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ある冬の日(楽園のおはなし3章SS)


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(マフラー 編み編み)


「……おや、今回は随分と長くするつもりのようだね、ニゼル」
「そーおー? へへ、藍夜と一緒に巻けたらいいなー、って思ってさ!」
「ペアというわけでもないのかい」
「んー。どっちかっていうと、シェア、じゃないかなあ」

ロングソファーに二人、並んで座る。狭間にはヒト一人分ほどの空きを設けて、心地よいスペースを維持する。
互いに恋人同士だ。寄り添い、寄り掛かり、べたべたと甘え合う事もなくはなかった。
しかし彼女――「フロル」は、小説片手の恋人、審判官の高位天使「ウリエル」が、他人の気配を感じる場所で
甘い時間を過ごしたがらない事を知っていた。例え別室に二人きり、という状態でも彼はどこか落ち着かない。
それはひとえに嫉妬心からくるものだった。自分自身、ウリエルに対して重苦しい感情を寄せていると思う。
僕からの愛情など、君のそれより遥かに重く身勝手なものだよ――以前、彼は苦笑混じりにそう言っていた。
痛感させられる機会は多かった。現に、今でも彼はこれ以上の距離を詰めてこようとしない。

(まあ、藍夜らしいけど)

自然と湧き出たこちらの笑みに、ウリエルは俄かに眉間に皺を寄せて返した。
彼の気難しさは昔からだ。それさえも愛おしいと、フロルは思う。
にこりと微笑み返し、彼が肩を竦めたのを見て、背もたれに寄り掛かり編み棒の動きを緩めた。
どんな模様を入れよう、端にボタンを入れて留めやすくしようか、少し冒険してアレンジを加えてみようか……
ウリエルへマフラーを編むのは毎年この時期の恒例行事で、こうしているとじきに冬が来るのだと実感する。
「天使」として覚醒して以来、体温調整を始め痛覚の知覚レベル、視力の拡張、身体能力向上といったように、
「人間離れ」が進められている事をフロルは強く感じていた。ウリエルもまた、似たような事を話している。
不便というよりはむしろ便利で、人里に買い出しに降りた際、その差に困惑させられる事さえあった。
日々変わっていく身体に、全く恐怖や混乱を感じなかった、と言えば嘘になる。
それでもこうして堂々と長寿を堪能出来るのは、自分が元来神経図太くあった事と、ウリエルの影響が強い。
彼が先輩風を吹かせて悠々としていたからこそ、改めて落ち着いていられたようなものだった。
元から生真面目で几帳面な中に、どこか不真面目さを持つ彼の事。あまり深くは考えていないかもしれないが。

「へえ、マフラーか。仲いいね、君達」

ふと、頭上に影が差す。振り向こうとした刹那、フロルはグッと強い息苦しさを感じた。

「!? さっ、サラカエッ……ちょっ、苦しっ、」
「やあ、サラカエル。ヘラ様はどうしたんだい、てっきり君と一緒だと思ったのだがね」
「やあ、ウリエル。さっきまではね。あの方は今は昼時の半身浴中さ」
「そうか、なら暇を持て余しているといったところなのかい」
「うん、ま、そんなとこかな」

呑気にやり取りして微笑み合うウリエルと、彼と瓜二つの顔をした男、サラカエル。
ぎりぎりと「首」のど真ん中を両腕で「包容」されながら、フロルはばたばたと手足を振り回した。
サラカエルはウリエルの対天使――言わば相棒、ソウルメイトのようなものだ。
ウリエルの影響か、異様に嫉妬深い彼は時折、こうしてウリエルとの甘い時間をかき乱しにやってくる。
最も、「殺戮」の称号を与えられた彼の事だ。例え邪魔をしようとも、力加減はきちんと出来ているのだろう。

(だからって毎回コレだし! ちょっと藍夜、笑ってないで助けてよ!)

