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モンスターハンター カシワの書(11) BACK / TOP / NEXT |
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ずずん、低音と地響きが鳴る。振り向いた先で、起き上がったリオレイアが翼を大きく広げ、こちらを見下ろしていた。 閉ざした口から火の粉が噴き出し、揺らめいている。蓄積されたダメージと傷つけられたプライド、それ故の怒り状態への移行だ。 メラルーの言う通り、リオレイアは怒り狂っていた。おもむろに上体を反らせる。長い首を巡らせ、天を仰ぎ大きく息を吸う。 咆哮か、身構えたカシワに対し赤髪の男は弓を抜刀したまま、こともあろうか雌火竜に向かって駆け出した。 茶色のメラルーが後に続く。何をする気だと問うより前に、リオレイアの咆哮が炸裂した。 空をつんざく怒声にカシワが耳を塞ぐのと、後方、解毒を急いでいたクリノスが立ち上がったのはほぼ同時。 一方、赤色洋装は地を蹴りしなやかな跳躍でリオレイアの足元に易々と身を潜らせる。眼前に肉薄し、すぐさま矢をつがえた。 「! 『ジャスト回避』、」 クリノスは男が咆哮を物ともせず――受け流すように「回避」したのを目の当たりにした。 弦がしなり、稲光のような速さで放たれた矢がリオレイアの頭部に直撃する。女王の口から悲痛な声が漏れた。 慈悲など無し、そう言わんばかりに立て続けに雷の矢は最大威力で放たれる。その猛攻に、文字通り一切の容赦はなかった。 体を回転させ尻尾で打ちつけようとも、羽ばたきによる風圧で制しようとも、男はことごとく女王の反撃を捌いていく。 怯む際の苦鳴は、彼女の困惑が宙に霧散させられているかのようだった。唖然とするカシワの横に、双剣使いは駆けつける。 「なんかほんと、そのうち片付きそー」 「! クリノス」 「解毒ならバッチリだよ。あいつのよこした解毒薬がよく効いてる」 カシワは苦い顔で相棒を見た。親指と人差し指でマルを作っていたクリノスは、新米狩人の表情に一瞬眉をひそめる。 どうしたの、短く問われるも、カシワは返答することができなかった。代わりにちらりと視線を泳がせる。 目は口ほどにものを言う。先輩狩人は新米狩人の目線が、矢継ぎ早の攻撃を仕掛ける赤色に釘づけであることに気がついた。 「にしても、あいつ強いねー」 「……お前、獲物横取りされそうになってるってのに悔しくないのか」 「なんで?」 クリノスは本当にわけが分からない、という顔をした。カシワは面食らう。 「任せろって言われたようなもんだし、このまま任せておけばいいんじゃない?」 「それは、」 「わたしはレア素材にありつけるなら、それでいいのー。剥ぎ取りって独占できるものでもないし、捕獲ならなおさらだし」 「お前、またそれか」 「はい? いまさらでしょ」 カシワががくりとうなだれるのと、後方、リオレイアが地表に落下したのはほとんど同時だった。 大音に驚き肩を跳ね上げた新米に対し、先輩狩人は小さく口笛を吹くに留める。 ふとカシワの横で、アルフォートがうんと首を伸ばして眼を凝らした。 「旦那さん! あれ、」 「アル?」 カシワの革手袋をつかみ、前方を何度も指差す。視線の先、倒れたリオレイアの首近くに先ほどの茶色メラルーが屈んでいた。 小さな手が草と砂をかき分け、忙しなく動いている。最後に一度、大きく振り上げられた手のひらが地面を叩いた。 「……おい、設置終わったぞ!」 矢をつがえていた赤髪の動きが止まる。メラルーの手元、カシワは何かが強く発光しているのを目撃した。 雷光のような明滅が繰り返し瞬いている。茶色メラルーはぱっと飛び退き、また赤色洋装は彼の元へと走り出した。 起き上がったリオレイアが双方を追いかけようと、突進の姿勢を取る。彼女が駆け出すと、男は躊躇なく強弓を納刀した。 