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眠る記憶(楽園のおはなし3章SS) BACK / TOP |
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生き物の棲まない川。 澄んでいるのか暗闇なのか覗き込んでも底は見えず、ただただ鏡のように己を映し出すだけだった。 "それ"は川岸に立ち足元に視線を落とす。 映るのは自分の姿ではく、全てを飲み込んでしまいそうなほどの黒だった。 (この川を渡ったら、きっと終りなんだ) "それは"そう言った。 否、例え言ったのだとしても、発せられた音は声にならず誰の耳にも届かない。 向こう岸はすぐ目の前で、軽く跳び跳ねればすぐにでも渡れてしまいそうだった。 意を決し、足を踏み出そうと視線を対岸に向ければ、少しだけ川幅が広がった気がした。 困惑し足元に視線を戻す。 「駄目」 何の音も存在しなかった空間に、澄んだ女の声が響いた。 そういえば川のせせらぎすらも聞こえなかった、"それ"が驚いて顔を上げれば、広がった川の対岸に女が立っている。 空色の髪はその暗闇によく映えている。 "それ"は忘れていた自分の姿を思い出した。 白い塊でしかなかった"それ"がゆっくりと人を模り、若い青年を描く。 「ここで会うの、二回目だね」 跳んだだけでは渡れないくらい川幅は広がり、手を伸ばしても彼女に届く事はない。 それでも不思議と相手の顔はわかるし、無理して大声を出さずとも聞き取れる。 「あの時は喋らずに終わったけど」 微かに微笑み手をひらひらさせる彼女を見て、青年の姿になった"それ"は、遠くて愛しい幼い頃を思い出した。 会ったその時から彼女の姿は変わっていない。 「君は確か……」 「うん。やっぱり覚えていてくれたのね」 青年が覚えていてくれた事に安堵し、彼女が微笑む。 どこか自分と重なり、青年は不思議な感覚に包まれていた。 「お願いがあるの」 「お願い?」 「そう。あなたにしか出来ない事」 彼女は寂しそうに瞳を伏せて、青年に願いを託す。 「"彼"の理解者になってあげて欲しいの」 「か、れ? 誰のこと?」 「それは後で分かるわ」 「うん、でもさ、多分俺、死んじゃった気がする。ここってほら、そういう川でしょ?」 「そう。だから、あなたはこっちに渡っては駄目。あっちに戻るの」 そう言い彼女が指差す方には、小さな光。 黒い紙に針で開けたような小さな小さな白い穴。 その光の先で誰かが呼んでいる、青年はそう感じていた。 「私は、中途半端だったの」 呟いた彼女に視線を戻せば、今にも泣き出してしまいそうなほど哀しい表情をしていた。 「彼の"理解者"にも、"大切な存在"にもなれなかった……」 「…君の大事な人?」 彼女は無言で頷く。 「お互い意識なんてしてなかった。 でも、あの方の宮で再会して、あの方に縁結びされるままに恋人を演じて。偽りだった筈なのに、それが真実になっていたの」 ぽつりぽつりと言葉を零す。 その間も川幅は広がり続けている気がして、彼女の姿が遠退いてる気がして、逆に背中の光は大きくなっていく気配を青年は感じていた。 それでも彼女の声は、自然とよく耳に入ってくる。 「幸せだった。 美しいあの方にお仕えできて、可愛い妹が傍にいて、あの方を守護する対の天使様たちと笑いあえて、ぶっきらぼうで不器用で、 でも愛しい彼と手を繋いでいられて。そんな幸せがずっと続くと思ってたの……ううん、そう思っていたかった」 彼女の言葉が途切れる。 苦しそうに、言葉を選んでいるように見えた。思い出を壊さないように、これ以上傷付けない様に。 「でも、甘い夢はいつまでも続かなかった。 私が……きっと私が自分で壊してしまったの。もっとあの方達を頼っていれば、違う未来があったかもしれない」 「私ね、彼に残酷なことをさせてしまったわ」 「残酷、なこと?」 「そう、私を殺してもらったの」 「!」 彼女と青年を別つ流れは冥府の川。 彼女は二度と帰れない対岸にいて、まだ光に戻れる青年に帰れと諭す。 「お願い、彼の理解者になって! 大切な存在になってあげてとは言わないわ。あなたにはもう、そういう感情を抱ける存在の人がいるでしょう。 例え立場が交われなくても、敵対する場に彼がいても、否定しないで理解者に……なって欲しい。 私はどちらも無理だった。同じ境遇の彼を理解できていたのに、理解者になれなかった。 愛しいと、何を失くしても愛しい存在の彼に、自分を殺せと言ってしまった。大切な存在になれなかった。 私は、彼と自分"達"の未来よりも、あの子の……妹の未来を選んでしまった! 彼はきっと未だに幻想を生きているわ。転生の流れに乗った私と再び巡り逢い幸せになれると」 彼女の言葉が再び途切れる。 次に発する言葉は真実で、言ってしまったらもう二度と否定はできない。 苦しそうに唇を噛んだ後、彼女は静かに語りだす。 「でも、私はもう無理なの。流れを手離した……冥府の存在になってしまったから」 「どういう……意味? ――が言ってた。生き物ってみんな廻るんでしょ?」 「あなたに託したの。皆を惹き付けるあなたなら、彼を癒せる、理解者になってあげられる。彼を幻想の世界から引き戻してくれるって」 「ちょっと、それって勝手だよ!」 「そうよ、私勝手だもの。誰にも頼らず、自分で自分を追い詰めて、結局全て投げ出して逃げたの」 「どうして俺なの?」 「それはね……」 青年の背後はいつの間にか光に溢れている。対岸に広がる闇とは正反対に。 続く彼女の言葉を最後まで聞く前に、光は彼を転生の流れへと乗せて運んでいく。 どれだけ腕を伸ばしても、対岸にいる彼女には届かない。 瞳から涙が溢れているのに、幼い頃にあった時と同じように、優しく微笑んで手を振り光に包まれる青年を見送った。 「ねえノクト。貴方に頼らなかった私を許して。最期には逃げ出してしまったわ、ごめんね。 私は幻想の世界に留まるけれど、貴方は彼らと現実を生きて幸せになって。 私の力を託した、私よりも周りを惹き付ける彼なら、きっと貴方の事を受け入れてくれるから。 どうか私に捕われないで。貴方を近くで想っている存在に気付いて! ねえ、ノクト」 真っ赤なリンゴを片手に空色の髪の少女が窓辺に立つ。 「またアイツを呼び出すのかい、君は!」 「うっ。だって、今日こそはアイツが何を企んでるのか聞き出してやろうと思ってさ!!」 「そう言っていつも軽く流されているのじゃないか? いい加減懲りたらどうなんだい、君は」 「ううぅー、だって悔しいんだよお!!」 「はいはい……」 紺青の長い髪を揺らし、きりっとした顔立ちの整った青年が、空色の少女に構っている。 もっともリンゴ目当てに降り立って来る"アイツ"に少女が必死なのが面白くなく突っかかっているのもあるのかもしれないが。 その様子を、少し離れた高い木の上から眺めている"アイツ"は鼻で溜息し呆れている。 「お前らのイチャつきなんぞどーでもいいから、早くリンゴ置けってんだよ。ったく」 「……なあ、アンジェリカ。俺はいつまでお前に捕われ続ければいいんだ?」 |
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