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ある魔獣の苦悩(楽園のおはなし4章SS) BACK / TOP |
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(何時か来たる 悪夢 未来の為に) 向かい合うのは、一つと二つの人影だった。 片方は年の頃十代半ばの少女。初夏だというのに真冬に着るようなコートを纏い、首にマフラーを巻いている。 眠そうな半開きの双眸に、さらさらと流れる灰色の髪、色白の肌。気だるげに丸みを描く背中。 それでも冷ややかな光を宿した暗褐色の瞳は、眼前の二人から離されずにいた。 「……おい、本当にやるのか」 少女と向かい合う二人の男のうち、片方が苦々しい表情で吐き出した。白金の髪に、夜色の瞳。 背中には腐食が進んでいるかのような、穴だらけのトリ型の翼が生えている。彼は正真正銘の「天使」だ。 喰天使、ノクト。あらゆる事象、存在を無尽に喰らう――消滅させる事で罪科の償いを促す、特別な高位天使。 「やると言い出した以上、それを止める理由はどこにもありません」 ノクトの横に立つのは、漆黒の髪と瞳、服でさえ黒尽くめという齢十六、七ほどの少年だった。 あどけなさを残す面立ちでありながら、ノクトより遥かに剣呑な目つきをしている。名はレヴィといった。 最大の特徴は、全身から放たれるぴりぴりした殺気だ。彼も向かいの少女同様、視線を片時も反らさずにいる。 レヴィ、そして少女を見比べた後、ノクトは派手に嘆息した。 あからさまなわざとらしさにレヴィが反応した。首だけが巡らされる。 「テメェの『娘』だろうが。ガキの躾一つも出来ねぇのか、『クソ蛇』」 聞こえるように声色を荒げる喰天使。 「僕の娘でもありますが、貴方の『孫』でもある筈です。問題ありません、『ノクトさん』」 レヴィは顔色一つ変えない。 「テメェの不出来な娘の仕上がりを、俺に責任転嫁してんじゃねぇよ」 「そうですね。そうかもしれません」 「おい、そりゃ嫌みか」 「そういった意図はなかったですね」 「はっ、だんだん育ての親に似て来やがったな」 「どうも。誉め言葉として受け取っておきます」 誉めてねぇし流してんじゃねぇよ、言い掛けるノクトだが、開いた彼の口は不意に閉ざされた。 青々と輝く草原。そこに、りぃん、りぃん、と軽やかな鈴の音が鳴り響く。 ノクト、レヴィ双方の体に緊張が走る。二人の前、少女はどこから取り出したのか、長い杖を手にしていた。 先端に巻き貝の装飾を施された細い杖。そこに小ぶりの鈴と、琥珀で表面を覆ったランタンが下げられている。 柄がくるくると垂直に回転する度、鈴は白銀の軌跡を走らせ、広大な空の下に可憐な音を奏でた。 「……そろそろですね」 「かもな」 レヴィの呟き、ノクトの硬質な悪態。先に動いたのは少女の方だった。 一度瞬きをしただけ。刹那、彼女の姿が「掻き消える」。文字通り、その場から一瞬で消え失せる。 ノクトは草を踏みつける黒紫の靴音、レヴィは風に混ざる微かな気配と匂いを嗅ぎつけた。 「クソ蛇!」 「問題ありません、」 『時間加速二連(ヘイストダブル)、影鎧乃帳(ラーク)』 木霊するように轟く、魔法発現の宣言。 レヴィは左、ノクトは右に「避けた」。白金色の杖はレヴィを、コートを翻す足蹴はノクトを目掛け疾駆する。 レヴィは体を前傾、直撃を逃れる。銀鈴は避け際に抜き切った短刀で弾いた。逆の手で草原を押し、前へ跳ぶ。 倣うように、ノクトは片腕で襲撃を防御した。少女らしからぬ力強い一撃に、彼は俄かに顔を曇らせる。 少女の身体は加速呪文の加護を受けている。下手に打って出れば馬鹿力と速度で押し切られる可能性があった。 空き手を伸ばす。眼前、足首を掴み、力任せに牽引。そのまま引きずり倒そうとしたところで、 「!」 逆の足がノクトの腹を蹴りつけた。