その手に手投げ玉が収められている。彼らの狙いが何かを悟り、困惑するカシワを放置してクリノスは目を輝かせた。 興奮のあまり手近な背中をバシバシ叩く。一方、叩かれる側はたまったものではない。 「いっ、て、いてて! おま、何……」 「げーきーりん! げーきーりん!」 「な、なんだよクリノス?」 「あれ、『シビレ罠』だよ。これは報酬に期待かなー」 シビレ罠、聞き返そうとして、カシワは同時にリオレイアの悲痛な悲鳴を耳にした。 突進の体勢のまま、雌火竜がその場に縛り付けられている――彼女の体表に、麻痺作用を示す雷光が張り巡らされていた。 「シビレ罠」。麻痺効果によりあらゆるモンスターを拘束、捕獲する、設置型トラップ。 オトモたちの中には、シビレ罠そのものがなくともそれと同じ効果を持つ術を扱うものもいるという。 あのメラルーがそうだというのか、カシワはふとオトモを見下ろした。 アルフォートは革手袋につかまったまま、悔しそうな、切なそうな、複雑な表情を浮かべている。 身動きのとれないリオレイアの間近から、ボスボスと小気味いい音が鳴った。複数の煙が立て続けに上がり、その場で霧散する。 音と煙の正体は捕獲用麻酔玉だ。やがて視界が晴れる頃には、草の上ですやすやと寝息をたてる女王の姿があった。 「片付いたな」 「お疲れさんニャー」 「そっちこそ」 アイテムポーチのふたを閉め、赤髪は茶色メラルーに目線を下ろしながら肩をすくめた。 カシワの目には、メラルーがどこか不機嫌そうにしているように映った。実際、彼は腕組みをして小さくうなっている。 「……ところで、おい、『ユカ』」 ユカ、とは男の名であるらしい。聞こえないふりを決め込む赤色洋装を見上げ、ついにメラルーは両手に拳を作った。 「オミャー、手抜きしただろ。なんだってビンを一本も使わなかった」 「気のせいだろ。『チャイロ』」 「オレが気付かないとでも思ってんのか。ええカッコしいにもほどがあるニャ!」 舌打って、メラルーはぱたぱたと地団駄して男に抗議した。本人は怒っているのだろうが、その動きには愛くるしさしか感じられない。 カシワは口を閉じた。双方、気心の知れた仲であるらしい。言葉の端々に刺々しさを覚えるが、不快感は感じられない。 どうしたものか、逡巡している間にクリノスが横を通り過ぎていく。止める隙もなく、彼女は男に近づいた。 振り向く銀朱の瞳は、やはり見知らぬ他人を見る冷淡な眼をしている。気にする様子もなく、クリノスは気軽に手を挙げた。 「捕獲ありがとー。あと、助かったよ。サンキューね」 その気楽さを見習えたらいいのだろうが。知らず、カシワは小さく嘆息していた。 不安そうに見上げてくるアルフォートに頷き返し、まばたきを繰り返すリンクともども先輩狩人のあとに続く。 男は無言だった。どこか冷えた目が、こちらをじっと凝視している。 「捕獲報酬なんだけど、私たちももらっていい? よね?」 「おい、クリノス」 「あれ、カシワ。いたの」 「お前なあ」 ぎりぎりと歯噛みして見せるも、クリノスに反省した様子はない。 カシワにはきょとんとした顔を返しながら、まだ見ぬ雌火竜素材に期待を抱いて彼女の瞳はきらきらと光り輝いていた。 赤髪は踵を返した。そのまま立ち去ろうとする気配を感じ、カシワは思わず「おい」、と呼び止める。 男が立ち止まった瞬間、しまった、と慌てて口を閉じた。とはいえ、出てしまった言葉を飲み込むことなど今更できない。 「……お前、いったい何者なんだ。どうして俺たちを」 やけ気味に問えば、振り向いた赤髪と目が合う。細められた目に収まる瞳は、さながら火竜の甲殻の色に似ていた。 飛竜種の獰猛さとは裏腹に、男の視線は冷たい。向き直られ、自ら呼び止めたにもかかわらず、カシワは続ける言葉に詰まった。 「――勘違いするな」 そのまま立ち去るかと思われた赤色洋装だが、意外にも彼は口を開いた。