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ある冬の日(楽園のおはなし3章SS) BACK / TOP |
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(マフラー 編め編め) 「……申し訳ないんですが、僕の分もお願い出来ますか」 傷心のあまりノクトが立ち去った後。新たにリビングに流れる声があった。 その場にいた全員が、一斉に声の主へ振り向いた。それほど彼の声は屋内によく響いた。低すぎず、高すぎず。 見れば声のみならず背丈も平均並み。黒一色の衣装に身を包み、少年はまだあどけなさを残す眼でフロルを見た。 常に手首にワイヤーを巻き付けている戦う為の両拳は、今はやんわりと緩められている。 「レヴィ」 「賑やかだったので足を運んでしまいました。お邪魔だったでしょうか」 「いや、そんな事はないよ。安心したまえ」 彼は屋敷の用心棒だった。無愛想な無表情はしかし、フロルとウリエルの返答にどこかほっとしたように緩む。 常日頃から滅多な事で感情を剥き出しにしない性質の少年だが、最近ではこちらに心を許してくれているのか、 だいぶん表情豊かになってきたなとフロルは思う。長い付き合いになるので、そうでもなければ逆に困るが。 「しかし、レヴィ。君は寒いのは何でもなかったのじゃなかったかい?」 「はい。問題ありません」 「うん? だったら何でまた。ウリエル達が羨ましいから、とかではないんだろ?」 サラカエルは悪戯めいた笑みを浮かべた。ウリエルはわざとらしく咳払いし、フロルは頬を朱に染め彼を睨む。 レヴィに動じた様子はない。一度ゆっくり瞬きをして、彼は曇りのない黒瞳でサラカエルを見返した。 「先生、僕はお二人のような暑苦しい行為の方こそ不得手です」 「ああ……うん、そういう意味じゃ……」 「何でしょう」 「ま、いいさ。で、不要の代物が何故急に必要になるのかと思ってさ。その言い方だと、割と急ぐんだろ」 レヴィが一瞬口ごもるのを、フロルは見逃さない。 ウリエルとほぼ同時にぱぱっと目配せし合って、ある程度の予測を立てる。 「学友達に何か言われてしまったのかい?」 「! いえ……それは、」 「レヴィー、顔に書いてあるよ? 藍夜と俺に嘘吐けないって、自覚してるでしょー?」 今度こそもごもごと口を噤んだ養子――サラカエルにとってレヴィは義理の息子にあたる――に、サラカエルは 小さく噴き出してから顔を逸らし、言及したウリエルとフロルは彼らの反応に顔を見合わせた。 やれやれ、仲の良い親子だね――ウリエルは苦笑し。似たもの親子ってやつかもよ?――フロルは首を傾げる。 いずれにせよ微笑ましい事この上なかった。 「……はい。その、実は……」 ばつの悪そうな表情のレヴィだったが、諦めたように嘆息を一つ。 「『同級生』から、僕が吹きさらしの廊下を通る時でも防寒具を着けないのに違和感を覚えると言われまして」 「吹きさら……ああ、高等棟の北階段から庭園に出るとこでしょ? あそこ寒そうだもんねー」 「はい。僕は問題視していなかったのですが、どうにもマフラー一つ持たないのが気になるそうです」 「あー」 「うん。寒さそのものに『耐性』があるから君自身はいいとして、彼らはヒトだからね。目に余るのだろうさ」 「そこまで気に掛かる事だったでしょうか。問題ないと話したつもりでいました」 分かってないなぁ、とまでフロルは口にしない。 「学友方は君の身を案じているのだよ、察してやりたまえ」 「そういうものでしょうか」 「アッハハ、レヴィ。『学校』、楽しそうで何より。けど、『人間』への理解はまだまだみたいだね」 「……先生」 間に割って入ったサラカエルは、いつものように首を傾げ、愛息の頭を軽く一撫で。レヴィは抵抗しなかった。 「人間は身体構造が脆いからね。君の擬態が完璧だから、風邪を引かないかと気に病んでしまうのさ」 「それでもニゼルさんに負担を強いてしまうのは、本意ではありません」 「いいじゃないか、甘えさせて貰うといいよ。学校で変人呼ばわりされて身動き取り難くなるよりマシだと思うよ」 「確かにそれは困りますが……」 「そう。君は『学校』に勤勉しに出向しているんだから、ウリエル達に別の負担が掛からないようにしないと」 「……、はい。問題ありません」 されるがまま。 彼の頭から既にサラカエルの手は離れていたが、レヴィは撫でられ終えたままの俯いた姿から動かなかった。 三人、互いに視線を交差させて思い思いに苦笑する。 不器用なところは誰に似たのか。無愛想に見えるだけだった少年の成長は、我が事のように喜ばしい。 「!」 ……突如、レヴィがぐらりと前のめりになる。 受け止めようと手を伸ばした三人だが、うちサラカエルは微かに速度が遅れた。 わざわざ立たせてやるまでもない――彼の緩慢な動きに振り向いたフロルの目に、彼は片目を瞑って返答する。 実際、前方に倒れ掛けたレヴィはすぐ体勢を整えた。踏み留まった彼が背後に目を向ける。 「あ」 釣られて視線を走らせたフロルの目に、見慣れた人影が映った―― 「――だったら! アスターがレヴィのマフラー、編みますのう!!」 室内に響く愛らしい声。彼の腰にしがみつくようにして姿を現したのは、屋敷のトラブルメーカーであり、また フロル同様にムードメーカーの一人でもある少女だった。