだった。 「あのモンスター。初めて見る顔だし、よく分からないけど……今のわたしたちに狩れる相手じゃないことは、確かだよ」 「狩れない? あの……」 「わたしもカシワも、まだ下位は下位、ここらで狩りを始めて日が浅いから。『このクエストの』目的は果たせたし」 ノアの拾ったものとは別に、クリノスの腰には深層シメジが詰め込まれた袋が提げられている。 「おい、クリノス。まさか、あのモンスター放っておく気なのか。まだ時間はあるだろ」 「だから、突っ込むだけが脳じゃないってこと。アイテムも足りてないし、この装備じゃまだ、ちょっとね」 「だからって見過ごすのか。あれが居座ってる以上、この娘みたいに採取もままならないって話が出るかもしれないだろ」 カシワは、時折クリノスが依頼に対して見せる意気込みが薄く感じられることがあった。 今、思わず彼女の肩を掴んだのもその苛立ちや不信感の表れだ。 振り向いたクリノスは、苦笑か憐れみか、複雑な表情を浮かべている。カシワは面食らって無意識に手を離していた。 「それは分かるよ。けどなんの用意もなしに狩りが続けられると思う? 死にたいの? バカじゃないの」 「……お前、バカは余計だろ」 「ふぅん。あんたも、少しは考えるってことが身についてきたみたいだね」 「……」 「言いたいことは分かるけど、古代林には龍歴院の調査隊の手も入ってるし。村長からも村人に告知が出るだろうしね」 仮にこの場にユカがいれば――脳裏をよぎった弱音を、カシワは頭を強く左右に振って振り払う。 「誰かが」なんとかしてくれる、そんな保証は狩りにおいてはどこにもない。 (あのモンスターを狩って帰れないのは……クリノスのせいでもこの娘のせいでもない。俺の実力が足りないせいだ) 大型モンスターの存在を知っておきながらの撤退……ベルナ村の村長は気を悪くするだろうか。 この依頼を受ける前、ココット村の一件でもライゼクスを逃していることを思い出し、カシワは悔しげに空を仰いだ。 今度はクリノスに肩を叩かれる。振り向いたカシワに、先輩狩人もまた、どこか悔しさを残す無理に作った笑みを返した。 「ほら、帰ろ。医者にも行かなきゃいけないんだから」 「……ああ、分かってる」 今度こそ、次こそは――ノアを抱きかかえ、クリノスに誘導されながら飛行船に慎重な歩で乗り込む。 浮き上がる船体の眼下、活火山の煙くすぶる古代林の雄大な景色が、新米狩人を見送るように静かに佇んでいた。 「……戻ったね。ちょっとだけ、わたしの方が早かったみたい」 ベルナ村に着くや否や、飛行船乗り場で待ち受けていた人物にカシワはしまった、とばつの悪い顔を返すことになる。 言わずもがなステラだ。火竜、その他混合という変わらぬ防具姿で彼女は表情の変化の乏しい顔のまま頷いた。 同行していたはずのユカの姿が見えない。どこ行ったの、短く問うクリノスに、さあね、ステラは肩を竦めて見せた。 「カシワ。ベルナ村の村長があなたのこと探してた。先にそっち、行ってあげて」 「いいのか? その、勝負がどうこうとか」 「ハンター業を優先するのは当然でしょう。さ、早く」 彼女は頑固で強引だが、根はひどく真面目だ――村長の元に向かうカシワを呼び止め、クリノスが小声で教えてくれる。 刹那、ステラに腕を引かれてたたらを踏んだクリノスに手を振り、カシワは先に行く、とその場を後にした。 道中、乗組員に肩を貸されたノアが手を小さく振ってくる。その笑みに強い生気を感じ、カシワは力強く頷き返した。 彼女らと別れた後、ベルナ村の中央、アイルー屋台の前、村の展望を一望できる平原に村長の姿を見つける。 その背中がどこか強張っているように見えて、新米狩人の歩く速度は自然と緩みかけていた。 草の音に気付いたのか、不意に振り向く村長と目が合う。身構えたカシワに対し、先方は申し訳なさそうな顔をした。 「ハンター殿、戻ったか……! 心配しておったのだ、無事でなにより」 「村長。