その足元で、茶色メラルーが額に手を当てている。 「お前を助けたわけじゃない。調査に差し支えのあるものを排除したまでだ」 「調査って? なんの?」 「おい、クリノス」 「古代林は未だ未開の土地だ。龍歴院としても、まだ調べなければならないことはたくさんある」 龍歴院、カシワは口内で反芻した。とすれば、この男は同業なのか。 (それにしては) 向けられる視線も言葉も、どこか厳しいものを感じさせられる。眉間に力がこもった。 いたずら心か、横からクリノスに額を突っつかれる。うなりながら指を押し返すも、彼女に気を留めた様子はない。 「ほーん。別に何でもいいけどね、報酬が山分けってことなら」 「じき、ギルドがこれの回収に来る。そのときに交渉すればいいだろう」 「うんうん、そうさせてもらうよ。えーと、ユカちゃん? だっけ? ありがとねー」 ユカちゃん、反芻した後、男がなんとも言えない表情で目を剥いた。彼の足下で茶色メラルーがげんなりしている。 お前もそう思うか、クリノスは何に対しても自由過ぎるんだ……カシワはひとり、釣られてうんうん頷いた。 「……お前たちは、龍歴院つきのハンターか」 「お? んー、まあ、そんなとこ」 「そんなとこ、じゃないだろ……ああ、確かにそうだ。あんたには関係ないことだろうけどな」 立ち去る気が失せたのか、単なる気まぐれか。こちらに問いかけてくる銀朱の男に、カシワは思わず反抗した。 横からクリノスが脇を突っついてくる。 どうにも気に入らない――彼女のとがめるような態度に気がついてはいたものの、カシワは男を睨むのを止められなかった。 赤髪は、何事か考え込んでいるようだった。ふっと目を上げたとき彼の顔に浮かんでいたのは、 「関係ない、か。ひどい有り様だったんでな、同じ所属として見ていられなかった」 失笑だ。嘲笑するというよりも、まるで駄々をこねる子供を相手にするような哀れみを込めた笑み。 言われたことに愕然とした後、カシワは両手に拳を作る。 反論なしと見なしたか、銀朱の眼差しは若干鋭さを和らげた。それが余裕の表れであることにカシワは気付いていた。 知らず、歯噛みする。アルフォートが主の感情に戸惑い混乱している。気弱な気配が手袋越しに伝わってきた。 オトモが制止しようとしていることには気づけていた。それでも新米狩人はユカから目を反らせない。 「だから、手を出したのか。ずいぶんと大人げないんだな」 「下位とはいえリオレイア一頭に苦戦するようではな。よほど自信があったか、あるいは死にたがりか」 「死にたがっ、何を!」 「ちょっとカシワ、落ち着きなって。なに熱くなってんの」 「クリノス……お前、悔しくないのか。獲物は横取りされて、今では説教だぞ。なんとも思わないのか」 「ん? いやー? 別に?」 クリノスの反応は淡泊だった。意外に冷静な彼女に、カシワは言葉を詰まらせる。 「実力で劣ってるのは事実だし。苦戦してたのも本当のことでしょ? あのまま続行してたら、たぶん危なかった」 寄ってきたリンクの頭をなで、先輩狩人はふふんと笑った。余裕の度合いでいえば、彼女の方がユカよりも遥かに上に見える。 「助けて、おまけに素材も分けてくれるって言うんだよ。ハンター同士の交渉としちゃ、良心的だと思うけど」 「素材、素材って。お前、そればっかりだなあ」 「何? 欲しくないの、リオレイア素材。あんた、なんのためにハンターやってんの」 装備を外した柔らかい手で抱き寄せられ、もふもふされ、先輩狩人のオトモアイルーはいたくご機嫌な様子だ。 羨ましそうに目をきらきらさせるアルフォートに、カシワは彼の頭をぽんぽん軽く叩いてやった。 ……それだけでも十分らしい。オトモメラルーは両足をぱたぱたさせ、くすぐったそうにその場で身悶えている。 (駄目だな、クリノスには勝てそうもない) カシワは苦笑した。その耳に、ふ、と何者かが小さく噴き出す音が飛び込んだ。 