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モンスターハンター カシワの書(23)

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「おーい、カーシワー!」

ユクモ村に着くなり、カシワ一行に声をかけてきたのはクリノスだった。
スパイオシリーズの黒や藍といった暗色は、紅葉に萌えるユクモ村の中ではひどく浮いて見える。
アルフォートが駆け出し、彼女の隣に佇んでいたリンクと手を取り合い、真っ先に再会を喜んだ。
いつの間に仲良くなったんだ、肩を小さくすくめて、カシワはマルクスを伴ったまま渓流と村とを繋ぐ道を抜ける。

「クリノス。お前、こんなところで何してるんだ」
「何してるもなにも、わたしの担当分が終わったからこっちに合流しに来たんだけど」
「合流?」
「森丘のガララアジャラ。さくっと捕獲して、ギルドに引き渡し済みだよ。ふふー、『脊髄』出たんだー。ラッキー!」

彼女のあまりの仕事の速さに、カシワは内心舌を巻いた。
大都市ドンドルマの西、アルコリス地方に位置する広大な土地、シルクォーレの森、シルトン丘陵。
「森丘」と呼ばれるその狩猟区域は、飛竜種も多く見られる緑溢れる土地として古くから人々に親しまれている。
鳴甲と言われる器官と音波による共鳴作用、他に類を見ない長い体躯を持つ狡猾な蛇竜種、ガララアジャラ。
突如現れた絞蛇竜は特に森丘に暮らすアイルーの生活を脅かすものとして、ギルドから正式に狩猟依頼が出されていた。

「絞蛇竜をそんなあっさり倒してきたってのか。お嬢ちゃん、何者だ?」
「ん? カシワ。このおっさん、誰?」
「おっさんってお前……マルクスだ、ナルガクルガの狩りを手伝ってもらった。マルクス、こっちはクリノス。俺の相棒だ」
「ほおーう。相棒ね。よろしくな、お嬢ちゃん」

外見からして、クリノスとマルクスはだいぶん歳が離れている。
マルクスのさも年下をあやすかのような口ぶりに、クリノスはごくわずかに顔をしかめて見せた。
もっとも、クリノスとて初対面の相手をいきなりおっさん呼ばわりである。どっちもどっちか、カシワは小さく嘆息した。

「よろしく、って言いたいとこだけどわたしは狩り手伝ってもらうつもり、ないから。自分の狩りは自分でしたいし」
「おーう、そりゃいい心がけだ。若いのに大したもんだなあ、感心、感心。おっさんは歓迎するぞ」

マルクスは三十後半、四十前半かそこらといった風貌だが、口調としぐさが時折大仰すぎることがあった。
そのせいもあってか、二十歳程度の若年層であるクリノスとは会話がかみ合わないところが見受けられる。
彼女が刹那的に見せるなんとも言えない表情は、変化としては微量でも雄弁だった。
対して、マルクスには全く気にした様子がない。彼に乗せられるかのようにクリノスが矢継ぎ早に言葉を続ける。

「ちょっと前に、ヤなやつに『寄生』って言われたことがあったからねー……だから。わたしは、そんな連中とは違うし」
「ほおん? 嫌なやつ、か。そりゃ、難儀な思いをさせられたもんだなあ」
「……なあ、クリノス。お前、まだユカのこと根に持ってるのか」
「え? 根に持つ、っていうか、『忘れてない』だけだけど」
「ユカ? 誰だそりゃ」
「その『ヤなやつ』のこと。ほぼほぼ初対面なのに難癖つけてきてさー。気分悪かったよ」
「そうか、そうか。そいつは大変だったなあ。えらい、えらい」

こともあろうか、マルクスは突然クリノスの頭に手を乗せ、彼女をなでた。
肉厚な大きい手のひらが、わしゃわしゃと髪をなでくり回す感覚にクリノスは石になったように硬直している。
つられるようにぽかんとしたカシワだが、慌ててマルクスの腕を引いた。
マルクスは悪びれた様子もなく、すまんすまん、とからからと気持ちよく笑ってみせる。

