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追い焦がれる獣と希望の花(楽園のおはなし3章SS) BACK / TOP |
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(嫉妬という魔獣) 「……また、傭兵のお仕事ですの?」 数ヶ月、ないし半年。久しぶりに見かけた黒塗りの背中に、アスターは思わずそう問いかけていた。 問いかけられた方は、手先は仕事道具の手入れに没頭させたまま、目だけでこちらに振り返る。 「はい。国境のあたりの小競り合いが、思ったより厄介な案件に育ったようなので」 応えた少年の反応はそれきりだった。再び、彼の手と目は眼前の仕事道具に戻される。 衣服同様、黒塗りの瞳。その瞳孔を中心に、ゆらゆらと油膜のような虹色が揺らめいていた。 彼は名をレヴィという。仕事道具の中身からして物騒なものばかりだが、纏う気配からして彼の存在は剣呑だった。 それもその筈、彼は人間という種族ではない。 かくいうアスターも厳密には人間ではないのだが、ことに、彼は種の特性上、根から凶暴な類である。 仕事道具として愛用する物品が、二振りの鉈、短刀、鋼糸、刺殺用の針といった物々しい点である事も頷けた。 背中越しでさえ、帰宅したばかりのレヴィは緊張に満ちている。それ以上を話しかける事は、はばかられた。 いつもなら、もう少し優しい口調でこちらに答えてくれるのに……不満と寂しさに、アスターは目を伏せる。 (せっかく、会えたのに) 仕事の用意が忙しいのだろう、それは見れば分かる事だった。彼の負担になるつもりもない。 アスターは、ぐっと言葉を飲み込む。邪魔をしないで欲しい、彼の背中は明確にそう語っていた。 ……レヴィは、自身の性根が凶暴にして凶悪である事を自覚している。 故に、仕事と銘打って遠方の戦争や護衛任務に身を投じるのは、彼にとってはいい事なのだろう。 戦闘の技量を磨く事、人間社会と文化に触れる事。どちらも彼曰く、いい勉強になります、との話。 アスターらが世話になっている屋敷は、現在の管理責任者の地位からして、厄介な客が参ずる事も多かった。 故に――レヴィ以外にも用心棒のような立ち位置の男はいるのだが――彼は、己が技術の研鑽に余念がない。 「屋敷の主とその従者に、命危うかった身を救われた恩を返す為」。 恩返しの手法が厄介者の排除ないし始末のみに偏っているという事実に、彼は気がついているのだろうか。 (勉強熱心なのは、いい事なんだろうけど) アスターは、誰にともなく嘆息する。 「すみません、アスターさん。人を待たせているので、先に出ます」 「え……あ、もう、出かけますの?」 「いえ、出るとは言っても、客間に行くだけです。今は確か、ニゼルさんが話相手をしている筈なので」 よりによって、この屋敷に外部の者を連れ込んだのか。そう言いかけて、やはりアスターは言葉を飲んだ。 負担になるつもりもない、どの口がそれを言うのか……頭を振り、いってらっしゃいですの、と出立を促す。 (わたし、いつからこんな強欲になったのかしら) ……上手に笑えている自信がない。 案の定、訝しむようにレヴィがこちらに振り向いた。目が合う。それだけで鼓動が速くなったのが分かった。 細めた双眸に正面から見つめられると、それだけで醜く脆い本音を、吐露してしまいたくなってしまう。 「レヴィ、お客様待たせちゃダメですの。いくらニジママさまでも、初対面の人のお相手なんて大変ですのう」 逡巡など悟らせない。立ち上がろうとした彼の動作を、アスターは言葉を割り込ませて強引に妨害した。 気づいてか、レヴィは体を硬直させる。困惑半分といった眼差しが、アスターの機嫌を伺うように向けられた。 「ほら、早くしないと藍夜パパさまから『そろそろニゼルを返してくれたまえ』って、怒られちゃいますの!」 アスターは応えない。