ウリエルを取られたのがそんなに悔しいのか、面と向かってそう嫌みを返した事もあった。
一瞬ぽかん、とした彼の返答はこうだ。
『え、僕もウリエルも男色家じゃないんだけど? 君、頭大丈夫?』
……奴らにはジョークを理解する、という人間味溢れる精神が欠けているのかもしれない。

「さておき、サラカエル。そろそろ止めてくれたまえ、ニゼルは真剣に取り組んでくれているのだからね」
「ふぅん、ウリエルがそう言うなら仕方ないね。ま、真剣じゃなかったらアレなんだけどね」
「っ、ゲホッ、な、ぁ、アレって何、全く……」
「あれ、聞こえてた? ……ふふ、君の想像にお任せするよ」
「こわ! 顔こわー! もう、サラカエルあっち行ってよ! 藍夜との時間の邪魔しないでっ!!」

ムキになればなったで、倍返しの嫌みが待っている。
それでもウリエルと付き合ううち、彼への対応の仕方も少しずつ分かってきた。
単純に、サラカエルはウリエルより饒舌でスキンシップ過多の傾向があるというだけの事だ。
懐き、気を許した相手ほど彼は手厳しく接する。わあ、俺って愛されてるぅ……内心で独白してフロルは俯いた。
愛情表現は嬉しいが、都度(加減されているとはいえ!)首を絞められたのじゃたまったものじゃない。

「へえ、邪魔、ね。君、いつからそんなに偉くなったのかな?」
「へへへ、えへへ、えへーっ。さあー? そーんな事ないと思うけどー?」
「やぁ、清々しいくらいに生意気だなあと思ってさ」
「えー、やだなー。俺って元からこんな性格だよ? サラカエル、気付いてなかったの?」

にこにこ笑い合うも、背景に相応しい効果音は噴火の瞬間か隕石の飛来モノだ。
これには流石のウリエルも肩を竦めて、フロルに伸びるマフラーを摘まんで揺らし、制止に入る。
はたと我に返るフロルに、彼は再度小さく肩を竦めてみせた。

「サラカエル、何事か用事じゃなかったのかい」
「ああ、特にないよ。さっきも話した通り、暇しているだけなんだ」
「もう、セーター伸びちゃったよ。それならレヴィの特訓にでも付き合ってあげたら? さっき探してたよ?」
「ふぅん、あの子も真面目だなあ。誰に似たんだか」

顎に手を当て、考え込む素振りのサラカエル。
レヴィとは彼の養子、つまりは義息で、屋敷の警備全般を担いつつある魔獣だ。
拾ってきた屋敷の主、女神ヘラともども、彼が件の少年を溺愛している事をフロルもウリエルも熟知している。
甘やかし過ぎる、などとは二人の性格上ありえない話だが、サラカエルの教育方針には首を傾げる事もあった。
……レヴィの思考、行動パターンを一度脳内で反芻してみて、フロルは僅かに首を振る。

「(真面目、って。自分だってそうだよね、サラカエル)」
「(ふむ。彼らのそういうところを、僕も多少見習うべきかもしれないのだがね)」

耳打ちし、苦笑する。何の話だ、と少々口端を歪めたサラカエルを見て、今度こそフロルとウリエルは笑った。
首を傾げるサラカエル。ふと、ソファーの前に回り込もうとした彼が足を止め、フロルは反射で顔を上げる。
ちょっとした逡巡を感じた。
見ればどうりで、見知った顔がサラカエルの横をすり抜け、歩み寄ってくるのが視界に潜る。

「――マフラーか。ついでに俺にもちゃっちゃっちゃっちゃと編んでくれよ」

ロングコートの襟を立てた、貴族風のスーツ姿の男が一人、毛糸玉を指先で転がして遊び始めていた。

「やあ、ノクト。えらく着込んだものだね」
「当たり前だろ、寒波が来てるんだとよ。お前ら、屋内だからってよくそんな薄着でいられんな」
「ま、ここには暖炉もあるしね。僕ら、君と違って土も水も弄ってないから」
「おや、僕はそれなりに着込んでいるつもりだったのだがね」
「なぁ、いっつも言ってるけどよ……お前ら、おんなじ顔で同時に喋んじゃねぇよ。紛らわしいんだからよ」

