・取扱説明書 ▼「読み物」 イラスト展示場 小話と生態 トップ頁 サイト入口・ |
||
ある旅人の風景(楽園のおはなし2章SS) BACK / TOP |
||
(旅の途中) 「おーい、ニジー。ニジーってばー!」 「えー?」 高原の牧場。爽やかな初夏の風に吹かれながら眼前で草を食む羊を眺めていると、後方から声が掛かった。 聞き慣れたそれに雑に答える。振り返ると、旅の連れが両手に冷菓と紙袋を携えて丘を駆け上がる姿が見えた。 黒髪に瞳孔の細い琥珀の瞳、すらりと鍛えられた肢体、青い簡素なドレス。脚には青銅のグリーブを履いていた。 ドレスの裾が翻るのも構わずに、齢十八、九ほどの表情にどこかあどけなさを残す娘は、腰の丈ほどまである柵を ひょいっ、と手を使わず脚のみで乗り越え、「彼」の前に着地する。瞳には蛍光グリーンの光が被さっていた。 体内に蓄積される魔力が多いほど、瞳にそういった現象が見られるようになる……とは、幼馴染の言である。 この黒髪の娘がヒトならざる者である、何よりの証拠だった。 「はい、お待たせ〜。頼まれてた買い物、済ましてきたよ!」 「ありがとー、琥珀。あれ、シリウスは?」 「さぁ? ふ〜ん、来ないって事はぼくの勝ちだよね。やっぱウマには人間様の市場なんて分かんないんだよ」 自分は鷹と獅子を足して割った魔獣じゃないか、とは返さず、ニゼルはへらりと笑った。 旅に出て早数年。幼馴染兼親友の店に雇われていた琥珀――魔獣グリフォンとの旅には、様々な厄介事が絡んだ。 諸事情から幼馴染ともども「天使」に追われる事になって以降、やれ盗賊だ魔物だ自称神の生まれ変わりだなどと 非常に目まぐるしい日々が続いている。琥珀は非力な自分に比べ、店の元用心棒の称号に相応しくよく働いた。 罠を見破り、背後から迫る追っ手を察知し、時にはこれを蹴散らし、路銀稼ぎや飛翔能力にも助けられている。 子供っぽくやや短気なのが玉に瑕だが、退屈しないし懐いてくれているのが手に取るように分かって微笑ましい。 「まあいいや。で、これって何味なの? 琥珀」 「さぁ。祭限定スペシャルフレーバーだって。ぼくもよく見てないや」 「ふーん……うーん、なんかこう、爽やかーって感じの匂いかな。いただきまーす」 「ほ〜い。んじゃ、ぼくもいただきま〜す」 人型変化を解かない琥珀と二人、並んで冷菓を口にする。 眼下では麓の街で開かれている、少し早い夏祭りの喧騒が響いていた。 繁殖期を終えた羊毛の刈り取りシーズン、観光客を招くにはちょうどいい時期なのだろう。 街に着くや否や、琥珀と――もうひとりの旅仲間は買い出しにいくと言い、自分はいつも通り牧場巡りを始めた。 その際、その新しい旅仲間と琥珀が恒例のように言い出したのが「祭りらしい土産購入バトル」である。 『ニジーに公平に審査して貰うから! 怖じ気づいて逃げないでよね〜、ケツ』 『好きにしろ。それと、何度も言うようだが俺の名は「シリウス」だ』 『まあなんでもいいよ。ふたりとも、行ってらっしゃーい。俺、ここで羊見てるからねー』 『ほ〜い、行ってきまーす! 後でギャフンと言わせてやるから覚悟しとけ!!』 『……口の減らない雌だな』 このふたり、事ある毎にこうして揉めては勝負だ何だとやっている。 最も、一方的に琥珀が「シリウス」に絡んでいる格好になっているのに彼女自身は気付いていない。 (見てる分には害もないし、面白いから何でもいいんだけどねー) ソフトクリームを頬張る。柑橘類をベースとした、ごちゃごちゃと複雑な味がした。思わず眉間に皺が寄る。 「ねぇ、ニジー。それどーお? 美味しい?」 「えー、美味しいっていうかキウイとオレンジと苺とパパイヤとマンゴーとレモンとぜーんぶごちゃごちゃだから ぶっちゃけ皆で味の主張合ってばっかりで、正直微妙かなー。……っていうか、琥珀はそれ、何味食べてるの?」 「え。ぼくの? 無難にバニラ」 「……」 本来、彼女は獣だ。 