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ある騎獣の落胆(楽園のおはなし2章SS) TOP / NEXT |
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(冷えた星) 父の名はアルデミラン、母はアリデッドという。 里では名の知れた夫婦で、脚は誰よりも速く、先見の知恵は三里先の飢饉さえ見抜くほど。俺の自慢だった。 容姿にも優れていたから、自慢ではないが俺も妹も出会い頭に愛の告白を受ける事も侭あった。 里を出て数年、そういった場合は女がよほど愚直であるか、もしくは裏があるかのどちらかだと理解に至る。 一角獣の里然り人里然り。やはり声を掛けられる事は多く、何かと足止めを食らってしまっていた。 生憎、俺は元から性格も意地も悪く、そもそも種がヒトでないのだから靡きようもない。 やんわり断るか振り切るかすれば、それ以上の災が降る事もなかった。 妹の身の保証と引き換えに下された使命……納得したわけではないが、極力早く済ませてしまいたかった。 急いでいた。焦ってもいた。 だからこんな事になったのかもしれないと思わないでもない。 ある街での事だ、これまで何の苦もなく進めてきた旅路に突然暗雲が立ちこめた。 眼前に立つそれは人好きのする笑みを満面に湛えながら、身動きせず見下ろす俺を、真っ直ぐに見上げる。 「ね、俺達と一緒に旅をしよう! そうしよう!!」 立ち塞がると同時に俺を「スカウト」してきたそれは、何の変哲もない、ただのヒト。 反射で頬を片手で掴み口を封じたところで、解放するや否やその言葉は何度でも繰り返された。 なんでも、理由あって続けてきた旅にもう少々腕の立つ護衛をつけたいとの事。 道連れの仲間は頼りになるが、物取りの多い昨今、一人では苦労も多かろうと踏んだらしい。 全くもってその通りで、近頃は整備された街道でさえ盗賊、強盗の影を見る。 俺はこの脚があるから気にした事もなかったが、旅人らの心境は決して明るくはないのだろう…… 妙に色の白い、色香を感じさせる男であった(それが人目を引くので余計に性質が悪い)。 髪は春の空と同じ澄んだ青で、ところどころ跳ねたりうねりを帯びている。曰く、天然由来であるらしい。 目は丸く瞳は鮮やかな赤紫。相応の格好をさせ、女です、と言われれば納得しかねない容姿だった。 「ね、いいじゃんか! 君のその、使命? 用事? だっけ、それの邪魔はしないから!」 「もう十分されている。そこを退け」 「やーだー。いいって言うまで退かないー。ね、お〜ね〜が〜い〜」 「……天敵の懐に好んで飛び込む馬鹿がどこにいる」 「え? 何? もしかして琥珀の事、怖いの? えーさっきは怖くないって言ってた癖にーよーわーむー」 「いいから黙れ。その口、縫い合わせるぞ」 「ふぅむんぅうううう〜」 どうしてこんな事になったのか。 正しい選択をすれば自ずと道は拓かれる、嘗て父はそう言った。 ならば、この男に付いていく事が俺と妹の為になるとでも云うのだろうか。そんな馬鹿な事、ある筈がない。 「ね、いいでしょ。お願いっ!!」 いつになれば諦めがつくのか……俺は軽々と、石畳を蹴った。視界の天地が翻る、足はすぐに地上に着いた。 背中から件の旅人の声と、旅仲間たる馬喰いの獣(けだもの)が追ってくる。 (旅のお供) 旅路を歩んで早くも半世紀は過ぎた。移ろいゆく世のなんと脆い事か。 友人、恋人、兄弟姉妹、父母祖父母、愛人、仲間。あらゆる括りに当て嵌めようとするのはヒトの性か。 いつか喪われるものであろうと求めずにいられないのか。縋らずにはいられないのか。 いずれにせよ、簡単に理解出来るものではない。 解せぬものはどれだけ時を経ても解せぬものだし、そもそも相互理解など端から望んでいない。 