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貯古齢糖(楽園のおはなし3章SS) TOP / NEXT |
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(あなたが 大好き!) 「アスター、好きなひとが出来ましたの」 食卓に座るや否や、繁鼠髪の少女はそんな事を口にした。浮かんだ満面の笑みは崩れもしない。 本気なのかと、その場にいる誰もが一瞬言葉を失った。 この少女は――多少の選り好みはあったとしても――誰にでも平等に友愛を注ぐタイプだったし、たとえ特別な 何者かが出来たとしても、それを表立って顕したり出来るような堂々たる気質の持ち主ではなかった。 どちらかといえば控えめで、感情や思考などは熟成させてから相手に直接申し出るのが常だった。 ……稀に、熟成を通り越してストレスとして知らず抱えているケースもあるほどである。 そうであるから、彼女の突然の告白に皆一様に揃って動揺した。 ある者は皿を抱えたまま硬直し、ある者はサーバから注ぐ珈琲を溢れさせ、ある者は茶を喉に詰まらせる。 十代半ばといった容姿をしているが、その実、中身は年端もいかぬ早熟の術者。 最も、この場にいる全ての者が神話伝承に生きる者等である。誰もが外見通りに歳は取っていないのだが。 「……で、その相手ってのはどこの馬の骨なんだ?」 重々しい声を発したのは白金の髪の男だった。少女の真横に座り、両肘を机に乗せ鋭い眼光を光らせる。 「お前が選んだんだ。さぞ御立派なひとなんだろうよ、え? アスター」 「ノクト……脅すとか大人げないよ」 語尾を震わせた男を制止する、一際よく通る若い声。空色の髪に、赤紫の瞳を持つ娘。 俄かに滲む娘の苦笑に、男は忌々しげに顔を歪め歯噛みを返した。 当の本人である少女・アスターは、男と娘両名を交互に見比べる。大きな瞳を瞬かせ、小首を傾げた。 「御立派といえば御立派ですの。あるおっきいお店の、オーナーさんですの」 「……オーナー? え、街のお偉いさん?」 「お偉いさんというより、店の経営や管理側の人間でしょうね」 「ねーちゃん! だったらなおさらオレは反対かなぁ、店なんていつ畳むか分かんないし!!」 「黙りなさいよ、珊瑚。誰と恋愛しようとアスターの自由でしょう」 先の男とは別の声が少女を咎めた。黒髪に琥珀の瞳、室内にいるにも拘わらず外套で身をすっぽり包む青年。 ノクト同様に冷静さを装っているが、目がまるで笑っていない。零した珈琲を拭く事さえ忘れている。 隣席の白髪の少女が口を挟む事で、彼は(まだ何か言いたげであったが)ようやく口を閉ざした。 諫めながら白髪の少女が手早く珈琲を拭き取る。そこで青年はごめん、と蚊の鳴くような声で呟いた。 白髪の少女は真珠、青年は珊瑚という。二人は双子の姉弟で、アスターの親族に相当した。 時折この屋敷を離れ、出稼ぎや旅行に勤しむ二人である。 久方ぶりに帰還して早々、アスターから聞かされた話は双方にとってそこそこ刺激的なものだった。 「恋。そう、恋ですの。アスター、恋していますのぅ」 「へえ、それは良かったね? で、それってどんな男なのかな。どこを好きになったわけ?」 黙り込んだノクト、珊瑚を置き去りに、興味半分からかい半分で口を出す者がある。 夜色の髪は長く下ろされ、両目は半開き、端正な面立ちは噴き出すのを堪える為に微かに歪んでいた。 「ゲスいな、サラカエル」 紅茶を含みながら隣席の女が軽く笑んだ。 栗色の髪は後頭部で結われ、白い肌は身に纏う絹製の衣のように滑らかで、存在そのものが輝かしい美女。 名を呼ばれた男は、それはどうも、と皮肉と肯定両方の意を同等に混ぜ頷いた。 女はこの広大な屋敷の主人だった。男は彼女の執事、或いは配下のようなもので、名をサラカエルという。 「エル」が名に付くからには彼は神の領域に触れる存在だ。その実彼は天使で、主たる女は神である。 女は名をヘラといった。婚姻を中心に、ありとあらゆる契約を司る高い地位に身を置く古の女神。 彼女が臣下と共にヒトの世に在る理由……それは趣味半分気紛れ半分、否、全て臣下の身を案じての事だった。 話を戻そう。 サラカエルとヘラのやりとりが落ち着くのを待って、アスターは顔を赤らめながら声を絞り出した。 さながら純情可憐の具現化である。ノクトと珊瑚の顔は、ますます「面白い」事になった。 「えっと……そのヒトの作るショコラが、最高に美味しいですの」 「……………………え?」 ふと、空色の髪の娘が一言だけ聞き返す。 同じく、ノクトをはじめ真珠に珊瑚、サラカエル、ヘラも徐々に微妙な表情を滲ませた。 対するアスターは、彼等の物言いたげな顔に気付いていないのか、愛の言葉を取り止めようとしない。 