長い繁鼠色の髪がふわりと揺れる。 「アスターさん、」 「あれぇ、アスター。編み物出来るの?」 何か言いかけたレヴィを遮るようにフロルは口を挟んだ。隣のウリエルはやれやれ、と言いたげに首を傾げる。 彼女が言わんとしている意味を漠然と理解したのだろう、アスターはぷるぷると小さな身体を震わせた。 顔が真っ赤だ。しがみつかれたままのレヴィの無表情には、居たたまれなさがほんのり滲み始める。 (って、あー……ごめん。レヴィ) 心の中では軽く謝るものの、実際にはフロルは悪戯心の疼きを抑えきれずにいた。終始にこやかな笑みが出る。 わけあって「母」という存在に複雑な感情を向けるアスターに、フロルらはそれぞれ気を遣って接していた。 中でもフロルと彼女のやり取りはからかい半分のユニークで、限りなく際どいシュールなものでもあった。 「……っニジママさま、ヒドイですの! わ、わたしだってマフラーの一つくらい、ちゃんと編めますの!!」 「えぇ〜? ほんとに〜? 巻くのはレヴィなんだよ? ふにゃふにゃだったり長過ぎたりしたら……」 「そんな事ないですの! ぱぱぱー、っと完璧に仕上げてみせますの! シアかあさまは誉めてくれましたのうー!」 「うーん、どうかなー。アンって優しいからなあー」 「本当ですのぅ!! もうっ、『アスター』で遊ぶの止めて欲しいですの!」 「あれぇー、遊んでるつもりはなかったんだけどな〜?」 「目が! 目が十分、遊んでますって饒舌ですのぅ〜!」 遊ばれていると分かっているなら噛みつかなければ良い話だろうに――止めず、ウリエルは再度首を傾げるのみ。 対し、フロル、ウリエルには護衛対象――ヒトとして生きる上での知識や処世術を教えてくれた故――としての強い 意識を、アスターには朧気な慕情を寄せる身として、レヴィは眉間に微量の皺を寄せ居心地の悪さを主張する。 止めたら止めたで逆ギレ、止めなくとも暴走列車。これは将来――上手くいったとしても――苦労するに違いない。 あり得るかもしれない未来を想像し、フロルは分かりやすく噴き出すも、直後必死に笑いを堪えた。 ウリエルとサラカエルは肩を竦め首を傾げ、「同情するよ」と涼しい顔をするばかり。 「もうっ! レヴィも黙ってないで、何か言いますの!」 「僕ですか、アスターさん」 「知ってますのぅ、我関せずを貫く男のヒトは嫌われますの。仲裁するのも大事な事ですの」 参ったな、とレヴィは口にしなかった。無表情を貫く彼を見て、今度こそアスターが頬を真っ赤にしたからだ。 「いいですの、もうレヴィにマフラーも手袋も編んであげませんの! べー!! ですの!!」 「いやアスターべーって」 「アスターさん、」 「べーですの! もう、知らないですのう!!」 頬を平手打ちされるより、身を突き飛ばされるより、罵られるよりもその精神的ダメージは明白か。 ダッシュで言い逃げするアスターを前にレヴィは固まっていた。決してうろたえ、困惑しているわけではない。 「……あー、レヴィ? ごめんね?」 「聞こえていないのではないかな、ニゼル」 得てして彼と彼女の喧嘩はこのように収まる。アスターが一方的に怒り、レヴィは傷心のあまりフリーズする。 サラカエルは傍らで失笑していた。ウリエルが目線で諫めようと、彼は肩を震わせるのを止めなかった。 「……、マフラーがないのは少々困ります。ちょっと行って来ます、先生。ニゼルさん、ウリエルさん」 「ああ、僕達の事は気にしないで構わないから、そうしたまえよ」 「うーん。アスターも相変わらずだもんねー」 「君も、だろ? ふふ、ま、頑張りなよ、レヴィ。君はオトコノコなんだから」 「……肝に銘じます、先生」 責任は取る、と言わんばかりに、自ら硬直を解いたレヴィが屋敷の奥へ足早にアスターを追う。 マフラーも手袋も彼には不要だ。種族特性としても、むしろ必要なのは氷や冷水といったものばかり。 その自覚はあれど、されど恋は盲目。 世界最強の魔獣、という肩書きを以ってしても、惚れた女には適わない。 「苦労しそうだね。ま、見てて面白いからいいけどさ」 「サラカエル……君、ニゼルと言っている事が同じだという自覚はあるのかい」 「おや、ウリエル。そういう君こそ、随分レヴィに入れ込むね。何か気掛かりでもあるのかな?」 「……藍夜はレヴィと同じで、好きな子に振り回される側だから、サラカエルより理解があるんじゃない?」 ふと割り込むフロルの呟き。 違いない、と声には出さず、対天使らは顔を見合わせ小さく笑った。 …… 「……はい、出来ましたの。明日の登校日から巻いていくといいですの」 「有難う御座います、アスターさん」 「もう、ニジママさまが変にからかうから時間掛かっちゃいましたのぅ」 「大して待たされてはいませんから、問題ありません」 「レヴィ……そういう事じゃないですの……」 「……」 「どうかしましたの?」 「――いえ。色が」 「色?」 「はい。夜色の毛糸に、琥珀の欠片が織り込まれていますから」 「変でしたの? レヴィ、その色好きだって前に言っていたから。琥珀には結界効果を掛けてあって、」 「アスターさんの目と同じ色合いだと思っただけです。後生大切にします」 「……」 「なんですか」 「……べ、つに、なん、なんでもないですの」 (後に来る『黒紫』の為に在る日々) |
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