「俺にはお嬢ちゃんと同い年くらいの娘がいてなあ。ここんところくに帰ってないから、つい思い出しちまってな」
「へー。……それ、一人娘でしょ」
「おい、クリノス」
「おーう。その通り、よく分かったな。ベルナ村ってとこで暮らしてるはずなんだが、いかんせん狩りが楽しくてなあ」

ベルナ村と聞いて、思わずカシワとクリノスは顔を見合わせていた。

「ベルナ村なら、俺たちの拠点の村だ。もしかしたら娘さんと会ってるかもな」
「おお、そうなのか」
「っていうか、しばらく帰ってないんでしょ。帰ったら怒られるんじゃない」
「うん、怒られるのはいつものことなんだ。やれ、インナー脱ぎ散らかさないで、とか、ちゃんとベッドで寝て、とかな」
「それ、そのうち口きいてもらえなくなるんじゃないの?」
「それは困るな。うん、容姿は奥さんに似たんだがなあ。男手ひとつで育てたからか、口うるさくて気が強くてな」

「男手ひとつ」。
マルクスの話では、彼の妻は十年以上も前に病で亡くなり、以来ハンター稼業をしながら一人娘を育てたのだという。
モンスターのはびこるこの世界において、片親、ないし両親を亡くした孤児といった家庭は少なくない。
マルクスは娘に不憫な思いをさせずに済むよう、できるだけ難易度の高いクエストに出て大金を稼いで回った。
それが後々、愛娘の、父を案ずる気持ちからくる小言の多さにつながっていくことになろうとは。
娘の姿を思い出したのか、マルクスは照れくさそうに小さく笑い頬を掻いた。

「口うるさいのをのぞけば、優しくて気だてのいい娘なんだ。いい相手でも見つかればいいんだがなあ」
「それよりマルクス。一度、帰ってやった方がいいと思うぞ。寂しさから、つい怒ってるのかもしれないからな」
「それはありそうだ、心配しすぎだ、っては話してあるんだが……そうさな、そのうちな」
「狩りが楽しいんでしょ、だったら無理かもねー。根っからのハンター気質ってことなんだから」

あまり反省している様子のないマルクスに、カシワはこれは今回も帰るつもりはないだろうな、と苦笑する。

「そういえば、カシワ。渓流にリオレイアが出たらしいんだけど、クエストの詳細聞いた?」
「いや、まだだ」

クリノスの神妙な面持ちに、カシワは以前、古代林で遭遇した彼の飛竜種にまるで歯が立たなかったことを思い出した。
苦い顔を浮かべた新米に、先輩狩人は小さく肩をすくめる。次いで、クリノスは思い出したようにポーチのふたを開けた。

「実害が出たわけじゃないらしいんだけど、繁殖期だからねー。なるべく早く狩った方がいいかも」
「そうか、リオレイアか……勝てるだろうか」
「さあねえ。っと、それと。さっき郵便屋さんから、カシワ宛ての手紙預かったよ」
「手紙? 差出人は」
「さあ。分かんないけど、『おいそぎのおてがみニャ!』、だって」

手渡されたものは、白い無地の封書だった。
裏を返せど差出人の名前はなく、代わりに急いで書いたと思われる雑な筆跡で即時開封の旨が記されている。
受け取るや否や、カシワはおもむろに封を切り中身に目を通した。同時に、見る見るうちにその表情が険しくなる。
クリノスとマルクスは顔を見合わせた。手紙を持つカシワの手が、心なしか小さく震え始めている。

「ちょっと、カシワ。大丈夫?」
「いったい、誰からの手紙だったんだ。若人よ」
「ああ、いや」

言いにくそうに口を一文字に結び、カシワは何事か考え込んでいるようだった。
手紙を元通りに封筒に戻し、大きく息を吐く。心配そうに見上げてくる自身のオトモに、彼は弱々しく微笑んだ。