端から話しかけるなオーラを出している方が悪い――ある種の八つ当たりだ。 未だ立ち上がりかけた格好のままの彼を置き去りに、アスターは一足先に自室を飛び出す。 彼は、性格からして追いかけてくる筈だ。同時に、捕まる事を内心期待している自分がいる事に驚愕する。 (……わたしは、『あんなひと』とは違う) 恥ずかしい、浅はか。たまらず、ぎりりと一度歯噛みして、アスターは客間までひたすら足を急がせた。 追いつかれないよう、追いつかせないように……今、彼の顔を見たら、出発を引き留めてしまうような気がする。 それだけは嫌だ。色恋だの、寂しさだのにかまけて、周りが見えなくなるような真似だけは死んでもごめんだ。 (誰だって、わたしにだって。強い『想い』を抱く相手がいる、それだけの事だわ) レヴィが、自身の命さえ惜しまず尽くそうとするのが、この屋敷の主とその従者であるというのなら。 自分にも譲れぬものが――自身の命さえ軽視してまでも、嫌悪し続けなければならない存在がある。 「あの女とは同等になりたくない」。ただその一心が為に、レヴィに想いを打ち明けるわけにはいかない。 彼の負担にはならない。色情に捕らわれない。それにのめり込み、堕ちていった女を自分は知っているからだ。 ……アスターは、眼前の、客間へ続く扉を開いた―― 「あれ、アスター。レヴィは?」 ――その女と、同じ鮮やかな色の髪と瞳をしたやや小柄な女が、振り返りざまにそう声をかけてくる。 空色の髪、赤紫の瞳。扉を開けてから、偽造天使はしまった、と苦いものを噛んだような心地になった。 レヴィの客なのだとしたら、それこそ初対面の自分が顔をつきあわせたところで、どうしようもないではないか。 なんでもないですの、朗らかな声を装って発した筈の返事は、心なしか震えてしまっていた。 「ニジママさま、レヴィならそのうち来ますの。お客様に、お茶でも淹れようかと思って」 「お茶なら、さっき藍夜が換えを持ってきてくれたよ? わざわざ顔、見せなくても」 「お客様を待たせてる時点で、レヴィったら悪い子ですの。おねーさんとして、アスターが詫びに来ましたの!」 「あはは、何それ?」 からからと笑う女は、見たところ十代後半といったところの姿で、どこか人を惹きつける魅力を持っている。 容姿こそ似ているものの、彼女ニゼルは、アスターの嫌悪する「あの女」とは笑い方からしてまるで違っていた。 後込みしかけた自分を一笑に付してくれたニゼルに、アスターはにこりと笑い返す。 そうして、アスターがテーブルに歩み寄ったところで、どこからともなく微かな、物騒な物音が聞こえた。 音の発信源に顔を巡らせると、冒険者風の出で立ちをした一人の少女が、自分を睨んでいるのに気づく。 舌打ちされたのだと気がついたのは、再度、同じような音がアスターの鼓膜を叩いた為だった。 「あのさ。こいつ、誰? ……レヴィのなんなわけ?」 「え? あー、アスターは」 「……ニジママさま。この人、一体」 「カサブランカだよ。名前。レヴィとは、傭兵ギルドでずーっと一緒に、コンビ組んでる。もう五年目だ」 咎めるような物言いと、冷徹な眼差し。どこをどう見ても、少女カサブランカに負の感情を向けられている。 アスターは困惑して、思わずちらりとニゼルを盗み見た。ニゼルは微かに眉を下げて、肩を竦めて見せる。 やおら、カサブランカはマントを翻しながら立ち上がった。そのまま歩き出し、アスターの前に立つ。 身長としては、カサブランカの方はアスターに比べ、頭一つ分ほど上だった。 年頃にしては背の高い部類に入るこの少女は、ぐいと身を乗り出し、偽造天使を至近距離で見下ろしてくる。 「お前さ、レヴィのおねーさんとか言ってたけど。あいつ、そんな事、今まで一言も言った事ないんだけど」 「……」 「ぶっちゃけさあ、前の仕事が終わった後、屋敷に戻るーって言われた時、嫌な予感がしたんだよなー、オレ。 そしたら大当たり……あんたがワガママ言って、あいつに戻ってくるよう頼んだんじゃないか? 