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モンスターハンター カシワの書(25) BACK / TOP / NEXT |
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さながら、それは全身に研磨した甲虫種の甲殻を張り付けているかのようだった。 鈍く光る暗緑の棘殻は至るところが鋭く尖っており、同じ飛竜種である雌火竜の棘のような柔らかさは感じられない。 黒塗りの体のうち、翼膜だけは不思議な光沢を持っていた。ランゴスタの薄翅のように透き通り、虹色の膜を張っている。 陽光を浴びれば、たちまち美しく輝くだろうと容易に想像できた。後ろ脚を斬りつけながら、カシワは飛竜の顔を見上げる。 目つきは鋭く、好戦的、あるいは獰猛な気配が降ってきた……目が合う。長い首が振りかぶり、竜の頭部が叩きつけられる。 斜め上からの斬撃、そのたびに、トサカと思わしき部位に走る雷が洞穴の暗がりにぱっと眩い光を走らせた。 (かったいな、こいつ) カシワが剣を振り上げると同時、翼の骨組みに当たった刃が弾かれる。肉に食い込む感触は、心なしか弱い。 刃の消耗は激しく、斬れ味はたちどころに鈍くなる。一歩退き、カシワは改めて竜の姿を見直そうとした。 「!」 「旦那さん!」 短いいななき。こだまするような響きを持つ高い声とともに、翼が一、二度はためき、竜の巨躯が宙に浮き後退する。 風圧に煽られ硬直したカシワの体を、アルフォートが得物の柄で殴り飛ばした。空気の渦から逃れ、そのまま飛び退く。 片手を挙げて礼を言う狩人に、オトモは何度も頷いて応えた。その目が潤んでいるのを見て、カシワは小さく苦笑する。 響く羽ばたきの音。見上げた先、飛竜の翼に新たな雷が生まれていた。 闇の中で煌めく金色の光は、翼膜の虹色をいっそう強く引き立たせている。 剣を握り直し、直後カシワは慌てて左に跳んだ。浮いた飛竜の体が、勢いよく狩人めがけて突っ込んできたからだ。 疾る轟音と咆哮。着地する直前、飛竜は翼を左右大きく振り下ろし、電撃ともども翼爪で地面を二度殴りつける。 当たればひとたまりもない――無情にえぐれた土と飛び散る骨に振り向き、カシワは頬に嫌な汗を滴らせた。 翼を叩きつけた直後の、一瞬の隙。飛竜の後ろに躍り出て、カシワは剣で、アルフォートはブーメランで反撃を試みる。 刃もブーメランも、おおむね狙い通りに飛竜に当たった。チリチリと雷が揺れ、ダメージと蓄電の重なりを告知する。 「あともう一撃」。欲張りたくなる衝動をこらえ、向こうの振り向きに合わせて横に飛び退いた。 「攻撃、回避、攻撃」。相手に合わせて動くことで、逐一その挙動を観察することができる。 (……落ち着け、退き際を間違えるな) カシワは歯噛みした。恐らく、ここでこの飛竜を狩り切ることはできないだろう。 息が上がり始めている自分たちに対し、雷の飛竜はただ帯電の度合いを増すばかりで、一向に疲弊する様子がない。 実力の差は目に見えている。それが分からないほど自分も未熟ではない。 それでも、未だ新米狩人は相手に背を向けずにいた。勝つ見込みがないとはいえ、そこに「恐怖」の感情は存在しない。 純粋に、目の前にいる見たことのないモンスターに対し己の好奇心の方が勝ってしまっている。しかし―― (あくまで、ターゲットは『竜の卵』だ) ――カシワはハンターナイフを納刀した。腕の金時計をちらと盗み見る。 二度目の歯噛みは、背中を向けることの屈辱ではない。中断しなければならないことに対しての苦渋だった。 アルフォートが何かに気づいたように手を止める。頷き返し、カシワは攻撃の手を止めるように声を出さずに指示をした。 (あとは、こいつがここから離れるのを待つか、俺たちがエリアを変えるか。どっちだろうな) 逃げ出すのではない、あくまで戦略的撤退。クエストを受注した狩人として、依頼を失敗させるわけにはいかない。 カシワは視界の端、巣にひっそりと埋もれたままの卵を見る。この飛竜のものであるかどうかは分からない。 だが、奴に居座られたままでは、重く、とにかく衝撃に弱い卵を運搬する作業を遂行することは難しいだろう。 ならば、もう少しだけ……いま狩猟を諦めざるを得ない眼前の竜の様子を、手応えを、己が身に焼き付けておきたい。 全てとはいかなくとも、ある程度の挙動を覚えておけば「次」の機会が訪れたときうんと戦いやすくなる。 (そういえば) カシワは右へと跳んだ。たて続けに二、三回地面を横転し、地面ごと薙ぎ払わんと首を振るう竜の追撃から逃れる。 思えば、ユカもマルクスも遭遇した大型モンスターへ猛攻する最中、相手方の動きを目で細かく追っていたではないか。 カシワは自問する――力押しだけでは狩りを完遂することは難しい。「観察」することが行く行くは己の糧となる。 ナルガクルガに苦戦した折、最後、捕獲する際に自分は迅竜の習性を利用してやることができていたはずだ。 (そうだ。いつか必ず、こいつにリベンジできるように) カシワたちの目論見に感づいたのか、ゆるりと振り向いた飛竜は、頭を上げ、大きく翼を広げ、突如その場で咆哮した。 感情の昂ぶりに釣られ、鮮やかな雷光のうねりが、トサカ、翼膜、尻尾の先端一面にほとばしる。 思った以上に削れていたか、カシワは知らず口端を釣り上げた。 狩ることはできずとも、一定の傷を負わせることができていたのなら……今はそれだけで十分と、新米は自身を納得させる。 「怒ったな」 「旦那さん」 「アル、時間はもうそんなに残ってない。怒りが解ける前に、」 鼓膜を貫かんとする怒声が再度過ぎ、耳を塞いでいた手を外したとき、カシワは眼前、鮮やかな雷光が地を走るのを見た。 互いに頷き合うより早く、アルフォートが前へ、カシワは横に跳ぶ。 間に合うか――放たれた雷撃は、蛇行するように地を不規則に滑り、天にまで伸びる雷の柱とともに狩人たちに迫った。 さながらそれは、天空に鳴る雷そのものが地上で生成されているかのようだった。 散乱する骨を巻き上げ、砂埃を弾き飛ばし、雷は狩人とそのオトモの体を貫こうと、あっという間に眼前に接近する。 (避けられるか!?) 雷光の煌めきに、遅れて轟音がついてきた。間一髪、雷の隙間を縫うようにしてカシワたちの回避は成功していた。 鼓動が速まり、息が上がる。着地した先、カシワはふと強い視線を感じて振り向いた。 飛竜と目が合った――明確な怒りを眼ににじませ、雷の竜は狩人たちを睥睨している。刹那、翼が大きく大気を打った。 「旦那さんっ、あいつ、逃げる気ニャ!」 「いや。かえって好都合だ、アル」 少しずつ遠ざかる影を見送り、カシワは息を吐く。カシワは、飛竜が自分に何事かを語りかけていたような気がした。 名残惜しいのか、俺は――飛び去った巨影は、夜空の中に眩い雷光を従わせたまま北の方角へ飛び去った。 不気味なほどの静けさが訪れる。先の電竜がまるで夢か幻かのように、いかなる生き物の気配も残っていない。 それでも、彼の痕跡は色濃く残されていた。深く抉れた地面、かすかに鼻を突く焦げ臭さ、自分とオトモの荒い呼吸。 肩で息をしながら、カシワは同じようにぐったりとした様子のアルフォートに、目を向ける。 彼に目立った外傷はない。無事、生き延びることはできたようだ……知らず大きく頷き、狩人はオトモの頭に手を乗せた。 「旦那さん」 「お疲れ、アル。頑張ったな、お陰で助かった」 「旦那さん、ボクは……」 「なあ、アル。早く卵を納品して、ココット村に戻らないか」 「え?」 