踵が綺麗にめり込み、怯ませる。逆に吹き飛ばされた。咳き込む暇もない。 レヴィは構いもしない。少女の横に飛び出すや否や、逆手に握った短刀を振り上げる。銀光が宙を駆ける。 少女の体が旋回。空振りした筈の杖が高速で巻き戻り、短刀をその柄で受ける。 あたかも空中に足場があるような立ち回り。事実、レヴィは鼓膜にとん、とん、と床板を踏む音を聞いている。 (結界か、或いは――) 短刀、斬り返し。逆手に持ち替え首を狙う。少女は瞬き一つしない。柄を引き杖の先端、巻き貝で受け止める。 そのまま柄の先端が草原を貫く。杖を軸にし身体が円を描く。勢い乗せた横殴りの足蹴。レヴィは肘で防御。 『流氷断絶(ノン・エスケープ)』 間合いを取るべく下りかけた彼の背に、衝撃。壁だ、背後に無色透明の壁がある。少女は前進。 退路は塞がれている。 (――水、いや……氷の壁か) 身を前傾させ、追撃の掌底を避ける。二の手、突きがレヴィに飛ぶ。少年は迷わず前進。 懐に飛び込む。腕の軌道に沿ってすれすれから掌底を振り抜く。がら空きの顔面、頬にヒット。 衝撃に身を仰け反らせ、少女はそのまま回転。柄を離さず、代わりに草を片足で踏みつけ、再度体を回した。 ぐるんと一回転。暗褐色の眼が爛々とレヴィを射抜く。杖が抜けた、少女は後退、間合いが開く。 同時に、 「いてぇだろうが、この『爬虫類』! ――ッ『喰らい尽くせ』!!」 飛ぶ、ノクトの怒号。一陣の鋭い風が吹く。着地と同じくして、少女の腕が、足が、生暖かい風になぞられる。 血が噴いた。風が、鎌鼬の要領でコートごと彼女の身を斬りつけた。 噴出した血が、飛び散らず宙で霧散する。「風が血を食らう」。少女がごく僅かに呻く。 『喰』――ノクトの天使としての固有能力。それは当然、血液を通して少女の体力をも奪っていく。 少女は無言、ぐるんと恐ろしい早さで杖が回される。先端が喰天使を向く。 「ノクトさん!」 レヴィ、叱声。 「……『真夜』も、いたい。この服、……お気に入り……『土蛇乃牙(ディグ)』」 少女の魔法詠唱宣言。ノクトは意地悪く笑った。 「ああ、」 レヴィには応えない。呪文完成、揺らぐ草原。刹那、少女を中心に地表から突き出るものがある。 棘だ。岩盤、或いは土塊で形成された強固な槍。無数に発露したそれがノクトに迫る。喰天使は棒立ちのまま。 「大味だな」 ……否、駆け出す。棘に怯まず突撃。跳躍、翼が羽撃く、空を叩き前に出る。棘への恐れも感じさせぬその速度。 細まる双眸が少女を見ている。その様、さながら獲物を捕捉した猛禽類。 「……ディグ、二連」 「当たるかよ」 羽撃くと同時に体を最低限の動きで調整、旋回、進撃、また旋回。棘一つ一つを避け、徐々に距離が詰まる。 駆けるレヴィ。少女は棘の形成を重ねがけ、刹那、迫る「実父」を見る。重なる暗褐色と漆黒の視線。 「ぱぱ」 「やあ、真夜。もう『止める』かい?」 くるりと少女の柄握る手が翻る。途端、ノクトに降り注ぐ土塊の棘。 『禁じ手、【喰】』 ノクトの呟き。いつしか彼の手に黒煙が噴いていた。中心、拳に宿されるのは不気味な輝きを纏う漆黒の炎。 彼が腕を振る度、それが土槍の猛攻を飲み込み、喰らい尽くす。真夜の顔に浮かぶ微かな変化。 距離が詰まる。至近距離だ、レヴィの踏み抜き、蹴たぐり。少女、真夜は両腕で防御。 「……、やだ。やめない」 「なら、もう少し頑張ってみるかな」 緩やかに開く両腕の隙間から覗く、恐ろしいほどぎらぎら光る真夜の瞳。内心、昂ぶるレヴィ。 着地と同時に足払い、崩れる真夜の身体。ノクト飛来。両の手の炎が一段と強さを増す。振り下ろされる。 真夜は横転して受け身、杖を手放す。追撃の足払いを中断、杖を蹴り飛ばすレヴィ。 意に介した様子もなく、真夜は前進。真っ向からの殴り合い。 左手の突きを手の甲で弾き、死角、右下からの掌底による斬り上げ。レヴィは右手を軽く振って叩き落とした。 小気味良い音、後、真夜の背後にノクトが着地。