「クリノス。合流したところで悪いんだが、少し用事ができた。ココット村に行きたいんだが、いいか」
「え? ココット村?」

クリノスの目には、相棒が無理に笑顔を作っているように見えた。
気取られないように振る舞っているつもりなのだろうが、彼の表情は固く、ごまかされるには無理がある。
唐突な「用事」といい、ただごとではない。追求するべきかどうか、クリノスは一瞬逡巡した。

「……別に、わたしは構わないけど。ひとりで大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。悪いな、できるだけ早く戻るから」

一瞬のことだった。ぱっと身を翻したかと思えば、カシワは気球船乗り場に駆け出して行ってしまう。
慌てて、その背中をアルフォートが追った。二人の影はあっという間に見えなくなってしまう。
取り残されたマルクスは頭を軽く掻き、クリノスは短く息を吐いた。そもそも、追求する暇さえなかったのかもしれない。

「どういうことなんだろうなあ」
「さあ。カシワのことだし、大丈夫だとは思うけど」

彼の腕前は、信用に足るものになりつつある。よほどのモンスターが相手でなければ……クリノスは固く口を結んだ。
首を傾げるマルクスを横に、先輩狩人はきびすを返す。
個々の事情がどうあれ、生き物を相手にするハンター稼業に休みはない。
わたしは休みたいときに休むけど――カシワほど他者への熱意や厚意を持たない彼女は、自己のペースでのみ狩りをする。
繁殖期であろうが、寒冷期であろうが、そのスタンスは昔から変わらない。ユカにはそこを見透かされたのかもしれない。
……数年前、とある港街で出会った、とある狩人と共に狩りに臨む際もそうだった。
尋常ならざる非常時以外、無理はしない、命は懸けない、己に嘘は吐かない。そのようにして、これまでやってきたのだ。

「お嬢ちゃん、どこに行くんだ?」
「どこにって。狩ーりーにー。リオレイア狩り!」

当分、マルクスもベルナ村に戻るつもりはないだろう。のしのしと響く力強い足音が追ってくる。
新たな狩猟依頼を果たすべく、クリノスはリンクと共にクエストカウンターへ向かった。






『……やーい、泣き虫! カシワの泣き虫ー!』
『うるさい! 泣いてないだろ!』
『泣いてんじゃーん。コクリュウとかなんとか言って、ぴーぴー泣いてるじゃん!』
『なんで、そんなこと言うんだよ』
『どうせ、コクリュウなんていないんだよ。カシワのウソツキ!』
『いる! いるに決まってる! ……俺は、それを確かめに行くんだ! いつか、村を出るんだ!』

「……ん、旦那さん」
「!」

いつの間にか寝てしまっていた。アルフォートに揺さぶり起こされ、カシワは気球船が村に到着したことを知る。

「いつの間に着いたんだ」
「旦那さん、夢を見ていましたのニャ? 寝言を言ってましたのニャ」
「そうか……よし、アル。ここがココット村だ、もう降りよう」

ココット村。その昔、ギルドが存在していなかった時代、近辺に出現した「一角竜」を単独撃破した「英雄」が興した村。
当時、ギルドはおろか他のハンターの協力さえ仰げなかったであろう状況で、件の人物は一週間、ないし一カ月かけて、
彼のモンスターを見事制したと言われている。粗末な武具、足りない支援物資……どれを取っても、全く異例の話であった。
後に英雄である彼が村近くの山岳から名を取りココットの村を興したのは、ハンターの間ではあまりに有名な話だ。
ハンター発祥の地とも呼ばれるこの村は、ハンターの活動維持には欠かせない設備が、あますことなく設けられている。
カシワとアルフォートは、当時の伝統と歴史を色濃く残す、賑わいながらもどこか寂寥とした村を奥へと進んだ。
酒場の前、ちょうど村の中央付近。食事どころの卓の前に、カシワは一人の人物を見る。