主食は肉であり、かつ嗅覚にも優れている分、ミックスフルーツなどは消化の面でも手を出しにくいのだろう。 だが正直言うと、自分だけ安全牌に手を出したのではないか――ニゼルはふぅん、と気のない返事を一つ。 「あ!」 「んっ? え、な、なになに!?」 「いただきっ!」 刹那、ズバッと何もない空を指差すニゼル。琥珀がそちらに目を向けた瞬間首を伸ばし、彼女が握る冷菓を一口。 「……て! わぁっ、それぼくの!」 「ふ〜んだ、自分だけ無難なの食べてるから悪いんだよー」 「ああ、も〜……匂いからして味ビミョーそーだったからソッチ買わなかったのに」 「やっぱり。ほら、不味いって分かってて俺にこっち食わせたんじゃん。自業自得だよー」 「ちぇー。……それよりさ、ニジー。ケツ遅いよねぇ」 「琥珀が意地悪ばっかりするから、帰ってきたくなかったりしてね」 「! えっ、や、まさかそんな〜……ほ、ほら。アイツ真面目だけが取り柄だし」 「――お前よりはマシな性根をしていると自負しているがな」 低くよく通る男の声がした。 伸ばした白髪のもみあげは耳の真横、後ろ髪はうなじのあたりで民族風の紐飾りで縛ってある。 羽織るマントは彼の背中ほどの半端な丈で、筋肉質な長い足をより際立たせていた。 両手には琥珀に倣うように果実やパンなどが詰められた袋が抱えられている。 琥珀と異なり、彼は警戒さながら柵を越えず境ぎりぎりで立ち止まっていた。ニゼルが自ら近寄り荷を受け取る。 琥珀は悪口を捲くし立てていた手前気まずいのか、ニゼルの横で慌てふためいていた。 「ケ、ケツ!? ふ、ふ〜ん、遅かったね〜。言っとくけど、着いたのはぼくの方が先だからね」 「お帰りー、シリウス。何か珍しいものあった?」 「特に思い当たらんな。そら、その一番上が頼まれた食い物だ」 「ちょっとぉ、ぼくの事無視しないでよ!」 シリウス――もうひとりの仲間は、地団駄を踏み喚き散らす琥珀に藍色の視線を一瞬投げただけだった。 今にも掴み掛からんとする琥珀と彼女を受け流す涼しい顔の青年に一瞥を投げ苦笑し、ニゼルは中身と対面した。 実のところ、荷を受け取った時点で袋から漂う香ばしい匂いに興味津々だったのだ。 「おおーっ! 美味しそうー」 「輪の国の一部地域発祥の民間食だそうだ」 容器に詰められていたのは実に美味そうな食べ物だった。 ふわふわな柔らかい生地、こんがり焼けた葉物と獣肉に目玉焼き、上からたっぷり掛けられた削り節と泥ソース。 正式名称をニゼルは知らない。しかし祭りといえばこれ、と言われるほど有名な食べ物であるのは確かだ。 嘗て、幼馴染の弟・鳥羽暁橙もよくこれと似たようなものを発掘帰りに買ってきたものだった。 (暁橙が帰ってくる頃には、ちょうどよく冷めてて食べやすかったっけ。藍夜もこれは食べてたっけな……) そうして夕飯前に満腹になってしまい、幼馴染に二人揃って叱られる、までがワンセット。 回想するのは昔の話だ。いい思い出も嫌な思い出も、ちゃんとまだ覚えている。 「ニジー? どしたの、冷めちゃうよ?」 「え? ああ、ごめんごめん。なんでもないよ」 「何か嫌いなものでも入っていたか、ニゼル=アルジル」 琥珀の声に、我に返った。 そう……この旅に出る事を選んだのは、間違いなく自分自身だ。 幼馴染の背中を思い出す。彼を想えば、まだ旅を終わらせるわけにはいかない。 琥珀の護衛だけでは彼女の負担が気掛かりだと、旅の途中で半ば強引にシリウスを仲間に加えた。 今は、この二匹のお陰で毎日あれこれ考えず、かつ面白おかしく過ごせていられる事がとても有り難いと思える。 「なんでもないよ、ありがと、ふたりとも。さ、食べよっか。お腹減ったしね」 「ねぇねぇニジー。そんな事よりさ、勝負の判定はー!?」 「食事時くらい静かにしていろ、ケダモノ」 「ぬわにぃ!? ケツの癖にっ!」 「やっだー。そんなにシリウスの事気になっちゃってるの、琥珀? なんてね、冗談……」 焼き物に箸を入れながら、ふとニゼルは琥珀を見た――シリウスは棒立ちのまま「干し草」を食んでいる。 