遠い昔、我らは神々の傍らに存在していた。 本来の誇りもどこ吹く風か、騎獣として、即ち「足」として使われていたのだ。 中には自ら進んで名乗りを上げ、直接神殿に出向いたものもあったらしい。なんと浅ましい事か。 自らの姿形を模してヒト、天使などという酔狂なものを創造し、それを見下ろし見下す連中に媚びて何になる。 恥辱の極みだ。 我らの角も足も筋も、何者の穢れも赦さぬというのに…… 我らの習性に理解を示す神など極僅か。片手で足りるほどだった。 そしてそういった者の姿が、必ず我らの目の届くところ、耳に聞き及ぶ近距離に在ったわけでなし。 初めから声さえ吐き出せぬというのなら、同情の素振りなど見せねば良いのだ。 神もヒトも天使も信用するに能わず。 先の災厄を以って彼らの楽園は永久に失われたが、その際にも我らは囮、或いは足として利用された。 頭上から降り注ぐ瓦礫や光の槍、鼓膜を焼く阿鼻叫喚、蹄の損傷さえ蔑ろにされたものだ。 どう忠誠を示せというのか。命を差し出す事で、漸くそれが証明されるというのか。 死を恐れぬ生き物など、この世に何一つありはしないのに。 神々の道楽に振り回されたのち……我ら一族は、絶滅の危機に瀕していた。 若い男女が先の災厄で殆んど命を落とし、次代を生み育む事の出来るものが激減した為だ。 里には、妹と呼べる同種がいる。事実、血は繋がっている。同じ親から生まれた、血を分けた存在だ。 俺は一族が滅ぼうがどうなろうが知った事ではない。神の足となった時点で、連中の事は既に見限っている。 だが妹は違った。 一族の為などと長らに唆され、自ら連中の罠に掛かりに赴き、俺の足枷となった。 妹を引き渡す条件として、長らが俺に提示した命とはこうだ。 「種族問わず、若き男女いずれかを選別し、より良い遺伝子を残せる希望のある者を里へ送る」 以来、俺は妹に何者の手も及ばせない事と引き換えに旅を続けている。 先日の事だ。妙な二人組に出会った。 片方は男にしては軟弱、女にしては強気な若者。妙にはきはきとした物言いをする。 もう片方は我ら一角獣(ユニコーン)族の宿敵ともいえる獣(けだもの)、グリフォン。 どちらも俺にとって脅威であり、憎悪の対象に決まっている。 ヒトなど信用出来るか。所詮神の創造物であり、愚かにも争う事しか能がないサル以下の動物だ。 グリフォンなど言うまでもない。ヒトを喰らい、ウマを喰らい、ドラゴンさえ喰らう、暴食と傲慢の象徴だ。 当然無視した。関わり合いになるだけ無駄だ、互いに距離を置く事で守られる秩序も少なからず存在する。 だが連中はしぶとかった。 何の意図があるのか、事もあろうか俺を追跡、追尾し、共に旅をしないかなどと言う。 振り切ろうにも執拗で、まして街中で獣化する単細胞に追い回されては、俺とて目立つ事この上ない。 なんの為に名を隠し、身分を偽り、人型変化して旅をしていたのか。 こういった厄介事を振り払う為に決まっているのに。 「ちょっとケツさあ、僕の方がお前より先輩なんだから、敬うって事くらい出来ないわけ?」 「脳細胞が硝子光沢並に腑抜けの獣に払う敬意など持ってはいない」 「なにをう!? ケツの癖にっ!!」 「こーはーくー? 女の子が汚い言葉使っちゃ駄目って言ってるだろ? お前もいちいち喧嘩売るなよ」 「そもそも誰が尻だというんだ。この間抜け」 「言ったなこの野郎! 頭カチ割って脳髄引っ張り出してやるからそこに立てー!」 「そうか、そんなに三枚に下ろされたいか」 「ふ・た・り・と・も? 怒るよ?」 「……いのちびろいー」 「ふん」 「あ、また鼻息で溜息吐いてる。やっぱウマなんだなー」 どうにかしてくれ、と願うのは俺の怠惰が成せる業か。それともこいつらがそうさせるのか。 どうにも調子が狂って仕方ない。 |
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