腕を振り、背後から黒の爆炎が真夜を狙う。 「……いたいの、あついの、きらい」 「っ、うおっ!?」 衝撃、振動。ノクトの足下が爆ぜる。吹き上がる衝撃波、巻き上がる草、土埃。たまらず一時後退するノクト。 「何しやがる! このクソガ、」 「……『原型変化・竜爪(グランフィア)』」 ディグに似た鉱石の群れが彼の足付近をぐるとなぞる。それが土を掘り起こし、草原もろとも足場を崩した。 二の句を阻まれる。腕の翻しは二度、再度足場を崩され喰天使、舌打ち。喰で飲み干すよりはと、一時退がる。 真夜は腰を捻り片腕を一閃。次いでレヴィを襲う土の濁流。レヴィは二度、大きく腕を交差させた。 刹那、跳ぶ、身を低くし、前へ前へ! 瓦礫に構わず「伸ばしたワイヤーに捕らわれた」真夜目掛け疾駆する。 「!」 「掛かったかな」 驚いたのは真夜の方だ。土、砂利、草に視界阻まれ、ノクトに意識を向けた折に、レヴィが鋼糸を放った瞬間を 見逃していた……真夜の両腕、種族特有の原型変化を以て召喚した、強靭な鱗と外皮で形成される巨大な「爪」。 眼前、レヴィはワイヤー握る手を振り下ろす。腕ごと強く爪を地面に引かれ、真夜の顔に焦燥が浮かんだ。 「……おい、降参した方がいいんじゃねーか」 「っ、」 屈む事を余儀なくされた真夜の後ろ、羽撃きで加速、戦線復帰したノクトの勧告が届く。 柄に溝を彫ったナイフにワイヤーを素早く潜らせ、地表に突き刺し、そのまま愛娘を固定するレヴィ。 真夜はなおも鋼糸を千切ろうと、肩に力を込め、足を踏ん張らせていた。 「……いや……っ、やめ、ない」 「……強情なガキだな、親そっくりじゃねぇか」 ノクトは嘆息。後頭部に振り下ろそうとした手刀を、宙に浮かべ停止させたままレヴィに視線を送った。 どうするよ、これ 真夜が拒む以上、望むままにするべきです テメェ、それでも親かよ? これが僕の教育方針……いえ、真夜とのコミュニケーションですから 目線と嘆息、無言で繰り広げられる会話。その間にも、真夜はじたばたと地団太を踏んでいた。 あくまで「負け」を認めるつもりがないらしい。無理もない――ノクトは内心舌打つ。 見てくれこそ十代そこそこの少女だが、数ある魔獣達の寿命の面からして見れば、真夜はまだまだ子供の部類。 ましてや冷酷冷徹冷静の三拍子を揃えた「最強の魔獣」が実父となれば……そのプライドも倍ともなるだろう。 彼女の出自に同情しないでもない。とはいえ、多少ファザーコンプレックスの気がある魔獣である。 (なんだ、俺に事ある毎に食って掛かってくんの止めて欲しいんだがな) 愛娘を手込めにしたから、といえば聞こえが悪い。少なくともレヴィと自身の仲は決して良いとは言えない。 真夜がそれを快く思っていない事は、日常を屋敷で共にする間だけでも、十分に把握出来るものだった。 「真夜」 「……やめない」 「うん」 レヴィは軽く息をつく。それでもワイヤーから娘を解放してやるつもりはないらしい。軋む音だけが響く。 たちの悪い親子愛だ、うんとか言ってんじゃねぇよ! ノクトはやってられん、とばかりに両手を大袈裟に掲げ、自ら黒炎を掻き消した。素知らぬ顔でそっぽを向く。 (よほど……何か、気掛かりな事があるのかもしれない) レヴィは双眸を細めた。 普段、真夜は感情の露出が乏しい娘だった。目は常に半開きで眠そうにしているし、あまり喋る方でもない。 それがどうだ、今日に限って起き抜けに「訓練をつけてくれ」と言い出した。その時も頑なに理由を話さない。 彼女は本来、生まれながらに凶暴凶悪、殺戮本能の塊で出来ている、とされる魔獣だ。 本能を抑えるべく感情乏しくなるのは無理もないが、それにしても珍しい申し出だ、とレヴィは多少驚いた。 生まれたばかりの頃には、実父である自身のみならず、屋敷の面々にも殺意を放つ事さえあったが―― (……『友』が出来た事で、何かが変わったんだろう。真夜は) ――後に。