違うかよ」 「……レヴィはそういうの言わないと思うけど? ほんとに、武器の補充だけしたかったんじゃない?」 あんたは黙ってろ、ニゼルの助け船を、カサブランカは噛みつく勢いで却下した。 わーこっわーい! ニゼルはまるで気にしていないという風に、大げさに肩を竦めて見せる。 アスターは、眼前の少女を静かに見上げた。敵意と憎悪、あるいは嫉妬といった眼差しが睨み下ろしてくる。 黒色の両瞳に間近で責められると、きびすを返したくなった。背を向けて逃げ出したくなる衝動を、ぐっと堪える。 ……レヴィが何の意図をもって屋敷に一時帰還したのか。自分に会う為の口実ではないのか。 誰に向けるでもなく、アスターは内心で一人、自問自答した。しかし、考えても答えは終ぞ出ないままだ。 「――遅れてすみませんでした。……揉め事ですか」 不意に、室内に響いた聞き覚えのある声に、アスターはぱっと振り向く。だが、口を開いた瞬間、 「レヴィ! おっそいぞ、お前! どんだけ待たせるんだよ!!」 突き飛ばされるようにして、アスターはカサブランカに道を譲る事になった。 困惑気味に視線を向けると、彼の黒瞳とぱっと目が合う。彼は、相変わらず無表情のままだった。 やはり話しかけるなと言うのか――アスターはきゅっと唇を閉じ、苦しい胸中のままに顔を俯かせる。 その肩を、ニゼルが軽く叩いてきた。赤紫の瞳を見上げている間に、レヴィはカサブランカを連れ席に移動する。 並んで座る、少年と少女。本当なら、その席はわたしの物なのに……そう言いかけて、アスターは口を噤んだ。 慰めるかのように、ニゼルが肩を抱き寄せてくる。今度こそ、アスターは視界が潤むのを感じていた。 まるで気にかけて貰えない、その事実が、異常なまでにショックだ。頭を振り、体をニゼルに寄りかからせる。 (バカみたい。レヴィは別に、わたしの物でもなんでもないのに……おおかた仕事の話よ、そうに決まってる) 自分が今、どんな表情をしているのか想像もつかずに。アスターは、ニゼルの腕に引き寄せられるままでいた。 その耳に、不意にぼそぼそと小声が飛び込んでくる。耳を澄ますと、それはニゼルの囁きだった。 カサブランカはおろか、レヴィの耳にも入れないようにと極限まで控えられた声量は、当然聞き取りにくい。 小さく背伸びして、アスターは空色の天使の声に、耳を澄ませる。 「(気づいてないの? アスター……今、レヴィ発情期中だよ)」 「っ!?」 言われた言葉を脳内で反芻させて、直後、アスターはばっとものすごい勢いで、ニゼルの顔を見上げた。 見れば、彼女は悪戯を思いついた、特別にたちの悪い子供のような笑みを浮かべている。 「……なっ、な、なにっ、」 「だからね? さっきレヴィとそういう話、したんだよ。『今、アスターさんと顔合わせたら、襲いかねな』」 「ももももももっ、もういいですの! もういいですのう! じゅーぶんっ、ばっちりっ、分かりましたの!」 顔が熱くなった。ニゼルはニゼルで、人の悪い笑みのまま、アスターを観察するように見下ろしてくる。 ぐいぐいと必死でその愛らしい顔を押しのけ、アスターはたまらず、羞恥の原因となった少年の方を見た。 地図を広げ、数枚のメモ片手に、体を寄せてくるカサブランカには見向きもせず、黙々と作戦を練っている。 (なんだ。……そうだったんだ) 行為を望む相手は一人だけ。かつてアスターは、本人からそう宣言されていた。 よりによって、彼の知り合いにあたる他の古い魔獣複数からも、そういったお墨付きを貰っている。 赤く染まる頬に手を当てた。もっと余裕持ちなよ、そう言いたげに、ニゼルがふふんと得意げに笑いかけてくる。 (本当に、このひとは……レヴィもどちらも、性格の悪い) 苦笑が滲んだ。傍らのワゴンに手を添え、アスターは茶菓子を運ぶべく、歩を進める。 |
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