俺こそ、その……大型モンスターをみすみす、」 皆まで言うな、そう言う代わりに村長は力強く首を振る。 いっそ罵ってもらえたらまだよかった、カシワは内心に浮かべた自分勝手な考えを、頭を振って喉奥に押し込んだ。 「ハンター殿に落ち度はない。よもや採取の最中に『斬竜』と出くわすことになるとは……誰にも予想できないことだ。 存在は知っておったが、こうして遭遇報告を聞くのは初めてだな。ハンター殿は、よほどの強運の持ち主かと思われる」 「それを言うならクリノスも……いや、そんなに目撃例がなかったのか」 「うむ、実物を見た者も少なかったはず……最近古代林に木霊していた研磨音の正体も、これで説明がつくというものだ」 斬竜ディノバルド。それがあのモンスターの名だと、村長は震撼を隠しもせず声を潜めた。 尻尾は一撃必殺の武器になること、鉱石と牙を用い手入れを怠らないこと。いずれも初見で警戒した通りの驚異そのもの。 恐らく彼の竜が縄張りを巡回している最中に出くわしてしまったのだろう、村長は表情を硬くしたカシワに静かに頷く。 「ハンター殿。この件も含め、古代林の調査はより慎重に行われることとなるだろう。何かあればすぐ知らせるとしよう」 「村長、俺は……」 「物事には時期というものがある。ハンター殿は着任間もないが、よくやってくれている……今はそのときを待つことだ」 「よくやってくれている」。言外に、クリノスと同じことを言われたような気がした。 拳を握り締めるカシワを一瞥して、ベルナ村の村長はふと視線を武具加工屋の方角へ泳がせる。 加工屋とオトモ武具屋の前、見慣れた龍歴院所属の研究員たちが何事か小声で忙しないやりとりを繰り広げていた。 彼らの表情は、硬く、暗い。一見してただごとではないと、新米でもすぐに把握することができる。 「ディノバルドのことか……」 「いや、それにしては」 噂をすればなんとやら、研究員のうち、黒髪を一つ縛りにした細身の男が足早に歩み寄ってきた。 もう一人の背の低い方――ともすれば十代の少年――は、カシワと村長に会釈し、すぐに龍歴院前庭園に向かっていく。 顔見知りなのだろうか、村長は去っていった水色髪の若い研究員の背中を、柔らかい目でじっと見つめていた。 やがて、カシワの前に立った男は大げさに咳払いを一つ。片腕に抱えていた分厚い書物を小突きながら、 「なるほど、キミが最近噂になってるっていうウチ所属のハンターか」 ふふん、と文字通りの上から目線で、値踏みするかのように狩人をじろじろと眺めた。 「……噂ってのがどんなのかは知らないが、龍歴院つきなのは本当だ。あんたは?」 「おや、名乗るならまず自分からじゃないのかね。全く、これだからハンターってのは礼儀知らずで困る」 「これはこれは、龍歴院の……どなただったかな。見たところお困りの様子。ハンター殿に何か話があるのではないのかな」 与えられる居心地の悪さはユカの比ではない。たまらず身じろぎしたカシワに対し、研究員は聞こえよがしに嘆息した。 一方、仲裁に入った村長の物言いは落ち着いている。面食らったようにのけぞるも、黒髪の男は咳払いして見せた。 「ああ、そうとも? キミが古代林で斬竜に出くわしてしまったばっかりに、余計なものが出てきて迷惑してるんだ」 「余計なもの?」 「そうさ。大型モンスターってのは環境の変化に過敏だからね。斬竜が出てこなければ深奥の調査だって……」 「待ってくれ。いったい、なんの話をしてるんだ?」 これだからハンターってのは、そう言いたげに、研究員はまたも大げさにのけぞり嘆息する。 あまりにもわざとらしすぎるので、カシワはつい眉間にしわを寄せてしまった。 気に入らない反応だったらしい。研究員は顔を真っ赤にして、カシワの胸ぐらをどん、と本で叩いてくる。 「『夜鳥』だよ、大型モンスター『ホロロホルル』! 帰還途中の調査隊が足止めを食らって危険な状態なのさ!」 「! 大型モンスターだって?」 