ノクトは屋敷の庭師だった。以前はサラカエルと共に屋敷の警備、或いは東の書斎塔の管理に当たっていたが、
今は前者をレヴィが、後者を彼の愛娘が手伝っている為、手に余裕のある時は中央庭園の調整を行っている。
彼は、かつては天上界において知る人ぞ知る有能な庭師であった。
彼の咲かせる花は日持ち、色持ち共に最高クラスで、雇い入れたヘラも日々居たく満足そうな面持ちでいる。

「えー、ノクトにマフラー? やだよ、これ藍夜専用のやつだもん」
「テメェ……誰もそれ寄越せだなんざ言ってねぇだろうが」

強いて欠点を挙げるなら、彼が所有する天使能力の極悪さと、性格……口の悪さくらいのものか。
初対面の折、激しく揉めた事もあり、負けん気の強いフロルとは特に事ある毎にぶつかり合っていた。
互いの天使能力も含め、これはこれで上手くいっているのだろうとウリエルは肩を竦める。
正直、あまりの親しさ加減に内心で妬いてしまう時も多々あるが。

「俺にそういうの求めたってムーダ。あ、ノクトはアンジェリカに逃げられたんだもんね、人肌寂しいわけだ」
「おい止めろ。流石に傷付くぞ」

編み棒を素早く動かしながら、つーんとした風にフロルはそっぽを向いた。貴族風の男は忌々しげに彼女を睨み
次いでウリエルに「テメェは恋人の躾くらいちゃんとしろ」と目で訴える。やむなし、ウリエルは肩を竦めた。
――アンジェリカ。
今は亡きノクトの婚約者にして、彼の愛娘・アスターを「創造」した特別な高位天使。
彼が彼女をどれほど愛していたか、ウリエルらに推し量る術はない。
しかし、ふとした瞬間に彼が見せる切なげな顔にはどんな言葉を掛けたら良いか……悩まされる事も多かった。

「……ごめん、今のは言い過ぎだった」
「あ? ああ、そうか……いや、分かりゃーいい」

そもそもフロルについて文句など言われたところで、わざわざ自分が仲を取り繕ってやるまでもない。
フロルはフロルで既に言葉短く謝っている。顔を合わせればすぐ罵り合う二人だが、礼節を守る度量はある。
……顔を微かにしかめ、ノクトは罰が悪そうにフロルから視線を逸らした。
隣ではサラカエルがやれやれ、と言いたげに首を傾げる。

(やれやれ、仲が良すぎるというのも考え物だね)

喧嘩するほど何とやら、自身とサラカエルの微妙に密度の高い関係性を棚に上げ、ウリエルは小さく苦笑した。

「藍夜? なに? 何、笑ってるの?」
「いや、大した事じゃないさ。気にしないでくれたまえよ」
「えー、何? 教えてよー!」
「内緒だよ、ニゼル。ほら、それより、もう続きは編んでくれないのかい? 『首が凝って』しまうよ」

……それもその筈。
フロルの横に腰掛けるウリエルの首には、編み上がった分のマフラーがくるりと一周している。
どれほどの長さになるのか。二人巻き用は初挑戦だから、逐一出来を確認したくなる気持ちもよく分かる。
それを差し置いても、こうして二人、堂々と恋人らしく甘え合う理由も出来るというものだ。
身じろぎする振りをしながらにこりと珍しく穏和な笑みを隠さぬウリエルに、フロルはぱっと頬を紅く染めた。

「……なんか、俺らお邪魔みてぇだな」
「アハハ、ま、普通に考えてもそうだろうね」

ぎりぎりと真っ赤になりながら傍観者二名を睨むフロル。彼女の横顔を堪能しながら、再びウリエルは笑った。
――たまには、こういう時間だって必要だろうさ。
屋敷の中で最も暇をしていると思われながら、その実、住人に独自の愛情を持論と共に全力で注ぐ恋人。
彼女と恋人らしくある瞬間、彼女が一喜一憂する様相。どれもが貴重で、愛おしいものだった。

(こんな事、とても言えはしないがね)

もう、藍夜、酷いよ!
……非難してくる彼女の表情をありありと想像し、ウリエルはマフラーをそっと撫でる。軽く暖かく、柔らかい。
今から完成が楽しみだ――自然と口角は上がるばかりだった。


(オトナ達の時間)




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 UP:14/11/26