祈るように手を合わせ、うっとりと夢心地の如く目を潤ませ、何も存在しない宙を仰ぐ。 「ちょびっと生えた口髭はだんでぃーで、きりっとした形の眉は格好良いですの。なのにショコラは繊細で」 「あのさ……アスター?」 「この前町の展覧会で見て以来、アスター、彼の虜ですの。しなやかに指が舞う度紡ぎ出される飴細工…… 厳ついお顔が脳内でイメージしたままに描き出す造形美、甘い匂い、ベリーとチョコの絶妙なバランス、 細やかなアレンジにエディブルフラワーの選出センス、オランジェや薔薇のソースは宝石のように輝いて 誰もが彼に夢中でしたの。でもでも、彼はアスターを試食役に選んでくれましたの。夢のようでしたの」 「(なあ、試食役ってのは……その、なんだ?)」 「(ほら、こないだ町でスイーツフェアあったじゃない。あれのステージパフォーマンスの事だと思う)」 「(有名パティシエが人寄せに集ったのよね。アスターがステージに呼ばれたって)」 「(それで虜、か。やれやれ、何の話かと思ったら)」 目を輝かせるアスターを余所に、皆一様に嘆息、或いは苦笑、呆れ果てた。 つまるところ、アスターの「片想い相手」というのはパティシエ――もといパティシエの創作菓子であって、 ノクトや珊瑚が気に病むような事ではなかったのだ。 とはいえ本人は本気のようで、熱い想いを語る眼差しは真摯であり、真剣そのもの。 チョコレート好きであるのは周知の事実だが、ここまでとは。空色髪の娘も柔らかく微笑むばかりだった。 「――では、告白しなければね」 「! 藍夜パパさま……そんなっ、アスターそんなの恥ずかしいですの」 「おや、言葉にしなければ伝わらないものもあると思うがね」 「やぁ、ウリエル」 「やぁ、サラカエル」 「……って、藍夜! お帰り。遅かったね」 ふと割って入る新たな声があった。 皆が扉の方に目を向けると、夜色の髪を三つ編みに結わえて流す青年が一人、入り口に立っている。 サラカエルとよく似た顔の青年は、空色髪の娘のもとに真っ直ぐ歩み寄った。 「ただいま、ニゼル。話は聞かせて貰ったが……アスター、君も罪深いものだね」 「? アスター、悪い子ですの?」 「いや、そうじゃないよ。……僕が買ってきた『いつもの職人』のショコラをフってしまうとはね」 さて、こなよく愛する老舗のショコラボックスを前に、片想いどうのと息巻いていたアスターだったが。 「!!? えっ、あっ、そ、その……でもでも、アスターはっ」 「ああ、『ギャルソン・テイラー』?」 「そうさ、書店の近くに支店があったのでね。ニゼルもお上がりよ」 「え、ああ……うん、ありがと、う?」 「そちらの『彼』に夢中だったそうだね。ではギャルソンショップの方は僕等で頂くとしようじゃないか」 空色髪の娘はちらと青年を見上げた。彼は彼らしく、苦笑と親愛を半開きの両目に滲ませていた。 サラカエルとはまるで対照的である。対天使といっても気質は全く異なるもんだ、娘は内心で深く頷いた。 「あ、あう……ギャルソンショコラ……」 「ああ、そうそう。ギャレット・パルフェもあったのだった」 「……う、うわぁん! アスターも食べたいですの、ギャルソンさんのチョコ大好きですのう〜!!」 「あ、パティシエ振るんだ」 「エルパパさま意地悪ですの! 藍夜パパさま、ごめんなさいですのぅ〜!!」 「あーあ、泣いちゃった」 天秤は容易く傾ぐ。それもその筈、彼女のそれは未だ恋ではないのだから。 皆それを知っている。誰もが容易く愛を語れるほど、素直でも純真でもない気質揃いだ。 だからこそ、勘違いであったとしても、真っ直ぐ真摯に想いを語るこの少女を愛しいものとして見守る。 個々表情と態度に違いはあれど、目元の柔らかさには等しいものがあった。 「で、どうだい?」 「……………………美味しいですのぅ」 「そうかい。それは買ってきた甲斐があったというものだね」 「ふふ。藍夜さん、意地悪ですね?」 「そんな事はないさ、アンブロシア」 空色髪の娘の横に立つ、もう一人の天使の娘・アンブロシア。娘とは対照的に、その髪は桜色をしている。 青年と娘に微笑みを返しながら、彼女は奥から運んできた紅茶を皆に配って回った。 ショコラと茶葉の香りが交差する。穏やかに午後の時間は流れた。 (後日談) 「結局、アスターさんは『ギャルソン・テイラー』『ギャレット・パルフェ』、どちらが好きなんですか」 「その話は今はしないで欲しいですの!」 「……、僕は何か不味い事でも聞いてしまったんでしょうか。先生」 「レヴィ。君、びっくりするくらいタイミング悪いね」 「(お土産要らなかったかな)」 (残念、新作ショコラは両方とも「次代の生贄」の腹の中!) |
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