「そうさ。キミたちが斬竜相手に大暴れしたせいで、夜鳥を刺激しておびき出してしまったんだ。どうしてくれるんだ!」 本と入れ替わりで研究員が突き出してきたのは、緊急性が高いとして迅速に発行された狩猟クエストの依頼書だった。 先の若い水色髪の研究員が、直接龍歴院から持ち出してきたものだという。 研究員の怒鳴り声に、周りにいたハンターや村人がしきりにこちらの様子を伺い始める。研究員は慌てて咳払いした。 男は件の若き研究員から「ベルナ村に滞在する腕利きの龍歴院ハンターに依頼して欲しい」と委託されたのだと声を潜ませる。 「キミみたいな頼りがいのなさそうなハンターに頼むなんて……本来なら龍歴院ナンバーワンの研究員であるこの私が、」 「……あんた、もしかしてさっきの若い研究員に頭が上がらないのか」 「な、なんだね、どういう意味だね!? と、とにかく、早く古代林にとって返したまえ!」 思わず視線を動かすと、同じように戸惑いながらも緊迫した面持ちの村長と目が合う。 緊急クエストとして狩猟依頼が出されたからには、調査隊の安否は限りなく危うい状況なのだろう。 村長、次に研究員に一礼して、カシワは依頼書を手にクエストカウンターにまっすぐ向かった。 クリノスたちは未だ、何事か話し込んでいるように見える。邪魔するのもな、カシワはこの件を単独で受けることにした。 (キミたちが斬竜相手に大暴れしたせいで、か) その斬竜とて、狩りきることができたわけではなかったというのに。 歯噛みし、顔には苦渋がにじむ。受付嬢の朗らかな声を耳にして、カシワは拳を握る傍ら、無理に笑みを作って見せた。 草木を、空気を、小動物を焼き焦がす臭いがする。鉱石のかけら、火の粉、低いうなり声……徘徊する巨大な斬竜。 獣の進行方向とは真逆に、その影は木々の隙間を縫うように、まるで風が木の葉を撫でるかのように、静かに移動していた。 群青色の鮮やかな翼、その先端を彩る金の羽根、いっそう色の濃い両耳に、忙しなく左右を見渡す丸い目。 くちばしからは、ホウ、と短くか細い鳴き声が漏れる。その影は、さながら闇夜に飛ぶフクロウのような姿をしていた。 しかし、その大きさはフクロウの比ではない。牙獣種もかくや、というほどのサイズである。 「彼」は大型モンスターに分類される生き物で、今し方、興奮して止まない斬竜の視界から逃れてきたばかりの身だった。 斬竜が木々の奥に見えなくなったのを視認してから、その影は開けたエリアに出て、一本の巨木の枝に足を降ろす。 「彼」が翼を羽繕いする度に、ぱらぱらと黄金色に輝く粉が地面に吸い込まれるように落ちていった。 その下、巨木の根元でキノコを腹に詰めていたオルタロスが、突然ふらふらとめちゃくちゃな歩き方を披露し始める。 キノコをもっと摂取したいのに、まっすぐ群生に向かえない。まるで、前後左右が分からなくなってしまったかのように。 はじめ、件の鳥はそんな甲虫の様子をじっと見ていた。 しかし、やがて彼らが再びキノコに群がっていくのを確認すると、物も言わずに翼を広げ飛び立ち始める。 人の気配が近付いている――「彼」は好戦的ではない気質だが、危害を加えようとする者についてはこの限りではない。 「彼」を、その性質上厄介視する者は多い。現れた小隊の面子のうち、軽装のハンターたちもそうだった。 「いた! 『ホロロホルル』だよ」 「とにかく、このあたりから追い出さんとな」 彼ら人間が手にするものが、自身と同じようなモンスターの鱗や甲殻で作られていることを「彼」は本能で理解している。 また、それを手に駆け寄ってくるということは、「彼」に対し人間側が敵意や攻撃の意志を持っているのだということも。 「彼」は……夜鳥ホロロホルルは、短く威嚇の声を発した。体をひねり、回転させ、軽弩を構えた者に一気に飛びかかる。 |
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