顔を上げると、ユカがさっと表情を引き締め直した瞬間を捉えることができた。 案外、これまでの応酬は彼なりの激励だったのだろうか……複雑な思いで、カシワは男に小さく頷き返した。 「その……悪かった。助けてもらったのに」 「そーそー。ちゃんと言えるじゃない。素直が一番だよ、ねー、リンク」 「ニャ〜」 「お前らなあ……」 いちいちヤジを飛ばしさえしなければ、もっといいシーンになるんだろうに。カシワは辛うじてその文句を飲み込む。 そもそも、言ったところで彼女に適うとは到底思えない。返り討ちにされるのが目に見えている。 知識の差、経験の差。クリノスないし銀朱の男に勝とうと考える時点で、まだ己は未熟なのだとカシワは知った。 「お前たちはこれからどうするつもりだ」 ユカには気にした様子もなかった。 何事もなかったように涼しい顔を振る舞う彼に、カシワは肩すかしを食らったような錯覚を覚える。 「どうするって。ベルナ村に……」 「ん? カシワ、いきなりやらかす気? ドスマッカォ倒しに行かないと、クエスト失敗になっちゃうけど」 「!? あっ! しまった、忘れてた!?」 「なに、忘れてたの? 駄目だなぁーカシワくんはー」 「お前も人のこと言えないだろ!」 「人聞き悪いなー。私はちゃーんと、覚えてたし。ねえ、リンク?」 「ニャイ」 さわやかな心地も台無しだ。クリノスの言葉通り、カシワは今回の目的をすこんと忘れていた。 ネコ嬢の救出、マッカォならびにドスマッカォの討伐。思い出すや否や、新米狩人は無意識に頭を抱えて身悶える。 ギルドから支給された確認用の時計の針は、すでに半ば頃を差そうとしていた。時間がない、カシワの顔に苦渋が浮かんだ。 「確か、脚は引きずってたはずだ。あともう一息だよな」 「あー、うん。がんばれ?」 「? お前はどうするつもりなんだよ、クリノス」 「私は素材の交渉があるからパスで。愛しのドスマッカォでしょ? 行ってらっしゃーい、ピーリャー」 「……うう、俺もうこいつと縁切りたくなってきた」 「だ、旦那さん。ふぁいと、ですニャ」 「ありがとうなあ、アル」 「ニャ、それより急ぎますのニャ、寝床で体力回復されちゃいますのニャ」 オトモの言うことも一理ある。愛剣を研ごうとして、カシワはふと刃の刃こぼれに気がついた。 ドスマッカォに挑んでいるうちに、ハンターナイフはぼろぼろに傷んでしまっている。 リオレイアに歯が立たなかったのはこのせいだ――まるで気がつかなかったと、思わずのど奥でうなった。 武器の手入れは基本中の基本。いくら連戦続きだったとはいえ、斬れ味の維持を怠っていれば手こずるのも無理はない。 「片手剣は使って長いのか」 ふとユカに問われる。その無感情の強い表情からは、彼の思考を読み取ることは難しい。 何を考えて聞いてくるのだろう、カシワはにわかに眉間に力を込めるも、剣を研ぎながら耳を澄ませた。 「ああ、ハンターになってからはずっとだ。まだ二、三週間くらいだけどな」 「……」 「それがなんだよ?」 「いや」 「? なんだ、言いたいことがあるんじゃないのか」 男は顎に手を当て、何か思案しているようだった。ふと目が合う。あくまで彼は無表情を貫いたままでいた。 「お前、強くなりたいか」 「!? それは、」 「強くなりたいと言うなら、『旧砂漠』に向かうといい。あそこには独自の進化を遂げた固有種がたくさんいるからな」 「おい、ユカ! オミャー、なにを考えて……」 割って入ったメラルーに、ユカは片手の手のひらを見せ沈黙するよう促した。 サインを察したか、メラルーはぐっと詰まったように表情を固くする。次いで、男は意外な言葉を口にした。 「俺は別の任務がある。チャイロ、お前とはしばらく別行動だ。時期が来たら集会所で落ち合うぞ」 きびすが返される。メラルー、チャイロは、最初ぽかんと口を半開きにして硬直していた。後ろ姿には止まる気配すら感じられない。 