心地よい疲労感が押し寄せてくる。にやりと口角を釣り上げ、カシワは一足先に竜の巣へ足を向けた。 「後悔はない」。自分にそう説明してやれると、新米狩人は呆けた顔を向けてくるアルフォートに片手を振る。 「この間、お前が孤島にいた頃の話を聞いただろ。今度は俺が、自分の……村にいた頃の話をするからさ」 「旦那さん?」 「俺ばっかり、お前の昔のこと知ってるってのも……なんだ、少し、水くさいだろ」 だから急いで卵を納品してしまおう、そう続けようとして、しかしカシワは言葉を切った。 肩越しに振り向いた先で、アルフォートは武器を抱きかかえ、感激ひとしおといった様子で顔を輝かせている。 「はいですニャ! 聞きたいですニャ! 旦那さんがどんな人だったか、ボクも知りたいですニャ!!」 「そ、そうか? そんな、大して面白い話でもないぞ」 「全然! 全然、大丈夫ですニャ! はっ! そ、それより運搬……卵ニャ!! 小型モンスターは任せて下さいニャ!」 「ああ、そうそう、卵だな。キャンプまで運ばないとな、頼りにしてるぞ」 「りょ、りょ、りょ、了解ですのニャー!!」 俄然やる気が出たとばかりに、しゃきっと背筋を伸ばしたオトモを前に、カシワは晴れ晴れとした顔で笑った。 「おっ、帰ってきたな。長引いたんじゃねーか、嘘つきカシワ」 村に着くなり、クエスト出発口で出迎えた幼なじみは苛立ちと憔悴をにじませた顔でカシワを睨んだ。 落ち着かない様子の彼に一度だけ頷き返し、カシワはその先、酒場の前で狩人の帰還を待つ村長の元へ足を向ける。 舌打つシラカバを見上げ、アルフォートは出発口の下で小さく足踏みをした。主人を悪く言われるのはやはり不快である。 刹那、気付いた男と目が合った。思わずきっと睨み上げてから、オトモメラルーは鋭い目線にわずかに肩を震わせる。 「お前の雇用主、依頼人をこんなに待たせるなんて大した度胸だな」 「そんな、旦那さんは」 「はん、プレッシャーに負けて逃げ出したのかと思ったぜ」 「旦那さんは運搬中に飛竜に襲われたんですニャ! 遅れたけど……逃げないで、納品を果たしましたのニャ!」 飛竜と聞いて、シラカバの顔がこわばるのをアルフォートは見た。 森丘は元より飛竜種の目撃が多い地域だが、その強大な存在は村人ら一般人にとっては畏怖の対象でしかない。 やっぱり旦那さんはすごい人なのニャ、アルフォートは勝ち誇ったように胸を張る。シラカバは苦い表情を返した。 直後、酒場の前に移った主人に手招きされる。シラカバを一瞥してから、アルフォートは四足で急ぎ、駆け出した。 「それで、村長。あの飛竜は、いったい……」 「うむ。おぬしらが出会ったのは、『ライゼクス』と呼ばれるモンスターじゃ」 「ライゼクス?」 「さよう。空の王者『リオレウス』と渡り合える数少ないモンスターの一つじゃな。よくぞ無事で戻ってくれた」 カシワとアルフォートは、思わず顔を見合わせる。下手をすれば、やられていたかもしれない。 運がよかったのだろう――もしライゼクスが本気を見せていれば、ここに戻ることができなかったかもしれないのだ。 カシワは村長に、好奇心から彼の飛竜に挑んでしまったことを話した。 村長は驚き、小さくのどの奥で唸ってみせたが、最後には大仰に首を縦に振る。曰く、「狩人ならば当然のこと」と。 初対面の折、クリノスに命知らずだと指摘されたことをふと思い出し、カシワはどこか複雑な心境だった。 「龍歴院のハンター殿よ。今後、ライゼクスと再び相見えることもあるだろう……活躍を、期待しておるぞ」 「ありがとう、村長」 「そういえば……村の受付嬢からハンター殿に話があると聞いておる。ベルナ村から火急の要請だそうなのじゃが」 視線の先、ココット村の受付嬢は手をひらひら振り微笑んだ。 