身体を戦慄かせ、ふがふがと入れ歯を無くした老人よろしく物を言い淀む魔獣。 ニゼルは意地悪い笑みを止めきょとんとし、シリウスは干し草を咥えたまま眉間に皺を寄せた。 「べっ、別にぼくはケツなんて好きなんかじゃないんだからねっ! むしろ反対で、大っ嫌いなんだから!!」 (ツンデレだ) (ツンデレか) シリウスはふんと鼻を鳴らし、特に何も言わずまた黙々と干し草を一束掴んで口に運んだ。 ふぅん、と意味深に嘆息したのはニゼルで、琥珀はますますしどろもどろといった風に動転してみせる。 「ほ、ほんとだからね! ほんとのほんとに、好きじゃなくて、その、嫌いだから!」 「……んんー。好きの反対って、ほんとに嫌い、なのかなあ」 「えっ?」 「急にどうした、ニゼル=アルジル」 「そーだよ、ニジー。嫌い以外にないんじゃない」 「うーん、そうかもしれないんだけどさ」 ふと、嘗て暮らしていた街の長の一人息子を思い出す。 口は悪く、幼馴染のみならず自分にも執拗に関わり、小さい頃はよく苛められた。 大きくなってからもそれは同じで、子供の頃より肉体的な暴力は減ったものの、絡まれる事に変わりなかった。 事ある毎に、彼は幼馴染を言葉で貶した。 怒り狂う自分に対し、幼馴染は逆に堂々とした態度でいた。曰く、「本当の悪人ではないから」と。 (藍夜って、ほんっとお人好しだよね) 思わず微笑みが漏れていた。 「ニジー?」 「あ、うん。なんでもないんだ。ほらさ、好きも嫌いも、相手の事意識してなきゃ出てこないでしょ?」 「感情論、だからな」 「そう、それ。昔、聖女と呼ばれたひとがそう言ったらしいよ。好きの反対は『無関心』だって」 琥珀は複雑そうな顔をしていた。眉間に皺が寄っている。 シリウスはある程度同意出来るところがあるらしく、続きを促すように微かに頷いた。 二匹の反応はまるで反対だ。反発しながらも良いコンビだとニゼルは思う。 「無関心であるという事は、相手の存在を自分の中から抹消する事……この世で一番残酷な仕打ちなんだって」 「抹消って。なんかオオゲサだなぁ」 「嫌いなら、まだそこから、何かの切っ掛けで好きになる可能性もあるからね」 「確かだな」 「シリウスもそう思う?」 「……、ああ」 「えー、ぼくはよく分かんないー。憎み合ったり罵ったり、ニンゲンってもっと恐い事ヘーキでするじゃない」 「琥珀の言う事も確かだよね。けどさ、俺は……無視されるの、やっぱりキツいよ」 ニゼルが零した呟きに、シリウスは無言で目を閉じ、琥珀は焼き物の獣肉を犬歯で食い千切るだけだった。 そう、怖い。 件の一人息子の最期は、凄惨たるものだったと聞いている。それを聞いて浮かんだ感情に偽りはなかった。 いじめっ子だったし、幼馴染の店も身内も悪く言う。けれど親しかったし、街の経営は真剣に考えていた。 思わず空を見上げた。自分の髪と同じ艶やかな色が、雲一つ混ぜずに一面に広がっている。 (綺麗な色だな、って誉められた事もあったっけ。あれっていつだったかなあ) 突如、駆け抜けた強風にニゼルはぎゅっと目を閉じた。 街でも悲鳴に似た声が上がり、羊達が一斉に忙しなく鳴き喚く。牧場主らしい男が一人、慌てて走ってきた。 混乱を来すと、羊などは習性上、誘導されない限り混乱するに任せたまま道に迷う事があるからだ。 「……あれ?」 「あんたーっ、羊は無事なのー!?」 「ああ、おうー。今戻すわー」 遠方から掛けられる奥方の声。男は眼前、牧場を仕切る柵を見ていた。 ついさっきまで、見学させてくれ、と言ってここに寄り掛かっていた美人がいた筈だったのだが。 ……帰ったのかな? 深く考えずに、彼は羊を笛で家まで誘導し始める。 風が再び駆け抜けた。 空色の髪の青年は勿論、黒髪の娘、白髪の男もまた、初めからそこに居なかったように周囲は静まり返っている。 |
||
BACK / TOP UP:14/03/31 |