剣を納め、カシワは取り残されたメラルーの背中を見つめた。ふるふると肩を震わせ、彼は動揺しているように見える。 かける言葉が見つからない。初見では、彼もユカのオトモであるようにしか見えなかったからだ。 「おい……大丈夫か」 「……」 カシワの呼びかけに、彼はゆっくりと振り返る。じとりとした半開きの眼には、明らかな「怒気」が見て取れた。 「心配不要ニャ。オレとユカはオミャーらと違って、雇用関係じゃねーのニャ。こんなのはいつものことニャ」 「そ、そうなのか」 「けど勝手が過ぎんのも考えモンニャ。アイツ……いったい、なに考えてんだか」 「任務とか言ってたからそれじゃない? なんの任務か知らないけど。で、カシワ。ドスマッカォは放置でいいの?」 「うぐぉ……俺たちも行くぞ、アル」 はいですニャ! 普段なら即座にそう返事が来るはずだった。しかし、アルフォートからの反応はない。 カシワは手元に目をやる。オトモメラルーはこちらを見上げもせず、不安そうな面持ちでチャイロを見つめていた。 名前を呼ぶと、彼は応えもせずにふらふらとチャイロに歩み寄って行った。まるでこちらの声が何一つ聞こえていないかのように。 どうしたことか、カシワは思わずクリノスと目を合わせる。知らないという代わりにクリノスは肩をすくめた。 チャイロもまた、この頼りない足取りのメラルーに困惑していた。正面から向かい合ったところで、一瞬場に沈黙が流れる。 「なんニャ、オミャー。なんか用か」 「……あの、その」 促され、アルフォートはもじもじと指を交差させ合った。口を挟むことははばかられた。見守るカシワの前で、 「――ボクに、修行をつけてくださいですニャ! その、シビレ罠とかっ……あなたが強いの、すぐに分かりましたのニャ!」 「!? んな!?」 突如、アルフォートはその場に土下座する。面食らったのはカシワだけでなく、チャイロもまた同じだった。 慌てふためく彼の眼と鼻の先、アルフォートは額を草に押しつけたまま一気にまくし立てる。 「ボク……ボク、旦那さんが危なかったのに、何もできませんでしたのニャ。もう、あんな思いするのは嫌ですニャ!」 「バカ、オミャー……オレが教えられることなんて何も」 「オトモでもないのにあんな強い人と一緒にいられるなんて、普通のメラルーには無理ですニャ!」 「いや、オレはユカとはただのなりゆきで……」 「それでもっ!!」 小さな背中は、震えていた。 「それでもボクは、強くなりたい……旦那さんの役に立てるようになりたいニャ! 強くならなきゃ駄目なんですニャ!!」 制止しようと手を伸ばしかけていたカシワだが、オトモの悲痛な声色に割って入ることができなくなった。 アルは本気だ――自身もまた、ユカに言われた言葉を思い出す。 「旧砂漠に向かえ」。いま、自分とオトモに必要なのは一緒に過ごすための時間ではない。 リオレイアと相見え、ユカに助けられ、それがよく理解できてしまった。自分とオトモには経験が足りなさすぎる。 拳を作り、強く握る。 「チャイロ、だったよな。ユカだっけ? あいつが戻るまで、少し時間があるんだよな」 「ニャ、ニャイ? ま、まさかオミャーまで」 「ああ、そうだ。頼まれてくれないか、俺からも、どうか、頼む」 「旦那さん……」 隣で、なぜかクリノスがにやにやしていた。土下座とまではいかなくても、カシワもまたチャイロに頭を下げる。 「アル。俺もしばらく、旧砂漠に行ってみる。しばらく離れるけど、お互い頑張ろうな」 チャイロが頭をかきながら、強く嘆息する気配を感じた。アルフォートの視線がこちらに向けられているように感じる。 カシワはチャイロからの返答が来るまで、一切顔を上げなかった。 強くならなければならない。その矜持と決意だけが、今の自分を突き動かしているような気がした。 |
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