真夜にも、図らずも友が出来た。 最初こそ振り回され、拒否し、時には面と向かって殺すなどと嘯いていたが、今はその頻度も減りつつある。 一転し、友好的な態度に緩和されつつあるとも言えた。 彼等の影響か、実母に似た気まぐれか、或いは成長に伴う嗜好や心境の変化か、それとも。 (いずれにせよ、僕の出る幕ではないのかもしれない) 小さく頭を振る。片足を無造作に投げ、突き立てたままのナイフを軽く蹴った。 途端、小さな異音とともにワイヤーが弾かれる。勢いのまま、真夜は盛大に地面に転んだ。 「……」 「真夜。気持ちは分かるけど、事情も知らずに君とやり合うほど僕は鬼畜にはなれないよ」 隣でノクトが、よく言うぜ、と野次を飛ばす。レヴィは聞こえなかった振りをした。 真夜の眉間に、それこそ珍しく皺が寄る。険しい顔でノクト、レヴィを見る。今度こそレヴィは肩を竦めた。 やはり愛娘の口から多くは語られない。それでも表情豊かな様が見られるのは、不謹慎ながら喜ばしく思えた。 我ながら、親馬鹿になったものだとしみじみしてしまう。 「それとも、まだ続けるかい」 「……」 「真夜?」 「おい、その辺にしといてやれよ。後でニゼルにどやされるなりアスターに泣かれんの、オレなんだぞ」 「残念ですが、ノクトさんには聞いていません」 「あぁ? クッソ、この……テメェ、相変わらず可愛げのねぇ」 唸るノクト、知らぬ存ぜぬを決め込むレヴィ。 真夜は暫く俯いていたが、おもむろに立ち上がった。彼女の性格を慮り、手を差し出しはしない。 真夜はこちらを見もしない。緩慢な動きで服を脱ぎ、くるくると器用に丸め腕に抱き。ふらつく足で踵を返す。 「テメェに似て、コミュニケーション能力の乏しいお子様だよ、ったく」 「無理もありません」 「あ?」 「ですが、問題ありません。あの子はあの子で、色々と思う事があるんだと思います」 「そういうもんかね」 「不器用な子です。僕と、アスターさんの娘ですから」 それとノクトさんの孫ですから、さりげなく嫌み返し。ノクトは渋い、気まずいような顔を浮かべていた。 振り返る。真夜の歩みは、未だに重い。 (さて、どうしたものか) 話す気になれば、その時はその時でしかと受け止めるつもりでいた。しかし、真夜の方が違っていたら? 親として機能しているのか、あるべき姿でいられているのか……考えても仕方がない、レヴィは小さく嘆息した。 「ノクトさん」 「何だよ、クソ蛇」 「子育てというのは難しいものですね」 「……生意気に、当たり前の事を言ってんじゃねぇよ」 案じている、愛している。ひとえに娘だからだ、愛する女との間に設けたからだ。 たとえ、自身と彼女が、世界に対して多くの業を背負っていようとも。ヒトの真似事にしかならなくとも。 (君が君らしく生きていけたら、それでいい。それだけだ、真夜) ふと、頭に軽い衝撃。仰ぎ見ると、レヴィの頭にノクトの大きな手が置いてあった。 そのままぐしゃぐしゃと撫でられる。珍しい事もあるものだ……珍しく、少年はされるがままでいた。 自分も変わった、変わる事が出来た。 願わくば、愛娘の行く先にも彼女にとっての幸いがある事を……漆黒の瞳で空を仰いだ。 …… 「……こわい、夢を見たの」 「夢?」 「みんな……ぱぱもままも、あべるもかいんも死んじゃうの」 「真夜殿……」 「大丈夫だよ! ほら、サラちゃんもオルくんもいるし、マヨちゃんだって――」 「ちがうの、ちがうの」 「マヨちゃん?」 「真夜殿?」 「真夜のせいなの……真夜が、もっと、もっともっと、ちゃんと……」 「真夜殿、我々は大丈夫だ。何があっても、私は誰も恨まない」 「そうだよ! それに、死んじゃうの皆一緒なんでしょ? じゃあ怖くないよね! 一緒だもんね!」 「……うん……」 (今は 惟 微睡むだけの) |
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