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ある天使の喜劇(楽園のおはなし0章SS)


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(花、いちりん)


「むかぁし、むかし。あるところに、とても美しい女神様がいました。
 女神様はお姿が美しいだけではなく、頭も良く、誰にでもお優しい、大変賢く素晴らしいひとでした。
 どんなに偉い神様でも彼女の前では赤子も同然、女神様が微笑みかけるだけでたちまち恋に落ちました。
 女神様はたくさんの神様から求愛されましたが、相手が誰であれ決して『うん』と言いません。
 女神様は、結婚するなら身分関係なく、自分と対等に向き合ってくれるひとがいいと決めていたのです。
 そのかたい信念のとおり、女神様はほかの女神様たちが次々に伴侶を迎えても、ずっと独りのままでした。
 誰もがそれを当然だと思いました。なぜなら女神様は『ていしゅく』をつかさどる神でもあったからです。
 ……彼女を娶るには、神様たちの中でいちばん偉く、ちからのある者が相応しいと誰かが言いました。
 そこで名乗りを上げたのは、女神様の弟にあたる雷神でした。彼は以前から、女神様を愛していたのです。
 来る日も来る日も雷神は彼女の元に通い詰め、猛烈なアピールをし、遂に結婚式を挙げる事になりました。
 それはそれは華やかで、金のぴかぴか光るリンゴや、純白の壷、立派な織物などが二人をお祝いしました。
 二人はこれをとても喜び、必ずやしあわせになろう! 式に参列した皆の前で、そう宣言しました……」
「……よお、何してんだ」

女は手元の書物から目を離した。傍ら、同じ寝具に寝そべる男が目を覚ましたらしい。
ゆるやかに伸ばされた指が自身の髪を静かに撫でる。暫し、微かなくすぐったさにそのまま身を委ねた。
白金の髪に夜色の瞳。ぶっきらぼうで不器用な、それでも自身が愛する男。
彼と褥を供にするのはこれが初めてではなかった。数を重ねる毎に、募るものがある事を強く実感している。

「絵本をね、読んでたの」
「絵本? エノク書じゃねぇのか」
「うん。読み聞かせ、だったかな。  に良いんだって」

肌が触れてくる。互いの心音は今は幾分か落ち着いていた筈なのに、こうして近付けば容易く跳ね上がった。
書物を脇に寄せ、身を寄り添い合わせる。煌々と灯るランプを再び吹き消し、毛布に潜り込んだ。
男の耳が腹に触れる。目を閉じた彼の白金の髪に指を滑らせ、細さと柔さを堪能した。
静寂が室内に広がる。今は僅かな布こすれと互いの息遣いしか聞こえない。
……昔、古き神に仕えていた頃はこうまで密着とはいかなくても、同じ空間で、同じ時間を過ごしたものだった。
それがいつからこうなったのか。何時から彼とこうして熱を交わすようになったか、もうよく覚えていない。

「名前、」
「ん?」
「名前、決めてやらねぇとな」
「……うん」

本当はもう決めてあるけど――口にはしない。きっと彼なら、こちらの我が儘を優先すると知っていたから。

「男の子なら『ハル』、女の子なら『アスター』。どちらも『希望』という意味なの」

願わくば、彼と、愛するもの全てがこれからもずっと幸福であって欲しい。
それ以上を望むつもりはなかったし、それ以上などというのは烏滸がましい事の筈だから。
そうして、どうかこの先、それら愛しいもの全てが「わたしの事を忘れないで」いてくれたら、それだけで……
そっと、腹を撫でた。


……

「失意の底、絶望の滸、憤怒の傍ら、嫉妬の隣接にあたる場所……そこに『わたし』という花が咲いただけの事。
 それは最早運命ですらなく自然な事なのでは? 母を恨んだ事も父を不甲斐ないと嘆いた事もありません。
 ましてや『この身体』には共にあろうとする仲間がいる。それ以上わたしに何を望めと云うのでしょう」

「あらぁ、だってとても寂しいでしょう? うふっ。ね、貴女、今の自分の姿を鏡で見て悲しくならないの?
 それともそんな感覚失せてしまったかしら? そうよねぇ、箱に閉じ込められてしまっているのですもの。
 今の貴女を見たら、きっと貴女の『本当のママ』は悲しむし、哀れむと思うわ。うふっ、そうでしょう?」

「さあ。善意と悪意は表裏一体、それを知っていたから、母は将来こうなる事を予見していた……それだけの事。
 あなたは母の友人だったそうですね。残念ながら、母の素質は今や『彼女』の内側にあるわけですから……
 わたしは母の代わりにはなれないし、『この身体』だって同じ事。如何に望まれようともそれだけが事実。
 本当に悲しくて寂しいのはリリスさん、あなたの方ではないのですか。だからあなたは彼等を責めて、」

「やめて! そんな安い同情なんてされたくないわ。哀れむのも蔑むのも嘲るのも、あたしだけの特権なのよ。
 箱の中からしか世界を見る事が出来ないアナタに、理解して欲しくもないわ。あたしを理解出来るのは――」

「……母と『彼女』は同じだけれど、根は違うのに。解っていて何故……『どうしてなんですの? リリス』」


(本当に摘まれた/囚われたのは どちら?)




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