・取扱説明書 ▼「読み物」 イラスト展示場 小話と生態 トップ頁 サイト入口・ |
||
ある騎獣の失意(楽園のおはなし2章SS) TOP / NEXT |
||
(たった ひとり 忘れ形見) 「兄(あに)様」 鈴の音に似た声色だった。声が小さくて時折聞き返さねばならない時もあった。 「兄様、ほら見て、薊の花が」 愛嬌があるというよりは、控えめで穏やかな笑みを浮かべる事の方が多かった。 「兄様、兄様の好きな葉物を頂いたのよ」 気立ては良くよく働くが、性格や気質まで穏やかであった、と言えば嘘になる。 「兄様、兄様……」 いつか。 いつの日か、亡き父母に代わってあれの嫁入り姿を一目見てやれたら良いと。 そう心のどこかで願っていた。祈ってさえいたかもしれない。 里の連中と俺は合わなかったが、あれは世渡りが上手かった。男女問わず人気があり、周囲に常に他がいた。 じきに引き取り手も見つかる。厄介な習性故に、選び抜くのには労を要するやもしれないが。 あれならばきっと最善の選択をするだろうと、俺はそう信じていた。 崩落以降、消えゆく人口……若者が減り、里の者等はこぞってあれの婚儀を急がせるようにと俺を急かした。 その都度、戸口越しに怒鳴りつけてはあれの心が曇らぬようにしたものだ。 あれは見た目の通り、それ以上に繊細で――気が強くなるのだって、俺と二人きりの時だけなのだから。 用心に越した事はない。長い生の片割れだ、慎重に吟味しろと常日頃から言い聞かせた。 「あにさま」 ……何故こうなってしまったのか。 俺と妹とを分け隔てたものとは何なのだろう。 俺が如何なる奈落に落ちようとも、これまでの自身の所業を思えば疑問など浮かびはしない。当然だ。 だがあれは、妹は。 何一つとして、どんな過ちでさえ犯す必要さえなかったろうに…… 「ケツ」 「……薊が……棘だらけで摘む度に文句を言う癖に、薊の花が好きだと言って……」 「……ケツ」 「何もしてやれなかった。何も……何が神獣だ、こんな時にそんなもの!」 「シリウス」 「ああ、とんだ間抜けだ……笑え。今すぐ哄え、馬喰らい」 「こっちおいでよシリウス。慰めてあげるから」 喪われるもの。 得られるもの。 選ばれたもの。 いずれもが俺の血肉となると云うのなら。 その全て、悼みひとつさえも、手放さずにいられるように。 新たに芽吹いた小さな二つ。 いつしか手にした黒金の花。 掻き抱くようにして、足元に臥した亡骸から目線を移した。 遠くで警鐘の音が鳴っている。 (一角獣・シリウス、グリフォン・琥珀の、遠くて近い未来の話) |
||
TOP / NEXT UP:13/10/06-19/02/15 |