どうにも、彼女には言葉で言い表すことのできない独特の魅力があるとカシワは思う。 「ときに、ハンター殿。あの料理人……ハンター殿の幼なじみじゃが」 「ん?」 「あれはあれで、ハンター殿に感謝しておるようなのじゃ。言葉は悪い質だが、気を悪くせんでやってくれ」 「ああ……あいつは昔からああなんだ。ありがとう、村長。俺は大丈夫です」 礼もそこそこに、カシワは村長と別れた。赤が鮮やかな衣装をまとうココット村の受付嬢は、カシワの到着に小さく頷く。 「お疲れさまです、龍歴院のハンターさん。よくぞご無事で! ライゼクス……空気が読めないにもホドがありますね」 はきはきとよく通る、どこか力強い声がカシワとアルフォートを出迎えた。 ふとカシワは、彼女の服、そして目を惹く雰囲気にユカの後ろ姿を思い出す。重ね見た、と言ってもいいかもしれない。 何故、ギルドの受付嬢である彼女とユカの姿がかぶるのか。新米は頷き返しながら、ごく僅かに首をひねった。 「村長さんから聞いているかもしれないけど、ベルナ村からハンターさんにクエスト依頼が来ていますよ」 「君宛てに?」 「まさか。私は連絡を受けただけ。あなたがここに来ていることは、ギルドも把握しているんですよ」 職務怠慢なんてアレでしょう? 受付嬢は小さく苦笑し、カシワにクエスト受注書を手渡した。 「依頼主はベルナ村の村長さんですね。内容は……『古代林』の『深層シメジ』の納品、と。通なクエストね」 「深層シメジって、あの地下空洞で採れるやつか」 「あら、さすがハンターさん。そうそう、香りにクセがあるけど、その分すごーく美味しいとか……」 「あの、特産キノコと、どっちが美味しいですかニャ?」 「どうでしょう……食べ比べ、してみたいですよね。こっそりお土産にしてくれるハンターさんはいないものかしら?」 冗談混じりに微笑む彼女に、カシワは彼女とユカを混同したことを申し訳なく思った。 それでなくても、可憐な女性とハンター稼業をこなす大の男を重ね見るとは。失礼だったな、と新米は内心赤面する。 カシワの心情を知ってか知らずか、受付嬢は狩人とオトモを見比べた後、にこりと笑った。 「さあ、長話もなんですから。一度、ベルナ村に戻られてはどうです?」 「ああ、そうするよ。ありがとう」 「あら」 「ん?」 「いいえ……ハンターさんはよくお礼を言われますね。人がいいのかしら。採取クエストとはいえ、気をつけて下さいね」 朗らかな微笑みがカシワとアルフォートを見送る。照れ隠しに小さく頷き、カシワは飛行船乗り場に足を向けた。 「おい、カシワ。もう行くのかよ」 「シラカバ」 途中、追ってきた幼なじみは怒っているような、悔しそうな、何か物言いたげな顔をしていた。 彼が何を言わんとしているかは村長の話からある程度予想できる。頷き返し、カシワは頭装備をずらして目を合わせた。 「何も言わなくてもいいさ。俺はこれから別のクエストに行かないといけないんだ。大変だろうけど、そっちも頑張れよ」 シラカバはひどく驚いたような表情を浮かべる。直後、いいから行けよ、と彼はそっぽを向いてしまった。 からかわれたり、絡まれたりと、いい印象を持てなかった。しかし、彼が多くの友を持つことをカシワは知っている。 悪い奴じゃないんだ――見上げてきたアルフォートの頭を軽くぽんと叩き、カシワはそのまま男に背を向けた。 (ああ、そうだ。シラカバをモンスターに例えれば、ライゼクスみたいな感じなのかもしれないな) 狩人にも、依頼主にも、それぞれの事情と矜持がある。 飛行船に乗り込みながら見上げた空は、満開の桜の花びらが鮮やかに咲き誇る、穏やかな色合いをしていた。 |
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