「おお。おぬしが、龍歴院から派遣されたハンター殿じゃな」

長い耳、控えめな背丈、手のひらを乗せる杖。龍歴院院長同様、彼もまた竜人族であることは明白だった。
ココットの英雄こと、ココット村の村長である。腹減っとんな、彼は小声でそう呟き顔を上げた。
羽織ったマントがかすかに揺れる。
背丈こそ低いものの、布越しにも、彼の肉体はよく鍛え上げられているものであることが伺えた。

「依頼文を拝見して来ました。カシワです、こっちはオトモのアルフォート」
「ニャイ、よろしくお願いしますニャ!」
「うむ、元気で、賢そうな子だ。さて、龍歴院のハンター殿。おぬしに依頼を出した依頼人が、そこで待っておるよ」

村長は自身の背後、酒場を一瞥する。入り口前には、深紅が鮮やかな衣装を纏った受付嬢が待機していた。
目が合うと、彼女は利発そうな目を細めて手を振ってくる。反射で会釈して、村長の咳払いにカシワは意識を戻した。

「急を要する仕事だ、隣村で、病に伏せた子供が出てな。依頼人はその子の親なのじゃが、おぬしを直々に指名しておる。
 なんでも、薬の材料に森丘で採れる『竜の卵』が必要じゃと医者が言うておるそうじゃ。ひとつ、頼まれてくれるかのう」
「……その親は、子供の傍にはついてやっていないのか」
「うむ、彼はこの村に出稼ぎに来ている身でな。他の家族は隣村にいるようだが。何なら、話を聞いてみるといいじゃろう」

うながされ、カシワはアルフォートを連れたまま酒場の扉を叩いた。
同時に、奥に着いていた人影が一つ早足でこちらに寄ってくる。その速さたるや、掴みかからんばかりの勢いだった。
むしろ、その人物はカシワの胸ぐらを掴んでくる。青ざめた表情には、怒りと混乱の色も濃く混ざっていた。

「――カシワ! 遅いじゃねえか、ハンターさんってのはずいぶん悠長なご職業だな!?」
「ニャ、ニャウ!? だ、旦那さんに何するニャァ!」
「いや、いい、いいんだ、アル……久しぶりだな」

困惑するアルフォートに頷き返し、カシワは一時、相手が手を離すのを待った。
しかし、手が離されることはなかった。正面から凶悪な笑みを向けられ、カシワは口を固く結ぶ。

「おうよ。三年ぶりだな、『嘘つきカシワ』」
「旦那さん? だ、誰なんですかニャ、この人は!?」

見慣れた顔と、聞きなじみのある怒声。短く刈り上げた髪と、悪意をにじませた双眸。
「子供を助けてくれ」と文にしたためたその手で、男は幼少の頃と同じようにカシワの防具を掴み、動きを阻害する。

「『シラカバ』。俺の故郷の、幼なじみだ」

カシワは息苦しさに、わずかに唸った。幼なじみとは名ばかりだ、実際は村でのいじめの主犯と言っても過言ではない。
本人たちはからかっているだけのつもりでも、当時「黒龍伝説」を信じていた身としてはよく泣かされたものだった。
変わらず睨みつけるような鋭い目線のシラカバに対し、カシワは彼が「事情」を打ち明けるのをひたすら待つ。
「ハンターはモンスター以外に、決して手を出してはならない」。
古くから伝わる絶対の決まりごと。それを噛みしめるように、脳裏で反芻するように、カシワは拳を固く、強く握った。
古き良き伝統が漂うココット村において、幼い頃のように派手にやり返そうという選択肢など取ることはできない。
……どこかで、甲高い鳥の鳴き声がする。





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 UP:21/10/03